SPECIALな冒険記   作:冴龍

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問題児達の進撃

 さっきまで押せ押せと言わんばかりの圧倒的な快進撃を続けていたエレブーだったが、”がまん”で溜め込んでいた力をリザードに大打撃を与える前に切らせてしまった。

 

 何気にあれだけ勢いがあった攻撃を綺麗に寸でのところで止めるのは凄いが、今はそれに感心している場合では無い。”がまん”が解かれると、エレブーはしばらく無敵とも言える力で暴れまくるが、一定時間が経過すると元の臆病な性格に戻ってしまう。

 時間切れによってエレブーの目は白目から元の目に戻っており、気まずそうな色を帯びている。

 そしてその気まずさは、互いのトレーナーにも波及していた。

 

 先程の騒ぎから一転しての突然の静寂にアキラにグリーン、彼らのポケモン達さえもその雰囲気に沈黙してしまう。

 空気に文字は無い。

 だけど何故か動いてはいけない。

 そんな気がしていたのだが、エレブーだけは空気を読まずに固まった姿勢のまま滑る様にリザードから離れようとした。

 

「”きりさく”」

 

 何も考えずにグリーンは淡々と命ずると、素早くも同じ様に淡々とした動きでリザードは鋭い爪で的確に相手の急所を切り裂く。

 既にゴーリキーの猛攻を受けてダメージを蓄積していたエレブーに、急所を狙われて耐えられる程の体力は無く、でんげきポケモンはそのまま力無く倒れた。

 

「ご苦労エレット。大健闘だったよ」

 

 倒れてから動かないのを確認したアキラは、労いの言葉を掛けながらエレブーをボールに戻す。一匹でも倒せれば御の字だと思っていたが、予想を覆して倒したのはまさかの二匹、それも相手はグリーンのポケモンだ。

 臆病な性格さえ矯正できれば、秘めている力を存分に発揮できる筈なのだから色々と惜しい。

 

 これで今アキラに残ったポケモンは三匹だ。

 総合力は手持ちの中でトップクラスだが、ロクに言うことを聞かないミニリュウ、同じく言うことを聞かない上に実力は未知数のブーバー、残った中で唯一こちらの指示を完全に受け入れてくれるけれど、他の二匹と比べると力不足のサンド。じめんタイプの”あなをほる”を覚えていたらサンドで行きたいところだが、残念なことに覚えていない。

 となると言うことは聞かないが、恐らくグリーンの最強ポケモンであるリザード相手に有利に戦えるミニリュウを選択するのが自然の流れだ。

 だけど、やり過ぎずに戦ってくれるかが不安であった。

 

 戦う気満々なのはさっきから自己主張しているのでわかるが、そのやる気が彼には逆に不安だ。

 リザードを戦闘不能に追い込んだとしても、倒すだけでは飽き足らず無用な追い打ちをしたり、トレーナー自身を狙うかもしれない。普通のポケモンならそこまではやらないが、ミニリュウならやりかねない。

 

「リュット、お前がリザード相手に負けるとは思っていないが、ちゃんと俺の言うことを聞いてくれるか?」

 

 ボール越しにひそひそ声で尋ねるが、ミニリュウは露骨に嫌そうな反応を見せる。

 初期の空気扱いの無視に比べるとこれでもかなり進歩した方だが、この様子ではまともに言うことは聞いてくれないだろう。

 この世界に来てから何度目かわからない陰鬱な気持ちになるが、もう慣れてしまったアキラは何時もの様にミニリュウに任せつつアドバイスを伝えようかと考えたが、直前にあることを閃いた。

 

「リュット、一つだけ。一つだけで良いから俺が今から言うことをボールから出たらやってくれないか?」

 

 アキラの頼みにミニリュウは面倒そうに顔を背けるが、それでも彼は話を続けた。

 

「その一つだけやってくれたら、後は何時もの様にお前の好きに戦っていいから、頼む」

 

