SPECIALな冒険記   作:冴龍

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第一の転機

 時は遡ること、アキラがコガネシティへ講師として招かれることになる四年前。

 月の光が僅かに差し込んだ暗い夜の森の中を幾分かあどけなさを残した当時のアキラは、懸命な表情で必死に走っていた。

 

 既に彼の足は、限界を超えた疲労と負担によって悲鳴を上げている。しかし、そんな状態であっても、彼は無理やりでも足を動かし続けていた。

 何故そこまで必死なのかと言うと理由は単純だ。

 

 

 足を止めれば殺されるかもしれないからだ。

 

 

「くそ! まだ追って来るのかよ!」

 

 聞こえてくる草木が掻き分けられる音から、アキラはまだ追い掛けられていることを悟る。

 既に胸が痛く息することも辛く、苦しみのあまり彼は足を止めたかった。

 だけど今足を止めれば、極限にまで疲労した状態で()()()()()を生身で相手することになるため、止まることは許されない。

 

「誰かァァァーー!! 助けてえェェーー!!!」

 

 心の底から本気でそう願いながら、彼はあらん限りの声で叫び、助けを求めた。

 全身全霊を込めて叫んだ声は森中に木霊するが、それでも誰かが彼を助けにくる気配は全くしなかった。

 

 

 

 

 

 始まりは本当に唐突であった。

 

 夜の森の中を走ることになる前のアキラは、懐中電灯を片手に自らが通っている小学校の夜の姿を小学四年生と言う立場と肝試しと言う名目を利用して満喫していた――筈だった。

 折り返し地点としている屋上に辿り着いてから、得体の知れない感覚を感じるその時までは。

 

 今まで経験したことが無い空気を肌が感じ取った時、彼は今自分がいる学校の屋上全体がどこからともなく広がりつつある毒々しい紫色をした濃霧に覆われ始めたことに気付いた。

 当然、そんな不可解な現象を目にした彼は、一刻も早くここから離れるべきだと判断した。

 しかし、逃げようとした方向から突然人影らしきものが行く手を遮る様に現れた所為で、彼の逃げ道を塞がれてしまった。

 

 突如として現れた謎の人影は、顔をフードで隠しているだけでなく格好も含めてまるで何かの宗教団体みたいな怪しさ満点の印象だったので、とにかくアキラは逃げたかった。

 

 そしていざ逃げるべく止めていた足に力を入れた瞬間、立ち塞がっていた人影は突如、まるで粘土が崩れる様に前屈みに倒れた。

 一体何があったのかと思わずアキラは足を止めてしまったが、それは悪手だった。

 

 不意を突く形で濃霧の中で何か光ったかと思った瞬間、彼は突如として激しい痛みに襲われたのだ。

 

 経験したことが無い強烈な痛みが全身を駆け巡り、瞬く間にアキラの意識は不安定に陥り、彼は体中から焦げた様な煙を漂わせながら崩れる様にうつ伏せに倒れてしまう。

 

 体に力が入らず意識は朦朧、視界も意識も定まらないという最悪の状態ではあったが、おぼろげながらも彼は近付いて来る足音を耳にする。

 

 こんなことになるならもっと早く行動を起こせば良かった。

 

 そう後悔しながら、悪足掻きに足音の正体だけでも知りたかったが、それが何なのかわからないまま、彼の意識は完全に闇の中へと引き込まれた。

 

 

 

 

 

 そして次にアキラが意識を取り戻した時、彼は草の上で仰向けに倒れていた。

 自分が倒れていた場所。そこは廃工場の中でも謎のアジトでも無く、夜空が良く見える森の中の拓けた場所だった。

 

 意識が戻ると同時に今自分がいる場所の周辺を確認したアキラは、不思議に思いながらもどこかで誰かが見ているのではないかと考えて入念に周囲の確認も行ったが、何も変化は無かった。

 強いて変わっている点を挙げると、倒れていた周辺に奇妙に思えるだけの量の石ころが散らばっているだけだった。

 

