SPECIALな冒険記   作:冴龍

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最悪の事態

「これって…」

「ギャラドスだ」

 

 自分達が苦労して作り上げた氷の足場に現れた、巨大な青い龍の姿をしたポケモンの名をアキラは口にする。見下してはいるが、敵対するからには手は抜くつもりは無いと言うワタルの意思表示なのだろう。

 

 ギャラドスは見る者を震え上がらせる様な恐ろしい形相で、氷の上にいるアキラ達を威圧する。イエローは思わず体を強張らせるが、アキラのポケモン達は一匹も気後れはしていなかった。

 そもそも彼らにとって、ギャラドスはレッドとのバトルもあって戦い慣れている相手だ。実力差はあっても、ただ凶悪そうな顔で吠えられても大して怖くない。全く怯まない彼らを見て苛立ったのか、ギャラドスは口から”はかいこうせん”を放つ。

 

「散るんだ!!」

 

 エネルギーの充填無しではあったが、動きから事前に察知していたアキラが放つ直前に声を荒げたおかげで、誰も”はかいこうせん”には巻き込まれなかった。

 だが、それによって露呈した問題もあった。

 

 ”はかいこうせん”が当たった氷の一部が砕けて、海面が顔を覗かせたのだ。

 ギャラドス対策は対レッド戦の攻め方を流用できるので戦いやすいが、幾ら足場となる氷の面積が広くてもこのまま激しく戦い続けると足場を失って戦えなくなる。

 

「リュットとヤドット、スットは足場の維持と拡張を頼む!」

 

 急いでアキラは三匹に足場の氷を広げる様に頼むが、ヤドキング以外の二匹は露骨に不服と言わんばかりの声を上げる。選抜理由は特殊技である”れいとうビーム”を能力的に高い威力で発揮できるからなのだが、彼らは足場の拡張工事よりも戦いたいらしい。

 

「我儘を言わずにやってくれ! 足場が無いと俺達は負ける!!」

 

 気持ちはわかるが妥協する訳にはいかない。

 今戦っているのは、とてもじゃないが彼らの我儘を許せる様な相手では無いのだ。

 上空で戦っているレッドとグリーンも、今は致命傷は免れてはいるもののワタルが連れているハクリューが持つ不思議な力に苦戦している。一刻も早くギャラドスを倒して加勢しなくてはならない。その為にも、足場をしっかりと確保しなければアキラのポケモン達はその力を十分に発揮することが出来ない。

 説得している間にも戦いの余波で、また足場となっている氷の一部が砕ける。

 

 それを見てようやくハクリューとゲンガーは現状を理解して、しょうがないと言いたげな顔で”れいとうビーム”を放ち、少しでも海を凍らせて頑丈な足場を広げ始める。残ったアキラの手持ち達は、三匹が足場を広げている間にギャラドスを相手に果敢に挑んでいた。

 

 空気を揺らすほどの大きな声でギャラドスは吠えるが、ブーバーは全く怯まず手にした”ふといホネ”を構えながら攻め込む。

 当然きょうぼうポケモンは接近を阻止するべく”ハイドロポンプ”で攻撃するが、ブーバーは機敏に避けてホネで青い胴体を殴り付ける。攻撃は成功したが、威力が予想以上にあったのか”はかいこうせん”程では無いものの”ハイドロポンプ”を受けた場所の氷は砕けていた。

 これはもう技が放たれる度に、足場の氷が砕けると考えた方が良さそうだ。

 

「皆もお願い!」

 

 遅れてイエローも連れているポケモン達を出すが、どれも果敢に挑んでいるアキラのポケモン達と比べるとやはり弱々しそうなのは否めなかった。

 それでもイエローのポケモン達は各々の戦い方でギャラドスに仕掛けるが、パワー不足が祟り、強靭な体皮によって内側にまでダメージを浸透させられなかった。

 

「その程度で俺のドラゴン軍団に敵うと思っていたか!」

 

