SPECIALな冒険記   作:冴龍

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炎と氷の激突

 仮面の男とデリバードから発せられる威圧感に、アキラ達は油断せずに構える。

 さっきはカイリューとブーバーのお陰で大きなダメージを与えられたが、それでもデリバードはまだ戦う意思を見せている。どうやら打たれ強さも別物らしい。

 

「…サンット、手を見せてくれ」

 

 目の前の敵の動向を気にしながら、アキラはサンドパンの手を見る。

 見せてくれたねずみポケモンの爪を中心とした手が、少しだけ凍り付いているのが彼の目でも確認することが出来た。

 

 これが、アキラが自分達の最大の武器にして最も得意であるにも関わらず接近戦を行うのを嫌がった理由だ。

 

 デリバードに体を斬られまくったエレブーも、爆発に巻き込まれた痕だけでなく全身の至る箇所に残る傷跡の周りは膜の様に凍り付いており、返り討ちにされたカポエラーとサナギラスも同様だ。

 この戦いが始まった最初の段階で、”しんぴのまもり”によって”こおり”状態と言った状態異常対策はしているのだが、その対策をしていてもこれなのだ。

 氷漬けにされないだけマシと見るべきか。

 

 何かしらの対策をしていない文字通りの素手で挑めば、その触れた一瞬でもダメージを与えると同時に体を凍らせていく。

 それこそほのおタイプにして常に高熱を保っているブーバーや常時”げきりん”などの技のエネルギーを纏う事で疑似的に特殊技に耐性を得られるカイリューなどしか、シジマの元で鍛えて来た力を十分に活かせない。

 

 知っていた訳ではないが、相手はカンナ以上の氷使いなのだ。何をやってきても不思議では無いと警戒していたが、やはり普通なら考えられないことをやって来る。

 これでまだ他にも見せていない戦力どころか、攻撃手段や技術があるのだから、本当に仮面の男――ヤナギは底が知れない。

 

 これは奥の手は使わずに退くべきかもしれない。

 

 撤退するタイミングについて考え始めた時、アキラの隣にカイリューが立つ。

 さっき相性が最悪な”ふぶき”の直撃を受けてしまったが、持ち前のタフさと”ひかりのかべ”でのダメージを軽減のお陰か、息を荒くはしていたがまだ戦える様子ではあった。

 かなり序盤に返り討ちにされたサナギラスも、戦線復帰出来るだけ休めたのかカイリューの横に並ぶ。

 戦いが長引く程、彼らの体力が消耗していくのもそうだが、何よりどんどん空気が冷えていき、寒い環境で戦うのに慣れていないこちらが不利になる。下手に時間を掛けることは得策では無い。

 

「――リュット、ギラット、”はかいこうせん”」

 

 アキラが静かに伝えると、彼らはまだまだ戦えることを見せ付けるかの様に口から破壊的な光線を放つ。

 当然弱っているとはいえ、それをまともに受けるデリバードでは無く、少し遅れて飛んで来たサナギラス”はかいこうせん”も含めて軽々と避ける。

 そして二匹の攻撃を皮切りに、ブーバーが先陣を切って再び彼らの戦いは始まった。

 

「しぶとい奴らだ」

 

 目の前で繰り広げられる戦いを見つめながら、仮面の男は呟く。

 余裕そうに振る舞ってはいるが、デリバードは倒されるのを免れただけで、大きなダメージは受けてしまったことには変わりない。

 敵が連れるポケモン達の個々の実力が高いのは予想通りではあったが、単騎ではデリバードにはやられるだけなのを理解しているだけでなく、単なる数でのゴリ押しもせずに仲間との連携を意識して戦うのが何より厄介であった。

 

 このまま戦い続けてもデリバードだけでは荷が重い。

 

 そう考えながら目の前の戦いを窺っていた時、仮面の男はある違和感に気付いた。

 

「……一匹足りない…」

 

 戦う前に並んでいた時に見えたアキラの手持ちポケモンは、情報通り九匹だった。

 だが、さっきからデリバードと戦っているのは八匹しか見えなかった。

 

 カイリュー、ブーバー、サンドパン、エレブー、ヤドキング、ドーブル、サナギラス、カポエラー

 

 まさか戦いに参加していないということは無いだろうから、戦う前に勢揃いしていたアキラの手持ちと目の前で戦っている面々について記憶と擦り合わせていた時だった。

 戦っているデリバードの足元の影が、不自然に起き上がるのが見えた。

 