 何故自分がこんな森の中に置き去りにされているのか。

 

 それだけが理解出来なくて彼は気にはなったが、あれだけ痛い思いをしたにも関わらず、運は良かったのか体は健康そのもの。着ている服にも目立った傷が無い夏らしい半袖半ズボンの格好のままでもあった。

 考えれば考える程、気になる事や疑問の山が浮かび上がって来たが、幾ら考えても答えは導き出せなかった。取り敢えずこの森から抜け出すことから始めることをアキラは決めたが、ここに来て体に違和感があることに気付いた。

 

 妙なくらい体が重いのだ。

 

 まるで全身に重りを付けた様な感覚に戸惑いながら立ち上がった時、急に近くの茂みが騒がしい音を立てて揺れた。

 それを耳にした直後、アキラは反射的に意識を失う前と同様に飛び退いて茂みから距離を置く。

 何があっても対応出来る様にしたつもりであったが、その茂みから出てきた存在に彼は目を疑った。

 

 現れたのは水色と白の長い胴体を持ち、顔に白いボールの様なのを付けた生き物だったのだ。

 その姿はまるで小さな龍、それも彼が良く友達と一緒に遊んでいるポケットモンスターと呼ばれるゲームに出てくるミニリュウに酷似――否、ミニリュウとしか言いようがない生き物だった。

 

 初見で普通はいるはずがない生き物だと判断するのはおかしいことではあったが、それ以外にアキラの中で思い当たる存在はいなかった。それだけ目の前に現れた生き物が、ゲームで見たことのあるミニリュウそのものと言って良い程そっくりな印象を受けたからだ。

 

 最初は何かの見間違いか着ぐるみかと思ったが、一体何がどうなっているのかわからない彼は、ただ呆然とミニリュウらしき生き物を眺めるしかなかった。

 そんな時、偶然にもアキラとミニリュウの視線が合った直後だった。

 

 何か気に障ったのか、突然ミニリュウが目を鋭く細めてアキラに襲い掛かってきたのだ。

 そして一体何がどうなっているのかわからないまま、意図せず命懸けの鬼ごっこが始まりを告げ、今に至っている。

 

「あぁ~~もう! 誰でもいいから助けてぇ―!!」

 

 全身全霊を込めて助けを求める声を上げたにも関わらず、誰も助けに来なさそうな静けさに、アキラは本気で泣きたくなった。

 

 何故自分はこの森に置き去りにされたのか。

 何故命懸けで逃げなければならなくなってしまったのか。

 

 謎だらけではあったが、今は理由を考えることすら惜しい。

 サッカーをやっていたおかげで体力はそこそこ養われているが、疲れている影響もあるのか体が妙に重く感じられる。このままではミニリュウに手を下される前に、力尽きてしまうのは時間の問題だ。

 

 そう考えた直後、石にでもつまずいたのか彼は勢いよく転んでしまう。

 幸い転んだのが草の上だった為、半袖半ズボンの格好でも大した傷は負わなかったが、酷使した影響なのか足には力が入らず棒の様に感覚を失っていた。

 すぐさまアキラは腕の力だけで這ってでも逃げようとするが、月を背に跳び上がったミニリュウが自らの尾を振り下ろしてきた。

 繰り出された攻撃を、アキラは必死になって避けると死に物狂いで体を這わせる。

 

 このままではあのミニリュウの様な生き物に殺される。

 

 ところが、這ってでも逃げようとした直後、さっきの出来事でも経験したことのない痺れる様なとてつもない痛みと刺激が、突如彼の体を貫いた。

 

「あがっ!」

 

 強烈な痛みに彼は苦痛の声を上げる。

 幸か不幸か、さっきの出来事で慣れたのや命の危険に比べれば耐えられる痛みではあった。

 激痛を堪えて急いで逃げようとするが、すぐに彼は体の異変に気付いた。

 