 ミニリュウならリザードを確実に倒せる。

 不確定ながらも、アキラはそう算段を付けていた。

 出来る限り後続と戦う時までにミニリュウの消耗を減らしたいが故の頼みだったが、彼の言葉にミニリュウは目線だけを向けると、嫌そうながらも頭を振る仕草をした。

 これは最近よく見られる、こちらの考えや話を受け入れた時にする仕草だ。

 

「ありがとうリュット。それでボールから出たらやって欲しいことなんだけど――」

 

 グリーンを待たせてしまっているが構わない。

 アキラはやって欲しいことを伝えると、ミニリュウは適当だが了承の意を伝える。

 切り札には切り札、エースにはエースだ。

 

 そして彼は、自身の手持ち最強のポケモンであるミニリュウをボールから放った。

 飛び出したミニリュウは宙に浮いている間に、目の前にいるリザードを敵と認識するとアキラの頼みを実行するべく口元を光らせる。

 

 ミニリュウが飛び出したのを目にして、グリーンは自然と気を引き締めた。

 アキラにはニビジムでの戦いを「酷い」と評してはいたが、相性の悪い技で挑みながらもサイホーンを追い詰めた強さは嫌でも認めざるを得なかった。

 いわタイプだったから耐えられただけで、他のタイプのポケモンならあの狂ったような猛攻には耐え切れない。言うことを聞いてくれているようになっているかどうかはわからないものの、強くなっていることは確実と見ていた。

 

「用心しろリザード、奴は――」

 

 伝える前にグリーンは、直感的に勝敗が決してしまうような嫌な予感を感じ取った。

 そして、それはすぐに当たった。

 ミニリュウはボールから飛び出して間もないにも関わらず、いきなり口から雷状の光線を放ってきたのだ。

 

「避けろッ!!」

 

 咄嗟の反射的な指示だが、リザードも反射的に横に跳んで自分目掛けて飛んできた光線を躱す。放った攻撃が避けられたのを見届けたミニリュウは、着地するとすぐに不機嫌そうな目付きでリザードに飛び掛かる。

 

 追撃に振るわれた尾はリザードの横腹に叩き付けられるが、勢いが弱かったのか衝撃で体はくの字に曲がっても吹き飛ぶことは無かった。

 それどころか逃がすまいと爪が食い込むほどの力で、ミニリュウの尾を掴んでいた。

 

「”かえんほうしゃ”!」

 

 体内で圧縮した灼熱の炎をリザードは放つが、ミニリュウは上体を大きく後ろに仰け反って”かえんほうしゃ”を避ける。それだけに留まらず、這う様に素早く体を捻らせてリザードに巻き付くと締め上げ始めた。

 

「いいぞリュット、そのまま力尽きるまで抑え続けるんだ」

 

 本当は”でんじは”でリザードの動きを鈍らせてから攻撃をする作戦だったが、こうなったら後はミニリュウに任せていれば勝てる。

 尾による打撃や光線技が目立ってはいるが、ミニリュウは締め上げる力もとても強い。

 レッドと一緒にハナダジムで特訓をやっていた頃、不興を買って怒らせてしまった時に一度だけアキラはやられた経験がある。正直に言うと尾や光線技の直撃で受ける一撃の痛みよりも、この締め上げることによる継続的な痛みの方が彼にはきつかった。

 

 今目の前でリザードは必死に逃れようともがいているが、ミニリュウの力を考えると独力で強引に離れることは難しい。締め上げる力も離れていても軋む様な音が聞こえる程で、リザードはじわじわと追い詰められていた。

 

「リザード、噛み付いたり爪を立てたりと少しでも隙を作るんだ!」

 

 このままならほっといてもミニリュウはリザードを倒すが、グリーンは黙ってやられることは許せなかった。彼の指示にリザードも負けまいと爪と牙をミニリュウの体に食い込ませたり、尾の先端の炎を押し付けたりとして死に物狂いで抵抗する。

 リザードの執念はドラゴンポケモンの固い体皮を貫き、肉の焼ける痛みと重なる。

 ダメージとして見れば大したものでは無いが、痛みから見るとかなりの激痛にミニリュウは締め付ける力を緩めた。

 

「その距離から”かえんほうしゃ”を浴びせてやれ!」

 

