SPECIALな冒険記   作:冴龍

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怪物の脅威

 ようやくアキラが加勢してくれたことに、苦戦を強いられていたレッドは表情を明るくする。

 彼は自分よりも頭が回るし、手持ちのポケモンもクセは強いが実力者揃い。何よりこの異常事態にある程度の知識と理解があるのだから、加勢してくれるだけでもこれ以上無く心強い。

 

「お前が来てくれると心強いぜ」

「まだそれ程じゃないよ」

 

 謙遜するが話はそこまでだ。

 先陣を切った三匹は、”こうそくいどう”によって実現する素早い動きでサイドンを翻弄する。本来”こうそくいどう”を覚えているのはハクリューのみだが、残る二匹は”ものまね”によって一時的に使えるようになっている。

 

 相手の技のみならず味方の有用な技を一時的に使えるのは、こういう野良バトルなどで大きな力になるとアキラは考えて、この一年半の間に必死になって覚えさせるのに必要なわざマシンを掻き集めたが、その甲斐があった。

 仮にサイドンでなくても、あれだけの巨体でちょこまかと動き回る三匹を捉えることは至難の業だろう。

 

「状況は? サイドンについてわかったことはある?」

 

 三匹が注意を引き付けている間に、アキラはレッドに情報を求める。

 サイドンが異常なのは誰がどう見てもわかるが、やはりここは自分より先に戦っていた彼から知りたい。

 

「ギャラとフッシーがやられた。サイドンは……見てわかると思うけど、お前のブーバーみたいに熱を発している上に技もかなりヤバイ威力だ」

「やっぱり、ほのおタイプに変化している可能性はあるってことか」

 

 レッドの話から、アキラは目の前のサイドンについて考えを張り巡らす。

 全身の随所に血管の様に張り巡らされた赤く光る筋、自分達が追い掛けている紫色の濃霧に含まれているエネルギーで何らかの影響を受けたのだろう。薄らとした赤いオーラを身に纏っていることや熱を発していることから考えるに、じめんタイプかいわタイプのどちらが消えてほのおタイプになったか、或いはほのおタイプ単体に変化したかのどちらかだろう。

 もっと情報は欲しいが、今のサイドンがどういう状態なのか詳しい詳細は、遅れて向かっているヒラタ博士を待つしか無い。

 

「後は、ギャラの”ハイドロポンプ”も大して効かなかった」

「それは面倒だな」

 

 仮にほのおタイプに変化しているとしたら、最も手軽に有効打に成り得るみずタイプの効きが薄いのは厄介だ。そもそも海を泳いで来たのだから、水にはある程度の耐性があるという推測はしていたが、それも現実味を帯びてきた。

 

 もしかしたら熱く見えるのは表面上だけで、別のタイプに変化している可能性もあるが、対抗手段が無い訳では無い。集まった情報を元に考え、動き回っている三匹とサイドンの動向を窺い、タイミングを見計らってアキラは命じた。

 

「サンット、”じしん”!」

 

 アキラが大きな声でそう伝えると、サンドパンはハクリューとブーバーの動きを見る。

 二匹もサンドパンに与えられた指示が聞こえたのか、素早くサイドンから離れて自身の後ろまで下がったことを確認すると、ねずみポケモンは両手の爪を地面に突き刺した。同時にサンドパンの正面方向の地面に強い衝撃が広がり、サイドンは足を止めるだけに留まらず、バランスを崩して倒れ掛かる。

 

 いわタイプとほのおタイプは共通してみずタイプに弱いが、もう一つ共通してじめんタイプにも弱い。サイドンが二タイプのいずれかになっていることが前提の攻撃ではあるが、効いているのかドリルポケモンの動きは鈍る。

 

「俺もゴンに”じしん”を覚えさせようかな」

「良いと思うね」

 

