SPECIALな冒険記   作:冴龍

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苦渋の決断

 ポケットモンスター SPECIAL、略してポケスペ。

 巧みにゲームの設定を生かした綿密なストーリー展開に独自設定や迫力のある描写は、数多くあるポケモンを原作とした作品の中でも際立つ漫画だ。

 そして登場する人物の中には、今目の前に立つ少年と同じ名前であるレッドと言う少年が主人公として出ていた。

 

 自分が架空の世界――それも漫画の世界に来たことを否定するのは簡単だ。

 だが、否定しようにもそうだと確信出来るだけの証拠が、目の前に立っている彼自身も含めてアキラの中では揃っていた。

 

 ”ポケモンがいる世界に自分はいる”

 

 これだけでも興奮と不安が入り交じった気持ちを抱いていた彼の内心は再び荒れ始めたが、出来る限り感情を抑え込みながら、この世界に関して知っている記憶を頭の中に浮かべ始めた。

 

 幸いと言うべきか、アキラはポケスペの事を知っていると言えば知っている方だ。

 一応、どういう形で物語が進んでいくかの大体の流れを知ってはいる。

 何気無く楽しく読んでいた時の記憶が、自分の窮地を救う助けになるのではないか。

 そう期待出来たのだが、ここで全巻読んでいるとは言い難いという問題が立ちはだかった。

 

 中でも第二章と、読んでいる時はまだ途中である第九章に分けられるエピソードが問題だ。

 後者の章は遥か先の出来事ではあるが、前者の章は読んですらいない。なのでその間に起きた出来事、どういう流れで物語が進んだのかアキラは全く知らない。

 他にも全体の流れは憶えていても、作中内での彼らの細かな動きや発言を憶えている章と憶えていない章との差も激しい。

 

 結論から言うと、全体的にあやふやな状態でしかアキラは憶えていないのだ。

 今更ながら、全巻揃えなかったことやあまり読み込んでいなかったことを彼は後悔する。だが、こんなことで必要になるとは誰も思い付く筈が無い。

 

 けれども、この先どの様な出来事が起こるか、ある程度憶えていることは大きいことには変わりない。

 折角のアドバンテージをあまり活かせない懸念や不安が無い訳では無いが、何かしらの行動の指標とすることは出来る筈だ。とにかく今この世界の現在の時間軸を知りたかった。

 

「究極のトレーナーね……その図鑑はどこで手に入れたの?」

「これか? 昨日オーキド博士って人から託されたんだ」

 

 試しに、今手にしている図鑑をどこで手に入れたのか尋ねたが、彼は普通に答えてくれた。

 おかげで今の時間軸はかなり初期。それもレッドが、オーキド博士からポケモン図鑑を託されて間もない頃であることは見当が付いた。

 

 彼の様子と先程までの会話を聞く限りでは、今自分がいるこの森はトキワの森で、時間軸は最初のエピソードである第一章辺りなのが考えられる。と言うのも、彼がトキワの森を訪れた回数は全編通して見ても、そう多くは無いからだ。

 そこまで状況を整理したアキラだが、あることに気が付いた。

 

 もしかしたらこの付近を歩いている最中に、自分を置き去りにした存在を彼は見掛けたかもしれない。少しだけ期待を抱いたアキラは、レッドにその話をさりげなく振ることを思い付く。

 そしていざ話を振ろうとした直後、少し離れた茂みから青虫らしきポケモンが、ノロノロとした足取りで二人の前に姿を現した。

 

「――キャタピー?」

「あっ! さっきの青虫!」

 

 憶えのある姿にアキラは該当するポケモンの名を口にするが、レッドは別の意味で憶えがあるのか声を上げる。アキラは知る由も無いが、実は倒れている自分を見つけるまでレッドはキャタピーを追い掛け回していたのだ。

 

 出てきたキャタピーもまた、レッドに追い掛け回されていたのと同じ個体だったのか、一瞬だけ驚きで体を硬直させると一目散に逃げだした。

 それを見たレッドは、急いで後を追おうとするが何故かすぐ足を止める。

 

「どうしたの?」

「いや…お前を放っておくのはマズイかなって」

 

 知り合ったばかりではあるが、何やら遭難気味であるアキラを放置することはレッドとしては気が引けるらしい。

 彼の気遣いに、アキラの内から嬉しさと感謝したい気持ちが湧き上がる。突然訳もわからず森の中で命懸けな目に遭ったことや一人でいた心細さも相俟って、思わず涙が出そうでもあった。

