SPECIALな冒険記   作:冴龍

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備える者達

 とある荒れた荒野で、イエローはグリーンに謝っていた。

 

 昨日までイエローは、この前タマムシシティで助けたキャタピーの捕獲に丸一日掛けただけでなく、連れていたコラッタが進化したことにショックを受けて泣き喚いた挙句寝てしまったのだ。

 

 グリーンの方も、まさかここまでポケモンの事を知らないとは予想していなかったので、開いた口が塞がらなかった。しかし、そこは冷静沈着な彼。すぐにイエローにポケモンの進化を止める方法を伝えつつ、頭に浮かべていた指導内容を大幅に修正する。本人はやる気があるのと気持ちを切り替えてはいるが、果たしてこの状態でどこまで伸びてくれるかは未知数ではあったが。

 

「やれやれグリーンさんに迷惑を掛けちゃったな」

 

 手持ちの世話と様子を確認しながら、イエローは昨夜自分がやらかしてしまったことを思い出していた。

 

 キャタピーを手持ちに加える為に激しいバトルならぬ激しく体を動かした影響で、今まで一緒にいたコラッタはラッタに「進化」した。この突然の現象と変化に付いて行けず、大きなショックを受けて大泣きしてしまったのだ。だけど、長年親しんできた姿とは変わっても一緒に過ごしてきたコラッタであることには変わりないので、もう気にしてはいなかった。

 新しく仲間になったキャタピーにピーすけと言うニックネームを付けながら、イエローはもう一つ思い出す。

 

「連絡する機会…逃しちゃったな」

 

 アキラから「毎日特定の時間に連絡をするから、その時間は連絡できる様にしておいて」と言われているが、グリーンは全くしていなかった。本人曰く「数日かそこらで見つかるなら苦労しない」とのことだが、今日の夜はお願いして一応やっておいた方が良いだろう。

 

「アキラさん、怖いからね」

 

 本人が聞いたら「何で!?」とショックを受けそうな台詞だが、初めて会ってほぼすぐに激怒した彼を見た所為で、イエローの中ではアキラは怖い人の認識が出来ていた。

 そして、連絡が無くて苛立っているのでは無いかと言う懸念が若干当たっていると言うことに当人は知る由も無かった。

 

 

 

 

 

「全く…こうも全然繋がらない何て…二人とも覚えているのかな?」

 

 ハナダシティにあるカスミの屋敷内のパソコンが置いてあるデスク前で、アキラは椅子に寄り掛かって愚痴を呟いていた。

 

 一昨日はてんやわんやしながらも、カスミに任せてパソコン通信を借りてオーキド博士から教えて貰った先に宛てて連絡を試みたが、電源が入っていないのか繋がらなかった。その時は他で忙しかったので大して気にしなかったが、落ち着いてきた昨日に連絡しても同じ結果なのには流石に歯痒かった。

 盗聴される可能性があるからとはいえ、ここまで徹底されては敵わない。今日の夜も連絡するつもりではあるが、これもダメだと考えると頭が痛い。

 

「そんなに急がなくてもレッドが見つかっただけでも良いから、気長に待ちましょ」

「グリーンは何かと頼りになるので、早く気付いて欲しいですけど」

 

 この屋敷の主であるカスミは、レッドの治療に掛かる時間も考えているのかそこまで急いでる様子では無かったが、アキラとしては早く教えたかった。

 箝口令などもあって、レッドがカスミの屋敷にいることを知っているのはごく限られた人達だ。ジムリーダー達などの関係者は勿論、レッドの世話をするメイドも容体を見る医師も腕が立つだけでなく、カスミが信頼できる人物だけだ。

 

「さて、レッドの容体はどうですか? 幸い命に別状は無いと言う話は聞いていますが」

「体の傷は癒えてきているけど、何だか手足に痺れを感じるみたい」

 

 カスミが事前に色々手配していたおかげで、目に見えてレッドは回復しているが、それでも彼女の言う手足の痺れは中々改善されなかった。

 原因に関しては、レッドから両手足に変な氷の枷を付けられたと言うことは聞いているが、医師の話ではポケモンの技を受けたことによる副作用らしい。他の外傷は時間が経てば癒えてくれるが、これに関しては他の傷みたいに時が経つにつれて治るかはわからないらしい。

