タマムシシティの中心に位置するカントー地方最大の病院であるタマムシ病院。その一室では、一人の医師がベッドに横になっている少年と話をしていた。
「傷は大分良くなってきたね。体を動かした時にどこか痛む?」
「――全身です」
医師の問い掛けにそう答えた少年は、目でギプスで固定された上に素肌が見えなくなるまでに包帯に包まれた右腕を示す。
事実、今の彼は腕のみならず足さえも動かそうとする度に響く様に痛むのだ。カルテにその事も書き加えた医師は他にも幾つか質問をすると、最後は安静にすることを告げて病室から出ていく。
またしても一人病室に残ることになり、ただベッドの上で身動きが取れない日々を過ごすことに飽きたアキラは退屈そうに溜息を吐く。
「何時になったら動ける様になるんだろ…」
予期せぬミュウツーとの遭遇から大分日が過ぎた。
今まで経験した中で間違いなく最も激しい激戦を繰り広げたのは勿論、最後の互いに持てる限りの力全てをぶつけた時に生じた爆発のダメージもかなりのものだった。気が付けば、アキラはまた全身に包帯を巻いたミイラ状態。手持ちもミニリュウを除いて爆発の中心地にいたからか重傷で、今も自分がいる病室とは別の所で治療を受けている。
オツキミ山での負傷とブーバーにやられた大火傷はかなり早く回復できたが、今回は骨折までは行かなくても、アキラの骨は手足どころか体の至る所にヒビが入っていた。なので目に見える範囲での傷は治っても、見えない内側の怪我の治りは、これまで以上に時間を掛けても遅いものだった。
バトル漫画では骨を怪我しても大したこと無い様な描写が良くあるが、実際経験すると気にならないどころか動かせるのが不思議なくらいだ。
元の世界に戻る時まで、後何回こんな経験をするのかと考えると本当に先が思いやられる。
「リュット達は大丈夫かな?」
ここに来る医師や関係者経由で回復の経過は順調と聞いているが、今は離れ離れになっている手持ち達に、アキラはもう何度目かの思いをはせる。
自分同様かなり酷い状態ではあったが、命に別状は無いことは聞いている。更に話を聞けば、彼が連れているリュットと名を付けたポケモンはミュウツーと戦った時のカイリューでは無くミニリュウの姿だと言う。
この姿が元に戻っている事に関しては、アキラは特に気にはしていなかった。
そもそもミニリュウがハクリューを通り越して、一気にカイリューに進化出来る筈がないし、する方がおかしい。記憶はおぼろげだが、やっぱりミニリュウをカイリューにしたのはあの光り輝いていた謎のポケモンの影響だろう。
あの戦いの中で経験した妙な一体感から伝わったミニリュウのものと思われる記憶からもそれはわかっていた。そして、そのポケモンの正体の目星もある程度付いていた。
「何であそこにミュウが居たんだろう」
退屈しのぎに、もう何回も考えたことを頭に浮かべる。
幻にしてミュウツー誕生に大きく関係するポケモン、ミュウ。
その力はミュウツー同様強力ではあるが、目に見えて攻撃的な念を操るミュウツーとは異なり奇跡としか思えない様なことさえやってのける。時代が進むにつれて様々な設定が追加されてきたが、それでも謎多き不思議なポケモンであるのに変わりは無かった。
そもそもミュウは好奇心旺盛ではあるが、人間に匹敵する知能を持っている為、滅多に人前には姿を現さないとアキラは認識している。あの場に居たのは偶然かと始めは思ったが、自分の遺伝子から作り出されたミュウツーの存在とその覚醒を感じ取ってやって来たと考えるのが妥当だろう。中でも一番の謎は、何故ミニリュウに力を貸したのかだ。
ミニリュウがカイリューになったのは、恐らくミュウが覚えている”へんしん”をミニリュウが”ものまね”したことで、暴走族のメタモンがフリーザーの姿を模したのと同じ理屈だろう。
あの強さがミニリュウ自身がカイリューになったことで得た地力なのか、それともミュウの力添えがあっての結果なのかは不明だが、別にあんなことをしなくてもミュウ単体でもミュウツーと渡り合えた筈だ。他にもやたらとミュウツーの動きが、よく見抜けたことやカイリューと全ての感覚や思考を共有した様な一体感の謎もあるが、多分この辺りもミュウの影響によるものだろう。
