SPECIALな冒険記   作:冴龍

48 / 147
この回で一日二話更新は終了します。
明日から何時もの様に、毎朝六時に一話ずつ更新していきます。


静かな激情

 辺り一帯が暗闇に包まれたとある森の中で、麦藁帽子を被った子どもが微弱ながら体中から放電しているピカチュウと向き合っていた。

 

 子どもの名はイエロー、数日前にオーキド博士から目の前にいるレッドのピカチュウとポケモン図鑑を預かり、彼の主人を探してここまで旅を続けてきた。

 道中でレッド行方不明の黒幕である四天王の襲撃などの困難を彼らは辛うじて退けて来たが、共に乗り越えてきたピカチュウは何故か気を荒立てていた。

 

「ピカ…」

 

 イエローは声を掛けるが、それでもピカチュウの気は収まらない。

 さっきまで何とも無かったのだが、何か悪い夢を見てしまって焦っているのが手に取る様にわかった。行動を共にしてはいるが、彼がこちらの言う事に従う義理は無い。何故なら自分は彼の”おや”では無いと言う事を、イエロー自身良く理解しているからだ。

 

「レッドさんが心配なのは良くわかる。でも焦って一人で探しに行くのは危険だ」

 

 ここに来るまでに遭遇した四天王のカンナは、何故かピカチュウに執着していた。本人曰くプライドが許さないらしいが、ここで四天王に狙われているピカチュウを一人勝手にどこかに行くことを許す訳にはいかない。

 何とか説得を試みていたが、それでも落ち着く様子は見られない。このまま平行線を辿るかと思われたが、唐突にピカチュウの耳が何かに反応する様な素振りを見せた。

 

「? ピカ?」

 

 少し遅れてイエローの耳にも、何かが草を掻き分けたり踏みながら迫る音が聞こえてきた。それも近付いて来ているのかドンドン音は大きくなる。

 野生のポケモン、或いは敵かと思ったが、ピカチュウの反応を見るとそうでは無さそうだ。彼が気にしている方角に目を向けてみると、夜の闇を照らす程度にぼんやりとした光が暗闇の中を動いている。

 

 目を凝らして良く見てみると、光は雷がポケモンの姿を模った様なポケモンが発していたものだった。更に光を発している姿がハッキリと見えてくるにつれて、そのポケモンの傍には小柄ながらも刺々しいポケモンも一緒にいることもわかった。奇妙なポケモンの組み合わせに、イエローは彼らが野生では無いことを直感するが、さっきまでピリピリとした雰囲気だったピカチュウは急に二匹の元へと走り始めた。

 

「ピカ!?」

 

 急いで追い掛けるが、あっという間にピカチュウは二匹に接触する。

 大丈夫なのか心配になったが、何かがあるどころか逆にピカチュウと彼らとは親しそうに接し始めた。

 

「…ひょっとして知り合い?」

 

 仲良くしている様子を見る限りでは、彼らが知り合いであることはイエローでも容易に想像出来た。一通り再会を喜び終えたのか、刺々しいポケモンが爪先から何かを上空に向けて打ち上げると、雷っぽいポケモンが電撃を放って花火の様に軽く爆発させる。

 それが何かの合図なのはイエローはわかったが、ピカチュウが親しそうにしているから、敵で無いのはまず間違いないだろう。

 

 しばらくすると先程の花火の様な爆発が何を意味しているのかを理解していると思われる人達が、イエローの周りに続々と集まり始めた。あまりの人数にイエローは戸惑いを抱くが、その中で一人だけ他とは違った雰囲気を纏った女性が前に歩み出て来た。

 

「サンドパン、エレブー、ご苦労様です。直に彼もここに来るでしょう」

 

 礼を告げられて、二匹は会釈すると女性とイエローが話しやすい様に何歩か下がる。この中で最も立場がある人物なのは理解できたが、敵意は無いとしても自然と体を強張る。

 

