SPECIALな冒険記   作:冴龍

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ドラゴン使いの襲撃

 手持ちと一緒に駆け出したイエローは、まず最初に如何にかなりそうなポケモン達をドードーの放つ”ふきとばし”で吹き飛ばした。

 この試みで、ロケット団が連れていたポケモンの中で未進化のポケモン達は吹き飛んでいき、イエローは持ち堪えた手強そうな進化ポケモン達に攻撃を集中させる。

 

 スリーパーにはピカチュウの”10まんボルト”が炸裂して、その桁違いのパワーに足元をフラつかせる。

 マルマインは自慢の機動力を見せ付け様とするが、ラッタの”でんこうせっか”で動きを止められた隙を突かれて、キャタピーの糸で体を雁字搦めにされるとドードーの嘴で突き飛ばされた。

 そしてマタドガスはガスを吐こうとしたが、オムナイトの”れいとうビーム”で体を凍らされると、突っ込んできたゴローンの”たいあたり”を受けてデッキに叩き付けられる。

 

「おぉ、結構やるじゃん」

 

 イエローの流れる様な攻撃と手際の良さに、アキラは感心する。

 今朝の時点では言う事を聞こうとしなかった二匹も、一転してイエローの指示を素直に受け入れている。ピカチュウ以外パワー不足である点はまだ解消されていないが、連携とそれによる絶え間ない連続攻撃で補っている。

 

「うぉ! こいつらやべえ!」

「怯むな! 勝負はまだまだこれからだ!」

 

 大きな戦力である進化ポケモン達は大きなダメージを受けてしまったが、倒れてはいないのでまだ逆転の可能性はある。三匹はダメージを受けて重くなった体に無理をさせてでも下がると、さっき”ふきとばし”で吹き飛ばされた他の仲間と合流する。

 先手を取ったことでイエロー優勢だが、もう同じ手は通用しないだろう。

 ここからが、イエローのトレーナーとしての真価が問われるとアキラは見た。

 

「よし! いけお前ら!」

 

 中隊長の一人であるケンが改めて指示を出すと、ビリリダマとマルマインは高い素早さを活かしてイエロー達の周囲を取り囲む様に転がる。イエローとポケモン達は何とか捉えようとするが、完全にトップスピードに乗られて翻弄されていた。

 

 戸惑っている彼らを翻弄しながら、二匹は”スピードスター”を放つ。イエロー達はそれぞれ回避しようとするが、残っていた他の四匹が邪魔をしてくる。

 戦いは敵味方が入り乱れる乱戦へと変わったが、イエローとポケモン達は乱戦には不慣れなのか、先程とは一転して押され始める。

 

「皆ボールに戻って!」

 

 イエローも不利なのを悟ったのか、ドードー以外のポケモンをボールに戻すとその背に乗って甲板の上を走り出した。

 

「それで逃げているつもりか!?」

「やっちまえ!」

 

 ドードーに乗って駆け出したイエローを逃げ出したと判断したのか、ロケット団の三人は強気で攻め始める。どくタイプが吐いてくるヘドロなどの有毒物質による攻撃、エスパータイプが放つ念の波動、でんきタイプが浴びせようとする電撃攻撃。それらをイエローとドードーは、甲板の上をグルグル回りながら巧みに避けていく。

 距離を取って見守っていたアキラは、この状況を見て早く手持ちが戻って来ないのかを気にし始めたが、逃げ回っていたイエローが何かを宙に投げ付けた。

 

「”フラッシュ”!!!」

 

 宙を舞っていたボールが開き、中から飛び出したピカチュウが”フラッシュ”を放つ。

 眩い光にアキラを含めた多くが動きを止めるが、その状況下でもイエローとドードーは走ることを止めなかった。続けてボールが開く音が聞こえて、ロケット団とそのポケモン達は攻撃を警戒するが何も仕掛けられなかった。

 拍子抜けかと思ったが、唐突に彼らは足元が冷たくなるのを感じる。

 

「ん? 何だこの冷たさは…」

 

 足元を見下ろすと、中隊長三人の足とマタドガス以外のポケモンは、床に接している体の一部が氷によって張り付いていた。氷が広がっている元を辿ると、こちらの目が眩んでいる間に飛び出したオムナイトが甲板全体に舐める様に”れいとうビーム”を放っていた。

 

