「まさかお前が来るとは思っていなかったよ」
「それはこっちの台詞よ。手足が完治したのは聞いていたけど、アキラと一緒にロケット団と戦っていたなんて」
眼下に広がる森を見下ろせる程の高さにまで空を飛ぶリザードンの背に乗りながら、レッドは隣にいるブルーと軽く互いに何があったのかや近況について伝え合っていた。
チョウジタウンの外れにあるロケット団の拠点での戦いを制した後、アキラがカイリューと共にロケットみたいな速さでポケモンリーグが行われている会場を目指して飛び立ったのを見届けてすぐに、レッドも手持ちを集めて彼より遅れることを承知の上で後を追った。
そうして目的へ向けて真っ直ぐ飛行していたら、偶然にも空中でブルーと出会い、互いに事情を伝え合った結果、二人は共にセキエイ高原へ向かうことにした。
ブルーも当初はポケモンリーグの会場を訪れていたが、レッドとアキラの姿が見られないどころか二人が別の場所でロケット団の大軍勢を相手に戦っているという情報を得て、これは不味いと直感した。
弟であるシルバーが来ることを見越して彼を安全な場所に”テレポート”させる為のケーシィも準備していたが、シルバーを見つけることは出来なかったこともあり、彼女は大きな戦力となる二人を早く連れて来る為にチョウジタウンがある方角へと空を飛んだ。
途中で飛行機雲みたいな軌跡を残しながら物凄い速さで飛行する何かを見掛けたが、飛行途中のリザードンに乗ったレッドと空中で合流してからは、それがカイリューと共に先行していたアキラだと知った。
約一名とはすれ違ってしまったが、それでもレッドと合流して情報を共有出来ただけでもマシだと彼女は思っていた。
そんな中、レッドはブルーと合流してからずっと気になっていたあることについて尋ねた。
「そういえばブルー。お前、確か鳥ポケモン苦手じゃなかったか?」
「…仮面の男と戦うには過去のトラウマと向き合うことになるからね」
レッドの指摘にブルーは力強く返した。
今彼女は、伝説の鳥ポケモンの一匹であるかえんポケモン――ファイヤーの背に乗っていた。
彼女は過去のトラウマで鳥ポケモンを見ると怯えてしまうくらい苦手であったが、こうして捕獲しているだけでなく背に乗って移動しているということは、それを克服したことがレッドにはわかった。
普通のポケモンでもトラウマの克服は大変な筈なのに、敢えて伝説のポケモンを相手にする形で克服したことを見ると、本当に彼女は強くなったのとそれ程の存在の力を借りなければ厳しいと言うことが察せた。
ならば急いでポケモンリーグの会場に戻って戦っているであろう面々との加勢を考えていたが、ポケットの中がモゾモゾと動く感触に彼は気付いた
原因はナツメに渡された”運命のスプーン”であったが、取り出したそれは二人が向かおうとしている先とは別の方角を示していた。
「あら? それは」
「ナツメの”運命のスプーン”だ」
レッドは迷ったが、ナツメの言葉を思い出す。
このスプーンが曲がった先に従って間違った経験は一度も無い。もしかしたら戦いの舞台がポケモンリーグの会場からスプーンが示す方向に変わったのかもしれない。
アキラは一体どうなったのかはわからない。だけど他の人が見れば薄情に思えるが、自分よりもお前の成すべきを成せと伝える彼の姿が容易に浮かんだ。
「…ブルー、方向を変えよう」
「あのお姉さま、スプーンの予知に関しては本当に的中するからね」
ブルーも”運命のスプーン”がどういうものなのか知っていたので、レッドの提案に大人しく従うことにした。
寧ろ方角的にも、当初ブルーが向かおうと考えていた場所への方角を示しているのも大きかった。
そうして二人を乗せたリザードンとファイヤーは進路を変え、急ぎながらも二人が耐えられる飛行速度を保って空を飛んで行くが、しばらくすると森の中に見掛けない橋にも似た人工物が真っ直ぐ一直線に建てられているのが視界に入った。
「何だあれ?」
「将来開通するリニアモーターの線路よ」
気になったレッドの疑問にブルーは端的に答える。
そういえばとばかりに、レッドは長年の課題であったジョウトとカントーを行き来を容易に出来ることが期待されている交通手段だと言うどこかで聞いた話を軽く思い出す。