「貴方は――」

「私の名はエリカ。タマムシシティでジムリーダーを務める者で、レッドの友人です」

 

 レッドの友人と聞いて、イエローはある程度彼らがやって来た理由を理解する。

 この場にいる人達は彼女を含めて皆、自分とピカチュウを探しに来たのだ。

 

「貴方がオーキド博士からピカを預かった少年ですね。お名前は何とおっしゃるの?」

「…イエロー・デ・トキワグローブ」

「イエローですね。私達は貴方達を探していました」

「それは、何故でしょうか?」

「それについては――」

 

 訳を語ろうとしたエリカだったが、何かを悟ったのかある方へ顔を向かせるとその先は話さなかった。

 

「詳しい話は彼から聞いた方が良さそうですね」

「どういうことですか?」

「それは――」

「エリカさーん、見つかったのですか?」

 

 少し離れた位置から何人かのタマムシの精鋭と一緒に行動していたアキラが、ハクリューとヤドキングを連れてやって来た。

 何時間か前に彼は何事も無くエリカと合流してイエローを探していたが、気合を入れて重装備でやって来たのが早々に仇になっているのか、息をかなり荒くしていた。

 

「レッドがいるかもしれない居場所の可能性をお伝えして貰えただけでも十分なのですから、少し休んでいても良かったのですよ」

「そういう訳にはいきません。レッドのピカを連れているのがどういう子なのか、この目で確かめたいのです」

 

 額に汗を滲ませながらアキラは息を整えようと努めるが、その間に一緒にいたハクリューはイエローに近寄ると、鋭い目付きであらゆる角度から観察し始めた。気難しいレッドのピカチュウを連れているのだから、良いトレーナーである可能性が高いことは理解している。しかし、本当に良いトレーナーなのか、アキラと同じくハクリューは自分の目で確かめたかった。

 

「えっと、僕が何かしたのかな?」

 

 友好的とは言えないハクリューの目付きと雰囲気にイエローは戸惑うが、見定め終えたのかハクリューはアキラの元まで下がる。何だか怖そうなポケモンを連れているが、彼らの”おや”である彼は普通そうな少年であることに少し安心感を抱く。

 

「あっ、そうだ。さっき言っていましたがレッドさんの居場所って――」

「エリカ様!!」

 

 ついさっきエリカとアキラが交わした会話の意味を聞こうとしたが、またしてもタイミングが悪くエリカの侍女が慌てた様子で駆け付けると、彼女に耳打ちする。

 

「――本当ですか!?」

「あれ? どうしました?」

 

 あまり見たことが無いエリカの反応に、遅れてやって来たブーバーとゲンガーの二匹と合流しながらアキラは尋ねる。

 

「レッドらしき人物が、西タマムシの郊外で目撃されたそうです!」

「え!?」

「!」

 

 まさかの情報にアキラだけでなくイエローも驚く。

 しかし、最も早く反応したのはピカチュウだった。

 彼が見つかったと聞くや否や突然走り始めて、イエローも弾かれた様に彼の後を追う。

 

「あっ、ちょっと!」

「待ちなさい!」

 

 遅れて気付いたアキラとエリカは制止する様に伝えるが、レッドの事で頭が一杯なのか彼らには聞こえていなかった。

 

「っ! 我々も早く西タマムシに向かうのです!」

 

 エリカは集まったタマムシの精鋭達に命ずると、すぐさま彼らは行動を起こすがアキラだけは何故か腑に落ちない様子だった。

 

「おかしいな。オツキミ山から下山したなら、ハナダに立ち寄ってカスミさんに会っていそうな気がするんだけどな」

 

 既にアキラは四天王のシバと戦った事や彼と出会った場所が二回ともオツキミ山なので、レッドはその付近にいるのでは無いかと言うことを合流した時点でエリカに話している。

 