 腕が足の様に硬直してしまって、動かそうにも全く動かせなかったのだ。

 

 体に起こった予想外の異変にアキラの動きは止まってしまうが、その気を取られた一瞬が命取りとなった。

 

「あぐっ!!」

 

 次の瞬間、背骨が折れたのでは無いかと思う程の痛みと強烈な衝撃にアキラは襲われる。

 さっきとは比にならない程の激痛に、彼は目を見開いて呻き声を漏らす。

 痛みの許容範囲を超えて意識も飛び掛けたが、それでも彼は朦朧とした状態で倒れ伏せても意識を失わなかった。

 

 「死」――

 

 遠い世界の筈だった概念が、今ハッキリと彼に迫っていた。

 ここで全て終わってしまうのか――そんな諦めにも似た考えが頭の中に浮かんだ直後、アキラは自分の体にある変化が起こっていることに気付いた。

 

 腕は動かすことはできないが、代わりに腕と同じく酷使し続けた影響で動かすことが出来ない筈の足が軽く感じられるのだ。

 顔を動かさずに目線を出来る限り横に向けると、月明かりに照らされたミニリュウの影が見える。

 それを見た彼は、年相応の笑みを浮かべる。

 

 そして倒れたアキラの横では、ミニリュウがさっきと変わらない鋭い目付きで彼を睨んでいた。

 追い打ちを掛けようかと考えていたが、全く動く様子が無いので興味が失せたのか背を向けてその場から去ろうとする。

 その直後、影の動きからミニリュウの気が逸れたと判断したアキラは、痛みを堪えながら器用に腕を使わずに素早く立ち上がると駆け出した。

 

 逃げ出したことに気付いたドラゴンは、再び体を跳ね上がるとさっきの様に尾を勢いよく振る。

 だが咄嗟にアキラが強引に後ろへ跳んで躱したことで、ミニリュウの体は空回りしてバランスを崩す。それを見た彼は、今度こそ逃げるチャンスだと察する。

 ところが逃げ出そうとした直後、足が何かを踏ん付けてしまったことで尻餅を付く形で彼はバランスを崩してしまった。

 

「いってぇ~、今度はなに?」

 

 強打した尻を押さえながら、アキラは足元に目を向ける。

 視線の先には、確かに彼が踏んだと思われる丸い石の様な物が転がっていたが、ただの丸い石ではなかった。ポケモンをやる者なら、誰もが知っている上下が赤と白で分かれた丸いもの――

 

 

 モンスターボールだ。

 

 

 ポケモンを連れて歩くのに必須であるアイテムを目にした瞬間、アキラはすぐにこのボールを使うことを決めた。見た感じでは多少傷が付いているのとちゃんと動くのかは定かでは無いが、これ以外に今この戦いを終わらせる方法は無い。

 

 手に取るべく腕を伸ばそうとするが、痺れによる硬直や痙攣でまともに動かせなかった。

 そうやってモタモタしている間にミニリュウが体勢を立て直したのを見て、最早一刻の猶予も無いと判断した彼は賭けに出た。

 

 動ける足でボールを挟み込み、それを尾を振り下ろしてくるミニリュウに向けたのだ。

 ”ポケモン”に殺されるなんて数時間前までは夢にも思わなかったが、これでダメなら訳のわからないまま全てが終わりだと、アキラは覚悟を決めていた。

 

 その瞬間、跳び上がったドラゴンが尾を振り下ろすまでの一連の流れが、彼の目には物凄く緩やかな動きに見えた。

 あまりにも緩やか過ぎて、時の流れが止まってしまったのでは無いかと錯覚してしまうほどだったが、恐怖のあまり彼は最後まで見届けようとせず目を逸らす。

 

 そして目も眩む強い光が周囲に広がる。

 光が収まってもアキラは目を逸らしていたが、どれだけ時間が経っても恐れていた衝撃は襲ってこなかった。恐る恐る目を開け、足に挟んでいたボールをゆっくり慎重に彼は草の上に置くと、その中身を確認する。

