SPECIALな冒険記   作:冴龍

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この話から、今後忘れた頃に出てくる捏造設定やオリジナル展開が出てきます。


巨大な災厄

 紫色の濃霧に関する目撃情報を得てから、アキラの行動は迅速だった。

 すぐに彼はヒラタ博士に報告すると、翌日には機材や必要なものを揃えてサイクリングロードが建てられている海上へと乗り出した。運悪く当日の天候は安定せず、目的の濃霧とは異なる在り来たりな霧が発生していたが、それが逆にアキラの警戒心を一層強めていた。

 

 空振りで終わるのかはわからないが、ようやく得た目撃情報なのだ。

 必ずモノにすると何時になく意気込んでいた。

 

「――なあ、アキラ」

「なにレッド?」

 

 船首近くに座り込んで黙々と準備をしているアキラに、レッドは恐る恐る尋ねる。本来なら彼が同行する必要は無いが、友人のただならぬ様子に何か力になれないかと思って、渋られたのを押し切って付いて来たのだ。

 だが、バトルをしている時と同じかそれ以上にアキラの真剣な様子に場違いなのを感じていた。

 

「まだよくわかっていないんだけど、その霧ってそんなに…凄いものなのか?」

 

 彼らが追い掛けているものが、具体的にはどういうものなのかレッドはよく知らない。

 口では「凄い」と言っているが、アキラの様子から見ると”凄い”と言うよりは”ヤバイ”方が正しい気はした。何時になく真剣だったので嫌がられるかと思ったが、彼は特に気にはせずに教えてくれた。

 

「凄いものかどうかはわからないけど、ポケモンのタイプを変えるものらしい」

「え!? ポケモンってタイプが変わる事が出来るの?」

「詳細は省くけど、未知のエネルギーの影響で進化とは違って本来とは違うタイプに変化、或いは本来のタイプにもう一つ追加される二パターンの現象があるんだ」

 

 最初はアキラも単純にエネルギーの影響でタイプが変化するくらいしかわからなかったが、時間を掛けたことでヒラタ博士の研究内容を大まかに理解はしていた。

 これまで博士の確認した例では、ノーマル・ひこうの二タイプなのに、でんき・ひこうのパターンやどく単体なのにどく・ほのおの複合パターンだったりとメチャクチャだ。

 ちなみにアキラは信じてはいるものの、実際にタイプが変化したポケモンは見たことは無いので博士が纏めた記録上でしか知らない。

 

 他に共通している点は、隕石にしか見られないエネルギーが検出されること、どれも軒並み凶暴だということ、辛うじて捕獲して調査を進めようとしても数日かそこらで元の本来のタイプに戻ってしまうことだ。この本来のタイプに戻ってしまうのが曲者で、ヒラタ博士が中々「外的要因によるポケモンのタイプ変化」と言うべきこの研究を世に広く発表するに至れない大きな理由の一つになっていた。

 

 幾ら綿密で詳細な記録が残っていても、実物が無ければ話にならない。

 ちゃんとした第三者が確認する時には元に戻っていましたでは、どこの探検番組のやらせと思われてしまう。トキワの森で自分が転がっていた周辺にあった石の様なものも、後日訪れた際に残っていたのをサンプルとして回収はしていたが、全く成果は無かった。

 

「にしても天気が悪いな…」

「無理を言って出して貰ったからね」

 

 今彼らが乗っている船は、漁師の家系らしいムッシュタカブリッジ連合のメンバーの一人の身内が操る船だ。博士の知り合いも今の海に船を出すことに難色を示したのだから、本来は出るべきでは無かったのだろう。

 視界も悪いだけでなく波で船が大きく揺れるが、アキラは勿論ヒラタ博士も怯まなかった。どちらも追い掛けている目的や理由は厳密には異なっているが、数少ないチャンスを無駄にしたくない気持ちは一緒だった。

 

「それとアキラ…その手に持っているのって…何だ?」

「ん? あぁ、これね」

 

 レッドに指摘されて、アキラは膝の上に置いてある大きな筒状の道具――ロケットランチャーを両手で持ち上げる。

 