「でも…あの感覚だけは何か違う気がするんだよな…」
体が動かせない分のエネルギーを思考に回して考えを張り巡らせていたら、彼がいる病室の扉がノックされた。
「どうぞ」
彼は入っても良いことを伝えると、この世界でのアキラの保護者であるヒラタ博士が和服っぽい長袖とロングスカートの若い女性を伴って病室に入ってきた。
「アキラ君、体の調子はどうかね?」
「まだ動けないくらい痛いです。外の景色はもう見慣れちゃいました」
首を動かしたりするだけでも痛いのだ。本を読むことさえできない上に、トイレも毎回人の手を借りなければならない。健康な体が、どれだけ有り難い物か身に染みてきたので早く回復したいものだ。
ヒラタ博士が納得していると、彼と一緒に入ってきた若い女性が前に進み出る。
手に持つ台には、固定された見覚えのある六個のモンスターボールが並んでいた。
「! それってもしかして」
「えぇ、貴方が連れているポケモン達は皆回復したわ」
隣の棚の上に置かれて、急いでアキラは目だけでも向けようとしたが痛みを感じて蹲る。そんな彼を気遣い、女性は置いた彼のポケモン達が入ったモンスターボールを一つ一つ手にして負担が掛からない位置で見せ始めた。
サンドパンとエレブーは手を振り、ミニリュウとゲンガー、ブーバーはボールの中で雑魚寝している程で元気そうなのが窺えた。
「あっ、ヤドットはシェルダーが外れたんだ」
最後に見た時はヤドランだったが、今ではシェルダーが噛み付く前のヤドンに戻っていた。
話を聞けば、ヤドランは激しい戦いを経験すると噛み付いたシェルダーが衝撃で思わず離れることがあるらしい。つまり皆が重傷を負う原因となった最後の大爆発のおかげで、ヤドランの尻尾に噛み付いていたシェルダーは離れたという訳だ。
「離れたシェルダーは、トレーナーの下に戻りましたでしょうか?」
「えぇ、ちゃんと戻りましたよ」
女性の答えに、アキラは安堵の息を吐く。
あちらから喧嘩を売られたとはいえ、他人のポケモンを取り込む形での進化にはひどく罪悪感を感じていたのだ。もしダメだったらどうなっていたか。
何がともあれ、これでもうあの暴走族と関わらなくて済む。
「あの…アキラ君、そのトレーナーに関係することなんじゃが…」
困惑気味でヒラタ博士は話し掛けると、手にしていた袋からある物を取り出して彼に見せた。それは服と言えば服ではあったが、一昔前の古っぽくも派手な雰囲気で選んだ人間のセンスを疑うものだった。
「――何ですかそれは?」
「服と言えば服なんじゃが、”ムッシュタカブリッジ連合”を名乗る集団が是非アキラ君にと」
「え…えぇえ~~?」
確かにアキラが元の世界から病院に入院するまで着ていた服は、今回の出来事の所為で修繕不可能なまでにボロボロになってしまいもう使い物にならない。
なので退院する時に着る服が無いのに困ってはいたが、こんな服を着るつもりは無い。
それ以前に自分と彼らは親しくないどころか敵対関係に近く、服を貰う理由は無い。
「と言うのも名誉総長に渡して――「入ってません!! 暴走族にはなっていません!」――うむ…わかった」
耳を疑うことを尋ねられて、アキラはすぐに否定する。
訳を聞くとヒラタ博士の方も彼らから事情を聞いており、曰くサイクリングロードでメンバー全員を相手取ったことやたまたま意識が戻っていたメンバーがミュウツーとカイリューの戦いを目にして、その実力に惚れ込んだらしい。そういう訳で是非とも自分達のリーダーになって欲しいと言っているとのことだ。
こちらの承諾も理解も得ず、勝手に暴走族のメンバー、それもリーダー格に祭り上げられていることを知ったアキラは頭を抱えたくなった。今すぐにでも文句を言いに行きたいが、治療の方に専念したいので取り敢えずこの問題は先送りすることにした。
「――後治っていないのは俺だけか…」
「焦らなくても良いのよ。ゆっくり治すのが一番ですから」
「わかりました――エリカさん」