 効果を上げているのを見たレッドの呟きに、アキラは同意する。

 意外にもレッドは、アキラみたいにポケモン達にわざマシンを活用して覚えさせたり、弱点対策に他のタイプの技などを覚えさせることはあまりしていない。その為、ピカチュウなら攻撃技はでんきタイプばかり、プテラに至っては攻撃技は”はかいこうせん”や”つばさでうつ”、”ちょうおんぱ”の応用など、レベルアップで覚えるか彼らが偶然習得した技をメインに戦っている。

 

 グリーンを含めた腕の立つトレーナーの多くは、一匹のポケモンに様々なタイプの技を覚えさせているのに、よくその技構成や戦い方で頂点に立てたものだと正直に思う。だけどそれは逆に、レッドはそんな方法に頼らなくてもポケモンが本来持っている力を最大限に引き出せているから勝ち続けていると見れなくもない。

 

「さて、体が大きい奴じゃ対抗するのは無理そうだから、スピードで翻弄した方が良いな」

「そうだな」

 

 アキラの意見に既に出ているプテラと小回りの利くニョロボンに加えて、相性の悪さ故に出していなかったピカチュウもレッドは出す。提案した彼も残った全て手持ちを繰り出して、揺れが収まったことで持ち直したサイドンとの戦いに備える。

 もう少しすれば、こちらに向かっているヒラタ博士がサイドンの詳細を分析したデータを伝えてくれる筈だ。その前に倒すか捕獲するのが理想だが、教えて貰った方がやりやすい。

 何かとんでもない情報でももたらされない前提ではあるが。

 

「よし。行くぞ皆!」

「リュット達も”いわなだれ”とかの広範囲技に注意するんだ」

 

 二人の指示を受けて、ヤドンを除いた八匹は一斉にサイドンに攻め込む。

 サイドンの圧倒的なパワーと巨体が相手では近付くことは難しいが、それでも彼らは狙いを絞らせない様に動きながら、各々の技を仕掛けて攻めていく。

 さっきの様に一人で戦い続けていたら、あまり出来ないままやられていたかもしれないが、アキラが加わったことで有利になっているのをレッドは実感する。彼らがサイドンに対して有効な技を覚えていることもあるが、何よりも動きが良いのだ。

 

 レッドのポケモン達も注意を引き付けたりと悪く無い動きだが、アキラのポケモン達はそれだけに留まらない。トレーナーである彼がある程度導いていることもあるが、それ以上に連携を意識しているかの様な動きになっているのだ。

 複数のポケモンが入り乱れて戦っているのに、ここまで息の合った動きを見せるのは、レッドは彼の手持ち以外では見たことが無かった。

 

「お前のポケモン、相変わらず凄いな」

「テレビの影響だよ」

 

 レッドはアキラの手腕であると思っているが、複数のポケモンが入り乱れるルール無用の野良バトルでは、トレーナーが全てのポケモンの動きを把握するのは不可能だ。

 実際、観察していて気付いた事や危険な状況、チャンスと思った場面、動きの調節が必要と感じた時以外では彼は口を挟まず、彼らの好きな様に戦わせている。

 手持ちが普段から自由に動き回っていることもあるが、レッドが感心している彼らのコンビネーションは十中八九、ブーバーとゲンガー、エレブーが好んで見ている番組の影響だろう。知る人が見れば、彼らの動きは明らかにどこかで見覚えのある動きなのに気付く筈だ。

 

 結局のめり込んだのは三匹だけだったが、彼らが見ていたらついでに見ると言った感じなので結局全員見ている。

 ポケモンバトルは基本的に一対一で戦うのがこの時代のルールなので、仲間と協力して戦う機会はこういう時しかない。それにのめり込んでいる三匹の表情を見ると、「巨大ロボが欲しい」か「巨大化アイテムが欲しい」と思っているのは、ほぼ間違いないだろう。

 

「まあ、ロボじゃなくてもサイドンに対抗できる巨体があった方が楽だな」

 

