シルバーを追い掛けて旅立つ数カ月前と比較して、自分達はかなり強くなった自覚がゴールドにはあった。
それは自惚れではなく、ポケモン図鑑所有者の先輩であるレッドや化け物みたいな強さのポケモン達を率いるアキラからも認められていた。
だけど幾ら強くなったとしても、限られた時間で二人みたいな強さに至るのは難しかった。
そもそも彼らがいる領域の強さに、自分が本当に至れるのかもわからなかった。
でも至れないとしても、やらなければならない時があること、そして今の自分でも出来る何かがある筈だと考えていたが――
「中々面白かったぞ。ルギアとホウオウがいなければ、前までの俺達でも危なかっただろうな」
「っ!」
ルギアとホウオウ、それぞれの肩に乗ってこちらを見下ろすカーツとシャムを相手に対峙していたゴールドとクリスであったが、服が汚れたり一部が裂けているなどボロボロな状態であった。
しかし、そんな状態でも彼らは手持ち達と共に気力だけで踏ん張っていた。
この場に立つからには、伝説のポケモンを相手にすることは予想していた。こんな戦いを繰り広げることを考えて、ゴールドはレッドの元で学んだことを彼なりに駆使して伝説のポケモンを相手に怯むことなく戦った。
ダメージを与えることは、確かに出来た。
レッドの教えを受ける間に身に付けた戦い方は、伝説のポケモンが相手でも有効だった。
自分達の力が齎した結果を見た当初は、「自分でも伝説のポケモンを相手に戦えている」という自信さえ湧いていたが、その勢いが続くことは無かった。
どれだけ技を決めてもルギアは打たれ強く、そして”じこさいせい”で折角与えたダメージも無かったことにされて実質振り出しに戻されてしまう。
手持ちポケモン六匹全員で挑んでそれなのだ。そんなことを何回も繰り返されれば、全力で挑んでいるこちらの方が消耗するのが早く、嫌でも力の差が出るのも時間の問題だった。
そんな時こそ、ピンチを引っ繰り返して来たレッドの様に何とか逆転しようと、ウソッキーの”じたばた”の様に追い詰められる程力を発揮する技やアキラを驚かせた様な時間を掛けた連携攻撃も仕掛けた。
だが、それでも”じこさいせい”が追い付かないレベルでのダメージを与えることは彼らには出来なかった。
途中からホウオウと戦っていたクリスとも協力して攻撃を一点に集中させるなども試みたが、戦えば戦う程、自分達には伝説のポケモンにダメージは与えられても倒せるだけの力が無いことを思い知らされるばかりだった。
「伝説のポケモンを相手に臆さずに戦ったのは称賛に値するが、やはり無謀だったな」
「所詮は無駄な足掻き。伝説を従えるだけでなく、本気を出した我らには敵わない。あそこであの御方を相手にしている覆面の男の同様にね」
シャムが視線を向けた先では、仮面の男が突然立ち塞がった覆面の男と戦いを繰り広げていた。
戦いそのものは覆面の男の方が一方的に負けていたが、その内容は変わっていた。
互いに一対一で戦い、負ければ互いに手持ちを交代させて新たな手持ちで戦う。
まるで公式戦さながらの戦いだった。
その為か、伝説のポケモンを相手に総力戦で挑んでいたゴールド達と比べると、その戦いは様子見や小手調べに思える程に小規模なものだった。
しかし最低限の指示以外は、会話や煽りすら交わされないその戦いは、両者が発する無言の圧と呼べる空気に満ちており、とてもではないが第三者が横槍出来る様な空気では無かった。
覆面の男が繰り出したラッキーが、”タマゴばくだん”をデリバード目掛けて投げ付ける。
対するデリバードの方は、猛烈な”ふぶき”で投擲された卵を跳ね返して、そのままラッキーの体を凍り付かせる。
