「体調良し! 服装も良し! 荷物と装備も良し! ――準備万端」
その日、アキラは足や腕の動き、旅の必需品が詰まったリュックサックなどを一つずつ声を出しながら念入りに指差し確認をしていた。
ブーバーとの戦いで酷い火傷を負ってしまい、今日まで何日か療養していたが、ようやくもう一度旅に出れるまでに回復することが出来た。
散々激痛で喚いてはいたが、辛い時間は火傷を負ったその日だけで、翌日には痛みなどは引いて意識も安定する様になった。
彼自身一か月近くはベッドの上で過ごすことを覚悟していたが、この世界の医療技術は進んでいるからなのか、腹部に痕は残っているものの案外早く体調は万全なものになった。
「レッドに比べれば大分遅れているけど、貴方はクチバシティに用があるのだったかしら?」
後ろから様子を窺っていたカスミは、確認を終えたリュックを背負い始めたアキラにこれからどうするのか尋ねる。既にレッドは少し予定より遅れているが、屋敷を出て旅に戻っている。
勿論、彼が苦しんでいるアキラを置いて旅に出る程、薄情と言う訳では無い。
彼はアキラが回復するまで待つつもりだった。
だが、レッドが自分を気にして残っていることを知ったアキラは、下手に彼の足を止めさせて今後起こるであろう事件や出来事に影響を及ぼす訳にはいかなかったので強引に行かせたのだ。
当然レッドは納得しなかったが、最終的にはまだ安静が必要なのを無視してでも彼と一緒に旅に出ようとする自分の姿を見せて折れさせた。何故そうまでして自分を行かせようとするのか色々聞かれたが、「何か大きいことをやりそうな気がするから」と予知夢を気取ったりと、あの手この手で何とか誤魔化すことは出来た。
「はい。クチバシティにヒラタ博士のご自宅があるそうなので、そこに向かいます」
一応この世界での保護者であるヒラタ博士には連絡を入れているが、仕事が忙しいのかすぐに迎えに行くことは無理らしい。だけど途中でオツキミ山みたいな複雑な地形があるところも無く、クチバシティまで直進するだけなので、このまま一人で向かうつもりだ。
「クチバシティね……」
「あれ? 何か問題でも?」
「いや、何でもないわ」
何か意味有り気な呟きだったが、あまり気にせずアキラは準備に専念する。
この時カスミは、彼の行き先であるクチバシティに不穏な動きがあることを伝えようと思ったが、不安を煽る様な事を伝えるのは酷だと考えて思い止まった。旅の準備を含めて彼女がここまでアキラを手助けするのは、彼もレッドと同じ様に自分達が暗躍し続けるロケット団と戦う時に少しでも力になってくれるかもしれないと考えているからだ。
レッドは荒削りながらも、手持ちとトレーナーとしての実力は確かなものがある。このまま放っておいても必要なことを自然と学んで強くなるはずだ。
一方のアキラは、連れているポケモンの強さだけなら現段階のレッドよりも若干上回っているが、トレーナーとしての能力は初心者レベルで彼よりも未熟だ。その為、彼の実力が手持ちの強さに釣り合っていない為、半分が彼の言うことをあまり聞こうとしないと言う致命的過ぎる欠点を抱えている。
オツキミ山でロケット団と戦った時の話を聞く限りでは、実力不足よりも手持ちが連携もせずに好き勝手にバラバラで戦ったことが追い詰められた大きな要因だろう。
平時なら悩む程度で済むが、またロケット団と戦う様な緊急時は大問題だ。
「カスミさん?」
「あっ、ごめん。ちょっと色々考え事」
声を掛けられてから、カスミは周りの注意が疎かになっていたことに気付く。
早急に解決するべき問題なのでアキラ自身も改善しようとしていたが、自分が手助けをしても解消には至れなかった。一応見込みが無い訳では無いが、どれだけ時間が掛かるのかわからない。出来る限り早く彼が抱えている問題を改善できるとしたら、一人だけ適任者がいることを彼女は知っている。
だが、レッドと違い必要でない限り冒険しないアキラに会う機会があるかはわからない。
「この二週間ありがとうございました。――えっとその……また何時かお会いましょう」
「そんな真面目に頭下げなくてもいいわよ。普通に『ありがとう』や『また会おうぜ』って言ってくれた方がやりやすいわ」
