周囲の木々が折れたり、土が抉れるなど激しい戦いの跡が残っているにも関わらず、”ウバメの森”にある祠は目立った傷も無く何事も無かった様にそこにあった。
空から注がれる太陽の日差しを祠は浴びていたが、唐突に祠が中から何かが暴れているかのように音を立てて揺れ始めた。
そして祠が開いた瞬間、光と共に”
「…最後は何か締まらないな」
飛び出した勢いで体を投げ出されたのに加えて、何人も背中の上に乗せた状態でレッドは呟く。
そんな一斉に出口へ殺到した訳では無いのに、こんな風に元の世界に戻るとは彼は思っていなかった。
「わっ! レッド先輩!!」
「レ、レッドさん! ごめんなさい! すぐに降ります!」
「おう、俺もだけどアキラの方がキツそうだ」
”
レッドの背中の上で尻餅を付いていることに気付いたイエローとクリスは急いで降りようとしている様に、レッドとしては早くこの状態から解放されたかった。
幸い彼の場合はイエローやクリスだけではあったが、アキラとカイリューは一番真下で下敷きになっており、七人とポケモン数匹が圧し掛かる重さで呻き声なのかよくわからない声を漏らしていた。
「大丈夫かアキラ?」
「な…何とか…」
一番上にいたイエローが退いてからレッドも急いで立ち上がったが、戦いの疲労やダメージが大きいところに予期しない不意打ちみたいな圧し掛かりを受けていたアキラは、少しは楽そうな反応を返す。
だけどすぐに立ち上がれないのか、体を仰向けに転がして息を整え始めた。
皆無事に戻って来れたことを見渡しながらレッドは実感していたが、何故かゴールドが変な笑顔を浮かべて自らの手を見つめていたことに気付いた。
「へへへ、フェロモンムンムンな姉ちゃんの尻を触れてラッキー…いって!」
「姉さんに汚い手で触れるな!」
「なにすんだクソシルバー!」
「二人共折角終わったのに喧嘩しないの!」
下心全開でブルーの体にさり気なくラッキースケベをしていたらしいゴールドにシルバーが拳骨を落とし、それを切っ掛に戦いが終わったばかりにも関わらず、二人の喧嘩が始まった。
どうしようかレッドは迷ったが、クリスが二人の喧嘩を止めようとしていたのとようやく回復したのか体を仰向けにしていたアキラが土や葉を叩き落としながら立ち上がったので、彼に気になったことについて話を振ることにした。
「…アキラ、ヤナギはどうなったんだろうな」
「わからない。全てはセレビィの考え次第だ」
何となく尋ねたレッドの質問にアキラは端的に答えた。
こういうことに関しては、アキラの方が何となく察していたり理解している様な気がしたが、返って来たのは彼でもわからないという返答。
それを聞いたレッドは、幾ら彼でもわからないことはあるかと納得していたが、アキラもヤナギの行く末が気になっていた。
この後のセレビィの行動を考えるとヤナギの生死は冗談抜きでわからない。
だけど、無責任なことをしないのは何となく察している。
「改めて考えると…ヤナギの目的は意外だったな。失ったものを取り戻す為に過去に戻る…か」
「レッド、誰だって一度は考えることだよ。普通なら過去に戻ることは出来ない。だけど、出来る手段があるとわかれば求めてしまう」
過去に戻ることは出来ない。それが常識だ。
でもそういう不可能が可能になってしまうのが、このポケモンの世界では有り得る。
まだこの世界には、アキラが知らない不可能を可能にすることが出来るポケモンがいるかもしれない。
そして、そういうポケモンが何かしらの戦いの火種になる。
「そうだよな…いや、ヤナギがあそこまでして過去に戻ること…ラプラスを両親に再会させることに必死だったと思わなくて」
「あんな出来事があれば、ヤナギじゃなくても狂ったりおかしくなる理由としてはわからなくもない。だけど、過去に戻ったとしても全てが無かったことになる訳が無いし、唐突だろうと前もって心構えが出来ていようと”別れは何時か来るもの”だよ」
もし自分がセレビィの力を利用して、この世界に自分が来ることを過去の段階で防げたとしても、その時間軸の自分が救われるだけで、今の自分が救われる訳では無い。
