SPECIALな冒険記   作:冴龍

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烈火の化身

「止めの”バブルこうせん”!!!」

 

 怒涛の勢いで放たれた泡の光線に、エスパーの念の力も加わった嵐の如き衝撃波が、対戦相手に襲い掛かる。

 これまで耐えてきたミニリュウだったが、放たれた攻撃によって壁に叩き付けられ、遂に動かなくなった。

 すぐ近くの後ろに立っていたアキラも技の余波を受けて、倒れはしなかったが尻もちを付いてしまう。

 

「大丈夫か?」

「何とか――また負けちゃったよ」

「結構善戦してたんだけどな」

 

 近くで見ていたレッドが差し出した手を掴んでアキラは立ち上がると、限界まで戦い続けたが敗れてしまったミニリュウをモンスターボールに戻すのだった。

 午前の時間帯に行われる特訓最後の時間。

 彼とレッドはカスミにそれぞれ挑んだが、二人揃って彼女には完敗であった。

 

 この二日の間、アキラがエレブーに何度も注意したり動きに目を光らせたお陰で、新しい厄介ごとは起きなくはなった。しかし、それでもオコリザルが仲間のマンキーを引き連れて屋敷に襲撃してくるようになっていた。

 どうやら図鑑の説明は真実だったらしいが、あまり気にしないことを彼らは心掛けていた。

 

 幸いと言うべきか、群れの実力は意外とそれ程では無いのか容易に退けられるのやリーダー格であるオコリザルを倒すと、マンキー達は掌を返してボスを回収して逃げるので大した被害は出ていなかった。

 だけど今日も朝早くから攻め込んできたりとやられても全く懲りていないので、しばらく続きそうな様子ではあった。

 

 連日アキラにとっては運が無いこと続きではあったが、悪いニュースばかりではない。

 この世界の医療技術が進んでいるからなのか、あれだけボロボロだったアキラの体は早くも動けるまでに回復することが出来たのだ。なので彼もポケモン達を連れて、さっきの様にレッドとカスミの特訓に積極的に参加し始めた。

 

 しかし、彼の手持ちで真面目にやっているのはサンドだけで、他の三匹は興味が無いと言うべきか全然乗り気では無かった。

 ミニリュウはこの前邪魔してきたスターミーを倒すためなのか、バトル以外には興味を示さず、エレブーやゴースもミニリュウ程ではないが一部を除いて全然身が入っていなくて特訓する以前の問題だった。

 

「やっぱりミニリュウは実力はあるけど、あなたの言うことを聞かずに頑なに自分の戦い方を貫こうとするのがダメね」

「そうですか」

 

 カスミの指摘を受けて、アキラはこれまでのミニリュウの戦いを振り返った。

 

 今までタケシのような直接攻撃を仕掛けてくる敵としか戦ってこなかったからか、何回戦ってもカスミのスターミーが繰り出す特殊技やエスパーの力には手も足も出ずに一方的にやられている。

 

 命令口調をミニリュウは好まないので、アドバイスする様な指示でミニリュウを導こうと彼は試みている。しかし、スターミーに対抗して”でんじは”や”りゅうのいかり”などの特殊技で攻めようとする彼のアドバイスは、”たたきつける”などの高い威力の技で徹底的に叩きのめすことを求めているらしいミニリュウの戦い方と噛み合っていなかった。

 

 毎回同じ”たたきつける”を主体にした戦い方で挑み、その度に負けている。

 いい加減通用しないことがわかっているはずだが、まるで学習せず頑なにこの戦い方でスターミーに挑み続けるのだから本当に困ったものだ。

 

「それと、貴方自身も勝つ為とは言っても色々複雑に考え過ぎよ。ポケモンバトルはそんな悠長に考えている暇なんて無いから」

「……はい」

 