 ところが唐突にある懸念が彼の中に込み上がって来て、素直に喜べなくなってしまった。

 

「――気にするな。折角だから追い掛けよう」

「いやお前足は…」

「大丈夫大丈夫」

 

 レッドの心配を余所に、アキラは気合を振り絞って強引に体を動かす。

 彼の中で浮かび上がった懸念とは、自分の事でレッドをここに留めた影響で、この先に起きる出来事が変わってしまう可能性だ。

 

 基本的に世界観は漫画通りであることは予想できる。

 しかし、ポケスペは妙に現実的な面がある世界観の作品だ。

 ミニリュウとの戦いを身をもって経験した今では、アニメやゲームと同じ感覚や考えをしていては、この世界で生きていくことが出来ない。だからこそ先を知っていると言うのは、この世界を生きていく上では大きなアドバンテージだ。

 それが活かせなくなってしまうかもしれない可能性は、なるべく避けたい。

 

 今レッドを自分の安全の為に留めたことで先が変わってしまう不安。

 彼を先に行かせて一人で森を抜ける不安。

 それらをすぐに両天秤に測り、前者の方が大きく響くとアキラは判断したのだ。

 

 立ち続けていたおかげで足の感覚は多少回復してはいたが、それでもレッドと一緒にキャタピーを追い掛けることが出来る体調では無いことに変わりはない。

 だけどここで体を休ませ続けていては、彼は自分の身を案じて離れないだろう。

 かと言って空元気を見せてもレッドが納得することもない。

 

「本当に大丈夫なのかよ」

「何時までも森の中には居たくないしね。早いとこ出たい」

 

 体に鞭を打ち、アキラは率先して茂みの中に入って行くとレッドも続く。

 もう既にキャタピーは見失っているが、二人は腰の高さもある茂みを掻き分けながら森の中を突き進んでいく。奥に進むにつれて、森の中は徐々に太陽の光が遮られて薄暗い雰囲気へと変わる。

 何かが出てきてもおかしくないと思ったその時、鳥の様な無数の影が彼らの前に飛び出してきた。

 

「うおっ!?」

 

 突然の事にレッドは驚いて何歩か下がるが、それは飛び出した鳥――ポッポ達も同じだった。

 驚いて飛び出したことりポケモン達は、慌ただしくその場から飛び去って行くのもいたが、その多くはパニックを起こしているのか目の前にいるレッドとそのポケモン達を追い払おうと集団で襲い掛かって来た。

 

「ちょっと待て! タンマタンマ!!」

 

 レッドも自分の不注意でポッポ達を驚かせてしまった自覚があったので、反撃はせずに落ち着く様に声を上げるが、パニックになって我を忘れているポッポ達は我武者羅に彼らを小さな嘴で突き始めた。

 

「ちょっ! 待て、痛い痛い!」

 

 レッドは腕で顔を守るが、それでも余りの数と体の至る箇所を突かれるので堪らず連れているポケモン達と一緒にその場から逃げる様に走っていく。

 ポッポ達も逃げるレッド達を執拗に追い掛けることはせずに、彼らが去って行くのを見届けると立ち去る様に森の外へと飛び立って行った。

 そうしてトキワの森は再び静けさを取り戻したが、しばらくするとさっきまでレッドとポッポ達がいた場所のすぐ近くの茂みが蠢いた。

 

「――行ったかな?」

 

 蠢いた茂みの中から顔を出しながら、アキラは周囲の様子を慎重に窺う。

 彼としては体を酷使させてでもレッドに付いて行くか、どこかのタイミングで逸れる形で別れることを考えていたが、まさかこんな形で彼と別れることになるとは流石に予想していなかった。

 茂みの中に隠れていたのは実は偶然で、ポッポ達が飛び出したのに驚いて倒れ込んだのが茂みの中だっただけでなのとポッポ達は自分の存在に気付いていなかったので周囲が静かになるまで隠れていただけだ。

 

 レッドと別れることになったのは、本当に偶然の結果だ。

 本当は足の調子が良ければ一緒に森を出たかったが、本来なら存在する筈が無い自分の所為で彼の足を引っ張る訳にはいかない。

 なので折角気を遣ってくれたレッドには悪いが、ここで一旦別れた方が彼の為だ。

 

「…ッ」

 