 

「やっ…やった」

 

 置いたモンスターボールの中には、あのミニリュウがしっかりと収まっていたのだ。

 ようやく、身の危険が去った事実にアキラは安堵する。

 本当は挟み込んだ状態で投げようと考えていたが、そんな器用な真似は無理だった。

 

 とにかくミニリュウの尾が運良くモンスターボールの開閉に関わるスイッチに当たったおかげで、ボールが相手をポケモンと認識して収めてくれた。

 

 もう自分に危害を加えるものはいない。

 

 モンスターボールの中では「ここから出せ」と言わんばかりにミニリュウが暴れていたが、安心した彼は極限状態の体と気持ちを落ち着けるべく、大きく息を吸ってゆっくり吐く。

 ところが、彼は次第に自らの体の違和感を感じ始めてた。

 

「頭が痛ぃ…」

 

 単なる頭痛にしては奇妙な感覚だが、それだけではない。

 とてつもない気怠さに吐気、さっきから感じる体の妙な重みにアキラは苦しめられる。

 しばらく体を休めると、体の重みを除いた一通りの症状は収まってはくれた。

 もう少し休んでいたかったが、そんな状態でも彼はフラつきながらも、未だに揺らされるミニリュウが入ったモンスターボールを手に立ち上がる。

 

 一刻も早く、こんな訳の分からない危ない森を出なければならない。

 

 その一心で傷付いた体を引き摺り、アキラは闇に包まれた森の中でも月明かりに照らされている比較的明るいところを辿って歩き始めた。

 しかし、ミニリュウと激闘を繰り広げた疲労とダメージは思いの外大きかった。

 歩き始めて十分も経たない内に体力と気力の限界を迎えてしまい、彼は木に寄り掛かる形で座り込み、無防備なまま体育座りで寝始めてしまった。

 これがタチの悪い夢だという一抹の期待を抱きながら。

 

 

 

 

 

 次にアキラが気付いた時、自分がいる場所はさっきまでいた森の中とは違っていた。

 

 何も見えない真っ暗な視界。

 そこは違うところにいる自覚があるにも関わらず、意識はハッキリせず、体を動かす感覚もしない奇妙なところだった。

 不思議に思っていた時、彼の身に異変が起こる。

 

 謎の濃霧と暗躍する影、突然襲われた衝撃、殺意満々のミニリュウからの逃亡劇。

 ついさっきまでに経験した嫌な出来事ばかりが、走馬灯の様に突如彼の頭の中に浮かび上がっては消えることを繰り返し始めたのだ。

 

 思い出すことも嫌な苦しい場面から逃れたくて、彼は必死に何も感じられない手足をもがく様に動かす。だが、それでも頭の中に浮かぶ悪夢の様なイメージは消えてくれなかった。

 気が狂いそうだったが、自分以外の声が頭の中に響き始めたことに彼は気付く。

 

 最初は何を言っているのかわからなかったが、徐々に暗闇に光が差し込む様に目の前が明るくなり始めた。それに伴って意識も光が広がるにつれて自然と安定していき、アキラは重く閉じていた目をゆっくりと開けていく。

 

「お! 気が付いたか!」

「――?」

 

 薄らと光に満たされた視界に真っ先に映ったのは、赤い帽子に赤いジャケットを着たほぼ同い年と思われる少年が体を屈ませている姿だった。

 体育座りで寝ていた筈が、何時の間にか倒れる形で横になっていたらしい。

 

 アキラは状況を理解しようと試みるが、体中が汗だくな上に頭がぼんやりとして働かない。その所為で彼は若干混乱するが、気を失っている間に夜が明けたことや倒れているところを偶然彼が見掛けて駆け寄ってきたということだけは理解出来た。

 

 そのまま彼は、さっきから少年の隣にいる不思議な存在が気になって首を横に動かす。

 少年の隣には、背中に大きな種を背負った様な生き物と大きな渦のような模様が描かれた胴に手や足の生えた奇妙な生き物――その見覚えのある姿からポケモンだとわかるのが立っていた。