本当に感謝しているのだからこその対応なのは理解できるが、カスミとしてはこんな堅苦しいのではなくて前のレッドのように普通の友人感覚での気楽なやり取りの方が好ましい。
彼女の言葉に頭を上げたアキラは、戸惑いと照れているかの様な表情を浮かべると背を向けて歩き始めた。
最後の数日は傷を癒すことに費やしたが、ここで過ごした日々はこの世界にやって来てから初めて、心から「楽しい」と思えるものだった。やっぱり誰かと一緒に何かをしたり過ごすのは良いものだ。
またこんな日々を過ごせる日が来るのが、彼は楽しみであった。
「ちょっと待って!」
ところが折角の気分も、突然カスミが呼び留めたことで霧散した。
「どうしました?」
「貴方そのまま歩いていくつもり?」
「そのつもりですけど……あっ!」
ここでアキラは、ある意味大切なことを思い出した。
急いでリュックやポケットの中身をひっくり返して、ある一枚の紙らしきものを取り出した。
取り出したのは「ミラクル・サイクル無料引換券」だ。これさえあれば、サイクリングショップに置いてある自転車一台を丸々タダで引き換えてくれると言う代物だ。
もし迎えに行くのが無理だったら、この引換券で自転車を購入してクチバシティに向かう様にアキラはヒラタ博士から教わっていた。恐らく徒歩でクチバシティに向かうには、時間が掛かると考えたのだろう。妙な研究をしている人だが、多忙であることを考えれば仕方ない。
「ミラクル・サイクルはこの町の端っこの方にあるけど、地図があればすぐにわかるわ」
「ホントだ。端っこですけどかなりわかりやすいです」
カントー地方の各町の詳細が記されたガイドブックの様な本にあるハナダシティの項目に目を通して、アキラはミラクル・サイクルの場所を確認する。
ハナダシティからクチバシティの道中には急な坂道は無く平坦なので、自転車が手に入れば間違い無く歩くより移動が速くなる。
「では行ってきます」
「あっ、待ちなさい」
改めて前に進もうとしたが、またしてもカスミに呼び止められた。
「オコリザル達はどうするの?」
「あ」
指摘されて今思い出したが、オコリザルの問題は未だに解消されていない。
レッドは先に屋敷を出ているが、オコリザルとマンキー達はミニリュウのトレーナーであるアキラが狙いなのか、彼がベッドで横になっている間も度々攻めてきていた。
襲撃の度にカスミと協力して何とか撃退し続けてはいるが、ボスであるオコリザルの捕獲には至っていない。このまま一人で屋敷を出れば、オコリザル達の格好の標的だ。
一応ミニリュウやゲンガーの実力なら、勢いだけで攻めてくる群れのリーダーであるオコリザルを容易く退けられるが、クチバシティに着くまでの間にポケモンセンターなどの休める場は無いのでのんびりと歩いていられない。
そこでアキラが出した解決策は――
「自転車で振り切ります」
どうしようもないその場凌ぎな思い付きだが、自転車ならオコリザル達を振り切ることは十分に可能だろう。何より、もし追い付かれても今なら返り討ちに出来る自信がある。
アキラが口にした案にカスミは呆れを隠さなかったが、それ以上は何も言わなかった。もう何も言うことが無いことを察し、アキラは彼女に背を向けて目的地へ向けて歩み始め、そのまま地平線の彼方へと消えていった。
「――クチバシティに着くまでポケモン達とちゃんとやっていけるかしら?」
屋敷を後にしたアキラを見届けて、誰にでも無く一人カスミは呟く。
何だかんだ色々あったとはいえ、アキラとレッドがいた間は結構楽しかった。
彼の言うまた会う日が、出来れば戦っている最中では無く平凡で平和な日であることを彼女は願うのであった。
そして数時間後、カスミの不安は現実のものとなった。
「ま……ハァ、ま…て」
とある丘の上にある整備されていない道をアキラは懸命に走っていた。
必死の形相だが、それは急いでいるからでもオコリザル達に追われているのでも無い。
恐らく、彼がこの世界で初めて経験すること――
「自転車返せぇぇーー!!!」
追い掛ける側になったことだ。
ちなみに今彼が追い掛けているのは、さっき引換券で手に入れた新品の自転車を華麗に乗りこなす新加入メンバーのブーバーとその後ろに乗っかっているゲンガーの二匹だ。
ついさっきミラクル・サイクルに着いたアキラは、早速引換券で今二匹が乗っている青い塗装が施された折り畳み可能なマウンテンバイクを手に入れることが出来た。