 何でそんな物を持っているのか気になるが、レッドはどこかで見た記憶のあるものだった。それもそのはず、アキラが持っているのはブーバーとゲンガーがヤマブキシティでの決戦で倒れていたマチスから頂いてきたものだ。

 使い道は無かったのだが、一部の手持ちが弄り始めたのに危機感を抱いて、今日まで彼が管理していた。

 

「随分と物騒だな」

「物騒なのは外見だけだよ。モンスターボールしか撃ち出せないし、ボールが無いなら爆音を轟かせるくらいしか使えない」

 

 構造的には弾はモンスターボールしか受け付けない特殊仕様で、モンスターボールが入っていなければ轟音を轟かせるただの空砲だ。何回かボールを撃ち出すことにしか使ったことは無いが、取り敢えず威嚇と護身を兼ねて今回持ってきたのだ。ただし一発撃つごとにボールを装填しないといけないので、重いのも合わさって扱いにくい。

 

 電気で動作するので、電源を入れてから動作を確認したアキラは空のモンスターボールを一個、ロケットランチャーに入れる。これで構えて撃ち出して再びボールを装填する、一連の流れが出来たらカッコイイが、そう簡単に上手くいくものでは無い。

 

 問題無いことを確認したアキラは、ボールを取り出してロケットランチャーの電源を落とす。

 次に博士が改良した手持ち式探知機の動作を確認しようとしたが、電源を付けた直後、探知機は激しく引っ掻く様な音を鳴らすと同時に画面に強い波長を表示した。あまりに唐突ではあったが、これ意味することはただ一つだ。

 

「アキラ君! 反応を感知した!」

「こっちの機材もです!」

 

 ほぼ同時に船内にいたヒラタ博士が声を上げ、アキラも答える。

 二人が使っている探知機は精度の差はあれど、追い掛けている隕石に含まれているとされるエネルギーを検知するものだ。船内に置いてある機材の方が性能は良いが、変わらないタイミングで気付いたのは自分同様に起動させた直後だからだろう。

 数少ない反応が確認された調査でもここまで強い反応を示したことは無く、久し振りに感じる緊張感を抱きながらアキラは周囲を見渡す。

 

 今回は、ようやく目的の紫色の濃霧に遭遇するかもしれない。

 しかし、天気が悪いことも重なり、どこを見ても記憶にある紫色の霧は見られない。

 探知機は距離までは教えてくれないので、更なる改良を申し出た方が良いことを考えながら双眼鏡を取り出して念入りに探そうとした時だった。

 

「アキラ、何かいるぞ」

 

 何かに気付いたのか、レッドが声を上げる。すぐアキラは、彼が指差す方角に双眼鏡を向ける。

 霧の中に混ざって何かが迫っている。

 この海に生息しているポケモンかと思ったが、どこか様子がおかしい。姿がよく見えないのは今この海域の霧が濃いからだと考えていたが、実際は迫っている何かを中心に不自然なまでに白い煙が絶えず溢れる様に立ち込めていたのだ。

 

「あれは…」

「反応が強くなった!」

 

 船内から出てきたヒラタ博士の言葉にアキラは身構える。

 影も漁船も双方とも直進を続けていたが、このまま進めば衝突すると判断したのか、漁船は大きくカーブを描く。こちら側が道を譲る様な形になったが、白い煙に包まれた何かはそのまま一直線に進み徐々に離れていく。

 レッドやヒラタ博士は唖然としていたが、アキラだけは何か思う事があるのか考えていた。

 

「――レッド、海に棲むポケモンでツノを持つポケモンっていたっけ?」

「…いたかな?」

 

 アキラの疑問に、レッドはすぐに答える。

 謎だらけではあるが、二つだけわかったことがあった。

 一つ目は漁船が横を通り過ぎる際、立ち込める白い煙の隙間からその姿の一部を目にした時だ。

 岩の様な体にツノと呼ぶべき鋭い巨大な突起が、海面を切り裂く様に浮き上がっていたのだ。

 そして二つ目は、覆い隠す様に立ち込めていた白い煙だ。

 風に流れてきたのを直に触れて気付いたが、あの白い煙は湯気、つまり蒸気の様なものだった。

 

