SPECIALな冒険記   作:冴龍

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前日は誤字報告を下さった方々ありがとうございます。
見落としていたのを申し訳なく思うと同時に、細かいところまで読んで貰えているのが感じられて嬉しかったです。
今後も気を付ける様にしますが、もしありましたらまたお願い申し上げます。


友との決戦

「皆いよいよだぞ」

 

 大会が行われている会場の外で、レッドは連れているポケモン達を出して意気込んでいた。

 

 予選二回戦目で戦う事になったアキラとは、そこまで長い付き合いでは無いが、彼の強さは良く知っている。今のところ彼との対戦成績は全戦全勝ではあるが、それらはハナダジムでカスミと一緒に特訓をしていた頃だ。彼が連れているポケモン達は皆、能力がとても高いので危うく負けそうになった時もあった。

 新しいメンバーを加えた彼が、どこまで成長しているのか予測がつかない。

 

「予選の段階だけど、決勝戦のつもりでいくぞ!」

 

 気合を入れてポケモン達を鼓舞すると、彼らも元気にレッドに返事を返す。

 特にアキラと一緒に過ごした経験のあるニョロボン、フシギバナ、ピカチュウの三匹は、誰よりも彼が連れているポケモン達の強さを知っているので気を引き締める。彼らのやる気が十分なのを確認すると、レッドはボールに戻して予選会場へ向かう。

 

 人込みを掻き分け、出場者専用通路を通って会場内へと入ると、試合が行われる予定のリングに上がった。既にリングの向かい側には、対戦相手であるアキラが何時になく険しい表情でレッドが来るのを待っていた。

 

「――こんなに早く、お前と戦うとは思っていなかったよ」

 

 彼の様子に感化されて緊張したレッドは、誤魔化す様に帽子のツバで顔を隠しながら呟く。この会場のどこかにいるであろうグリーンと同じく、彼とも出来れば本戦と言う大舞台で戦いたかった。なのでこうも早く戦う事になったのは、本当に残念で仕方ない。

 

「だけど、だからこそお互いに悔いの残らない試合をしようぜ!!!」

 

 顔を上げ、ボールを握った手を突き出して、レッドはアキラにそう伝える。

 勝てば次に進み、負ければここで終わりではあるが、どっちが勝っても負けても納得できる試合を彼は望む。その為にも持てる力の全てを出し尽くすつもりだ。

 いざ、ボールを投げようとした時、突然審判はレッドに詰め寄った。

 

「君、今まで何をやっていたんだ?」

「え?」

 

 一体何が何だか訳が分からなかったが、理由を審判が話す前にアキラが教えてくれた。

 

「レッド、予定時刻を過ぎてるよ」

「――え?」

 

 レッドは気付いていないが、実は予選開始時間を過ぎているのだ。

 それもアキラの不戦勝が決まる寸前。

 

 彼が険しい表情を浮かべていたのは、緊張感でも何でも無く、中々レッドが来ないことに焦りと不安を抱いていただけだ。審判から遅刻したことに関して咎められて、とにかく謝り倒している彼の姿にアキラは安堵と溜息が入り混じった息を吐く。

 

 もしこのまま彼が、この先も戦い抜ける力があるのかどうか確かめる前に、自分の不戦勝が決まっていたらと考えるとゾッとする。

 本当に色んな意味で心臓に悪い数分だった。

 

「いや~悪い悪い」

 

 アキラの表情を呆れと受け取ったのか、ようやく解放されたレッドは誤魔化す様に罰が悪そうな笑顔を浮かべるが、すぐにその目は真剣なものに変わった。

 

「でも、バトルには勝たせて貰うぜ」

 

 レッドの準備が整ったのを見て、アキラは心を落ち着けて平静を保つことに努める。

 いよいよ彼とのバトルが始まる。

 もう引き下がる事は出来ないが、引き下がるつもりは今のアキラには無かった。互いに腰に並べているモンスターボールに手を掛けて、序盤の主導権を争いに繰り出す一番手のポケモンを選ぶ。

 レッドはバトルの流れを掴むのに適した手持ちを考えていたが、アキラの方はなるべく一撃でやられるのを防ぐべく、彼が繰り出してくるポケモンと相性が良いポケモンを選んでいた。

 

「試合、開始!」

 

 審判から試合開始を宣言されて、両者は同時にボールをリングの上へ投げ込んだ。

 正確には若干アキラの方が遅れたが、それでも互いのポケモン達は同時に姿を現す。

 