「デリバード飛ぶんだ!」

 

 仮面の男からの指示が耳に入り、咄嗟にデリバードは飛び上がった。

 起き上がった影の正体であるゲンガーは、プレゼントポケモンに大きな攻撃を決めることは出来なかったが、それでも何かしらの打撃を与えると素早くアキラの元まで下がった。

 

「くそ、上手くいくかと思ったんだけどな」

 

 アキラとしては、ゲンガーがデリバードの影に忍び込んで不意打ちを仕掛けるのはとっておきの策の一つだった。

 さっきからゲンガーが姿を見せずに戦いに加わっていなかったのは、今みたいなチャンスを窺っていたからだ。

 もし直前に仮面の男に気付かれていなければ、今度こそデリバードを仕留める絶好の機会を作れたかもしれなかったが、事はそう上手くはいかなかった。

 

「何時からなのかは知らんが、デリバードの影にゲンガーを忍び込ませていたとはな。危うくやられるところだった」

 

 体勢を立て直す意味で、仮面の男は一旦デリバードをすぐ近くにまで下げる。

 余裕そうに軽口を叩いていたが、先程のゲンガーの不意打ちは冗談抜きでこの戦いで一番危機感を抱いた場面だった。

 

 カイリューやブーバーが、デリバードを倒せるだけの力を有していることは、戦う前から予想はしていた。

 だが、何より数の利を生かして戦うのに慣れていた。”しんぴのまもり”や”ひかりのかべ”を駆使するなど、攻撃技や直接戦わなくても使える手は何だって使って相手を倒そうとする。

 さっきドーブルが”つるのムチ”で動きを封じて来た時の様に、目の前にいる油断ならない敵と戦っている時に割り込む形で搦め手を仕掛けられるのは、冗談抜きで命取りだ。

 

 やはり奴はこの場で葬るのが一番

 

 既に計画はかなりの段階まで進んでおり、残された時間だけでなく失敗などの万が一の時に掛けられる修正が利く余地も少ない。

 仮に逃がしてしまえば、次に対峙する時は恐らく計画の実行中の時だろう。

 そうなればこの”歩く災害”集団を倒すこと自体は出来ても、計画を致命的なまでに台無しにされるか、戦いで受けたダメージを回復するのに大きく時間を取られてしまう可能性が高い。

 今後考えている計画の流れを考えれば、今この場でアキラを倒すのが最も今後に支障は出ない。

 相手は数で押しているとはいえデリバードを追い詰めているのだ。今この場で自らの正体が彼らに露見、或いはその可能性に至ってしまうであろう手段を使ってでも――

 

「スット、デリバードから何か()()()()?」

 

 アキラがゲンガーに尋ねる内容が耳に入り、仮面の男の思考は一時中断される。

 

 今奴は何を口にした?

 盗めた?

 

 ゲンガーに目を向けると、シャドーポケモンは冷たいと言わんばかりの反応をしながらも掌サイズの氷山みたいな氷の塊を取り出していた。

 それをデリバードが目にした途端、慌てて何かを探る様に体中を触れていくが、トレーナーである仮面の男はアキラのゲンガーが取り出したものが一体何なのかに気付いた。

 

「貴様!! ”どろぼう”でデリバードの持ち物を!」

「これがお前の強さの全てとは言わないけど、少なくとも強さを支えている一つの筈だ」

 

 ゲンガーがデリバードから”どろぼう”によって盗んだもの、アキラの認識が正しければそれは”とけないこおり”と呼ばれるアイテムだ。

 文献によれば、所持しているポケモンがこおりタイプの技を使う際にその力を高める効果があるとされる代物だ。

 仮面の男の正体であるヤナギは、こおりタイプのエキスパートだ。自らの手持ちの力を道具か何かで更に高める手段を使っていないのは考えにくい。

 当たっても良し、外れても別に構わなかったが、反応を見る限りどうやら当たりだった様だ。

 

 幾つも所持している可能性はあるが、少なくともこのバトル中に再度デリバードに持たせるのは一手間だろう。

 今のでこちらの勝率を上げる為にやれることはやった。後は、全力を尽くすだけだ。

 

「決めるぞ…リュット、バーット」

 

 その直後、”いかりのみずうみ”周辺に降り注ぐ日差しが突如として強くなる。

 さっきまで目が凍ってしまいそうなまでに冷たかった空気が温められ、凍っていた地面や草木に張っていた氷も溶けていく。

 日差しが急に強くなった理由が”にほんばれ”であることを仮面の男はすぐに悟ったが、それよりもカイリューとブーバーを始めとした何匹かの様子が変わったことに気付く。

 

