SPECIALな冒険記   作:冴龍

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今までの中で一番ご都合主義全開です。ご注意下さい。
人によっては「なんじゃこりゃ」「これは無いだろ」と思う様な展開になっています。


集いし力

 風が止み、先程までの喧騒が嘘の様に沈黙に変わる。

 無意識に念を操っていたミュウツーは、先程までに受けたダメージを”じこさいせい”で回復させると立ち上がった。

 

 周囲を見渡せば、破壊したゲームセンターだった建物の跡、吹き飛ばしてスクラップにしたバイクと気絶した暴走族。

 そして戦いに敗れて、力なく横たわるアキラとそのポケモン達。

 立っているのは己だけだった。

 

 もう敵らしい敵は居なかったが、ミュウツーは何かを探す様に首を動かす。

 意識が覚醒した直後からさっきに至るまで、このポケモンは目に映るもの全てを破壊したい衝動に駆られていた。しかし、今は不思議な感覚の正体を探ることを優先した。

 

 それは、まるで自分が他にもいる様な不思議な感覚。

 それも二つだ。

 一つは感じられるだけだが、もう一つの方はかなり近いのか大体の位置がわかる気がした。

 惹かれる様に、最も近い感覚を感じる建物があった跡地に目をやった直後、ミュウツーの視界は青白い光に溢れ、体は一瞬の内に凍り付く。全身から感じる刺す様な冷たい氷を念で砕き、ミュウツーは仕掛けてきた張本人を見据える。

 

 目に戦意を滾らせたミニリュウが、傷付いた体を持ち上げて睨んでいた。

 しつこく戦いを挑んでくるドラゴンに怒りを感じたミュウツーは、再び湧き上がってきた全てを壊したい衝動に身を委ねると、念動力を込めた手をかざした。ミニリュウはもう一度攻撃しようとしたが、体に走った激痛で動きを止めてしまう。

 

 終わる――

 

 理由は違っても両者がそう確信したその時、一筋の光と共に輝く何かが二匹の間に降り立った。

 直後に放たれた念の衝撃波が瓦礫を巻き込みながら輝く存在に迫るが、何故か呑み込む直前に嵐は光っているその存在を避ける様に逸れた。

 突然現れた謎の存在に、自らの攻撃を受け流された事実にミュウツーは目を見張ったが、自分がもう一人いる様な感覚をあの光る存在から感じ取っていた。

 

 一方のミニリュウも、謎の存在の登場に驚きを隠せなかった。今まで様々なポケモンを見てきたが、ここまで暖かく神々しい光を放つ存在は見たことが無い。今戦っているポケモンとどこか似ている気はするが、姿のみならず纏っている雰囲気は大違いであった。

 

 降り立ったポケモンは、しばらくミュウツーと対峙していたが、唐突にミニリュウに振り返る。思わずミニリュウは身構えたが、輝いているポケモンは微笑ましそうな表情を見せる。

 何時もならバカにされてると思うところだが、不思議と不快感は無く、警戒心が人一倍強いミニリュウは自然と力を抜く。

 

 敵意が無くなるのを見計らっていたのか、白いポケモンは小さな体を浮かせて近付いてくる。

 そして驚いたことに、そのポケモンはいきなりミニリュウと同じ姿に変わったのだ。

 体が光り輝いている点を除けば、自身とソックリな姿にミニリュウは目を疑ったが、それ以上に困惑していた。突然現れたのだから戦いに来たかと思ったら、戦うことを放棄して遊んでいる。

 一体何をしにここに来たのか全く目的が読めない。

 

 相手にされていないことに業を煮やしたミュウツーは、瓦礫の山を念の力で浮かべてミニリュウ達目掛けて飛ばした。しかし、輝くポケモンは一瞬だけ念動力らしき力を放つと、飛んできた瓦礫は空中で静止して重力に従う形でそのまま落ちた。

 

 荒々しい念とは対照的な穏やかな念の力。

 唖然としている間に、光っているポケモンは元の姿に戻ると小さな手を差し出した。

 意図を理解しかねたが、差し出したポケモンは耳を疑うことをミニリュウに伝える。

 

 力を貸してくれるのだと言う。

 