 目の前にいるレッドとグリーンを相手にしながら、下の状況を窺っていたワタルは悔しそうなイエローに意気揚々と語る。

 ドラゴンは聖なる伝説上の生き物だ。デリケートだったりプライドが高いなど育成難易度は高いが、上手く育て上げればその強さは他を凌駕する。残念ではあるが、イエローが連れているポケモンの攻撃では、ドラゴンポケモンが持つ厚く堅い鎧の様な皮膚を打ち破ることは難しい。

 

 課題としてきた自分達の力不足を早々に露呈させてしまったが、それでもイエロー達は諦めずにアキラ達と一緒に戦う。

 跳び上がったエレブーの”かみなりパンチ”がギャラドスの顔面で火花を散らすが、一瞬怯んだだけで、すぐにギャラドスはエレブーをヘッドバットで吹き飛ばす。そのままでんげきポケモンは海に落ちそうになったが、キャタピーが吐いた糸を体に絡み付かせると、それをゴローンが引っ張ることで事なきを得る。

 

 ギャラドスは追い打ちを掛けようとするが、そのタイミングに見ていられなくなったのか、ゲンガーが生み出した自身の”みがわり”と連携して仕掛けてきた。時間があればどちらが本物なのかはわかるが、不意を突く形で現れたのでギャラドスは咄嗟にどちらが本物なのか判断できなかった。

 

 一斉に”あやしいひかり”を浴びせてギャラドスを”こんらん”状態にさせると、正確に状況を認識できないことに乗じてゲンガーと分身は攻撃していく。しかし、苦し紛れにデタラメな”ハイドロポンプ”を放出されて、ゲンガーは追撃を諦めて分身と一緒に逃げ回る。ところが結局ゲンガーは逃げ切れなく、”みがわり”と一緒に水流に呑み込まれて海まで押し流された。

 

「スット!」

 

 慌ててボールに戻して助けようとしたが、海に流されたゲンガーは何故か海面に浮いていた先に落ちた分身を踏み台にして戦線復帰する。代償として分身の形は崩れて消え始めてはいたが、シャドーポケモンの器用さにアキラは感心するが、イエローは消えていく分身に視線が向いていた。

 

「………」

「どうしたイエロー」

「いえ、なんでもありません」

 

 何やら気になることがあったらしいが、とにかく目の前の敵を倒す方を優先する。”こんらん”状態から解放されて再び暴れ出したギャラドスの前に、ピカチュウとエレブーの二匹が並ぶ。

 こうなったらやることは一つだ。

 

「「”10まんボルト”!!!」」

 

 みず・ひこうの二タイプを併せ持つギャラドスに、相性抜群のでんきタイプ上位技が炸裂する。

 二匹が同時に放った”10まんボルト”には、流石のギャラドスも悲鳴を上げて悶える。エレブーだけでなく、強力なパワーを秘めているレッドのピカチュウも放っているのだからこの威力は当然だろう。

 このまま押し切ろうとするが、今までこちらの戦いは全てギャラドスに任せていたワタルが声を上げる。

 

「”あばれる”!!」

 

 それを合図にギャラドスは理性の枷を外し、自らを蝕むダメージ全てを無視して文字通り大暴れを始めた。その破壊力と範囲は凄まじく、その暴れっぷりはアキラから見ると”がまん”が解かれたエレブーを彷彿させるものだった。

 しかも脅威度で言えば、ギャラドスの方がエレブーよりも体が大きくてパワーがある分、こちらの方が大規模だ。

 

「ヤバイヤバイヤバイ!!!」

 

 暴れまくるので、折角足場にした氷がどんどん割れていく。

 如何にか止めようにも痛覚が麻痺しているのか攻撃が全く通じず、アキラ達はギャラドスが落ち着くまで逃げに徹するしかなかった。この状況が続く様なら何か一つの切っ掛けで足場にしている氷は一気に大崩壊しそうだと、アキラは懸念する。

 

 しかし、残念なことにその懸念は現実のものとなった。

 

 正気を失ったギャラドスが突然自らの尾を叩き付けたことで、そのパワーでアキラのポケモン達が作り上げた足場の氷は、一気に大小様々な大きさに割れてしまったのだ。幸い殆どの氷は浮いてはいるが、それでもアキラとイエロー、ポケモン達とバラバラに分断されてしまう。

 

