SPECIALな冒険記   作:冴龍

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心掛け

 薙ぎ払う様に放たれたハクリューの”はかいこうせん”は、容赦なくその強大な威力を発揮した。

 相手を倒す事だけを目的に磨かれた破壊的な光線によって、少年達が繰り出したポケモンは戦える戦えない関係無く、直撃や爆発の余波を受けて一掃される。

 

「嘘……」

 

 目の前で起きた出来事が信じられないのか、少年の一人が顔を青ざめて呟く。

 光線によって生じた衝撃や爆煙が収まると、そこには荒れた土地と戦闘不能になった自分達のポケモンが転がっていた。確かに自分を始めとした仲間達も皆、最近ポケモンを手にしたばかりだ。まだ連れているポケモン達のレベルも高くないことも自覚していたが、二十匹近くのポケモンが殆ど何も出来ないままやられるなんて夢にも思っていなかった。

 

 これで戦えるポケモンはゼロ。

 舞っていたハクリューが降り立つと、出ていた他の五匹と一緒に一列に並んでそれぞれ構える。様子から見てもハッキリと彼らはまだ戦うかを少年達に問い掛けていたが、その内の半数の目付きは凶悪としか例え様のないものだった。

 

「うわぁぁぁ! ごめんなさい!!!」

「おっ、覚えてろよ!!!」

 

 今まで自分達がやって来た所業が、ソックリそのまま返ってくると思ったのか定かではないが、彼らの反応は十人十色だった。ある者は謝りながら背を向けて走り、ある者はお決まりの捨て台詞を吐くなど様々だったが、とにかく少年達は自分のポケモンをモンスターボールに戻すと脱兎の如く逃げていく。

 本来なら一方的に仕掛けておきながらポケモンバトルに負けたら賞金を払う所だが、アキラは彼らにそんな事は期待してはいなかった。

 

 追っ払ったのや顔を見ただけでも十分だと思いつつも、もう少し加減させるべきだったなど散り散りになりながらも遠くへ逃げていく少年達を見ながら考える。

 しかし、彼は良くても何匹かは力を抜かずに今にも追い掛けそうな雰囲気を放っていた。

 

「抑えろ抑えろ。確かにああいう奴はいるけど、追い打ちしたところでこっちが悪くなる」

 

 さっきも頭を過ぎった事だが、もう戦えないトレーナーにバトルを迫ったり、必要以上に攻撃を仕掛けるのは基本的にマナー違反だ。

 相手が悪の組織だったりしたら悠長にそんなことは言っていられないが、相手はポケモンを手にしたばかりの子だろう。

 

 トレーナーが連れているポケモンは、命令一つで簡単にその身に秘めた強大な力を行使する。その手軽さ故に元の世界で言うなら、虎の威を借る狐であるにも関わらずポケモンの力を自分自身が強くなったものだと勘違いして、こんな小規模な悪事を働いていたのだろう。

 

 基本的なトレーナーとポケモンの関係は主従関係である都合上、ポケモンはトレーナー側の言う事をある程度聞かなくてはならないと言われてはいる。

 でもアキラから見ると他のトレーナーが連れているポケモン達は、どうもトレーナーの言う事を素直に聞き過ぎている気がする。もう少し自分が連れている彼らみたいに反抗したり拒否したりしないものなのかと思いながら、若干不服気味な手持ちを引き連れて、アキラは青年の元に引き揚げる。

 

「君って…こんなに強かったんだ」

「強いのは俺では無くて彼らですよ」

 

 ポケモンバトルに良く勝つ人は強いポケモントレーナーと称されることは多いが、その多くはポケモンが強い訳であって、トレーナー自身も強いという事は少ない。

 ポケモンがトレーナーから様々な恩恵を受けている様に、トレーナーも彼らの力の恩恵を受けていると言う事を忘れてはならない。にも関わらず、ポケモンの力を自分の力の様に振る舞ったりさっきの少年達やロケット団の様に悪事に利用する者は多い。

 

 そしてそういう者程、さっきの少年達の様に連れているポケモンが倒されると途端に弱気になる事が良くある。

 これは車のハンドルを握ると強気になったり、制服などを身に纏うとプロ意識が出てくるドレス効果と呼ばれる心理的な作用が関わっているらしく、ポケモントレーナーには大なり小なりよく見られる。

 