「反応が、どんどん離れていく」

 

 ヒラタ博士の言葉にアキラも手にしている機材を軽く調節するが、どれだけ調節しても反応が強まるのは巨大な存在の方角だけだった。

 幾つか正体に繋がるかもしれない有用な情報は得られたが、それでも尚わからない。

 ツノを持つポケモンは何種類か存在しているが、カントー地方の海にそんなポケモンは生息していたのだろうか。

 

 しかも、浮き出ていたツノはかなり大きかった。

 そして全身を覆い隠す程の量の蒸気、熱気が感じられた事からも、あれが海面の水を凄まじい速さで蒸発させているからとしか考えられない。しかし、海に棲むポケモンでそんな高熱を発するポケモンなど聞いたことが無い。

 

「――アキラ」

 

 ポケモン図鑑を片手に、レッドが画面に映った内容を彼に見せてきた。

 元々わからないことだらけなのは覚悟してはいたが、ポケモンの正体は意外なところからもたらされた。

 

「どうやら図鑑はあれの正体を認識していたみたいだけど、これ…本当なのかな?」

 

 レッドのポケモン図鑑をアキラは受け取るが、ポケモン図鑑が表示していた情報に目を疑った。

 最初に故障の可能性が浮かんだが、これだけハッキリと情報を示しているのだから、その可能性は低い。誤認と思ったが、作ったのはポケモン研究の世界的権威であるオーキド博士だ。データ無しで認識できないことはあっても、認識できるポケモンを間違えることは無い。

 色々信じられないが、一つだけハッキリとわかった。

 

 アレはヤバイ。

 

 

 

 

 

 アキラ達が大海原に出ていたその頃、人気の無い海岸の砂浜では派手な格好をしたムッシュタカブリッジ連合を名乗る集団が集まっていた。

 

 今回は呼んでもいないのに、アキラが困っていると聞いて全員集合していたが、やる事が無かったので流れ着いたゴミの清掃に勤しんでいた。名目上彼らは暴走族なのだが、昼間は仕事でゴミ清掃に関わる者が多いこともあって、今ではゴミ袋やトングを常備するなどすっかりゴミ清掃が板に付いていた。

 

「閣下~、何か見えてきたッス」

 

 何袋目かのゴミ袋を纏めた総長であるタカが汗を拭ったタイミングで、三人いる幹部格の一人であるリュウジが水上の遥か先を示す。

 天気が悪くて見えにくいが、白い煙の様なものが上がっているのが見える。霧の様に見えるが、漂うのではなくまるで噴き出している様な感じだ。しかも近付いてきているのか、白い煙に包まれた影は徐々に大きく見えてくる。

 

「――ヤバくないスか?」

「ヤバイな」

 

 メンバーの一人の言葉に、彼は同意する。

 稀にギャラドスが姿を見せる時はあるが、あんなポケモンは初めて見る。

 しかし、あれだけ大きなポケモンが海から陸に上がるとなるとただ事では無い。

 集めたゴミ山を放置して、彼らは大急ぎで砂浜から離れる。そして海岸に近付くにつれて、白い煙を纏っていた何かは海面から全身を持ち上げていく。

 波が体を打ち付ける度に煙が上がり、巨大な影は二本の足で直立すると、海面と煙に隠れていたその全貌を明らかにした。

 

「あれって…」

「え? マジ?」

 

 近くの道路まで彼らは退避していたが、海から現れた姿に目を瞠る。

 海に棲んでいるポケモンとは思えないがっしりとした鎧の様な体、特徴的なツノを頭部から生やした巨大な生物。

 その正体は、ドリルポケモンとして知られるサイドンだった。

 しかし、目の前に現れたサイドンは彼らが良く知るのとは大きく異なっていた。

 