 だが無い物をねだっても仕方ない。今戦っているサイドンと比べると、彼らの攻撃はパワー不足ではあるが、数と連携、機動力では圧倒的に勝っている。

 片方に注意を向ければ、真逆の方から攻撃を仕掛ける。

 そしてそちらに向いたら、また別方向から仕掛けるを繰り返す。

 単純な繰り返しではあるが、じめんタイプの技が使えるサンドパンとじめんタイプとしての性質を有している”ふといホネ”を操るブーバーのおかげで、如何に小さくても決して無視できないダメージを蓄積させることが出来ていた。

 

 しかし、何回も繰り返すのが上手くいくと、動きは徐々に単調になる。

 サイドンが他に気を取られたと見たブーバーは”ふといホネ”を構えて攻め込むが、サイドンはブーバーの動きに応じた反撃を仕掛けてきた。咄嗟に昨日手に入れたばかりにも関わらず、攻撃を流す様に巧みに”ふといホネ”を操って身を守るが、完全に衝撃を殺し切れずブーバーは地面に叩き付けられる。

 

「ブーバーが!」

「皆援護に回るんだ!」

 

 ドリルポケモンの追撃が迫るが、両者の間にエレブーとニョロボンの二匹が割って入る。構わず突進するが、足元をハクリューとサンドパン、プテラが攻撃を仕掛けてサイドンの勢いを削ぐ。

 

 その間に二匹は互いに両腕を絡み合わせる様に組むと、それを足場にしてピカチュウを頭に乗せたゲンガーが跳び上がった。二匹はサイドンの目の前まで高々と跳ぶと、それぞれ”あやしいひかり”と”フラッシュ”などの強烈な閃光を浴びせる。効果はてきめんだったらしく、サイドンは足を止めて苦しそうに両目を手で抑えながら吠える。

 

「よし。これなら――」

 

 目潰しをしたから大分動きやすくなると思ったが、サイドンは地面が大きく窪む程の力で踏み締めて”じしん”を起こしてきた。

 この攻撃が繰り出されることは予想の範囲内ではあったが、規模と威力は予想外だった。サンドパンが放つのとは比にならない揺れと衝撃の強さで、まとも立つことが出来ないのは勿論、影響は周囲のまだ健在な建物さえも耐え切れずに崩れていく。

 

 まるで天災そのもの、そうとしか言いようが無かった。

 常軌を逸したパワーの”じしん”に戦っているポケモン達もそうだが、影響はほぼ無防備なレッドやアキラに及ぶ。危うい場面ではあったが、二人は唯一加わらないでいたヤドンが自らも含めて念の力で空中に浮かせてくれたことで難を逃れる。

 それを見たゲンガーを含めた何匹かも、跳び上がって揺れの影響下から離れるが、それでもハクリューなどは跳び上がれずにいた。

 

 地上に残っていたハクリューは、元凶であるサイドンを黙らせようとツノに”はかいこうせん”のエネルギーを溜め始める。彼に倣って、跳び上がっていたゲンガーとエレブーも”ものまね”で”はかいこうせん”を真似る。

 二匹の”はかいこうせん”の構えは、両手首を合わせて体を屈めており、ある漫画の構えと同じというふざけたポーズだったが、表情は至って真面目だ。

 

 そして三匹が一斉に放つ三つの”はかいこうせん”は、同時にドリルポケモンの顔面に炸裂する。流石のサイドンも苦しそうに唸り声を上げるが、倒れる素振りも無くそれだけだった。

 

「どうなってるのあいつ?」

「これ、俺達だけでどうこう出来るレベルを超えているかもしれない」

 

 効いているには効いているが、全然倒れる様子が見られない。

 手持ちの様子を窺っても、彼らはまだまだ戦えるがダメージは蓄積させても勢いが衰えないのではこの先は厳しい。しかも今戦っている場所を中心に、町は廃墟と化しているなどとんでもない被害だ。