 心の底で一連の出来事が夢であることを願っていたが、結局夢ではなく現実なのを思い知り、アキラは落胆する。

 

 だけど、望む望まない関係無く落ち込むのは後回しにすることにした。

 取り敢えず現状を脱するには、目の前にいる彼の助けが必要だ。

 ここが――まだ信じ切れていないがポケモンがいる森、極端に言えば世界であることを念頭に入れて、アキラは少年が何者なのかをぼんやりと考え始めた。

 

 帽子を被っていることから、一瞬だけ脳裏に良くテレビで見ていた十歳の少年に似ている気がしたが、同一人物ということは無いだろう

 更に情報を集めるべく、アキラは少年が連れている二匹のポケモンに目を向ける。

 彼の隣に立っているポケモン達は、外見的特徴から見て、それぞれフシギダネとニョロゾと言う名前のポケモンに近い印象を彼は受けた。

 

「こんなところで倒れていて大丈夫か? 何かあったのか?」

「えっ? ぁ…いやその……ちょっと色々あって、足が」

「動けないのか?」

「…そうみたい」

 

 思案しているところを突然話し掛けられて、倒れたままのアキラは少し戸惑いながらもぎこちなく頷いた。

 昨日の酷使がまだ響いているのか、足はまだ動かし辛いのは事実ではある。

 彼の返答を聞いた少年は、自分の右手を倒れているアキラに伸ばした。

 

「ほら掴まれよ」

「――ありがとう」

 

 促されるままにアキラは伸ばされた右手を握ると、少年は彼を引き上げる。

 多少の足の痺れを感じるが、彼の助力のおかげで何とか立ち上がることができた。

 しかし、足に力が入っているとは言い難くてフラついてしまうため、アキラは寄り掛かって寝ていた木に手を置くことで辛うじて立つ。

 

「本当に大丈夫か? フラフラじゃないか」

「何とか……大丈夫」

 

 口ではそう繕うが、実際はあまり大丈夫では無かった。

 足に力が入らない以外に、やっぱり体が妙に重く感じられるのだ。

 原因は全くわからないが、これ以上彼に迷惑を掛けるべきでは無い。

 そう考えて表向きは強がって見せると、少年は腑に落ちない顔をしたもののすぐに納得した。

 

「――ところでこれはお前のモンスターボールか?」

「ボール?」

 

 何時の間にか少年が手にしていたボールを見せると、中にはアキラが初めてモンスターボールに収めて手にしたミニリュウが入っていた。

 危うく殺され掛けたこともあって、ミニリュウが入ったボールをどうしようか考えてしまったが、すぐに答えは出た。

 

「それは確かに俺のだ。拾ってくれてありがとう」

 

 ミニリュウの”おや”――即ちトレーナーが自分であると答え、アキラは少年からボールを受け取った。

 一夜明けたのだから少しは落ち着いているかと思ったが、ボール越しからでもわかるくらい、未だにミニリュウは彼に対して腹を立てている様だった。

 とてもではないが、大人しくこちらの言うことを聞いてくれる雰囲気とは言えないだろう。

 だけど、どんな奴であれ今後頼りになる可能性もある。

 何より、彼にとって最初に手にしたポケモンであることに変わりないからだ。

 

「中に入っているのは、なんてポケモンだ?」

「中に入っているのはミニリュウ。ドラゴンタイプのポケモン…だったはず」

「ドラゴンタイプ? 珍しいポケモンを持ってんだな」

 

 少年はボールの中に入っている見たことのないポケモンが、希少なドラゴンタイプと知ると目を輝かせ始めた。しばらくミニリュウが入っているボールを眺めていたら、唐突に彼は上着のポケットから赤い掌サイズの四角い板のようなものを取り出した。

 