初めて会った時も今回みたいにヒラタ博士と一緒に彼女も訪れたが、あの時は本当に心底驚いたものだ。最初は自分がカスミと知り合いなのが関係していると思っていたが、彼女と博士はタマムシ大学で互いに教鞭を取っている知り合いで、その縁もあると聞いた時は言葉が出なかった。
ヒラタ博士のことをオーキド博士の様なタイプの研究者だと今まで思っていたが、ちゃんとした大学で勉強を教えながら研究をしている教授であることを、その時アキラは初めて知った。良く考えれば知る機会や時間はあった筈だが、先入観などもあって無頓着だった。
「それでは、私達はこれで失礼します」
エリカは何か話したそうだったが、アキラの体調がまだ良くないと判断したのか、そのまま博士と一緒に帰って行った。
また彼は一人病室に残ることになったが、今回はポケモン達がいる。特にゲンガーがボールの中でも、あれこれと動いてくれるので見ていて退屈しなかった。
「彼は元気そうですね」
「色々と痛い思いをしてきてはいるが、何とかやっておる」
街外れにあるゲームセンターが、突如爆発を起こして、それにアキラが巻き込まれたと聞いた時はヒラタ博士は驚いたものだ。今回も幸い大事には至らずに済んだが、保護者としての責任感だけでなく彼の知識や手伝いが最近行き詰っていた研究の進展の助けになっていることもあって、彼の身に何かあると考えると冷や汗を掻く。
「それにしても、ロケット団がこのタマムシシティの外れとはいえアジトを構えていたとは。本当にどこにでもおるな」
「えぇ、幹部格を捕まえるどころか日々勢力が増すばかり。早く何とかしたいものです」
現場に残された僅かな機材と目撃者の証言から、エリカ達は今回の事件はロケット団が実験していたポケモンの脱走によるものと見ていた。隣にいるヒラタ博士が面倒を見ているアキラとそのポケモン達が退けてくれたおかげで、被害はゲームセンター周辺だけで留まったが、もし街の中心で暴れられたら想像を絶する被害が出ていただろう。
エリカが彼の元を博士と一緒に訪れるのは詳しい事情を聞く目的もあったが、同僚であるカスミからもし自分の元に来る時があったら手助けしてやって欲しいと頼まれたこともある。カスミの話では、彼が連れているポケモンは一部を除いてまだトレーナーを信用していないと聞いていたが、ボールの中の様子を見る限りではそうとは思えなかった。
一体どうやってあれだけの被害を出したポケモンを退けられたのか、そのことも彼女は出来れば知りたかった。
「それで爆発の原因を作ったポケモンの行方は?」
「現在調査中ですが、痕跡が全く見受けられないので追跡は困難と思われます」
「そうか…他に被害が出なければ良いのじゃが……」
「………」
「どうかしました?」
「いえ、何でもありません」
ただ深く考え込んでいた様に装おうが、彼女はある人物の行方が気になっていた。
エリカが組織した自警団が現場に駆け付けた時、ゲームセンターがあった場所は廃墟どころか巨大なクレーターの様なものが形成されていた。そのクレーター周辺でアキラとポケモン達は倒れていたが、彼らは自警団が見つける前にその場にいたある人物によって応急処置が施されていた。
その人物は、今まで何度もエリカが連絡を取ろうとしても応じないどころか悪い噂しか聞かなかったグレンジムジムリーダーであるカツラだった。
彼は倒れていたアキラ以外に暴走族達にも応急処置を行っていたが、自警団が来たのを見るや後を任せて去って行った。普通なら逃げたと考えるところだが、彼のかなり思い詰めた表情に自警団は止める言葉が無かったと言う。恐らくカツラは、自らが関わったであろう今回の爆発の原因となったポケモンを追い掛けに行ったのだろう。
これまでの情報では、ポケモンの生体実験はタマムシシティにあるアジトで行われていることを彼女達は掴んでいた。隠れ蓑として利用していたゲームセンターを失った今、ロケット団はポケモンに非道な実験を行うことはしばらく無いと見ていい。
しかし、その影響なのか逆にロケット団の活動は活発化しているという報告も多い。