 水が苦手、泳げないポケモンは海に落ちない様に出来るだけ大きな氷の塊に移動するが、暴れるギャラドスはイエローが乗っている氷の塊に襲い掛かった。

 咄嗟に一緒にいたピカチュウがさっきのゲンガーの様に”みがわり”を生み出して、二匹分の電撃攻撃を浴びせるが、暴走状態のギャラドスは全く意に介さない。きょうぼうポケモンは、感電しながらもそのまま押し切って突っ込み、イエロー達は巨大な水飛沫と共に海面から姿を消した。

 

「イエロー!!」

 

 イエローはみずタイプであるオムナイトを連れているが、人を乗せて泳げるサイズではない。何とかしたくても海から顔を出した暴れるギャラドスの所為で海の上は激しく荒れ、更にはその動向も気にしなければならなくてそれどころではなかった。

 

「くそ!」

 

 上空でのレッドとグリーンは少しずつ拮抗し始めて来ているのに、こちらはあまり彼らの役に立てていないことにアキラは歯を噛み締める。

 

 

 

 

 

 その頃、ギャラドスによって海に落ちたイエローだったが、ピカチュウを抱えるなど意識はしっかりとしていた。

 出来ればすぐに浮上したかったが、ギャラドスが暴れている影響で水中も大荒れで中々浮上できなかった。度々ヤドキングやハクリューらしき姿が海の中に潜っているのが見えるが、ギャラドスは止まらない。

 

 このまま水の中にいては息が続かない。

 だけど、浮き上がってもギャラドスの攻撃に巻き込まれて同じことを繰り返してしまう。レッド達は必死に戦っていると言うのに、自分はロクに彼らの力になれていない。

 この戦いが始まる前に懸念していた通り、やはり自分は足手まといなのでは無いのか。そんな考えが頭の中に再び浮かび上がってきたが、抱えていたピカチュウはイエローの胸を叩いてきた。

 

 見上げるその眼差しは、まだやれる事があることを力強くイエローに告げていた。

 そうだ。

 さっき戦ったロケット団は自力で戦い、そして勝ってたのだ。あの時と同じまではいかなくても、今の自分達に出来ることに力を注いで手助けくらいなら出来るはずだ。

 そして何よりも、あのワタルという青年の凶行を止めたかった。

 

 ピカチュウの励ましを受けて、イエローはもう一度立ち向かう気力を取り戻すが、どうすれば彼らの力になれるのかと言う問題に早々にぶつかってしまう。

 息も続かなくなってきたので、一旦海面に浮き上がろうと思い始めたその時、イエローは水中を漂っている光の残滓に気付く。

 どことなく形はピカチュウによく似たものであったが、それを見た瞬間、ついさっき見た出来事と重なってある事を閃いた。

 

 

 

 

 

「うお!!」

 

 慌てて浮いていた氷の塊からハクリューの背に飛び移って、アキラは鋭い牙が並んだ口を大きく開けたギャラドスから逃れる。

 着実にダメージを与えてはいるはずなのだが、ギャラドスは止まるどころか倒せる気配が全くしなかった。

 

「”がまん”を解放したエレットよりも厄介とは思っていたけど、本当に洒落にならないな」

 

 ”がまん”が解放された時のエレブーの力が自分達に向けられたことは無いが、実際に向けられることがあったら、手持ちが総力を挙げても止めることは至難の業だろう。目の前で狂った様に暴れるギャラドスは、エレブーと比較すると能力や体の大きさ、維持時間が長いのも含めて脅威の一言だ。”あばれる”が解除されるまで、とにかく逃げるしか手は無いと考えたその時だった。

 

 荒れる波の上をものともせず、何かが海面を滑っているのが彼の視界に入った。

 それが何なのかアキラは良く見ようとしたが、タイミング悪く正気になったのかギャラドスの眸が白目から元の目に戻った。正気に戻ったギャラドスに彼は警戒し直すが、青い龍の方も近付いてくるその存在に気付く。

 目の前にいるアキラとハクリューよりもそちらを優先することを選んだのか、鋭い牙が並んだ口を大きく開けて襲い掛かる。

 