そもそも無数の時間軸に分岐するのか、それとも過去が変わったことで今の自分が消滅するのか。それすら正確なことも何が正しいのかもアキラにはわからない。
ヤナギのラプラスが向かった過去の場面やセレビィの行動を考えると、恐らく前者だろう。
過去を変えたとしてもそこから別の時間軸でのこの世界が生まれるだけ、別の時間軸や本来の時間軸に影響する訳では無い。
過去の世界だけど、自分達が辿って来た世界とは少しだけ異なっている過去の世界。本来辿った世界の過去を救っても、分岐するだけ。
恐らく、別世界線で両親を失ったラプラスが別世界線で何かしらの理由で子どものラプラスと会うことを待っている新しい時間軸が生まれているだけ。
それに生きている者には、何時の日か死がある。
仮に死では無いとしても、どんな形であっても別れと言う経験は避けることは出来ない。
一通り語った後に考え込んでいたアキラだったが、レッドが半ば呆れた様な視線を向けていた。
「相変わらず、真面目と言うか妙なところで達観しているな」
「そこまで深くは考えていないよ。ヤナギへの反論の為に勢いで思い付いたところもあるし」
本当は明確に言葉にしていないだけで近い考えを何時も抱いていたこともあるが、それを話すつもりはアキラは無かった。
そもそも自分自身、その時が来た時の心構えが出来ていないのだから。
「まあ何にせよ……そろそろ止めるか」
「だな」
未だに止まる気配の無いゴールドとシルバーの喧嘩。
クリスが止めようとしているが止まる気配は無く、ブルーもちょっと困っており、グリーンに至っては疲労も相俟って面倒そうな顔を浮かべて我関せずの態度だ。
流石にこのまま放置する訳にはいかなくなってきたので、回復してきたこともあってアキラは二人の間に割り込んだ。
「はいはい、二人共そこまでにしろ」
拳を振り上げるゴールドの腕を掴んで止め、彼の胸倉を掴んでいるシルバーをアキラは片腕を伸ばして引き離す。
並みの大人さえ歯が立たない身体能力を有するアキラが止めに来たことで二人の勢いは止まる。
「突然こいつが殴って来たんだぞ!」
「その前に堂々とブルーの体を触った公言していたお前が悪い。殴ったのはブルーかシルバーかの違いくらいだ」
「そうよゴールド、女性の体を触るなんて最低よ」
「クソ真面目学級委員に堅物良い子ちゃん気取りのダブルコンボかよ。あんなフェロモンむんむんな姉ちゃんの尻が目の前にあったら思わず触っちまうだろ」
「触らねえだろ。常識的に考えて」
何を言っているんだお前は、と言わんばかりの声と目線を向けてくるアキラに、ゴールドは露骨に面倒臭いと言いたげな反応を見せた。
「かぁ~~、相変わらず石頭っつうか面白味の無い回答ッスね。そんなんじゃ折角強いのにモテ無いッスよ」
「モテるモテないは如何でも良いけど、悪いことをしたって認識が無いことはわかった」
「あっ、ちょっと待って、俺の腕を掴んでる手を離してくんね? 滅茶苦茶握り締めて…痛い痛い! わぁった! 俺が悪かったから!」
手持ちのカイリューがしそうな冷めた目で、万力みたいな力で掴んでいる腕を握り締め始めたアキラにゴールドは必死でストップを掛ける。
そんな彼に”ざまあみろ”と言わんばかりの視線をシルバーは向けていたが、振り返ったらグリーンが目の前に立っていた。
「話は済んだか?」
そう告げた直後、グリーンが何時もよりも険しい目で突然シルバーの腕を掴んだ。
「お前をオーキド研究所における図鑑盗難、ウツギ研究所におけるワニノコ強奪の容疑で身柄を預かる」
困惑するシルバーを前にグリーンがそう告げた直後、場の雰囲気は一気に凍り付いた。
中にはイエローみたいにグリーンが言っている内容自体がわからない者もいたが、ゴールドとアキラはそういえばと言わんばかりに互いに顔を見合わせていた。
「ま、待って下さいグリーン先輩!」
「止めるなクリス」
構わずシルバーを連行するかの様に連れて行こうとするのをクリスやブルーが慌てて止めようとするが、意外にも彼女達を制止させたのはシルバーだった。
「”
「で、でも…」
「今日と言う日を迎えるまで、俺は手段を選ばずあらゆることをやって来た。だから、戦いが終わった今、どんな裁きを受けようと悔いはない」