 

「俺よく手持ちから軽く攻撃されたりはしますけど、そんな副作用出たことありませんよ」

「まだ具体的には解明されていないけど、かなり特殊で強力な技を受けたからなのが考えられるらしいわ。ていうか…サラリとトンデモないこと話したわね。絶対に体に良くないから程々にしなさいよ」

「善処します」

 

 あの手持ちを率い続ける限り絶対無理だと思いながら、今度タマムシ大学の図書館へ行って調べることを頭の片隅に入れて、アキラはレッドがいる屋敷の一室に向かう。

 時が来るまで彼が無事なのは秘密ではあるが、彼が居るのはパスワードロック付きの部屋と言う訳では無いので、気軽にアキラは部屋の中に入る。

 

「レッド~、具合はどうだ?」

「アキラか。大分良くなってきたよ」

 

 体の至る箇所に包帯などを巻いた姿ではあるが、ベッドに横になっていたレッドは元気に返事を返す。

 元々傷の治りが早いこともあるのか、両手足の痺れが如何にもならない以外は特に不自由してはいない。痺れが収まるまで横になっているのが一番なのだが、トイレも考えるとそうはいかないので、移動手段は人の手を借りるか車椅子だ。

 

「前は車椅子と言えばお前だったけど、今じゃ立場が逆転したな」

「そういえば、そんなことあったな」

 

 最初はロケット団の爆発に巻き込まれての負傷、その次はまだ傷が癒えていないのにヤマブキシティでの決戦に巻き込まれた時だ。

 最近はそこまで怪我をする事は殆ど無くなったので、それらの過去の経験を懐かしく思いながら椅子に座ると、レッドは体を持ち上げようとする。

 

「レッド、無理は――」

「今ピカは……イエローって子と一緒にいるんだっけ?」

 

 レッドが尋ねたのは、手持ちであるピカチュウの所在についてだった。

 屋敷に運び込み、治療が落ち着いてある程度の余裕が出来た彼が真っ先に気にしたのは、ピカチュウの安否だった。

 

 四天王の攻撃で手持ちの殆どが倒れている中、唯一無事だった彼にオーキド博士達への連絡を託した事をレッドはかなり気にしていた。その為、少しでもレッドの不安を和らげようとアキラは、今ピカチュウがイエローと言う子と行動を共にしていることを伝えている。

 

「そうだよ。懐きにくいピカが一緒にいるんだから、それだけでも信用するには十分だよ」

 

 懐きにくいポケモンから、如何にして信頼を得るかはポケモントレーナーの腕の見せ所でもあり判断基準でもある。ポケモンバトルはからっきしでも、ポケモンと上手く心を通わせることが出来れば十分見所はあるし、伸びる余地もある。その中でもイエローのポケモンと心を通わせて信頼を得る能力は、レッドにも引けを取らない。

 

「今グリーンと一緒に居るはずだから呼び戻そうとしているけど、どうも連絡が付かなくてね」

「いや構わないよ。早く会いたいけど…出来れば元気な姿で会いたいからな」

 

 散々心配させたのだから、弱っている様に見えるベッドで横になっている姿は見せたくない。出来る事ならあちらから出向くのではなく、こちらから元気な姿を見せる意味でも迎えに行くべきだろう、とレッドは考えていた。

 

「そういえば……そのイエローって子は、あんまりバトルは上手く無いんだっけ?」

「まあ機転は良いけど」

 

 ポケモンの気持ちを適切に理解した上での作戦実行力はかなりのものだが、正面から挑む力押しの戦いは、本人の性格もあって初心者レベルだ。正直に言うと、今回の戦いに関して結果しか知らないとはいえ、どうすればイエローが短期間で四天王を打ち負かせるまでに強くなれるのかがアキラには全く想像できない。

 

 どういう過程を辿ったのかを知っていれば納得出来るかもしれないが、冒険の過程で得た経験が大きいのか、グリーンの指導の賜物なのか、或いはそのどちらのおかげなのか。見所は有るけど気になる部分もあることを伝えると、レッドは何故か納得した様な表情を浮かべる。

 

「――アキラ、この戦いが終わるまで……俺はピカをその子に任せようと思う」

「え? 何で?」

 