 通常のサイドンは2m近くなのだが、海から現れたサイドンは2mどころか倍以上の大きさ、誰がどう見てもおかしい巨体だ。そして何より目を引くのが、全身に深紅に輝く筋が血管の様に張り巡らされていて体の随所が赤く発光していることだ。

 他にも水が苦手なはずのサイドンが海から現れたなど普通とは異なるのもあるが、この二つだけでも十分に異常だ。

 

「閣下、あれってサイドンッスよね?」

「だろう…な。訳が分からん」

 

 聞いたことも見たことの無いサイドンの姿に、タカを始めとした暴走族達は何がどうなっているのか状況が良く呑み込めなかった。

 そんな彼らを余所に、立ち上がったサイドンは足を音を響かせながら、ゆっくりとした歩みで砂浜に上陸する。取り敢えず彼らは、ギャラドスが海岸に現れた際の対処法である下手に刺激せず、そのまま様子を窺う事にする。

 

 他の野生のポケモンと同様に、気が済めば帰ってくれるだろうと楽観的に考えていたが、サイドンは進行方向にあった海の家を押し潰す様に破壊する。

 その光景に彼らは唖然とするが、地響きを唸らせながら町がある方角へと歩を進めるサイドンの姿に胸騒ぎを抱くのだった。

 

 

 

 

 

「見えた! 確かにサイドンだ!」

 

 少し離れた海上で、大急ぎで引き返しながら船首から体を乗り出してまで双眼鏡を覗いていたアキラは、上陸したのがレッドの図鑑で示されていたサイドンなのを確認する。

 しかし、見えてきたサイドンは離れているが故に小さく見えてはいたが、それでも彼らが知っている姿やレッドの所持しているポケモン図鑑に表示されている情報と色々異なっていた。

 

「サイドンって水は苦手だよな? なのに泳いでいたのって、お前が言っていたタイプが変化した影響って奴?」

「わからない。元々サイドンは、”なみのり”を覚えるし」

 

 サイドンは確かに水は苦手ではあるが、”なみのり”を覚えることで水の中を泳げる様になるだけでなく、ある程度は水に耐性を身に付けることが出来る。今回現れたのは、”なみのり”が使える珍しい個体の可能性は十分に考えられるが、あの様子では何か別の要因があってもおかしくない。

 紫色の濃霧――例のエネルギーが関係していると、タイプが変化するのや凶暴化するとは聞いていたが、通常の個体よりも巨大化するのと体が赤く光るなど聞いていない。

 

「タイプが変化したりするのは度々確認してきたが、あんな状態になっているのは初めて見る」

 

 どうやらあのサイドンの身に起きている変化は、ヒラタ博士も初めて見る現象らしいが、アキラはある可能性を考えていた。それは本来存在しない自分がいることによって、この世界に何らかの弊害か異変が起きているのでは無いかという事だ。

 そもそもポケモンのタイプが変わる現象自体、本来存在しない出来事の筈だ。もし自分が存在していることが何らかの引き金になっているのなら、両方の世界を自由に行き来する方法を探すどころでは無い。

 

「アキラ、俺は先に行っている」

「あぁ、無理はするなよ」

 

 上陸したサイドンが暴れて被害が出ているのか、この距離からも若干ながら黒煙が上がっているのが見える。それを見て居ても立っても居られなくなったのか、プテラを出したレッドは肩を掴まれる形で飛び上がると現場に先行する。

 徐々に小さくなっていく友人の姿を見ながら、アキラは自らが意図せずこの世界の疫病神になっている可能性を一旦忘れて、一刻も早く陸に着くのを願うのだった。

 

 

 

 

 

 アキラが歯痒い思いをしていた頃、サイドンが上陸した付近はパニック状態に陥っていた。

 海沿いにある町の中にまで足を踏み入れたサイドンは、ただ真っ直ぐ突き進むのではなく、ある程度は整備された道に沿って進んでいた。しかし、それでも自分より小さなものや車は踏み潰し、目の前を遮るものや道に沿って建てられている建物の一部を切り崩す様に破壊したりと、通り過ぎた後に破壊の爪痕を残していく。

 