 後一押しと判断して、リザードは噛み付いたままのゼロ距離でミニリュウに”かえんほうしゃ”を放つ。タイプ相性では、ドラゴンタイプのミニリュウにほのおタイプの技のダメージは薄いが、流石にここまでやられたらこれ以上締め付け続けるのは危険だ。

 火だるまに近い状態から、ミニリュウはすり抜けるようにリザードと炎から離れる。

 

「逃がすな!! ”きりさく”!!!」

 

 敵が背を見せると言うまたとないチャンスに、グリーンはすぐに追撃を命じた。

 素早くリザードは立ち上がり、さっきまで倒れていたとは思えない俊敏な動きでミニリュウの無防備な背中を切り裂く。小さいとはいえ、蓄積したダメージと合わせると致命的なダメージに成りかねなかったが、一瞬フラつくだけで持ち堪えた。

 

「もう一度”きりさく”だ」

「リュットまだ後ろにいるぞ!」

 

 耐えるミニリュウの姿にグリーンは悔しそうに舌を打ち、もう一度同じ指示を伝えるがアキラもまた状況を伝える。

 リザードはさっきの攻撃で決めるつもりだったのか、踏み込んだような姿勢のままだ。

 背中を切り裂かれてからミニリュウは歯を食い縛る様に堪えていたが、自身を攻撃した張本人がまだ後ろにいることを知った途端、顔は怒りと狂気に満ちたものに変わる。

 

 倒し切れなかったリザードは、不安定な姿勢を立て直すと改めて鋭い爪でミニリュウを狙う。

 しかし攻撃を仕掛ける前に、強い衝撃と閃光に似たものが視界に溢れるのだった。

 何が起きたのか考えようとするが、急に思考が定まらなくなる。

 平衡感覚も狂っているのか、体が宙を漂うなような感覚にリザードは戸惑う。

 頼みの視界も、閃光に溢れてから明瞭に見えない。

 全く訳が分からないままリザードは再び強い衝撃を感じた途端、不安定だった視界は真っ暗になった。

 

「ウソだろ……」

 

 リザードは何が起きたのかわからなかったが、離れた位置にいたトレーナー達はミニリュウの猛烈な攻撃を目の当たりにしていた。

 振り向くと同時に攻撃を仕掛けるのは、ミニリュウが得意としていたやり方だが、今回は何時もの尾では無く頭突きにも似たヘッドバットをリザードの頭に叩き込んだのだ。インパクトのある一撃でリザードが宙を舞っているところに、跳び上がったミニリュウは”こうそくいどう”で加速したことで威力が増した必殺の”たたきつける”を打ち付けた。

 

 土が舞い上がる程の勢いでリザードは地面に叩き付けられ、砂埃が晴れると白目を剥いた倒れている姿を晒す。

 こうも呆気なくやられてしまったことにグリーンは唖然とするが、リザードを倒したミニリュウは余程腹が立っているのか、もう戦えないにも関わらず死体蹴りを敢行しようとする。

 

「ちょっと待てッ!! それはいくらなんでもやめろ!」

 

 すかさずアキラは、ダイビングタックルでミニリュウを取り押さえて死体蹴りを阻止する。

 最初は押さえられるのに抵抗するが、苛立ったミニリュウは標的を彼に変える。

 突き上げるかの様に彼の顎に頭突きを見舞い、よろめいたところすかさず”たたきつける”を彼の腹部に叩き込む。「ギエプッ!」と彼はまた変な呻き声を上げるが、散々やられている経験が功を奏したのか、頭を地面に打ち付けない様に身を守ることはできた。

 

「もう勝負はついているんだから、それ以上やる必要は無いだろ」

 

 体をフラつかせながらアキラはミニリュウにそう伝えるが、ドラゴンポケモンは聞く耳を持たず、彼で憂さ晴らしをしようと飛び掛かる。

 試合そっちのけで揉めている彼らを余所に、グリーンはリザードをボールに戻すが、今にも砕いてしまいそうな力でボールを握り締める。

 さっきのエレブーの二タテは単なるまぐれだと思っていたが、本格的に追い詰められてきた。自分自身と手持ちの不甲斐無さに腹の中が煮えくり返るような怒りを感じるが、ボールの一つが突然揺れた。