「マ、マタドガス! お前だけが――」

 

 「頼り」と続けてハリーは口にしようとしたが、宙に浮いていたことで甲板に張り付けられるのから免れていたマタドガスは、何時の間にか白い糸でダルマにされていた。オムナイトと同様にボールから出ていたキャタピーは、そのまま走り回るラッタの背中に乗りながら糸を吐き続けて、マタドガスだけでなくロケット団のポケモン達を糸で雁字搦めにする。さっきから意味も無く甲板の上を回る様に走っていたのは、ロケット団のポケモン達を一塊にして纏めて糸で縛り上げやすくする為だったのだ。

 

 糸に縛り上げられてロケット団のポケモン達は身動きが取れなくなる。アーボとビリリダマは悪あがきにイエローとドードーに対して”どくばり”と”スピードスター”を放つが、ゴローンが岩の様に固い体を盾にして彼らを守る。

 

「ピカ、決めて!!!」

 

 イエローの合図を受けたピカチュウは、キャタピーの糸で一塊になったロケット団のポケモン達に対して、最大パワーで”かみなり”を落とす。膨大な電気エネルギーと眩い光が晴れると、”かみなり”が落ちた場所にいたポケモン達は、炭になってしまったと思えてしまうくらいまでに真っ黒になって転がっていた。

 

「うわっ、マジかよ!」

 

 まさかの一網打尽に、中隊長達である三人は騒ぐ。

 手持ちは一人それぞれ二匹しか連れてきていないので、六匹全てやられてはもう勝負はついた。氷によって張り付いた靴を脱ぎ捨ててでも彼らはこの場から逃げようとするが、このタイミングで今まで静観していたアキラが彼らの前に立ち塞がった。

 

「退けぇぇぇ!!」

「邪魔だぁぁぁ!」

「どりゃぁぁぁ!!!」

 

 お互いポケモンがいない者同士、そして大人と子どもだ。

 十分に排除できると踏んだ三人は腕や足に力を入れるが、アキラの背後と彼らの周りを取り囲む様に六つの影が突如現れた。

 

「何の策も無く止めようとは思いませんよ」

 

 ”テレポート”で人質達を運んでいたアキラの手持ち達が、その役目を終えて彼の元に戻って来たのだ。戻って来た彼らはやる気満々ではあったものの、戦いは既にイエロー達の奮闘によって決着はついている。

 その事実に何匹かは露骨に不満そうな表情を浮かべ、中でもハクリューはツノの先端に不穏な色を漂わせていたが、取り囲まれた中隊長達は既に抵抗する気力を失っていた

 

 

 

 

 

「ご協力感謝します!」

 

 今回の事件の首謀者であるロケット団中隊長の三人をパトカーに押し込んだ警官は、今回の事件解決に力を貸してくれた四人に礼を告げると、そのままパトカーに乗って去って行った。

 

「ふぅ…これで一件落着…かな」

「そうだな」

 

 離れていくパトカーを見ながら、手持ちを引き連れていたアキラは安心した様に呟くと、グリーンも同意する。

 まだ事件の後処理やらで港に集まった警官達は忙しく動き回ったり、野次馬達も減ったといえ多くは残っていたが、考えていた以上にスピード解決出来た。今回の出来事に首を突っ込んだことは決して良いとは言えないが、レッドに余計な負担を与えなかっただけでなく、イエローがどれだけ伸びたのかを実戦で確かめる機会でもあったことを考えると悪いとも言えなかった。

 

「僕は…強くなりましたでしょうか?」

「以前よりは、短期間であそこまで伸びたのを考えるとかなり良くなっているよ」

 

 まだバトルに関して詳しく知らないからこそ、戦闘技術をイエローはスポンジの様に吸収しているのだろうけど、それを考えても驚異的だ。

 手持ちポケモンが有するパワーや能力値はまだまだ低いが、レッドと同じくらい高い意思疎通能力のおかげなのか適切な指示を出せている。他にも目の前の敵をただ力任せに倒すだけではなくて、どうやって倒すかを考えて工夫しているのを見ると視野も広い。

 アキラとしては、本当にパワー不足以外言う事は無い。

 

「お前が今回感じた今後の課題は何だ?」

「そうですね……やっぱり技の威力は低いことでしょうか」

 

