SPECIALな冒険記   作:冴龍

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大逆転?

 両腕を振り上げてエレブーが威嚇すると、サイドンは身構える。

 迂闊に手を出せば、手痛い目に遭うと直感的に理解しているからだ。

 そのまま両者は睨み合ったまま周囲は静寂に包まれるが、見ていた者達はそれが一触即発の状態なのを肌で感じ取っていた。

 緊迫した空気が漂う中、遂に事は動いた。

 

 突如エレブーの眼が、白目から瞳の宿った黒目に戻ったのだ。

 その途端、腕を振り上げたままエレブーは体を硬直させる。ついさっきまで攻撃は速攻で仕掛けてきたエレブーの異変に、様子を窺っていたロケット団は奇妙に感じるが、アキラだけはエレブーの表情が青ざめていることに気付き、彼も同様に青ざめた。

 

「まさか……」

 

 そしてアキラの当たって欲しくない予想は当たってしまった。

 顔を青ざめて硬直していたエレブーは、神速のスピードでサイドンに見事なまでの土下座を披露して、必死に頭を何回も下げ始めたのだ。先程とは真逆であるエレブーの突然の態度の一変に団員達は勿論、対峙しているサイドンも唖然とする。

 

「もっ、戻れエレブー!!」

 

 土下座をし続けているエレブーをボールに戻して、アキラはヒラタ博士と一緒にロケット団が唖然としている間に大急ぎでその場を立ち去ろうとする。

 しかし、黙って見ている程ロケット団は間抜けでは無かった。

 

「お前ら、今がチャンスだ!!」

「やっちまえ!」

 

 恐るべき存在がいなくなったことで残った団員達は一転してまた強気になり、逃げるアキラ達を攻撃し始めた。牽制くらいはしてやりたいが、これ以上は戦えないだけでなく逃げるのは今を置いて無い。

 二人は必死に攻撃を躱しながらクレーターを駆け上がろうとしたが、突然地面が立っていられない程揺れ始めて転げ落ちた。

 

「こんな時に地震!?」

 

 ふざけるな! と怒鳴ろうとしたその時、巨大な何かが大地を砕いて飛び出し、ロケット団の前に立ち塞がった。予想外の事態に、団員の多くは狼狽えたり飛び出してきた何かに罵声を浴びせるが、アキラは地面から飛び出した巨大な影の正体をしっかりと目にした。

 

「イワーク?」

 

 タケシが連れているのを見たばかりなのや月明かりに照らされていることもあって、アキラは地面から現れたのがいわへびポケモンのイワークであると認識する。

 現れたイワークは、喚くロケット団を纏めて箒を掃く様に巨大な尾でいとも簡単に一掃する。サイドンも一掃された中に含まれていたが、立ち上がるとツノを高速回転させながら自身を一回りも上回る巨体を持つ岩蛇に突っ込んだ。

 

 それに対してイワークは、迫るサイドンに自らの尾を勢い良く叩き付ける。

 その威力は凄まじく。高速回転していたツノは砕け散り、サイドンはイワークの体に傷付けることさえ出来ないまま、爆発でもした様な爆音が轟く程の勢いで頭から地面に打ち付けられて力尽きた。

 

「こ…これは…」

「野生ではありませんね」

 

 爆音から耳を守っていた彼らは、突如現れたイワークの強さに呆然とする。

 ゲーム設定に限れば、イワークはこんなところに野生の個体はいない。そう考えればトレーナーが連れているイワークとなるが、能力的に大きく負けているサイドンをアッサリ倒す辺り相当鍛えられている。

 一体どれ程のトレーナーが連れているポケモンなのだろうか。

 

「どうした。ここから離れるのではないのか? こうしている間に奴らは来るぞ」

 

 離れることを忘れてイワークについて考え始めた時、誰かがクレーターの上から二人に問い掛けてきた。確かに声の言う通り、戦い始めてから初期にやられた団員から順に意識を取り戻してきているのだからすぐに離れるべきだ。だが、アキラは声の主が気になって顔を上げて振り返った。

 クレーターの淵で月明かりを背に立っていたが、影の大きさからかなり大柄な体格の人物だと判断するには十分だった。

 だけど、肝心の顔は影に隠れていて良く見えなかった。

 

「あなたは――」

 

 しかし、それ以上アキラは言葉を紡ぐことはできなかった。

 弾けた様な鋭い音が彼の耳に入り、クレーターの中心にある巨大な装置に目を向ける。

 戦いの余波を受けたからか、発電装置に岩が突き刺さっていたのだ。その影響によるものなのか至る所から火花が散ったり小規模な爆発が起こっているなど、見るからに不安定な状態だった。