 もしここで止められずにタマムシシティの街中まで進行を許して暴れられたら、伝説のポケモンが暴れるのと同等以上の被害が出ることが容易に想像できる。

 今頃警察や近くのジムリーダーが事態を収拾すべく現場に向かっていると思われるが、果たして目の前の怪物を止めることはできるのか。

 

「アキラ君!」

 

 手詰まり感を感じながら着地した時、救いの手とも言える声を耳にしたアキラの気分は晴れる。先にバイクに乗せて貰ったので、置いてきぼりにしたヒラタ博士がようやく追い付いたのだ。事態を打開する可能性があるとしたら、今まで今回の出来事に関係しているであろう研究を続けていた博士から詳細な情報を聞く以外無い。

 

「博士! 詳細な情報をお願いします! このままじゃ持ちません!!」

「わかった! 今から言う事全てを聞き返さず聞くんじゃ!」

 

 藁にも縋りたい状況なのだから聞き返すはずも無い。

 そう思っていたのだが、伝えられた内容は予想以上のものだった。

 

「信じ難いが、あのサイドンは本来のじめん・いわタイプに加えてほのおタイプも加わっている。つまりじめん・いわ・ほのおの三タイプを有しておる!」

「えっ!?」

「三タイプって…ポケモンは通常二タイプが限界なんじゃ…」

 

 アキラは思わず聞き返す様に声を上げ、レッドも唖然とする。

 ポケモンはどれだけ変わったものがいても、タイプだけは基本的に二タイプまでだ。目の前のサイドンはほのおタイプの予想は当たっていたが、本来のタイプが変化したのでは無く更に加わっているのだと言う。幾ら何でも信じ難いが、ヒラタ博士が使っているポケモンのタイプエネルギーを検知する装置が故障したとは思えない。

 

「信じ難いのはわかる! じゃが三タイプなのは”一時的なもの”、つまりタイプが加わったと言うよりはほのおタイプのエネルギーも有していると考えられる」

「一時的…つまり例のエネルギーか」

 

 新しく得たのではなく一時的となると、まずは外的要因が浮かぶ。

 この場合、彼らが追っている紫色の濃霧に含まれていると考えられているエネルギーの影響で、ほのおタイプやそれに関わるタイプエネルギーがサイドンに加わっているという事だろう。

 

 そう考えると、全身がやたらと赤く輝いていることも納得である。

 全身を薄らと包むオーラの形でほのおタイプのエネルギーを纏っているか、エネルギーを体内に宿した影響で体の随所が発光しているか、或いはその両方かもしれない。そして理屈は全く不明だが、巨大化したのや尋常では無い攻撃力やタフさもそれらのエネルギーによる影響かもしれない。

 しかし、仮に一時的とはいえタイプが三つもあってはタイプ相性の考えが複雑になって面倒だ。

 

「えっと、じめん・いわ・ほのおの三タイプが共通して苦手なのは……」

「みずタイプじゃない?」

 

 悩むアキラにレッドは答える。

 元々サイドンは、じめん・いわの二タイプの複合なのでみずタイプの攻撃を受けたら通常の四倍も大きなダメージを受ける。それにほのおタイプが加わったら、計算的には受けるダメージは通常の八倍と言うとんでもない数値になる。ところがサイドンが”なみのり”を覚えているからなのか、体が高熱を発している影響なのか理由は不明だが、みずタイプの技の効果は薄い。

 そうなると別のタイプでの攻撃を考える必要があるのだが――

 

「――結局地面技で良くない?」

「だな」

 

 レッドの答えにアキラも同意する。

 冷静に考えれば、いわ・ほのおの組み合わせだとじめんタイプのダメージが四倍になるのだから、今の戦い方を続ければ良いと言う結論に達した。問題は、その四倍ダメージを頻繁に与えているのにサイドンは全く倒れる様子が無い事だ。

 情報は得られたが、肝心の倒す方法が全く浮かばないのでは意味が無い。

 しかし、ヒラタ博士は悩む彼らに別の手を伝える。

 

「倒すのに拘る必要は無い! 常識とは異なっておるが相手はポケモンじゃ!」

 