 確かに自分達を追い詰めた不気味なポケモンを倒せる力は欲しいが、タイミングなどの要素を含めてあまりに都合が良過ぎる。顰め面で理由を尋ねると、目の前のポケモンは目線である場所を示した。その先には、意識が朦朧としてうなされているアキラと健闘むなしく敗れて倒れたままの彼と一緒にいるポケモン達。

 主人と仲間達を助けたいかを聞かれたが、ミニリュウは一緒にポケモン達が仲間であることは否定しなかったがアキラは主人ではないと返す。

 

 今でもそうだが、ハッキリ言って人間は信用できない。

 アキラに付いて行ったり力を貸したりしているのは、あの森の中で日々を過ごすよりもバカではあるが愚かでは無い彼に付いて行った方が自分に利益があるからだ。なので彼の事を主人と思ったことは一度も無いし、これから先も思うことは無いだろう。

 再び湧き上がってきた憎悪にミニリュウは、問い掛けてきたポケモンを睨むが光るポケモンは笑顔を崩さなかった。

 

 素直じゃないね、と言われて頭に血が上り掛けたが、本当にそう思っているのなら何故ここまで必死に戦っているのかとも聞かれた。黙ってやられるのは性分に合わないと答えようとしたが、同時に彼や仲間達のことも気にしての行動なのにミニリュウは気付いた。

 

 癪ではあるが、幾ら信用していなくても何日も一緒に過ごせば何も思わない訳は無い。ダメな面だけでなく何かを隠している節はあったが、会った頃と比べれば押しつけがましくは無くなってきた。他の仲間達も最初はバラバラだったが、少しずつ彼の元で纏まり始めてきて、このまま彼らと一緒に刺激的な日々を送るのは案外――

 

 と、ここまで考えて、切っ掛けを作った目の前のポケモンを見てみると面白そうに笑っていた。それを見たミニリュウは、ものの見事に本音を漏らす様に誘導されたことを悟った。

 怒りと恥ずかしさに駆られて尾を振るが、”たたきつける”は当たる前に念の力で寸止めされた。攻撃されたにも関わらず、光るポケモンは変わらず嬉しそうな表情を浮かべていたのを見て、もうこれ以上言い返す気力も湧かなかった。

 

 大人しく手を引いた直後、隙を窺っていたミュウツーはさっきより威力を上げた”サイコキネシス”を放ってきた。ミニリュウはハッとしたが、自分を含めて白いポケモンがいる周辺は全く念の衝撃波の影響を受けず無事だった。

 忘れていたが、相手は目の前のポケモンではなく奴の方だ。

 

 話は戻るが、今の自分では力不足。

 色々怪しくはあるが、この状況を何とかできる力を貸してくれるのなら喜んで受け入れよう。さっきまでの感情を忘れて、どういう方法で力を貸してくれるのかミニリュウは尋ねる。すぐに答えは返ってきたが、その方法に思わず顔を顰める。

 

 経験した身ではあるが、上手くいかなかったらどうなるかも見ているので本当にそんな方法で大丈夫なのか疑いたくなった。

 何故その提案をしたのかを問えば、戦っている自分の姿をあまり見られたく無いのと、ここに来てからの一連の流れを見て思い付いたのだと言う。自分がその方法を実現する手段を持ち合わせていることを知った上でこの提案をしているのを考えると、目の前の存在はかなり最初からこの戦いを見ていたのが容易に想像できた。

 

 ミニリュウは考える。

 姿を見られたく無いという奇妙な主張は除いても、共闘と言う形では自身が足を引っ張ってしまうのが目に見えていることを考えれば合理的だ。

 やろうと思えば自分以外にもう一匹も出来るが、今動けるのは自分だけだ。

 

 これが唯一の手段。

 

 覚悟を決めたミニリュウは、ある技に意識を集中させながら伸ばされた手に額を触れさせた。

 

 

 

 

 

 強過ぎる。

 

 わかってはいたつもりだったが、あまりにも目論見通りに事が進み過ぎて少し欲を掻き過ぎたかもしれない。

 体を起こそうとアキラは力を入れてみるが、動く感覚どころか痛みさえも感じられない。

 散々体を回された所為で、眩暈と共に螺旋を描くように意識は闇へと落ちていき、ミュウツーらしき姿も徐々にぼやけて見えなくなっていく。

 