 グリーンに聞かれて、イエローは自分が感じた課題を挙げていく。

 やはりイエロー自身も、レッドのピカチュウが覚えている様な強い技があった方が大助かりだと感じたのだろう。今回の戦いに関する詳細な反省会はハナダシティの屋敷に戻ってからにしようとするが、唐突にアキラの意識は別に向けられた。

 

 導かれるままに彼は空を見上げてみると、さっきまで青空だった空は何時の間にか雲行きが怪しくなっていた。一雨降り出そうだなとアキラは最初に思ったが、吹いて来た風を通じて彼の体は別のものを感じ取った。

 

 嫌な予感がする。

 

 この世界に来てから、度々危機的な状況に遭遇する内に磨かれてきた危機察知が囁く。

 当たって欲しくは無いが、残念なことに外れたことはあまり無い。

 

「アキラ?」

 

 彼と連れているポケモン達の雰囲気の変化にレッドは気が付くが、彼も何かがあるのを肌で感じ取った。

 

 何か大きな力の持ち主がここにいる。

 

 ここまで露骨に隠す気が無い重い空気を放つ存在に遭遇した経験は、彼らにはあまり無い。しかし、危険を察知できても、原因がどこにあるのかまでは正確にはわからなかった。

 

 その時、急にレッドの懐がモゾモゾと動き始めた。

 彼は原因を取り出すと、それはレッドが駆け付けようと決意する切っ掛けになったスプーンであった。取り出されたスプーンの先は、まるで意思を持っているかの様に動いていたが、やがてある方角へと曲がった。

 

 そのスプーンが曲がった先に、アキラは何気なく海面が荒れ気味の海に目をやると、港から少し離れた海面の先に不穏な影がいるのが見えた。

 あれか、と目星を付けて一体何なのかよく観察しようとした直後、何かが光った。

 

「え?」

 

 その瞬間、四人がいた場所は一直線に飛んで来た一筋の光によって丸ごと吹き飛ばされた。

 

 突如起こった大爆発は、港の一部を完全に吹き飛ばして抉る様な巨大なクレーターを作り出す。

 近くに停泊していたサントアンヌ号は直撃を免れたが、爆発によって生じた衝撃波の影響を受けて完全に転覆してしまい船底を晒した。抉れた港からは爆発の黒煙がどんよりと曇った空へと立ち上っていくが、先程の事件で多くの人が集まっていたので、至る所から悲鳴や叫び声が上がる。

 この惨事を引き起こした元凶は、その光景をしばらく眺めた後、港の悲鳴や叫び声を気にすることなく去ろうとしたが、フと足を止めた。

 

 こちらを見つめる視線。

 

 それを感じ取り、改めて振り返ったが我が目を疑った。

 転覆したサントアンヌ号の船底の上に、たった今狙ったはずの四人が立っていたのだ。

 

「危ねぇ危ねぇ。危機一髪」

「正直焦った」

「バーットが”テレポート”を覚えているのをありがたいって感じたことは良くあるけど、今回は一番ありがたかった」

「本当に…助かりました」

 

 四人とも反応はそれぞれだが、共通していたのは命の危険を感じたことだ。

 先程のロケット団との戦いの際にアキラが手持ちポケモンに”テレポート”の”ものまね”をさせたままボールから出していたことで、ブーバー自身も含めた彼のポケモン達は危険を察知するや否や”テレポート”を一斉に発動した。そのおかげで彼らは、クチバの港を吹き飛ばした攻撃から逃れることが出来たのだ。

 

 立っている船底の上から港の惨状を窺うと、地獄絵図まではいかなくても被害は凄まじかった。吹き飛んで海に落ちた警官や街の人達が各々助けを求めたり、自力で陸に戻ったりしている。

 すぐにでも助けに行きたいが、アキラは少し離れた海上にいる存在を見据える。

 

「奴は…」

「あのポケモンはハクリューだよな」

 

 彼のポケモン図鑑は、この戦いが終わるまでイエローに貸しているが、アキラを通じて見知っていたレッドはすぐに判断する。

 珍しいハクリューを連れていて、自分達を狙う強大な力の持ち主となれば、相手が何者であるかはもう確定と言って良いだろう。まさかここでもう戦う事になるとは、全く予想していなかった。

 

「――どこで戦う?」

「あの力を考えると、被害を出さない為にも海の上で戦うべきだろう」

「そっ…そうだな」

 