 ヒラタ博士のその言葉に、二人は気付かされた。

 普通とは違い過ぎて自分達は倒すことばかり考えていたが、よく考えれば相手はポケモンだ。ならばモンスターボールに収めて、ボールの中に入れる形で大人しくさせることが出来る。

 だが――

 

「捕まえられるの? あれ?」

 

 半信半疑でアキラは、サイドンに目を向けながら呟く。

 一応モンスターボールはビル並みに巨大なポケモンさえも収める事は出来るが、あれだけのサイズに加えて全く弱る気配が無いのだからにわかに信じられない。けれどこのまま戦い続けても長期戦になるのは目に見えているし、それまでにどれだけの被害が出るかもわからない。やらねば状況は悪化する一方だ。

 

「任せろアキラ! 俺がやってやる!」

 

 物は試しと、レッドは空いているモンスターボールをサイドンに投げ付ける。

 さっきのゲンガーとピカチュウの目潰しコンボで、サイドンはまだ目が見えていない。

 一見すると無防備ではあったが、彼が投げたボールは呆気なく弾かれる。

 

「あれ?」

「レッド、ただサイドンの体皮に当ててもダメだと思うよ」

 

 ポケモンを捕まえるなら単純にボールを当てれば良いと思われがちだが、ポケモンにはボールを当てても反応するのに適している部分と適さない部分がある。

 サイドンは文字通り全身鎧の様な体皮なので、弱っている状態で当てても弾かれる確率は高い。基本的にこういうのは体の弱い箇所、頭や目などの何らかの感覚器官が集中している部位を狙うのが良い。

 後にポケモンを捕まえるには気の集まる部位を狙うと確実に捕獲できる技術が出てくるが、今の彼らにはそこまで正確な判断はできない。

 

「狙いどころは顔が妥当だと思うけど…」

 

 やはり狙うとしたら目などの感覚器官が集中している部位だが、通常よりも大きくなった所為であそこまで投げるのは難しい。しかもまだ目が見えないからなのか、体を激しく動き回しているのも相俟って近付くの危険で狙いも定めにくい。

 どうしたら良いものか。

 

「――そうだ」

 

 何か閃いたのか、レッドは手を叩く。

 

「アキラ、あのロケットランチャーは?」

「ロケットランチャー…あっ」

 

 ここでアキラもレッドの意図を悟る。

 今日彼がフル装備のつもりで持って来たロケットランチャーは、モンスターボールを撃ち出すことが可能な特殊仕様。撃ち出すまで手間は掛かるが、準備が出来れば普通に手で投げるよりも速く正確に飛ばせる。それを使えば、サイドンに近付く必要性と言った問題点を解消できる。

 名案ではあるが、一つだけ問題があった。

 

「あれ…重いから船に置いて来ちゃったよ」

 

 心底申し訳なさそうにアキラは、ロケットランチャーは今は持っていないのを告白する。

 背中に担ぐとはいえ、十代の自分が持ち歩くには重い。それも必需品が入っているリュックと一緒に背負うのだから、尚更急いで駆け付けるには余分だと考えて、リュックと一緒に船に置いて来てしまったのだ。

 しかし、折角浮かんだ解決策なのだから試してみる価値はある。

 問題があるとすれば、取りに行く時間だが――

 

「誰か! 誰でも良いので俺がさっきまで乗っていた船からロケットランチャーを持ってきてください!」

「よっしゃ! 俺に任せろ!」

 

 アキラの頼みに暴走族のリーダーであるタカが名乗りを上げると、離れた場所に停めていたバイクに乗るとあっという間に離れていった。この時初めてアキラは、彼らが自分に従ってくれることを有り難く感じた。

 

 彼が走らせたバイクが法定速度オーバーしている様に見えなくも無かったが、この際気にしていられない。次は彼が戻って来るまでにどうやって時間を稼ぐかだが、未だ暴れるサイドンの姿にアキラの脳裏にある方法が過ぎる。