 揺らしたのは、とある地方で修行時代を共に過ごし、ある意味彼にとってはリザード以上に相棒と呼べるポケモンだった。

 

「ストライク……」

 

 ボール越しではあるが、ストライクの目は決意の色だけでなく何かも訴えていた。

 意味を考えている内にグリーンの頭は冴えていき、徐々に落ち着いてきた。

 ポケモントレーナーとして何年も修行を積んだにも関わらず、素人同然の新人にこうも手持ちを打ち負かされるのはプライドが許さないが、まだ負けた訳では無い。

 目を閉じて気持ちを静めると同時に、彼は冷静にこの後にやる戦いの流れを組み立て始めると目を見開いた。

 

「ストライク、お前に託すぞ!」

 

 あれだけ体が焦げているなら、”やけど”による能力低下やダメージが見込める。

 グリーンはこのバトルの勝敗、流れを変えるのをストライクに託す。

 一方のアキラの方は如何にかミニリュウを宥めていたが、彼の呼び掛けからストライクが来るのを知る。詳しくは知らないが、原作ではストライクの進化形であるハッサムはリザードンよりもグリーンとは深い関わりがある描写が目立っていたのは覚えている。

 

「リュット、リザード並みに手強いのが来るから構えていた方が……」

 

 一応警戒することを促すが、彼が伝えるまでも無くミニリュウはアキラに八つ当たりすることを止めて既に構えていた。

 何時でも来いと言わんばかりの体勢であったが、開いたボールから飛び出したのは明確に姿が認識できない程のスピードで突っ込んでくる”何か”だった。ミニリュウも予想外のスピードに何も対応出来ず、気付いたら先程のリザードの様に体は宙に打ち上げられた。

 

「”こうそくいどう”で素早さを高めながら一気に攻めろ!!」

 

 高速で移動する何かは急なカーブを描き、宙を舞うミニリュウへと戻る。

 打撃的な攻撃で打ち上げると、また方向転換をして同様の攻撃を加えてくる。

 アキラは如何にかしたい一心で攻略する術を考えるが、方向を変えるために動きが緩められる瞬間でも敵の姿はハッキリ見えなかった。

 お手玉にされてるミニリュウは、”りゅうのいかり”を高速で移動する何か目掛けて放つが、狙った時点で既に対象はいない有り様だ。

 

「これはまずいな…」

 

 この一方的な状況を打開するには、直接攻撃を当てるより相手のリズムを崩した方が良さそうだとアキラは考える。しかし、良いアイデアが全く浮かばない。

 

「外れても周りに影響を与えるような――”はかいこうせん”を地面に放つとか?」

 

 独り言なので呟くくらいの小さな声ではあったが、彼の考えは猫の手を借りたいまでに追い詰められていたミニリュウの耳に届いていた。

 すぐさまやられっ放しのドラゴンポケモンは、体をしならせて跳ね上がると同時に先程まで自分がいた場所目掛けて”はかいこうせん”が放ち、眩い閃光と強烈な爆風に揺れを引き起こした。

 

 その衝撃の強さはアキラが望んだ通り、離れた位置にいる両トレーナーのバランスが崩れる程の強烈なものだった。

 ところが、衝撃が周囲に広がるにつれて予想外の問題も生じた。

 

 衝撃の影響で土埃が舞い上がり、視界が悪くなってしまったのだ。

 

 位置的にトレーナーである彼は土埃の影響をモロに受けていたが、ミニリュウは宙にいた為、土埃の影響下からは免れていた。土埃に変化が無いところを見ると、狙い通り衝撃で相手の足を止めることには成功したと見えるが、これでは反撃ができない。どこからか風が吹き始めたおかげで徐々に土埃は晴れ始めて、アキラはミニリュウがまだ宙にいることを確認する。

 ところが、同時にとんでもないものまで確認してしまった。

 

「上だリュット!!!」

 

