SPECIALな冒険記   作:冴龍

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続く物語

「終わったわね」

「あぁ」

 

 予選の中でも白熱した試合を見ていた観客達は惜しみない拍手と歓声を送るが、四人は淡々としていた。

 

 結果は予想通り、最後の最後で二人のトレーナーとしての能力差が顕著に露わになった。アキラは有利な状況を維持できていたが”れいとうパンチ”の逆襲に動揺して、失敗した場合の事を考えずに一撃で仕留められる大技を選択したことで、反撃の隙を生じさせてしまった。

 逆にレッドの方は、この土壇場で新しい技を編み出して流れを変えただけでなく、相手の動きを読み、機転を利かせて万が一の保険も掛けておく徹底振りだ。

 考えたこともあるだろうが、殆どが直感的としか思えない行動なのだから驚きだ。

 

「ふん、結局マサラの小僧が勝ったか」

 

 中でも老婆は、この結果が気に入らないのか忌々しそうに呟く。

 確かに予選の中でも中々レベルは高かったが、結果はマサラタウン出身であるレッドの勝利で終わった。しかも周りを見れば、彼以外のマサラタウン出身者と思われるトレーナーが他選手を圧倒しているのだから、本戦はマサラタウン出身のトレーナーで埋め尽くされるのが容易に想像できる。

 今回も優勝はマサラタウン出身で決まりと言っていい状況が、老婆にとって面白く無かった。

 

「当然の結果だ。ロクにポケモンを従えられない奴が勝てる程甘くない」

 

 言葉の端々に怒りを滲ませて、青年は断言する。

 彼からすれば、手持ちが勝手に動いたりしても大して気にしている素振りを見せないだけでも許せなかった。それだけに留まらず、折角ミニリュウがハクリューに進化すると言う奇跡としか思えない出来事が起きたのに、それでもアキラは勝利をものにすることはできなかった。

 

 ドラゴンタイプのポケモンは総じて能力が高いことに加えて、進化直後のポケモンは身体が回復するだけでなく、一時的に通常よりも力が発揮できるのだ。これだけ勝てる要素があったのに勝てないとなると、トレーナーの技量不足に他ならない。

 

「――あいつにも勝つ可能性はあった。だがまだ未熟だったな」

 

 怒りを隠そうとしない青年とは対照的に、今まで黙っていた大男は惜しむ様な言葉を漏らす。

 勝負の世界に「IF」は無い。

 だけど、もしダメージ覚悟でアキラがハクリューに有利な状況を維持し続けていれば、或いはもう少し冷静に相手の様子見をしていれば結果は違っていたかもしれなかった。

 

「確かにミスや取りこぼしが無かったら、勝っても不思議じゃなかったけど」

「アンタがそんな事を言うなんて珍しいね」

 

 大男がポケモンバトルに関して人一倍厳しいことを知っているだけに、彼がここまで青い帽子の方の肩を持つ様な言葉を口にしているのが、二人にとって意外だった。

 よっぽどあの少年の事を気に入っているのだろうか。

 

 けれど、彼の言う通りだ。

 今は未熟な面がかなり目立っているが、その未熟さが改善された時のことを考えるとかなりのものになる。勝った赤い帽子の少年もそうだが、負けた青い帽子の方も評価を下すのもまだ早い。

 もう少し見極める必要があることを頭の片隅に置き、熱戦が続く各予選を四人は見つめ続けた。

 

 

 

 

 

「はぁ~……負けちゃった」

 

 会場から少し離れた人気の無い通路のベンチに、アキラは座っていた。

 リングに居た時は負けてしまったのが如何でも良く感じられる心地良さを感じていたが、一人になってから徐々に思い出してきたのだ。

 

 レッドにまた負けてしまった悔しさ、彼の今後に関わる戦いに負けて結果的に自分が知っている通りに”未来”が進むであろう安心感が、今彼の中で複雑に入り混じっていた。

 手持ちが一匹でも戦闘不能になったらそこで終わる為、大会のルール上フルバトルをするのは難しいのだが、まさか総力戦を繰り広げる事になるとは思っていなかった。だけど、どれだけ激戦を繰り広げたとしても負けは負けだ。

 

「でも、もう気にする必要は無いか」

 

 もう自分が関わる事で、レッドの勝敗を気にする必要のある展開はこの先は無い。

 流石に敵と戦う肝心なところは勝って貰わないと困るが、それ以外の野良バトルなら気にする必要は無い。腰に付けているモンスターボールの中にいるポケモン達に、アキラは目をやる。