 足が限界に達した為、アキラは休息を取るべくまた座り込む。

 レッドと別れたのは、先が変わることを恐れたが故の判断だった。

 だが、落ち着いて冷静に考えると、今この森から抜け出さなければその判断に意味が無いことに今更ながら気付いた。

 さっきまで最善と思っていた選択に若干後悔するが、彼は強引に意識を切り替えて、これから自分が進むべき道について考え始めた。

 

 確かこの世界の十代は大人とほぼ同じ扱いと見なされて、子ども達の多くは旅に出るということを不確かながら憶えている。その理由はポケモンがいる分、旅の負担が軽減されるからと考えられる。だけど正直このまま何の助けも無く自力でこの世界を生き抜いていく自信は、とてもじゃないが無い。

 

「落ち着け…焦るな」

 

 激しくなってきた心臓の鼓動を抑える様に胸に手を添え、彼は自分に言い聞かせながら気持ちを落ち着けようと努力する。未来が不透明且つお先真っ暗状態なのだから、悲観的な思考に陥ってしまうのは無理ない。

 だが、全てを諦めるにはまだ早い。

 

 とにかく知っていることの中で、役に立ちそうなことをアキラは些細なことでも良いから片っ端から思い出そうとする。この後取るべき適切と思われる行動を幾つか頭の中に浮かべ始めたが、急にお腹が鳴り始めてから、それらのイメージは尻すぼみになっていった。

 

「お腹空いた…」

 

 今思えば夕食すら食べていなかったので、お腹が空くのはある意味当然ではある。

 とにかく何か食べれる物は無いか探し始めるが、周囲の木を見ても食べられそうなものは見当たらない。

 体から力が抜けるのを感じたアキラは、そのまま後ろの木に背中を預けるが、すぐに何かを思い付いたのかモンスターボールを手に、フラつきながらも立ち上がった。

 

 中には昨日ボールに収めたミニリュウが入っている。

 正直に言えば、昨日の出来事もあって一人の時にミニリュウを出すことは怖い。だけど、彼としては今後頼りになるかもしれないのと最初に手にしたポケモンであるが故の思い入れなどの気持ちの方が上回っており、出来るだけ手持ちから外したくない。

 深呼吸をして気持ちを静めると同時に覚悟を決めて、アキラはモンスターボールを軽く投げた。

 

「ミニリュウ出てきてくれ」

 

 ボン!と音を立ててボールが開き、中からミニリュウが姿を見せた。

 ところが現れたドラゴンポケモンは、顔を合わせることすら嫌なのか最初からアキラに背を向けていた。

 

 「なぁミニリュウ、お前この森にいたんだろ。食べ物の在り処とか知らないかな?」

 

 同じ目線までしゃがみ込んだアキラは、背を向けているミニリュウに食べ物の在り処を尋ねる。

 レッドが見せてくれたポケモン図鑑の説明を思い出せば、本来ならミニリュウは湖などの水のある場所に棲んでいる。少し不自然ではあるが、とにかくこのドラゴンポケモンはこの森を住処にしているはずだ。

 そう考えての質問だったが、ミニリュウは返事代わりに頭突きを繰り出してきた。

 

「危ね!」

 

 突然の攻撃ではあったが、アキラは紙一重の差で避ける。

 機嫌が悪いのでボールから出したら何かやらかすと思っていたが、まさかここまでとは予想していなかった。彼は急いでボールを手にして戻そうと構え、頭突きを仕掛けてから木にぶつかったミニリュウも振り返る。

 昨夜の出来事を再現するかの様に両者は再び対峙するが、水を差す様にぶつかった木から「ボトッ」と音を立てて何かが落ちた。

 

 少し気の抜ける音であったため、彼らは一時休戦にして何が落ちて来たのかを確認する。

 両者の視線の先にあったのは、バナナの房のような形をした奇妙な物体だった。

 一体何なのか分からずお互い無視しようとしたが、本能的な危機感を抱く不気味な羽音が聞こえてきて無視できなくなった。

 

 嫌な予感がする

 

 そう感じたアキラは、物体が落ちてきたと思われる木を見上げるが、すぐに見上げてしまったことを後悔する。

 

「やっ、やばい」

 

 枝葉の隙間から、両腕と尻に巨大な針の様な凶器を持った虫の様な姿をしたポケモンが何十匹も赤い目を光らせていたのだ。

 落ちてきた物体が何なのかはわからないが、それが木の上で彼とミニリュウに明らかな敵意を見せている虫ポケモン達を怒らせている原因なのは確かだ。

 