 もうダメだ、と暗闇に身を委ねようとした直後、暖かく痛みが引くのを感じる優しい光に体を照らされた。体の底から力が湧き上がるのを感じてアキラは目を開けると、ミニリュウが光り輝く何かに額を触れさせていた。

 光の正体を知ろうと目を凝らそうとしたが、その前にミニリュウの体も輝き始めた。両者の姿は、形あるものからそれぞれピンクと黄緑の光に変化して混ざり合う。

 

 その光景は、ここまで来た暴走族が複数のメタモンでフリーザーの姿に模らせたのによく似ていたが、輝いている影響かまるで別物に見えた。

 そして混ざり合った光は一際輝きを増した瞬間、弾ける様に消えて、ミニリュウが居た場所に一匹のポケモンが体を屈ませた状態で姿を現した。

 

「カイ…リュー?」

 

 現れたポケモンの名をアキラは呟く。

 ずんぐりとした体格の巨体、それに見合った太くて大きな四肢、畳まれているが不釣り合いな小さな両翼、そして見る者を圧倒する力強い姿。何度もこの世界の資料や本の挿絵に使われている姿を見て、ミニリュウが進化するのを夢見ていたのだから見間違えることは無かった。

 

 ゆっくりと立ち上がったカイリューは、まるで今の自分の姿を確かめるかの様に体の隅々を確認していく。

 

 突然現れたカイリューを、ミュウツーは静かに見据える。

 目の前に現れた存在からは、さっきまでの暖かく神々しい光は放たれていない。しかし、その体から滲み出ている力は、紛れもなくあの己と同じ存在が発していたものだ。

 ミュウツーは両手に力を籠めると、再び”サイコキネシス”を放つ。それは先程まで、片手間に使っていたのとは比較にならない威力だった。念の嵐は瓦礫を吹き飛ばすだけに留まらず、大地さえも引き裂いて轟音を上げながらカイリューを吹き飛ばす。

 

 判断が遅れて巻き込まれたカイリューは、意識が飛ばない様に気を引き締めたが、思いの外感じられるダメージは少なかった。垂れ下がっている背中の翼を広げれば、吹き飛ぶ体の勢いは急激に弱まり、緩やかに地面に着地出来た。

 

 今の自分の姿、アキラが度々見せていた己の最終進化形態。

 あのポケモンが使う”へんしん”らしき技を”ものまね”しながら、言われていた通りにぼんやり勝つのに必要なイメージを浮かべてこの姿になったが、思っていた以上だ。何より手足があるのは不思議な感覚ではあったが、仲間のゲンガーが喜ぶのも頷けた。

 

 もっと色々確かめていたいが、その余裕は無い。

 どうやってこの姿で戦おうかと考えた時、何時も通りで大丈夫、と聞き覚えのある声が頭の中で囁いた。少し戸惑ったが、ならばとカイリューは体に力を込める。

 

 カイリューが体を屈めたと同時に、ミュウツーは再び念を放つ構えを取る。

 さっきは吹き飛ばすことは出来たが、あまり効いている様子は見られなかった。次こそはと集中力を高めるが、突如遠くにいたカイリューの姿が消えた。否、その巨体からは想像がつかないスピードで迫っていたのだ。

 咄嗟に溜めている途中の念を撃とうとしたが、その前にいでんしポケモンは腹部に重い一撃を受けて、体は後方に吹き飛んで激しく瓦礫に叩き付けられた。

 

「凄い……」

 

 ミュウツーに一矢報いたカイリューに、アキラは呆然と言葉を漏らす。

 一体どうやってハクリューの段階を飛ばして最終形態になったのかは知らないが、あの如何にもパワーファイターな外見であれだけのスピードが出せるとは思っていなかった。能力値を考えれば、あのスピードは元々の地力ではないとわかるはずだが、それが出来ないまでにアキラは興奮していた。

 

 攻撃を仕掛けたカイリュー自身も、自ら仕掛けた攻撃なのに予想以上の力を発揮したことに驚きを隠せないでいた。”こうそくいどう”で勢いを付けてからの”たたきつける”、最も得意としていた技が、ここまで威力を発揮するとは思っていなかった。

