この日をずっと待っていた身としては絶対に買いに行く。
個人的に一番気になっているのは、ゴールドとエメラルドの関係が破天荒義兄弟扱いなのかどうかって点です。
イエローがカツラとハクリューの間に飛び出した直後、まだ理性が残っていたのかハクリューは直前で止まった。しかし、今にもツノを突き立てそうなくらい鬼気迫る顔を立ち塞がったイエローに近付ける。
もし一歩間違えれば、カツラの前にやられるのはイエローだ。
止めようとしたエレブーとヤドキングの二匹は勿論、ジムリーダー達も万が一に備えながらイエローとハクリューを静かに見守る。
飛び出したイエローではあったが、恐怖を抑え切れていないのか体は小刻みに震えていた。だが、それでも臆さずにハッキリと口を開く。
「確かに…昔カツラさんは君に酷いことをしたかもしれない。それは許されないことだし、君が怒り狂うのもわかる」
目の前のドラゴンポケモンが放つ威圧感と殺気に怯えながらも、イエローは勇気を出してゆっくりと伝えていく。
カツラが過去にどんな悪行をやったのか、そしてそれで目の前のハクリューがどれだけ酷い目に遭ったのかは詳しくは知らない。知らないのに首を突っ込むなと思われているとしたら、それは当然だろう。
だけど、それでも誰かを傷付けたり争い事を見るのはイエローは嫌だった。
レッドを探す為にここに集った仲間同士で、それも目の前でやられるのは嫌だ。
「でも…このまま怒りに身を任せて良いの? 本当にそれで満足なの?」
火に油を注ぐ行為かもしれないし、ハクリューにはその権利があるかもしれない。だとしてもイエローは、一時の感情に身を任せて良いのかを目の前のドラゴンに問い掛けた。
問い掛けられた内容にハクリューは目の前の麦藁帽子も蹴散らそうと唸り声を上げるが、イエローの傍にいるコラッタやドードーも止める様に懇願している目付きなのに気付く。それだけ彼らも、付いて行くトレーナーと同じく自分がやる事を止めて欲しいことを望んでいるのだろう。
だが、だからと言ってそれが許す理由にも、怒りを和らげる理由にも、止める理由にもなりはしない。時間を無駄にした、とハクリューが行動を起こそうとしたその時だった。
「感情的になるな。リュット」
何時の間にか立ち直ったのか、アキラは叩き飛ばされた時に頭から離れたキャップ帽を被り直しながらハクリューに静かに告げる。さっきやられた影響で体を痛そうにしてはいたが、鍔の下に見える目は先程までの威厳の欠片も無かった時とも有無を言わせない激怒したものでも無く、彼らしさを残した肝が据わった鋭いものだった。
「ただ”止めろ”って言っても納得しないだろうから言うけど、今この場でカツラさんを攻撃することが、本当にお前や”俺達”にとって有益なのかを考えるんだ」
ただ復讐は悪い事だから止めろと伝えても、ハクリューが素直に止まる筈が無いことをアキラは理解していた。なのでイエローの説得とは異なった損得で判断するというある意味打算的な問い掛けではあったが、彼には信を置いているのと雰囲気も相俟ってハクリューは素直に考える。
自分の視点で考えれば、気分がスッキリするのは確かだ。
しかし、現状とその後が問題だ。何事も無い平時なら周りがどう思うと知った事では無いが、今は四天王と言う訳の分からない敵・脅威が存在している。対抗するには少しでも力がいるし、カツラは腐ってもジムリーダーだ。
悔しい事に戦力的には頼りになる。
内輪揉めをしている場合でも、この場で恨みを晴らすのも合理的では無い。今それをやってしまえば、今は気分が満たされても最終的には自分を含めて多くが不利益を被ってしまう。
そこまで理解が進んだハクリューは、鼻息を荒く鳴らしてイエローから顔を離すと背を向けてアキラの元に戻り始める。癪ではあるが、今回はアキラの言う事は正しい。しかし、だからと言って諦めた訳では無い。今ここで、
さり気なくハクリューは、意味無く左右に振っていた尾の先端にある宝玉をカツラの頭――特に毛が薄い部分にぶつけると、その直後にモンスターボールの中に戻って一転して静かになった。
「まったく、お前って奴は…」
殺気立ってやられるよりはマシではあるが、結局は報復に走ったハクリューにアキラは肩を竦める。ぶつけられたカツラ自身もやられて当然と考えているみたいではあるが、これだけで終わる方がおかしい。次からカツラと会う時は気を付けないといけないとアキラは認識するが、どこかから熱のある空気が風に運ばれてくるのを感じた。