 ピカチュウが保護された時点でボロボロだったと言う話を聞くと、恐らくレッドもそれなり怪我をしている可能性が高い。それなら怪我の所為で長距離を移動することは難しいので、オツキミ山から距離が近いハナダシティにいるカスミを頼りにしても良い筈だとアキラは考えていた。

 

「もしかしたら違う場所で挑戦を受けたのかもしれません」

「…そうかもしれませんね」

 

 エリカの推測にアキラは納得する。元から違うのか、それとも自分が来たことで変わったのか、考えれば考える程疑問は尽きないが、何がともあれレッドが見つかったのだ。クチバからタマムシへの自転車移動、そしてさっきまでは手持ちをチームに分けてはいたがイエローを探すべくアキラは走り回っていた。ただでさえ昼間の戦いの疲れが残っていて疲労困憊も良い所だが、この二年の間に体が極限状態に慣れてしまったこともあって、休むのはレッドが無事なのかを見てからだと彼は決めていた。

 イエロー達の後を追うべく走ろうとしたが、その前にアキラは色々な道具を入れたリュックをエレブーに差し出した。

 

「エレット。リュック持つの頼めるかな? 流石に重くて」

 

 長期化することを考えて、リュックの中は様々な道具が満載な上に重いロケットランチャーも背負っているのだ。幾らこの世界に来てから嫌でも体が鍛えられているとはいえ、流石にもう限界に近かった。

 アキラの頼みにエレブーは少し迷うが渋々ながら代わりに背負うと、彼らもレッドが目撃されたとされる場所へと走り出した。

 

 

 

 

 

 その頃、先に走っていたイエローとピカは、レッドが目撃されたと伝えられた西タマムシ郊外にいた。

 この旅が始まった理由にして、ずっと探していた人がここにいる可能性が高い。

 もし間違いだとしても後悔するつもりは無かった。

 少し離れた場所からエリカとアキラ、タマムシの精鋭達も遅れて追い掛けていたが、彼らがイエロー達に追い付く前にピカチュウは暗闇の中に浮かぶ影に一目散に駆けていく。

 

「おっ、ピカじゃねぇか。こんな所にいたのか」

 

 優しくて親しみを感じる声の持ち主の胸に、ピカチュウは喜んで飛び込む。

 ピカチュウが飛び込んだ相手を見て、イエローは感動とも嬉しさとも取れる複雑ながらも胸の奥から込み上げるものを感じた。さっきまで気を荒立たせていたあのピカチュウが、嬉しそうに尻尾を振っているのを見ると彼であるのは間違いない。

 この旅の目的にして、自分達が探していたレッドが目の前にいる。

 

「レッドさ――」

「いたいた!! レッドだ!!」

 

 少し遅れてアキラとエリカも追い付き、彼の姿を目にした途端アキラは大きな声を上げた。四天王に挑戦状を送られて、ピカチュウだけがボロボロで戻って来たと聞いた時はかなり心配したものだが、意外と彼は元気そうであった。

 

「良かった。レッド、貴方ですのね」

 

 五体満足どころかまるで()()()()()()()様なレッドの元気な姿に、エリカは目元に薄らと涙を浮かべる。アキラも涙まではいかなくても、緊張の糸が切れたのか座り込む。

 彼の無事が確認できたとなると、後の問題は四天王をどうするかだ。ここまで殆ど休まずに動いていたので、ようやくゆっくり出来そうだ。

 

「――ん?」

 

 息が落ち着いてきたアキラだったが、唐突に何か違和感があることに気付いた。

 笑顔ではあるが本当に大丈夫であるのか、気が抜ける前に文句の一つや二つを言ってやろうかと思って、レッドの動きに目を凝らしていたが故だった。

 

「あれ? レッドって…もうちょっと腕に筋肉無かったっけ?」

 

 最近は目を凝らすと動きが何気なく読める以外にも、こういう細かいところもアキラは何となくわかる。レッドは何かと鍛えているので意外と腕に筋肉が付いているのだが、よく見ると記憶の中の彼の腕よりも細い。

 

