SPECIALな冒険記   作:冴龍

25 / 147
最強の存在

 それは突然だった。

 

 異常事態を知らせるベルが忙しなく鳴り響き、白衣を着た研究者のみならず、その場にいた誰もがこの事態を収拾しようと施設内を駆け回っていた。

 

 何人かがこの異常事態をもたらした元凶を抑えようと必死に装置を操作していたが、操作盤が爆発してしまったのを機にガラス容器内を満たしていた溶液が激しく泡立ち始める。他にもあらゆる方法を試したが、手を尽くした甲斐は無くガラス容器は砕けて、流れ出した溶液と共に中にいた存在が解放される。

 火花と煙が充満する中、不気味な紫色の存在は、狼狽える人間達に冷酷な眼差しを向ける。

 

「いかん! 外に出すな!」

 

 誰かが叫んだ瞬間、目の前は眩い光に包まれた。

 

 

 

 

 

「閣下~、タマムシシティが見えてきたっすよ」

「よし。さっさとポケセン見つけて俺のギガルダーを外して貰うか」

 

 サイクリンロードを抜け、アキラを乗せたムッシュタカブリッジ連合名乗る暴走族はタマムシシティへ一直線に向かっていた。暴走族のリーダーの手持ちであるシェルダーを取り込む形でアキラのヤドンが進化してしまった後、彼らは一時休戦をしてヤドンとシェルダーの分離を試みた。しかし、どれだけ尽くしてもヤドンの尻尾に噛み付くシェルダーは頑なに離れようとはしなかった。

 

 当然アキラは、罵声を浴びせられるだけに留まらず危うくリンチされ掛けたが、苦し紛れに元に戻す手段があるのを教えたことで何とか免れた。

 ちなみにこの時ゲンガーは、空気を読まずにあれこれとヤドランにちょっかいを出していたが、進化したことで鈍さに磨きが掛かったのか、とうとう仕返しをするどころか何をされたということにすら気付かなくなっていた。

 

 本来なら、ポケモンは一度進化したら退化することは無い。

 だが、ヤドランは非常に珍しい退化の可能性を秘めたポケモンだ。

 ヤドランの説明全てを知っている訳では無いが、ヤドランは噛み付いたシェルダーを外すことでヤドンに戻ってしまう。つまり同時に姿が変わったシェルダーも元に戻るかもしれないのだ。

 

 問題は、その考えはゲームなどの解説にあるだけで本当に退化するのかはわからないことだ。そもそも噛み付いているシェルダーが外れて、両者が元に戻る描写などアキラは見たことが無い。

 なのでポケモンセンターに連れて行けば如何にかしてくれるのでは無いかと淡い期待を抱いて、アキラと暴走族達はタマムシシティのポケモンセンターを目指していた。

 

 タマムシシティの高層ビル群が見えてくるにつれて、アキラの胸中は期待より不安の方が強まってきた。もしヤドランの尻尾に噛み付いたシェルダーを外すことが出来なかったら、ヤドランはどうするのだろうか。

 

 モンスターボールはアキラのポケモンとして認識しているので、名前的にも所有権は彼に有りそうだが、他人のトレーナーのポケモンを奪った様なものなので罪悪感が凄まじかった。悪い考えや未来ばかりが浮かび上がり始めた時、少し離れた場所にあった建物の一つが突如爆発した。

 

「なんだ?」

「あそこゲームセンターがあるところじゃねぇか」

「えっ!? マジかよ!」

 

 突然の出来事にムッシュタカブリッジ連合のメンバーは次々とバイクを止め、爆発で吹き飛んだ建物を知っている面々は騒めき始める。

 そして何名かが様子を窺いに集団から離れ始めたのを機に、興味を抱いたのか結局彼らは全員爆発現場へとバイクを走らせる。けれど唯一アキラは、自分が元いた世界の感覚からテロが起きたかもしれない現場に行くべきでは無いと考えていたので、リーダーであるタカに行かない方が良いのを進言する。

 

「あの…下手に近寄らない方が……」

「何言ってるんだ。俺達は泣く子も黙る”ムッシュタカブリッジ連合”だぞ。相手がロケット団だろうと伝説のポケモンだろうと――」

 