 極端なことを言えば、イエローの目的は今目の前にいるレッドを探すことだ。レッドが見つかったのなら、本人が納得するしない以前にイエローがそれ以上この戦いに首を突っ込む必要は無い。なのにかなりの戦力になるピカチュウを預けようと考える理由が、アキラにはわからなかった。

 

「ピカなら、アキラのハクリュー達みたいにイエローを引っ張ってくれると思うからな」

「……あぁ、そういうことね」

 

 レッドがどういう意図でピカチュウをイエローに任せると言ったのかをアキラは納得する。

 見つけると言う目的を果たしても、イエローが大人しく自分の役目が終わったという事で引き下がるとは限らない。寧ろグリーンに付いて行ったことを考えると、自分と同様にレッドの力になるべく、力が有る無し関係無く戦うのを選ぶだろう。

 彼は一緒に戦うことを見越して、戦い慣れているベテランのピカチュウを同行させて手助けさせるつもりなのだ。

 

 そんなところまでポケモンに頼ってどうするんだと思う者はいるかもしれないが、そもそもトレーナーはポケモンを使役するだけでなく頼りにすることで初めて成り立っているのだから、別にそういう形があっても何ら不思議では無い。レッドのピカチュウなら、イエロー自身の意思疎通の上手さも重なって足りない部分や経験不足を補ってくれるだろう。

 そうなると問題は――

 

「ピカが抜けた穴はどうする? 同等まではいかなくてもあの強さに匹敵する候補がいるの?」

「そこは大丈夫。加える奴は決まっている」

 

 懸念事項を尋ねると、レッドはすぐに答えた。

 レッドのピカチュウは、相性の悪いじめんタイプでも電気技で強引に倒せるだけの力を持ったポケモンだ。それだけの実力があるポケモンが一旦とはいえ抜けてしまうのに、もう穴を埋める候補が決まっていることにアキラは驚く。

 一体どんなポケモンなのか知りたいと思ったタイミングで、部屋の扉が開いてアキラのサンドパンと一緒に可愛らしいポケモンが入って来た。

 

「イーブイ…か」

「そうだ。こいつをピカの代わりに加えようかなって考えている」

 

 イーブイは不安定な遺伝子を持つが故に、多くの進化の可能性を秘めたポケモンだ。個体数は少ないので、希少性ならばハクリューとタメを張れるレベルだ。

 確かにレッドは、何かを切っ掛けにイーブイを手持ちに入れていた。それも何か特別な理由であった筈だが、彼自身のこの世界についての記憶だけでなく、出来事的な意味でも二年も前なのでアキラはすぐには思い出せなかったが、気になる事が一つあった。

 

「どうしたアキラ?」

「いや…進化させないのかな?って」

 

 確かにイーブイは普通のポケモンよりも強くなる可能性を秘めているが、それは進化した場合であって、イーブイ自身にはそこまでの力は無い。正直に話すとレッドは納得した様な声を発し、近くの棚の上に置いてある箱を手に取り、それを開けた。

 

「これって…サカキが残した進化の石」

 

 箱の中には特徴的な刻印が刻まれた石が三つ入っていたが、それらが進化の石であることにアキラは気付く。

 

 みずのいし、かみなりのいし、ほのおのいし

 

 いずれもイーブイを進化させることが出来る石なのは確かだが、問題があるとすればこれら三つの石は、サカキがレッドに渡してきた物だ。

 彼がレッドを助けただけでも謎なのに、まるでピカチュウがいない穴をイーブイで埋めるのを見越して貴重な進化の石まで残して行ったことにアキラは何か狙いがあるのではないかと感じていた。なので下手に使わない方が良いのでは無いか伝えようとしたが、レッドは石を一つだけ手に取って尋ねてきた。

 

「アキラは何が良いと思う?」

「え? 俺は……そうだな。ブースター…かな?」

 

 反射的にレッドが連れている手持ちポケモンのタイプの組み合わせを考えて、何気なく答えてしまったが、彼は迷わずほのおのいしを自分に寄り掛かっているイーブイにかざす。すると、瞬く間にイーブイは光と共に赤とオレンジ色の毛並みを持ったほのおポケモンと呼ばれるブースターへと進化を遂げた。

 

「え!? 良いのレッド? よく考えずに進化させちゃって、てか何で使ったのに石は消えないの?」

「まあ…良いと言うべきか…」

 