興味はそそられるが、今はそれどころでは無かったので線路の上空を通過しようとした時、レッドとリザードンは空中で動きを止めた。
「どうしたの?」
「ブルー、あれ」
レッドが指で示した先には、今上空から通過しようとしたリニアモーターの線路上を走る何かが見えたが、それを見たレッドは胸騒ぎを感じた。
何故ならば、彼らがいる線路は針路上は行き止まりなのに減速する様子が無い。それどころか猛スピードで突っ込んでくるからだ。
「え? ちょっと待って、あれってリニアモーターよね?」
思い掛けない事態にブルーは戸惑いを露にするが、レッドは即座にリザードンと共に急降下する形で動いた。
確かに徐々に見えて来たのは車両らしきものだが、あれだけの速度で走っているので数秒も迷っている訳にはいかなかった。そもそも今はジョウト地方全体が非常事態とも言える状況だ。
こういうことは悪いことから考えるべきだし、動けるなら動くべきだ。
「ゴン!! フッシー!! カメちゃん!!」
すぐさま線路上にレッドはカビゴンとフシギバナ、そして借りていたブルーのカメックスを召喚した。
リニアモーターはブレーキが効いているのか気が付いた時よりも速度は落ちていたが、それでも行き止まりに激突するまでに減速し切ることはどう見ても不可能だった。
普通のポケモンではかなりの速度で走るリニアモーターを正面から止めるなど自殺行為も良いところではあったが、レッドの手持ちにはパワーだけでなく分厚い脂肪を持つカビゴンがいる。
持ち前の巨体とパワー、そしてポケモン界屈指の体重に分厚い脂肪をクッションにすることで衝撃を大幅に軽減することが出来る。
勿論一匹だけでは危ないので、同じくらいパワーと体重のあるフシギバナとカメックスを支えとして出していた。
カビゴンは雄叫びを上げながら体を大きく広げると、”かいりき”を発揮して正面から突っ込んでくるリニアモーターを激突する形で受け止める。
同時にフシギバナとカメックスもカビゴンを背中から支えるが、減速していたとはいえ物凄い速さだったリニアモーターの勢いに三匹は踏み締めている線路を抉りながら凄まじい勢いで後退していく。
「フッシーは全てのツルを使うんだ! カメちゃんとゴンはそのまま足腰に力を入れ続けて!」
咄嗟にレッドは次の手を伝えると、フシギバナは出せる限りのツルを使って支えにし、カメックスもカビゴンと今の体勢を維持し続けて少しでも減速させようとする。
それらの工夫や力尽くした甲斐もあったのかリニアモーターは目に見えて減速していき、行き止まりに三匹は激突するが、それでも最終的に行き止まりのコンクリートに少しだけヒビが入る程度で済んだ。
「無茶をするわね。カメちゃんにもしものことがどうするつもりだったの」
「絶対に止めてくれるって信じてたからな」
答えになっていない答えをレッドは返すが、こうして暴走していたリニアモーターを自分達が止めることになったのは偶然ではないと感じていた。
きっと何か目的や意味がある筈と考えた時、リニアモーターに備え付けられていたドアが開き、誰かが飛び出した。
反射的に構えてしまったが、その姿を見た瞬間、レッドは自分達がこの場に導かれた理由全てを察した。
「レッド! 何故お前がここに!」
「それはこっちの台詞だよグリーン」
リニアモーターに乗っていたグリーンに、レッドは”運命のスプーン”を見せながら答える。
確かポケモン協会理事長の話では、ジムリーダー達は全員ポケモンリーグの会場にエキシビジョンマッチの為やジムリーダーの中に紛れ込んでいる仮面の男を抑える名目で集められていた筈だ。
しかし、自分の代わりにトキワジムのジムリーダーになった彼がここにいるということは上手いこと自分やアキラの様に戦力の分断をされたのだろう。
「グリーン、わかっていると思うが敵の狙いは障害に成り得る俺達の分断だ」
「あぁ、急いでリーグ会場に戻ろう」
「いや、それがどうも俺達が向かう先はそっちじゃないみたいなんだ」
グリーンを説得させる材料として、レッドは彼に”運命のスプーン”が示す先を見せる。