 

 結果的に負けてしまったが、レッドを相手に正直ここまでやれるとは思っていなかったし、振り返ってみれば自分がしっかりしていれば勝てたかもしれない場面は多かった。

 

「レッド、次は負けないぞ」

 

 ハクリュー達は勿論、自分もまだ強くなれる。

 今の時点でもレッドが負けを考えてしまう程、連れているポケモン達の能力は高いのだ。トレーナーとして彼らの力をもっと活かせる様に、己を磨かなければならない。

 オツキミ山で会ったシバは、強くなるのは自分達次第だと言っていたが正にその通りだ。元の世界へ戻ると言う目標は変わらないが、強くなることが出来ればそれだけ自由に動ける範囲とやれることも広がる。

 

 近くに置いてあったリュックから、既に書いている「手持ち記録ノート」以外の真新しいノートを引っ張り出すと、アキラは新しいノートに今日の試合内容を纏め始めた。

 

 

 

 

 

 それから全てが終わったのは、アキラとレッドの試合が終わってから数時間後だった。

 空は夕焼けに染まり、表彰式も終えたセキエイ会場からは多くの観客やトレーナー達が出ていたが、人混みの中でアキラはレッドに引き摺られていた。

 

「いや、レッド…俺は」

「何を言っているんだよ。一緒に撮ろうぜ」

 

 躊躇い気味なアキラを無視して、レッドは人混みを掻き分けながら彼を連れて歩く。

 あの後、ポケモンリーグはアキラが知っている通りに進み、無事にレッドはポケモンリーグを制した。ただ彼が知っている原作とは違い、グリーンとのバトルは自分の時と同様に手持ちを総動員したフルバトルに発展した。

 

 自分の知らない展開にアキラは手に汗握って見守っていたが、結果的にレッドは原作と同じ形で勝利を収めてくれたおかげで、ようやく安心できた。

 表彰式も見届けて残る理由も無かったので、持って来ていた自転車に乗って去ろうとした彼をレッドは引き留めた。何でも記念写真を撮るのでアキラも入って欲しいとのことで、その申し出に彼は嬉しく思うと同時に、自分が彼らと一緒に写るのはひどく場違いに感じたので初めは断った。

 だけどレッドは、どうしても来て欲しいのかアキラの言う事にお構いなく引っ張っていくので、彼は抵抗する気力も削がれた。

 

「おーい、連れて来たぞ!」

 

 レッドが呼び掛けた先には、アキラの予想通り今回のリーグ本戦まで残ったグリーンにブルー、彼らにポケモン図鑑を託したオーキド博士らしき人物がいた。

 この世界の主要な人物達が勢揃いしていたが、見覚えの無い如何にもジェントルマン風な老紳士だけでなく、ヒラタ博士も彼らに混ざっていたのには流石に驚いた。

 

「ヒラタ博士!? 何でここにいるのですか!?」

「アキラ君と一緒に、オーキド先輩の教え子達が出ると聞いてな」

「彼は儂の大学の後輩でな。色々と繋がりがあるんじゃよ」

「そ、そうなんですか」

 

 ヒラタ博士はタマムシ大学の教授なのは知っていたが、まさかオーキド博士の後輩だとは思っていなかった。

 改めて自分がお世話になっている人がとんでもない人物であることを知るだけでなく、増々自分の無頓着さと場違いなのを感じて彼は引き返したかったが、話はどんどん進む。

 

「二人共遅かったじゃない。待ちくたびれそうだったわ」

「早く来い」

「ごめんごめん。探すのに手間取った。ていうか何で大好きクラブの会長がいるんだ?」

「我がクラブの名誉会員の勇姿を見に来たのじゃよ!」

 

 レッドの疑問にジェントルマン風な老紳士――ポケモン大好きクラブ会長は答えるが、あまり答えになっていない。

 観念したアキラは、レッドとブルーに言われるがままにグリーンと同様に気が進まないものの手持ちのポケモン達を出す。ポケモン達やそれぞれの位置を確認すると、ブルーはグリーンとレッドの間に挟まれる様に並ぶが、アキラは微妙に気付かれにくい間を空けてレッドの横に並んだ。

 その様子をオーキド博士とヒラタ博士は笑顔で眺め、大好きクラブ会長は持っていた大きなカメラを構える。

 

「では撮るぞ。1+1は?」

 