 アキラの問いにグリーンは至極当然な判断を下す。納得はできるが、どうも気が進まない。

 理由は足場が無くて戦い慣れていない不安定な海の上でということもあるが――

 

「大丈夫、溺れても俺が助けてやるから」

 

 アキラがカナヅチなのを知っているレッドは、彼を安心させようと一声を掛ける。

 確かに自力では如何にもならないが、ポケモンの助けを借りられるのでマシな方だ。それに今は、泳げる泳げないなど言っていられない。これ以上、ハクリューの上に乗っている人物の蹂躙を阻止しなくてはならない。

 

 グリーンはリザードン、レッドはプテラ、アキラも一旦手持ち全員をボールに戻してハクリューだけを再び出すと、それぞれの背に乗る。

 十分な大きさのポケモンを連れていないイエローは、アキラに続く形で彼のハクリューに乗ると彼らはこの惨劇を引き起こした元凶へと挑むべく動いた。

 

 アキラとイエローが背に乗ったハクリューは、海面に浮き上がる形で移動していくが、レッドとグリーンがそれぞれ乗っているリザードンとプテラは、持ち前の飛行能力で一気に距離を詰めようとする。その途中で先程見えた光――”はかいこうせん”が二人を乗せて飛んでいる二匹に襲い掛かるが、警戒していた彼らは難なく回避する。

 

 ところが、その直後に我が目を疑う信じられないことが起きた。

 外れた筈の”はかいこうせん”が、突然直角に軌道を変えて背後から再び彼らに迫ってきたのだ。

 

「何っ!?」

 

 これにはレッドとグリーンは驚きを隠せなかった。

 普通”はかいこうせん”などのポケモンの技は直線的で、こんな風に他の力を介さずに曲がる事は考えられないからだ。不意を突かれはしたものの彼らは再び避けるが、またしても”はかいこうせん”は軌道を変えて二人に襲い掛かる。

 それは光線と言うよりは、まるで一度狙ったら逃さない光る蛇みたいで、避けても避けてもキリが無かった。

 

「リュット、”はかいこ――」

「ピカ、”10まんボルト”!」

 

 アキラが指示を出すよりも早く、イエローはピカチュウに強力な電撃を放たせて”はかいこうせん”を相殺する。

 避けても逃げられないのでは、最早他の技で打ち消すしか手段は無い。

 

「サンキューイエロー!」

 

 レッドは礼を告げると、グリーンと共に一足早くハクリューに乗っている人影へと向かう。

 姿がハッキリと見えるまで近付くと、ハクリューの上に立っていたのは自分達よりも年が少し上と思われるマントを羽織った青年だった。

 その表情は悪い意味で自信に溢れている様に見えたが、アキラの情報が正しければ彼の名は――

 

「お前が四天王のワタルだな」

「ほう。俺の事を知っているのか。流石ポケモンリーグ優勝者と準優勝者なだけあるな」

 

 自らの正体を知っていたことにワタルは感心した声を漏らすが、どこか見下している様な余裕そうな態度を崩さない。

 アキラから聞いたワタルに関する情報は、連れているポケモンの種類と傾向だけだったので、こんな他者を平気で見下した性格の人物だとはレッドは思っていなかった。

 

「何故あんなことをした! お前達の目的は何だ!?」

 

 優秀なトレーナーだけを残して、ポケモン達の理想郷を作る。

 それが四天王の目的であることは聞いているが、今日初めて会うワタルに対して改めてレッドは問い質したかった。

 

「何故だと? それはカンナ達が仕留め損ねたお前達を今度こそ葬る為だ」

「っ!」

 

 ワタルが答えた内容に、レッドは衝撃を受ける。

 敵が自分を狙っていることで関係無い人が巻き込まれる。アキラに助けて貰った直後から、心のどこかでレッドが抱いていた危惧が間接的に現実のものとなってしまったことを意味していた。

 

「まあ、どうせ後で消える奴らだから今消しても構わないがな」

「なっ、何を言っているんだお前は!」

 

 冒険を始めた頃に比べて経験を多く積んだことで、レッドの精神はそれなりに成長して大人びているが、今のワタルの態度と言動には怒りを隠せなかった。

 あそこにいた人達、そしてポケモン達の命を何だと思っている。

 