 アキラも手持ちが力を付けるにつれて、この世界にやって来た頃に比べると行動が大胆になっている節があるのを自覚しているので、なるべく気を付けたいものだ。

 まあ今連れている彼らの強さを自らの強さの様に振る舞えば、不興を買って手痛い目に遭うのは容易に想像できる。

 

「旅の人ですか?」

「旅をしていると言えばそうですけど、こういう者です」

 

 財布の中から、青年は名刺の様なものを彼に手渡す。

 随分とカラフルな色彩の名刺に、アキラは珍しいものを見た目をするが、書かれている職業を見て納得した。

 

「サーカス…の人ですか」

「そうです。数日前からタマムシシティに訪れています」

 

 成程、旅をしていると言えばしているが少し曖昧な職業ではある。

 そもそもサーカス団がどういうものか、アキラは良く知らない。

 知っているとしたら、ジャグリングや火の輪をくぐりと言ったイメージが浮かぶ程度だが、ここはポケモンの世界だ。ポケモンが存在していることを考えると、たった今彼がイメージしている様なサーカスとは違うだろう。

 

「あっ、名乗り遅れました。俺は――」

 

 アキラが青年に自分の名を教えようとした時、不意に彼らの周りが暗くなる。陽が雲に隠れたにしては影が濃かったので見上げてみると、太陽を背に何か大きい存在が空を飛んでいたのだ。

 その影から分かれる様に一人の人物が舞い降りると、手にしていたボールを彼に突き出した。

 

「アキラ、バトルしようぜ!!」

 

 唐突にやって来た赤い帽子の少年は笑顔でそう伝えるが、アキラの反応は微妙だった。

 

「ごめんレッド。今疲れているからまた今度にして」

「えぇ~~」

 

 彼にバトルを申し込んだ少年――レッドは残念そうな声を上げるが、仕方ない。

 ポケモンリーグで敗れてから、アキラは自分達の力を高めるだけでなくレッドに勝つことも目標の一つに定めた。この世界屈指の実力者である彼と戦うのは、入念に体調を整えたり戦略などを準備してから挑むことが望ましい。

 

「一対一でもダメか?」

「全員さっきバトルしたばかりだから、今日は止めて」

 

 さっきのバトルは圧勝ではあったが、万全状態でもレッドに勝てた事は無いので、少しとはいえ消耗した状態で彼とは戦いたくない。この世界にやって来て一年半、まさか彼との交流や関係がこうして今も続いている何て、あの頃は微塵も思っていなかったものだ。

 尽く断られてレッドは残念そうに溜息をつくが、そんな彼に青年は恐る恐る声を掛けた。

 

「ひょっとして…君は前にあったポケモンリーグに優勝したレッド?」

「えぇ…そうですけど」

「こんなところで会えるなんて光栄です」

 

 青年は自分よりも年下であるはずのレッドに憧れの眼差しと敬意を向けながら、握手を求めた。

 一年半前にポケモンリーグを優勝して以来、レッドが住んでいるマサラタウンには彼のファンを始め、腕に覚えのあるトレーナーが頻繁に訪れる様になっていた。前者は半年も過ぎればある程度は落ち着いてきたが、後者は何時まで経っても落ち着く様子は無く、中には直接出向かずに挑戦状を送って彼を呼び出す者さえいた。

 

 アキラも何回か彼に挑むトレーナーとのバトルに立ち合ったことはあるが、リーグ優勝者に挑むだけあって皆強かった。挑戦者の中には泥棒っぽい人もいたので、後で警察の人に引き渡したりもしたが、彼らの戦い方は色々と参考になるものも多かった。

 そんな事を思い出しながら、楽しそうに話す二人をアキラは見ていたが、青年はレッドにある事を申し出た。

 

「この後、俺が所属しているサーカスをやる予定があるけど是非見に来ない? 勿論見物料は要らないから」

「サーカス? 面白そう」

「サーカスか…」

 

 青年の誘いにレッドは目を輝かせるが、アキラはぼんやりと元の世界のサーカスを浮かべる。たまたまテレビでやっていた何かのバラエティのしか見たことは無いが、ああいう芸は本当に面白いのだろうか。

 勿論、この世界が元の世界とは違うことはわかっているが、どうも興味が湧かなかった。

 

「君も…アキラ君もどうかな?」

「アキラも行こうぜ~」

 