普通なら氷漬けにされて戦闘不能になるところだが、ラッキーは真正面から受けたにも関わらず、体の表面に張った氷を力任せに砕いて抜け出す。
そして即座に”たまごうみ”によって消耗した体力を回復させるやデリバードへ突っ込む。
プレゼントポケモンはもう一度”ふぶき”を放つのかと思いきや、その両手を氷で包み込んでパンチグローブの様なものを形成。ラッキーの懐に飛び込んで強烈なパンチをねじ込んだ。
当然ラッキーもデリバードの接近に反応して拳を突き出していたが、デリバードの方が仕掛けた攻撃と回避の反応が断然早かった。
”ふぶき”に耐えた様にラッキーは特殊攻撃に対する防御力は高いものの、逆に物理攻撃には極端に弱かった。
叩き込まれた一撃でラッキーはよろめくが、それでも気力を振り絞ってデリバードに挑もうとするも、止めのアッパーを受けて覆面の男の足元まで転がされる。
すぐに覆面の男が駆け寄るが、ラッキーはすっかり気絶していた。
「――終わりだな」
戦いが始まってから手持ちへの指示以外は黙っていた仮面の男が唐突に口を開く。
その声色は冷たく、まるで興味を失ったようなものだった。
「…何だと?」
「聞こえなかったのか? 終わりだ。まだ手持ちがいるみたいだが、私の手持ちは今戦わせた四匹だけだ」
「四匹だけ? そんな筈は無い。何匹手持ちを連れていようとお前なら彼を
「……何を言っている?」
デリバードの自身の傍に戻して仮面の男は一方的に戦いが終わりなのを告げたが、覆面の男はラッキーをモンスターボールに戻しながら食い下がる。
まるで仮面の男のことを良く知っている様な内容に、余裕な態度で二人の戦いに視線を向けていたシャムとカーツは何か良くない可能性に気付いたのか怪訝そうに目を細める。
追い詰められていたゴールドとクリスも、今自分達が置かれている状況を忘れて仮面の男と覆面の男のやり取りに意識を向ける。
「
律儀に二人は公式戦さながらに戦ったが、覆面の男は仮面の男の手持ちを一匹も倒すことは出来なかった。
それが単なる抗う事の出来ない”老い”だけが要因ではないこと、そして仮面の男とは埋めようの無い差があることを彼は察していた。
だが、敵わないとわかっていてもやらなければならなかった。
半信半疑であった疑念が、戦っている中で確信に変わったからだ。
「それでも儂はお前を止める。例え手持ち全てが倒されて戦う術を失おうと、体を張ってでも――」
「デリバード!」
新たなモンスターボールを手に再び挑もうとする覆面の男を、デリバードが放った雪交じりの暴風が襲う。
堪え切れない暴風によって覆面の男は吹き飛ばされ、フィールドを激しく転げて壁に体を強く打ち付ける。
その際、彼の顔を隠していたベルト状の覆面が綻びて覆面の男の顔が露わになるが、晒された素顔にクリスとゴールドは驚愕する。
「オーキド博士!?」
「なんで爺さんが!?」
謎の人物の正体が思ってもいなかった人物――オーキド博士だったことに二人は驚き、カーツとシャムも目を見開くなど反応を見せたが、仮面の男だけは不気味なくらい背を向けたまま無反応だった。
「シャム、カーツ。この場は任せる。存分に暴れてロケット団の復活を世に知らしめろ」
「ま…待て…」
オーキド博士は強く打ち付けてしまった体の痛みを堪えて仮面の男を止めようと呼び掛けるが、仮面の男は一切振り返ることはせずデリバードを伴って宙に浮き上がった。
「おいどこに行くつもりだ! 戦いはまだ終わってねえぞ!」
「貴様らに割いている時間など無い」
どこかへ向かおうとしている仮面の男をゴールドは制止するが、相手にする気は無いと言わんばかりの言葉を仮面の男は吐き捨てる。
もう十分過ぎるくらい暴れて、ロケット団の復活を印象付けたのだから、計画を次の段階へ勧めても良いと判断したのだ。