 この緊急事態に、町の人達は訳が分からないまま逃げ惑う。

 たまに野生のギャラドスが暴れて砂浜沿いが軽い被害を受けることはあるが、野生のサイドンがこの町で暴れるなど前例が無いのだ。しかも見上げる程の巨体と全身の至る所が赤く発光している異様な姿に、恐怖を抱く者が殆どだった。

 だが、その中でもサイドンを相手に敢然と立ち向かう者達も少なからずおり、ムッシュタカブリッジ連合もその中にいた。

 

「閣下! どう考えても無理があったみたいです!」

「バカヤロー! 根性出せ根性を!」

 

 弱音を吐くメンバーに暴走族のリーダーであるタカは喝を入れる。

 ここまでして戦う義理は彼らには無いが、暴れられている町出身のメンバーがいるなどの理由で放置したら後々面倒になるし、被害を抑えることはある意味アキラが言っていた社会的にプラスの方向で貢献できると考えたからだ。

 

 三幹部のメタモン三体合体での疑似フリーザー以外にも、この一年半の間にそれなりに力を付けたポケモンもいるが、彼らの攻撃はドリルポケモンにはあまり通じていなかった。

 有効とされるみずタイプの技が当たっても、当たった箇所から蒸発して白い煙を上げるだけで、サイドンはものともしない。

 

 事態を打開しようと再現されたフリーザーは口から”れいとうビーム”を放つが、サイドンの体に当たると同時に爆発した様な音を轟かせて、先程よりも膨大な白い煙が周囲を包み込む。攻撃の効果を確認できなかったが、白い煙を切り裂く様に激しい炎がフリーザー目掛けて一直線に飛び、直撃を受けたフリーザーは元の三匹のメタモンに戻る。

 

「げぇ、まるで歯が立たねえ!」

 

 切り札であるフリーザーでは倒せない敵=敵わない相手と言う図式が彼らの中に出来ていただけに、挑んでいた面々に動揺が広がる。これ以上は無理だと考えた何人かが逃げようとした時、どこからか極太の光が飛んできてサイドンの顔に炸裂した。

 多くの人達が光が飛んできた方角へ目を向けると、プテラに掴まった少年がサイドンと戦っていた者達の間に降り立った。

 

「あれって…」

「アキラ名誉総長と一緒にいた」

「ポケモンリーグ優勝者のレッドだ!!」

 

 レッドがこの場にやって来たことに、戦っていたムッシュタカブリッジ連合や何人かのトレーナーは勿論、周囲にいた人々は歓声を上げる。

 彼はこの地方で一番強いトレーナーなのだ。

 それだけの実力者が来たという事はもう安心だと、気が早い者はそう考えていた。

 しかし周りが浮き立っているのに反して、レッドは目の前のサイドンの様子に体を強張らせる。

 

 過去にサイドンと戦った経験はあるが、目の前のサイドンは確実に二倍、下手すれば三倍近くの大きさだ。全身が赤く光って見えるのも、最初は全身に広がっている血管みたいな筋と体の随所が輝いているだけと思ったが、よく観察すると薄らと赤いオーラらしきものも身に纏っている。更に何故か熱く感じられるなど経験したことが無い現象だらけではあったが、サイドンの目付きだけは、レッドは覚えがあった。

 あれはトキワの森にロケット団が放していたポケモンがしていた殺気の籠った目だ。

 

 準備が整ったのか、叫び声も何も上げずにサイドンはレッドに殴り掛かって来たが、咄嗟に飛び出したニョロボンに抱えられる形で彼は難を逃れる。

 とにかく、あの巨体ではカビゴンでも正面から止めることは無理だろう。

 サイドンに関する情報を頭に浮かべながら、彼はギャラドスを召喚する。

 

「ギャラ、”ハイドロポンプ”!」

 

 出てきたギャラドスは、間髪入れず膨大な量の水を放つ。

 サイドンのタイプは、複合しているタイプの関係上みずタイプの技は特に苦手だ。

 アキラは耐性があることを指摘していたが、ここは定石通りに攻めることにした。しかし、サイドンの体は何歩か下がったものの水を受けた箇所から焼ける様な音と白い煙が勢いよく発生する。