 だが、リーダーであるタカの言葉は続かなかった。

 先行して瓦礫の山と化した建物に近付いた一部のメンバーが、突然吹き飛ばされたのだ。

 まさかの事態に、全員急ブレーキを掛けて止まる。

 さっきまで上がっていた煙は、その時の衝撃によって既に消えており、瓦礫の中心には見たことが無い生き物が立っていた。

 

「なんだ…ありゃ?」

「ポケモンなのか?」

「あんなポケモン見たことねえぞ」

 

 ポケモンにしては異質な姿と雰囲気を纏った未知の存在に、態度の大きい暴走族達も動揺を隠し切れなかった。しかし、アキラだけは目にした瞬間、我が目を疑った。

 まさか自分が遭遇するとは、これっぽっちも思っていなかった。

 何かの間違いだと思いたかったが、目に映る光景はそんな思い込みを否定する。

 もし目の前にいる存在を含めて全てが本当なら、今自分はこの世で最も危険な場所にいる。

 

 戦う為だけに生み出された最強のポケモン。

 

 いでんしポケモンミュウツー

 

 ミュウツーが手をかざすと、何の前触れも無くかざした先にいた暴走族の半数と一直線上にあったものは全て吹き飛んだ。

 これには流石に判断に困っていたムッシュタカブリッジ連合の面々も、目の前にいる未知のポケモンが自分達の脅威であると認識して、無事だったメンバーで戦いを挑んだ。

 

 だけどアキラは加わろうとはしなかった。

 すぐに挑んだ彼らは思い知らされるだろうが、とてもではないが敵う相手ではない。

 そして彼の予想通り、ミュウツーは”サイコキネシス”と思われる強烈な衝撃波を放つだけで、彼らのポケモンを圧倒する。ダメージを与えるどころか、触れることも近付くことさえ出来ない。

 

「っ! おめぇら! フリーザーだ!」

「へい! 閣下!」

 

 切り札を出す場面と判断したタカは、幹部三人のメタモンを合体させてフリーザーを再現する。

 紛い物のれいとうポケモンは、持てる力全てを込めて”ふぶき”を放つ。まともに受ければ大ダメージのみならず氷漬けになる可能性のある必殺の一撃だったが、ミュウツーはサイコパワーで”ふぶき”の軌道を変えて受け流すだけに留まらず、そのまま放った張本人に”ふぶき”を返した。

 自らが放った攻撃を受けたフリーザーは、耐え切れなかったのか元の三匹のメタモンに戻る。

 

「な…なんだこいつは……」

 

 ようやく暴走族達は、目の前に立つ存在が自分達の常識と理解を遥かに超えた相手であることを認識する。

 消耗していたとはいえ、僅か一分足らずで彼らのポケモン達を全滅させられたのだ。如何に異常なのかが、彼らでもよくわかった。目の前で起きている出来事全てが、何かの間違いだとアキラは思いたかったがもう誤魔化しようが無いまでにハッキリした。

 

 あのミュウツーの姿をしているのは、さっき戦ったフリーザーの様にメタモンが姿を真似たポケモンでは無い。

 冷たい空気に息を止めてしまう様な風格、そして想像を絶する力。

 正真正銘本物のミュウツーだ。

 

「逃げましょう! 勝てる相手じゃありません!」

 

 数で押すのはまず無理だ。

 あんな化け物に対抗するには、同じ伝説しかいない。

 原作での活躍ぶりやゲームを通じて、アキラはその強さを知っていたつもりではあったが、たった今目の前で見せられた光景だけでも異常としか言い様の無い強さだ。

 

 ゲームでは苦手なタイプさえも軽くねじ伏せる圧倒的な能力に豊富な技のバリエーションを有しており、破格の強さを誇っていた。しかも今のカントー地方には、あくタイプやはがねタイプがいなくエスパータイプが幅を利かせている。そんな環境に相性の良いポケモンでも、対抗できるのか怪しい存在を解放したらどうなるかは火を見るよりも明らかだ。

 