そんな仮面の男をゴールドは追い掛けようとするが、カーツと彼を肩に乗せて従っているルギアが遮る。
「お前達の相手は我らだ。これ以上あの方の手を煩わせる訳にはいかない」
立ち塞がる強大な存在にゴールドは歯を噛み締める。
まだまだ戦えるが、今の自分達ではこの状況を打開することは不可能だ。
戦力として数えられていた十五人のジムリーダー達は、会場から離れていくリニアモーターカーに乗せられて戻って来る様子は無い。
オーキド博士みたいに誰かが、それこそ今大会の出場選手が加勢してくれるのにも期待したが、そんな気配も無かった。
だけど、このまま黙って見過ごせば、仮面の男はどこかへ消える。
それは良い意味では無くて状況が悪くなる意味でだ。
どうすれば良いのかゴールドは懸命に頭を働かせ、如何にかして仮面の男をこの場に引き留めて時間を稼ぐ方法を考える。
そんな時だった。
今にも飛び立とうとする仮面の男に、影としか認識出来ない速さの何かが襲い掛かった。
それに仮面の男が連れているデリバードは即座に対応して奇襲を防ぐと同時に戦い始める。
デリバードが手元から離れたことで仮面の男は一旦フィールドに着地するが、その直後に不意を突くかの様に仮面の男の背後に大型のポケモンが突如として現れた。
「”おんがえし”!!!」
その場にいた誰でも無い声が、大きな声で技名を叫ぶ。
その声に大型のポケモン――おおあごポケモンのオーダイルが応え、渾身の力を込めた剛腕を仮面の男目掛けて繰り出した。
攻撃を防ぐかオーダイルを退けられるであろうデリバードは、奇襲を仕掛けてきた影の正体であるニューラとヤミカラスの二匹と戦っている。
オーダイルが現れてから技を命じられた速さも相俟って、普通なら成す術も無かったが、仮面の男は普通では無かった。
おおあごポケモンの攻撃に気付くや、すぐに仮面の男は前屈みの姿勢で足腰に力を入れると交差させた両腕を盾代わりにして、オーダイルの一撃を真正面から受け止めた。
その瞬間、途轍もない衝撃と爆音が周囲に轟くが、仮面の男はオーダイルの一撃をしっかりと受け止めた上で持ち堪えていた。
「”おんがえし”か……良くこれ程の威力になるまで手持ちを育て上げたものだな――」
押し込める様にオーダイルは力を入れるも、仮面の男は微動だにしなかった。
それからすぐにモンスターボールが開閉する音と共に、今度はキングドラにリングマ、赤い体色をした色違いのギャラドスの三匹がオーダイルと共に仮面の男を取り囲むように現れ、一斉に攻撃を仕掛けようとする。
しかし、それらの面々もニューラとヤミカラスを蹴散らして戻って来たデリバードが投げ付けた”プレゼント”攻撃による爆発の連鎖で、オーダイル共々後退を強いられた。
「――シルバー」
全ての攻撃と敵を退けた仮面の男が顔を向けた先には、ゴールドとクリスと同じポケモン図鑑を持つ少年――シルバーが倒れているオーキド博士のすぐ傍に立っていた。
「シルバー…」
”うずまき島”で一旦別れた仲間の存在にゴールドも気付く。
別々動いていたとしても、同じ敵を追い掛けていればまたどこかで会える
そう考えていたが、まさか自分達の危機的な状況に駆け付けてくれるとは思っていなかったことも相俟って彼の存在はとても心強く感じられた。
ところが微かな希望をゴールドが見出した直後、ルギアが彼を踏み潰そうと足を持ち上げた。
すぐに彼は上手くタイミングを合わせてルギアの踏み付けを躱すが、衝撃や揺れまで考慮していなかった為、ゴールドはバランスを崩してしまい、次に仕掛けられた”エアロブラスト”も直撃こそ辛うじて免れたものの至近距離で着弾したことで、大きく体を吹き飛ばす。