 

 それを見たレッドは、目の前のサイドンが何らかの理由で体から高熱を発している考察を確信に至らせる。さっき様子を窺っていた時も近くにいるだけで焼けそうな熱気を感じていたし、通り過ぎた後や足元の舗装された道が熱された様に赤くなっているのが証拠だ。

 アキラの話を思い出せば、ひょっとしたらこのサイドンはほのおタイプになっているのではないかと言う考えが浮かぶが、わからないことだらけだ。

 

「みずタイプの技が効いている様には見えないな…」

 

 サイドンはじめん・いわタイプの複合だ。仮にどちらかのタイプが変化していたとしてもみずタイプが有効なはずだが、あまり効いている様子は見られない。”なみのり”が使えるから水に耐性があるかもしれないとは聞いていたが、本当にそれだけなのだろうか。

 

 ”ハイドロポンプ”を受けながら、サイドンは近くにあった車を鷲掴みにすると、それをギャラドス目掛けて投げ付けた。攻撃している最中だったギャラドスは、避けることが出来ないまま投げられた車を受けて怯む。

 青い龍の動きが鈍ったのを見計らったのか、サイドンは口から血の様に赤く染まった”はかいこうせん”を放ってきた。それだけでも驚愕に値するが、色だけで無く放たれた光の強さも尋常では無く、直撃を受けたギャラドスは爆発の衝撃で建物に叩き付けられて動かなくなった。

 

「ギャラ!? 嘘だろ!?」

 

 体が大きいこともそうだが、放つ技の威力など何もかも普通では無い。

 これは本格的に厳しいのをレッドは改めて認識する。

 大き過ぎるが故に力勝負はまず無理。

 一番効きそうな水技もあまり効かない。

 近付こうにも高熱を発している。

 今まで戦った中でも間違いなく上位に位置するほど厄介だ。

 

 ギャラドスをボールに戻そうとするが、その前にサイドンは巨大な尻尾を振ってきた。

 通常のサイドンでも強力な攻撃手段なのだ。それが巨体に比例して数倍の規模、しかも建物を巻き込む形で崩しながら迫ってくるのだから、レッドは素早くプテラを繰り出して上空に逃れる。

 

「”ちょうおんぱ”!」

 

 何か仕掛けられる前に、プテラは口から相手の正気を失わせる甲高い音を放つ。

 もしかしたら今のサイドンには効かない可能性もあったが、狙い通りの効果が出たのかサイドンの挙動は不安定になる。チャンスと見たレッドは、ギャラドスを戻す以外にもボールを投げて、フシギバナとニョロボンを地上に召喚する。

 

 やる事を理解していたフシギバナは、地面を踏み締めて背中の巨大な花弁に光を集め始める。その間にニョロボンはサイドンの足元を積極的に動き回り、飛んでいるプテラも掴んでいるレッドと一緒に頭上を飛び回って更に注意を引こうとする。

 しかし、サイドンは混乱しているにも関わらず、巨体任せに激しく暴れる。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 大人しくさせる意図で、プテラは命じられた”はかいこうせん”をサイドンの頭部に当てる。強烈な一撃にサイドンは唸りながら後退するが、タイミング良くチャージをしていたフシギバナは”ソーラービーム”を放った。

 先程自らが放った”はかいこうせん”に勝るとも劣らない光を受けて、サイドンの巨大な体は宙に浮き、地響きと砂埃を上げながら倒れた。

 サイドンが倒れたのを見て、レッドの周りにいた人達は歓喜の声を上げる。

 これで倒せたのなら一安心だが、実際はそうはいかなかった。

 

「まだ戦うのか…」

 

 少し経つと、サイドンは立ち上がろうと体を横に転がす。

 整備された道を凹ませるまでに踏み締めながらゆっくり立ち上がった直後、ここまでほぼ無言だったサイドンは、耳を塞ぎたくなる程の大きな声で天に向かって吠えた。発せられた音圧とも言える衝撃波は、飛んでいたプテラとレッドを吹き飛ばし、危うく彼らは地面に叩き付けられそうになった。