それを見た彼は一瞬迷ったが、すぐに納得したのか頷く。
「
「話は聞いた! 残党共の相手は俺達が引き受けた!! 頼んだぞグリーン! レッド!!」
車両から出ようとするロケット団の団員を奥へ押し込みながら、グリーンの師匠であるシジマは叫びながら答える。
後の事は彼らに任せて向かおうとした時、続けてリニアモーターから顔を出したエリカがレッドを呼び止める。
「レッド、貴方ポケギアは持っています?」
「いや?」
「でしたら、私のこれを! 何かの時の為に!」
連絡手段が無いと知ったエリカは、万が一のことなどを考えて自身が持っていたポケギアをレッドに投げ渡す。
それをレッドが受け取ったタイミングで、彼らの周りに二匹のポケモンが降り立った。
れいとうポケモン、フリーザー
でんげきポケモン、サンダー
二匹共ブルーが乗っているファイヤーと同じ伝説のポケモンで、レッドもさっきの移動中にこの二匹も捕獲した話は聞いていたが、実際に目の当たりにすると少しだけ驚くものがあった。
「ほら二人とも早く乗って、もたもたしていたら黒幕が目的を果たしちゃうわよ!」
「わかった!」
上空でファイヤーに乗っているブルーが促すと、レッドはフリーザー、グリーンはサンダーの背にそれぞれ乗る。
彼らが背に乗ったことを確認した伝説の鳥ポケモン達は、”運命のスプーン”が示している先――向かうべき戦いの地を目指して飛び立つのだった。
飛び掛かって来る仮面の男の仮面を模した顔をした氷人形の頭部をブーバーは何の躊躇もなく殴り付けて粉砕する。
衝撃で氷人形はバランスを崩すが、頭を失った程度では止まらなかった。しかし次の瞬間、その胴体も強烈な蹴りを受けてバラバラに砕かれる。
そんな時、ゲンガーが相手していた氷人形を”サイコキネシス”で浮かべると雑に放り込む様にブーバー目掛けて投げ飛ばした。
それをひふきポケモンは振り返ることすらせず、深紅に染まった”ふといホネ”で淡々とフィールドに叩き付ける様に殴り付けながら、目の前にいる複数の氷人形の相手をした。
ここまでブーバーが直接砕いたり炎で焼いた氷人形は、何度砕いたり可能な限り消し飛ばしても破片さえ残っていれば際限なく再生して蘇った不死身の力が無力化されていた。
普段の炎に混じって全身から薄っすら放たれている金色っぽい炎のお陰なのか定かでは無かったが、ブーバーが氷人形への対抗手段を獲得したことでアキラのポケモン達はノリに乗っていた。
ブーバーが攻撃をすれば、氷人形の攻撃を受けた部位はそれ以上再生しない。そしてある程度小さくなったり溶ければもう動かない。
なのでゲンガーなどの面々はある程度氷人形を破壊したり動きを鈍らせたら、止めはブーバーに任せるやり方に変えており、その戦い方は効果を発揮していた。
先程までの防戦一方から一転して有利な態勢での攻勢とはまだ言い切れないが、それでも単純な行動しかしてこない氷人形相手には効果は覿面であった。
そもそも苦戦の理由は際限なく再生することであって、氷人形単体なら破壊しようと思えば破壊出来ているのだから、無力化手段さえ得ればこうなるのは自明の理であった。
「ど、どうやら形勢は逆転出来た様だな」
自分達に任せろ、とばかりに暴れまくるアキラのポケモン達の姿に、ミナキは少し引き気味ではあったが状況が好転したことはわかった。
氷人形達の矛先がブーバーを中心とした勢いを取り戻したアキラの手持ち達に向けられたことで、クリスの周りも余裕ができ始めていた。
状況が先程までの絶望的なのから一転して持ち直したことに彼女は安堵するが、そんな彼女の周りに生き埋めにされていた瓦礫の山から脱出出来たカツラとエンテイを始めとしたポケモン達と共に戦っていたジムリーダーが集まってきた。
「カツラさん大丈夫ですか」
「あぁ、だが…何とか動けているというところだ」
「悔しいが俺もだ…」
さっきまで瓦礫の中で生き埋めにされていたカツラだけでなく、氷人形に直接殴打を受けたカスミやマチスも肉体に受けたダメージの大きさ故に辛そうであり、これ以上戦うのは難しそうな様子であった。