「まだ自分の手持ちを手懐けていないのか。アキラ」
その風に乗って、聞き覚えのある声も聞こえてくる。
皆揃って見上げて見ると、一匹のリザードンとそれに乗った少年が夜のタマムシシティの空を飛んでいた。
「グリーン…」
レッド最大のライバルにして、現在武者修行中である彼の名をアキラは口にする。何時の間に来たのだろうか。様子からして初めて会った時の小バカにする感じでは無いが、今のハクリュー暴走の流れを見ていたのか呆れている様ではあった。
「止めるのは当然として、それ以外はマシになるどころか少しも変わっていないじゃないか」
「確かにリュットの変化を察知することが出来なかったのは俺のミスだけど、今の方針を変えるつもりは無い」
グリーンがどういう方針で手持ちを連れているかは具体的には知らないが、アキラが連れているポケモン達にとっては、ある程度の自由行動を認めるのが最良だ。
下手に従わせようとしたり、行動を制限するなどで抑え付けると反発するからだ。
なので彼にとっても彼らにとっても余程不利益にならない限り、行動を制限することはあまりしない。
「――まあいい。そんなことよりも現状を把握しよう」
変える気が無いのを理解したのか、グリーンは話を切り替える。
だけど、アキラとしては気になる事が一つあった。
「そういえば何でグリーンがここに?」
「おじいちゃんからレッドが行方不明になったことが書かれた書簡を送られてな」
アキラの質問に答えながら、懐から固そうな筒状の箱と手紙らしき紙を何枚かグリーンは取り出した。
「この書簡を貰った時点では敵の正体は謎だったが、あそこに転がっているゴースや道中でやたらとゴーストポケモンが多かったのを見た今ではハッキリ言える」
グリーンの言葉にタケシとカスミ、カツラは息を呑む。
相手はレッドを倒すだけの実力を持っているにも関わらず正体不明なのだ。
そして彼は、その正体を知っているとなると自然と体を強張らせてしまう。
「敵は…」
「カントー四天王」
勿体ぶるグリーンに我慢出来なかったのか、アキラが先に答えをぼやくと三人は途端に彼に注目した。グリーンもアキラが四天王の存在を知っているのが意外だったのか、少し驚いた様子で彼に目を向ける。
「お前が四天王を知っているとはな。いや、強くなるのを求めていれば噂くらいは聞くか」
「いや…噂じゃなくて実際に会った事があって…」
「なっ!?」
アキラの爆弾発言にカスミとタケシ、カツラは大きな声を上げる。
四天王の噂は彼らも知っている。
殆ど人前に姿を見せないが、その実力は自分達ジムリーダーを凌ぐと言われている。その実力者に彼は会ったと言うのだから驚きだ。
「ちょっと…会った事あるって、どういうことなのよ!?」
「あの…そのままの意味で――」
詳しい経緯をアキラは話そうとするが、その前に彼はカスミに胸倉を掴まれて話すことを急かされる。
「話しますから落ち着いて下さい! 一人は二年前に…もう一人はつい最近――」
「つい最近!? ちょっと白状しなさいよ! じゃないとただじゃおかないから!!!」
早とちりでカスミはアキラには何か裏があるのではないかと思い込んでいる様だったが、苛立っているカスミをアキラの手持ちを始め、タケシとカツラは慌てて止めに入る。
「待つんだカスミ! アキラが四天王と繋がっているとは考えにくい」
「先程私も話を窺いましたが、寧ろ彼は狙われている方です」
それまで静かに見守っていたエリカが、代わりにアキラが何故四天王を知っているのかについて話す。実はイエローを探す前に合流した時点でアキラは、エリカにレッドの行方先の可能性に加えて自分が会った四天王に関しての情報を伝えている。彼女から事情を聞くと、カスミは素直に手を放して彼を解放する。
「それならさっさと言いなさいよ」
「そんな理不尽な…」
詳細を話す前に迫られたのだから、ムチャクチャだ。
確かにレッドがいなくなっているのにアキラ自身も焦ったり些細なことでイライラすることはあるが、カスミのはどうも異なっている。だが、今はその事を気にしている場合では無い。
「それでアキラ君。四天王と会ったことがあると言っていたが、どうして君は彼らに会うことが出来たのかね?」