ヤナギが言っていた通り、自分も大なり小なり手段を選ばずにやって来たのだから、全てが終わった今はどんな裁きでもシルバーは受け入れる覚悟だった。
クリスもシルバーがやってきた行いに悪いこともあるのは理解していたのと、何時の日か全て精算しなければならないこともわかっていた。
でも、彼が置かれていた状況も相俟ってどうしても納得出来なかった。
この問題を覆すまではいかなくても、穏便な形で終わらせる方法は無い物か。
ブルーは勿論、クリス含めてその場にいた何人かも同じことを考えたが、意外な形でこの問題の解消法が齎された。
「おうおうトゲトゲ頭の兄ちゃん、シルバーをしょっぴく前にこれを見た方が良いと思うぜ」
唐突にゴールドが馴れ馴れしい態度でシルバーを連れて行こうとするグリーンに近付くと彼に一枚の紙を手渡した。
それはウツギ研究所でポケモンを盗んだ犯人の指名手配書――シルバーが犯した犯罪の一つの証明であり、グリーンがシルバーを連行する明確な根拠でもあった。
だが、手配書に映っている顔写真のイメージは全然似ていなかった。
髪型や髪の色こそ同じだが、目はギョロっとしているだけでなく鼻は潰れ、唇はたらこ唇と言わんばかりに厚くて、頬は太っているかの様に豊かであった。
そしてシルバー本人の顔付きは、鋭い目付きに鼻は若干尖っており、唇は人並み、頬に至ってはスラッとしている。
あまりの違いに、流石のグリーンも眉を寄せた表情から困惑気味に手配書とシルバーの顔を何度も見比べた。
普段はクールな彼が困惑する姿が見ていて面白いのか、ゴールドは得意気に告げる。
「笑っちまうくらい全然違うだろ」
「ジョウト各地で貼られているの見たことあるけど、何回見ても違うと言うか…正直言って別人」
「これ赤い髪のカツラを被ったおっさんじゃね?」
グリーンが持つ手配書を覗き込んだアキラとレッドも、手配者の顔とシルバーの顔を見比べて、各々の意見を口にする。
一応詳しく調べれば言い逃れは難しいレベルではあるが、この顔写真では連行する口実には無理がある。
シルバーも思ってもいなかったゴールドからの援護射撃に惚けた様な顔を見せ、クリスとブルーは間違いなく流れは変わりつつあるまさかの展開に表情を明るくする。
が、事はそうはいかなかった。
「でも、ワタル関係は見逃せないけどね…」
アキラがボソっと呟いた内容に、ゴールドは得意気な顔のまま思わず固まった。
空気読めよ
思わずそう言いたくなったが、何時の間にかカイリューがシルバーの目の前に立ち塞がっており、逃がさんと言わんばかりの凄味のある黒い笑みを浮かべながら両手をパキパキと鳴らしていた。
ワタル絡みの問題は奴を嫌っていることや因縁もあって、アキラとその手持ち達には見逃す訳にはいかない要素だ。
そもそもアキラも全てが終わるまで彼の事を見逃していただけなので、仮にこの段階でもアキラが後回しの判断をしたとしても、全ての戦いが終わったと認識をしているカイリューは止まらない。ていうか止められない。
先程とは別の意味でまずい空気が流れるが、この状況に今度はグリーンの方が機転を利かした。
「…シルバー、お前の身柄の安全を確保する為にも同行を願う」
「よろしくお願いします」
カイリューの様子からグリーンはシルバーの扱いと対応を切り替え、シルバーも頭を下げて進んで受け入れた。
シルバーとしても裁かれるのは別に良いが、伝説のポケモンを倒せるだけの力を向けられるのは流石に避けたいのが本音であった。
そしてカイリューも二人の意図を察したのか、露骨に目付きを細めて忌々しいとばかりに機嫌悪そうに舌打ちをした。
昔なら周りにどう思われようが暴れていたが、今は以前みたいに何も知らない訳では無いのや大義名分があった方がロケット団みたいな奴らが相手なら大暴れしても何かと都合が良いことを覚えた。
その大義名分が失われたので、露骨に手出しが出来なくなったのだからカイリューとしては歯痒かった。
「まあまあ、そう不満を見せるな。今は無理でも別の名目でポケモンバトルを挑めば良いよ」
そんなカイリューを宥めながら、アキラは内に秘めた鬱憤を晴らす機会はあることを告げた。
流れ的に博士絡みの罪状は有耶無耶になるだろう。他にも判明していない過去のやらかしもどうするかはわからないが、ワタル関係以外はそこまで言うつもりはアキラは無かった。