恐らく決戦の時は近い。
鍵を握ると思われるレッドが今どこで何をしているのかわからないが、ロケット団の本拠地であるヤマブキシティで何かが起こるのは時間の問題だ。アキラの健康状態が良好だったら詳しい事情を尋ねるだけでなく、その事も伝えようと思ったが、あの様子ではしばらく無理だろう。それに今彼女と他のジムリーダーが計画している作戦が、どこで漏洩するかもわからない。
ここは静かに見守るのが一番と考え、彼女はヒラタ博士と共に病院を後にする。
夜の寝静まった病室。
ベッドの上でアキラは寝息を立てていたが、部屋の中に音も無く人らしい影が現れた。
影は静かに寝ているアキラに近付き、その様子を窺う。
寝返りを打とうにも打てない状態ではあったが、彼が目を開ける気配は無い。
完全に寝ているのを確信すると、後ろに控えていたもう一つの影が前に進み出る。
その時、何かが炸裂する音と同時に正気を失いそうな光が部屋を照らした。
「っ!」
思わず二つの影は後ろに引くと、何時の間にか飛び出していたゲンガーとミニリュウが飛び掛かってきた。二匹は突然現れた影を叩きのめしてやろうとやる気満々だったが、目に見えない衝撃を受けて反対側に吹き飛ばされた。
「中々賢いポケモンを連れているじゃない」
気が付けば二匹以外のポケモン達もボールから出ており、部屋の隅に固まって未知の存在に敵意を向けていた。彼らのトレーナーであるアキラは、まだ体を動かせないこともあってエレブーに背負われていたが、寝ぼけている様子も無く目はハッキリと開いていた。
「何日も寝てばかりでしたら眠りも浅くなりますよ」
淡々と答えるが、内心ではタイミングが良かったと心底安堵していた。
タイミング良く手持ちが戻ってきたおかげで、今回の事態に対処出来た。
何日か前から妙な視線や空気を感じられる様になって、今の無防備な状態で万が一の事態に巻き込まれるのに戦々恐々していた。病院内ではポケモンを出すのはご法度だが、何時でも彼らが飛び出ても良い様にボールを台から外しておいて正解であった。
あくまで強いのは、彼らポケモンであってトレーナーである自分では無いからだ。
「用事があるのでしたら昼間に来てください。ジムリーダーでも夜に来るなんて怪しい以外の何者でもありませんよ。ナツメさん」
一応普通の人が知っている範疇の事を伝えるが、目の前のヤマブキジムジムリーダーは堂々と胸に「R」の文字が記された服を着ているのだから、誰がどう見ても彼女がロケット団関係者なのは一目瞭然だ。
隠す気が無いのか誇っているのかはわからないが、あの様子だと恐らく後者だろう。ここに来た理由は何となくわかるが、サカキに次ぐロケット団幹部の一人である彼女が自分の元に来るとはアキラは予想していなかった。
「私を知っているのか。まあいい、さっさと用件を済ませるとしよう」
相手はある程度事情を察していそうだと判断し、ナツメは直球で尋ねることにする。
「単刀直入に聞こう――ミュウツーとカツラはどこに行った?」
「知りません」
予想通りの内容にアキラは即答する。
そもそもミュウツーは爆発に呑み込まれてから意識を失っていたので行方はわからないし、カツラに至っては憶えている限りでは会ってすらいない。多分用件はこれだけでは無いだろうと思っていたら、何故かナツメは何も反応は見せず静かに自分を見据えていた。
何だか頭の中を見透かされる様な気味の悪いものを感じるが、その考えは正しかった。事実、ナツメは超能力でアキラの心を読み取ろうとしていた。結果は彼の言う通りで、ミュウツーやカツラの行方に関して有益な情報は得られなかったが、一部の考えや記憶にこれまで感じたことの無い違和感を彼女は感じた。
「出ていけ!!!」
アキラは声を荒げると、彼の意を読み取ったサンドパンは爪先から”どくばり”を放った。
相手が超能力の使い手であることや奇妙な感覚から、彼は心の奥深くまで踏み込まれそうになっていることに気付けた。自分の秘密まで探られる訳にはいかなかったのもあるが、自分の心の内を探られる感覚は想像以上に不愉快だった。