 声を張り上げると同時に、ミニリュウは自身の周りが暗くなったのに気付く。

 ”はかいこうせん”を放った反動で体を思うように動かせないが、首と目を僅かに後ろに向ける。

 目に映ったのは太陽を背に羽を羽ばたかせながら宙を舞い、鎌のようなものを振り上げている見たことの無いポケモンだった。

 

「”きりさく”!!!」

 

 絶好の機会に、グリーンは太陽を背にしたストライクに”きりさく”を命じる。

 命じられたと同時に、かまきりポケモンは鎌を振り下ろしてミニリュウを切り裂く。

 

 痛みが切られる感覚より遅れてやって来る見事な一撃。

 加えてリザードの時と違って、急所に当てられたのか意識が遠くなる。

 切り裂かれた時の感覚から相手がストライクなのを悟るが、反撃しようにもまだ体が動けない。

 重力に従って無防備な体は落ちていくが、それでもミニリュウは諦める気は無かった。

 一方のストライクは、急所に当てたにも関わらず勝利を確信していないのか、両腕の鎌を交差させて再び接近する。

 

「終わりだ。”いあいぎり”!」

 

 交差させていた両腕を勢いよく引き、ストライクは強固なミニリュウの体皮を再び切り裂く。

 更に落ちていくミニリュウを踏み台にして飛び上がり、最後にドラゴンポケモンを地面に叩き付ける。

 

 もう動けまいとグリーンとストライクは警戒しながら確信したが、その考えはすぐに破られた。

 動けなくなっていてもおかしくない程の傷を負っているにも関わらず、ミニリュウはゆっくりと体を持ち上げたのだ。

 

 ただの強がりではない。

 まだ戦うつもりなのが、ストライクを見据える目が何よりも語っていた。

 痛みを全く感じていないのでは無いかと思えるタフさ、異常に見えるがかまきりポケモンは静かに鎌を構える。

 しかし、ミニリュウが再びストライクに挑んでくることは無かった。

 

 不意に投げられたボールに、ミニリュウは吸い込まれたのだ。

 ボールは投げた張本人であるアキラの手元に戻り、彼はミニリュウの入ったボールを腰に取り付け直した。グリーンは交代と見たが、アキラの方はこれ以上戦わせるつもりは無かった。

 強がりでは無く一矢報いるべく起き上がったのは、それなりに一緒に過ごしてきたからわかる。けど弱った状態で続けさせても、何も出来ずにやられる可能性の方が高かったので、彼はミニリュウをボールに戻したのだ。

 

「文句なら後でいくらでも聞くから落ち着いて」

 

 ボールに戻したことにミニリュウは不服なのか頻繁に揺らすが、何時もと比べると大分弱い。

 命が関わるかもしれない状況なら死力を尽くして戦うのは理解できるが、負けたら小遣いが減る程度のただのトレーナー戦でも同じ様に戦うのだから困る。

 もう少しミニリュウについてカスミと相談すれば良かったが、過ぎてしまったことは仕方無い。問題は山積みだが、今は目の前で繰り広げられているバトルが優先だ。

 

「さて、次はどうしようか」

 

 相手はリザードと遜色が無いどころか、それ以上の強さのストライクだ。

 しかも”こうそくいどう”を使って素早さを上げている為、とんでもなく速い。

 まともに対抗できそうなのは、残った二匹の中ではむしタイプに相性の良いほのおタイプであるブーバーしかいない。

 

 だけど、ブーバーは付いて行く意思はあるのに言う事を聞かないが、目立った問題(さっきの自転車乗っ取りは除く)は起こさないなど謎が多過ぎる。

 流石にバトルを仕掛けられると応じるが、それ以外には興味すら示さない。

 今回も素直に言うことを聞いてくれる可能性は低いが、下手に口出しするよりは好き勝手にやらせた方が好都合かもしれない。

 

「よしバーット、今日はお前の初の初陣だ。相手は姿が見えないくらいのスピードで動くだけでなく、両腕の鎌で攻撃してくる。気を抜かずに頼むぞ」

 

 定番になったボール越しからのアドバイスを伝えるが、ブーバーは既に対戦相手であるストライクに意識が向いていた。

 手にしているボールが若干熱いのを見ると、気が高ぶっているのかもしれない。

 