 驚くアキラに、レッドは歯切れが悪そうに答えになっていないことを口にする。

 どういう意味なのかわからなかったが、真剣な目付きでレッドはブースターと向き合う。彼の意図を察したブースターは頷くと、先程とは一転して縮む様にイーブイの姿に戻っていくのを目の当たりにして、アキラは目を瞠った。

 世にも珍しいポケモンの退化だ。

 アキラもかつてヤドランで経験したが、あれはヤドラン特有の条件があったからだ。

 だがこのブースターは、何の条件も満たさずに自力でイーブイに退化したのだ。

 

「これってどういう…」

「――これは元々ブイにあった能力じゃないんだ」

 

 イーブイに付けたニックネームを口にして、レッドはブースターから退化したイーブイの頭を優しく撫でながら理由を語り始めた。

 

 「こいつはロケット団に実験されていたんだ。この退化の能力もその時に身に付けられたものだ」

 

 それを聞いた直後、アキラの脳裏におぼろげだった記憶がハッキリと浮かび上がった。敵対する相手に合わせてブースター、サンダース、シャワーズの三匹に自在に進化と退化が出来るイーブイの存在。そしてそれをレッドが助けて手持ちに加えていたこともだ。

 

 驚きのあまりアキラの体は固まるが、イーブイがロケット団に実験されたポケモンと言う発言に反応したのか、腰に付けているハクリューが入っているボールが揺れるのを感じた。

 

「本当ならブイに凄く負担が掛かるから使いたくないけど、ブイは俺の為にこの力を使うって引き下がらないんだ」

 

 レッドも何故サカキが自分を助けて、この使っても消えない不思議な三つの進化の石を託したのかは知らない。アキラ同様に作為的なものを感じていたので、ピカが抜けた穴をイーブイで埋めるべきか迷ったが、石の存在に気付いたイーブイは積極的に力になることを主張し始めた。

 

 改造された影響で進化の石無しでも進化することは出来るが、当然自力で退化することも含めてイーブイに掛かる負担は大きい。幾ら力になるとはいえ、下手をすれば命を削るとも言える行為をさせたくなかったが、イーブイは自ら進化と退化を繰り返してレッドに自分の力を使う様にアピールするので彼は根負けしたのだと言う。

 

 自分から進んで使うのを主張しているのだと知ったからなのか、ボールを小刻みに揺らしていたハクリューは大人しくなった。レッドだからあり得ないが、もし知った上で使うのを強要していたらハクリューはこの場から飛び出して、問答無用で彼を叩きのめしていただろう。

 

 本当に彼は、ポケモンの事を大切に考えている。

 もしアキラがレッドと同じ立場だったら、悩んだとしても結局はその力を貸して欲しいと頼ってしまう。本当にこういうトレーナーとしての姿勢や考え方には、追い付けないのではと思いつつも憧れてしまう。

 

「だからアキラ、上手くブイの力を扱える様に手を貸してくれないかな?」

「――勿論だよ」

 

 真剣に頼むレッドに、アキラは当然と言わんばかりに堂々と答える。

 元から彼は、レッドを手助けするつもりでここにいるし、この戦いにも加わるつもりだ。負けてしまったとはいえ、彼の力は四天王達と戦っていく上で欠かすことは出来ない。すぐにも彼自身の実力の底上げや改善をしていくべきだろう。その為に必要なものをアキラは用意していた。

 

「すぐに起き上がってバトルをするのは難しいだろうから、ベッドで横になりながらでも出来る検討会でもするか」

「検討会って…何を?」

 

 置いてあった椅子に座ったアキラは、リュックからノートや本を何冊か取り出して、それらを近くの棚に置く。

 本は彼が良く読んでいるポケモン関連の本だったが、ノートの方は書き始めてから二年の間に彼が纏めたポケモンバトルに関する記録や育成法を纏めたものだった。

 

「アキラ、それは俺が見ちゃダメなものじゃ…」

「カントー地方の危機なんだぞ。お前は俺が知る限りでは最強のトレーナーなんだ。ここで手を貸さないでどうする」

 