 仕向けられたポケモンを全て倒したミュウツーは、力を籠めるかの様に体を屈める。

 何か嫌な予感がするのを感じたが、行動を起こす前に暴風の様な衝撃波にアキラを含めた人やバイク、瓦礫などあらゆるものが宙を舞った。彼は自力での着地は無理だと判断すると、すぐさまボールからエレブーを出して着地を手助けをして貰う。しかし、タカを含めた暴走族達は何も出来ないまま地面に叩き付けられて気絶し、一緒に吹き飛ばされた殆どのバイクもスクラップになる。

 

「ありがとうエレット」

 

 エレブーのおかげで助かったが、頭の中は彼らの安否より一刻も早くここから逃げることで一杯だった。ゲームの様に走って逃げるのは無理だろうから、ブーバーが覚えている”テレポート”の戦闘離脱能力を使えば、この場から逃げられるだろう。

 だけど相手はあのミュウツーだ。

 果たして上手く逃れられるか。

 様々な逃亡手段をアキラは考えていたが、自分の周りが不気味な影に隠れているのに気付く。

 

「ヤバイ!」

 

 まだ無事である自分を狙っているのか。何時の間にか死角に回り込んでいたミュウツーはまた超能力を発揮する。アキラとエレブーは互いに左右に分かれて衝撃波を避けるが、器用にミュウツーは念で瞬時に彼らを拘束するとそのまま投げ飛ばす。

 

「いてっ!!」

 

 今度は何とか空中で体勢を整えたが、飛ばされる勢いを殺し切れ ず、アキラは派手に体を打ち付けて転がる。これでは逃げようにも逃げられないし、例えブーバーを出しても技を出す為に集中する僅かな隙を突かれそうだ。体中に走る痛みを堪えながら、既に出しているエレブーと合流した彼はまだ出していない残りの手持ちを全て出す。

 

「倒す必要は無い。少しでも動きを封じるんだ」

 

 戦ってミュウツーを倒すなど論外だ。

 けれど少しでも気を逸らして逃げる為の時間を稼がなければ、ここから逃げることは叶わない。何時もやる気が無かったり、好戦的な雰囲気を出していた彼らもミュウツーの放つ威圧感に気を引き締めるが、何匹かはあまり戦いたくない意思を見せていた。

 

「気持ちはわかる。俺だって同じだ。だけどやらないとやられてしまう」

 

 ミニリュウの”れいとうビーム”の氷漬けでも良し、ゲンガーの技で状態異常にして動きを鈍らせるでも良し。とにかく攻撃出来ない状態にして、その隙にブーバーの”テレポート”を使ってこの危機的状況から離脱する。

 それが今アキラが考えている作戦だ。

 

「バーット、お前は俺の近くに残って何時でも”テレポート”で逃げれる準備を――」

 

 作戦を伝えている合間に、またミュウツーは暴力的なサイコパワーを発揮して、破壊的な衝撃波にアキラ達は飲み込まれる。皆例外なく体を打ち付けるが、ポケモンと比べて非力なアキラはさっきよりも強い痛みに悶絶するも、幸いその程度で済む。

 

 ただ力任せに放つだけで、必殺技並みの威力の広範囲技を実現するなど反則も良い所だ。

 彼らがまだ健在なのを見て、ミュウツーは再び手をかざすが、咄嗟にサンドパンが撃った”どくばり”が何本か手に刺さり怯む。それを見た彼の手持ちは、サンドパンに続けと言わんばかりに戦いを挑む。

 

 ボールから出た当初、アキラのポケモン達はミュウツーが自分達とは異なる存在であるのを本能的に感じ取っていた。なので絶対に勝てないイメージが出来つつあったが、サンドパンの攻撃が上手くいったのを目にして、相手もポケモンであるのを認識した。

 ならば手こずらせるくらいは出来るだろうと思っての挑戦だったが、相手が自分達と同じポケモンであっても結構強いどころか、次元が違うことまで彼らの考えは及んでいなかった。

 

 ミニリュウが”れいとうビーム”を放つと、刺さった針と体の違和感を気にしていたミュウツーは氷の中に閉じ込められる。だが、すぐに全身から念を放って強引に抜け出すのみならず、仕掛けたミニリュウも巻き込む形で吹き飛ばす。

