SPECIALな冒険記   作:冴龍

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作中でイエローに「彼女」という表現を中々使わないのは、作中的に一部を除いて殆どが女の子であることに気付いていないからです。
早く性別バレして欲しいけど、そういう訳にはいかないのがちょっと悩みです(笑)


甦る狂気

 突然、周囲を覆い隠す様に発生したガスの様な濃い霧。自然発生したにしてはあまりに唐突で不気味ではあったが、何が目的か霧の中に紛れて様々な攻撃が飛んできた。

 突如仕掛けられた攻撃に反応できたアキラとその手持ちは回避に徹するが、タマムシの精鋭達はパニックに陥り逃げ惑う。

 

 あまりに唐突過ぎるが、今まで起きた出来事を考えればこの現象も何らかの繋がりがあることが容易に想像出来た。

 

 これをチャンスと見たのか、周りが霧と攻撃に気を取られている隙にりかけいのおとこはペルシアンを出して彼らから逃走を図る。しかもただ逃げるのではなく、逃げ惑っていたイエローの手からピカチュウを奪うと言う悪あがきさえもやってのけた。

 

「ピカが!」

「あばよ!」

 

 ピカチュウは電撃を放って抵抗していたが、りかけいのおとこはでんき対策をしているので全く通じていない。イエローは助けに向かおうとするが、目の前にガス状の霧が立ち塞がって思わず足を止める。その直後、ゲンガーとヤドキングの二匹は”サイコキネシス”の波動を放ち、イエローの目の前にある障害全てを打ち払った。

 

「追うんだイエロー!!」

「でも…」

「こいつらの相手は俺達がするから早くピカを助けに行け! お前が今あいつの”トレーナー”だろ!」

 

 怒鳴る様にアキラは告げると、手持ち達と一緒に目の前に現れた敵との戦いを再開する。怒りと焦りで普段以上に乱暴な口調ではあったが、彼の言葉はイエローにしっかりと伝わっていた。

 

 ポケモンにとって、本当の意味とは違うがポケモントレーナーは親の様な存在だ。

 自分がピカチュウの本当の”おや”では無いことはわかっているし、さっきその事を突き付けられたばかりだ。だけど、レッドが見つかるその時までピカチュウのトレーナー――”おや”の役目を自分が果たさなければならない。決意を固めたイエローは、手持ちのドードーに乗って、りかけいのおとこの後を追い掛けていく。

 

 イエローが追い掛け始めたのを見届けると、アキラは霧の中に紛れる存在を睨む。霧が濃い所為で敵の姿は見えない上に中に紛れているので、どこから攻撃が放たれているかも直前までわからないなど少々不利だった。

 

 レッドの偽物でぬか喜びさせられたことに彼は凄まじい怒りを感じていたが、唐突な襲撃とやりにくさに更に苛立ちも募らせていた。

 

「ヤドット、霧を吹き飛ばせ!」

 

 冷静さを欠いたゴリ押し命令ではあったが、それでもヤドキングは彼の無茶苦茶な要求にしっかりと応えてみせる。おうじゃポケモンは目を光らせると、進化前よりも更に強力になった念の波動を放ち、煙の様な霧とその中に潜んでいる存在を纏めて吹き飛ばす。

 

 実は周囲を覆っている霧にアキラは見覚えがあったのだが、頭に血が上がっている所為で思考を妨げられて、このガスが一体何なのか中々思い出せなかった。けれどヤドキングのおかげで、霧の中に隠れていた存在の姿を見てようやく思い出した。

 

「ゴース…」

 

 周囲にガスの様な霧を発生させていたのは、ガスじょうポケモンのゴースだった。

 アキラが連れているゲンガーも昔はゴースだったので、見覚えがあるのは当然であった。しかし、これで終わりかと言われるとそうでは無い。大量のガスの壁を張っていたゴースの多くは片付けたが、その後ろにはゴーストやゲンガーなどの同系統のポケモンが控えていたからだ。

 

「昼間のシェルダーの大群と同じか…」

 

 忌々し気にアキラは呟く。

 昼に戦った時のパルシェンは一匹しかいなかったので目立ったが、今回はゲンガーは何匹もいるので、どれがボスなのか判別がしにくい。いや、もしかしたらこの場合はいないのかもしれない。