 レッドが勝ち続けているのなら見せる必要は無いが、その彼が負けた上に世界の危機なのだ。

 少しでも彼の弱点の穴埋めをして、実力を底上げしなくてはこの先戦っていくのは危うい。

 その為なら、自らの素状に直接関わる可能性があるもの以外の自分が二年掛けて集めた情報や考えている手の内を全て見せるのは惜しくもなんともない。

 

「以前なら自分の力に自信はあったけど、いざ教えて貰うのを考えると何かだか隙だらけの様な気がするな」

「まさか、隙だらけだったらとうの昔に俺はレッドに勝っているよ」

 

 レッドは少し緊張した様な笑みを浮かべていたが、そんなテストを返却される学生の様にソワソワする彼をアキラは否定する。

 どれだけ観察して見つけたのやらと思いつつも、自分がノートに記している内容が本当にレッドの改善や実力の底上げに繋がってくれるかの方がアキラは心配だった。

 

 

 

 

 

「今日はキャタピーの世話だけか」

 

 キャタピーと接しているイエローの様子を見て、仕方なさそうにグリーンは呟く。

 まだそこまで理解している訳では無いが、イエローはポケモンに好かれやすいものの、それ以外のトレーナーとしての能力は素人同然だ。

 彼にとってはあまり思い出したくない人物ではあるが、これではポケモンとの接し方を除けば、少しは知識や戦い方を心得ていた昔のアキラの方がまだ良く思える。

 

「ピーすけの大好きなべにつぼみがこの辺りにはあまり無かったもので」

「――何故そのキャタピーの好物がべにつぼみだとわかった」

 

 まるでわかったかの様な口振りにグリーンは尋ねると、イエローは訳無さそうに答える。

 

「この子が教えてくれたんです」

「だから、どうやって教えて貰ったんだ」

 

 要点を飛ばし過ぎて、グリーンは少し苛立つ。ポケモンが人の言葉を話す訳は無いし、逆に人がポケモンの言葉を理解する事など到底考えられない。

 この荒地では花が咲いている植物は殆ど無いのに、どうして正確にキャタピーが食べたがっているものがわかったのかが理解できなかった。

 イエローは少し考える素振りを見せると、キャタピーに手をかざした。

 何をやっているのかと思いきや、突然イエローの手から淡い光を放たれた。

 

「!」

 

 その光景にグリーンは驚く。

 祖父であるオーキド博士からイエローについて多少のことは聞いていたが、実際に目の当たりにすると驚きだ。博士は人間が有するには珍しい癒しの力と見ているが、イエローのさっきの口振りではポケモンの気持ちも読み取れるのかもしれない。

 

「えっと、こんな感じですが…」

 

 イエローは自信無さげに話すが、グリーンはそんなことは気にならなかった。

 バトルや如何にポケモンを巧みに率いられるかの知識と技量などは色んなトレーナーには備わっているが、こんな能力を持つ者はまずいない。

 さっき昔のアキラの方がまだマシと考えたが撤回だ。

 今後の経験量次第では、イエローは誰よりも強くなる可能性がある。

 

「……イエロー」

「はい」

「これから厳しくやるからな。覚悟しておけ」

「! はい!!」

 

 それだけで全てを理解したのか、イエローは元気に返事を返す。

 今のところ、まだグリーンはそこまで指導はしていないし、指導計画も考えているとはいえ漠然としたものだ。だが、これはしっかりと教えるべきだとグリーンは考えを改めていた。

 

「早速お願い――」

「今日はもう遅いから、明日からだ」

 

 指導をお願いしようとした矢先に、始めるのは明日からだとイエローは伝えられる。確かに陽は沈み掛かっているので彼の言う事は正しいが、どうやってイエローを教え導くのかを考える時間も彼は欲しかった。

 

 出鼻を挫かれたイエローではあったが、これで明日から本格的にレッドの助けになる力を身に付けられると思うと全然気にならなかった。夕飯の準備に掛かるグリーンに付いて行くが、沈んでいく陽を眺めていたイエローはある事を思い出す。

 

「そういえばグリーンさん、今は何時ですか?」

「今は夜の七時前だ」

「てことは……そろそろアキラさんからの連絡の時間ですよ」

「すぐに見つかる訳無いだろ」

「いえ、そういう訳にはいきません。かなり念を押されましたから」

 