 ポケモンに関する知識を活かしてバトルを有利に進めようとする癖も指摘され、自覚していただけにアキラは返事を返すしか無かった。

 確かにタイプ相性や戦うポケモンの能力値などの知識は使えるのだが、考えや方針を纏めることに時間が掛かって、状況把握や伝えるのが遅れてしまうことが頻発に起こっていた。

 

 言われてみれば、ポケモントレーナーになって間もないが、今までのバトルの殆どは自分のイメージ通りでは無く手持ちが勝手に動いた結果、勝てた様なバトルが多い。

 ポケモンだけでなく、自分自身ももっと学んでいかないといけないと彼は改めて思うのだった。

 

 

 

 

 

「なあリュット、何でそんなにこっちの言うことを聞いてくれないの?」

 

 休憩時間の間、ハナダジムの近くの草むらでアキラは体を屈めて、ミニリュウに何故何時まで経っても自分の言うことを聞いてくれないのか理由を尋ねていた。

 

 オコリザルをボコボコにして鬱憤を晴らしたのか気の荒さは収まっていたが、言うことを聞こうとしない態度は未だに改善されていなかった。しかしミニリュウは寝転がったままで、彼の話には何も反応を示さなかった。

 こうなると、このドラゴンポケモンは殆ど話を聞こうとしない。

 

「一緒になってもう三週間くらいになるけど、まだ俺が完全に信用できないのか?」

 

 この問いにはミニリュウは反応を見せ、頷く様に体を動かして肯定する。

 一応話は聞いていたようだが、予想していたとはいえあんまりな返答にアキラは肩を落とす。ミニリュウ達に変化を促しながら、自分も彼らに相応しいトレーナーに変わろうと努力を重ねているつもりだが、まだまだ十分ではない様だ。

 

「まだミニリュウと仲良くできていないのかアキラ」

 

 気を落としているアキラに、近くで彼のポケモンと一緒に自主練をしていたレッドが様子を窺いに来る。レッドもちょっと前まではピカチュウと仲良くなるのに苦労していたので、ミニリュウに振り回される彼の苦労はよくわかった。

 

「前まで仲が悪かったピカチュウと仲良く出来ているレッドが羨ましいよ。一体何が要因なんだろ?」

「要因とかそういうのじゃないんじゃない? もっとこう…何か」

「その”何か”が要因じゃない?」

「あぁ~言われてみればそうだな。要因じゃないとしたらまだミニリュウはお前のことを理解していないか、お前がミニリュウのことを理解していないかのどちらかなんじゃない?」

「…理解か……」

 

 レッドの言う通り、まだまだお互い理解が足りていないのかもしれない。

 出会ってからまだ一月ちょっとしか経っていないのだ。幾ら寝食を一緒に過ごしても互いを完全に理解しているのかと聞かれると自信を持って答えられないだけ短い。

 恐れを捨てて正面から向き合う様に心掛けてはいるが、どれだけミニリュウがこちらを理解しているかわからないし、自分もそこまでには至れていないだろう。

 

 オツキミ山での出来事から察するに、ミニリュウはロケット団とは何らかの因縁があるのは確定的とも言える。

 捕まえた場所がロケット団の計画の影響を受けているであろうトキワの森であることから、恐らくロケット団の行いの所為で強さと引き換えに過剰な凶暴性に加えて人間不信にまでなったと考えるのが自然だろう。そう考えると話を聞くどころか攻撃を仕掛けてきた初期の頃と比べれば、今のミニリュウの態度は大きな進歩と変化を遂げたと言っても良い。

 

 気持ちを切り替えて、彼は寝転がっているミニリュウをボールに戻し、他の手持ちがなにをやっているのかに目をやる。

 エレブーはニョロゾと相撲を取っており、サンドはピカチュウやフシギダネと一緒に応援していたがゴースの姿だけ見られなかった。

 

「そういやアキラ」

「何?」

「バトル中でもゴチャゴチャ考える癖もそうだけど、カスミはお前が”泳げない”こともかなり問題視していたぞ」

 