 

「おいなんかヤバイぞ」

「すぐにこっから退くぞ!」

 

 意識を取り戻したロケット団の団員達は、すぐに危険を察してまだ倒れている仲間達を担いで慌ただしくクレーターから去り始める。

 危険を感じたアキラとヒラタ博士も大急ぎでクレーターを駆け上がろうとしたが、サイドンを倒したイワークが彼らを頭に乗せてくれたおかげですぐにクレーターから抜け出せた。

 

「安心するのはまだ早い! 急いでここから離れるぞ!!」

「はっ! はい!!!」

 

 安堵のあまり、肺に溜め込んだ息を一気に吐き出して気が抜けるアキラに喝を入れる様な檄が入り、彼は反射的に立ち上がって気を付けの姿勢を取った。改めて彼は自分達を助けてくれた人物が何者なのか見ようとしたが、既に相手は背を向けて走り始めていた。

 大柄な人物は、荒れた下り道を物ともせず走っていき、アキラも後を追うべく走ろうとするが足が痺れて躓き掛けた。そのタイミングに見兼ねたイワークが、ヒラタ博士と一緒に彼を頭の上に乗せてくれた。

 

 出来る限りの力を腕に入れて、荒れた道を滑るように進むイワークから落ちないようにアキラと博士の二人はしがみ付く。

 通り掛かったトレーナー、それもロケット団を退ける程の実力者に運良く助けられてアキラは内心ホッとしていた。

 

 

 しかし、彼は自分がまだ危険な場所にいることには気付いていなかった。

 

 

 突然、周りが夜にも関わらず昼間の様に明るくなる。

 急に明るくなった途端、アキラは本能的にそれが恐ろしいものであると感じた。

 直後に鼓膜が破れるのではないかと思うほどの爆音が轟いた瞬間、彼の意識の奥底からある概念が浮かび上がった。

 

 

 ――死

 

 

 

 

 

 

「っ……ぅ…」

 

 僅かに刺すようなひんやりともする刺激的な匂いを鼻から感じ取り、アキラはゆっくり少しずつ意識を覚醒させた。

 一体自分が今どこにいるのか、何故こんなことになったのか見当がつかない。

 正直に言えば自分の生死さえ曖昧であった。

 意識を取り戻すにつれて、彼は自分の身に起きた出来事を思い出していく。

 

 大きな音を耳にした途端、目に映る世界の流れがゆっくりと感じられたこと。

 

 ドーム状に眩い光が広がるにつれて剥がれる様に地面が砕けていったこと。

 

 衝撃波に巻き込まれて途轍もない勢いで体が吹き飛ばされて――

 

 そこから先が良く思い出せない。

 だけど、明確に覚えていることが一つだけあった。

 

 自分が死ぬと言う諦めにも近い直感だ。

 世界に来てから何回か「死」に近いものを感じさせる場面に遭遇したが、あそこまでハッキリと死を意識したのは、初めてミニリュウと出会ったあの夜以来だ。

 

 元の世界に戻るまで、後何回こんな経験をするのだろうか。

 

 そんな頭に浮かんだ不穏な考えを振り払うべく、ほぼ目覚めかけているのを機にアキラは自分が置かれている状況を把握することを優先した。

 さっきから吸う空気に混じっている刺激的な匂いは消毒液らしい。

 ゆっくり目を開けて見えた視界と体の感覚から得た情報を総合すると、今自分はベッドの上に横になっている様だ。

 

 この状況が意味することは、自分は誰かに助けられたということなのか。

 

 近くに窓があるので外の様子でも窺おうと体を動かすが、頭だけでなく体の色んな所から激痛が走って思わず呻き声を上げてしまう。

 今気付いたが、彼は顔に貼られている大小様々な絆創膏を除いて体の至るところに包帯が巻かれていてミイラ寸前の状態だ。確かに意識を失う前はそれなりに傷を負ってはいたが、ここまで過剰に治療する程では無かった筈だ。

 吹き飛ばされた後に体を強く打ち付けたなどの激痛の理由を考えていたが、アキラは最も大切なことを思い出した。

 

「そういえばリュット達は……」

 

 こうして自分が助けられているのだから、手持ちである彼らも助けられているはずだ。首を動かすことさえも痛いが、我慢して首を横に動かすと目の前に黄色い物体が立ち塞がった。

 