 

 叩き飛ばされたミュウツーは、衝撃で意識が飛んでいたこともあってしばらく瓦礫に体をめり込ませていたが、すぐに荒々しく念を周囲に撒き散らしながら立ち上がる。

 怒りで息を荒くしていたが、念をぶつける前に目の前の敵が己に近い存在が力を貸していることを思い出す。

 エスパー攻撃のダメージは薄く、素手で挑めば間違いなくパワー差で負ける。

 高い知能を活かして対抗策を考える内に、先程戦ったブーバーのある姿が脳裏を過ぎった。

 

 使える。

 そう判断したミュウツーは、右手を掲げて意識を集中させる。

 やがて右手が光り始め、その光は浮かび上がらせる様に何かを形作り、ミュウツーの手元に等身大サイズの巨大なスプーンが現れた。

 

「念のスプーン…使えたのか…」

 

 念のスプーン、それはこの世界のミュウツーが持つ最大の特徴であり、念の力を収束させて作り出した打撃武器だ。当然スプーン以外にもフォークなどの形状に変化させることも可能で、いわばミュウツー版”ふといホネ”とも言える代物。さっきまで使う様子は全く無かったが、本気を出したのか、はたまた何か理由があって使わなかったのかはわからない。

 だけど更に手強くなった事だけは確かだ。

 

 ブーバーが殴り付けてきた鉄筋をヒントに編み出した武器の使い心地を確かめたミュウツーは、両手でスプーンを握るとカイリュー目掛けて突き出す様に構える。

 鬼に金棒なのは理解していたが、それでもカイリューは退く様子を見せず逆に何時でも動けるように腕や足、翼などの全身の至る所に力を入れて備える。

 互いに出方を窺うべく睨み合いを続けていたが次の瞬間、両者は同時に動き、渾身の力が込められた拳と得物がぶつかり合った。

 

「っ!」

 

 余程の力が込められていたのか両者を中心に地面は大きく窪み、更に激しい衝撃波も生じて瓦礫を含めたあらゆる物が吹き飛ぶ。

 広がる衝撃波でアキラの体は浮き上がり掛けるが、彼は吹き飛ばされまいと必死に地面に突き刺さった鉄筋にしがみ付いて堪える。

 

 始めは地上で足を付けて激しい攻防を繰り広げていた二匹だったが、直接カイリューの拳をスプーンで防ぐのは荷が重いと判断したミュウツーが浮かび上がったことで、両者の戦いの場は空中に変わる。

 スプーンが振るわれる度にカイリューは避け、長い尾や拳での攻撃を仕掛けられる度にミュウツーも身軽に躱したり受け流す。一見すると一進一退の攻防に見えるが、勢い的にカイリューの方が不利だった。

 

 どういう方法でミニリュウがカイリューになったのかは知らないが、伝説に匹敵する力を持つポケモンであっても、やはり最強のポケモンとして創造されたミュウツーと互角に渡り合うのは難しいらしい。スプーンで殴り付けられたドラゴンポケモンはバランスを崩すが、体勢を立て直す勢いを利用して”たたきつける”で逆襲する。

 鞭の様に振るわれた巨大な尾はスプーンで防がれるが、カイリューは強引に押し切ろうと一気に力を籠める。パワー差があると判断していたミュウツーはこの状況を良しとせず、素早く片手を放して念の波動を放ち、動きが鈍っていたカイリューの体は吹き飛んだ。

 

「どうすれば良い…」

 

 見上げる形で戦いを見守っていたアキラは、何もカイリューの力になれない自分が歯痒かった。主戦場が空中で状況の把握が難しいこともあるが、自分が余計なことを口にして戦っているカイリューの集中力を乱したくない。

 だけど、あのまま戦っても負けるのは時間の問題だ。

 

「考えろ。何かあるはずだ。何か良い方法があるはずだ」

 

 攻撃のタイミング、ミュウツーの戦い方のクセや妨害、回避のタイミング、何でも良い。

 その時だった。空中で体勢を立て直し切れず地上に降りたカイリューに、スプーンを振り上げたミュウツーが容赦無く襲い掛かった。振り下ろされたスプーンをカイリューは躱せたが、打ち付けられたことで瓦礫や岩が舞い上がり、いでんしポケモンは器用にそれらを念の支配下に置くと弾丸の様に飛ばしてきた。