 入れ替わる様に攻める切っ掛けを作ったサンドパンが鋭い爪を構えながら切り込み、注意を引き付けようとゲンガーも続くが、今度は念力で飛ばされた瓦礫や金属片が二匹を襲う。

 

 技術も策も無い。

 ただ闇雲にエスパータイプの技や能力を使っているだけなのに手も足も出ない。横に控えているブーバーも向かわせたいが、アキラ達にとっては逃げる最後の希望だ。下手に立ち向かわせて戦闘不能にされたくはない。

 

 挑んできた三匹をミュウツーは圧倒すると、アキラ達に向けて暴走族を纏めて吹き飛ばした時と同じ動作から”サイコキネシス”を放つ。

 怯えて挑まなかったエレブーと反応が遅いが故に立ったままだったヤドランは、アキラとブーバーを守る様に念の衝撃波に立ち向かう。ところが、少しも踏み止まることは出来ず、彼らは揃って瓦礫の山と化したゲームコーナーがあった場所まで吹き飛ばされる。

 

「ゔぅ…いてぇ」

 

 瓦礫に頭をぶつけて出来たタンコブをアキラは擦る。

 何回も吹き飛ばされたことで頭だけでなく、体の至る所が痛い。

 時間稼ぎの為に手持ちを繰り出したのに、皆あっという間にやられてボールに回収することも難しいまでに離れてしまった。

 

 これでは逃げようにも逃げれない。

 自分の判断ミスで余計に状況が悪化してしまった。

 別の案を講じる必要があると考えながら体を動かそうとした時、彼が吸っていた空気は冷たいものに変わった。

 

 答えは明らかだ。

 

 すぐ目の前で、体を浮かせたミュウツーが右手を掲げてアキラを見据えていた。

 この世界に来てから何回も死の危険を感じる場面に遭遇して、その度に人生の危機ワースト5は更新されてきたが、この状況を超える出来事はそうはないだろう。

 

 視線が合ってしまうが、逸らすことは出来なかった彼は息をのむ。

 恐怖のあまり近距離から放たれる”サイコキネシス”で、上半身が弾け飛ぶ死のイメージが頭を過ぎった瞬間、吠える様な声が上がった。

 

「バーット!!」

 

 自らを鼓舞しているのか、ブーバーは雄叫びを上げながら果敢にミュウツーに戦いを挑んだ。

 不意を突かれたミュウツーは、その顔を”ほのおのパンチ”で殴られてたじろぐと、勢いに任せてブーバーはとにかく拳や蹴りを叩き込む。思わぬ善戦にアキラは固唾を呑んで見守るが、直後に掌から放たれた念力を受けてひふきポケモンは瓦礫に激突する。

 戦闘不能になってもおかしくない一撃だったが、ブーバーは屈することなく近くにあった剥き出しの鉄筋を支えに立ち上がる。しかし、ミュウツーは止めを刺そうと手をかざす。

 

「まずい!」

 

 痛みを堪えて、アキラはブーバーを戻そうとボールを手にするが、彼の横を風と共に何かが通り過ぎる。目で追えない速さではあったが、駆けているのは彼にとっては見覚えのある姿だった。

 

「エレット!?」

 

 ヤドランと一緒に吹き飛ばされていたが、元々打たれ強いエレブーはあまりダメージを受けていなかった。本当なら早くこの恐ろしい状況から尻尾を巻いて逃げたかったが、彼らがピンチなのに気付くと、見捨てる訳にはいかないと勇気を奮い立たせたのだ。

 

 ”でんこうせっか”のスピードを活かして、まともに動けないブーバーにエレブーは飛び付き、間一髪のところで放たれた念の波動から逃れる。

 ミュウツーは逃れた二匹に追撃を仕掛けようとするが、突然自分が影に隠れた。見上げてみると、ゲンガーが両手を広げて太陽を背に飛び上がっていた。何を企んでいるのかは知らないが、格好の標的だ。

 