 レッドが最初に繰り出したのはピカチュウ、対するアキラが召喚したのはサンドパンだった。

 本来なら有効な対抗策が少ないゲンガーを出そうと思っていたが、直感的に彼はサンドパンを選んだのだ。タイプ相性はこちらが有利、少なくとも一発KOは免れた。

 

「サンット、”どくば――」

 

 先手を取るべく最も素早く仕掛けられる技を命じようとしたが、突然アキラの脳裏にハナダジムで彼と戦った時の記憶が過ぎった。

 

「ガードだ!!」

 

 慌てて短いながらも別の指示を出すと、ギリギリで両手の爪を交差させて構えたサンドパンは、一気に距離を詰めて尾を叩き付けてきたピカチュウの攻撃を防ぐ。

 先手を取ることを考えれば、確かに素早いピカチュウが適任だ。あのまま攻撃しようとしていたら、先程の”でんこうせっか”でバランスを崩されていただろう。

 

「やっぱ簡単にはやらせてくれないか」

 

 以前はこれで上手くいったが、流石に二度は通じないかと考えてレッドは次の手を考える。しかし、その前にサンドパンは爪を構えてピカチュウに襲い掛かった。

 

「”かげぶんしん”だ!」

 

 すぐさま無数の分身を生み出してサンドパンの攻撃を回避すると、そのまま狙いを絞らせず惑わす意図なのか、ピカチュウは分身と共に包囲する。このまま時間を稼いで隙を見せたらとレッドは考えるが、アキラとサンドパンは予想外の方法で対抗してきた。

 

「”ものまね”で真似るんだ!」

 

 何と”ものまね”でレッドのピカチュウが使った”かげぶんしん”をコピーすると、同じ数だけの分身を作ってきたのだ。これには流石の彼らも驚きを隠せなかった。まさかこうも堂々と正面から挑んでくるとは思っていなかったのだ。

 

「さあ、派手にいこう!」

 

 準備が整い、アキラの合図に無数のサンドパンは一斉にピカチュウ達に攻撃を仕掛ける。分身とはいえ、複数のポケモンが同時に激突する様に観客達の熱気は更に高まる。

 ”かげぶんしん”で生み出した分身は、基本的にぶつかり合ったり、攻撃を受けたりするとすり抜けるか消えてしまうかのどちらかだ。なのでそのどちらでも無いのがいたら本体と考えても良いとアキラは考えており、早速本体と思われるピカチュウを見つけた。

 

「リングの左端の奴が本体だ!」

 

 すぐさま分身では無いサンドパンは指示通りの標的目掛けて駆け出すが、レッドもすぐさま反撃を仕掛ける。

 

「”フラッシュ”!」

 

 直視できない程の強烈な光がピカチュウの体から発せられて、アキラとサンドパンの目は眩んでしまう。

 数々の戦いと冒険で経験を積んだおかげで両者とも直ぐに立ち直るが、見える様になった時点でピカチュウの姿はいなかった。

 

「!? どこに――」

「”10まんボルト”!!!」

 

 探そうとしたが、すぐに彼らはピカチュウの居場所を知る事となった。

 サンドパンの死角、それもサンドパンの体を利用して隠れる様な位置取りでアキラの目も欺く場所にピカチュウはいた。咄嗟に距離を取る様に伝えたかったが、至近距離だったことも重なり気付いた時点では手遅れだった。

 

 限界まで溜められた強烈な電撃が周囲に放出され、サンドパンはその直撃を受ける。じめんタイプにでんきタイプの技は基本的に無効ではあるが、あまりに強力過ぎるとタイプ相性で無力化し切れない場合がある。ニビジムでのタケシのイワークが良い例だ。

 ピカチュウが放った電撃に、サンドパンは体中を焦がしながら今にも倒れそうによろめいたが寸前で踏み止まった。

 

「耐えられた!?」

 

 渾身の力を込めて放った技を耐え切られたのに、レッドは動揺する。

 本来なら、じめんタイプにでんきタイプの技が効かないのが常識なのだから驚く場面では無い。

 しかし彼が連れているピカチュウは、イワークやニドクインなどのじめんタイプのポケモンを電気技で倒してきた事がある。それらの経験とピカチュウの力を信じたが故の技の選択だったので、仕留め切れなかったとは思っていなかったのだ。

 