「一人は二年前にたまたま会えて、もう一人は数日前に仲間にならないかと誘いを受けて断ったら襲われました」
カツラの質問に答えると、またしても予想外の内容だったのかジムリーダー達だけでなくグリーンさえも目を瞠る。前者だけでも十分に凄いと言うべきか、何事も無かったことを喜ぶべきなのか。そして後者だけを聞くと、それだけの実力者に襲われながらよく無事だったものだ。
「会った四天王の名前は知っているのか?」
「はい。二年前に会ったのはシバさんで、最近会ったのはカンナって名前です」
スラスラと名前を挙げたのを見ると、アキラが嘘を言っている可能性は低いだろう。
しかし、問題は彼が挙げた名前にあった。
「ちょっと待て、シバってレッドに挑戦状を送り付けた奴の名前じゃない」
「恐らく…」
この事件の発端となった挑戦状の送り主と同じ名前に、カスミは人一倍敏感に反応し、アキラも弱々しくも肯定する。確かにレッドに挑戦状を送った人物とアキラが知っているシバは、ほぼ同一人物と言っても良いだろう。
二年前に会った彼の性格を考えると、戦いを挑むことはあっても必要以上に攻撃してくるとはとてもじゃないが考えられない。
「あの……アキラさん」
「? どうした?」
唐突にイエローに呼ばれてアキラは何気なく反応するが、イエローは弾かれたかの様に過敏に反応してしまう。今は大丈夫だとはわかってはいるが、連れている手持ちポケモンも含めて本人も怒ると凄く怖いと言う印象がどうしても拭えなかった。
「カ…カンナは呼び捨てなのに、その…シバって人のことは敬称で呼んでいるのですね」
「――あぁ、あの人は俺の命の恩人で目標にしている人だからね」
「四天王に襲われたと言えば、命の恩人って…一体どっちなんだ」
グリーンは呆れるが、本当にそうなのだから仕方ない。
シバには、まだこの世界に来てから間もない頃にロケット団から助けて貰っただけでなく、再び会った時には手合わせ以外にも少しだけポケモントレーナーとしての心構えも教わった。彼のトレーナーとしての姿勢は、本当に尊敬に値すると思っているので、寧ろ何でこんなことを起こすのかが逆に不思議なくらいだ。
「それはそうと、奴らの目的は一体何なんだ?」
「具体的にはわかりませんけど、どうやら優秀なトレーナー以外の人間を排除したいみたいです」
「優秀なトレーナー以外の人間を排除?」
タケシの疑問に、アキラはカンナに勧誘された時の経緯を含めて、彼らの目的と思われることを皆に伝える。
今の世の中はポケモンの力を利用して、己の欲望を満たしたりする身勝手な人間が多過ぎる。
そしてポケモン達もその被害を受けているのだから、ポケモンの扱いに長けた一握りの優秀なトレーナー以外の人間を排除するのが目的らしい。
納得出来る様な出来ない様な内容ではあったが、グリーンの反応だけは違っていた。
「優秀なトレーナーか。良く言うぜ。キクコはおじいちゃんに恨みがあるクセに」
「その人、何か怪しそうだな。オーキド博士に恨みがあるって聞くと、同年代な気がするし」
本当は四天王メンバー全員の名前、中でも公式の記録で確認出来たキクコについてはある程度知ってはいるが、何故知っているかの上手い言い訳が浮かばなかったので怪しまれない程度にアキラは相槌を打つ。キクコがどういう人物なのかは直接会ったことが無いのでわからないが、癖のあるオーキド博士と同年代であるお婆さんなのを考えると、四天王を影で操っている黒幕であってもおかしくない。
「――ヤケにシバって奴に肩入れするな」
「尊敬している人だからね。もし四天王の全員がカンナみたいに挑んだトレーナーを全員始末する奴らなら、二年前の時点で俺は消えているよ」
本人達は自覚しているか定かではないが、またしてもアキラとグリーンの間に不穏な空気が流れ始める。しかし、一々気にしている場合では無いことをお互い理解していたので、それ以上は何も言わなかった。
「と、取り敢えず、四天王に関する情報はそこまでにして、一緒にレッドさんの行方について考えましょう」
自分が一番知りたい話であるのと流れを変える意味も含めて、イエローは提案するとアキラもその話に乗る。
「俺がシバさんに会った場所は、二回ともオツキミ山です。なので個人的にはそこを調べる価値があると思います」
「その証言はかなり有力だが、もう少し判断材料が欲しいな」