「ゴールド!」
体を強く打ち付けて倒れ伏すゴールドをクリスは助けようとするが、意識が彼に向いた途端、彼女は後ろからホウオウに踏み付けられてしまう。
「行かせる訳無いでしょ。仲間が駆け付けたのを見て気が緩んだのかしら?」
「うっ…」
最初は動きを抑える程度だったが徐々に体重を掛けられていき、その圧迫感にクリスは苦しそうに呻く。
クリスを助けようと彼女のポケモン達が即座に動いたが、消耗した状態では大した抵抗にはならず、呆気無くホウオウの翼で払い除けられるか炎で蹴散らされてしまう。
ゴールドの方は、全身を強く打ち付けた体を無理にでも起こそうとしていたが、ルギアの巨体がすぐ目の前までに迫っていた。
「上手く不意を突いたつもりだったが、失敗した挙句、要らん期待を抱かせて仲間の危機を招いたな」
「っ!」
二人の危機に、シルバーは対峙している仮面の男を気にしながらも焦りの素振りを見せていたが、そんな彼を仮面の男は嘲笑う。
「尤も、貴様程度…如何にでもなる」
仮面の男がそう宣言した直後、デリバードを中心に猛烈な”ふぶき”が吹き荒れる。
それらをまともに受けたことでシルバーのポケモン達は体の一部を凍らされたり吹き飛ばされてしまうが、更に追撃と言わんばかりに大量にばら撒かれた”プレゼント”攻撃もまともに受けて、大きなダメージを負ってしまう。
さっきまでオーキド博士と戦っていた時は、手を抜いていたのでは無いかと思ってしまうまでに、この日に備えて鍛えてきたポケモン達をアッサリと退けられたことに、シルバーは悔しさで歯を噛み締めた。
”うずまき島”でゴールド達と別れた後、一旦彼は目的の為に従っていたワタルの元に戻り、今までの出来事を報告していた。
それからワタルに仮面の男の正体がチョウジジム・ジムリーダーのヤナギであることが確定的なのを伝えたところ、仮面の男の目的が何なのかや、そして決着を付けたいのならポケモンリーグが行われるセキエイ高原に向かうことを勧められた。
実際、ポケモンリーグの会場にはゴールドやクリスだけでなく、私服警官や警備員が多く配置されており、戦いに備えているのが窺えたが、シルバーは彼らとは合流せずにジムリーダー達の控室などを見て回って少しでも仮面の男を倒す手掛かりを探していた。
そんな最中、ジムリーダー達がリニアモーターで隔離された挙句、仮面の男と彼の部下であるカーツとシャムが捕獲したルギアとホウオウを引き連れて暴れ始めた。
彼はすぐさま戦おうとしたが、ゴールドとクリス、そして覆面で顔を隠していたオーキド博士が戦い始めたのを見て、シルバーは仮面の男を倒すのなら奇襲しかないと考え直し、苦戦する彼らの姿から加勢したい気持ちを何とか堪えてその隙を今まで窺っていた。
最初に戦った時よりも強くなった手応えは感じていたが、それでも力の差は大きいままだった。
「さあどうする? このまま勝ち目の無い私と戦うか、それとも足手まといの仲間を助けるか」
全身から圧を放ちながら仮面の男はシルバーに選択肢を迫るが、選ばせるつもりが無いことはシルバーにはわかり切っていた。
以前なら迷わず仮面の男と戦うことを選んでいたが、今はピンチを迎えているゴールドとクリスの方も如何にかしたい気持ちが彼にはあった。
「シルバー! 俺達のことは気にするな!!」
どうしたら良いのか迷うシルバーにゴールドは大声で伝える。
大きなダメージこそ受けてはしまったが、今この場でまだ戦える状態であると同時に少しでも可能性があるのはシルバーだけだ。
ならば自分達が彼の足を引っ張ってはいけない。
ゴールドは勿論、ホウオウに踏み付けられて身動きが取れないクリスもそう覚悟を決めていた。