集中力を乱されて肝心の部分までナツメは読み取れなかったが、控えていたユンゲラーが”ねんりき”で撃ち出された毒針を静止させてその場に落とす。
「成程。確かに知らない様だな」
「そうですか。ではお引き取り願います」
「そういう訳にはいかない。限られた人数だが生き残りがいてな。お前がミュウツーと互角以上に戦ったという話を聞いている」
「…それ誇張されています」
確かにミニリュウがカイリューになってからは中々良い感じで戦えていたが、それ以外はやられっ放しだった。このまま下がってくれるのを期待していたが、どうやらそういう訳にはいかなさそうだ。
「もう察していそうだから、私がお前の元に来た理由を話そう。一つ目はカツラまたはミュウツーの居場所、二つ目はお前を連れて行くことだ」
「丁重にお断りします」
ミュウツーと戦った時点で何かあるかもしれないと思っていたが、偶然とはいえ互角以上に戦ったことでロケット団の興味を引いてしまったようだ。出来ることなら拒否の意思を示しながら返り討ちにしたいが、体調が良くないだけでなく、まだ自分達に対抗できるだけの力は無い。
ここは逃げるのが最優先だとアキラは考えた。
「”サイケこうせん”!」
ユンゲラーは額から虹色の念の光線を放ち、アキラのポケモン達を牽制する。
戦う意思は持っていたが、彼らも回復したばかりで最近体を動かしていなかったこともあり、互いにカバーできる様に密着するほど体を寄せていた。そもそも個室の病室で、ポケモンが七匹も居ては狭くて戦いにくい。
アキラは近くにいるブーバーの位置と他のポケモン達の位置、ナツメのユンゲラーの様子を確認して声を上げた。
「皆バーットに固まれ!!」
謎の指示にナツメは意図を理解出来なかったが、アキラのポケモン達はおしくらまんじゅうの様にブーバーに殺到した。勢いで潰されたブーバーは、一瞬だけくぐもった声を漏らしたが、自分が頼りにされている理由をわかっていた。意識を集中させて、自身が野生の頃に偶然拾った人間の道具で覚えた技を発揮すると、彼らは病室から忽然と消えた。
「消えた?」
一瞬だけ驚いたが、彼らの消え方にナツメは覚えがあった。この病室に移動する際に使った”テレポート”だ。
まさか彼が連れているブーバーが覚えているとは予想していなかった。
自身も超能力者であるナツメは、すぐに自らの能力を活かして逃げた彼らの行き先を読み取る様に探り始めた。エスパータイプのポケモンが主に習得する技ではあるが、それ以外のポケモンでも覚えられないことは無い。だが本家に比べれば精度や能力は劣っていることが多い為、どれだけ扱い慣れているのかはわからないが、そう遠くへは行っていないはずだ。
しばらく探っていると読み通り、そう遠くない場所に彼らがいるのを突き止めた。
「”テレポート”だ」
すぐに連れているユンゲラーと共に目的の場所へナツメは移動する。
本来”テレポート”は戦闘状態から離脱する技だが、ナツメの様に技を鍛え上げれば条件の縛りを無くしたり範囲を広くすることも可能だ。彼女らがテレポートした先は、今いる病院の屋上だった。そこでアキラはポケモン達と何やら相談をしていたが、すぐに追い掛けて来たナツメ達に気付いた。
「げっ! もう!?」
追い付かれることは想定していたが、ここまで早く来るとは思っていなかった。
急いでアキラのポケモン達は、またブーバーに体を密着させて逃げようとするが、ナツメは事前の策を用意していた。
「”かなしばり”!」
ユンゲラーはブーバーに狙いを定めると、スプーンを介して放った念の力でブーバーの動きと技を封じる。
これで彼らの逃走手段を潰した。仮に動ける様になっても、封じられた”テレポート”はしばらく使うことは出来ない。その間に邪魔なポケモン達を片付けようと考えていたが、彼らの姿はまた唐突に消えた。
「何!?」
これには流石のナツメも驚きは隠せなかった。
間違いなくブーバーの動きを封じたはずなのに、また”テレポート”で逃げたのだ。ブーバー以外にも連れているポケモンの中に、”テレポート”を覚えているのがいたのだろうか。もう一度ナツメはアキラ達が逃げた先に意識を向けて、再びユンゲラーと共にその場所へと瞬間移動する。