 幸い手持ちは全員出ているのとシェルダーの時よりは遥かに数は少ないことが救いだが、相手は仮にも進化形なのでどれだけ戦闘力があるかは不明だ。

 

「アキラ!!」

「エリカさんはイエローを助けに行ってください! こいつらを片付けるのは俺の役目です!」

 

 大声でそう伝えると、アキラはロケットランチャーを肩に掛けたまま手持ちの六匹を引き連れて先陣を切っていく。彼女はジムリーダーの立場故に、その影響力は大きい。自分よりもずっと精神的にイエローの力になってくれるはずなのだから、ここで足止めさせる訳にはいかない。

 

 彼の意思を汲んだのか、エリカは何名かの精鋭を伴ってイエローを追い掛けるが、残っていた精鋭達は手持ちのポケモンを出すと先陣を切った彼らに加勢する。

 

「加勢するぞ!」

「ありがとうございます!」

 

 集団と集団が正面から激突し合ったことで、戦いはすぐに激しいものとなった。

 さっきまで一方的に翻弄されたりと頼りない様子ではあったが、エリカとその関係者が選んだだけあって、タマムシの精鋭達が連れているポケモン達のレベルも中々のものだった。

 

 しかし、敵も負けてはいない。ゴースとゴーストは数で押し、ゲンガーは高い能力を活かしてくる為、アキラの目から見てもゲンガーの脅威度は高くて厄介であった。

 それでもタマムシの精鋭達の実力ならば連携すれば退けることは十分可能なレベルだが、連携が取りにくいこの混戦状況では単体で対抗出来るのは自分の手持ちしかいない。

 

「俺がゲンガーを中心に叩きますので、他をお願いします!」

 

 大人を差し置いて子どもが大物を相手にするのは、少し気が引けるが仕方ない。

 だけど意外にもアッサリとタマムシの精鋭達は、そう伝えた途端にゲンガー以外の敵に専念し始めてくれたので、アキラとその手持ち達はゲンガー軍団と対峙することが出来た。

 最終進化形態なのが関係しているのか、ゲンガーの数は他にいるゴースやゴーストに比べればずっと少ない。何匹か倒してはいるが、それでも六匹はいるので多いと言えば多い。

 

 対峙しているゲンガー六匹のそれぞれの動きに、アキラは目から入る光景と情報に意識を集中し始める。タイプの弱点を突くことは当然だが、ゲンガーはガラスの様にかなり打たれ弱いので、そこを突くのも悪く無かった。

 彼の視界内にいたゲンガー達は自分達が狙われていることに気付いたのか、それぞれ異なる挙動を見せて惑わしてくる。数は六匹なのだから、手持ちの六匹が一匹ずつ相手にすれば良いと思ったが、さり気ない動きに混ざってゲンガーの何匹かが攻撃を仕掛ける前兆を見せた。

 

「ちぃ!」

 

 咄嗟にアキラはロケットランチャーの砲口を向けると、爆音を轟かせることでシャドーポケモンを驚かせて動きを鈍らせる。

 

「当てるつもりで”サイコキネシス”!」

 

 ヤドキングとゲンガーが放つエスパータイプ最上位の技がゲンガー達を襲う。

 何匹かは巻き込まれる前に上空にジャンプしたり横に躱すが、そこまでアキラは折り込み済みだった。寧ろ予想通り過ぎる。

 

 トレーナーである彼同様に、ジャンプして避けると読んでいたハクリューとエレブーは跳び上がったゲンガー達に”10まんボルト”を放つ。自由が利きにくい状態ではあったが、宙を浮いていたゲンガーは横に体をズラそうとする。だが、狙っていたかの様なタイミングにブーバーが投擲した”ふといホネ”がゲンガーの一匹に直撃する。

 何時の間にか同じ高さにまでジャンプしていたひふきポケモンは、続けてホネをぶつけた個体に”ほのおのパンチ”を捻じ込んで殴り飛ばす。

 

 間を置かず、今まさに着地しようとしたゲンガーには、地面から飛び出したサンドパンの”あなをほる”が炸裂する。相性最悪のじめんタイプの技を受けたゲンガーも倒れると、残ったゲンガーは他の仲間を連れて逃げ始めた。