 咄嗟にカイリューは腕を持ち上げて防御の姿勢を取ったが、防ぎ切れなかった瓦礫が顔に当たった瞬間、激しい激痛に見舞われたのか悲鳴を上げた。

 

「リュット!!!」

 

 聞いたことが無い悲鳴を上げるカイリューに、アキラは思わず叫んだ。

 何とか持ち堪えようとしていたが、動きが鈍ったところを腹部にスプーンの一撃を受けてしまい、カイリューの体は崩れ掛かった。

 

 このままではいけない。

 

 アキラは体の痛みなど知ったことではないと言わんばかりに立ち上がると、さっきまでの思考を放棄して駆け出した。当然ミュウツーは彼に気付くが、目の前のドラゴンは思いの外早く立ち直り、お返しと言わんばかりに殴り飛ばされて瓦礫に叩き付けられた。

 

 おかげで彼は無事にカイリューの元に辿り着いたが、衝動的に来たので何をするまでは考えていなかった。今自分が来ても邪魔的な顔をされると思ったが、さっきからカイリューは頻りに手を顔に触れさせるなど様子がおかしかった。

 手持ちの異変を知ろうとアキラはカイリューが抑えている顔を窺うと、目の周りが赤く腫れている様に見えた。

 

「目をやられたのか?」

 

 サッカーのボールが目に当たって暫く視界がぼやけた経験があったので、今のカイリューの状態にアキラは覚えがあった。声を掛けられてようやく彼が近くにいることを知ったらしいカイリューは顔を向けるが、視線はズレていた。

 

 やはり目をやられている。

 失明まではいってないとしても、良くて視界はぼやけているだろう。そうなると自力で戦い続けるのは無理がある。

 やはりここは本来の目的である逃げるのが一番だが、カイリューは退くつもりはないだろう。

 

 戦うのを選ぶべきか。

 逃げるのを選ぶべきか。

 トレーナーとしての判断を迫られたが、土埃の中からミュウツーが飛び出した。

 

「右に避けろ!!」

 

 考える間もなく、反射的にアキラは躱すのを指示する。

 言われた通りに動いたことでカイリューはギリギリでスプーンの攻撃を避けるが、間髪入れずに振るわれた次の攻撃は受けてしまう。目が見えないからか、動きがぎこちない。

 

 もう自分の指示が、手持ちの足を引っ張るなど言っていられない。

 自分はカイリューのトレーナー、ならば彼のトレーナーとして良い悪い関係無く可能な限りの事を尽くすべきだ。意を決したアキラは下がるカイリューの背に飛び乗り、首に腕を巻き付ける形で背中にしがみ付いて囁く。

 

「俺がお前の目になる」

 

 正直言って、そこまでカイリューをサポート出来る自信も保証も無い。

 けれども、このままではやられるのは目に見えているのだ。レッドの様に上手くやれるかは別としてやらねばならない。突然アキラが背中に乗って来たのにカイリューは苛立つような息を吐くが、すぐにそうは言っていられなくなった。

 

「正面から来たぞ!!」

 

 アキラから伝えられる方角と指示を頼りに、カイリューはミュウツーのスプーンを避けるが、次の攻撃は彼の指示が間に合わなく受けてしまう。

 衝撃で彼はカイリューから振り落とされそうになったが、何とか持ち堪える。こういう形でポケモンの背に乗るのは彼にとって初めての経験ではあったが、不思議と落ちる気はしなかった。

 次は見逃さないと意気込み、アキラはミュウツーの動き一つ一つに注視する。同時にカイリューの目として見るだけでなく、どう動くのが彼にとって最適であるのかなどに意識と神経、思考の全てを傾ける。

 

 その直後、彼の目に映る世界は変わった。

 

「後ろに一歩下がって! 手で殴れ!」

 