 あんな巨大な針に刺されたら、ひとたまりもない。

 

 外見からして蜂によく似ているのだから、毒を持っていることが容易に予想出来た。

 

「ミニリュウ、ここは逃げるべきだ。下がろう」

 

 アキラはミニリュウに逃げるのを促す様に声を掛けるが、直後にミニリュウと虫ポケモン達は同時に動いた。

 虫ポケモン達は一斉に襲い掛かるが、ミニリュウは虫ポケモン達よりも早く先手を打った。

 

 瞬間移動したのではないかと錯覚する程のスピードで、ドラゴンポケモンは一気に距離を詰めると、全身を大きく捻った”たたきつける”で、先鋒の数匹を纏めて一掃したのだ。

 一気に数匹やられたが、残った虫ポケモン達は怯まず巨大な針を突き刺そうと突っ込む。

 危うい状況であることに変わり無かったが、尾を振った勢いを利用してミニリュウは体を横に飛ばして攻撃を避ける。

 

 敵集団から距離を置いたドラゴンポケモンは、口と思われる部分に自身の体色を濃くした様な青い光を球体状に集め始める。そして光が一際強くなった瞬間、何本もの青い稲妻が絡まり合った様な光線を虫ポケモン達目掛けて放った。

 その技を見た瞬間、でんきタイプの技かとアキラは思ったが、青い光線を浴びた虫ポケモン達の体は凍り付いて呆気なく落ちていくのだった。

 

「ウソ…」

 

 予想外過ぎるミニリュウの強さに、辺りが再び静かになったのと合わせてアキラは唖然とする。

 今気付いたが、自分達を襲ってきた虫ポケモンの正体はスピアーと言う名前のポケモンだ。

 

 個々ではあまり強くないが、纏まった数が揃うと大きな脅威になると思われるポケモンだ。

 そのスピアーの群れが、たった一匹のミニリュウの手でアッサリと片付けられた。目まぐるしく状況が変わり過ぎて理解するのに時間が掛かったが、同時にアキラの頭の中に何故ミニリュウが言うことを聞いてくれないのかの要因が浮かんできた。

 

 それは自分のトレーナーとしてのレベルが低いからなのではないか、ということだ。

 ポケモンの世界は、バッジ保有数などでトレーナーとしての力量を表している。

 このレベルが低いと他人のポケモンや強いポケモンは、指示を出したトレーナーの言うことを聞こうとせず自分勝手に動く。彼自身、実際にゲームで経験をしたことがある。

 別の技を出したり、無視したり、寝始めたり、怠けたりと色々と面倒で厄介な問題ばかりを引き起こす。

 

 おそらくミニリュウが自分に腹を立てているのは、己の”おや”が言うことを聞くに値しないトレーナーだと認識しているからなのだろう。

 色んな意味でポケモンに接することは初心者なので、自分がトレーナーとしての技量が低いのは仕方ないところはある。だけど、だからと言ってこのまま放置する訳にはいかない。

 また昨日みたいな目に遭う前にアキラはミニリュウをボールに戻そうと動いたが、目の前の竜は彼の動きを察知する。

 振り返ると同時にミニリュウは、さっき放ったのとは異なる電撃の様なものを彼目掛けて放ってきた。

 

「大人しく戻るんだミニリュウ!」

 

 避けながらアキラは憤ったような声で呼び掛けるが、当然素直に聞いてくれる訳は無かった。

 最終手段として、彼は腕に力を入れて思いっ切りモンスターボールを投げ付ける。

 

 本来なら、ここまでの余力は今の彼には無い。

 

 しかし度重なる生命の危機と体を動かさざるを得ない状況によって、体内では大量のアドレナリンが駆け巡り、一時的に火事場の馬鹿力の様なものが引き出されていた。

 が、そんな渾身の力が込められたボールをミニリュウはアッサリと弾いた。

 

「ゲッ!」

 

 まさかの失敗に彼の表情は青ざめるが、ミニリュウは容赦なく尾を振ってきた。

 

「ちょ! タンマタンマ!」

 

 思わず咄嗟に手を突き出して、アキラは先程まで一緒に居たレッドみたいにタイムを要求したが、勿論そんなことをしてミニリュウが止まる筈は無かった。

 フルスイングで放たれた尾の直撃を腹部に受け、アキラは潰れた様な変な奇声を上げながら叩き飛ばされた。

 