「カンナやキクコから聞いているはずだ。ポケモンが生きやすい世界――理想郷を作るのに人間は邪魔だ!」

「何が理想郷だ! 邪魔な存在を排除したものが理想郷なもんか!」

「フン。散々ポケモン達から住処を奪ってきたんだ。当然の報いだ」

 

 人間でありながら人間を滅ぼそうとするワタル。

 そもそもポケモンの理想郷を建てると言っておきながら、港を攻撃した時に無関係なポケモン達を傷付けていることを気にしている素振りすら無い。口にしていることと行動が矛盾している上にメチャクチャだとレッドは感じた。

 

「随分と偉そうに言っているが、お前は人間だろワタル」

「俺をお前達の様な人間と一緒にするな。俺達四天王は邪魔な人間を始末して、俺達の目に適った優秀なトレーナーを選別するのが使命でもあるからな」

 

 この世は身勝手な人間が多過ぎる。

 取るに足らない存在であるクセに偉そうにポケモンを連れ歩き、そんな存在に盲目的に従い味方するポケモン。環境破壊を続けて自らの首を絞めていることに気付いていない愚か者どもは消して、人間と言う種は自分達の様にポケモンを真に理解した優秀な者だけを残すべき、それが自らが成すべき使命だとワタルは考えていた。

 

「人間を排除してポケモンの理想郷を作ると言う割には、自分達が残っても良い言い訳も用意しているのか。ご立派な大義名分だ」

「黙れ!」

 

 グリーンの皮肉めいた言葉に怒りを感じたのか、それとも痛い所を突かれたのかは定かでは無いがワタルは声を荒げると、乗っているハクリューと共に海から離れる様に浮かび上がりながら、乗っているのとは別のハクリューも召喚する。

 二人をそれぞれ乗せたリザードンとプテラは身構えるが、ワタルが連れている二匹のハクリューはツノの先端を光らせ始める。

 

「風を呼べ! 雷雲を呼べ!!」

 

 そう命じた直後、ただでさえ悪かった天気がどんよりとした分厚い雲に覆われていく。

 昼間なのに夜の様に暗くなったが、雷が鳴り響き始めたと思いきや、暴風が吹き荒れて空を飛んでいる彼らは体勢を安定させようと必死になる。遅れて近付いていたアキラとイエローも、突如海に現れた大渦に巻き込まれてしまう。

 クチバ湾は嵐に見舞われたかの様に荒れるが、ワタルが連れているハクリュー達は大渦どころか暴風の影響も全く受けていなかった。

 

「やっぱりワタルのハクリューは、空を飛べる上に特殊能力付きか」

 

 ハクリューに関してアキラは可能な限り調べているが、個体によっては空を飛んだり天候を操ることが出来る能力があることを知っていた。

 練習してみたものの全くその兆しが無かったので諦めたが、こうして実戦で使われると使えるだけの素養が無かったとしても、もう少し習得の方法を勉強した方が良かったと後悔する。

 彼らの乗るハクリューは渦の影響を受けながらも流されない様に踏ん張るが、かなり揺れる為、アキラとイエローはハクリューの体にしがみ付く。

 

「ワハハハハ!! どうだハクリューの気象すらも自在に操る力は!」

 

 まだ本気を出していないのにレッドさえも苦戦する様を見て、ワタルは高笑いをする。幾らチャンピオンと言えど、自分の手に掛かればこの程度の取るに足らない存在だ。しかし、例え状況が厳しくても彼らは諦めるつもりは全く無かった。

 

「プテ、”はかいこうせん”!」

 

 少しでも敵の集中力を乱そうとレッドのプテラは”はかいこうせん”を放つが、嵐を起こしている二匹のハクリューは悠々と避ける。

 それどころかワタルを乗せていない一匹が、暴風で安定しないプテラに迫る。

 

「やれハクリュー!」

 

 暴風の影響を全く受けずにハクリューはレッドに襲い掛かるが、一筋の光が両者の間を通り過ぎてハクリューを留まらせる。

 元に目をやると、アキラのハクリューが大渦に抗いながらツノを光らせていた。

 

「ハクリューのクセに飛べないとはな」

 

 彼らの姿を見た途端、ワタルは額に青筋が浮かび上がるまでに怒りを露わにする。

 