 それを見たアキラのポケモン達は揃って追い掛けようとするが、アキラは声を荒げる。

 

「深追いはするな!」

 

 一際強く伝えると、彼らは一斉に止まる。

 形勢が不利になったから逃げ始めたと考えるのが妥当ではあるが、そもそも狙い始めてから攻撃は弱まっていたし、逃げ腰気味だった。

 

「――時間稼ぎか?」

 

 自分がいると何らかの障害になると考えて、何者かがシェルダーの大群に今回のゲンガー系統のポケモン達を送り込んできたのだろう。

 仮に自分の勘違いであっても、この様子では完全に四天王側から自分もレッド達と同じく戦力に数えられているのだろうと認識するが、それよりもアキラはイエロー達の方が気になった。

 

 りかけいのおとこが連れているポケモンのレベルが、どれだけなのかは知らない。だけど、もし他のポケモンもさっきのガラガラと同等であることを考えると、今のイエローで対抗できるかアキラは心配だった。

 

 

 

 

 

 アキラがゴーストポケモンの集団を退けてから間もない頃、彼が抱いていた不安は半分当たり半分外れていた。

 

 当たっていたのは、上手く姿を隠したりかけいのおとこの手持ちポケモンにイエロー達は翻弄されて、少なからず傷を負ってしまったこと。そして外れた方は、イエロー自身が巧みにポケモン達と連携してピカチュウを助け出すだけに留まらず、りかけいのおとこを無力化することに成功したことだ。

 

「や…やった…」

 

 目の前で大量の鉄筋混じりのコンクリートに体を包み込まれて伸びているりかけいのおとこを見て、イエローは気が抜けた様に座り込んでいた。

 逃げる途中でダメージを受け過ぎて追い付かれそうになったが、金属の破片が彼に吸い付いていくのを目にしたことでこの方法が頭に浮かんだのだ。それからは機転を利かせて、ピカチュウの電撃を無力化する形で電気を溜め込み磁石と化しているりかけいのおとこに鉄筋を含んだ大量のコンクリートを吸い付かせることに成功した。

 

 少々手荒ではあるが、これなら必要以上に攻撃せずに動きを封じることが出来る。

 ドードーとコラッタも慣れないバトルとダメージで疲れ切ったのか、イエローと同じくグッタリとしていた

 

「ピカ」

 

 少し汚れた格好になってしまったが、イエローは少し離れた位置に立っているピカチュウに話し掛ける。

 

「さっきの話の続きだけど、確かに僕は君の本当のトレーナー…”おや”じゃない。だけど、レッドさんが見つかるまで僕の事を”おや”として見てくれないかな?」

 

 イエローの問い掛けに、ピカチュウはどうするべきか戸惑う。

 単純に探す為に付いて行くことを考えれば、本人はどうするか知らないが、ある程度交流があって本当の”おや”であるレッドにも引けを取らないアキラの方が良い。だけど、目の前にいるイエローには度々助けて貰った以外にも、彼とは違う言葉では言い表せない信頼に近いものも感じていることも確かだ。

 

「もし君が認めてくれないなら、それでも…」

 

 そこから先をどう告げるべきか、イエローは思わず詰まってしまう。

 ピカチュウの事を信じているが、自分に付いて行くかどうかを選ぶのは彼次第なのだ。

 もし付いて行くのを選んで貰えなかったら――

 

「貴方が選びなさいピカ」

 

 そんな時、やんわりとした佇まいでエリカが彼らの前に姿を現したが、現れたのは彼女だけでは無かった。同行していたタマムシの精鋭以外にもイワークを伴ったタケシ、スターミーに乗ったカスミ、ギャロップに跨ったカツラなど、レッドと交流のあるジムリーダー達もイエローの元にやって来ていた。彼らは皆、エリカからの連絡を受けて駆け付けて来たのだ。

 

「ここにいる皆は誰もがレッドを心配しているし、探そうとしているわ」

「誰に付いて行くかは、お前の自由だ」

 

 カスミとタケシの言葉に、カツラも同意する様に頷く。

 当初は急いでイエローを助けなければいけないと焦っていたが、実際はりかけいのおとこからピカチュウを取り戻すだけでなく見事に撃退していた。経緯は見ていないが、人質を取られていながら取り戻す以外に無力化するなど並みのトレーナーでは難しいのだから、イエローは十分に信用するに値する。