 決まり文句にレッドとブルーは笑顔で元気に、アキラはぎこちない笑みを浮かべながら小声で、グリーンは表情を変えず無言で応える。

 パシャリ、とシャッター音がセキエイに響いた。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 音を立てて、空になった缶ジュースは見事ゴミ箱に投げ込まれる。

 アキラに倣って飲み終えた彼のポケモン達も投げるが、一匹を除いて全て外れた。

 

「ちゃんと片付けるんだぞ」

 

 ゴミ箱に入れることが出来なかった五匹は渋々と言った様子で、各々拾うと今度は丁寧にゴミ箱に空き缶を入れていく。その様子を眺めながら、アキラは懐から手帳サイズの黒いケースを取り出すとそれを開いた。

 

 中にあるのは、四年前のポケモンリーグを終えた後にレッド達と一緒に撮った記念写真だ。こうして見てみると、写真に写っている自分は三人から微妙に離れているのとぎこちない表情が妙に目立っている。

 それはある意味仕方ないし当然だろう。

 大分慣れた今でも、彼らと肩を並べるのは場違い過ぎると感じることが時たまにある。

 本当にあの頃を思うと、今の自分が信じられない。

 

「なあお前ら」

 

 空き缶を捨て終えて揃った六匹に、アキラは問い掛ける。

 

「もう何回も聞いたけど…今の俺はお前らを率いるのに相応しいかな?」

 

 突然の問い掛けに彼らは互いに顔を見合わせるが、揃って悪巧みでも思い付いたかの様な表情を彼に向ける。首を縦にも横にも振らず、ただ不敵な笑みを浮かべる彼らにアキラは納得する。

 

「わかってるよ。俺だってまだ満足してない」

 

 あれから四年。

 あの時以上にアキラは知識のみならずトレーナーとしての技量を磨いてきたが、強くなっているのは連れているポケモン達も同じだ。

 現状に満足して胡坐を掻くつもりは更々無いし、彼自身今の自分に満足していない。最近立てた目標の一つが果てしなく遠いのもあるが、ポケモントレーナーの道に終わりは無い。彼に付いて行くポケモン達も、自分達が限界に至ったとは少しも思っていない。

 

「さて、行くとするか」

 

 更なる高みを目指すことを胸に秘めながら、彼らは光の中へと足を踏み出した。




アキラ、レッドの誘いで一緒に記念写真を撮り、現代の彼はあの頃を懐かしむ。

この話で第一章完結となります。
この物語の原型が浮かんだのが数年前なのを考えると、ここに至るまで本当に長かったです。

初期段階は勢い任せの感じがあったのですが、ストックを貯めている間に色んな作品を読んでいる内に「やるならしっかりやろう」と言う悪い癖(?)が出てきて、かなり力を入れることになりました。

力を入れてから第一章は、主人公がゲームとは違うのを自覚するのと自らのトレーナーとしての在り方を探し、手持ちとの信頼関係を築き上げていく過程を描いていくのを決めましたが、悩んだり納得出来なくてかなり時間が掛かりました。
序盤が肝心と考えていたので、序盤の始まり方からニビジム戦直後までの流れを何回も変えたり、大幅に書き直したりしていた為、グリーンとのバトルに至るまでに数年掛かりました。

ですが、そこまで書けば設定と言う基礎がしっかりしているので、SMのリージョンフォーム発表も合わさってスムーズに終盤まで書き上げられました。

主人公とポケモン達の設定も初期は漠然としていましたが、時間が経つにつれて今時の小学生で、そこそこ真面目。手持ちは能力はあるけど言う事を聞かないと言った何かしらの問題があるなど、気が付いたら確固たる形になっていました。
だけど、最初の手持ちがちゃんと信頼する様になるのが、終盤なのは長過ぎたかも。

ストックもここで尽きましたので、申し訳ございませんが毎日更新はここで一旦終了します。
次の投稿にどれだけ時間が掛かるのかはわかりませんが、物語に明確な流れができていますし、あまり遅くならなければ第一章の様に第二章の終わりまで毎日更新の方式を取ると思います。
なるべく不定期更新は避けたいです。

小説は趣味ですが、まだまだ彼らの物語を書いて行きたいです。
ハクリューがまだ進化の余地を残している様に、彼らの本気をまだ描き切れていません。

更新表のトップに見掛けましたら「あ、また投稿してるな」感覚でも良いので、その時はよろしくお願いします。
ここまで読んでいただきありがとうございます。

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