「仮面の男がいなくなったことを考えると、決戦の場はここじゃない…」
スイクン達の様子を伺いながら、カスミは察していた。
唯一の対抗手段を持つが故に集中的に狙われたエンテイのダメージが大きそうではあったが、それでもまだ戦える状態なのは保っていた。
三匹が協力すれば、この場での戦いは確実に勝てるが、仮面の男を野放しにする訳にはいかなかった。
優勢になったとはいえまだ予断を許さない状況ではあったが、全てを終わらせる為にカスミは決断した。
「スイクン…私達はもうこれ以上貴方達と共に戦うことは出来ない…だから、貴方達だけでも向かうか、力になってくれると感じた新しいパートナーを…ここにいるメンバーから選んで…」
カスミとしては、ここで新たなパートナーを選んでも選ばなくても、仮面の男が向かった先にレッドが駆け付けているという確信があった。
新たなパートナーを選ばなくてもレッドなら必ずスイクン達の力になってくれると思ったが、同時に少しでもスイクンや彼の力になってくれる人物がいた方が良いと考えての提案だった。
周囲ではアキラの手持ち達と氷人形の軍団との戦いが未だに繰り広げられていたが、彼女の言葉を受け入れたスイクンは静かに周りにいる人達を見渡す。
中でもミナキは「まさか自分が選ばれるんじゃ」と口にこそしていないが期待している眼差しを向けていたが、スイクンは彼では無くクリスの元に歩み寄った。
「えっ、あたし!?」
スイクンの選択にクリスは大きく動揺した。
自分はこの場にいる人達の中で一番弱いと思っていただけに、スイクンに選ばれるのは予想外であった。
何ならミナキの方が、駆け付けたばかりなのでほぼ万全な状態であるのとスイクンへの理解も自分より深いので彼が適任に思えた。
何故自分が選ばれたのか理由がわからなくて軽く混乱するクリスであったが、スイクンが彼女の手元にある物を渡したのを見てハッとする。
「え? こ、これって…」
それは以前、彼女が無くしたと思っていた片耳に付けていた星型のイヤリングだった。
何故スイクンが持っているのかクリスは不思議だったが、答えはすぐに齎された。
「やっぱり…それずっとスイクンが持っていたの…」
「ずっと…ですか…」
思ってもいなかったことを伝えられたクリスは少し戸惑いを見せるが、スイクンが自分の元に訪れた時からイヤリングを持っていることを知っていたカスミは納得した様に表情を緩めた。
もしもの時、それこそ今回の様に自分が力及ばずに力尽きてしまった時のことを考えて、スイクンは彼女もパートナーに考えていたのだ。
最後に隣にいるのは自分では無い。
そのことをカスミは理解していた。
レッドのギャラドス、イエローのオムスター。
今では彼らにとって欠かせない手持ちも、最初のトレーナーはカスミだった。
二匹とも最初はカスミの元で育ち、紆余曲折あってそれぞれ新しいトレーナーの手に渡ったことで更に成長を遂げ、大きな働きをしてきた。
彼女はそのことを誇りに思っているのとそれが自分の役目であるのを理解していた。
「自信を持って…スイクン達と共に決戦の地へ向かう。それがこの場での貴方の役目よ」
この戦いにおけるカスミの役目はここで終わるが、スイクンのパートナーに新しく選ばれたクリスには、最終決戦の地へと向かう役目がある。
しかし、カスミにそう伝えられてもクリスは本当に自分で良いのか迷っていたが、そんな彼女に氷人形の魔の手が迫る。
その場にいた彼女やカスミを除いた面々、ポケモン達は対処しようとするが、クリスを守る様にサンドパンとゲンガーが”みがわり”のエネルギーで作り上げた光り輝く爪と刀で氷人形を返り討ちにする。
「あっ、ありが…」
咄嗟にお礼を口にしようとするが、二匹はクリスに何かを促す様な目を向けると、すぐに背を向けて再生しながらまた襲って来ようとする氷人形を迎え撃つべく身構える。
二匹の攻撃を受けた氷人形は、再生こそしようとしていたが少し離れたところにいたブーバーが放った炎で吹き飛ばされて無力化される。
そしてひふきポケモンも駆け付けるなど、気が付けばクリス達の周囲をアキラのポケモン達が集結していた。