 一人一人に目を配った後、ピカチュウは迷う素振りを見せたが、やがて目の前にいるイエローに身を委ねる様に寄り添った。

 

「ピカ……」

 

 もう一度自分を信じてくれたこと、もう一度自分を選んでくれたことに、イエローは心の底から暖まる様な感覚を覚えた。ピカチュウの為にも必ずレッドを見つけると決意を新たにして間もなく、エリカはイエローにスケッチブックを渡してきた。

 

「これ僕のスケッチブック」

「やはり貴方のでしたか。落としていましたわ」

「ありがとうございます」

 

 何時の間にか落としていたことに今気付き、イエローは拾ってくれたエリカに感謝を口にする。それを切っ掛けに、他のジムリーダー達もイエローに話し掛けていく。

 

「見ず知らずの子がレッドを探す大役を担うって聞いた時は驚いたけど、結構やるわね」

「うむ。どうやったのかは知らないが、あの男を封じ込めたのは見事だ」

「あっ、ありがとうございます」

 

 褒めるカスミとタケシに、イエローは照れて顔を赤くする。

 自分はただ作戦を思い付いただけで、実際に出来たのは協力してくれたポケモン達だ。

 しかし、二人とは違ってカツラだけは距離を取っていることには誰も気付いていなかった。

 

「カスミ君…」

 

 話が一旦途切れたタイミングを見計らい、様子を窺っていたカツラはカスミに声を掛ける。

 

「会うのは今日が初めてだが――」

 

 しかし、続きを口にする前に彼らの意識は別の事に向いた。

 突然倒れていたりかけいのおとこの体に、黒い霧の様なものが纏わり付き始めたからだ。

 

「これはさっきの!」

 

 一目見てエリカは、この黒い霧がさっき自分達の周囲を覆い、そして襲ってきたのとよく似ているのに気付く。卑怯なことも含めて悪行を重ねてきてはいたが、りかけいのおとこが苦しみ始めたのを見て、彼らは慌てる。

 

「イカン!」

「何とかしないと!」

 

 すぐにタケシとカスミは、オムナイトとゴローンを出して浮かび上がるりかけいのおとこを如何にかしようとするが、それでも浮き上がるのは止まらなかった。

 別の方法が必要だと思い至った時、エリカが声を上げる。

 

「さっき私も同じのに襲撃されました。恐らくこれはゴースです!」

「そうなら話は早い!」

 

 エリカがそう告げると、カツラは素早く犬の様なポケモンであるガーディを繰り出す。

 出てきたガーディは大量に息を吸うと、熱を帯びた息吹を放った。その威力と範囲は大きく、当たる直前に姿を見せたゴースが身に纏っていたガスのみならず本体も吹き飛ばしていく。

 

 ジムリーダー達は成功を確信したが、イエローだけは違っていた。

 広がる炎の息吹の先に生えている木に小さなポケモンがいたのだ。

 

「危ない!」

 

 イエローは釣竿を手にすると、意図を読み取ったピカチュウも素早く釣竿の先にあるモンスターボールの中に入る。そして釣竿を振った際の遠心力を利用して、ボールは炎の息吹が木に当たる前に伸びていき、ボールから飛び出したピカチュウは木に登っていたキャタピーを助ける。

 咄嗟の行動ではあったが、イエローが見せた手腕に見ていたジムリーダー達とタマムシの精鋭達は唖然とする。

 

「オーキド博士がピカチュウとポケモン図鑑を託すのも何となくわかるわ」

 

 カスミの言葉に、他の三人も同意する。

 良く確認せず攻撃した自分達にもミスはあったが、普通なら助けようとしてもあれほど巧みにはできないものだ。()なら安心してピカチュウを預けることが出来る、四人はそう確信した。

 今度こそ落ち着いていられるかと思われたが、夜の静かな闇に紛れて何かが聞こえてくる。新手かと身構えるが、それは街の街灯に照らされる形で姿を見せた。

 

「あれ? もう大丈夫ですか!?」

 

 ブレーキを掛けた時の甲高い音を響かせながら、急いで来たと思われるアキラは猛スピードが出ていた自転車を急停車させる。

 かなり疲れている様子ではあるが、新手どころか逆に心強い存在と再び合流することが出来てジムリーダー達は安心する。

 