「行ってくれ」

 

 ボールが開かれると、中から燃え滾る炎が具現化した存在と言っても過言では無いブーバーが召喚されて静かに着地した。

 見たことが無いポケモンであったため、グリーンはポケモン図鑑を開いてブーバーのデータを取ると同時に詳細を調べた。今のストライクは”こうそくいどう”で素早さが高まった状態ではあるが、相手は相性の悪いほのおタイプ、しかも彼が連れているポケモンだ。

 スピードで翻弄することは出来るだろうが、それでも油断はできない。

 念には念を入れるべきと判断した。

 

「ストライク、”つるぎのまい”」

 

 グリーンからの指示に、ストライクは両腕の鎌を交差させる形で胸の上に乗せると回り始めた。

 ”つるぎのまい”は”こうそくいどう”と同じ、使用したポケモンの能力を大きく上げる代表的な変化技だ。ゲーム経由ではあるものの、技の効果と発揮された時の脅威はアキラも知っている。

 

「バーット、ボーっと立っていないで”かえんほうしゃ”!! 早く倒さないとまずい!」

 

 ところが危機的状況であるにも関わらず、ブーバーは構えはするが、技の指示は無視して静かに舞いを続けるストライクを睨む。

 やがて舞い終えたストライクは、体中から感じる血が滾る様な溢れんばかりの力を試したくてウズウズしていた。

 

「よし、今なら確実に行ける。”きりさく”だ!!!」

 

 待ち望んだ命令に、ストライクは”こうそくいどう”で限界値まで上がったスピードでブーバーに突っ込んだ。当然目で追えるスピードでは無いため、アキラには空気を払う様な鋭い音が耳に入るのが限界で、ストライクの姿は全く見えない。

 ”つるぎのまい”で攻撃力が上がっている状態での”きりさく”だ。当たればブーバーどころか、万全のミニリュウでも危うい。

 やられたと言う考えが頭を過ぎったが、現実は違っていた。

 なんと鎌が振るわれる寸前にブーバーの上半身が消えたのだ。

 

「なにっ!?」

「ホントかよ!?」

 

 ほんの一瞬だけ斬り飛ばされたと錯覚したが、ブーバーは上体を後ろに曲げることでギリギリでストライクの”きりさく”を避けていたのだ。更に体を曲げたブーバーはそのまま両手を地面に付け、両手両足に力を込めてると体を跳ね上がらせた。

 

「逃がすな!」

 

 驚きはしたが、無防備な宙にいる今こそチャンスだ。

 けれど躱された影響なのか、ストライクは中々自身が出した勢いを抑えられなかった。

 鎌を地面に突き立てて強引に減速と方向転換を行い、ブーバーがまだ宙にいることを確認したストライクは弾丸の如きスピードで襲い掛かった。

 

「振り向き際に”ほのおのパンチ”!!」

 

 勝てるかもしれない期待感が湧き上がり、アキラはブーバーに繰り出す技を指示する。

 攻速が極限までに高まっているあのグリーンのストライクの攻撃を躱しただけでも十分だと思っているので、この際ブーバーが言うことを聞こうが聞くまいが関係無かった。

 彼の指示に応えてくれたのか、ブーバーは両手に炎を纏わせると自身に一直線に迫るストライクの顔面に裏拳で打ち付けた。吹き飛びはしなかったが、顔面に直撃させたのは大きかったようで、ストライクの体は糸が切れた様に落ちる。

 

「チャンスだ! ”かえんほうしゃ”!!!」

 

 言われるまでも無く巡って来た好機に、ブーバーは空中で体を捻って体勢を安定させると止めの”かえんほうしゃ”を放つ。タイプ相性を考慮すれば、当てれば確実に戦闘不能に追い込める。

 ところがこの追い詰められた状況で、グリーンは思いもよらない指示をストライクに命じた。

 

「”つるぎのまい”で防ぐんだ!!」

「えっ!? ”つるぎのまい”で防御!?」

 