皆、戦いの影響で土や怪我で体が汚れていたが目に力が宿っており、手にしている得物や拳を握り締めたり構えるなど、弧を描く様に守りの布陣を敷いていた。
そこでようやくクリスは、先程サンドパンとゲンガーが自分に向けた目が何を意味しているのか理解した。
ルギアやホウオウを倒すことは出来なかったが、カスミ達の実力者が駆け付けるまでの時間を稼ぐ。
それで自分の役目は終わりだと考えていたが、まだまだ自分には成さなければならない役目があることにだ。
「…はい。カスミさん。わかりました!」
カスミ達の意思を引き継ぐこと、飛び去った仮面の男を追い掛けたゴールドとシルバーの元へ向かう決意を固め、クリスは片方のイヤリングを付け直しながらスイクンの背に跨った。
最後の戦いの舞台、自分以外にどれだけの味方が駆け付けてくれるのかはわからないが、例え自分達だけでも今のクリスは諦めるつもりは無かった。
奇しくも、その決意の固め方は仮面の男を追い掛けたゴールドやシルバーと似た形であった。
「ゴールド、シルバー、私も行くわ」
そしてクリスを乗せたスイクン達は、一斉にポケモンリーグが行われる会場から外へと力強く飛び出す。
その際に一部の氷人形が阻止しようと手を伸ばしながらジャンプするが、いずれもヤドキングの”サイコキネシス”の力で引き摺り落とされたり、サンドパンの”めざめるパワー”の狙撃で撃ち落とされる。
結果、彼女達は無事に何事も無く瞬く間にそれぞれ三色の軌跡を描きながら遥か彼方へと消えて行った。
「…行っちまったな」
「あぁ…」
「後は…お願い…」
最終決戦の地へと飛び立った彼らが残した軌跡を残されたカスミ達は見届けていたが、その中でシバは壁に寄りかかる様に力尽きているカイリューと体を横にされてキョウの応急処置を受けるアキラに目を向けた。
「――そのまま大人しく寝ているつもりか? アキラ」
返事が無いことはわかっていたが、意識の無いアキラにシバは問い掛ける。
彼自身、アキラがもう戦える状態では無いことはわかっている。
何なら、カスミ達同様にこの戦いで必要な役目を果たしたと考えてもおかしくなかった。
だけどそれでもシバは、あれ程までに力を付けた彼がこんなところで終わるとは思えなかった。
その時だった。
背中から壁に項垂れる様に意識を失っているカイリューの周りでひび割れていたコンクリートから砂が落ちる。
気付いたキョウは怪訝な視線を向けると、意識が無い筈だったドラゴンポケモンの顔が僅かに持ち上がり、荒々しく息が吐き出された。
「まだ戦うつもりか…こいつ」
目は閉じられたままではあったが、無意識なのか僅かながら体を動かし始めたカイリューにキョウは呆れた様に呟く。
手足が折れようが、本当の意味で動けなくなるまで彼らは戦うつもりなのだ。仮に動けなくなっても、今みたいにまた動ける様になればもう一度戦う力を引き出そうとする。
その執念深さと諦めの悪さは一体何が原動力なのか。
だが、仮にカイリューが意識を取り戻したとしても、再び戦えるまでに回復させる手段はもう無い。
そもそもここまでダメージや消耗を重ねていては、市販されている回復道具では最高級品であっても、もう一度戦えるだけの状態にするのは難しい。可能性があったと思われる”せいなるはい”も使い切っている。
第一、彼らのトレーナーであるアキラは完全に意識を失っており、カイリュー共々、無理に意識を取り戻させようとすれば危うい可能性がある。
ところがキョウの懸念を余所にカイリューの体は目に見えて動き、それに合わせて荒くもハッキリと呼吸をし始めた。
目はまだ重く閉じられているが、それでもカイリューは意識がハッキリしていないのに力が抜けていた腕――体に力を入れ始める。
どうすればこのドラゴンを止められるのか、とキョウが考え始めた時、唐突に彼らの周りが熱くなった。
深紅に染まった”ふといホネ”を手に、金色混じりの炎も全身から放つ様になったブーバーだ。
やって来たブーバーは、周りの視線を気にすることなく手にしていた”ふといホネ”を強く握り締める。
すると金色の炎の一部が”ふといホネ”へと伝わっていき、更に輝きを増した。