 レッドの唐突な発言に、アキラの顔と体は硬直する。

 今まで考えない様にしていたが実は彼、サッカーなどのスポーツは出来るが、昔から何故か泳げないのだ。元の世界なら別に泳げなくても授業で困る以外は無かったが、この世界で泳ぐことが出来ないのは大問題だ。

 以前、気を失った状態で川を流れていた時は流木に身を預けていたから良かったが、もし何も無い状態だったら間違いなく全て終わっていた。

 

「俺が言うまでも無いけど、泳げないのは相当ヤバイぞ」

「わかっているよ。何時か改善しないとマズイだろうし」

 

 苦し紛れにアキラは言い返す。

 知られたくなかったが、カスミとのバトル中に起きた技の余波でプールに落ちた時にカナヅチ体質が彼らに露見してしまった。元の世界に比べて自然が多く残るこの世界では、何時川などに落ちてもおかしくない。

 そうなったら泳げないのは死に直結する。

 そんなことはアキラ自身よくわかっている。だけど――

 

「――自信が無いんだよな…」

 

 例え足が付く深さでも怖い。

 手持ちを手懐けるのと自分が泳げる様になる、どちらが先に実現可能かと聞かれたら迷わず前者だと断言する。

 それだけアキラは、泳ぐことに苦手意識を持っていた。

 

「レッド、スットは?」

「お前のゴースならあそこで…ほら」

 

 これ以上この話題を出されたくなかった彼は、話題を変えようと別の話を挙げる。

 レッドが指差す場所に顔を向けると、ゴースが地面すれすれまで高度を落として真剣な様子で何かと向き合っていた。

 

「――まだやっていたの?」

 

 呆れた様な表情で尋ねるアキラにレッドは苦笑しながら頷く。

 今ゴースがやっているのは、エスパータイプの技である”サイコキネシス”を習得するために必要な初歩的な練習だ。元々特訓に乗り気では無いゴースが、唯一熱心に特訓している技でもある。

 

 一応覚える為の練習法はカスミから聞いてはいるが、わざマシンを使わずに特訓で技を習得させることはアキラ達にとって初めての経験だ。昨日も同じことをやっていたが何も変化が無くて、本当にこの方法で新しい技を覚えてくれるのか懐疑的だった。

 

 集中力を削がない様に、アキラは静かにガスじょうポケモンの様子を窺う。

 軽い表情の目立っていたゴースだが、今はかなり真剣な目付きで小石と向き合っていた。

 あのイタズラ好きがここまで本気になるのだから、かなり魅力的な技なのだろう。

 習得するには第一段階として念の力を発現させないといけないので、小さな石ころでもいいから念じて動かせる様になるまでその練習を続けるというものだが、ゴースは既に二十分以上も小石と睨み合いを続けている。気が済むまでやらせようとその場から去ろうとした時、唐突にゴースが向き合っていた小石が揺れ始めた。

 

「ぉ?」

 

 アキラは思わず声を上げそうになるが、口を抑えて堪える。

 揺れは徐々に大きくなって一旦は止まってしまうが、その直後に小石はフワフワと浮かび上がり始めた。初歩とはいえ、まさかの成功にアキラは興奮して拍手を送りたかった。

 こういう小さな積み重ねが、強力な技へと発展していくと考えると感慨深い。

 真剣な目付きで、ゴースは浮かび上がる小石を意図した方へ誘導していく。そしてある程度の高さまで浮かび上がったのを見計らうと、弾丸のようなスピードで小石を森の方角へ飛ばすのだった。

 

「すっげぇ…本当にできちゃったよ」

 

 興奮を通り越してアキラは見惚れていたが、成功したゴースは喜びの表情を浮かべていたものの、疲れたのか彼の頭の高さにまで高度を下げた。

 

「お疲れスット、すごかったよ。あれだけ感動したのはある意味初めてだよ」

 