「止めろ! デリバード!!」

 

 それらを目にした時、彼の長年の経験と直感が、”危険”だと強く警鐘を鳴らした。

 すぐにデリバードも動くが、まるで邪魔はさせないと言わんばかりにエレブーの電撃が滅茶苦茶に放たれ、サナギラスも特大の不快音を発して妨害する。

 弱った体でそれらを避けたり耐えて技を仕掛けようとするが、カポエラーが投げ付けてくる光弾状の”めざめるパワー”での邪魔、そして僅かな隙を突く様に放たれるサンドパンの正確無比にして超速の狙撃という二段構えの布陣が阻む。

 

 完全な時間稼ぎ。

 わかり切ったことではあったが、仮面の男とデリバードは見事にしてやられた。

 そして先程までその身に纏っていた”げきりん”とは、色や雰囲気の何もかもが異なる静かなオーラを纏ったカイリューとブーバーが前に出て、力強く地面を踏み締めた。

 

「これでも食らえ!!!」

 

 声を荒げてアキラが合図を出した瞬間、二匹は爆音と共に目の前の視界全てを埋め尽くす程の凄まじい熱と勢いを伴った特大の”かえんほうしゃ”を仮面の男とデリバードに向けて放った。

 

 草木を焼き尽くすだけでなく地面さえも焦がすどころか激しく抉る程の勢いを伴った灼熱の炎。

 今まで戦ってきたポケモンの中には強力な炎――特殊な性質を有した炎を放つのはいたが、これ程までに大規模と化した炎技を仮面の男は――ヤナギは見たことが無かった。

 

「デリバード、”ふぶき”!!!」

 

 荒げている様に聞こえるが同時に落ち着いた声色の指示に、浮足立っていたデリバードはすぐに冷静さを取り戻す。

 まるで力を溜める様に体を屈めると、今の己が出せる全力を込めた”ふぶき”を放つ。

 

 これ程の炎技を繰り出したのは、伝説のポケモンどころか、そこまで強力なほのおタイプでは無いブーバーやほのおタイプですら無いカイリューの二匹なのは驚愕であった。

 如何にこおりタイプでは最強と言える程に強力な”ふぶき”でも、これ程の規模と勢いの炎には相性関係もあって普通なら成す術も無い。

 

 しかし、彼らは普通では無かった。

 

 ”いかりのみずうみ”全てをギャラドスの群れごと氷漬けにした時の様に、押し寄せて来る巨大な炎の波を全力の猛吹雪で迎え撃った。

 

 草木や地面だけでなく空気中に含まれる水分さえも瞬く間に凍らせていき、それらも取り込む形で更に威力と勢いが増した冷気の暴風。

 そして両者が放った一撃は、正面から激しく激突する。

 

「そのまま押し切れぇ!!!」

 

 こちらが有利になる条件を最大限に整え、万全の構えで放った最大火力の”かえんほうしゃ”。

 不利な条件だらけではあるが、長年積み重ねて来た鍛錬によって極限にまで力を高めてきた執念の”ふぶき”。

 

 轟音を轟かせ、炎は吹雪を呑み込もうと、吹雪は炎を押し退けようと拮抗する。

 やがてそれらは、押し合いから徐々に炎と吹雪が絡み合った巨大な竜巻の様なものへと変化して、空高く登っていくのだった。

 

 

 

 

 

 アキラ達が仮面の男を相手に激戦を繰り広げていた頃、シルバーを背負ったゴールドは息を荒くしながらも森の中を全力で走っていた。

 

「死ぬんじゃねえぞ。シルバー」

 

 背負っている彼の体は異様に冷たく、本当に生きているのか確かめたかったが、それさえも今は惜しかった。

 戦う事が出来ないのは悔しい。だけど、今は自分に出来ることをやらなければならないと、ゴールドは自分に言い聞かせていた。何より、シルバーに聞きたいことが山の様にあった。加えてこのまま勝ち逃げされるのは、彼としても嫌だった。

 だからこそ、一刻も早くシルバーを病院に運びたかった。

 

 その時、突如として空気が震える程のとんでもない轟音が周囲に轟き、辺りが何かに照らされる様に明るくなった。

 思わず足を止めて振り返ってみれば、”いかりのみずうみ”がある方角に激しく渦巻く巨大な火柱が立っていた。

 