「”きりさく”!!」

 

 サンドパンが耐えたのを見て、すぐにアキラは反撃を命ずるとねずみポケモンは素早い必殺の一撃でピカチュウを切り裂いた。

 ようやく大技が決まって彼は思わず内心でガッツポーズを取るが、切り付けたピカチュウの姿は空気に溶け込む様に消えた。

 

「え? 消えた?」

 

 まさかの事態に、アキラとサンドパンはパニックに陥る。

 

 攻撃を受けてダメージもあった。

 反撃も手応えがあったはずだ。

 

 にも関わらず、何故”かげぶんしん”の()()の様にピカチュウが消えてしまったのかがわからなかった。

 だが、すぐにその答えは出た。

 戸惑うサンドパンの頭に、さっき消えたピカチュウが乗っかる様にしがみ付いてきたのだ。

 

「何時の間に!?」

 

 全く考えていなかった展開の連続にアキラは驚きを隠せなかったが、ここでようやくレッドが保険を掛けていたことに気付いた。

 

 ”フラッシュ”を受けた所為でまだ視界は安定していないが、さっき攻撃して消えたピカチュウは”みがわり”で生み出されたものだろう。”フラッシュ”で少しだけ時間を稼ぐと同時に、”みがわり”で実体のある分身と本体を分けさせ、更に目を眩ませることで本体と分身の視覚的な違和感を誤魔化す。

 よく考えられた作戦にアキラは戦慄するが、この流れをレッドは考えた上で狙ってやったものでは無く、直感的に行ったというのを知る由も無かった。

 

「いけピカ! ”かみなり”!」

 

 サンドパンが振り落とそうとするのを必死に耐えながら、ピカチュウは自分も巻き込む形で”かみなり”を落とす。先程の”フラッシュ”並みの眩い光が会場内を照らし、光が弱まるとあれだけ暴れていたサンドパンは棒立ちの姿を晒していた。

 誰かどう見ても意識は無く、頭に乗ったピカチュウの重みによって、今にもリングに崩れそうなタイミングでアキラはサンドパンをモンスターボールに戻す。

 

「危ない危ない。あのまま倒れてたらアウトだった」

 

 どう見ても戦闘不能状態だったが、倒れてしまうまではその判定は下さないらしいので、その裁定にアキラは救われた。自分を巻き込む形で技を放ったからか、ピカチュウはフィールドに倒れ込んではいたが、起き上がろうとゆっくりと体を動かしていた。

 しかし、あの様子ではこれ以上戦うのは無理なのは明白だ。

 

「バーット、出番だ」

 

 次のボールを投げると、ブーバーが腕を組んだ状態でフィールドに出てきた。

 ひふきポケモンを見上げながら、ピカチュウは傷付いた体を奮い立たせていたが、ダメージが大きい所為か中々立ち上がれない。途中で力が抜けて、また倒れ込みそうになったところでレッドはピカチュウを戻した。

 

「お疲れピカ。ゆっくり休んでいてくれ」

 

 労いの言葉を掛けながら、彼は次のポケモンを選ぶ。

 タイプ相性を考えればギャラドスが最適だが、そんなことをすればでんきタイプであるエレブーに交代されるのは目に見えている。加えてブーバーは、野生の時に苦戦したポケモンだ。

 手強い相手だが、それ程の強敵を苦にしなかった存在がいることをレッドは知っていた。

 

「頼むぞゴン!」

 

 地響きを唸らせながら、カビゴンが立ち塞がる様にブーバーの目の前に現れる。

 サイクリングレースでの出来事を機に手持ちに加えたが、今でも野生の頃と変わらないパワーを遺憾無く発揮してくれている。何よりアキラの手持ちの中で、ブーバーを始めとした最も好戦的なポケモン達の攻撃を受けてもモノともしなかった耐久力は頼りになる。

 

 ブーバーは自身の敵が、かつて自分を全く歯牙にも掛けなかった相手なのを思い出したのか、組んでいた腕を解いて構えると自然と放っていた熱気を更に高ぶらせた。

 

「デカイのをブチかませ! ”メガトンパンチ”!」

 

 カビゴンは拳を振り上げて攻撃しようとするが、アキラの指示が飛ぶ前に動いたブーバーの方が早かった。跳び上がったブーバーは、燃え滾らせた拳から放つ”ほのおのパンチ”をカビゴンの顔面に叩き込んで、いねむりポケモンを一歩後ろに引かせた。