 興味を抱いたレッドも、一緒に見たいのかアキラを誘う。

 自分も彼に誘われたのは、恐らくさっき助けて貰ったお礼なのだろう。別に礼を貰う程のことをしたつもりは無かったのだが、断るのも気が引ける。

 少しばかり悩むが、自分の保護者であるヒラタ博士には連絡すれば大丈夫かと考える。

 

「では…有り難くお誘いをお受けします」

「良かった。じゃあ、俺の後に付いて来て」

 

 自分も見に行くことを伝えると、青年は二人に付いてくる様に告げる。

 レッドは先頭を歩く青年に付いて行き、アキラもどうやってヒラタ博士に連絡を入れるのかを考えながら付いて行くのだった。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

 手持ちが暴れた影響で砕けていたバトルフィールドを応急処置の範囲内ではあるが、職員達と一緒にしっかりと均し終えたアキラは、ズラリと並んでいる警察官の人達を相手にホワイトボードを横に解説をしていた。

 絵はお世辞に言っても良いとは言えない落書きレベルではあったが、とにかく伝われば良い感が漂わせながらも言葉も交えて、可能な限りわかりやすい様に工夫しながら進めていた。

 

「一部の持ち物は入手が困難ですが、”きのみ”などの持ち物は比較的入手しやすく、効果もシンプルで扱いやすいです」

 

 ホワイトボードの絵や多種多様な”きのみ”をお手玉にして遊んでいる手持ちの一匹を示しながら、アキラはポケモンのアイテムについて説明する。

 気が散るので止める様にさっき言ったのだが、また痺れを切らしたらしく、彼が一睨みすると大人しく”きのみ”をお手玉にして遊ぶのを止める。何人か苦笑いしているのが見えたが、アキラは気にしない。

 

 ポケモンバトルにはトレーナーの知識と判断力、ポケモンの能力や覚えている技の強さなどの幾つかの要素がある。中でもポケモンにアイテムを持たせるのは、公式バトルでの利用が正式に認められてからバトルに大きな影響を与える様になった新しい要素だ。

 持ち物は種類毎に様々な効果を有しており、それらを上手く活用すればポケモンバトルでの戦略の幅が広がる以外にも使いこなせば大きな力になる。そしてその中で、一番身近で扱いやすい持ち物が”きのみ”だ。

 

「効果は種類によって異なっていますが、”どくけし”などの道具と同じく人であっても効果を発揮してくれます」

 

 用意した”きのみ”の実物一つ一つを、説明を聞いている警察官達に見せる様にアキラは手に取って掲げる。

 元々ジョウト地方にも”きのみ”やそれを活かす手段は存在していたが、バトルでの使用が正式に認められたことや最近他地方の名称を取り入れたことで急速に広まってきている。基本的に効果は説明した通りシンプルで、条件を満たすと消費してしまう形で効果を発揮する為、一度使ったら再利用は出来ないが、それでも戦況を大きく左右する。

 

 バトルに大きな影響を及ぼしかねない状態異常の解消。

 少なくなった体力を回復させて相手の思惑を狂わせる。

 まだ殆ど知られていないが、一時的に能力を向上させることで逆転の切っ掛けを作るなど多彩な戦術が可能だ。

 

 中でも一番特筆すべきは、”入手のしやすさ”だ。

 植物なのだから栽培は可能で、無限とまではいかなくても育て続ければずっと供給し続けることが出来る。本当は実演か何かでその有用性を見せたいが、自分が連れているポケモン達はあまり”きのみ”を活かした戦いは上手く無い。

 と言うか、ロクな使い方をしない。

 

 なので有名であろう”カゴのみ”を使った”ねむる”の回復コンボや”キーのみ”による特定の強力技に多く見られる”こんらん”デメリットの阻止。そして状況と対象を選ばず、即座に殆どの状態異常を回復させる”ラムのみ”を使った戦法をアキラは口頭で例に挙げる。

 

「――質問はありますか?」

 

 一通り説明し終えて聞いていた警察官達に尋ねると、何人かの手が挙がる。

 何か説明に不備があったのか考えながら、アキラは一番前で手を上げている人を指名した。

 

「ポケモンバトルで”きのみ”の有用性はわかりましたが、状態異常の回復は”ラムのみ”だけで全て解決するのではありませんか?」

「良い質問です」

 