 その違和感がハッキリしないまま、予想外の事が起きた。

 怪我は無いか確認する為に近付いたエリカを、突然レッドが彼女の腹を殴り付けたのだ。

 

「はぁ!?」

 

 アキラは勿論、周りもあまりに唐突だったので何が起きたのか理解できなかった。

 その直後ピカチュウはレッドでは無いと認識したのか、直視できないだけの出力で電撃を放つが、手放されるどころか逆に抑え付けられた。

 

「ピカの技が通じない!?」

「お前レッドじゃないな! 誰だ!」

 

 「偽物」である確信を得たアキラは急いで立ち上がると連れていた手持ち、そしてタマムシの精鋭達は身構えるが、レッドの顔をした人物は彼がするとは思えないあくどい表情を浮かべる。数と戦力を考えれば圧倒的に不利であるはずなのに、余裕そうに振る舞いながらその人物は変装していたレッドの顔を剥がして素顔を晒した。

 

「りかけいのおとこ!」

 

 精鋭の誰かがピカチュウを掴んでいる男が何者なのかを口にするが、相手が誰であろうと関係無かったアキラ達は何時でも仕掛けられる様に機会を窺う。

 

「クク、何でこのピカチュウが騙されたのか不思議な表情をしているな。当然だ。なんせ俺の全身を薄く包んでいるストッキングには、こいつのご主人様の匂いに似せた香料を染み込ませているからな! オマケに電撃も防げる絶縁機能付き」

 

 りかけいのおとこはご丁寧に、ピカを騙せた理由と電撃を防げた理由を皆に明かす。

 ポケモンの性質をよく理解した上での科学的な手段の活用は、敵ながら見事である。そこまで冷静に頭が働いた途端、アキラの中でここ最近経験していない感情の変化が起きた。

 

「あぁそう……成程ね…」

 

 精鋭達の空気が緊迫していく中、仕掛けるチャンスを窺っていたアキラの空気は逆に静かなものに変わっていく。皆が心配している人物に変装してぬか喜びさせてその気持ちを踏み躙るだけでなく、彼の友人にまで手を上げるなど下衆としか言いようが無い。

 腹の内から怒りが込み上がるつれてアキラの目に映る世界は、徐々に変化していき、頭も脳に送られる情報量が増していくにつれて冴え渡っていく。

 

 アキラが纏う空気が変わりつつあった時、タマムシの精鋭達はりかけいのおとこを何とかしようとしていたが、倒れているエリカを人質の様に見せ付けられて迂闊には手は出せなかった。

 

「そうそう、大人しくしな。後そこのガキも手持ちを全員ボールに戻せ。妙なことをしようとしたらわかるよな?」

 

 りかけいのおとこは外に出ているポケモンをモンスターボールに戻す様に命じるが、アキラは返事を返さなかった。被っている帽子の鍔で目元は陰で隠れていたが、静かな彼の雰囲気に反して控えている彼のポケモン達の熱気は更に高まる。

 ハクリューやブーバーなどの血の気の多いメンバーは勿論、温厚なサンドパンさえもりかけいのおとこに怒りを感じているのか爪を持ち上げて狙いを定めている。

 チャンス若しくは合図があれば、彼らは何時でも仕掛ける気満々であった。

 

「――お前ら、ボールに戻れ」

 

 しかし、アキラが選択したのはりかけいのおとこの要求を受け入れることだった。

 唐突に告げられた指示にサンドパンを始めとした三匹は瞠り、ハクリューなどの三匹は反抗しようと振り返るが彼の顔を見た瞬間、体を強張らせた。

 

 自由行動の度が過ぎて咎められたり軽く怒られることはあるが、それでもアキラが手持ちに雷を落とすことは滅多に無い。その一番怒っている時よりも、今の彼は血の気の多い面々でも逆らう意思を霧散させてしまう程だった。基本的に大人しい三匹はすぐさま指示通りにボールへと戻り、残った三匹も遅れてボールに戻ろうとする。