「ほう、随分と勇ましいことを言うじゃないか。命を失うのが惜しくないのか?」
「へっ! 伝説のポケモンを貰っただけで調子に乗ってるだけのてめぇらなんて怖くねえよ」
余裕で煽るカーツにゴールドも精一杯虚勢を張って煽り返す。
すると、何か引っ掛かることがあるのかルギアの肩に乗るカーツはゴールドを睨む。
それに気付いたゴールドは、更に言ってやることにした。
「野生の時に暴れていたルギアの方がずっと厄介だったぞ。てめぇが従えてからは、口から空気の塊を吐くか、そのデカイ図体で暴れるくらいしかしてねえじゃねえか。何が”効率良く力を活かせる”だよ、全然活かせていねえじゃねえか!」
戦っている内に感じたが、”うずまき島”での戦いの時と比べて、ルギアの暴れ方は結構控えめに感じた。
もっと会場内でも大雨や暴風を撒き散らしたりしてくると考えていたので、ゴールド達が途中まで善戦出来ていた理由でもあった。
ルギアとホウオウを従えている二人は、それなりに実力のあるトレーナーかもしれない。だけど、記憶にある姿よりも明らかに厄介では無くなっているのは確実に言えたので、ゴールドから見たら二人はポケモンの力を十全に引き出せていない上に自力で伝説のポケモンを捕まえた訳でも無い貰い物で調子に乗っているだけにしか見えなかった。
「それとさっきアキラなんて怖くないなんて言ってたけど、どうせどっかであの人にボロ雑巾にされるくらいボコボコにされたんだろ。伝説貰ったくらいで勝てるとか考えが安直なんだよ」
次から次へと出て来る悪口にカーツの額に青筋が浮かんでいくが、ゴールドは怯まずに更に囃し立てる。
負け犬の遠吠えと思われても仕方ないことだが、彼は構わなかった。
どんな手段でも良い。敵の冷静さを奪って、シルバーの態勢が整うか、或いは引き離されたジムリーダー達か別の場所で戦っているレッドとアキラの二人が戻って来るまでの時間を稼ぐ。
腹を括った彼は、動けなくなるその瞬間まで何だってやるつもりだった。
「てめえだってそうだ仮面の男。俺達相手に余裕そうな面をしているけど、ルギアだけじゃなく、てめぇも後一歩まで追い詰めたレッド先輩やアキラと戦うのが怖いんだろ。だから二人とジムリーダーを引き離したんだろ」
勢い任せで次々と出て来るゴールドの煽りに、カーツの怒りは頂点に達した。
仮面の男に才能を見出されて修行を重ねてきたにも関わらず、ゴールドの言う様にアキラと彼が率いるポケモン達の桁違いな力の前に自分達は成す術が無かった。
辛うじて最低限の任務は達成出来たものの、奴らが出っ張って来るだけで任務失敗の可能性や負けても仕方ない相手なのを仮面の男に考慮されていたこと、何よりあんなふざけた連中に負けたことはカーツやシャムには屈辱的だった。
それだけでも怒りが爆発しそうだったが、ここまで自分達を鍛えてくれた恩ある存在までも馬鹿にされたことには我慢ならなかった。
「負け犬が、二度と吠えられない様に消してくれる」
カーツのその言葉を合図にルギアが口を開く。
誰がどう見ても、本気でゴールドを排除するつもりだった。
「おうおう図星突かれたのを気にしているのか? やっぱ小物だなお前!」
「言ってる場合か! 早く逃げろゴールド!!」
シルバーは怒鳴るが、ゴールドは退こうとしなかった。
否、彼の体は度重なるダメージの影響で立っているだけしか出来ないまでに限界を迎えていて、動こうにも動けなかった。
恐らく、このままだと”エアロブラスト”が直撃することになる。どうせならアキラが持っている様な盾を持っておけば良かったかもな、と適当なことを考えながら、ゴールドは覚悟を決める。
その時だった。
何の前触れも無く突然ルギアの足元に亀裂が走り、巨大な何かがフィールドを砕きながらルギアを押し退けて姿を現したのだ。