しかし、彼女が移動してすぐにブーバーを封じた様に彼もナツメが追い掛けていた時の対策をしていた。
「来たぞ! 攻撃開始!!」
ナツメとユンゲラーの姿を見るやアキラの掛け声を合図に、予め周囲を警戒していた彼のポケモン達は一斉に技を放つ。
”テレポート”をしてすぐだった為、ナツメとユンゲラーは何も防御手段を取ることが出来ずにまともに彼らの攻撃を受けてしまう。だが、彼女にはロケット団幹部としての自負がある。
辛うじて落下ではなく着地する形で地上に降りると、すぐさま”サイコキネシス”で反撃する。
しかし、反撃を受けるや彼らは下手に踏み止まらず即座に”テレポート”でどこかに消えた。
「っ! あいつら!」
エスパータイプのエキスパートである自分が、イタズラレベルの超能力に翻弄されている事実にナツメは感情を高ぶらせる。絶対に追い詰めると決意するが、不意に彼女は動きを止めた。
突然、頭の中にそう遠くない未来に起こるかもしれない未来のビジョンが流れてきたのだ。
未来予知と呼ばれる能力で意識的に見ることもあれば、今回の様に唐突に見ることがある。
そして後者ほど、ナツメは非常に鮮明に未来を見ることができる。
「――仕方ない」
冷静に内容を吟味した彼女は、そのビションからアキラを追うよりも自分には重要なことがあると判断した。感情を抑えて、彼の後を追うのは事前に打ち合わせていた部下達に任せるのを決めると、ナツメはユンゲラーを伴ってその場から消え去るのだった。
「――来ないな。諦めてくれたのかな?」
タマムシシティの街路でアキラはエレブーの背に乗りながら、手持ちと一緒に周囲を警戒する。
人は殆どいないが、今の時間が深夜なのを考えると仕方ないだろう。
”テレポート”をして離脱したが、すぐに追い掛けられてブーバーを狙われると考えた彼は、サンドパンとミニリュウの二匹に”テレポート”を”ものまね”させて何時でも使える状態にしていたのだ。今まで試したことが無かったので、本当に使えるのか半分賭けではあったが、普通に使えた上に相手の動揺を誘えたりと一石二鳥だった。
また同じ手が通用するとは思っていないので、今度はサンドパンを地中に潜ませている。しかし、一向に来る気配は無かったので、この備えは嬉しい空振りで終わりそうだ。
「病院に戻るか」
思いの外病院から離れてしまったので、これ以上離れると戻るのも一苦労だ。
体を動かせれば良いのだが、今の自分は立つこともままならない上に体が痛くて堪らなく、さっきからずっとエレブーに背負って貰っている。何時まで待っても合図は無かったので、サンドパンが地面から顔を出したのを頃合いに、アキラは追撃は無しと判断した。
「それにしても、ロケット団の幹部に追われるなんて……」
まだポケモントレーナーになってから半年も経っていないのに、もうこの世界の実力者に狙われるとは。一応想定はしていたが、実際に遭遇すると最悪だ。
出来れば返り討ちに出来るだけの力を付けるのが一番だが、短期間でジムリーダーを容易に退けるほど強くなれるはずは無いし、この先も強くなれる保証は無い。なので今は変に正面から挑める実力を身に付けることを目指すより、今回の様にいざと言う時の逃走手段を確立させておくのが先決だろう。
生きるか死ぬかの一発勝負を挑むよりは、何回も再起を窺うチャンスがある方が気が楽だ。
「いたぞ! あいつらだ!」
そう思っていた矢先、遠くから暗闇に紛れる黒い服を着た人達が走って来る。
どうやらまだまだ逃げ続けなければならないことに、アキラは溜息を吐いた。
アキラ、ミュウツーを撃退したことでロケット団に目を付けられる。
介入することは一応考えてはいるけど、今の彼らには大きく変えるだけの力は有りません。
噛み付いたシェルダーとヤドンは無事に分離。
ミュウツーと戦わせたのは、シェルダーを分離させるのも目的にあったりします。
何気に出てきた暴走族達とは、この先も地味に関わりが続く予定です