 一瞬彼は目を疑ったが、立ち塞がった黄色い物体の正体は間抜けそうな顔付きに見覚えがあるポケモン――コダックであった。突然のコダックの登場が理解出来なかったが、コダックは横長い嘴っぽい口に挟んでいた紙を「コバ?」と一言声を発してアキラに差し出す。

 腕さえ動かすのに痛みを伴うだけでなく石の様に固いのに渡すなと内心で愚痴りながら、仕方なく彼は毛布の下からギプスや包帯で包まれた腕を出して震えながらも受け取った。

 

 内容は恐らく自分を助けた人からのメッセージだろう。

 けどその前にミニリュウ達が無事なのかを確認したく、動かせる範囲で首を回して部屋の隅々まで目を通す。

 部屋はイメージ的に病室と言うよりは、保健室に近かった。

 しかし、ニビジムのようにポケモンの回復装置らしいのは見当たらず、薬品棚に回転椅子で遊ぶコダックの姿しか見られない。

 

 まさか吹き飛んだ時の影響で、彼らが入ったボールをどこかに落としてしまったのか。

 焦って思わず体が動いて、また至る所から激痛を感じて悶絶してしまい、コダックから貰った紙を落としてしまったが、遊んでいたコダックはそれに気付いて拾うとまた彼に手渡した。

 

「ありがとう」

 

 拾ってくれたことにアキラは礼を告げると、ポケモン達はどこにいるのか尋ねようか考えた。

 だけど相手はヤドンとほぼ同じくらい間抜けそうに見えるコダック、聞いてくれる以前に話を理解してくれるのかすらわからない。一応尋ねても損は無いはずと考えたが、その前に彼は紙に何か書かれているのに気付いた。

 そこには大きく「最初に読むように!」と注意書きが書かれていた。

 助けてくれた人が自分宛てにメッセージでも書いたのか、目線を下にズラすと彼が知りたがっていたことが書かれていた。

 

 

 あんたのポケモン達や保護者の方は別のところにいるから安静にしていなさいよ。 byカスミ

 

 川を漂っているのを見て驚いたぞ。ミニリュウ達もグッタリしているけど大丈夫だから安心して寝てろよ。 byレッド

 P.S 昨日おつきみ山でスッゲェ爆発があったけど巻き込まれたのか?

 

 

 紙に書かれていた内容を読んで、彼はぼんやりと思い出した。

 クレーターにあった装置が爆発し、それで自分は爆風に巻き込まれて吹き飛び、川らしき水の中に落ちて、もがきながら意識を失ったのだ。

 よく助かったなと、アキラは自分自身の幸運に感心する。

 

 メッセージを見る限りではどうやら自分を助けてくれたのはレッドとカスミらしいが、今はそんなに深く考えないことにした。

 

 こうして生きているだけでも奇跡なのだから。

 

 それにポケモン達やヒラタ博士も無事なのを知った途端、急に眠くなってきたのだ。

 彼は紙を近くの棚の上に置くと、体の負担にならない様にゆっくり横になり、久し振りに柔らかいベッドの上で気持ちを落ち着かせて寝始めるのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 コガネ警察署内にある屋内バトルフィールドで、アキラと手持ち達は次に行う指導の準備を一緒に進めていた。

 彼が提案した警察官達と手持ちとの話し合いは、ゴローンの暴走が起きた以外は何事も無くスムーズに進んだ。そして彼らは、話し合ったことがちゃんと実戦に活かせるかを確かめるべく、実戦的な形で見るつもりであった。

 

「改めてもう一度言うが、ただ相手と戦って倒すのではなくて力を引き出すんだ。それがこれから戦う上で一番重要だ」

 

 バトルフィールドの隅でミーティング形式を取りながら、アキラは自分のポケモン達に実戦指導にあたっての注意事項を説明する。

 

 これからやることは、わかりやすく例えるならジムリーダーの様に戦うという意外と難易度の高いものだ。さっきは署長から借りたスターミー達を使ったが、今回は今連れている六匹を使う。

 アキラの方も相手の動きを見ながらしっかりと適切な指示を出すつもりではあるが、予めポケモン側にも伝えて意識させておいたほうが良い。

 力の差があるはずなのに、露骨に手加減せず上手い具合に実力的に少し上を維持するのはかなり高い技術と経験が必要だ。だけど彼は目の前にいるポケモン達なら、それを実現することは可能だと信じている。

 

「特にそこ。気付いたら本気でやっちゃいました的な事は無しだからな」

 

 一部を除いてではあるが。

 特にハッキリと言っておく必要がある手持ちにはしっかりと注意しておくが、片やそっぽを向き、片や面倒そうに鼻をほじる。

 本当に大丈夫か心配になるところではあるが、何時もの事だ。

 