揺れで尻もちが付く形で倒れたゴールドは、突然のことに理解が追い付かなかったが、今自分の目の前でルギアを相手に対峙しているのが何なのかを知る。
何故なら、それはついさっき見た姿だったからだ。
「ハガネール?」
現れたのは先程のエキシビジョンマッチで、アサギジムのジムリーダーであるミカンが繰り出しイワークの進化形であるハガネールだった。
ジムリーダーの一人が連れていたポケモンの出現に、ゴールドはジムリーダーが戻って来たという期待を抱いたが、冷静に考えてすぐにそれは違う考えにも至った。
今ジムリーダー達は、遠くへ離れていくリニアモーターに隔離される形で乗せられていてすぐに戻ることは難しい。
もし戻って来れたとしても、ハガネールの巨体を考えると別のジムリーダー達の方が速く駆け付ける筈だ。
ならば、今ルギアと睨み合っているハガネールは一体何なのか。
そして予想外の出来事は他でも起きた。
突然のハガネールの出現にルギアとカーツだけでなく、ホウオウとシャムも気を取られていた時、突如としてホウオウの顔が強く横に弾かれたのだ。
肩に乗っていたシャムがすぐに原因へ目を向けると、そこには大きな四枚の羽を持ったコウモリ――クロバットが音も無く飛んでいた。
ハガネールと同じ新手の出現にシャムは動こうとするが、クロバットの攻撃を持ち堪えたホウオウの足元に手裏剣状のモンスターボールが突き刺さる。
それが一体何なのか考える間も無く、ボールが開くと中から巨大な蛇――アーボックが飛び出し、クリスを踏み付けているホウオウの足に噛み付いた。
堪らずホウオウはアーボックに噛み付かれた足を持ち上げるが、片足だけになった瞬間、飛んでいたクロバットがダメ押しを叩き込んで少しだけ後退させる。
そのタイミングにどこからか伸びて来た触手が倒れていた彼女とその手持ち達を絡め取ると、すぐにシャムとホウオウから引き離した。
新手の狙いがゴールドとクリスを助ける事だとシャムはすぐに悟り、伸ばされた触手の先へ視線を向けると、ドククラゲと一人の男が何時の間にかそこに立っていた。
「あ…貴方は…」
「ただ伝説のポケモンに挑み来たはぐれ者さ」
「…え?」
危機的状況を脱することは出来たものの困惑しているクリスに、現れた男は穏やかに告げる。
その姿は、パッと見ではエキシビジョンマッチでカントー代表として出場していたセキチクジム・ジムリーダーのアンズと良く似た忍び装束をしていた。
全く考えていなかった形で現れた助けの登場と告げられた言葉に彼女だけでなく、体を起こそうとしていたゴールドも目を見開く。
彼は一体何者なのか。知りたいと強く望んだ時、ゴールドの後ろから足音がした。
「お前はレッドとアキラを知っているのか」
振り返ってみれば、これ以上無く鍛え上げられた屈強な上半身を晒した大男がカイリキーを伴ってやってくるのが見えた。
その姿と連れているポケモンから、どこかアキラの師匠であるシジマに似ているのを感じたが、ゴールドは問われたままに頷く。
「あ…あぁ、知っているッス」
「ふむ。さっき言っていた彼らが伝説のポケモンを追い詰めたという話は本当か?」
時間稼ぎで口にしたことが彼らをこの場に呼べたことをゴールドはすぐに悟る。
出まかせだったら答えに詰まっていたが、幸いにも二人が伝説のポケモンを相手に勝てるところまで追い詰めたことは本当なのと実際にこの目で見ていた。
「本当ッス。仮面の男の横槍が無ければ、レッド先輩やアキラはルギアに勝っていた。それにアキラは、スイクンっつう伝説のポケモンも一騎打ちで正面から打ち負かしていたッス」
「ほう」