疑っている訳では無いが、もう少し確証が欲しかった。
そこでカツラは再びガーディを出して、倒れているりかけいのおとこの体を嗅がせる。
「何をやっているのですか?」
「こいつは素晴らしく鼻が利いてくれるのでね」
カツラに何か考えがあるようだが、それが何なのかアキラはわからなかった。
ガーディが嗅覚に優れていることは知っているが、幾ら鼻が良くてもここからレッド本人がいる場所まで匂いで辿るのは無理な気がする。そんな彼の予想に反して、一通り嗅ぎ終えたガーディは動くのではなくとある方角へ向けて吠え始める。
これが何を意味しているのかアキラにはわからなかったが、カツラを含めた何名かは納得する。
「方角から見て、オツキミ山の方だな」
「そうなるとアキラの証言の信憑性は高まりますね」
「うむ」
「え? 今ので方角がわかるのですか?」
付いて行けないアキラを余所に、続けてカツラは顕微鏡の様な機材を取り出すと、りかけいのおとこの服の一部を切り取って詳しく調べ始めた。
「ふむ。この『レッドの匂い』には、僅かながら『月光線』の反応が含まれておる」
「月光線って、確かつきのいしが持っている特殊なものよね」
「やはり、アキラの言う通りオツキミ山ですね」
アキラの証言だけでなく、カツラの理論に基づいた科学的な分析のおかげで、レッドがどこにいるかの確証は得られた。空振りの可能性はあるが、それでも確率的には高い方だ。ならば、後は彼を探しに行くだけである。
アキラはオツキミ山には用事も含めて何回か行ったことがあるし、シバと初めて会った場所と戦った場所もまだハッキリと覚えている。タケシも探しに行くつもりだが、自分もある意味適任であると言える。
「他にも…何か手掛かりは無いかな?」
更なる情報を求めて、アキラは外に出ているエレブーとヤドキングらと一緒に、気絶しているりかけいのおとこのポケットや服の中を漁り始めた。
普段ならこんなことは絶対しないが、先を急いでいるのと騙されたことに凄く腹が立っていた為、彼らは男がパンツ一丁になるまでに服を剥ぎ取ろうと遠慮は無かった。
「おっ、何か写真みたいな…なっ!?」
取り出した写真を見て、アキラは絶句する。
グリーンやジムリーダー達も彼が手にしていた写真を覗くが、皆同じ様な反応を見せた。
写真には、氷の中に閉じ込められているレッドの姿が映っていたのだ。
「レッドさん!?」
「氷…ってことはカンナか」
これで増々読めてきた。
最初にシバが普通にレッドを挑戦状で誘って、彼がやって来たところ、或いはシバと戦って疲弊したところをカンナなどの他の四天王が襲ったのが大体の流れだろう。
シバがそんな卑怯なことをするとは考えにくいが、他の四天王がシバ名義で誘い込んだ可能性も否定できない。だけど今問題は、レッドが氷漬けになっていることだ。
「氷漬けにされておるから、一時的な休眠状態になっているはずじゃろう」
「よくわかりませんけど、とにかく早く助けに行くべきですね」
事態は一刻を争う。
氷漬けにされているので疑似的な冬眠状態かもしれないとカツラは考察するが、それでも長期間氷漬けは不安だ。手にした写真をエリカなどのジムリーダー達に渡して、アキラはグリーンに声を掛ける。
「グリーン、お前も手伝ってくれれば助かるんだが…」
「レッドの捜索はお前達に任せる。俺は俺でやることがある」
昔とは別の意味で棘がある発言にまた彼とアキラとの空気は悪くなったが、ここで喧嘩する時間も惜しい。
何を考えているかは知らないが、空を飛ぶ事が出来るグリーンが協力してくれないのなら他の方法を考えなければならない。
「精鋭の方から空を飛べるポケモンを借りてきましょう。早い方が良いです」
「ありがとうございますエリカさん」
エリカの申し出にアキラは感謝を述べる。
彼自身、実はポケモンの背に乗って空を飛ぶことは怖いのだが、文句は言っていられない。レッドを探すのに、山の中を徒歩で探し回っていては時間が掛かる。だからこそ、場所がある程度絞れているのなら空から探した方が効率的だ。
「グリーン、連絡手段はあるのか?」
「盗聴される可能性があるから控えている」
「頼むから連絡出来る状態にして、毎日」
四天王がどうやって盗聴するかは知らないが、連絡手段が無いのでは非常に困る。