タダで手に入るとは思えない出来に手持ちと一緒に眺めていたが、店長から詳しい取扱いの説明を受けている間に、ブーバーとゲンガーに自転車を乗っ取られて今に至る訳だ。
「コラーッ! ヘルメットもせずに二人乗りは危ないんだぞ!!」
サービスで貰った自転車のヘルメットを掲げながらアキラは叫ぶが、二匹とも聞く耳を持たず、彼が追い付けそうで追い付けない絶妙なスピードで距離を保ち続ける。
襲撃を止めさせる為に捕獲したが、ブーバーは野生には戻らず彼に付いて行く道を選んだ。
自分から付いて行くことを選んでおきながら例の如く言う事を聞かないが、野生の時とは打って変わって大人しくしていたので油断していた。手持ちに加えたばかりなのもあってブーバーの性格は把握し切れていないが、ゲンガーが一緒に居るところを見る限りでは自分をおちょくっているのは明白だ。
もう十五分以上もアキラは全速力で走っていたが、この世界に来てから体力の限界まで走る機会が多かった為か、一か月近くの間に彼の体力は十歳でありながら驚異的なまでに強化されていた。だけど辛いことには変わりない。
残った手持ちの中から一匹を繰り出して、ブーバーの後頭部にきつい一撃をかまして止めることを彼は考え始める。一番適していそうなエレブーが入ったボールを手に持つが、後ろから聞くのも嫌になる聞き覚えのある声が耳に響いてきた。
「おいおい、よりによってこのタイミングかよ」
後ろを振り向いた彼は、疲れ切ったような表情で弱弱しくぼやいた。
このタイミングでオコリザルがマンキー達を引き連れて、土埃が舞い上がる程の勢いで追い掛けてきたのだ。ブーバーとゲンガーも事態を察したようで、巻き込まれたくないのか漕いでいる自転車のスピードを上げ始めた。
「ちょっと待てえーーー!! 置いて行くな!!!」
二匹が乗る自転車のスピードが上がるのと同時にアキラも走るモーションを変えて、オコリザル達を振り切るのと二匹に追いつくべく一気に急加速した。
あまりにも必死になり過ぎたからか消耗が激しくなってきたが、ブーバー達との距離が近くなったら、彼は走っている勢いで跳び上がり――
「待てって言ってるだろうッ!!!」
年に似合わない鬼のような形相で、自転車に乗る二匹に飛び掛かるのだった。
見渡す限り広がる草むらの中で、車一台が通れる程の幅がある砂利道をアキラは疲れた様子で自転車を押しながら進んでいた。
さっきまでブーバー達に自転車を乗っ取られた上にオコリザル達に追い掛け回されていたが、何とか自転車を取り返してオコリザル達を振り切ることに成功したもののかなり疲れていた。
だが幸か不幸か、日々体力の限界まで体を酷使していたからなのか、さっきあれだけ体を動かしていたにも関わらず、こうして息を整えながら歩けるだけの余力は残っていた。
「全く、オコリザルに追い掛け回された所為でここがどこなのかわからないよ」
無我夢中で自転車を走らせたので、ロクに周囲の状況を確認しないままここまで来てしまった。
一休みとばかりに自転車を止めて、その座席にアキラは座り込んで周囲を見渡す。
以前ならこの先が不安になる場面だが、一か月くらいの短い間ではあるが散々理不尽なことや今までの常識からは考えられない出来事に巻き込まれた経験のお陰なのか、アキラの気持ちは落ち着いていた。
迷った場所が森の中や山の中なら不安になってもいいが、周囲はまるでアニメで描かれる様な草むらが広がり、そして地平線の彼方まで続いている一本しかない砂利道だ。目印になるものは無いが無計画に歩き続けても遅かれ早かれ、どこかの町か人に遭遇することができそうだから、特に不安になる必要は無い。
そして連れている手持ちも、問題は抱えているもののクセや特徴の理解も進んでいる。
旅を始めた頃とは大きな違いだ。
「――レッドは今どこにいるんだろ?」
気持ち的に少し余裕があるからなのか、アキラは先に屋敷を出た友人の動向が気になった。
彼の進行状況によっては、この先に何が起こるのかは大体予想できる。
その為、レッドの居場所次第では自分の行くべき道はある程度決められるとも言える。
今の時間軸にあると思われる記憶を引っ張り出して、アキラはレッドが今どこにいるのか考え始めた時、ベルトに付けたボールの一つが揺れ始めた。