だけどワタル絡みでは本当に見逃すつもりは無かったので、カイリューの不満や怒りを解消する為にもシルバーにはある意味で地獄を見て貰うことを考えていた。
「お~、やっと追い付いたわい!」
そうしてようやくひと段落を迎えたというタイミングで、聞き覚えの無い声ではあったが敵意が一切感じられない声が聞こえてきた。
声がした方へ八人が振り向くと老夫婦らしき男女と中年寄りの男、更には見覚えのあるゴールドの手持ち達が続々とやって来た。
「おっ! 俺の相棒達! そして育て屋で世話になった爺さんと婆さん!」
「叔父さん!」
「二人の知り合い? おっ?」
やって来た面々はゴールドとイエローの知り合いらしく、場の空気はすっかり戦後感が出てきた。
加えてアキラが直感的に何かを感じ取った瞬間、アキラの手持ち達が地響きを立てたり派手な着地ポーズで瞬く間にアキラの周りに姿を現した。
ポケモンリーグ会場を後にした時点では、対抗手段こそ確保したもののヤナギが残した氷人形達とのまだ戦いは終わっていなかったので彼らに任せていたが、どうやら全て片付けた様だ。
実際のところアキラの考えは正しく、ポケモンリーグ会場での戦いを終わらせたブーバー達は一部の手持ちが使える”テレポート”を利用してこの場に駆け付けたのだが、到着と同時に穏やかな空気に多くの面々は状況を察した。
「戦いは終わりだ。皆、今回も…力を貸してくれてありがとう」
アキラは改めて、手持ちが望んだこともあるが自分が勝手に首を突っ込んだ戦いに力を尽くしてくれた手持ち達に心からの感謝の言葉を伝える。
次の戦いに備えて駆け付けたのに既に終わっていたことに、サンドパンやエレブー、バンギラスなどの温厚なのは気にすることは無いよ的な形で応えるも、ブーバーとその弟子のカポエラーは面白く無いのか素っ気無い態度。
ゲンガーに至っては見せ付ける様にどこからか”ほうび!”と大きく書かれたメモ帳を取り出し、言葉よりも行動や物で示してくれと言わんばかりの主張にヤドキングとドーブルの呆れを買っていた。
「何と言いますか…」
「相変わらず個性的ね。貴方のポケモン達は」
「もう何も言わん」
「色んな奴がいるから見てて面白いよな」
「率いるこっちはこっちで大変だけどね」
綺麗に対応や反応に個性が出ているのにイエローとブルーは言葉を濁し、グリーンに至っては呆れを見せるもレッドは楽し気だった。
当のアキラも大変なのは公言しているが、疲れたものではなくて慣れたものであった。
何匹かがヤナギとの戦いが終わったことでシルバーを見逃す理由が無くなったことに気付き、先程のカイリュー同様にシルバー相手に戦闘準備を始めたのですぐにアキラは前に出て上手い具合に彼らを説得し始めた。
「アキラさんのポケモン達って、戦いの時は凄く心強く思えたけど…随分と個性豊かと言うか…変わっていると言うか…」
「まああのくらいなら良いもんじゃね? トレーナーが良い子ちゃん気取りの石頭なんだからバランスは取れてんだろ」
戦闘時以外では我の強さや一癖も二癖もある性格がトラブルの種になりそうなアキラのポケモン達にクリスは薄々感じていたことを呟くが、ゴールドはあれが彼らなりの関係と認識していたので気にしなかった。
ちなみにシルバーもアキラの手持ち達について内心では「戦いの時だけでなく平時でも何をしでかすかわからない厄介な連中」と思っていたが、彼の手持ち達に睨まれている今の状況でそんなことを口にすれば何が起きるかわかったものじゃないので黙っていた。
「そろそろポケモンリーグの会場に戻って、ジムリーダーやポケモン協会理事長に報告も兼ねて戻るか」
「そうしよう。あっ、グリーンとブルーはちゃんとシルバーを見ててよ。逃げるのを防ぐとかじゃなくて彼を守るって意味で」
レッドの提案にアキラは賛成すると、すかさずグリーンとブルーに忠告をした。
今はダメだと言っているにも関わらず、ゲンガー辺りがしつこくちょっかいを出しそうなので気が抜けなかったからだ。
そうして自身の手持ち達の動向にアキラが目を光らせていた時、彼とゴールドにやって来た育て屋爺さんが声を掛けてきた。