 二年前のポケモンリーグでアキラの戦いを見たが、あの時以来、アキラ達の存在はワタルにとって地雷の様なものだ。十分に力を引き出せないだけでなく、トレーナーとしての威厳の欠片も無い未熟な人間が神聖なドラゴンを連れている。そしてドラゴンの方も価値も無いそんな彼に従っている。これだけでも、ドラゴンポケモンを神聖視するワタルはアキラ達の存在が許せなかった。

 

 彼を乗せたハクリューが”はかいこうせん”を放つが、今度のは簡単に軌道を読ませない為に最初から不規則にジグザグに曲がりながら飛んで来た。

 

「ヤバイ!」

 

 これにはアキラ達も戸惑うが、迫る光線に気を取られ過ぎてハクリューは大渦に流される。

 幸運にも”はかいこうせん”から一旦逃れる切っ掛けにはなってくれたが、逸れた光線は結局鋭いカーブを描いて戻って来る。

 

「”れいとうビーム”!」

 

 ”はかいこうせん”を命じたかったが、エネルギーのチャージ時間を考えて容易な”れいとうビーム”をアキラは命ずる。威力は低かったが、それでも鋭く曲がって迫る破壊的な光線を上手く相殺する。だが、大渦の危機からは逃れられていない現状には変わりは無かった。

 

 一度姿勢が崩れてしまった影響で、ハクリューが渦の力に抗うことは難しく、このままでは彼らは呑み込まれてしまう。

 せめて戦いの場が、不安定な海の上では無くて足場がある地面であれば少しは――

 

「足場!!」

 

 唐突に閃いたアキラは、思い付くままに暴風が吹き荒れていることを忘れて腰に付けているボールを全て宙に放り投げた。

 危険な賭けだが、成功しなければどの道自分達は終わりだ。こんな無茶に駆り出されたことに対する手持ち達の苦情や怒りは、後で引き受けるつもりだ。

 

「皆! 渦の中心に向けて”れいとうビーム”だ!!!」

 

 ボールからハクリュー以外のアキラのポケモン達が宙を舞う形で飛び出す。

 暴風に流されるまではいかなくてもバランスを崩したりするが、バラバラであっても彼らの目的は一つだった。ハクリューが”れいとうビーム”を放つのに合わせて、彼らも腕を十字に組んだり手を合わせたりする形で”ものまね”した”れいとうビーム”を放った。

 

 渦は自然に起こったものではあり得ない激しさで、ハクリューだけでは凍らせた端から水の勢いに負けてしまうだろう。しかし、能力差はあれど同時に”れいとうビーム”が六つも放たれれば、その威力は大きなものになる。

 

 六つの青白い光線が同時に当たったことで、目に見えて大渦は中心から凍り付いていく。

 海に落ちる前に足場を確保しなければと彼らは必死だったが、最も激しく渦巻いている中心が凍っていくにつれて、徐々に渦の勢いも目に見えて衰えていく。

 

 しばらく放ち続けていると凍り付く範囲は海面を泳いでいるハクリューにまで迫るが、そこまで凍り付いてしまえばもう渦の影響は殆ど無い。宙を浮いていたアキラのポケモン達は、ギリギリのタイミングで凍り付いた渦の上に着地して、アキラとイエローも氷で出来たちょっとした小島に上陸する。

 

「よし! 足場があればこっちの――」

 

 ところが、アキラはその先の言葉は紡げなかった。

 何故なら突然ワタルから投げられたボールが開き、地響きを鳴らして彼らの前に巨大な青い龍が立ちはだかる様に現れたからだ。




アキラ達、ロケット団との戦いを制すが休む間もなく襲撃してきた四天王のワタルと戦い始める。

原作ではイエローだけで挑んだワタル戦初戦、この小説ではレッドを含めて四人掛かりで戦う流れになりましたが、それでも彼は手強いと思います。

ポケモン達の理想郷を作ろうとしたワタルの信念は本物であるとは思いますけど、逆らう奴は誰であろうと容赦無く力で排除なのやキクコが有するポケモンなどを操る技術を咎める様子が無いのを見ると、手っ取り早い方法に手を染めた感と正当性が薄れる気が。

でも、そんなスペワタルも一番新しく描かれた九章と見比べると別人レベルで振る舞いが変わっているんですよね。敗北が堪えたのか、求めていた理想の問題点に気付いたのか果たして。
やっぱりキクコがカンナを勧誘した時みたいに何か吹き込んだのかな?

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