 一時も目を離さず石と向き合うのに加えて、動く様に強く念じるのだから、疲れるのはある意味当然だ。労いと感動したことを伝えたアキラは、ゴースを休ませようとボールを取り出す。

 ご褒美に何かあげようかなと呑気にお祝いを考えていたが、突然彼らの目の前にあった森の一部が激しく燃え上がり始めた。

 

「なっ!? なな、なんで!?」

 

 唐突に発生した火の手に、アキラは思考を中断させてゴースと一緒に慌てて後ろに下がる。

 森が燃えるようなことをした覚えは無い。だが燃え上がる森の中から木々を燃やしている炎とは、明らかに違う何かがゆっくりと彼らに近付いてきた。

 

 

 

 

 

 アキラがゴースの様子を見に行ってから、レッドはエレブーとニョロゾの相撲をピカチュウ達と一緒に観戦していた。

 決められた線から出たり倒れないように、両者は慎重になりながらも大胆に押し合う。

 体格やパワー的にはエレブーの方がニョロゾよりは上ではあるが、経験と技の使い方、更に性格の要素もあって今のところニョロゾが連勝していた。

 

「いいぞニョロゾ、その調子だ」

 

 応援するレッドと仲間達に、ニョロゾは笑顔で拳を上げる。

 一方やられたエレブーはどこから持ってきたのか、水の入ったペットボトルをサンドに飲まされ、更には汗拭きタオルで汗を拭かれるなどまるで選手とそのコーチの様なやり取りをしていた。

 

 本来ならアキラがやる場面(?)だが、代わりにこういうことをやっているのを見ると、このサンドは結構面倒見がいいのかもしれない。

 意思確認も含めた一通りのことを終えたサンドはエレブーを後押しすると、緊張した表情ではあるが、エレブーはもう一度ニョロゾと戦う意思を見せる。

 

「おっ、まだまだやるのか? いいぞ。ニョロゾもう一回だ」

 

 売られたからには受けて立つつもりでレッドはニョロゾを鼓舞するが、唐突に生じた微妙な空気の変化に気付いた。

 どこからか焦げたような臭いが漂ってきたのだ。

 

「なんだこの臭いは?」

 

 火元に心当たりが無いレッド達は臭いの元を探し始めるが、その時どこからかアキラの悲鳴が響き渡った。

 

「うわああああ!!!」

「アキラ?」

 

 余程慌てているのかよくわからない悲鳴を上げながら、彼とゴースは燃え上がる森を背に全速力でこちらに走って来た。焦げた臭いの原因に納得するレッドだったが、低い唸り声を上げる何かが逃げる彼らを全力で追い掛けていた。

 

「レッドーーッ!! 何でもいいから助けてぇぇーー!」

「助けてって、えっ!?」

「図鑑図鑑! 早く図鑑を見てッ!!」

 

 助けを求めながら必死な形相で直進していたアキラ達だったが、途中で曲がってレッドの周りを円を描く様に走る。

 彼らを追い掛けている何かはポケモンと言えばポケモンではあったが、人が炎を纏ったような姿をしていた。取り敢えずレッドは言われた通り図鑑でポケモンの正体を調べると、すぐに情報が表示された。

 

 ひふきポケモン ブーバー

 

 図鑑はアキラを追い回しているポケモンの正体を特定したが、レッドは図鑑に表示されているブーバーと目の前のブーバーに違和感を感じた。

 

 画像ではブーバーの後頭部に膨らみは無いのに、今彼を追い掛け回しているブーバーの後頭部には膨らみがあるのだ。何故彼がブーバーに追い回されていて、なぜ追い掛け回しているブーバーが普通とは違って後頭部に膨らみがあるのかはわからないが、すぐに助けるべくレッドは動いた。

 

「ニョロゾ、あいつの注意をこっちに向けるんだ!」

 