「ゴールド、仮面の男がヤナギと聞いたが、彼は?」
「爺さん…ヤナギの奴は…」
「そう心配するな爺さん。確かにこの場にはいないが、ヤナギは死んではおらんじゃろ?」
”
「…確かにセレビィに連れて行かれたので、生死は不明ですが」
「なら生きているじゃろうな。それにヤナギも若い頃はオーキドやゴールドみたいに無茶をしまくっておった。修行と称してしばらく行方知れずもしょっちゅうじゃったわ。その内ひょっこり戻って来るじゃろう」
「うむ、それは言えておるな」
「そ…そうなのですか」
知らなかった若かりし頃のヤナギを語られて、アキラとゴールドは反応に困った。
だが彼と関係が深い育て屋老夫婦は、かなりの激戦を繰り広げたことを知っている筈なのにヤナギが生きていることを確信している様だった。
まあ戻って来たら戻って来たで、ワタル同様に見逃す訳にはいかないが、そんな何時になるかわからないことを疲れ切った今は考えるつもりは無かった。
「いや~、それにしても若い少年少女達がこうして一緒に居るのは良いな。これぞ青春って感じじゃ」
「そうじゃのお、なんかこういう記憶だけに留めておくのも勿体無いの」
「…あ~記念写真とか撮りたいかもな」
育て屋老夫婦の言葉に、レッドはある種の恒例行事と化していることを思い出した。
今までもポケモン図鑑所有者や関係者が勢揃いした大きな戦いや何かしらのイベントの後に記念写真を撮っていたことを彼は覚えていた。
アキラも思い出したが、疲れ切っているのとそもそも誰もカメラを持っていないと見ていた。
「レッド、この状況でカメラを持っている奴なんていないだろ。撮るなら一旦全員帰って休んでからでも――」
そう続けて言おうとしたが、彼のゲンガーが見せ付ける様に得意気な顔で手にしたインスタントカメラを掲げていた。
一体何時ゲンガーがカメラを手にしたのか一瞬混乱したアキラだったが、もう何か月も前にエンジュシティを観光も兼ねて見回っていた時にゲンガーにねだられてインスタントカメラを買ったことを思い出した。
「スット、お前まだ持っていたのか…」
あれから何にも触れなかったのですっかり忘れていたが、まだ写真を撮れるだけのフィルムの余裕を残していたらしい。
「おっ、カメラを持ってるのかゲンガー。気が利くな」
「偶然だけどね…」
ゲンガーからインスタントカメラをレッドは受け取ると、早速他の面々にも声を掛け始めた。
グリーンは疲れているアキラ同様に乗り気では無かったが、それでもレッドの勢いや場の雰囲気もあって多数決で撮ることが決まった。
流石に手持ち全てを出すのは色々とキツイこともあってそれぞれの代表を出すことになり、カイリューは疲れていることもあってリザードン共々辞退しようとしたが、こちらもトレーナー同様にレッドのフシギバナを始めとした面々に引き摺られて結局互いのトレーナーと一緒に出ることになった。
「よ~し、もっと近寄ってくれんか」
「ほらほらもっと密着せんか! 男女だからと言って恥ずかしがらんでも良い!」
インスタントカメラを持ったイエローの叔父が構えながら、育て屋婆さんが位置取りなどの細かい指示を出す。
ちなみにピカチュウ一家以外にもスイクン達伝説のポケモン達も写真に加わっていた。
今までで一番豪華な集合写真になりそうだ。そして歴代で一番ボロボロだ。と思いながら、アキラは笑顔を浮かべるレッド達に倣って可能な限り笑顔を浮かべるのだった。
―――――
「あの戦いから、もう数か月…いや半年だったっけ?」
一番最近まであった出来事を思い出しながら、カイリューの背に乗ったアキラは夕陽に照らされた空を飛んでいた。
写真を撮った後は、シルバーを敵意を向けるカイリューなどの面々から保護する名目で連れて、全員でポケモンリーグの会場へと戻ることになった。
途中でレッドが持っていたエリカから借りたポケギアにカスミからの連絡が入って、イエロー共々何とも微妙な空気が流れたり、ブルーが茶化したりしたものの何事も無く全員戻れた。
戻ったポケモンリーグ会場でカスミを始めとしたジムリーダー達と合流したが、会場となった建物は激戦の影響で半壊しており、ルギアとホウオウも倒された状態のまま放置されていた。