 それからのアキラとカイリューは互いに無我夢中だった。

 最初は間に合わないことも多かったが、徐々に彼の指示は正確さを増していき、カイリューの動きも目が見える時と大差ない動きができるまでになった。

 ミュウツーの動きが少しずつ、アキラから見たらゆっくりに見えることやどんな動きをするのかが無意識にわかってきたのも要因にあったが、時間が経つにつれてカイリューはアキラが口にする前にその通りの動きをする様になってきた。そしてアキラの方もカイリュー自身がどういう状態で、どの様に動くのが最も消耗が少ないのかが自分の事の様にわかってきた。

 

 両者とも目の前の戦いに専念していたので深く浸ることは無かったが、まるでお互いの視界と感覚、思考を共有している様な不思議なものだった。

 

 最初は、背中にアキラが乗って来たのと変な感覚を邪魔に思っていたカイリューだったが、今では頭の中に浮かぶ自分とは異なる視界と考えを頼りに動いていた。何故背中に乗っている彼から見えていると思われる光景や考えがわかるのか疑問ではあったが、結果的に自力で戦っていた時よりもずっと良い動きができていた。

 

 中々良い主人じゃない、と己と一体化する形で力を貸してくれた存在が直接頭の中に囁くが、主人では無いと改めて否定する。

 薙ぎ払う様に振るわれたスプーンを頭に浮かび上がる視界と考えに従って受け流しながら、カイリューの脳裏に様々な記憶が過ぎり始めた。

 

 静かな湖で自由気ままに過ごしていたのに、突然現れた黒づくめの人間に捕まり、苦痛と戦いの日々、怒りをぶつけようにも同じポケモンにしかぶつけられず、森に放されてから彼と会うまで荒れに荒れていた。

 

 色々尽したりやってもらったりしているので、それなりに頼みに応じて力を貸しているが、彼が何かを隠しているのが嫌いであった。そして、好き勝手に暴れたり反抗する己を手放そうとしないのは、自分の力と可能性を期待しているのや頼っていることもわかっていた。今までは察するだけで知る機会は無かったが、今の謎の感覚のおかげで背に乗っている彼自身そういう下心的なのを抱いていたことをカイリューは読み取っていた。

 

「リュット…」

 

 カイリューがアキラの考えを手に取る様に感じていた時、彼もまた今戦っている最初に手にしたポケモンが今まで辿った道、そして今まで自分の事をどう思っていたのかを感じ取っていた。

 ミュウツーと一旦距離を置いたのを機に、小さな声でアキラは言葉を紡ぎ始めた。

 

「確かに俺が手放そうとしなかったのは、お前が強いポケモンになるのを知っていたのもある」

 

 互いの考えや記憶がわかる今の感覚に戸惑いながら、アキラは有りのままに思っていたことをカイリューに話し始める。今なら告げるまでも無く何となくわかってくれるだろうが、口に出さずにはいられなかった。

 

 最初から強いのは勿論、進化すれば数多くのポケモンの中でもずば抜けて強いカイリューになることを知っていたのも手放したくない大きな理由の一つだった。しっかり手懐けて育てれば、平時のバトルでは並みのトレーナーは圧倒できるだけでなく、万が一ロケット団の様な悪の組織と対峙した際に対抗することが出来ると考えていた。

 

 しかし、リュットと名付けたミニリュウはそんな甘い考えを打ち砕いた。

 どこかでゲームの様に無条件で従ってくれると思っていた自分の考えを改めさせ、彼らが生き物であるのと半端な覚悟で連れていてはダメなのを教えてくれた。

 

「――だけど、お前は初めて一緒になったポケモンなんだ。そんな思い入れがある大切な存在を簡単に手放すことなんて選択は出来ない」

 

 ただ強いだけなら、一時的に手放して初心者である自分は身の丈に合ったポケモンで基本を学んでいく道も選べたが、ミニリュウはこの世界で最初に手にしたポケモンなのだ。出来ることなら一緒に居たいのが正直な気持ちだ。

 

 一緒に居たいポケモンが手に負えないのならば、トレーナーである自分は彼らに認められる様に成長して変わらなければならない。

 

 それがニビジムでの戦いの後、この世界で自分がポケモントレーナーとしてやっていくのに大切な心構えだと言う考えに彼は至った。今背にしがみ付いているリュットと名付けたカイリューは、アキラにとっては最初に手にした大切なポケモンにして頼れる存在であり共に歩みたい存在だ。