 一瞬だけ躊躇ったが、焦っていることも相俟って彼は良く考えずに勢いですぐにそれを実行することにした。

 

「――仕方ない。一旦全員ボールに戻れ!」

「えっ!?」

 

 アキラのまさかの指示にレッドは驚くが、彼のポケモン達は次々とモンスターボールの中に戻っていき、そして何故かすぐに飛び出た。

 

「メタモンは動けますか!?」

「ぁ…はい、何とか動けますが…」

「よし、”ものまね”だ!」

 

 メタモンを連れている暴走族の幹部格に確認を取ると、アキラのポケモン達は一斉にメタモンの”へんしん”を”ものまね”をする。

 一体何を考えているのか彼ら以外誰も理解できなかったが、構わずアキラは次の指示を下す。

 

 「バーットを中心に――サイドンと同サイズのブーバーになるんだ!」

 

 他人が聞けば謎過ぎる指示ではあったが、アキラのポケモン達は迷わず実行する。

 中でも何匹かは、「待ってました」と言わんばかりに嬉しそうだった。

 先に中心役を命じられたブーバーが飛び上がると、ヤドンだけはエレブーに投げ飛ばされる形ではあったが続けて他の五匹も飛び上がる。

 

 太陽を背にしたことで飛び上がった彼らがどうなっているのか直視出来なかったが、重なり合った六つの影は一つの巨大な影へと変わる。そして巨大な影は地響きと砂埃を舞い上げる形で地面に着地すると、巨大化しているサイドンとほぼ同サイズの巨大なブーバーが片膝が付いた姿勢で体を屈めていた。

 

「よし! サイドンの動きを抑えるんだ!」

 

 複数のポケモンによる合体”へんしん”が上手く行ったと見たアキラは、すぐさまその巨体を活かして取り押さえるのを命ずる。

 このままさっきと同じことを繰り返してもダメージを与えられない。捕獲に方針転換したのだから、ボールを当てやすい様に取り押さえることに力を注いだ方が良いのでは無いかと、彼は考えたのだ。

 

 彼の声に遅れて反応した巨大ブーバーは、ゆっくり立ち上がるとぎこちなさそうではあったが、一歩一歩力強く踏み締める形でサイドン目掛けて走る。ようやく目が見えてきたサイドンは、迫るブーバーに対して”はかいこうせん”を放つ。

 破壊的な光線が迫るが、まだ良く見えていないのか走っているブーバーの横の地面に当たる。爆発と共に土埃と炎が舞い上がるが、それでもブーバーは勢いを弱めず一直線に駆け抜けると、流れる様にサイドンの顔に拳を打ち込んだ。

 

「おお! スゲェ!!!」

 

 技でも何でもないパンチでサイドンがよろめいたからなのか、はたまた常軌を逸した大きさのポケモン同士が激突しているからなのか定かではないが、レッドや周りは歓声を上げる。しかし、浮かれている周りとは対照的にアキラの目は厳しそうだった。

 色々理由はあるが、何より一番気になるのはブーバーの動きが鈍くてぎこちないことだ。

 元になったブーバーを考えればもっと機敏に動けるはずなのだが、六体の手持ちの合体”へんしん”によって誕生した巨大ブーバーは、錆び付いたブリキのおもちゃまではいかなくてもスムーズでは無い。

 

「やっぱり難しいか」

 

 ミュウツーを退けた経験から使える可能性があるのでは無いかと考えて、度々アキラ達は”へんしん”による変化や合体を試してきた。だけど繰り返す内にわかってきたのは、そこまで望んだ以上の力は出せないことと複数のポケモンで合体すると単純なパワーは向上しても、まともに動けないことが多い事だ。

 

 原因には力量不足や意思統一の問題などが、試みた手持ちの反応から見てわかったものの、具体的な解決策は未だに見出せていない。暴走族の三人は意図も簡単にメタモン三匹でフリーザーを能力も含めて可能な限り再現していたが、実はかなり凄い事をやっているということをこの時初めて理解した。