流石にそのままにする訳にもいかなかったのでスイクン達の立会いの下、ジムリーダー達と協力して治療を施したことで二匹は意識を取り戻した。
正気に戻っていたこともあって、二匹共やらかした自覚はあったのか、ホウオウが詫びとしてエンテイの炎に近い性質の炎で今回の戦いに挑んだ面々を包み込み、活力を与えたり傷を癒すとスイクン達と共にその場から去って行った。
そして気になるシルバーへの処分についてだが、彼は連行されたもののオーキド博士としては置かれていた状況や彼の功績を踏まえた上でそこまで罪を問うつもりは無いと語り、ブルーやゴールド達を安心させた。
ところがこの決定に、アキラの手持ち達――古参メンバーが不満を露わにした。
血の気の多い手持ちどころか温厚な面々さえも、ワタルとの繋がり故か完全な不問にするのは納得が出来なかった辺り、彼らのワタルへの敵対心の強さが窺えた。
その為、アキラはワタル関連の情報提供だけでなく、後日手持ち達の気が済むまでシルバーには彼らとポケモンバトルをするという代替案で一先ず落ち着かせた。
一見すると案外ぬるそうな代替案だが、当然そんなことは無かった。
何故なら戦いが終わる条件が、文字通りアキラの手持ち全員の気が済むかシルバーが彼の手持ち九匹を全て倒すまで続けると言うハードなものだったからだ。
しかもシルバーは、手持ちが全員倒されても回復装置を利用して回復させてはすぐに再戦しなければならないというもので回復の時しか休む時間は無かった。
その為、代替案を受け入れたシルバーと彼の手持ち達は、軽く地獄を見ることになった。
対するアキラの手持ち達だが、自分達側のみ勝ち抜き制であったことやアキラの指揮も無し、シルバーの手持ちが回復する待ち時間以外に休みや回復無しの連戦だったので、途中で気が済んで抜けた何匹かを除けば流石に連戦によるダメージの蓄積と鍛えられたシルバーの手持ちと彼の巧みな指示で戦闘不能になるのもいた。
だが、そんなシルバーでもカイリューとブーバーの二匹だけは如何にもならなかった。
二匹は伝説を倒した鬼の様な強さを容赦なく発揮し、それぞれ単独でシルバーの手持ちを何回も全滅させた。
最終的に二匹の気が済んだことで戦いは終わったが、最後までシルバーはダメージこそ与えることは出来ても、その二匹を倒すことは出来なかった。
戦いは昼近くから始まったが、ほぼ休み無しで深夜まで延々と戦い続けたことで、シルバーは疲れ切るだけでなく極限状態にまで追い込まれ、見守っていたブルーやクリスだけでなくゴールドさえも心配する程だった。
強いて良かった点は、幸い一日で終わったこと、格上を相手に延々と戦い続けたことで経験値を得られたと言ったところだ。
そう言った形でジョウト地方での戦いの幕が閉じた後の時間をアキラは過ごしていたが、彼としてはこの戦いに首を突っ込んだ理由である当初の目的は達成出来なかった。
今回の戦いは規模が巨大にはなったが、結局ポケモンリーグ会場は激戦の末に建物は形を残しているだけの壊滅的な被害を被り、参加予定のトレーナー達も避難をしているところを襲撃して来たヤナギを倒そうとして返り討ちに遭ったことも重なり中止となった。
だからこそ、次の戦い――それこそ知っている出来事に限らず、まだ知らない未知なる脅威に対抗出来る様に更なる力を手にするべきかと思ったが、そういう訳も行かなかった。
シルバーと戦う前、記念写真と同じ様に恒例と化した負傷による病院への入院が、今回は特に肉体が受けたダメージが大きかったこともあって長引いた。
しかもその時、見舞いに来た師のシジマに鍛錬の大幅なペースダウンと許しがあるまでは過激な野良バトル禁止令を出され、エリカや保護者であるヒラタ博士からも休養を勧められたからだ。
だけど過去一番と言える程に体に負担を掛け過ぎたことや無茶をし過ぎて本気で体がおかしくなりそうだった自覚もあったので、素直にアキラは受け入れた。
そういうこともあって今アキラは手持ち共々、程々のペースで鍛錬しながら戦いの傷や疲労を癒していたが、大幅に休養に舵を取りながらも色んな事をやっていた。
それはつい数時間前まで、依頼された警察へのポケモンバトルの指導だけでは無い。