「……すげぇ…」

 

 よく見れば吹雪の様なものと絡み合っていたが、ゴールドの目には周囲を強く照らすだけでなく、巻き込んだ土や木々を舞い上げて瞬く間に焼き尽くす炎しか映らなかった。

 間違いなく、あれをやっているのはアキラと彼が連れるポケモン達だ。そして、恐らく仮面の男もあれだけの力に真正面から対抗している。

 

 この世の終わりは言い過ぎではあるが、それでも天変地異が起きた様な見たことも無い光景。そしてそれを実現させているであろう強大な力に、ゴールドは目を奪われていた。

 遠回しに力にならないことを言われたのは悔しいが、今自分があれと同じことをやって見せろと言われても無理だ。それどころか、あれ程の光景を実現することなど一生懸けても出来る気がしなかった。

 仮に可能性があったとしても、一体どうすればあれだけの力を身に付けることが出来るのか。彼には全く想像出来なかった。

 様々な感情が彼の中に去来するが、”いかりのみずうみ”で起こっているであろう出来事に見惚れていたが故に、静かに自分達に近付いて来る存在がいることにゴールドは気付いていなかった。

 

 

 

 

 

 激しくぶつかり合う全てを焼き尽くす炎と全てを凍らせる冷気。

 それらは単に激突し合うだけでなく、周囲にある草木や地面を焼き尽くすか凍らせ、片や灼熱地獄、片や極寒地獄の様相を呈していた。

 吹き荒れる暴風に天高くまで昇っている炎と氷が絡み合った巨大な竜巻も相俟って、離れたところで見ていたゴールドが抱いていた様に、第三者から見ればその光景は最早大災害と言っても過言では無かった。

 そんな想像を絶する光景を超常的な力を持つ伝説でも何でも無いポケモン達が起こしていたが、戦っている彼らは目の前のこと以外に一切余計なことは考えず全力を注いでいた。

 

「っ!」

 

 そんなどちらも譲らない激しい攻防に変化が起きる。

 とてつもない熱に威力、そして勢いを誇る炎が猛烈な吹雪に押されているのか、相反する二つの属性が絡み合った竜巻が徐々にアキラ達の方に近付き始めたのだ。

 気付いたカイリューとブーバーは既に全力であるにも関わらず、無理矢理でも口から放つ”かえんほうしゃ”の勢いを強めようと如何にかして力を振り絞ろうとする。

 

 最初は互角――寧ろ、タイプ相性や条件的に勝っていたこちらの方が逆に押されている。

 アキラの視界では、離れていても熱を感じる程の目の前を埋め尽くす程に大規模であるカイリューとブーバーが放つ”かえんほうしゃ”の炎と、”ふぶき”と押し合いながら絡み合って竜巻状に天へと昇っていく光景しか見えない。

 しかし、それでも先程よりも”ふぶき”の勢いと規模が大きく増していることに気付いた。

 

 今戦っているデリバード以外に強力な”ふぶき”を使う事が出来る手持ち。

 その存在は、知っていれば自然と答えは浮かぶ。

 

「ウリムーも加勢させたのか」

 

 状況から見て、今まで見せなかった手持ちの力まで使い始めたのだとアキラは判断した。

 

 仮面の男の手持ちポケモンは、一見するとタイプに偏りが無くてバランス良く揃えている印象を受けるが、正体や目的を知っていればある程度はその構成になっている理由は推測出来る。

 

 まず一つ目は、最終目標である伝説のポケモン――セレビィを捕獲する為の対策。

 セレビィのタイプはくさ・エスパーの複合であり、苦手とするタイプは多い。

 だからこそ、専門であるこおりタイプのデリバード以外にタイプ相性的に有利なゴースやデルビル、アリアドスを手持ちに連れていると考えられる。

 

 二つ目は自らの正体露見対策だ。

 デリバードが使う氷技がやたらと突出しているが、それでも他の手持ちのタイプがバラバラなら単にエース格として見られる。

 だが、これにウリムーなどの別のこおりタイプのポケモンが加わり、その個体も強力な氷技を操れる存在となると、流石にこおりタイプのエキスパートであるヤナギが何かしらの形で関与している疑いの目が向けられやすくなる。

 

 何より、ウリムーは自由に動き回れる氷人形を作り出すことが出来ると言う技術と呼び難い超絶能力を有しており、その力でヤナギが利用している車椅子が埋め込まれている頭部以外の仮面の男の体の大部分の構成に大きく関わっている存在だ。