怪訝な表情で揺れているボールに目をやるが、すぐに表情を解した。
「どうしたサンット、またやりたいのか?」
アキラが尋ねると、ボールを揺らしていた張本人であるサンドは中で頷く。
彼はサンドのボールだけでなくもう一つのボールを手に取ると、二つとも投げた。
「ついでにエレットも出てくれ」
投げられたボールからサンドとエレブーが、それぞれアキラの目の前に召喚される。
出て来たサンドが、待ち切れない子どもの様な表情でこちらを見つめてくるので彼は苦笑した。彼の手持ちの中では、比較的自己主張はせずに健気に付いて来てくれているサンドがボールから出てまでやりたいのは、屋敷にいる間に新しく覚えた”ものまね”を使いたいからだ。
カスミが手持ちの中で一番非力だが素直に言うことを聞いてくれるサンドを少しでも強くしようと、持っていたわざマシンを使って覚えさせてくれたのだ。
「OKOK、準備はもうできているようだから見逃すなよ。エレット”かみなりパンチ”」
こんなことで出されたエレブーだが、サンドの気持ちを理解しているのや何かと気に掛けて貰っているので、アキラの指示をすぐに受け入れた。
右手に拳を作って電流を帯電させると、何も無い宙目掛けて拳を振るう。
見逃さず見ていたサンドも体に力を入れて右手を掲げると、先程のエレブーのように電流が流れ始めた。更に片手だけでは飽き足らず、サンドはもう片方の手にも電流を帯電させて嬉々と”かみなりパンチ”を振るい始める。
今までサンドが覚えていたのは”ひっかく”に”すなかけ”と地味で基本的な二つの技だけで、ミニリュウやゲンガーが覚えている”れいとうビーム”に”ナイトヘッド”といった強くて派手な技は覚えていなかった。その上我や個性が強過ぎる曲者揃いの手持ちの中では、ただトレーナーに忠実で真面目なだけでは存在感も薄かった。
実力も臆病であまり戦いたがらないエレブーよりも下なので、バトルや内輪揉めの時では真っ先にやられるというあまり嬉しくない立場でもあった。
ある意味グレたり卑屈になってもおかしくない環境だが、それでもサンドはめげずにアキラの言うことをしっかりと聞き、困っている時でも出来る限りの手助けをしてくれる。だからこそ、サンドが嬉しそうに”ものまね”を存分に使っているのを見ると、カスミが提供してくれたわざマシンを気に入ってくれて何よりだった。
「『使い道が無い』ってカスミさんは言っていたけど、結構使えるなこの技」
一体どういう原理なのかは不明だが、明らかにサンドが覚えない”れいとうビーム”や”ナイトヘッド”さえも、”ものまね”を使えばサンドは使うことができるのだ。相手が使ったのなら、どんな技でも一つだけボールに戻るまでの間なら使えるようにする技。そのことは彼も知っていたが、ここまでとは予想外だった。
ただし一時的に使える様になるだけなのと威力は使い手の能力依存なので、そこまで都合は良く無かった。
嬉しそうなサンドを眺めながら、アキラはリュックの中から一つのケースを取り出して、その中身を窺う。
中には八つの窪みがあり、その内の一つに水滴を模した鮮やかな水色をした彫刻の様なものが嵌められていた。名はブルーバッジ。カスミとの最後の模擬戦で、ようやく勝つ事が出来たアキラにカスミが授けてくれたものだ。ニビジムでは負けてしまったので、彼としては初めて手にしたジムバッジだ。
持っているだけでポケモンが少し強くなったり素直に従う様になるなどの効力があるらしいが、イマイチ実感は出来ない。だけど、ようやく自分達がジムリーダーに勝てるまで強くなれた証明と考えれば、そんなものは二の次だ。
「――俺は残りの窪みも埋めることが出来るかな?」
一旦ボールに戻って、今度は”でんこうせっか”を真似るサンドを眺めながらぼんやりと呟く。
ゲームでは八つのバッジを集めることは大して困難では無かったが、一個手にすることさえ時間が掛かったのだから全部集めるのは困難だろう。加えてこの世界のジムリーダーには悪の組織に加担している者もいるのだから、正攻法でバッジを入手できるかさえも怪しい。それに自分の目的は元の世界に戻る手段を探すことであって、ジムバッジ集めでは無い。
なので機会があったら挑戦する形が良い。