 レッド捜索の現状、怒ったアキラは怖いなど理由は色々あるが、イエローは少しでも状況がどうなっているか知りたかった。

 盗聴の恐れがあるのでグリーンとしてはやりたくないが、あの時集まっていた者達の様子を思い出すと、後で会った時にアキラがかなり煩そうなのに頭を悩ませる。更に本人がそこまでしつこく追及しなくても、手持ちの殆どはあまり束縛や制限が無い野生同然の状態だ。非協力的なのに腹を立てて、さり気なくカツラの頭を殴り付けた様なことをやらかしてきそうだ。

 

「仕方ないな」

 

 やるとしても、要件を聞いたらすぐに切るのが良いだろう。

 通信用のノートパソコンの電源を付けたグリーンは、連絡が来るのをしばらく待つ。すると律儀に七時きっかりに、こちらの番号宛ての通信が届く。

 変なところは真面目だなと思いながら、グリーンはその通信と繋ぐ。

 

『やっと繋がったよ。もう――』

「要件だけを言え」

 

 文句を口にするアキラを遮り、グリーンは用件を伝えるのを急かすと、すぐさま彼は紙に描かれた物を見せる。そこには「OK」としか書かれていなかったが、彼が今にも喜びそうな笑顔だけでも結果は分かった。

 

「それって、つまり!」

 

 しかし、イエローが叫ぶ前にグリーンはパソコンの電源を切る。

 さっきまではすぐに見つかる訳が無いと思っていたが、結果は予想に反していた。本当にアキラはレッド程度々まではいかなくても、連れているポケモンも含めてこちらの予想や見立てを変な風に覆していく。その点も、グリーンがアキラを少し苦手としている要因でもあったが、今はそんなことはどうでも良い。

 

「イエロー、予定変更だ」

 

 夕食の準備を取り止めたグリーンの言葉にイエローは直感する。

 

「もしかして――」

「レッドとアキラと合流する」

 

 見つかったからには、独自行動を取っているよりは様子を窺うついでに、彼らと合流して今後の方針や情報を共有した方が良いだろう。

 グリーンは淡々と準備を始めるが、イエローはレッドが見つかったと言う話を聞いてから興奮が収まらなかった。

 

「ピカ! やったよ!! レッドさんが見つかったって!」

 

 レッドが見つかったと言う吉報を耳にしたピカチュウは、イエローに飛び付くと共に喜びを分かち合う。今日まで四天王とその手先の魔の手から逃れ続けてきたが、ようやく旅の目的である彼が見つかったのだ。早くピカチュウを彼に会わせてあげたい、そう思っていたが同時にある事にもイエローは気付いてしまった。

 

 今は自分が預かっている意味でピカチュウのトレーナーではあるが、本当の”おや”はレッドだ。彼を見つけると言う目的を果たしたという事は、ピカチュウが元のあるべきところに戻ることを意味している。

 嬉しさの方が勝ってはいるが、その事実を理解した時、イエローは少しだけ寂しさを覚えた。

 

 

 

 

 

「やった。レッド発見、アキラには感謝ね」

 

 この時イエローは気付いていなかったが、先程の通信や会話はグリーンが懸念していた通り盗聴されていた。だが、それは彼が予想していた経路でも無く相手も全く別であった。

 内容を聞き届けた存在は、当初の予定を大幅に変更して次の準備へと取り掛かるのだった。




アキラ、レッドと今後の戦いに備え始めると同時にグリーン達と連絡を取るのに成功する。

アキラが手持ちを率いる際に彼らに許している放任っぽい自由行動は、知らない人やポケモンを連れる責任感が強い人などが見るとかなりだらしないと見られても仕方ない扱いなので、人によっては苦手意識を抱かれるのは勿論、嫌われる人にはとことん嫌われます。

グリーンはアキラが何も考えていないと言う訳では無いのを一応理解はしているけど、彼のそういう点とそんな手持ちに追い詰められた過去(十九話)があるので若干苦手意識を抱いています。

イエローは会って早々に滅多に無い激怒時の彼を見てしまって以来、「頼りになるけど怒ると怖い人」のイメージが本人が知らない内に出来ちゃっています。

あれ? こうして書いてみるとアキラのまともな交友関係はレッドと一部のジムリーダーと関係者だけなんじゃ・・・

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