 その為、マントの下に隠れる形でヤナギの膝元に常にいる。氷人形で体格を誤魔化すことで、正体を隠しているヤナギが仮面の男の姿でウリムーの力も使ってきたということは、自身の正体が露見しても構わないということを意味していると言っても良い。

 つまり、アキラ達はそこまで追い詰めているということを意味しているが、同時にそれは状況の悪化も示していた。

 

 ドーブルの”せいちょう”によって最大にまで高めた特殊攻撃の能力を”バトンタッチ”で受け継ぎ、こちらの技の威力を高めると同時に相手に不利な条件を押し付ける”にほんばれ”などの準備に準備を重ねたカイリューとブーバーの”かえんほうしゃ”。

 手持ちの二大戦力が放つ最大火力による炎技は、アキラが戦う時が来るであろうヤナギの氷技対策にしてその切り札として編み出したものだ。

 エンジュシティでの巨大イノムー戦での実戦投入でわかったが、通常のポケモンに対して放つ技にしては威力が過剰過ぎるなどの問題はあったが、手を抜いて程々の威力に満足して万が一があったら、痛い目に遭うどころの話では無い。やるからには徹底的にだ。

 

 そして当然相手にするのはデリバードだけでなく、今みたいにウリムーなどの他のヤナギが連れている氷ポケモンが加勢した場合の”ふぶき”も想定していた。

 だからこそ、考えられる限り素早く準備が出来て、やり過ぎと言っても過言では無い威力にまで高めるだけでなく、”とけないこおり”を奪うなど”にほんばれ”以外にも念入りに相手が力を引き出せない状況も作った上で全力で挑んだ。

 にも関わらず、自分達は一番の強みである”力”で押されていた。

 

 ここまでやっても勝つどころか互角に渡り合うことも出来ないのか。

 

 悪い考えと可能性がアキラの脳裏を過ぎった瞬間、カイリューとブーバーが放つ炎に大量の砂混じりの風が螺旋状に纏う様に流れ込んだ。

 

 元へアキラが目を向けると、後方でサナギラスとサンドパン、カポエラーが辺りの地面から砂を舞い上げて”すなあらし”を起こしていた。

 そしてその三匹が巻き上げた大量の砂を、炎を放っている二匹と同じ能力を高めた証である特有のオーラを”じこあんじ”で纏っているゲンガーとヤドキング、ドーブルが集中した目付きで”サイコキネシス”を駆使して炎へ送り込んでいた。

 

 念によって巻き上がる砂と風の方向性を操作された砂嵐は、先頭に立つ二匹が放ち続ける炎と力を与えている強い日差しを邪魔することなく加わることで、その勢いを増すだけでなく熱せられた砂という質量も付与される。

 そして念の力も、能力を高めたことで”すなあらし”と”かえんほうしゃ”を巧みに融合させるだけでなく、砂嵐を送り込む際に螺旋回転させることで炎そのものの威力や突破力を更に強めるのに大きく貢献もしていた。

 勢いが強まったことで、カイリューとブーバーは反動で足元が少しずつ滑る様に下がり始めたが、一番下がっているブーバーを背中から支える形でエレブーも加勢するのをアキラは目にする。

 

 全員での一斉攻撃、或いは加勢をアキラは考えていなかった訳では無い。

 だが準備時間の都合などの実用性、更には極限にまで高めた炎技の威力が強過ぎて、カイリューとブーバーしか反動の影響は最小限に留めることが出来ないなどの問題を解決出来なくて、今の形になった。

 だけど冷静に考えれば、強力な氷技というイメージが強過ぎて、相手を打ち負かすには炎技を使うしかないと固執し過ぎていた。

 単に能力を高めたり有利な条件を整えた炎を使う以外にも、こういう形での他の手持ちの力を合わせての技の強化方法はあった。

 

 それからアキラの行動は早かった。

 ブーバーを支えるエレブーみたいに、反動で少しずつ下がるカイリューの後ろに回り込むと背中を押す形で支える。

 他の手持ちが単に主軸を担う二匹に力を託す以外にも、今自分達に出来ることを尽くして加勢したのだ。

 これまで自分達が培ってきた力と技術、その全てを駆使して全力を尽くす以外、この状況を乗り越える道は無い。

 

「いっっけええぇぇぇぇぇ!!!」

 