 予想通りの質問にアキラはホッとする。

 確かに自分もそう思っていた時期があるからわかる。

 この点は肝心な時に使えないのを実感しないとわかりにくい。

 

「確かに”ラムのみ”は、一部を除けばほぼ全ての状態異常を回復させますが、最初からコンボを前提として考えると適していないからです」

 

 特定の状態異常にしか対応できない”きのみ”も利用する最大の理由。それは自分の技のデメリットを打ち消す為だ。

 ”ラムのみ”は、”メロメロ”や”のろい”などの一部を除けば殆どの状態異常を回復できるが、状態異常になったらすぐに消費してしまう。つまり相手からの予想外の状態異常を回復することには向いているが、自分からの意図的な状態異常の回復には向いていない。

 

 もし持たせたのが”カゴのみ”や”キーのみ”では無く”ラムのみ”なら、使用したらデメリットが生じる”あばれる”や”ねむる”を決める前に、相手から状態異常にされるとコンボが破綻してしまう。

 汎用性を考慮すれば”ラムのみ”の方が有用ではあるが、自らのコンボを成立させることを前提に考えると、特定の技が持つデメリットをピンポイントに打ち消す”カゴのみ”などの方が有用だ。

 

「そこを考えますと、”ラムのみ”は相手側が仕掛ける作戦を狂わせる手段。”カゴのみ”や”キーのみ”は、こちら側が仕掛けるデメリットを帳消しにする手段として分けることが出来ます」

 

 業務上、警察は”ラムのみ”の方が不測の事態に対応できるだろうけど、一つの万能なものに拘らず、ピンポイントなものでも使う機会はある事をアキラは知って欲しかった。ちょっと自信の無い説明だが、質問した本人は納得したのか「ありがとうございます」と一言礼を告げる。

 

「他にご質問は?」

 

 改めて見渡すと、また何人かが手を挙げる。

 さっき手前の人を指名したが、今度は適当に後ろ側にいる人を指名した。

 

「後ろに連れているポケモンが持っているのも持ち物ですか?」

 

 質問の内容にアキラは自分の横と後ろに控えているポケモンに目をやると、直ぐに答えた。

 

「そうです」

 

 明らかに”きのみ”では無く道具に近い物だが、歴としたポケモンの持ち物だ。

 先に説明しているが、ポケモンに持たせることが出来るのは何も”きのみ”だけでは無い。

 

 そのポケモンの生態故に所持しているものもあれば、大自然の力を宿した科学の力では説明できない効果を秘めたものや、ポリゴンの様に人間が人為的に作ったがポケモン協会から正式に認められたものもある。

 

 それぞれ”きのみ”には無い効果を持つだけでなく、多くは消費する形ではなく持たせている限り永続的に効果を発揮し続ける。効果は強力なのもあればピンポイント過ぎて扱いに困るのもあるのだが、そう言ったアイテムは軒並み入手が非常に困難だ。

 なので今回は軽い解説だけで済ませようと考えていたのだが――

 

「なぜそのポケモンが”それ”を持っているのですか? それって別のポケモンが持っている気がするのですが…」

 

 この質問にアキラはどう答えるべきか迷うが、指摘された当人は誇らしげに”それ”を手にする。確かに彼が持っているのは、本来なら別のポケモンが持つことで真価を発揮するアイテムだ。しかし、鍛錬と工夫を積み重ねたことで本来持つべきポケモンよりも多彩且つ使いこなせているのも、この世界が数字やプログラムで決まるゲームとは違うからこそ成せることだ。

 

 最初は違和感を感じたものだが、今では逆に無い方が違和感を感じてしまう。

 全く慣れとは恐ろしいものであると、アキラは思うだった。




アキラ、身に掛かった火の粉を払い除けてレッドと一緒にサーカスに招かれる。

色んな媒体でも描かれていますが、ポケモン世界はロケット団などの組織に限らず、親父狩りみたいな小規模でもポケモンで悪事を働く人間は多そうです。
有名な「大いなる力には大いなる責任が伴う」まではいかなくても、強い力を手にしたらどう活用するかで、その人の本質とかが出る様な気がします。

持ち物指導は個人的な観点や実際の活用例を調べて何回も手を加えましたが、もしかしたらまた手を加えるかもしれません。

もうバレバレだと思いますが次回、持ち物の正体とその使い手が判明します。

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