 

「バーット、戻る前に一旦ホネを置いてくれ」

 

 戻る前に普段だったら渋る様なことをブーバーはアキラに命じられたが、ひふきポケモンは文句一つ言わずに背負っていた”ふといホネ”を彼の足元に置いてからボールに戻っていく。

 

「そうだそうだ。それでいい」

 

 自分の目論見通りに事が進んだからなのか、りかけいのおとこは上機嫌だった。更に彼は念を押すかのように、手持ちであるガラガラを召喚すると手にしていたホネを周囲に投げ飛ばしてエリカが連れてきた精鋭達を蹴散らす。彼らは皆、エリカを人質にされて迂闊に抵抗できないのとポケモンがいないので避けるのに精一杯で成す術も無かった。

 そして、彼らを掻き回したガラガラのホネがアキラに迫った。

 

「危ない!!」

 

 他の人とは違い、避ける様子が全く見られないアキラにイエローは声を上げる。

 だが激しく回転するホネが当たるか否かのタイミングで、彼はこの場にいる誰も想像していない行動を起こした。

 彼は自身の足元に置かれていたブーバーのホネを蹴り上げて手にすると、両手で握り締めて力任せに迫るホネを叩き飛ばしたのだ。

 

「えっ!?」

「な、なな!?」

 

 誰も全く予想していなかった行動であったのは勿論、ポケモンの技を人の手で防いだことに敵味方問わず、この場にいた誰もが唖然とする。アキラの手で叩き飛ばされたガラガラのホネは少し離れた茂み落ちるが、彼は荒々しく息を吐くと、手にしたホネを片手に持ち替えてりかけいのおとこへと歩み始めた。

 

「く、来るんじゃねえ! この女の頭を踏み潰すぞ!」

 

 迫るアキラに対して、りかけいのおとことガラガラは踏み付けているエリカの存在を主張する。帽子の鍔で若干隠れていたが、彼の目は据わっているどころではない鋭い目付きで、一切視線を外さずにこちらを睨んでいるのだ。近付くのを許したら恐ろしい事になるのを、りかけいのおとこは本能的に感じ取っていた。

 

 警告してもアキラは足を止めなかったが、ハッタリでは無く本気であるのを見せ付ける為にエリカを踏み付ける力を強めると、流石に彼は足を止める。しかし、彼はそれで大人しくなるどころか、またしてもこの場にいる誰もが予想していなかった行動に出た。

 手にしていたホネを左手に持ち直すと、背中に背負っていたロケットランチャーを右肩に載せる形で構えたのだ。

 

「嘘…」

「なっ!?」

「はあぁぁ!!? 何だよお前! 頭おかしいだろ! 見えてねえのかよ!」

 

 同じ驚きであっても、それは十人十色だった。

 中でもりかけいのおとこは、さっきから見せるアキラの行動が理解不能過ぎてパニックになる。普通に考えて片手だけであの重火器を支えて撃つなどあり得ないが、今の彼はそんなバカをやらかしそうな空気を放っていた。

 周りの動揺と驚愕を一心に受けていたアキラだったが、周囲の反応を気にも留めずランチャーを起動させると特有のハム音を唸らせながら淡々と狙いを微調整し始める。

 

「待ってください! 貴方はあの人を巻き込むつもりですか!? 冷静になってください!」

 

 冗談抜きで今にも本気でロケットランチャーのトリガーを引きそうなアキラに、イエローも声を上げて止める。確かにりかけいのおとこはそれだけ怒ってもおかしくない事はしたが、今の彼は怒りのあまり周りが見えていない様にイエローには見えていた。

 正直に言うと横から見える彼の顔が恐ろしくて足元が竦みそうだったが、ここで止めなければ人質にされているエリカを巻き込みかねない。

 

「――冷静だ」

「え、冷静って…」

 