ゴールドが話した内容全てが本当だと信じたのか、大男は感嘆の声を漏らす。
「そうか、二人はそれ程までに力を付けたのか。俺も負けていられんな」
「えっと…おっさんは誰? 会話の流れ的にレッド先輩とアキラの知り合いッスか?」
「知り合いと言えば知り合いだな。そういえば名乗り忘れていた。俺の名はシバ。彼らとの再戦を望むはぐれ者だ」
シバと名乗った大男は簡単な自己紹介をするが、ゴールドは彼の名前と遠くで戦っている二人の知り合いであることくらいしかわからなかった。
ところが大男の名乗りが聞こえたのか、カーツだけは異なる反応を見せた。
「シバ…だと? まさか一年前にカントー地方で暴れた四天王の一人、格闘使いのシバか?」
「そうだ。まあ、今はそこにいるキョウと同じはぐれ者だがな」
カーツの問い掛けをシバは肯定すると、クリスを助けたドククラゲを連れた忍び装束の男を示す。
ゴールドにとって聞き覚えのある単語が幾つか出たが、それでもわかるのは彼らがレッドとアキラの知り合いで、二人に自分とクリスは助けられたということくらいだった。
「元セキチクジム…いや、元ロケット団幹部のキョウといい、何が目的だ?」
「簡単な話だ。お前達が連れている伝説のポケモンに挑みに来た。それだけだ」
ルギアとホウオウを相手に臆することなく見据えながら、シバは簡潔に姿を見せた理由を答える。
シバとキョウ、両者ともそれぞれカントー四天王やロケット団などの組織に身を置き、行き場の無い力を属していた組織の目的の為に活かして動いて来た。
そんな中、組織の一員として戦っていく過程で、二人は組織や誰かの為では無くて自らの戦いを突き詰めたい感情や研ぎ澄ますことで得られる充足感と言えるものを求める様になった。
そうして同じ考えを抱くに至った二人は互いに鍛錬に明け暮れた。
全ては自らの戦いを突き詰めて、再戦を果たしたい者達がいたからだ。
だからこそ二人は、その再戦を望んでいる者達が参加するであろうポケモンリーグの会場にやって来たが、伝説のポケモンを引き連れたロケット団の残党に襲撃される予想外の事態に見舞われた。
当初は自分達に火の粉が降り掛からなければ静観するつもりだった。だが、伝説のポケモンを相手に一歩も引かずに戦い始めたゴールドとクリスの姿に、かつて自分達に戦いを挑んだレッド達の姿を思い出し、更にはレッドとアキラが伝説のポケモンを追い詰めるだけの力を付けたという話を聞いたことで、自分達も伝説のポケモンに挑みたくなったのだ。
特にレッドとアキラは、シバがもう一度戦いと望んでいる相手でもあった。
その彼らが伝説のポケモンを倒せるだけの実力を身に付けたのだ。ならば自分も伝説のポケモンを倒せなければ、彼らと満足のいく勝負が出来ない。
そう考えてシバはキョウと共に姿を現したのだ。
「
二人が姿を現した理由を知り、カーツは怒りを露わにするがシバとキョウはまるで気にしていなかった。
彼らの中では自分達がやっていることは単に戦いを求めている自分達とは違って崇高な目的のつもりなのだろうが、他者から見ればやっていることは昔の自分達がやっていたことと大差無い認識だった。
睨むだけで無く吠えるカーツらを無視して、シバは少し離れたところにいるシルバーに目を向ける。
「お前は下がっていろ。手持ちの様子を見る限り、どの道それ以上は戦えないだろ」
「何を言っている。俺達はまだ――」
「それとも、伝説のポケモンと戦う前の軽いウォーミングアップとしてお前達から相手をしようか?」
「っ!」
大木の様に太い腕を力ませながらシバから発せられた圧に、食い下がろうとしたシルバーは思わず怯んでしまう。
それは「口答えするならお前から倒す」とハッキリ言っている様なものだった。