だけど、ジムバッジ集めはこの世界――ポケモンの醍醐味だ。
今までは初心者であることや酷い目に遭って来たのでそんな暇は無かったが、屋敷で過ごしていた間に経験した純粋なポケモンバトルの楽しさにアキラは惹かれていた。
激しい攻防に緊張感、どうやれば勝てるのか、如何にして上手くポケモンを導くことが出来るのかを考える時の刺激は病み付きになる。
特にレッドはトレーナーもポケモンも楽しそうに戦っているのだから、ポケモントレーナーの理想の姿と言っても良い。
何時の日か、自分も彼の様になりたい。
成れるかどうかもわからないことを夢見ていたが、突然周囲に突風が巻き起こり、アキラと外に出ていた二匹は強風に煽られて倒れた。
「? なんだ? なんだ?」
一瞬だけだが、突風が起きる前に自分達の真上を何かが通過したのを目にした。
エレブーの不幸体質がまた何かを招いたのか、と思ったがすぐにそれを否定した。
すぐにサンドとエレブーが無事なのを確認して、自転車を起こしながらアキラは頭上を通り過ぎたのが飛んでいったと思われる方角に顔を向ける。
途端にそれは引き返してきたのか、また彼らの頭上を猛スピードで通り過ぎる。
「うおっ!」
通り過ぎた際に生じた衝撃波なのか突風を受けて、彼はまた間抜けな声を発しながら今度は二匹と一緒に吹き飛ばされた。
「もう…一体何だよ。戦うのかおちょくっているのかハッキリしろ!」
打ち付けた部分をさすりながら空を飛んでいる影目掛けて怒鳴るが、影は今度は引き返さずにそのまま飛んでいき、姿は徐々に小さくなっていった。
「――追うぞ」
自転車を背負えるくらいの大きさに折り畳み、アキラはサンドとエレブーと共に砂利道から外れた草むらを走り始めた。
「さっき飛んでいたのはピジョットだったけど、こんなところに野生がいるのか?」
吹き飛ばされた時に見えた特徴的な鶏冠のような頭と体格を思い出しながら、アキラは飛び去ったポケモンを断定していた。
今の彼は怒り心頭であったが、同時にピジョットをどうやって捕獲するかの算段も考えていた。
あれだけ大きなひこうタイプのポケモンなら、自身を背中に乗せて飛ぶことができるだろうから移動が楽になるし、何より大幅な戦力強化にもなる。
問題とするならトレーナー付きか、また性格に難のある個体と言ったところだ。
この世界なら野生でのピジョットはいるかもしれないが、そんな偶然はあまり考えられない。なのでこの近辺にいるトレーナーのポケモンの可能性の方が高い。
仮に野生のポケモンだったとしても、今までの経験から察するに捕まえることに成功したとしても他の手持ちと同じように手懐けるのに苦労することも十分考えられる。悔しいが捕獲は諦めることも選択肢に入れる。
しばらく走っていると、遠くに木とは違う何かがポツンと立っているのが見えてきた。どうやら人らしいが、ピジョットのトレーナーなのかわからなかったので、アキラは重い荷物を背負っているにも関わらず足の動きを速めた。
近付くにつれて姿が鮮明に見えてくるが、人らしき影の腕にピジョットが留まっているのがハッキリと見えた。やはりトレーナー付き。野生よりはそっちの方が考えられる可能性だったので、吹き飛ばした仕返しをするのを諦めて彼は引き返そうとする。
「――誰だお前は?」
ところがピジョットのトレーナーは、追い掛けていたアキラに気付いたのか、声を掛けてきた。
「ピジョットを見掛けたので、野生と思って追い掛けて来ただけです」
本音を抑えつつ、普通に考えうる妥当な理由を彼は述べる。
ついでに鍛錬をするなら自分の目の届く範囲内でやるように、と伝えるためにアキラは改めて振り返ったが――
「え?」
続けて伝えようとした言葉が口から出ず、アキラは我が目を疑った。
何故ならピジョットのトレーナーは、直接の面識は無いがレッドが事あるごとに愚痴っていたのとその彼の生涯のライバルであるとアキラが記憶しているグリーンだったからだ。
アキラ、手持ちのサンドが新技習得とまさかのグリーンとの邂逅。
ゲームでは”ものまね”の使い道は殆どありませんが、上手く使いこなせばドーブルの”スケッチ”に並ぶとんでも技だと個人的に思っています。
特にルール無用の野良バトルが多く覚える技に制限の無いポケスペ世界では、その万能さが一際輝くはず。