 

 彼が秘めていた内心をカイリューに告白した直後、息を整えたミュウツーがスプーンを構えて迫った。ドラゴンポケモンは頭に浮かび上がるアキラの視界から状況を理解すると、”こうそくいどう”で距離を詰めて先手を打つ。

 しかし、ミュウツーは軽やかな動きでカイリューの拳を避けると背後に回り込んだ。

 

「しまった!」

 

 今のは完全に自分のミスだ。

 今ならあの動きは簡単に読めたはずなのに、最後まで目を離さずに見ていられなかった。位置を把握しようとした振り向いたアキラが目にしたのは、自分目掛けてスプーンを振り下ろすミュウツーの姿だった。

 

 その時だった。

 

 カイリューはアキラが反応したのとほぼ同時に素早く体を反転させて、その勢いでスプーンを拳で弾く。

 

「リュット」

 

 話し掛ける間も無く両者は再び戦い始めたが、カイリューが考えていることがアキラの頭の中に浮かび上がる。

 

 

 お前を信じる。

 

 

 脳裏を過ぎったカイリューの考えに、彼は表情を緩ませた。

 この不思議な感覚についての謎はあるが、ようやく一番心を通わせたいポケモンが自分を信じると考えているのだ。

 もうアキラに迷いは無かった。

 

「ありがとう」

 

 それを機に意識を切り替えた彼は、スプーンを操るミュウツーの動きをよく観察する。

 今のアキラは、目に映ったミュウツーの動きがゆっくり見えるだけでなくあらゆる動作が手に取る様に読めていた。その動きから予測される挙動と攻撃のタイミング、或いは回避方法を頭の中に浮かべれば、カイリューはそのイメージに従って避けたり攻撃を行う。

 言葉にしなくても互いの考えがわかるおかげで、声による指示にありがちなタイムラグは一切無い。若干予測と異なっても反射的に対応策をアキラが思い浮かべた瞬間、カイリューはその通りに動いて対処してくれる。

 

 動きが読めても直接対抗できる力が無いアキラ。

 直接戦えるだけの力があっても動きが読めないカイリュー。

 

 互いに不足しているものを協力する形で補い、更に攻撃や行動の実行にそれらの動きを考えるだけの思考の役割を分担しているおかげで、理想的とも言える動きを実現していた。

 どこからか良いコンビじゃない、と言う声が聞こえた気がしたのは気の所為だろう。

 

「勝てる…勝てるぞ」

 

 さっきまでの弱腰がどこに消えたのか、アキラはこの戦いに勝てると肌で感じ取り、呼応するかの様にカイリューも吠えて、彼らの勢いと攻防は一段と激しさを増した。

 負けじとミュウツーも反撃するが、それらの攻撃は全てが尽く防がれるか避けられ、一方的に反撃を受けてやられている自らの現状に驚きを隠せなかった。”じこさいせい”を使うことで体を動かせるだけの状態を保っているが、これ以上は持ち堪えられそうにない。

 一旦距離を置くべく、ミュウツーは後ろに飛んで体を宙に浮かせる。当然アキラ達は追うべく飛び上がるが、あまりにも上手く行き過ぎて油断していた。

 

「っ!」

 

 目の前まで迫ったところで、カイリューは見えない壁にぶつかったかの様に弾かれたのだ。

 手をかざす動きまでは読めていたが、目に見えない力までは読めない。故に手をかざしている以外はわからなかった。バリアのようなものだとアキラは考えたが、バランスを崩した状態でカイリューはスプーンを打ち付けられた。

 

 辛うじて腕で防ぐことはできたが、勢いまで殺し切れなくカイリューは切り揉みしながら落ちて行き、アキラも振り落とされない様にしがみ付く。

 何とか空中で体勢を立て直したことで、地面に叩き付けられることは免れたが、目を離してしまったことでミュウツーがスプーンを振ってきたことには気付かなかった。

 

「チッ」

 

 気付いた時には既に幾ら早く反応できても、躱すには難しいタイミングと姿勢にアキラは思わず舌打ちする。すぐに腕で横腹をガードするイメージを彼は浮かべ、カイリューが腕を持ち上げた直後、ドラゴンポケモンとスプーンの間に割り込む影があった。