一体何をするのかと思った時、何とブーバーはそのまま勢いを付けて”ふといホネ”を突き刺す様にカイリューに押し付けた。
その瞬間、ホネに込められていたエネルギーとオーラが爆炎にも似た形で溢れて、カイリューの体は激しい炎に呑み込まれた。
「なっ!?」
「ちょ、ちょっと!!」
あまりにも突然過ぎる行動にキョウは驚き、カスミに至っては止めようとするが、シバは無言で彼女を制した。
彼は今のブーバーの行動を何か考えがあってのものと考えており、奇しくもカツラはブーバーの狙いを察していた。
「…ブーバーの狙いはわかるか?」
「あぁ、今のブーバーは全身と手にした”ふといホネ”に、エンテイが放つ特殊な炎を自らの力にする形で吸収している。恐らく、その力をカイリューに与えているのだろう」
シバの問い掛けに、カツラは考えられる可能性を口にした。
特に”ふといホネ”は、持ち主の使い方やエネルギーなどの外的刺激に応じて変化していく性質を持つが故に、特殊な炎の影響を一際強く受けている。
お陰で今ブーバーが持つ”ふといホネ”は、与えられた生命エネルギーとブーバー自身のエネルギーが合わせることで、ガラガラ系統のみが可能とする”ふといホネ”の再生を実現するだけでなく更なる力を得ている。
そしてエンテイが使う炎は、使い手の意思次第ではあるが”悪しきもののみを焼き切る”や”生命エネルギー”と呼べるものを与えることが出来る。
なので一時的かもしれないが、今の”ふといホネ”はエンテイから与えられたエネルギーをまだ有している可能性がある。
それを自身が戦えるだけの力を取り戻せた様に、ブーバーはカイリューに与えようとしているのだ。
「しかし、問題は意図した通りに力を与えることが出来ているかだ」
カツラの目から見ても、確かに今の”ふといホネ”にはエンテイから与えられたエネルギーが満ち溢れているが、与えられた時点で変質している可能性もあるのとそもそも上手く行くのかという疑問があった。
下手をすれば、ただでさえ瀕死状態のカイリューを危険な状態に追い込んでしまうことに繋がるからだ。
そんな長く感じられる数秒を経て、カイリューを呑み込んでいた炎の勢いが弱まり、中からドラゴンポケモンの姿が見えた時だった。
開きそうで開かなかったカイリューの目が力強く開き、まるで蒸気を吹き出す様な音を立てながら噛み締めた歯の隙間から息を吐き出しながら、ドラゴンポケモンは燃え盛る炎の中からゆっくりと力強く体を立ち上がらせた。
「嘘…」
「マジかよおい」
カイリューが意識を取り戻すだけでなく、復活したことにカスミとマチスは唖然とした。
体の至るところから焼かれた様な煙を上げていたが、どこにも火傷らしい火傷は無いと言う不思議な状態だった。
ブーバーの狙いは上手く行ったのだ。
ただ呼吸こそ安定していたが、全身に残る多くの傷跡などの受けたダメージはまだ色濃く残っているなど完全に回復し切った訳では無かったが、それでもカイリューが再び戦えるだけの力を取り戻せたので十分だった。
意識を取り戻したカイリューはブーバーと互いに視線を交わし合って、次はアキラとばかりに動いたが、ここで急にブーバーは動きを止めた。
先程まで深紅の輝きを放っていた”ふといホネ”が、光を失っているだけでなく、ただ至る箇所に焼けた痕跡を残している以外は普段の”ふといホネ”になっていたからだ。
カイリューに再び戦う力を与える為に、エネルギーを込めるだけでなく復活することを強く念じて送り込んだが、今のでエンテイから得たエネルギーの大半を使い切ってしまったのだ。
もう一度深紅に染まる程のエネルギーを注ぎ込むだけなら出来るが、それでは意味が無い。かと言って、エンテイと同質の炎やエネルギーはひふきポケモンの体にはもう殆ど残されていなかった。
「カツラ、もう一度ブーバーの”ふといホネ”をさっきと同じ状態にする方法は無いか?」
「元を辿ればエンテイの炎だから…正直言うと無理だ」
お手上げの意見が出始め、ブーバー自身もどうしようかと思った時、気が付けばブーバーとカイリューの周りに氷人形を相手にしていた筈のアキラのポケモン達が集結していた。