 金属バットをフルスイングで腹に叩き込まれたような強烈な一撃。

 アキラは草の上を激しく転がるだけでなく、激痛と強烈な吐気に襲われる。

 意識が遠のきそうだったが、ミニリュウは攻撃の手を緩めなかった。

 

 追撃にスピアーの群れを葬ったあの青白い光線を放ってきたのだ。これを受けて氷漬けにされたら、もう生きられる自信は無い。

 死に物狂いで彼は避けると、転がっていたモンスターボールを拾う。もう一度ボールに収めるチャンスを窺うが、攻撃は一層苛烈さを増す。

 生命の危機と恐怖感も相俟って、止む無くアキラは逃げる様にミニリュウから距離を取る。

 

「お願いだから大人しくして! ホントおねが、うおっ!?」

 

 本気で殺しに掛かってきているとしか思えない程、ミニリュウは憎悪を剥き出しにしつこく攻撃を仕掛けてくる。何故ここまで殺意や憎悪をぶつけてくるのか、アキラには訳が分からなかった。

 

 追い掛けてくるミニリュウの様子を見て、ボールを投げようと身を翻した時、彼の背中に何かがぶつかった。翻す前は木は無かったはずだったが、理由が分からないままぶつかった反動でアキラの体は前によろめく。その隙を突く形でミニリュウは飛び掛かって来た。

 

 これ以上攻撃を受けると、光線の直撃じゃなくても体が持たない。

 奇しくも昨日と同じ構図だった為、彼は飛び上がったミニリュウに対して手に持ったボールを突き出した。

 

 どの道上手くいかなければ、今度こそ再起不能になるのだ。

 昨日とは異なり、彼は一連の流れと動きから一切目を逸らさなかった。

 そして運良く昨日と同じ流れで、ミニリュウの尾がボールの開閉スイッチに触れる。

 その瞬間、目の前のポケモンはボールの中に収まり、ようやく辺りは静かになった。

 

「はぁ、はぁ……ふぅ…」

 

 呼吸を荒げながら、ようやく落ち着いたことにアキラは安心する。

 ボールから出す度にこれでは、とてもじゃないが体がもたない。

 そんなに目が合ったことや捕まったことが気に入らないのかわからないが、この状態が続くなら精神的にも肉体的にもきつい。

 

「いたた、腰が…」

「えぇ、本当に腰が……え?」

 

 無意識に堪えていた痛みを彼は口にするが、自分の声以外に「いたた」とぼやくのが耳に入る。

 何気無く彼は後ろに顔を向けると、頭の至る箇所が大きく跳ねている特徴的な髪型が目立つ白衣を着た人物が倒れていたのだ。

 

「わっ! ごめんなさい。大丈夫ですか?」

 

 背中に背負っている機械の所為なのか、白衣を着た人物は起き上がるのに四苦八苦していた。

 慌ててアキラは痛みを忘れて、倒れている人が立ち上がれる様に手伝う。

 疲れていることや奇妙なくらい体が重く感じられて時間は掛かったものの、彼は白衣の人物を何とか立ち上がらせることは出来た。

 

「ふぅ、やれやれ助かった」

「ぶつかってごめんなさい。お怪我はないですか?」

 

 ぶつかった白衣を着た人は大して気にしていなさそうではあったが、さっきから色々不運続きなアキラとしては、これ以上の面倒事は避けたかった。

 

 謝罪を口にしながら彼は頭を下げるが、どこからか点滅音的なものが耳に入る。

 不思議に思って顔を上げてみると、点滅音は目の前の博士っぽい人が手にしている探知機の様な装置のランプから発せられていたのだ。

 機械は忙しなく「ピコンピコン」と音を発しながら点滅しており、目の前の人物は興味深そうに手にした探知機をアキラの体の隅々に回す。

 

「あの…何でしょうか?」

「――もしや君、あの現象に遭遇したのか?」

「ぇ……はぁ?」

 

 よくわからない質問に、アキラは思わず失礼な疑問の声を上げてしまう。

 確かに奇妙な現象に巻き込まれはしたが、それがこの探知機のどこに引っ掛かって反応しているのか。疲労が重なり過ぎて頭の動きが鈍くなっていたアキラは、目の前の人物が言っている内容が良く理解できなかった。

 

「おっと、突然申し訳ない。儂の名はヒラタ。ポケモンのタイプに関して調べている研究者じゃ」

「――タイプを調べている研究者?」

 