 轟音を轟かせ、怒涛の勢いで放たれる炎に風と共に送り込まれる砂嵐、それらを混ぜ合わせるかの様に渦巻かせながら更なる勢いを与える念動力。

 今のアキラの手持ち全てが、今自分達に出来ること全てを尽くした文字通りの全力。

 その力はアキラの声に応えるかの様に、さっきまで強烈な”ふぶき”に押されていた炎が、瞬く間に逆に押し返し始める程のものだった。

 

「おのれぇええぇぇーー!!!」

 

 しかし、それで終わらないのが仮面の男。

 一帯に響き渡る轟音に負けない雄叫びを上げると、”ふぶき”の勢いは更に増して、灼熱の炎と絶対零度の吹雪は再び拮抗し合う。

 両者の攻撃が更に力を増したことで、地鳴りと共に地震にも似た揺れまでも起こり始めるが、彼らは全く意に介さなかった。

 

 そして、どちらかが力尽きるまで終わる様には見えなかった炎と氷の攻防に終わりの時が来る。

 

 この大災害の象徴とも言える相反する二つの属性が螺旋状に絡み合いながら天へと昇っていた竜巻が、突如として破裂したのだ。

 まるで、もう限界だと言わんばかりにだ。

 

 弾けた瞬間、吹き荒れていた暴風にも似た衝撃波が火の粉や大小様々な氷と共に周囲へと拡散していき、アキラ達は避けることも耐えることも出来ずに一瞬にして吹き飛ばされる。

 灼熱の炎と絶対零度の吹雪が激突したことで生じた竜巻が消滅したことで、先程までの世界の終わりを彷彿させる様な光景から一変して、辺りは静かになる。

 しかし、それでも彼らが戦っていた付近は、竜巻によってクレーターの様に大きく抉れてた地面を中心に、全てが氷に包まれた世界か全てが焼き尽くされた世界に二分されているなど、大きな爪痕を残していた。

 

「っ……」

 

 火の粉と氷の結晶が漂う様に飛び散っている中、地面に無造作に転がっていたアキラは、体の至る箇所から走る痛みや傷を堪えながら立ち上がった。

 あまりにも突然過ぎて、体だけでなく意識も一瞬だけ飛んでしまったことも重なって理解は全く追い付いていなかったが、それでも油断せずにフラつきながらも周囲を警戒する。

 アキラが立ち上がったのを見て、一緒に吹き飛んだ手持ち達も起き上がったり合流するが、カイリューとブーバーだけは中々立ち上がれずにいた。

 二匹は起き上がれないだけでなく苦しそうに呼吸を荒げており、その口からは焼けた様に白煙が上がっているのが見えた。

 自らの技で口内が火傷してしまう程の力を引き出した反動なのは、誰が見ても明らかだった。

 

「――ここまで追い詰められたのは…何時以来だろうか…」

 

 どこからか仮面の男の声が聞こえてアキラ達は警戒するが、分断する程に大きく抉れた地面の向かい側、一帯が氷世界となっている側で壁の様に大きな氷がまるで盾みたいに存在していた。

 土や灰などが表面に付着している影響で氷の盾の後ろにいるであろう仮面の男の姿は見えなかったが、声だけでも敵が健在なのは明らかだった。

 それを見たアキラと彼のポケモン達は警戒しながら、疲れてはいたがゆっくりと静かに、カイリューとブーバーの元へ囲む様に固まっていく。

 

 追い詰めたには追い詰めたが、もう戦う力も、さっき以上の力を今の自分達が引き出せる気はしなかった。

 何より、引き際の一つと判断する要素を仮面の男が見せたのだ。これ以上戦うのは無意味だ。

 痛みを堪え、ヤドキングとゲンガー、ドーブルに合図を出して”テレポート”での離脱をアキラが命じようとした時だった。

 

「何が目的だ」

 

 仮面の男――ヤナギの言葉にアキラの動きは止まる。

 

「先程の技、そして連れているポケモンの戦い方……お前はかなり念入りに私との戦いに備えて来たと見る」

 

 核心を突く言葉ではあったが、アキラは動じない。

 確かにカイリューとブーバーの二匹が放つ最大火力での”かえんほうしゃ”は、今回の戦いの為に考案して練習してきたものだ。

 力を合わせた大技を仕掛けるとしても、シジマの弟子なら何かしらの打撃攻撃を極める路線になってもおかしくないのに、よりにもよってこおりタイプが最も苦手とする炎技なのだ。