 指示されていない攻撃に観客達は驚くが、レッドは目の前の相手が”勝手に動くポケモン”なのをすっかり忘れていた。

 

 その証拠にブーバーの苛烈な攻撃が続いているにも関わらず、アキラはやれやれと言った様子で特に指示らしい動きはしていなかった。

 

 カビゴンに耐久力があるのは確かだが、生き物である以上敏感な感覚器官が集中している顔を攻撃されるのは堪ったものでは無い。

 こうもブーバーが執拗に顔を攻めるのは、以前分厚い脂肪で覆われた胴に攻撃しても効果が無かったことを学習しているからだ。更にアキラの元で、バトルに関してある程度人間的な知恵を身に付けたことも影響していた。

 

「顔だけでなく足も良いぞ」

 

 ようやく口を開いたアキラが発したのは、指示では無くアドバイスだった。従うのも従わないのもブーバーの自由だが、ブーバーは少しずつ後ろに下がるカビゴンの足に狙いを定めると膝目掛けて跳び蹴りを仕掛ける。この攻撃によって巨体を支える片足に痛みが走ったカビゴンは、バランスを崩して後ろに倒れ込んだ。

 

 仰向けに倒れたのを見届けたブーバーは、カビゴンの腹部に飛び乗ると弾力のある腹をトランポリン代わりにして一気に天井まで跳ね上がった。大半の人間はブーバーの行動が理解できなかったが、アキラだけはブーバーが何をしようとしているのかを悟った。

 

「やるのか。”メガトンキック”」

 

 ブーバーの姿を見守りながら、アキラは静かに技名を口にする。

 ぶつかる直前に身を翻して、ブーバーは天井に足を付ける。

 そして天井に付けた両足を蹴り、カビゴン目掛けて一直線に突撃し、空中で前転すると落ちながら一際熱を込めた右足を突き出すように伸ばす。

 実はこの”メガトンキック”、最近練習を始めたばかりでまだ未習得。

 実態はただ勢いを乗せた飛び蹴りなのだが、まともに受ければ大ダメージは間違いないだけの威力はある。

 

「ゴン、”ずつき”で迎え撃て!」

 

 対するレッドは、未だに起き上がれないカビゴンに”ずつき”で迎え撃つことを命ずる。

 片足を痛めて立ち上がれないカビゴンは、上半身だけを持ち上げると上から迫るブーバーの足目掛けて頭を激しくぶつけた。頭と足がぶつかり合った瞬間、ブーバーは落下の加速を活かそうと足に力を入れる。

 しかし、カビゴンのパワーの前に完全に伸ばし切ることができなく、互いに反発する様に弾かれて両者はリングに体を打ち付けた。

 

「バーット、大丈夫か!?」

 

 声を掛けると、何事も無かったかの様にブーバーは立ち上がるがすぐに片膝が付いてしまう。

 どうやら”メガトンキック”の為に伸ばした右足を痛めてしまったらしい。

 レッドのカビゴンも同じ状態らしく、ぶつかり合った衝撃が響いているのか視線が安定せず頭をフラフラさせていた。

 

「ゴン戻るんだ」

 

 すぐにこれ以上戦わせるのは無理と判断したレッドは、急いでカビゴンをボールに戻す。

 ”ねむる”を命ずれば回復は出来たかもしれないが、今のカビゴンに指示が届かない可能性があるのを否定できなかったのだ。だけど今ブーバーは動きが鈍っている状態。

 この機を逃す手は無く、彼は即座に次のポケモンに切り替えた。

 

「いけギャラ!」

 

 次にレッドが繰り出したのは、巨大な青い龍の姿をしたギャラドスだった。

 相性的にブーバーが苦手としているみずタイプの登場にアキラは眉を顰め、ブーバーは悔しそうに表情を歪める。

 普通に戦っても勝ち目は薄いのに、足を痛めていては勝算の見込みは無いと言っても良い。

 

「”ハイドロポンプ”!!」

 

 すぐにアキラはブーバーをボールに戻そうと動いたが、同時にレッドはギャラドスにみずタイプ最強の技を放たせる。膨大な量の水流が片膝を付いているブーバーに迫るが、当たる直前にブーバーの姿は消え、別に現れた影が代わりに”ハイドロポンプ”をその身に受ける。

 