 淡々とエレブーとブーバーに向けようとした手をゲンガーに変えるが、突然足元が崩れて攻撃どころでは無くなった。足元に気を取られている隙に、シャドーポケモンは悠々とミュウツーの頭上を飛び越え、背後を取ると”ナイトヘッド”で撃ち込む。

 無防備な状態で攻撃を受けてしまうが、ミュウツーは動じずに淡々と腕を振る。その動きをなぞる様に空気の流れを捻じ曲げられて、ゲンガーはアキラの傍の瓦礫に叩き付けられた。

 

「戻れスット!」

 

 すぐにアキラは、グッタリしているゲンガーをボールに戻す。

 運良く瀕死は免れているみたいだが、意識があるのか無いのかくらいしか違いは無かった。

 ゲンガーを攻撃しようとしていたミュウツーは再び狙いをアキラに変えるが、後ろから地中に潜んでいたサンドパンが飛び出し、刃の様な爪でミュウツーの背中を切り裂いた。

 ようやく目立った大きなダメージを与えることに成功するが、ミュウツーが負った傷は目に見えて塞がっていった。

 

「”じこさいせい”…」

 

 限られたポケモンのみが習得できる回復技をミュウツーが覚えている。

 気が付けば、ブーバー達が与えた傷跡は一切見られない。幾ら攻撃を加えても片っ端から回復される厄介さは、この前のカビゴンとの戦いで経験しているが、相手がミュウツーでこれなのは悪夢としか言いようがない。

 

 さっき与えた攻撃を無にされてサンドパンは動揺するも、念が飛んでくる前に素早く地中へ身を潜める。姿を消したサンドパンに注意が向いている隙に、”こうそくいどう”で接近したミニリュウが仕掛けようとするが、全方位に放たれた衝撃波で弾かれる。

 体勢を立て直す前に仕留めるつもりなのか、ミュウツーは転がるミニリュウに手を向ける。

 

「ごめんお願い!!!」

 

 ミュウツーの狙いに気付いたアキラは、謝りながら阻止するべく戻したばかりのゲンガーを繰り出した。戻した直後の意識は不安定だったが、僅かな時間とはいえ休息を取れたおかげでシャドーポケモンの視界はハッキリしていた。

 飛び出してすぐに”あやしいひかり”で混乱を狙うも、ミュウツー相手では眩暈を催す程度で本来の効力は発揮されなかった。だけど、他のアキラのポケモン達が攻撃を仕掛けるには十分過ぎる隙だった。

 

 ようやく動いたヤドランは”かなしばり”、エレブーは”でんきショック”で追い打ちを掛ける。硬直と痺れで一瞬だけミュウツーは体の自由が利かなくなり、機会を窺っていたブーバーは支えにしていた鉄筋を使って乱暴に殴り付ける。ポケモンらしからぬ攻撃だったが、この危機的状況で戦い方に卑怯も糞も無い。

 

 しかし、相手は最強のポケモンだ。

 

 また全身から力を解放して瓦礫ごとブーバーやエレブー、離れていたヤドランを蹴散らす。

 次にゲンガーは”さいみんじゅつ”を実行し、ミニリュウとサンドパンもその技を”ものまね”して効果を強めようとする。ところが先に仕掛けたゲンガーの技が効力を発揮しなかった為、真似をする間もなく三匹は纏めて”サイコキネシス”で吹き飛ばされた。

 

「強過ぎる…」

 

 どれだけ彼らが持てる限りの力を尽くしても、最初の目的である逃げるのに必要な時間を稼ぐことすらできない。入れ替わり立ち代わりに挑んでいるが、このままではいずれ皆力尽きてしまう。

 見守っていたアキラは、とにかく頭を働かせた。戦っている手持ちにばかり任せるのではなく、今の自分にできることや成すべきことを必死に考える。

 

 ――的確な指示?

 ――敵の注意を向かせる?