 さっきまでのデリバードと手持ち全員での戦いからでも、こちらが対策をしていたり気を付けていることがあるのに気付いてもおかしくはない。

 

「どこで私の戦い方を知った。いや、幾つか考えられる要因はあるから、そんなことは如何でも良い。何故お前はこうも私の邪魔をする。一体何が目的だ」

 

 仮面の男――ヤナギから見れば、アキラは唐突に現れては配下を壊滅させて計画を台無しにしていくタチの悪い通り魔――否、あまりにも被害が大き過ぎて本当に”歩く災害”みたいなものだ。

 シルバーみたいに何かしらの因縁がある存在が邪魔をしてくることはあるが、何の因縁も無い筈なのにここまで邪魔をしてくる存在はアキラが初めてだった。

 さっきシルバーを連れて逃げた少年みたいに正義感で首を突っ込んでいるのかと思いきや、本気でこちらを倒すつもりであったのは、さっきまでの戦いぶりや手持ちが力を合わせて放った大技を見ればわかることだった。

 素直に教える訳が無いことは察している。だけど、それでも何故そうまでして来るのか知りたかった。

 

「――自分が今まで何をやって来たのか考えればわかることだろ」

 

 それだけ答えると、アキラと手持ち達は風と共に一瞬にしてその場から姿を消した。

 

 直後、両者の間を遮っていた氷の盾は砕け散り、隠れていた仮面の男とデリバード、そして()()()()()()()が姿を現す。

 ウリムーは疲れた様子ではあったが、デリバードの方は緊張の糸が途切れたのか膝から崩れ、最初は倒れない様に両手で支えてはいたがそのまま力尽きる。

 そして仮面の男の方も、身に纏っていたマントの至る所が余波で裂けたり焼けていたが、その下からは人の体ではなくて人の体を模した氷が覗いていた。

 

 まともな答えは期待していなかったが、それでも彼が邪魔したり本気で倒しに来る理由はある程度推測出来た。

 長年に渡って、目的の為にあらゆる方面でロケット団を始めとした配下を操って、世間的に言えば”悪事”に分けられることを数多くやって来たのだ。どこかで恨みを買ったと考えるのが自然だろう。ただ、彼の振る舞いを見ると、どうもその可能性は納得出来なかったが。

 

「――ふん」

 

 もし自分がやった行いや計画の被害者――そうでなくても、今までやって来た行いを知っているのなら、それらは非道で下らないものに見えるだろう。だけど、世間で言う悪事に手を染めてでも成し遂げたいことがあるのを理解されるつもりは無かった。

 周りにどう思われようと、どれ程恨まれても、どんなことをしてでも叶えたいものが仮面の男にはあった。

 その為だけに、長きに渡って計画を推し進め、アキラみたいなどんな障害が立ち塞がろうと退けるだけの力を鍛えて来たのだ。

 

 全ては失ってしまったかけがえのないものを取り戻す為。

 

 それから彼は、倒れているデリバードを休ませるべくモンスターボールに戻すと、どこかに倒れているであろう他の手持ちを探しに動くのだった。

 

 

 

 

 

「…何回経験しても…ああいうヤバイ状況は慣れないものだな…」

 

 ”いかりのみずうみ”どころかチョウジタウンからも離れた森の中で、アキラは息を荒くして木に寄り掛かる形で座っていた。

 今までは”テレポート”が使えるブーバーが逃走の起点になっていたが、ブーバーが動けなくなったら使えなくなる問題があったので、今後のことも考えてゲンガー達はブーバーから”テレポート”の使い方を教わっていた。

 そのお陰で彼らは昔の様に手際良く逃走することに成功したが、敵との力の差や自分達の限界を悟って逃げるのは久し振りだった。

 

 あれだけ相手にとっては不利で、こちらが有利な条件を整えたにも関わらず、相手は健在どころか危うく負け掛けた。

 追い詰めた機会は何回かあったが、それは相手がデリバードの時だけ。

 最後の最後で出てきたが、仮面の男にはまだそれ以上の力を秘めている可能性があるウリムーが控えているのだ。

 あれ以上戦おうとすれば、氷人形などの正体がバレる様な手段を使い始めると考えても良く、今度こそ形振り構わずに消しに掛かる。

 

 そもそも奥の手を出した時点で自分達が引き出せる力や対策は殆ど出し切ったのだから、敵がまだ立っている時点で勝てる可能性は最早皆無と言っても良い。

 