 それまで無言であったアキラが唐突に告げた言葉に、イエローは戸惑う。

 雰囲気も相俟って彼の主張の説得力はゼロなのだが、今の彼が怖過ぎて言い返す勇気までは流石に出なかった。しかし、そうとは知らずアキラは低い声ではあるが語り始めた。

 

「野郎は万が一のことを考えて、何時でも避けて逃げられる様な姿勢と力の入り方だ。足の方も踏み付けてはいるけど、大して力も入っていない」

「え? え?」

 

 一体何を言っているのかよくわからなかったが、アキラは至って真面目だった。何かと頼りにしている目からは、例の直感的に動きが読める感覚は十分には感じられなかったが、それでも集中する時間を維持するつれて徐々に近い状態で鮮明になってきていた。対象であるりかけいのおとこが足に加えている力加減、筋肉を含めたあらゆる動き全てが手に取る様にわかる。

 流石に周りの世界がゆっくりと感じられる感覚は無いが、それでも幾分かゆとりがあるおかげで、彼は冷静に視覚から得られる膨大な情報を処理出来ていた。

 

「加えて…この状態で俺がある事をしたら、奴には致命的な隙が出来る」

「――致命的な隙?」

「やっ、やれるものならやってみやがれ!」

 

 アキラの言葉を挑発と受け取ったりかけいのおとこは声を荒げる。

 周りから見ればヤケになって何をやらかすのかわからなかったが、アキラの目はその可能性が無いことをしっかりと見通していた。もし突発的に動く可能性を僅かでも確認したら、すぐさま奴が”致命的な隙”を作る行動を起こすつもりだ。

 連れているガラガラも武器であるホネを失っていたが、素手で如何にかする意思を見せている。

 

 不気味にして緊迫した空気に、アキラはあまり動じていなかったがりかけいのおとこは時間が立つにつれて顔から汗が大量に噴き出してきていた。圧倒的まではいかなくても優位だと言うのに、何故か追い詰められているのは自分の方だ。

 更に認めたくはないが、彼が言っていた事の殆どが当たっていることも、焦りと動揺の大きな要因になっていた。

 

 何とか奴の目を誤魔化してこの場から去りたい。

 しかし、それをやろうにもアキラの目を見ると、何もかもお見通しの様な錯覚を覚える。こちらの焦りを肌で感じ取っているのか、捕まっているピカは忍耐強く再び電撃を放って周囲を照らす。

 

「しつこいな! てめぇの電気は効かねえって何度言えばわか――」

 

 パニックのあまり先程までの余裕も無くなっていたりかけいのおとこが声を荒げた瞬間、アキラは左手で握っていたホネを手放して両手でしっかり支える形でロケットランチャーを構える。

 それを目にした途端、りかけいのおとこは彼が本気なのを察した。

 エリカから足を離し、掴んでいたピカチュウさえも手放し、ガラガラと一緒に守る様に頭を抱えてその場から離れると同時に頭を伏せた瞬間、爆音が轟いた。

 

 まさか本気でやるとは、殆どの人は思っていなかっただけに瞬く間に動揺が広がる。

 だが、アキラが引き金を引いたロケットランチャーからは、爆音こそ響いたものの何も撃ち出されなかった。

 

 それからの彼の動きは速かった。

 周囲が状況を理解する前に、アキラは両手を腰に付けたボールに伸ばす。

 

「”でんこうせっか”で守れ!!!」

 

 飛び出した二つの影は、彼の言葉通り電光石火の速さで一気に男との距離を詰める。

 

「ガラガラ! 女だけでもやれ!」

 

 何が起こったのかよく考える時間が無かった為、りかけいのおとこはガラガラにまだ倒れているエリカを攻撃することを命ずる。

 ガラガラは拳を振り上げてエリカを殴ろうとするが、彼女を覆い被さる様に黄色い姿が飛び出して代わりに攻撃を受ける。それだけで目論見が失敗したと悟るが、その直後に赤い何かの攻撃でガラガラの体は顎から宙に打ち上げられる。