 困惑するアキラの様子から、目の前の人物は自身の名と役職を名乗る。

 しかし、会話の流れがよくわからなくて混乱していた彼は、身分を明かされても話に付いて行けていなかった。

 

 ポケモン世界にはオーキド博士などのポケモン研究者が存在していることは知っている。だが今目の前にいるヒラタと名乗る研究者の存在は、アキラは知らないどころか作中内に登場している記憶が無かった。

 頭が落ち着くにつれて胡散臭い人という考えが徐々に彼の中に浮かんでいき、露骨に疑いの眼差しで見つめ始めた。

 

 レッドと別れた今では、このトキワの森を抜け出す手段は現状二つしかない。

 

 一つ目は、自力での脱出。

 二つ目は、目の前のヒラタと名乗る謎の研究者に助けを求めて付いて行くかだ。

 

 自力での脱出は、森の中を全く理解していないので出来れば避けたい。

 だが、この自称研究者のおじさんに付いて行くことも気が引ける。

 

 どうしようかアキラは悩むが、唐突に森の奥から恐ろしい獣が吠える様な声が聞こえてきた。

 幸い、声の大きさから考えて声の主は二人から離れているようだったが、ヒラタの表情は険しいものに変わった。

 

「むむまたか、さっきは何とかやり過ごしたと言うのに長居は出来んようじゃな。――君はトキワシティの子か?」

「へ? 違いますが」

「と言うことはニビシティの子か」

「あの…自分はこの近辺の人間ではありません」

 

 ある程度ではあるが正直にアキラは、自分がトキワの森に接している町に住んでいる人間では無いことを伝える。すると、どこの町の出身では無いことを全く予想していなかったのかヒラタは目を瞠る。

 

「と言う事は…君は旅をしている子なのか?」

「それは……その…」

 

 どう答えるべきか、アキラは言葉に詰まってしまう。

 さっき会ったレッドの様に記憶喪失な風に振る舞う事も出来なくは無かったが、疲れていることも重なって、中々彼はその発想に至る事は出来なかった。

 黙り込むアキラにヒラタは困るが、仕方なさそうに彼に話し掛ける。

 

「会って間もない儂を信じるのは難しいと思うじゃろうが、この森から安全に抜けることは保証をする。すまないが儂に付いて来てくれんか?」

 

 彼の提案に、アキラは怪訝な顔を浮かべる。

 知らない人には付いて行かない。

 元の世界では耳にタコができるくらい言われていることに彼は悩む。

 

 こんな状況ではなかったら断るべき場面だが、森の出口がわからず彷徨っていたことやさっきの声を聞く限りでは、この森に長居するのは止めた方が良いだろう。それに端的ではあるが、この人は自分にとって覚えのある現象についても触れていた。

 

 正直に言えば、巻き込まれた以外は何故自分がこの世界にいるか知らないし、何事もたった一人だけでは出来ることは高が知れている。仕方ないが森から出る時までだけでなく、そのまま博士に付いて行き、自分の身に何が起こったのかを知るヒントを得ることも十分に選択肢に入る。

 ひょっとしたら、ヒントを得る以上の手助けを借りられるかもしれない。

 

「いいですけど、何で俺に付いてきて欲しいのですか?」

「それは君に聞きたいことがたくさんあるからじゃ」

 

 付いて来て欲しい理由が非常に曖昧なのが引っ掛かるが、何かあったらボールに戻すのは大変だろうけど、もう一度ミニリュウを出せばどうにかなるだろう。

 そう考えたアキラは、博士を名乗るヒラタの申し出を受け入れた。

 それから彼は森の出口へと向かい始めたであろうヒラタから逸れない様に、さっきの声の主が後ろから襲ってこないかどうか気にしながら慎重に付いて行くのだった。




アキラ、オーキド博士では無い全く別の博士ポジと遭遇。
アニポケに同じ名前と似た様な立ち位置のキャラはいますが、一話限りのゲストでしたのでほぼオリキャラですね。
わざわざアニポケのゲストキャラから選んだのは初期設定の名残で、名前は検索すれば、どういう話に出てきたキャラなのかわかると思います。

改めて書きますが、この小説の原型が浮かんだのがゲームのXY発売前なので、主人公であるアキラは2011年の時期からやって来た扱いです。
なので主人公はBWまでは知っていますが、それ以降のポケモンのゲームは存在しないので知らないです。

何回も大幅に話の展開や設定を変えたのに、何でそこだけは変えなかったんだろう。

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