「アキラの方も無事でしたか。えぇ、こちらの方はもう大丈夫です」

「ほんの少ししか見ていないけど、あのイエローって子は中々の腕前よ」

 

 カスミから先程あった出来事の一部始終を聞き、アキラもイエローの行動力とトレーナーとしての腕前に感心する。

 もし自分が同じ状況に気付いたとしても、そこまで上手くやれたかどうか。

 りかけいのおとこを無力化出来たし、ゴーストポケモン達も退けられた。

 これでもう安心、と思いたかったが、警戒を緩めなかったおかげでアキラは微妙な空気の変化に気付いた。

 

「リュット! ヤドット!」

 

 ボールから素早く二匹が飛び出すと、彼らはさっき熱風で吹き飛ばされたはずのゴースに攻撃を仕掛けた。ハクリューが”でんじは”で動きを鈍らせ、そこをヤドキングが”サイコキネシス”を掌から放って、ガスじょうポケモンを地面に叩き付ける。

 

「ムッ、さっき吹き飛ばしたと思ったが、詰めが甘かったか」

「ゴースはガスよりも、本体である顔を攻撃した方が良いですからね」

 

 ゲンガーがゴースだった頃を思い出しながら、アキラは語る。

 地面に力無く転がっているゴースを、ヤドキングは本当に倒せたのかを確認するべく足の爪先で軽く小突く。小突く以外にも転がしたりもするが、それでもゴースは白目を剥いたままだ。

 

 これで今度こそ安心と、アキラは体から力が抜けるのと目の奥が痛くなるのを感じ始めた。原因はわかっているが休む訳にはいかないと自らを鼓舞するが、技を放ってからハクリューが微動だにしないことに彼は気付いた。

 

「…リュ――!?」

 

 声を掛けようとした時、アキラはハクリューの身に起こった異変に気付いた。

 出会ったばかりの頃を彷彿させる狂気に近い凶悪な目付きで、カツラを睨んでいたのだ。何故だか知らないが極めてまずい。

 そう直感した直後、ツノの先端に光が収束し始めたのを見て、アキラはボールを投げる。

 

「一旦戻るんだ!」

 

 しかし、ハクリューはボールを叩き返して拒否する。

 こんな事になるのは久し振りなので、完全にアキラは慌てており、大人しく戻る筈が無いことを忘れていた。どういう訳か自分が狙われていることにカツラは気付くが、避けるには遅かった。

 

「エレット、あの人との間に壁!!!」

 

 ボールから飛び出したエレブーは、”でんこうせっか”でハクリューとカツラの間に割り込むと、”リフレクター”や”ひかりのかべ”の両方を重ね合わせるように張る。

 

 久し振りのハクリューの暴走に、最近自らの長所の意義を理解できたエレブーであっても、模擬戦とは全く異なる殺気にいざ正面から対峙すると恐怖は拭えなかった。しかし、放たれた”はかいこうせん”はヤドキングが発揮した念の力で、壁に当たることなく被害が無い空へと軌道を捻じ曲げられる。

 

「戻れリュット!」

 

 ハクリューがこちらの動きに対応する前に、アキラは直接ドラゴンポケモンへと近付き、体にモンスターボールを押し付けて戻す。ところがボールに戻した後でも、ハクリューは昔の様に「ここから出せ!」と言わんばかりに激しく暴れる。

 

 最近は怒ったり機嫌を損ねることはあっても、特に理由なくハクリューが暴れたりすることは殆ど無かった。一体何がどうなっているのか考えながら、彼はハクリューが入ったボールを両手でしっかりと抑え付ける。だが、進化して力が強くなっているからなのか、両手で抑え付けても全く安心できない。

 

「――アキラ君、そのポケモンが入っているボールを貸してくれないか?」

「……え?」

 

 どうにかしてハクリューを落ち着かせようとしているアキラに、カツラはドラゴンが入っているボールを貸すことを申し出た。

 何の意図があるが故の提案なのかは知らないが、正直言って止めた方が良い。

 

「えっと、カツラさん…でしたよね? 止め…うぉ…止めた方が…」

「構わない。私の考えが間違っていなければ、ハクリューが怒るのは当然だ」

「?」

 