 

「ク、クソ!」

 

 一気に不利になった形勢を少しでも良くするべく、彼は他のポケモンを出そうとしたが、誰かに背中を軽く小突かれた。

 反射的に振り返ると、そこには弓を引く様な構えで拳を握りしめたゲンガーがいた。

 

「ひぃっ!!!」

 

 殴られると直感したりかけいのおとこは、思わずまたさっきの様に頭を庇うが、何時まで経っても殴られることは無かった。

 それもその筈、直前にヤドキングがゲンガーの腕を掴んで止めていたのだ。

 代わりにサンドパンが鋭い爪を突き付けて抑え付けていたが、腹立つ存在に一発殴るチャンスを止められたことで二匹の間に不穏な空気が漂い始める。

 一触即発まではいかなくてもそれに近い状態。

 しかし、それは直ぐに終わった。

 

「喧嘩することは許さないぞヤドット、スット」

 

 ハクリューを伴って歩いて来たアキラが後ろからゲンガー達に告げると、おうじゃポケモンとシャドーポケモンは強張らせながら姿勢を正して素直に従う。

 伝えてくる内容自体は普段と変わらないが、雰囲気があまりにも違う。

 雷を落とす時も自分達の自由行動に寛容であるからこそ恐ろしいが、その時以上に彼が有無を言わせない空気を放つ姿をゲンガーは見たことが無い。正確には近い雰囲気があることを()()()で聞いたことはあるが、ここまでとは正直言って思っていなかった。

 

「…エリカさん」

 

 場が落ち着いたのを頃合いにアキラは雰囲気を幾分か和らげて、精鋭達の手助けで立ち上がったエリカに体ごと振り返ると深々と頭を下げた。

 

「頭に血が上って手荒な事をしてすみません。精鋭の方達も、不必要な不安を抱かせて申し訳ございません」

 

 イエローには冷静であると伝えたが、今まで抱いたことが無いまでの激しい激情に駆られそうになった。それに幾ら動きを見通せるとは言っても、その感覚を過信し過ぎてしまった。結果的に問題は無かったが、まだこの感覚の全容を把握し切れていないのだ。

 ここで逃がす訳にはいかないと思わず動いてしまったが、幾ら頼りになる感覚とはいえ、見落としが無かったとは言い切れない。

 

「いいえ大丈夫です。あれくらいしなければ…止められなかったかもしれませんので」

 

 りかけいのおとこに痛め付けられた箇所を抑えながらも、エリカは彼の行動を肯定する。確かにアキラの行動には問題はあったが、油断していた自分にも非が無いとは言い切れない。

 

 エリカが大丈夫そうであると見た彼は、手持ち達によって抑えられているりかけいのおとこに視線を向ける。彼がやらかした行為には心底怒りを抱いていたので、情報を吐かせるだけ吐かせて締め上げてやると物騒な事を頭に浮かべていたら、アキラ達の周りを不気味なガスの様な霧が漂い始めた。

 

「! これは…」

 

 どこかで見覚えがある様な気がしたが、それが何なのかを思い出す前にガスに紛れて多種多様な攻撃が彼らを襲い始めた。




アキラ、イエロー達と合流するもレッドに化けたりかけいのおとこのやり口に激怒。
心身共に疲れている時に逆撫でされる様なことをされたら、誰だって怒ると思います。

原作でもこの回に披露したりかけいのおとこの技術は、悪い方に活用されていますけど、結構凄いと思います。
本人に近い体臭成分に絶縁シートの再現、一見すると出来て当たり前に見えますが、ちゃんとした設備があったとしても知識や材料が必要です。
本人はタマムシ大学から追い出されたみたいですけど、問題児だったのかな?勿体無い。

そして心底頭にきたとはいえ、少々ムチャをやってしまったアキラ。
本人は気を付けてはいるけど、やはり手持ちや彼自身に力が付いたので、無自覚に強気になってしまう一面が出てしまいます。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。