 

 動きなどに問題はあるが、パワーだけはそれなりに発揮してくれるので、今回の様に抑え込むのに適していると言えば適している。今はサイドンの攻撃を緩やかな動きながらもブーバーは何とか避けているが、何時まで持つか。

 焦りと安易な思い付きで命じたことにアキラは己の判断ミスを後悔し始めるが、遠くから一台のバイクが轟音を唸らせて迫って来た。

 

「アキラの総長! 持って来たぜ!!!」

 

 瓦礫だらけの悪路をものともせず、大きな筒状のものを背にしたタカがアキラに駆け寄る。

 ついさっき向かったはずなのにもう戻ってきたことに、彼は驚きながらも破顔する。

 

「ありがとうございます!」

 

 これで必要な道具は揃った。

 タカからロケットランチャーを受け取ったアキラは、急いで動作の確認や入れていたボールの再装填などの作業を行う。構造が比較的単純なので扱うことはできるが、慌てている為か何から何まで時間が掛かる。

 

 アキラが準備を始めたのを見て、巨大ブーバーは同じ巨大サイドンの動きを抑えるべく羽交い絞めにしようとするが、振り解こうとドリルポケモンは暴れる。

 ブーバーも何とか堪えようとするが、合体”へんしん”の影響なのか上手く体が反応し切れない。結局振り払われた上に、腹部に重いパンチを叩き込まれてブーバーの体は宙を舞う。

 元々上手くいっていなかったのや合体の性質上衝撃には弱い為、サイドンの攻撃で六匹の”へんしん”と合体は解けて、それぞれバラバラに吹き飛ぶ。

 けど彼らは時間を稼ぐだけでなく、隙も作ることにも成功していた。

 

「頼む!」

 

 ようやく準備が出来たアキラは、肩に担いだロケットランチャーの砲口をサイドンに向けて、来るであろう反動に備える。スコープを頼りに狙いを定め、モンスターボールが機能しやすいと思われる箇所――サイドンのツノ目掛けてモンスターボールを撃ち出す。

 さっきレッドが投げ付けたのよりも遥かに速い速度で、ボールは一直線にサイドンへ飛ぶ。

 ところが、ボールはツノに当たるかと思いきや硬い頬に当たってしまう。

 

「げっ!」

 

 狙いが逸れたことにアキラは驚くが、それでもモンスターボールは機能したのか眩い光と共にサイドンの姿は消えた。

 さっきまでサイドンがいた場所に彼が撃ち出したボールが転がるが、吸い込まれたポケモンが抵抗しているのかボールは激しく揺れる。大人しく捕まるのを誰もが願うが、彼らの想いに反してすぐにボールは開いてしまいサイドンが飛び出す。

 

 それだけですぐにアキラ達は失敗を悟るが、最悪だったのはそれからのサイドンの動きだ。

 原因が彼らにあると理解したのか、空気が震える程の大声で吠えながら突進してきたのだ。他には目もくれず車を踏み潰し、瓦礫を蹴り飛ばして一目散に迫る巨大なサイドンに、アキラは恐怖で体が金縛りに遭ったかの様に硬直してしまう。

 

「アキラ! 俺が食い止めるから早く次を!」

 

 そんな中、レッドだけは違っていた。

 彼は今自分にできるのは時間稼ぎしかないと考え、アキラに次の準備を促すと今まで出していなかったカビゴンや残った手持ちを総動員してサイドンの動きを止めようと試みた。

 レッドの言葉で正気に戻ったアキラは、言う通りにすぐに次弾の装填に取り掛かる。

 

 今度は失敗することは許されない。もし失敗すれば、レッドどころか自分も無事では済まない。

 最悪の流ればかりが頭に浮かぶが、レッドのポケモン達はカビゴンを中心に果敢にサイドンの片足を抑えに掛かる。だが桁違いのパワーと高熱の所為で少ししか足止めできず、サイドンは彼らを纏めて蹴り飛ばすと前に出ていたレッドに迫る。