 聞いていない素振りを見せてはいるが、やる時はちゃんとやることは彼は知っている。

 正直に言えば、これだけで済むならまだマシな方だ。

 問題は二匹の様な態度では無く、露骨なまでに不満なのを隠さず文句を言いたげな雰囲気を漂わせている場合だ。

 そして予想通り不服そうな視線に若干ではあるが、周囲の空気が熱く感じられてきた。

 

 不服の理由は大体わかる。

 普通に戦って極限状態に追い詰めれば真価を引き出せると考えているのだろうが、そう簡単に上手くいくのなら苦労はしない。面倒そうな二匹とは違って、単純に手を抜くことを嫌がる気質であるのも長い付き合い故に理解はしている。

 

 だが、度が過ぎるとただの我儘だ。

 ある程度自由に動くことは認めているが、一線を越えたりこちらの意に反することは流石に見過ごす訳にはいかない。聞こえるか聞こえないかぐらいで小さく息を吐くと、彼は目を閉じ、意識を切り替える。

 

「俺達は強くなる切っ掛けを与える為に来ているんだ。ただ本気で戦っても百害あって一利なし、何も得るものは無い」

 

 理由を告げると同時に有無を言わせないアキラの言葉に、放たれていた熱気は収まり、態度の悪かった二匹も含めて彼のポケモン達は姿勢を正す。

 しばらく空気が重く感じられる時間が続くのではないかと気を引き締めるが、注意するだけだったのか直ぐに当人は先程と変わらない調子に戻った。

 

「よし。順番を決めるぞ」

 

 ローテーションの順番を決めるべく予め用意したあみだくじをアキラは取り出し、ポケモン達にどの線にするのかを選んで貰った。各々が好きな縦線を選び、それに沿って梯子状の線を辿っていき、一番手から六番手までの順番を決めた。

 

 自分で決めるよりは、運任せの方が彼らは納得するだろうと考えてのあみだくじだったが、晴れて一番手になった手持ちが対峙する相手を見て、アキラは繰り出すポケモンの順番をくじでは無くやっぱり自分で選ぶべきだったと若干後悔することになる。

 

「ゴーリキーって…大丈夫かな」

 

 最初に相手をする警察官が繰り出したのは、かくとうポケモンのゴーリキーだ。

 後悔しているのは相性が悪いからなのでは無く、今送り出した手持ちが一番好む戦いをする相手だからだ。事実、さっきまで不機嫌だったのから一転してやる気満々の顔付きだ。釘を刺してはいるが、どれだけ自制してくれるか。

 交代させる程でも無いので少し迷うが、大丈夫と判断して構わずこのまま続けることにした。

 

 試合開始の合図が出ると同時に、ゴーリキーは雄叫びを上げながら猛ダッシュで迫る。

 恐らく相手に威圧感を与えて勢いに乗る作戦だろうが、残念なことに今対峙しているアキラのポケモンには全く効かない。寧ろ逆効果だ。何時でも力を解放出来る様に構えていることにアキラは気付いていたが、素直にやらせる訳にはいかなかった。

 

「力を利用して投げ飛ばすんだ」

 

 普段なら力押しの選択でも悪くないが、今回はその時では無い。

 勢いは良いことだが、それを利用されると手痛い目に遭うことを教えるのが良いだろう。

 体から力を抜き、仕掛けられた”からてチョップ”を避けると同時に腕を掴み、アキラのポケモンは指示通りにゴーリキーを投げ飛ばした。

 しかし、この行動には一つだけ問題があった。

 それは投げ飛ばす際の勢いが、明らかに相手の勢いだけでなく自身の力も加わっていたからだ。

 

「やり過ぎ」

 

 激しく壁に叩き付けられたゴーリキーを見て、思わずアキラは苦言を漏らす。

 幸い一撃でやられずには済んだが、ダメージが大きいのかゴーリキーは体をフラつかせながら立ち上がる程だった。これだけ消耗してしまうと、万全な状態と比べるとやれることが大幅に減ってしまう。

 予定が幾分か狂ってしまったことに、アキラは疲れた様にため息を吐くのだった。




アキラ、命辛々ロケット団から逃れるも全身包帯だらけのミイラ状態になる。
四年後の主人公、相変わらず手持ちの振る舞いに悩みの様子。

とうとうベッド送りにされたアキラ。
最近「ご都合主義」という言葉は良い意味だけでなく悪い意味でも通じる様な気がしてきました。
今回出てきたアキラ達を助けた人物は、名前が無くても誰なのかわかると思いますがまた出てくる予定です。

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