 

 様々な方法が浮かぶが、下手をすれば戦っている彼らを邪魔して更に状況に悪化させる可能性も否定できない。どうすればいいか悩んでいた時、起き上がったミニリュウと目が合った。

 睨んだ目付きだったので最初は怒っている様に見えたが、同時に呆れにも似た色もしていた。

 何を考えているのかわからなかったが、突然彼の頭に電流の様なものが走った。

 

「――”しっかりしろよ”…ってことか?」

 

 半信半疑で尋ねると、目を逸らして荒っぽく息を吐くと僅かに首を縦に振る。

 そうだ。今の自分はポケモントレーナーだ。

 自信が無いや足を引っ張りたくないなど言っていられない。

 今戦っている彼らを勝利に導く責務がある。

 

 ただ指示を出すだけでは、ポケモン達は動いてくれない。

 彼らに成長や変化を求めるなら、トレーナーである自分も変わる。

 そして彼らを率いるのに相応しいトレーナーになる。

 

 ニビジムでの戦いを経験した後に見出した自分なりのトレーナーとしての在り方を、アキラは思い出す。

 ただ指示を出すだけの戦い方では、この局面を乗り切ることは出来ない。

 ならば自分も彼ら同様に足を動かすべきだ。

 歯を食い縛り、動かす度に感じる激痛に耐えながら立ち上がり、息を整えた彼は覚悟を決めた。

 

「――やってやるか」

 

 幾ら意識を強く持っても、暴れているミュウツーを倒すことができないのには変わりない。だけど倒すのではなく逃げ切るのも立派な勝利だ。

 そして逃げる為の算段が、今頭に浮かんだ。

 

「リュット」

 

 真剣な声でアキラはミニリュウに声を掛け、これからすることを伝える。

 ミニリュウの方は話を聞く態度では無かったが、さっきまでのグダグダしていた時と打って変わった雰囲気を感じ取り、彼の提案を了承した。

 後は他の五匹もこの作戦を伝えるだけだ。

 

 手持ちの位置を把握しようとした時、仲間の危機を救おうと動いていたサンドパンが真っ先に目に入ったが、ねずみポケモンはミュウツーに狙われていた。

 それを見た瞬間、咄嗟にアキラは注意を引き付けようと勢いでコンクリート片を投げ付けて、ミュウツーの頭に当ててしまった。頭にぶつけられたのが癪だったいでんしポケモンは、直前に狙いをアキラに変えるが、咄嗟にミニリュウの放った”りゅうのいかり”を受けて気を散らされる。

 

 賽は投げられた。

 駆け出したアキラは、ミニリュウに伝えた作戦の鍵を握っているゲンガーとヤドランにその事を伝えると、了承したのを確認せずまた走り始めた。

 

「エレット、”でんこうせっか”!」

 

 ミュウツーが炎から出てきそうなのを見て、アキラはやるやらない関係無くエレブーに命じた。

 もしエレブーがやらなかったらすぐに別のパターンに切り替えるだけだが、倒れていたでんげきポケモンは、直ぐに起き上がると勇気を振り絞った。鮮やかな竜の炎を振り払うミュウツーに、目にも止まらないスピードの体当たりでぶつかり、続けて”かみなりパンチ”を打ち込む。

 

 攻撃が決まったのを見届けたアキラは、サンドパンの傍を通り過ぎる際に囁くようにさっきの二匹と似たことを告げる。怯んでいたミュウツーは体勢を立て直すと、距離を取ろうとするエレブーを狙う。

 

「バーット投げ付けろ!!!」

 

 ミュウツーの動きに気付いたアキラは、すぐさま手の空いている手持ちの名を呼ぶ。

 意図を理解したブーバーは、目から”あやしいひかり”を放って注意を引き付けると、手にしていた鉄筋をブーメランの様に投げ付けてミュウツーの手首にぶつける。痛みで表情を歪めたのを目にして、彼は下がったエレブーにも急いで考えている作戦を話す。

 

「サンット!! ありったけの飛び技を放つんだ!!!」

 

 畳み掛けるなら今だと、伝え終えたアキラは準備をしていたねずみポケモンに指示を出す。

 両手を持ち上げたサンドパンは星型をした光弾と鋭い針を雨あられの如く放ち、それらは次々とミュウツーに命中する。敵が弾幕に気を取られている隙に、肩で息をしているブーバーに短く概要を教える。この時、ひふきポケモンは笑みらしいものを浮かべた気がしたが、振り返っている時間は彼には無かった。