グリーンもレッドと肩を並べる実力者なのだから、レッドが見つかったら連絡を入れて合流なりして欲しいのだ。そのことを期待して、アキラは彼に何時でも連絡出来る様に念を押すが、グリーンは聞き入れるつもりは無さそうだった。
「しかしアキラ、オツキミ山はそのシバって奴がいる場所なんだろ。もしまた会ったらどうするつもりなんだ?」
「その時は事情を尋ねるか、穏便に事が済む様に話し合うつもりです。ですが場合によっては――」
外に出ているエレブーにヤドキング、そしてボールの中にいる四匹の意思を確認してアキラはタケシに宣言する。
「自分が持てる力や戦術の全てを駆使して戦います」
四天王は手強い。それは紛れもなく事実だ。
最近戦ったカンナも、終盤での反撃は正直ラッキーパンチに近い奇跡だ。もし今の自分がシバと再び正面から挑めば、ハッキリ言えば負ける確率の方がずっと高い。
だけど、対策まではやっていなくても再戦を見越して対格闘ポケモンに関してはある程度は調べている。初見では無理だが、一度は戦った相手なのだ。相性で有利なゲンガー、ヤドキングを主軸にして戦えばある程度は渡り合える。
それに不確定要素ではあるが、また目が相手の動きを良く読める様になれば、肉弾戦主体の戦いをするシバには極めて効果的だ。
「良い心掛けだな」
「どの道本気で挑まないとシバさんには怒られますので」
二年前シバに言われたことを思い出しながら、アキラは語る。
あの時、彼が語っていたトレーナーとしての心構えを含めた全てが嘘だとは思えない。もし本当に悪の道へ進んでしまっているのなら、出来る事なら自分が目を覚まさせるなり引き摺り上げたい。レッドを見つけると言う四天王を倒す以外にもやる事は出来たが、アキラは臆するつもりは全くない。
「僕も――」
「お前も行くのか?」
アキラはこれから自分のやるべき役目を見出し、イエローもレッド捜索に名乗りを上げようとした時、グリーンは呼び止める。
「お前の目的はレッドを見つけることだったな。奴を見つけたら、そこで旅を終わらせるつもりか?」
いきなりある意味最も気にしていたことを指摘されて、イエローは戸惑う。
確かにレッドを見つけてピカを彼の元に返すことも目的ではあるが、四天王と言う存在が現れたからには少しでも彼の力になりたい。自分をこの旅に送り出した人も、自分にはそれだけの力があると言っていた。
だけど――
「アキラは何だかんだ言って、こうしてこの場に居る様に四天王が相手でもある程度は正面から戦えるが、お前はどうなんだ?」
考えていることを読んだグリーンに言われて、イエローの自分の手持ちを見る。
皆大切な友達だが、以前戦ったカンナと同等かそれ以上のトレーナーが相手では、とてもではないが歯が立たない。さっきのりかけいのおとこを撃退出来たのも、正直ギリギリであった。運の要素を除いた純粋な力量で考えると、自分は今レッドの為に集まっている面々の中では一番弱い。
「それと、さっきの野生のポケモンを救った行動。結果的に全て丸く収まったが、妙なことをした所為でゴースに気付かれていたぞ」
どこから見ていたのかはわからないが、グリーンはハクリューが暴走する前に何があったのかも見ていたらしい。
カツラは仕留め損ねたと思っていたが、実際はイエローがキャタピーを助けようと行動したことで、ゴースが身に迫った危機に気付いてしまっていたらしい。ある意味正論であるのにイエローは黙ってしまう。
「見ている暇があるなら助けろよ」
「俺はそいつが本当にレッドを助けられるだけの実力があるかを確かめただけだ」
優しさと甘さは違う。
本人がその違いを意識しなければ、レッドを助けるにしても共に戦うとしても足手まといだ。
思わずグリーンに苦言を零したアキラだったが、自分もある意味「見極める」名目で手を出さなかった彼に文句を言えない立場であることに気付き、それ以上は言わなかった。
「四天王と会ったことがあるならわかるはずだ。奴らは手加減など一切しない」
覚えがあるだけにイエローの顔は強張る。
カンナとの戦いで逃げ切る事が出来たのは、本当に運が良かっただけだ。
次もラッキーを期待する訳にはいかない。
「レッドを探すにしろ共に戦うにしろ。今のお前のレベルじゃ、この先は厳しいからな」
伝えたい事全てを話したのか、グリーンはリザードンに飛び乗ってどこかへ行こうとする。イエローはグリーンの元へ一歩踏み出そうとするが、直前に足を止めてアキラに振り返った。恐らく、どちらに付いて行くべきなのかを迷っているのだろう。