 見たことない形状ではあったが、それはどことなく”ポケモン図鑑”に良く似ている印象をアキラは受けた。

 少年はミニリュウのデータについて調べているのか、図鑑らしきものを開いた彼は何やらボタンを打ち込み始める。

 

「へぇ~、本当にドラゴンタイプなんだこのミニリュウは」

「何々? 見せてくれないかな?」

 

 少年が納得の声を上げるのを見て、アキラは彼に図鑑内容を見せて貰うのを頼むと、流れる様に図鑑の画面を少年は見せてくれた。

 だが図鑑に表示されたミニリュウに関するデータは、アキラが期待していたのとは大きく異なっていた。具体的には脱皮して成長するや澄んだ湖に生息しているなど、意外性の無い平凡な印象を受ける内容であった。

 

「あの…この機械は?」

「これはポケモン図鑑って言って、出会ったポケモンのデータを記録する機械だ」

「凄そうな機械だけど、ミニリュウに関する内容が少し…平凡じゃないかな?」

「う~ん…言われてみればそうかもしれないけど、何時もこんな感じだしな」

 

 アキラに指摘されて、少年自身もたった今図鑑に記録されたミニリュウに関する内容が平凡だと感じる。そんな色々な考えは浮かんだものの、使い始めてまだ間もないこともあり、彼はあまり気にしなかった。

 それよりも大切なことを思い出したからだ。

 

「そういえば忘れていたけど、お前の名前は? 俺はレッドだ」

「え? 名前?」

 

 少年は自身の名を告げると、更にアキラの名前を尋ねてきた。

 急に自分の名前を聞かれた彼は戸惑うが、頭を働かせて少し考える。

 確かに自分と彼は、互いに名前を知らない。

 この森を抜ける間だけ協力するとしても、意思疎通を円滑にする為には互いの名前を知っていた方が良いだろう。

 

「俺は――あっ……アキラ」

「アキラか、なんでこの森で倒れていたの?」

「その…ポケモンを追い掛けていた気がするんだけど、よく憶えていない」

「なんだそれ」

 

 取り敢えずアキラも彼に自分の名前を教えるが、森にいた理由は紛らわす様に曖昧に答える。

 小学校の屋上から謎の存在に連れ去られて、気が付いたらこの森に放置されていた。

 そんな荒唐無稽な事を話しても、あまり信じられないだろう。

 しかもそれが、ポケモンがいない世界から来たのなら尚更だ。

 

「レッドも何でここにいるの? この森、今は色々と危ない気がするんだけど」

 

 話の流れを変える意味で、アキラもレッドに同じ様な事を聞く。

 その途端、彼の表情は誇らしそうなものに変わった。

 何がそんなに嬉しいのかと疑問に思ったが、彼は手に持った図鑑を見せ付けるように目の前に突き出すと、胸を張って答えた。

 

「俺はこの図鑑にお前のミニリュウの様に世界中に存在する全てのポケモンのデータを記録して、この図鑑を完成させて究極のトレーナーになるためにこのトキワの森に来たんだ」

 

 レッドの答えを聞いた直後、アキラは驚いたかの様に真顔になった。

 唖然とする彼の様子を見て、レッドは何か変なことを言ってしまったのかと思ってしまいお互い暫く黙り込んでしまう。

 しかし、別にレッドがトンチンカンなことを答えたから彼は固まっているのでは無かった。

 

 アキラは今のレッドの答えた内容、少し変わっているが知っていたからだ。

 

 誇らしげに片手に持ったポケモン図鑑を語るレッドと名乗る少年、そして彼が一緒に連れている二匹のポケモン。

 まだ半信半疑ではあったが、こんなことになる数時間前まで自宅で楽しく読んでいたある作品の名がアキラの頭の中に浮かび上がっていた。

 

 

 その作品の名は、ポケットモンスターSPECIAL




アキラ、最初の手持ちとレッドとの初めての出会い。
ここからアキラは、レッドとは色々と長い付き合いになる予定です。

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