かなり減らしたものの氷人形はまだ残っていたが、それらの相手をミナキを始めとした残った面々が自分達では倒せないことは承知の上で時間稼ぎを買って出てくれたからだ。
集まった面々のやること、狙いはただ一つだった。
先陣を切る様に、ドーブルはブーバーが手にする”ふといホネ”目掛けて”かえんほうしゃ”を放つが、それは普段の炎とは異なっていた。
「成程、そういうことか!!」
「カツラさん、どういうことですか?」
「今アキラ君のドーブルが放っている炎は、先程までブーバーが放っていた炎だ。ドーブルは”スケッチ”によって炎の性質含めて丸ごと写し取っていたんだ!」
これには思わずカツラは、カスミの質問に声を上げて答えた。
実はドーブルは、エンテイが放つ炎なら氷人形が再生しないことに戦っている途中で気付いていたが、その性質含めて”スケッチ”したくても余裕が無かったのや気付いたタイミングでエンテイがやられてしまったのでその機会に恵まれなかった。
だが、今は余裕があるのと復活したブーバー自身がその身から放っている炎が近い性質であった為、”スケッチ”をすることで通常の”かえんほうしゃ”では無い特別な炎を意識した”かえんほうしゃ”を放てた。
ドーブルとしてはかなり正確に写し取れたと思っているが、ブーバーの身に起こった変化と力は、元を辿れば伝説のポケモン由来だ。
攻撃的な性質ばかりで概念的なものまでどこまで正確に写し取ることが出来るかはわからない。そもそも写し取った時点での性質なので、攻撃的で治癒効果を有しているとは思えなかった。
それでもブーバーの”ふといホネ”に残っているエンテイ本来の炎の残り火を活性化させることには、大いに貢献していた。
ブーバーもドーブルの狙いを悟ったのか、”ふといホネ”を両手で握り締めながら高々と掲げ始めた。
するとゲンガーなどの面々も各々その手から、ドーブルが”スケッチ”をすることで性質を写し取ったエンテイの炎を更に”ものまね”で真似た炎を放ち、それらの炎をブーバーが掲げた”ふといホネ”が全て受け止める。
そして、彼らが何をやっているのか遅れて理解したカイリューにバンギラスが目線を向けながら頷くと、二匹も同時にその口から”ものまね”した同じ性質の炎を浴びせる。
彼らはただ放つだけでなく、強く念じる様に強く意識していた。
もう一度、彼――アキラに立ち上がれるだけの力を与えることをだ。
次第にブーバーを除いた八匹から浴びせられた炎によって、”ふといホネ”はエネルギーが満ちて来たのか再び深紅の輝きを放ち始めた。
「凄い…」
「これは…いけるかもしれない」
直に触れていたブーバーは、握り締める掌を通じて満ち溢れているエネルギーが攻撃的なものでは無く、自身がエンテイに浴びせられた時に湧き上がった”力が漲る”と言える良く似たものなのを感じ取っていた。
既にエンテイに与えられた炎は、ブーバーの体に馴染んでいくつれて変質し始めている。今は仲間達のお陰でさっきみたいに力が戻ってきているが、完全に残り火が消えるのも時間の問題。
そしてもう一度出来るのも、自分達ではこれ一回だけだ。
炎を浴び続ける”ふといホネ”を掲げながら、ブーバーは倒れているアキラに目を向ける。
三年前、アキラと初めて会い、彼に返り討ちにされた時のことを思い出した。
あの時、彼や今はカイリューのミニリュウに心底腹が立ったのと野生の理屈らしく止めも視野に入った炎を纏った拳を彼の体に打ち込んだものだ。
だが今は違う。
戦いの場において、己の上に立っても良いと思えるまでになった彼に再び戦う力を与える。
この戦いでは彼が――アキラが必要だ。
深紅に光るホネを両手で強く握り締め、ブーバーは振り上げた。
狙いはアキラの腹部――三年前にひふきポケモン自身が殴り、今も火傷の跡が残る箇所だ。
そしてブーバーは、先程カイリューにした様に”ふといホネ”を突き立てる様に勢い良く押し付け、アキラを中心に彼らの周囲を爆炎が包み込む様に広がった。
レッド達やクリス、それぞれ最終決戦の地へと向かい、倒れていたアキラに力が注がれる。
こういう仲間達が力を結集して分け与えたりする展開は大好きです。
次回、最終決戦の舞台へ