 代わりに出てきたのがエレブーなのにレッドは気付いていたが、構わず攻撃を続けさせる。

 出てきたエレブーは必死に水の勢いに逆らって何とか持ち堪えていたが、徐々に押されていることもあって、このまま時間を掛ければ押し切れると彼は確信する。しかし、状況は不利なはずなのにアキラはどこか満足気だった。

 

「レッド、何か忘れていないか?」

「忘れている?」

「俺が連れているエレットの”特徴”だよ」

 

 ”特徴”と言われて、レッドはアキラが連れているエレブーについて憶えている事も含めて考えを張り巡らせた。

 彼のエレブーは同種の中では、珍しく気が弱くて他の三匹と違いハナダジムで特訓していた時も本格的にバトルに参加することはあまり無かった。だけど妙に打たれ強いのと、その打たれ強さを生かして相手の攻撃を耐え抜いた後の”がまん”が強力だと言う話は――

 

「しま――」

「遅い!」

 

 ここでようやくレッドはアキラのエレブー最大の特徴を思い出すが、既に遅かった。

 必死に耐え続けていたエレブーの瞳が白目に変わると、雄叫びを上げながら”ハイドロポンプ”の水流から飛び出す。そして勢いのまま、ギャラドスの巨体が大きく仰け反る程の力が込められたパンチを打ち込む。

 

「さぁエレット、お前の真価を見せ付けてやれ!」

 

 アキラの呼び掛けに応えるかの様に、エレブーは正気を疑う様な奇声を上げると、再びギャラドスに躍り掛かった。両腕を振り上げながら”でんこうせっか”で距離を詰めて、倍返しの威力を上乗せした”かみなりパンチ”でギャラドスを殴り付ける。初めて目にする”がまん”が解かれたエレブーの激しい猛攻に、レッドは仰天する。

 

 旅の中で色んなポケモンを見てきたが、ここまで苛烈な攻撃を仕掛けてくるポケモンは殆どいなかった。ハッキリ言って、今の状態ならアキラの手持ちの誰よりも強い。

 

「”かみつく”で抑え付けるんだ!」

 

 一転して押され始めて、レッドは慌てながらエレブーの動きを封じようと試みる。

 巨大な口でギャラドスはエレブーの片腕を呑み込む様に噛み付くが、エレブーは止まるどころか噛み付かれた腕とは逆の自由に動かせる腕で、ギャラドスの顔を徹底的に殴り付ける。

 顔を執拗に攻撃されるのにギャラドスは耐え切れず、エレブーの腕を放してしまうと今度は”かみなりパンチ”のアッパーを受けてしまう。

 

「ギャラ戻れ!!」

 

 タイプ相性もそうだが、巨大で小回りが利かないギャラドスでは、そこそこ小柄で小回りの利くエレブーとの相性は最悪だ。試合の主導権を完全にあちら側に奪われていると判断したレッドは、急いでギャラドスをボールに戻す。

 ギャラドスの姿が消えたことで、”がまん”をぶつけるべき標的を失ったエレブーは、解放された力を発散する場を求めているのか、リングを殴り付けたり何度も踏み付けたりするなどの奇怪な行動を起こし始めた。

 

「ヤバッ、解放状態で相手がいなくなるとこうなるのか」

 

 エレブーの行動が度を超えない様にアキラは注意を払うが、我慢してきたダメージをぶつける相手がいなくなった時の状況に遭遇するのは初めての経験だった。

 ここは一旦ボールに戻して落ち着かせる場面だが、この状態だとエレブーはボールに戻ることを受け付けない為、正直言って様子を見守る以外如何にもならない。暴れ続けるエレブーの様子を見て、正面からの対抗は無理だと考えたレッドは時間稼ぎに徹することを決める。

 

「プテ、距離を取って様子を見るんだ」

 

 レッドのボールから舞い上がったのは、翼竜を彷彿させるかせきポケモンのプテラだ。相性はギャラドス同様に悪いが、素早いだけでなく自由が利きやすい空を飛ぶ能力がある。今のエレブーの攻撃が直接打撃系ばかりなのを考えれば、攻撃を避け続けて時間を稼ぐのにプテラは適している言える。

 

 ”がまん”は耐えている間に受けた攻撃を倍返しにする技だ。ならば無駄にその分の攻撃をさせ続ければ、勢いが弱まるのではと考えたのだ。実際レッドの目論見通り、エレブーは空を飛んでいるプテラに対して有効な攻撃手段が無いのか、腕を振り回しながら跳び上がったりするが、プテラは軽快な動きで避ける。