 

 絶え間なく飛んでくる光弾と針をミュウツーは全て受け切るが、そのタイミングにゲンガーは”あやしいひかり”で目を眩ませて、更に”したでなめる”も仕掛ける。ダメージは自体は大したものでは無いが、目が麻痺したことでミュウツーは周囲の状況を認識できなくなる。すぐさま回復させようにも、さっきまで受けたダメージとは異なる状態異常にミュウツーは手間取り、その隙に遅れて指示を実行したヤドランが”ねんりき”で浮かせた瓦礫の山を一気に落として生き埋めにする。

 静寂が訪れるがそれも僅かな間、すぐに何事も無かったかの様にミュウツーは瓦礫を吹き飛ばして出てくる。

 

 あの手この手とポケモン達はアキラ指揮の元、あらゆる攻撃を仕掛けていたがミュウツーを止めるに至れなかった。”じこさいせい”が使えることも理由にあるのは容易に想像できるが、効き目らしい効き目が無いのは、流石にアキラはわかっていた。

 あのポケモンを本気で足止めするなら、それ相応の一撃を叩き込まなければならない。

 代わる代わる攻撃をしたのは、準備に必要な時間を稼ぐためだ。

 そして機は熟した。

 

「今だ!!!」

 

 合図を出すと、場に出ていた六匹は同時に自ら持っている一番の大技をミュウツーにぶつける。 

 合体攻撃は以前カビゴンと戦った時はあまり通用しなかった経験があるが、これが今彼らが出せる最大火力だ。無防備な姿を晒していたいでんしポケモンは、六方向から放たれた光がぶつかることによって生じた激しい爆発と眩い光に包み込まれる。

 

「よし! 皆退くぞ!!」

 

 攻撃の結果を見届ける前に、アキラは離れている六匹に素早く呼び掛けながら、少しでも合流を早めるべく駆け出した。

 散っていた六匹は事前に伝えられていたこともあって、スムーズに呼び掛けた彼と傍にいるミニリュウの元へと走る。爆発時に起きた光が収まり、ミュウツーが立っていた場所はクレーターの様に抉れているのが見えたが、気にしている暇はない。

 

 ブーバーと合流と同時にアキラは”テレポート”を命ずるつもりだったが、彼の考えを正確に汲み取っていたブーバーは走りながら何時でも技を出せる様に集中していた。

 散り散りになった仲間達が集まり、いざ離脱しようとしたその時、嫌な風が頬を撫でた。

 鳥肌が立つような冷たいのではなく、気味が悪い生暖かい空気。

 

「なっ!?」

 

 すぐにアキラはブーバーを含めたポケモン達をボールに戻そうとしたが、風に煽られてボールを取り落とす。それだけでなく、気付いたら彼らの体は吹き始めた風によって宙に浮かせていた。

 

 ただの風では無い。

 下に目をやるとクレーターの中心で、片膝を付いたボロボロのミュウツーが両手を回す様に動かしていた。

 

 それを見たアキラは全てを悟った。

 この竜巻の様なものはミュウツーが作り出したもの、そしてこれはこの世界のミュウツーが使う代名詞とも呼べる技。

 

 ”サイコウェーブ”

 

 直後に渦巻く竜巻の勢いが増す。何とかしようにもこの技自体を打ち破る方法がわからないし、仮にあったとしても今の彼らでは如何にもならない。

 手の打ちようが無く、アキラとポケモン達は激しく地面に叩き付けられた。




アキラ、覚醒直後のミュウツーと総力戦を挑む。
初めてとなる本当の対伝説戦。上手くいくかと思いきや、結局ボコボコにされる。
最後やられていますが、決着は次回つきます。
納得できる形であるかはわかりませんが…

初代時代のミュウツーは、エスパー一強時代だったとしても異常過ぎた。
ポケスタ2のミュウツーを倒せは、マルマインの”だいばくはつ”くらいしか対抗手段が思い付かなかった思い出があります。
最近のポケスペでミュウツーが大活躍しているそうなので、早く単行本になって見たいものです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。