助けてはくれたが、彼が興味があるのは伝説のポケモンとの戦いや再戦を望んでいるレッドとアキラであって、完全な味方では無いのだろう。
シルバーはシバを睨み付けるが、鍛え抜かれた肉体を晒す大男はこちらがどう動くのか見ているだけで、何一つ恐れていなかった。
そして彼は悠々と立つ仮面の男に目線を移すが、奴の意識は既に自分では無くて新手の二人に向けられており、自分は眼中に無いと言わんばかりの様子にシルバーは拳を固く握り締めた。
仮面の男をこの手で倒して、自分の運命に決着を付ける。
その一念でワタルに従い、彼からの指示をこなしながら多くを学び、そして力を付けた。
だがまだ、まだ力が足りない。
手持ち達も彼同様にまだ戦う意思こそ見せてはいるが、受けたダメージが大き過ぎるのか、息が絶え絶えなのもいれば明らかに動きが鈍くなっているのもいる。
この状態では、仮面の男だろうとシバが相手だろうとまともな戦いにはならない。
感情では認めたくなくても、頭ではわかってしまったこともシルバーは悔しかった。
「――自分の力が足りなくて悔しいか?」
堪え切れないまでに激情を顔に滲ませるシルバーにシバは声を掛ける。
「ポケモントレーナーに限らず、誰であろうと必ず己の至らなさや力不足を思い知らされる経験をする。お前は打ちのめされたまま終わる気か?」
一見するとさっきまで言っていたことに矛盾していたが、シルバーは何も口はしなかったものの、睨む様に真っ直ぐ彼を見て無言の反論をする。
「その様子ならば、やることはわかっているみたいだな」
シルバーの様子にシバは納得すると、今度は尻餅を付いたままのゴールドに視線が向けられた。
「座り込んでしまっているお前にも一応聞いておこう。お前も打ちのめされたまま終わる気か?」
「んな訳…んな訳無いだろ!」
「…そうか」
力強く否定するゴールドの反応に、どこかシバは満足気な表情を浮かべると、ルギアを牽制しているハガネールの元へカイリキーを伴って向かう。
残されたゴールドはと言うと、戦いの場へと向かう彼を見届けつつ、他の手持ち達同様に立ち上がるのを試みながら今自分がやれる行動は何なのか頭を働かせ始めていた。
先輩として尊敬しているレッド。
最初に見た頂に近い存在であろうアキラ。
伝説が相手だろうと真正面から戦える実力者である二人だが、シバが言っていた様に彼らだって最初から今の強さでは無かっただろう。
それこそ今の自分やシルバーみたいに、悔しい思いや打ちのめされた経験はあった筈だ。
だけど、そうした苦難や困難を何度も乗り越えて立ち上がって来たからこそ、今の彼らに繋がっている。
実力こそまだ伴っていないが、駆け出しの頃の彼らが出来たのなら自分にも同じことが出来る筈だと、ゴールドは自分自身を奮い立たせるのだった。
シバとキョウが現れたのと同時刻、異なる方角からそれぞれ一直線にポケモンリーグ会場へと向かうものがあった。
ある方角から飛来した青、赤、黄の三色の光は、会場のすぐ間近にまで迫っていた。
そして、もう一方の方はまだ遠く離れていたものの、針路上にある雲を吹き飛ばす程の衝撃波を轟音と共に放ちながら一筋の白い軌跡を描いて一直線に飛んでいた。
ゴールド達、追い詰められるもシバやキョウの加勢で辛うじて助かる。
原作でもレッドやグリーンへの再戦のためにポケモンリーグの会場を訪れていたと思われる発言をしていたので、何か切っ掛けさえあれば二人は本格的に加勢してくれていたのでは無いかと思っています。
その切っ掛けが、今回ゴールドが啖呵を切った際にレッドやアキラの名前を挙げたことやその内容にシバとキョウの戦闘欲が刺激された感じです。
次回、仮面の男に対抗する面々が集結します。