 ”つるぎのまい”は、ポケモンの能力を引き上げる変化技だ。

 それを本来とは異なる使い道、つまり防御に活かす芸当はアキラからすれば考えられない。と言うかイメージが全く湧かなかった。

 しかし、ストライクが次に取った行動は、彼の想像を超える物だった。

 

 空中で体勢を立て直したストライクは、迫る炎に向き合うと目にも止まらない速さで舞うように両腕を動かす。完全にとまではいかなかったが、まるで炎を切り裂くかの様にブーバーが放った”かえんほうしゃ”を跳ね除けたのだ。予想外過ぎる防ぎ方に彼は勿論、ブーバーも動揺する。

 こんなことがあり得るのか。

 

「”きりさく”!!!」

 

 目に映った光景が信じられなく、グリーンとストライクの動きに対しての対応が遅れた。

 空中で身を翻したストライクは、片腕の鎌を振り上げる。

 当然ブーバーも攻撃が来ることを察していたが、空中でバランスを立て直すのは困難だった。

 何とか体を向き合う形に持って行くも、それは逆に良くない行動であった。

 正面に転じた瞬間、左肩から右腰までを一直線に深く斬り付けられた。

 

「バーット!!!」

 

 渾身の一撃を受けたブーバーは、体から力が抜けた様に地面に落ち、そのまま再び立ち上がることは無かった。

 勝てるかもしれなかった勝負だっただけにアキラは悔しく感じるが、巧みに本来とは異なる方法で技を活かしたグリーンの完全な作戦勝ちなのを考えると負けても不思議では無い。

 続いてこのバトルを制したストライクが地面に降り立つが、肩で息をしているなど勝者とは思えないまでに消耗し切っていた。

 

「戻れストライク」

 

 これ以上継続して戦うのは無理だと判断を下し、グリーンはストライクをボールに戻す。

 残り手持ちの数的に考えると二対二ではあるが、実際は一対一の一騎打ち、次のバトルで勝負が決まる。

 気絶しているブーバーを戻して、アキラは唯一万全な状態であるサンドと向き合った。

 

「準備は良い?」

 

 サンドはボール越しに、腕に力瘤を付ける真似をしてアキラの問い掛けに力強く答えた。

 今思えば、グリーンがピジョットを自由に飛ばせていたことがこうしてバトルをする切っ掛けだった。残ったポケモンは十中八九ピジョットだろう。因縁と言う程ではないが、展開的に中々盛り上がりそうな対戦の組み合わせだとぼんやり考える。

 

「ピジョット、残ったのはお前だけだ」

 

 ストライクをボールに戻したグリーンは、最後に残ったピジョットをボールから召喚する。

 大きな翼を広げた力強い姿は、今のサンドが相手をするには荷が重過ぎる強敵だがアキラはリラックスしていた。

 負けたらお金は幾らか無くなるが、損はそれだけだ。

 普段接する中ではわからないことを、改めてこの戦いを通じて知ることが出来た。

 トレーナーとしてやっていく為の授業料と考えれば気にすることでは無い。

 それにピジョットが手強いのは確かだが、今のサンドがどれだけ格上や慣れない相手に戦えるのか試す良い機会でもある。

 

「サンット、出来る限りのことをやっていこう」

 

 投げられたボールから出てきたサンドは、ピジョットと向き合うと両腕を高く振り上げてやる気があるのを見せ付ける。

 最後の戦いの幕が、今上がった。




次回でグリーン戦は終わります。
意外とアキラが優勢ですが、現段階では八割方ポケモンの能力の高さが要因で、残りの二割の内一割は運で本人は一割しか勝敗に関わっていない認識です。
自らの技量が勝敗を左右するまでに磨くのも、今後しばらくアキラの目標です。

ゲームでの補助技とか使い道が無さそうな技でも使い方や応用次第では、本来以上の効果を発揮するのもポケスペの魅力の一つだと思います。

後どうでも良い事ですけど、昨日のアニポケでカロス四人組の中でセレナが別れ際にサトシにやった行動に理解が追い付かなくてしばらく唖然としてしていました。
ラティアス便とか曖昧な描き方とか、スタッフは遊び過ぎと言うか本気出し過ぎ。


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