 図鑑の情報を元にレッドは素早く指示を出す。すぐにニョロゾは、ブーバーに向けて”みずでっぽう”を放つ。ところが相性が良い筈の”みずでっぽう”は、当たったにも関わらずあまり効いていなく、ブーバーは外野には一切目もくれずアキラとゴースを追い回し続ける。

 

「あれ? ほのおタイプなのに何で効いていないんだ?」

「威力が低いんだよ! 見ての通り常時熱を発しているような奴だから、ってうぉッ!!」

 

 首を傾げるレッドにアキラは危うい攻撃を避けながら、大声で彼が見落としている事を伝える。彼の言う通り、ブーバーは意図でもしない限り体から常に熱を発している。普段はそこまで高くないが、最高温度は1200℃とマグマに匹敵する程だ。

 そして怒っている影響もあって、今ブーバーの体から発せられている熱はそれに近く、生半可な威力と量のみずタイプの攻撃では当たる前に蒸発してしまう。

 

 伝えられた情報から、見込みが薄い”みずでっぽう”以外にブーバーにダメージを与える方法をレッドは考えるが、彼が行動を起こす前にアキラの腰に付いていたボールが落ちて、中に入っていたミニリュウが飛び出す。

 

 迫るブーバーを敵と認識したのか、ミニリュウは”こうそくいどう”で加速させた”たたきつける”をフルスイングで打ち込む。体がくの字に曲がってしまうほどの威力にブーバーは吹き飛ぶが、転がる体の体勢をすぐに立て直すとミニリュウ目掛けて駆け出した。

 

「リュット! 奴は素早いから気を付けろ!」

 

 アキラが伝えるアドバイスの内容に同意したのか、ミニリュウは動きを封じるべく”でんじは”を放つ。

 飛んできた電撃をブーバーは体の軸を少しズラしただけで避けると、間髪入れずミニリュウに炎を纏った拳である”ほのおのパンチ”で殴り付けてくる。

 衝撃でミニリュウの上体は大きく後ろに逸れるが、追撃の”ほのおのパンチ”を仕掛けられる前に片足に尾を巻き付けて引き摺り倒す。

 ブーバーはもがくが、ミニリュウは構わず何度も地面に叩き付け始めた。

 

「ダメだリュット! それは良くない!」

 

 尾を巻き付けたままブーバーを持ち上げるミニリュウに離れるように伝えるが、彼の忠告を無視してミニリュウは構わず続ける。そしてもう一度叩き付けるべくブーバーを持ち上げた時、何故か尾の力を緩めてブーバーを放してしまった。

 解放されたブーバーは動きが鈍ったミニリュウの隙を突き、反撃に大振りの蹴りをぶつけてドラゴンポケモンをアキラの足元まで叩き飛ばした。

 

「言わんこっちゃない。常時熱を発しているブーバーに接触技を使うのは、あまり褒めた戦い方じゃないんだ」

 

 体を屈めて、ミニリュウにブーバーの発していた熱で火傷を負っている部分を示しながら彼は指摘する。この時代に特性の概念があったら、間違いなく”ほのおのからだ”がブーバーには適用されているが、現実は接触技を仕掛けるのは躊躇いたくなる程の高熱だ。しかもそれを常時発しているのだから、三割の可能性で”やけど”状態になるなんて生温いものではない。

 

 流石のミニリュウもこれには学習をしたのか、起き上がっても突っ込まずに”れいとうビーム”を発射してブーバーを牽制する。

 

「今回は学習したな。ちゃんと学べるのに、何でスターミーにはこういう戦い方をしないんだろう……」

「よし、ニョロゾとピカチュウもミニリュウの援護に回るんだ!」

 