 

「そういえば、エレットが覚えている飛び技は”でんきショック”しか無いんだよな」

 

 巧みにプテラがエレブーの攻撃を避け続けるのを見て、アキラは別の対処法を迫られた。

 よくよく考えれば、自分の手持ちは地上戦ならその力を発揮できるが空中戦にはあまり対応できてない。空中戦はミニリュウが進化、或いは他の手持ちが飛び技を覚えれば大丈夫と考えていたしわ寄せがここに来て出てしまった。

 

 中々攻撃が当たらないことに業を煮やしたエレブーは両足に力を入れると、プテラ目掛けて弾丸の如きスピードでジャンプした。まさかの行動にプテラは驚くが、”こうそくいどう”で加速してギリギリで避ける。避けられたエレブーはそのまま一直線に飛んでいき、突き刺さる様に激突した天井に上半身をめり込ませて力なく下半身を漂わせた。

 

「………」

「………」

 

 さっきまでの緊迫した状況から一転して、何とも言えない間抜けな姿にアキラとレッドは言葉を失ったのか、呆然と天井を見上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

「青い帽子の子やるわね」

「――だがポケモンを扱い切れていない」

「随分厳しい評価だねぇ。まあ、持て余している点は同意だね」

 

 二人の試合を見守っていた四人組の内、若い女性と老婆は青い帽子を被っているアキラをそれなりに評価していたが、マントを羽織った青年の評価は低かった。

 

 赤い帽子を被っているレッドのポケモンは確かに強いが、ポテンシャルは青い帽子を被っているアキラが連れている方が上だ。それなら彼の方が有利なはずだが、トレーナー自身が未熟なのか指示や判断に粗が目立ち、彼らから見て取りこぼしやチャンスを多く逃している。

 その未熟な部分を手持ちの能力の高さで補っていたが、このまま戦いが長期化するのなら、トレーナーの能力差が露呈するのはそう遅くは無い。

 

「赤い帽子の小僧…あの様子だとマサラ出身だろうね」

「まだ詰めが甘いところはあるが、既に実力はそこらの腕自慢よりはよっぽど強い。普通なら既に奴は勝っているはずだ」

「フェフェ、でも今の試合の流れは、青い帽子の小僧が握っているのは興味深い」

「対策をしているのだろう。妙な程相手の動きや手持ちの特徴を理解している」

 

 ほぼ同い年であることや試合が始まる前の会話から、二人が友人同士なのは容易に想像できる。ならばレッドの方も同じくらい対策をしていて良いはずだが、どうもその様子は見られないのが引っ掛かっていた。

 だが、それはある意味当然だ。

 

 確かにレッドはアキラの手持ちの傾向や特徴を知っているが、取りこぼしがあったりヤドンなどの新戦力は詳しく知らない。

 しかし、アキラは漫画と言う第三者視点の形ではあるが、彼の手持ち構成や特徴のみならず、今日までどういう風に戦ってきたのかをある程度知っている。更にゲームで蓄積した知識とこの世界で得た現実的な知識が上手い具合に噛み合っているのも、彼がレッドに迫るのに一役買っていた。

 

「これは見てて退屈はしなさそうね」

 

 老婆は面白そうにぼやくが、ポケモンを従えているとは言い難い姿が癪なのか、青年は厳しい表情のままだ。

 

「――ひょっとして青い帽子の子かしら? 貴方の知り合いは?」

 

 女性は横で腕を組んで試合の経過を見守っている大男に話を振った。

 さっきブーバーが見せた蹴りの姿勢は、彼が連れているポケモンが度々繰り出す技の姿勢によく似ていた。己が磨いてきた技や技術をこの男が簡単に誰かに教えるとは考えにくいが、知り合いで尚且つ見よう見真似でやっていると考えれば納得だ。

 

 しかし、大男は目の前の試合に集中しているのか黙ったままだ。

 こうなると彼は何を言っても反応しないので、彼女は呆れながらその事について今聞くのは止めるのだった。




アキラ、試合前半ながらもレッドを相手に若干優勢になる。

一匹でも戦闘不能になったら終わりですが、折角ですので総力戦になります。
互いにこれまでの経験を活かすのは勿論、アキラは様々な知識と手持ちの能力を活用し、レッドは持ち前のバトルセンスを駆使して手持ちを導くと言った感じです。

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