 そしてサイドンはさっきまでのゆったりとした動きから一転して、足元を動き回っているニョロボンを踏み付けようと激しく足を動かす。容赦の無いサイドンの攻撃に、遥かに小さいニョロボンは逃げ惑うしかなかった。

 

「フッシー、”はっぱカッター”!」

 

 すぐにフシギバナが、援護として高速で飛ぶ葉を撃ち出す。

 飛ばされた葉が当たると、サイドンは嫌がる素振りを見せる。それを見たレッドはそのまま攻撃を続けようとしたが、サイドンは標的を変えたのか顔をフシギバナに向けると同時に口を開く。

 またさっきの”はかいこうせん”かと思ったが、予想に反して口から放たれたのはレッドのギャラドスが放った”ハイドロポンプ”の炎版とも言える程の勢いのある炎だった。

 あまりの速さにフシギバナは何もできないまま炎に呑まれて、その体を転がした。

 

「フッシー!?」

 

 驚きと確認が半々に混ざりながらレッドはフシギバナの名を叫ぶが、既に体の至る箇所が煤と焦げ跡だらけで戦闘不能だった。サイドンが口から炎を放つなど、彼は聞いたことが無かった。

 本当にあのポケモンの身に何が起こっているのか。

 

「チャンピオン危ねえ!!!」

「え?」

 

 モヒカンの格好をした若者が注意を促すと同時に、レッドの体はニョロボンに担がれた。

 振り返ればさっきまで自分がいた場所にサイドンが放った炎が浴びせられ、真っ赤に焼けていた。間一髪ではあったが、サイドンはそれだけに留まらず、炎を周囲にやたら滅多に放って焼き払っていく。広がる火の勢いに人々は逃げ惑い、燃え盛る炎に照らされながらサイドンは自らを誇示するかのように吠える。

 その姿は最早、テレビで出てくる怪獣を彷彿させるものだった。

 

「どうすれば良いんだよこいつ」

 

 まるで手が付けられないと思ったその時、レッドの左右を三つの影が駆け抜けた。

 

 目をやると、それはハクリューとブーバー、サンドパンだった。

 サンドパンが爪先から”スピードスター”を、ハクリューは”りゅうのいかり”でサイドンの注意を引き付ける。その隙にブーバーが、サイドンの死角から体に生えている突起などを足場に駆け上がっていく。今のサイドンは高熱を発していて触れると火傷を負いかねないが、ほのおタイプであるブーバーは全く問題にしない。

 

 当然サイドンは反応するが、振り払う前にブーバーは大きくジャンプして背中に背負っていたものを抜き、ドリルポケモンの脳天とも言える部分を渾身の力で殴り付けた。効いているのかサイドンは喚く様に吠えるが、レッドが良く知る彼らがここにいると言う事は――

 

「遅れてごめん!」

 

 振り返ると、漁船を出してくれたムッシュタカブリッジ連合のメンバーのバイクに乗せて貰っていたアキラが、ヘルメットを外しながらレッドの元に駆け付けていた。




アキラとレッド、特異な姿をした巨大サイドンとの交戦開始。

巨大化にオーラを纏っているなど、SMに出てくるぬしポケモンに似ていると言えば近い感じです。切っ掛けになった元ネタも似た様な理由でしたので。
オーラの描写はどうするか迷っていましたが、SMを見て描くことにしました。
後、”なみのり”が使えるから水に耐性があるかもしれない扱いは、アニポケに出てきた泳げるサイドンが元ネタです。あちらは水を恐れないだけで技での水は効いていましたけど。

何故、原作介入などによる改変とは違う完全オリジナルの展開を組み込むのかと思う方はいると思います。
理由としては、ポケスペの二次創作であるこの物語の始まり方や目的、アキラが最終的な決め手にならなければならない戦いなどを考えると、個人的には原作の流れを変えることによるオリジナル展開では無い流れが必要と感じたからです。

次回でこの1.5章は終わります。

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