 しかし、海の上を滑っていた存在は、スピードを活かして軽やかに突進してくるギャラドスを避ける。手際の良さにアキラは驚愕するが、波の力でギャラドスの背後を取る形で跳ね上がった時、その正体を目にした彼は更に驚くこととなった。

 

「”なみのり”!!!」

「イ、イエロー!?」

 

 海に沈んでいたイエローとピカチュウが光り輝くサーフボードに乗って戦線に復帰しただけでなく、本来なら覚えられないはずの技を実現させていたのだ。

 

「いっけぇぇぇ!!!」

 

 イエローは雄叫びの様な声を上げるが、アキラは何が起こっているのか全く理解できず、呆然と彼らを見守るしか出来なかった。イエロー達の声から、標的が背後に回り込んだことを察したギャラドスが振り返ろうとした直後、すぐ目の前に飛び出したピカチュウ渾身の特別強力な電撃が放たれた。

 

「っ!」

 

 直視できない激しい閃光にアキラは目を逸らす。

 ギャラドスを一撃で倒す為にピカチュウが繰り出した電撃は、間違いなく今まで目にしてきた中でトップクラスの威力であった。今彼らが戦っているクチバ湾は、空を覆う分厚い雲の影響で薄暗かったが、この時ばかりは昼間の様に明るかった。

 やがて光が止むと、直撃を受けたギャラドスは体の至る所から焼けた様な煙を上げ、海面を波立たせながら崩れる。

 

「ふぅ…」

 

 動かないギャラドスを見て、倒したことを確信したイエローは一息付く。

 この”みがわり”を応用したサーフボードの発想自体、思い付きのぶっつけ本番だったが、ピカチュウが器用だったおかげで上手くいった。そして彼らは、アキラが乗るハクリューの傍までサーフボードで滑っていく。

 

「……今乗っているのって…どうやって出した?」

「ピカの”みがわり”で作りました」

 

 思わずアキラは方法を尋ねると、イエローは簡潔に答えた。

 具体的にどうやったのかを詳しく聞いている暇は無いが、アキラのゲンガーと水中に残っていたピカチュウの”みがわり”を見て思い付いたらしい。湧き上がった好奇心が抑え切れなくて、アキラはサーフボードに指で突く様に触れてみるがエネルギーの塊にしては意外にも固い。

 

「凄いなイエロー。こんなの普通は出来ないよ」

 

 全く予想していなかった”みがわり”の応用方法と、それを実現させるだけでなく巧みに乗りこなしたイエロー達の技量にアキラは感心する。

 そして彼らが喜ぶということは、それを喜ばない者もいる。

 

「ギャラドスがやられただと!?」

 

 やられてしまうことを想定していなかったのか、ギャラドスが二人に倒された事にワタルは目に見えて驚きを露わにする。

 

 上空の戦いは、最初こそハクリューの天候を操る力でワタルが有利ではあったが、レッドとグリーンは時間は掛かったものの、その状況でも上手く戦える様に対応しつつあった。その為、空での戦いでもワタルは徐々に彼らに押され始めていたので、ここまで不利になるとは全く予想していなかった。

 

「”ほのおのうず”!!」

 

 放たれた炎は吹き荒れる暴風を利用して変則的な軌道を描き、惑わされたワタルのプテラは渦巻く炎に包まれて動きを封じられる。

 直後に示し合わせていたのかレッドのプテラが”はかいこうせん”を放ち、光線は渦巻いていた炎を突き破って命中して、ワタルのプテラを海面に叩き付けた。

 

「おのれっ!」

「プライドの高さ故の傲慢さが仇になったな」

 

 ギャラドスに続いてプテラも倒されたことに、ワタルは余裕を無くしていく。

 グリーンから告げられた皮肉も重なり、彼が乗るハクリューがツノを光らせるが、直後に下から無数の光が彼らを襲ってきた。もう壊される心配が無いので、再び海を凍らせて作った氷の足場から、アキラとイエローがレッド達を援護するべく攻撃を飛ばしていたのだ。

 

「あいつら!!」

 