 ようやくミニリュウがブーバーと距離を取ってくれたので、手を出し辛かったレッドも再びブーバーとの戦いに参じて各々飛び技を放つ。

 これで勝てる、と二人は考えたがブーバーは体操選手の様な軽やかな動きで飛んでくる”れいとうビーム”や”みずでっぽう”、”でんきショック”を躱し続ける。このまま続ければブーバーの体力が尽きるのが先か、こちらの技のエネルギーが切れるのが先かになるが、一応アキラ達の方が有利だ。

 

 だがブーバーはその事を理解しているのか、事あるごとに挑発するように指を動かす。

 ブーバーの挑発行為に技が中々当たらないことも重なり、煽り耐性が低いミニリュウとピカチュウに苛立ちが募り始める。二匹の雰囲気の変化に気付いたアキラは、挑発に乗る前にミニリュウだけでも一旦ボールに強引に戻そうと動くが、実行する前にミニリュウはブーバーに突撃してピカチュウもその後に続いた。

 

「お、おい! ピカチュウ!!!」

「どう見ても誘っているのがわからないのかな?」

 

 レッドの呼び掛けは虚しくも無視されて、二匹の沸点の低さにアキラは肩を落とす。

 完全にブーバーしか目に無い二匹は、最大級の攻撃で仕留めようとした瞬間、ブーバーの目から一瞬だけ目が眩む光が発せられた。

 

「なっ、なんだ!?」

「まずい、あの光は」

 

 放たれた光に二人は目を逸らすが、アキラはブーバーが放った光に覚えがあった。

 眩い光で視界を眩まされたせいで二匹の攻撃は的外れな方に飛んだが、二匹はブーバーを余所にお互い頭突き合いを始めた。

 

「ピカチュウ! 何をやっているんだ! 味方じゃないか!」

「無理だよレッド。”あやしいひかり”で二匹とも”こんらん”状態だから、解けるまで何を言っても聞こえないよ」

 

 突然のピカチュウとミニリュウの仲間割れにレッドは慌てるがアキラの言う通り、今の二匹は”あやしいひかり”の効果で解けるまで”こんらん”状態だ。目論見が上手くいったブーバーは、悠々と混乱しているピカチュウを”ほのおのパンチ”で殴り飛ばす。

 続けて今度はミニリュウの尾を掴み、熱で体皮を焼きながらさっきのお返しと言わんばかりに何度も地面に叩き付け始めた。

 

「エレット! サンット! 急いでリュットを助けるんだ!」

「ニョロゾも行くんだ!」

 

 ミニリュウが一方的にやられているのを見たアキラとピカチュウに駆け寄っているレッドは、彼らの力では無理だと悟ると他の手持ちにも手助けをする様に各々指示を出したが、すぐに動いたのは何故かレッドのニョロゾだけであった。

 他は、と思ってアキラが後ろを振り向いてみると、エレブーは行きたくないのか木にしがみ付いていて動こうとしなかった。そしてサンドは、何とか引き離そうとしている真っ最中だった。

 

「サンット、エレットはいいからお前だけでも頼む!」

 

 アキラの指示にサンドはエレブーと一緒に行くことを諦めて、ニョロゾを追う様にミニリュウを助けに向かう。先に向かっていたニョロゾは、ブーバーを一気に冷やすつもりで”れいとうビーム”を撃つ。

 ところがブーバーは、ミニリュウを盾にしてこの攻撃を防ぎ、盾にされたミニリュウは氷漬けになってしまった。

 

「やばっ」

 

 思い掛けないミスにレッドもニョロゾも青ざめるが、氷漬けになったミニリュウをブーバーはニョロゾ目掛けて投げ飛ばす。

 一瞬だけニョロゾは躱そうとしたが、ミニリュウを自分の手で氷漬けにしてしまった罪悪感に踏み止まり、飛んできた氷漬けのミニリュウを受け止める。しかし、その隙を突かれて二匹はブーバーの体当たりで吹き飛び、倒れたニョロゾは徹底的に踏み潰された挙句、石ころの様に蹴り飛ばされた。

 