 

 エレブーとサンドパンだ。

 

 まさかの彼らの加勢にアキラは驚く。

 さっきまで気絶していた彼らだったが、カイリューとアキラが必死になって戦っているのを見て、体に鞭を打って駆け付けたのだ。

 

 割り込んだ二匹はボロボロであるにも関わらず、ミュウツーのスプーンを身を挺して受け止めてカイリューとアキラを守る。普通なら纏めて薙ぎ払われるが、二匹はアキラが連れている中でも防御に秀でており、骨が変な音を立てようと爪や突起物が砕けようが構わず踏み止まる。

 すぐにミュウツーはスプーンを戻そうと腕に力を入れるが、二匹は受け止めたスプーンをしっかりと掴んで離そうとしない。

 

 そして今度は二匹同様に、何時の間にか復帰して跳び上がっていたブーバーがスプーンに全体重を掛けて踏み付け、背後からヤドランがミュウツーの体をしがみ付く様に抑え付け、ゲンガーも顔に張り付く。当然ミュウツーは抵抗するが、カイリューとの戦いでかなり消耗しているのか五匹の拘束を振り払うだけの力を出せなかった。

 

 必死に抑え込みながら、スプーンを踏み付けていたブーバーがアキラとカイリューに顔を向けて声を荒げる。

 言葉は通じなくても、何を言っているのかがアキラにはわかった。

 

「決めるんだリュット!!!」

 

 彼らが最後の力を振り絞って作ったチャンスを無駄にはしない。

 アキラの指示に、カイリューは今から放つ一撃に全てを賭けるのを決意する。

 距離を取って力強く地面を踏み締めると、体内に溢れる全ての力を口に集約し始める。このまま放てば彼らも巻き込んでしまうが、巻き込まれるのは彼らも承知している。

 何より、直前に逃げるだろうという信頼があった。

 

 口に溜め始めた膨大なエネルギーは、溜まるにつれて鮮やかな黄緑色の光が開けた口の奥から徐々に輝きを増していく。使い慣れている大技の筈なのにまるで別物の様に感じられたが、暴発しないよう気を緩めず慎重且つ素早く充填するのにカイリューは努める。背に掴まるアキラもカイリューの思考を通して、これから放とうとする技の強大さを感じ取っていた。

 

 これで決まる。

 

 確信にも似た考えが過ぎり今にも放とうとしたタイミングで、突如ミュウツーが握っていたスプーンの形が崩れた。

 アキラは目を疑ったが、崩れたスプーンはピンク色をした光の玉として集約されていくのを見て、ミュウツーのスプーンは念によって生み出されたエネルギーの集合体であることを今になって思い出した。

 

 ミュウツーを抑え込んでいた五匹が、一斉に離れると同時にカイリューは全身全霊を込めた”はかいこうせん”に()()()()()()を放つ。

 カイリューの体と同じ太さの黄緑色の光の束がミュウツーに迫るが、いでんしポケモンは持てる限りの念のエネルギーを全て集めた光の玉を迫りくる光の束にぶつける。

 桁違いなエネルギー同士が衝突した瞬間、想像を絶する爆発によってカイリューを含めたあらゆるものが吹き飛び、アキラの目の前は真っ暗になった。




アキラとミニリュウ、謎のポケモンの力添えに加えて互いに足りない物を補い合い辛うじてミュウツーを追い込む。

フリーザーの件も含めて、ポケモンの能力や技、設定を見てこういう事も出来るんじゃないかと都合良く解釈した結果こういう展開になりました。

初期案ではゲンガーが”だいばくはつ”をこの時点までに修得していて、手持ち全員の”ものまね”による”だいばくはつ”で引き分けに持ち込むつもりでしたが、イマイチ気分が乗りませんでした。
某ポケモンの加勢を思い付いても、物語の進行的に今の段階の彼らでは万全でも足を引っ張るだけ。じゃあどうしよう?と悩んでいましたが、解決策を求めて原作を読み直していた時にマサキの合体事故を見て思い付きました。

今回の彼らの姿にアニメを思い起こす人がいると思いますが、切っ掛けになった元ネタはアニメとは別ですので、厳密には違う…はず。

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