 彼の危機に気付き、アキラの中で最悪の展開のイメージは一層強まったが、唐突にミュウツーと戦った時の光景が頭を過ぎった。

 

 あの戦いは最終的には退けたものだが、最初はどうやって逃げるのかばかり考えていた。

 だけど、今回は違う。

 逃げても何も解決にならないし、今危機に瀕している友人を救えるのは自分だけだ。アキラは自らにそう言い聞かせて奮い立たせると同時に、湧き上がる恐怖心を抑え込む。

 

 その瞬間だった。

 覚えのある感覚が湧き上がると同時に、彼の目に映る世界が変わった。

 

 あれだけ速く走って見えたサイドンが、今ではゆっくりと見える。

 更に目を凝らすと、どういう動きをしているのかもアキラは感覚的にわかった。

 何も考えず、ただ一直線に走っているだけだ。

 さっきまで抱いていた恐怖心はどこに消えたのか、嘘の様にアキラは冷静にサイドンの動きを分析しつつ成すべき事をこなす。

 モンスターボールの再装填を済ませると、彼はロケットランチャーを再び肩に担いで構える。さっき外れてしまったのは、撃ち出す時の反動でブレてしまったからだ。今度は足腰と腕にしっかりと力を入れ、しっかりと狙いを定めた彼はトリガーを引く。

 

 再度撃ち出されたボールは、真っ直ぐサイドンへと飛ぶ。

 レッドは踏み潰される寸前だったが、アキラが撃ち出したボールは狙い通りにサイドンのツノに当たる。すぐさま機能したボールにサイドンは吸い込まれるが、地面に落ちたボールはさっきとは違って揺れることはなく大人しかった。

 これが意味することはただ一つ、ほぼ無条件で捕獲に成功したという事だ。

 

「た、助かった」

 

 全てが終わったのを理解したレッドは一息つくと、緊張の糸が切れたのかアキラも腰から力が抜けて座り込む。途端に目の感覚は消えて、尋常じゃない疲労感と気分の悪さを覚えたが、そんなものはあまり気にならなかった。

 

 こんな出来事、知らないし存在しないはずだ。

 なのに、何故起きているのか。

 

 そんなことばかりが、アキラの頭の中に浮かんでは消えていた。

 この世界は自分が良く知る世界だけど少し違うだけなのか、それとも自分がこの世界に来たが故に生じた変化なのか。

 遠くから聞こえてくる救急車両やパトカーのサイレンの音を聞きながら、まだ黒煙を上げている廃墟となった町を見渡し、この世界の行く末と自らの立ち位置について彼は考えるのだった。




アキラ、レッドとの共闘の末に巨大サイドンの捕獲に成功。
こういう形ですが、ようやく二人の共闘を書くことが出来て満足していますが、もう一回書きたいです。
以前は大きな力になったご都合主義の塊である”へんしん”合体は、今回は不発。
昔の”ものまね”は”へんしん”をコピーすることは出来ましたが、今はコピーすることはできないみたいですね。
後、意図しているつもりは無いのですけど、何だか暴走族達が結構力になっている気が…

今回のサイドンのタイプ変化ならぬ追加は、初期段階では三つ目のタイプが追加されるのでは無くて、二つあるタイプの内一つを変化させる予定でした。
ですがゲームでバトル中限定とはいえ、一時的に追加する形でポケモンのタイプを三タイプにする技が何個か出てきたので、元に戻るのと限定的な形と言う条件なら三タイプはありと判断して、描くことにしました。

この話でオリジナル章である1.5章は終わります。
しばらくは今回の様な出来事やオリジナル展開は話しで触れる程度ですが、今後もたまにアキラの目的や出来事に焦点を当てた物語を描くつもりです。

次回から原作第二章が始まりますが、序盤の数話のみしか今回は投稿できないのをご了承下さい。

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