「正直に自分が行きたい方を選ぶんだ」
迷っているイエローにアキラはアドバイスを送る。
こういうのは他者が促すより、自分で決めた方が良い。
彼のアドバイスを聞き、イエローは出ている手持ちの意思と自分がやりたいことが何なのかを確認したのか目が決意の色を帯びた。
「待ってくださいグリーンさん!」
今まさに飛び立とうとしているグリーンとリザードンを、イエローは呼び止める。
「レッドさんを助ける為に…この先あの人の力になる為に……僕はもっと強くなりたいです!」
「………」
「だから、僕も連れて行って下さい」
「……好きにしろ」
その熱意に見込みがあると判断したのか、グリーンはイエローが付いて来ることを許す。
嬉しそうにイエローはすぐにリザードンの背に乗ろうとするが、不意にアキラは思い出したかの様に声を上げた。
「あっ、そうだイエロー!」
「は、はい!」
まだ頼りにはなるけど怖い人と言う認識が抜けていなかったので、イエローは反射的に返事を返すとすぐに彼の前まで移動する。
イエローの行動にアキラは首を傾げるが、気にせず話を続けることにした。
「グリーンに付いて行くなら、毎日通信が入っているかチェックする様にしておいて」
「でも盗聴の恐れがあるって…」
「――暗号」
「?」
アキラはリュックから取り出したノートとペンに何かを書き込むと、それを剥がしてイエローに渡した。
「即興だけど、決まった時間に連絡するのとレッドが見つかったらこういう感じで伝えるから」
「はい! わかりました!」
直ぐに見つかるかはわからないが、四天王と戦うからにはレッドと同様にグリーン、イエローの力は必要だ。行方が分からないブルーはどうなのかは知らないが、多分何らかの形で協力してくれる筈だ。
他にもイエローは連絡方法だけでなく、タケシやカスミからは何かの手助けになるはずだとゴローンとオムナイトも譲り受ける。ただ期待するだけでなく色々と手助けしてくれる彼らにイエローは感謝すると、待たせているグリーンのリザードンに飛び乗る。
全員乗ったことを確認したリザードンは、その大きな翼を羽ばたかせて飛び上がり、彼らの姿は夜の空へと消えていった。
「さて、こちらもすぐに動くとしますか」
二人がタマムシシティから飛び去ったのを見届けて、アキラはこの場にいる面々全員に促す。
「そうだな。俺はニビジムに戻って準備を整える」
「私も精鋭の中から飛べるポケモンを貸してくれる様に頼みます」
アキラの言葉を機に、この場に集まった誰もがレッドを救う為に自分達に出来る事をやろうと動き始める。
さっきは後悔していたが、リュックに引き返す必要が無いまでに持てるだけ装備を整えて良かったとアキラは思っていた。エリカから飛べるポケモンを借りられればすぐに動けるし、オツキミ山へ向かうつもりであるタケシにそのまま付いて行くことも出来る。まずは傷や疲労で消耗した体を癒す必要はあるが、そっちの方はすぐにでも何とかなるだろう。
「カスミさん」
周りが各々動く中、アキラはかつてお世話になった彼女に声を掛ける。
「レッドを見つけることが出来ましたら、距離的にはハナダシティが近いのでカスミさんの屋敷に運んでも良いでしょうか?」
「何を言っているのよ。良いに決まっているでしょ」
アキラの頼みを、彼女は二言返事で快く引き受ける。
寧ろ今彼から頼まれなくても万全の受け入れ体制を整えるから、レッドは自分の屋敷に運ぶ様にとカスミは頼むつもりだった。
「行くからには見つけて来てよ。散々心配させているんだから文句の一つや二つ言いたいわ」
「勿論です」
こちらもレッドには、文句の一つや二つ言ってやりたいのだ。
手持ちを伴い、去って行ったイエローとグリーン、そしてこの場に集結した他の面々と同じく、アキラも目的を果たすべく行動を起こすのだった。
アキラ達、レッドがいる場所を特定し、それぞれが自らに振り分けられた役目を果たすべく動き始める。
ハクリューの性格はあまり変わっていない様に見えますが、当人が意識している以上に結構丸くなっています。更にアキラも自覚しているしていない関係無く、無意識の内に手持ちである彼らの影響を受けています。
次回辺りから第二章の流れが原作とは若干違う道を辿ります。