 カツラが何を話しているのか、アキラにはよくわからなかった。

 まるでハクリューが激怒する理由を知っている様だが、そもそもハクリューはカツラとは面識が全くない筈だ。

 だが、妙に納得している自分がいることに彼は気付いていた。

 何かを忘れている。

 

「カツラさん…」

「カスミ君、さっきの話の続きではあるが――あやまらせてくれ」

 

 心配そうに話し掛けるカスミに、神妙な振る舞いでカツラは謝罪を口にする。

 何を謝っているのかわからなかったが、それはすぐに彼の口から語られた。

 

「かつて私は科学者としての好奇心から、ロケット団に協力して様々な実験を行ってきた――」

 

 カツラの口から語られたのは、過去にロケット団に協力していた頃に自らが行った悪行の告白だった。ここでようやくアキラは、彼がロケット団に協力していたことを思い出すが、それが意味するものについても自然と答えに行きついてしまった。

 

「レッド君が連れているイーブイ、今は彼と一緒にいるが彼女のギャラドス。他にも数え切れないポケモン達を私は、知的好奇心や興味を満たす為に生体実験を行ってきた。そして――」

 

 話を区切り、カツラはアキラと向き合う。

 暴れるハクリューのボールを抑える手に力は入っていたが、それ以外はこれから彼が語るであろうことが想像出来てしまった今のアキラは棒立ち同然だった。

 

「君のハクリューは元々ミニリュウだったね」

「は…はい…」

 

 素直に答えるべきでは無い。

 一瞬そう思ったが、カツラの重い雰囲気に呑まれて普段の性格が出てしまい、反射的にアキラは正直に答えてしまう。

 

「一度だけ、サファリゾーンで捕獲されたと言うミニリュウに改造を施したことがあるのだ。目的はロケット団内部で共通している戦闘力の引き上げ、ドラゴンポケモンに多い強靭な鱗の強化による防御力の向上」

 

 どれもミニリュウ時代に遡っても、ハクリューに当て嵌まることだ。

 最初に手持ちに迎えてから今に至るまで荒い性格には手を焼きはしたが、それ以上に高い戦闘力にエレブーとは別の意味での打たれ強いタフさには助けられてきた。だけどその強さの秘密には、ロケット団が関わっていることを内部資料を手に入れたエリカから聞いてはいたが、こうも具体的に話が上がるとなると――

 

「カツラさんが……リュットを今の様にしたのですか?」

「そうだ。だから彼が怒るのも無理は無い。私を罰したいと言うのなら、甘んじて受けよう」

「えっ!? ちょっと待ってください!!」

 

 カツラの言葉にアキラは髪が逆立ってしまう程驚くが、最も反応したのはハクリューだった。

 「上等だ!」と言わんばかりに、ボールを中から割ってしまうのではないかと思える力で激しく暴れる。彼はハクリューの怒りをその身で受けようとしているが、ミニリュウ時代でも恐ろしかったのにハクリューに進化して更に強くなっている。

 下手をすれば殺される。

 

 あまりの力に両手だけでは無理だと判断したアキラは、急いでカツラから距離を取るとボールに全体重を乗せるべく地面に押し付けて抑え込む。しかし、ここまで休みなく動かしていた彼の体は疲れ切っており、無意識に力が抜けてしまう。

 その瞬間、ハクリューはボールを横に転がして開閉スイッチを押してボールから飛び出した。

 

 出てきたハクリューは、それまで抑え付けていたアキラを尾で打ち上げると、宙を舞う彼の体が地面に叩き付けられるのを見届けること無く流れる様にカツラに迫った。

 既に出ていた他のアキラのポケモン達は、ハクリューの暴挙を止めようと動くが、彼らよりも先に動いたのがいた。

 

「待って!!!」

 

 何とイエローが両手を広げて、ハクリューの前に立ち塞がったのだ。




アキラ、一難去ってまた一難とばかりにハクリューが再びかつての狂気に駆られて暴走。

過去にロケット団がポケモン達に施した生物実験の殆どは、直接実行に関わっていなくてもロケット団に在籍していた頃のカツラが主導していたと、この小説では扱っています。

イエローが飛び出しましたけど、ハクリューが止まるのかどうかは次回まで持ち越しです。

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