「…さっきのが今の俺達の限界か」

 

 シジマの元で修業を始めて一年近く。確かに自分達は強くなった。

 本気で戦いを挑むシジマやイブキなどのジムリーダーにも勝ち、ずっと挑み続けたレッドとのバトルも連敗更新に終止符を打ち、一地方を相手に個人で喧嘩を売れるワタルさえも正面から打ち負かせた。

 三年近く前にトキワの森――この世界に迷い込んだばかりの頃、それこそミニリュウやゴースなどの手持ちには言う事を聞いて貰えないだけでなく手を焼いていたあの頃からは、想像出来ないくらいに自分達は強くなった。

 だけど、それでも仮面の男は――ヤナギは遠い。

 

 想定していなかったことや想定以上だったこともそうだが、力を発揮しにくい不利な条件を押し付けても一番の強みである純粋な力さえもあちらが上なのだから、強過ぎる。

 

 また戦う時が来たらどうしたら良いか悩むが、ヤドキングなどの体を動かせる手持ちや治療を受けているカイリューから、このまま終わる気は無いと言わんばかりの強い意志の宿った視線がアキラへ向けられる。

 

「あぁ…このまま大人しく引き下がるつもりは無いよな」

 

 昔から自分達よりも強い存在は散々見て来た。最近は力を付けたこともあって勝ってばかりではあったが、久し振りにとんでもない格上が現れた。

 力の差を理解して大人しくする選択も間違いではない。別に自分達は、レッド達みたいに特別な使命を背負っている訳では無い。だけど自分含めて各々成し遂げたい目的や求めてるものがあるからこそ、こうして戦っている。

 単に大人しくしているだけだったら、今の自分達はいない。

 

「ポケモンリーグまで残り数ヶ月、この残りの時間を上手く使わないとな」

 

 持っていた荷物から”かいふくのくすり”を取り出して、カイリュー達の回復を行いながらアキラは、次に戦う時が来たらどうするかを考え始める。

 最後の問い掛けのことを考えると、今回の戦いでヤナギの中で自分達の存在は単なる邪魔者から得体の知れない存在になったと推測出来る。そうなれば、次戦う時は最初から全力を出される可能性が高い。

 

 今の自分達では、対抗するにしても時間稼ぎや手痛い火傷を負わせるのが精一杯だ。

 ならばこそ、更に自分達の力を磨くだけでなく今回得られた情報や経験を糧に、可能な限り新たな対策や作戦を考えて備えなければならない。

 それからしばらくして、ようやくカイリュー達への処置もひと段落したアキラは、事後報告になってしまうがシジマに連絡を取るべくポケギアを取り出したが、小さな画面に表示されている内容に目を丸くする。

 

「? なんだこれ?」

 

 ポケギアに不在着信が連なっていたのだ。

 見たことが無い番号だったので一体誰からの連絡なのかと思ったら、今正にその番号から連絡が来た。

 

「もしも――」

『あっ! やっと繋がった!! こっちは何回も連絡していたんッスよ!』

「…何だゴールドか」

 

 連絡してきた相手がゴールドだとわかって、アキラはどこか安堵する。

 一体どうやってこちらのポケギア番号を知ったのか気になったが、彼がこうして連絡をしたということは、つまり彼は無事に逃げれたことを意味しているからだ。

 そのことを考えると、”運命のスプーン”に導かれるままにやって来たが、助けに入った甲斐があったものだ。

 

「そんなこと言われても、こっちは本気で戦っていたんだから、繋がらないのは当然だよ」

『そりゃあんな大災害起こしてりゃ…って、そんなことは如何でも良い! 大変なんだ!』

「どうした? まさかシルバーに何かあったのか?」

『そうだよ!! シルバーが…見たこと無いポケモンに連れて行かれた!!!』

「………え?」

 

 ゴールドから伝えられた内容に、アキラは理解出来ないと言わんばかりの声を漏らすのだった。




アキラ、可能な限りの力を尽くすも痛み分けに近い形で退却する。

ヤナギが戦っている場面を何回も読み直して、原作にあった要素や原作には無かったけどやってもおかしくなさそうなことなど詰め込みました。
いや、本当に強過ぎます。嵌められたり追い詰められても普通にゴリ押しで突破している場面が幾つもあるのですから。
もう今後、一人のトレーナーで彼を凌ぐことをやるトレーナーは出ないと思えるくらいです。

次回、ゴールドがアキラにリベンジします。

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