 遅れて加勢したサンドは、ブーバーに対して”ひっかく”で挑むが、高熱の体であるため”ひっかく”程度では逆に手を火傷してしまう結果で終わる。

 痛みで慌てふためいていたところを”ほのおのパンチ”の拳骨を頭に受けて、そのまま沈黙した。

 

「くそ、強いなブーバー」

 

 野生ではあるが頭が良いのか、ブーバーの戦い方は中々狡猾だ。

 加えてレッドは、アキラのポケモンも気にして戦わなければならないので苦戦は必至だ。

 アキラの方も自分達がレッドの足を引っ張っていることに薄々ながらも気付いていたが、この戦いが起こった原因が自分なので彼にブーバーの対処を任せる訳にもいかない。

 

「エレット! 今こそお前の力が必要……あれ?」

 

 こうなったら最後の手段。

 エレブーにアキラは希望を託す決意をする。

 が、肝心のエレブーはさっきまで隠れていた木の影から何時の間にか消えていた。

 

「あいつ…逃げた」

 

 ボールに戻るのではなくまさか逃げるとは思っていなかったが、不思議なことに怒りや呆れよりも、これが当然だとアキラの考えは傾いていた。それだけエレブーの行動が読めていたのか、大して期待していなかったのかは本人ですら定かではないが。

 だが、今はそんなことを考えている場合ではない。

 

 手痛くやられたもののニョロゾはまだ戦えるようだが、他のブーバーに立ち向かったポケモンは皆戦闘不能だ。ゴースは技の練習で疲れ気味なので、万全な状態なのはレッドのフシギダネだけだが、ブーバーとは相性が悪過ぎて勝負にならない。

 

「ニョロゾ、お前だけが頼りだ」

 

 立ち上がることさえ苦労する程のダメージを受けていたニョロゾだが、レッドの頼みに答えるべく立ち上がり、再びブーバーと相対する。

 さっきまでバトルを有利に進めていたブーバーは威圧的に構えるが、どこからか飛んできた拳ほどの大きさの石が額に当たった。

 

「なっ、なんだ?」

「石が飛んできた?」

 

 突然石が飛んできたのに唖然とする二人だが、飛んできた方にアキラは顔を向けると何時の間にか自分から離れていたゴースがフワフワと浮かんでいた。

 

 どうやら練習中の”サイコキネシス”を上手く活用して、さっきより大きい石を飛ばしたらしい。

 次の攻撃の準備としてゴースは、目を閉じて念を更に操るべく集中力を高め始める。額にタンコブらしき膨らみができたブーバーは、ゴースの存在に気付くと口から怒りの”かえんほうしゃ”を噴き出す。

 

「ニョロゾ、ゴースを守るんだ!!」

 

 レッドの指示で、すぐさまニョロゾはゴースを守るべく出せるだけの力を込めて”みずでっぽう”を噴射、割り込む形で”かえんほうしゃ”を相殺する。しかし一度防がれた程度ではブーバーは諦めず、今度はゴースが念で飛ばした石を素手で投げ付けたが、それもレッドのニョロゾが”みずでっぽう”で軌道を変える。

 

 そうしてニョロゾが時間を稼いでいる間、ゴースの更に強い念の力を操ろうと集中していたが、徐々に体から纏っているガスに似た紫色のオーラを発し始めた。そしてオーラがガスよりも濃くなった瞬間、ゴースの体は突如強い輝きに包まれた。

 

「光に包まれた?」

「これってもしかして…」

 

 レッドは何が起きているのかわからなかったが、アキラは自然と今ゴースの身に起きている変化を察した。それはつい最近、二人が見たことがある現象だ。

 

 進化が始まったのだ。




アキラ、レッドと一緒に初のトレーナー修行開始とゴースの進化。

今回出てきたアキラのカナヅチ設定は、この先地味に足を引っ張り続けると思います。
ポケモン世界で泳げないのってかなり致命的な気はしますが。

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