成り行きでそうなってしまったのや一部の手持ち達としては
「ん?」
飛んでいる最中、微妙な変化を耳で捉えたアキラは振り返った。
振り返った先には夕陽に照らされながら、少しずつ明かりが増えてきた高層ビル群を交えた遠ざかっていくコガネシティが見えたが、上手く表現は出来ないが違和感を感じた。
気の所為かもしれないが耳を澄ませば、何となく普段とは異なる音――喧騒が聞こえる気がする。
嫌な予感を感じるが、自分よりも感覚が優れているカイリューならもっとハッキリしているだろう。
まだ大規模な野良バトル禁止令は解除されていないが、そうは言っていられない事後報告となる事態が何回かあった。
止めても聞かないだろうと思った時、真っ直ぐ飛んでいたカイリューの体は突然上昇を始める。
この後どうしようか、とちょっとだけアキラは考えたが、すぐに意識を切り替えた。
こういう戦いに身を投じていくことは自分達が望んだことであり、強くなった理由の一つだ。
そして、この世界で自分に出来る役割にして仲間や友人の為に出来ることだからだ。
「行くか、リュット」
空中で大きく弧を描く様に一回転させると、沈む夕日を背景にアキラとカイリューはコガネシティへと引き返すが、その表情は見据える様な鋭いものに変わっていた。
アキラ、無事にヤナギとの戦いだけでなくシルバーのワタル絡み案件も済ませるもしばらく過激な野良バトル禁止令を出される、が現代の彼らは禁止令を気にしつつも戦いの予感を嗅ぎ取る。
今話で第三章完結になります。
もう少し早く第三章を書けるかなと思っていましたが、様々な事情が重なってしまい書き上げるのに時間が掛かってしまいました。
話数も過去最大になるとしても、ここまでになるのは予想外でした。
第三章はアキラ含めて手持ち達も本格的な修行を経たことで、これまで瞬間的に発揮していた力を安定して引き出したり、秘めていた力や得た物を爆発的に発揮していくこと、そして今まで以上に彼らの方から積極的に激しい戦いに挑んでいくことを意識していました。
次の章、これまでのパターンで言うところの3.5章でようやく、第一話や初期の頃含めて度々描いていました現代の時間軸に合流します。
十年近く本作を書いてきましたが、やっと辿り着きました。
これだけ時間が経ちますと色々と変わったところはありますが、根本的な部分は全く変わっていません。
個人的には当時から考えていたことが、ようやく書けることにホッとしています。
たまに描写している以外にも彼が今何をやっているのか、何故そこにいるのかなどの詳しい理由が明らかになります。
そして第四章を期待されている読者の方には申し訳ございませんが、3.5章は長くなる可能性が高いです。
他にも長さに関係無く、3.5章については明確に時系列が追い付く前の前編、追い付いた後の後編みたいな感じで分けます。場合によっては前中後に分ける可能性もあります。
ストックも尽きましたので、申し訳ございませんが本作の定期更新はここで一旦終了になります。
次の投稿にどれだけ時間が掛かるのかはわかりませんが、次回の更新はそんなに遅くならないように努力します。
今回は第三章の終わりまでストックをしていましたが、次回はある程度の話数でキリが良い所まで書いたら更新をしたいと考えています。
本作の投稿含めて小説は趣味ではありますが、投稿をし始めた時に頭に浮かんでいたことがようやく描けるところまで来ましたので、まだまだ彼らの物語を描き続けたいです。
そして最後に、更新再開後も本作にたくさんの感想や評価を送って頂き、本当にありがとうございました。
感想以外にも評価時の一言が付いているメッセージや直接のメッセージも全て目を通しています。
本作を読んで下さっている方々から送って頂けましたそれらを見る度に、嬉しくて自分の為だけでなく、もっと頑張ろうという気持ちにもなれました。
改めて本作をここまで読んでいただいた読者の皆様、感想や評価を送ってくれた方々に心から感謝します。
本当にありがとうございます。
原作一覧やお気に入り一覧のトップでまた本作を見掛けましたら、「あ、また投稿しているな」感覚でも良いので、その時はまたよろしくお願いします。