 私的感情とプライドに駆られてワタルは狙いを変えるが、直後に彼が乗っているハクリューは接近してきたレッドのプテラの”とっしん”を受けて、一緒にアキラとイエローがいる氷の上に叩き付けられる。残ったもう一匹のハクリューだったが、トレーナーを失った影響かアキラとイエローのポケモン達の攻撃を避け切れず、体を凍り付かせて墜落する。

 戦いは決着まではいかなくても落ち着きを見せたが、レッドとグリーンを乗せたプテラとリザードンはワタルの後を追って氷の足場に降り立つ。

 

「さあ、観念しろワタル!!」

 

 舞い降りたレッドはワタルに対して大きな声で伝え、元々氷の足場に立っていたアキラとイエローも続けて並ぶ形でグリーン達と合流する。

 情報が正しければ、ワタルにはまだ出していない最後の一匹にして切り札であるカイリューがいるが、それでも状況はこちらが有利だ。

 

 ワタルの力は確かに強大であったし、それに見合ったプライドも持ち合わせていた。

 だが、そのプライドの高さからなる傲慢さで四人全員を格下と見ただけでなく、己の力を過信して数では不利なのを無視して挑んだことが敗因でもあった。

 

「観念? 誰がするか!」

 

 しかし、当の本人は諦めるつもりはまるで無かった。

 追い詰められた状況であるにも関わらず、ハクリューと共に立ち上がったワタルはマントを広げながら堂々と宣言する。一体どこからその自信が湧くのか、後マントを広げる必要性はあるのかと不思議に思いながら、アキラのポケモンを中心に彼らは身構える。

 

「身勝手な人間共を排除して、ポケモン達の理想郷を作る。お前らに邪魔されてなるものか」

「お前も人間じゃん」

 

 さっきグリーンが彼に言ったのと同じことをアキラは口にする。

 ロケット団みたいに清々しいまでに欲に忠実なのも面倒だが、ワタルの様な行き過ぎた正義感に基づく行動はもっと厄介だ。罪悪感が無い分、周りがどう言おうと一度正しいと信じ込んだらとことん突き抜ける。

 

 優秀なトレーナーのみを残してポケモンの理想郷を作ると言う大層な目的を掲げているが、やっていることはロケット団と大差無い。

 更に歯向かうのなら優秀なトレーナーであるレッドを排除しようとするなど、事情を良く知らないアキラから聞けば、ただ自分にとって都合の良い世界を作る為の大義名分にしか聞こえない。

 何より、自分達よりも年上なのにレッドよりも子どもっぽい。

 全く話にならないので今にも再び激突しそうな時、突然イエローが一歩前に進み出た。

 

「イエロー?」

 

 何故前に足を踏み出したのかわからず、レッドを始め三人は動揺する。

 横顔ではあるが、表情と目付きを見るとふざけてはいない。

 寧ろ今まで見たことが無いくらい真剣だった。

 

「何だ小僧?」

 

 自分に歩んでくるイエローに、ワタルは怪訝な目を向ける。

 睨み合っている両者の真ん中に位置する場所でイエローは足を止めると、静かに口を開いた。

 

「――貴方にとってポケモンは何ですか?」

「な…」

 

 虚を突かれたのか、ワタルは一瞬だけ唖然とする。

 アキラだけでなく、レッドやグリーンもイエローがワタルに対して投げた問い掛けに驚く。

 

「確かに人間が勝手なことをして、ポケモン達が傷付いたりするのを僕は見てきた」

 

 ピカチュウとラッタなどのポケモン達を見ながら、イエローは振り返る様に語る。

 旅に出る前はあまり知らなかったが、トキワの森、アキラのハクリューなど、人間がポケモンにしてきた酷い行いを、この旅に出てからイエローは多く知った。ワタルが今の考えに至るまでに、同じ様な出来事を目にしたり遭遇したのは想像できる。もしかしたら、自分の想像を遥かに超える恐ろしい経験をしたのかもしれない。

 

「でも…だからって人は勿論、自分に歯向かう存在を滅ぼして良いの? ポケモンは殺しの道具じゃないんだよ」

 

 この期に及んで戯言――否、自分に対しての説教とも受け取れるイエローの問い掛けにワタルは歯を食い縛る。起き上がったハクリューも、彼の怒りを感じ取ったのか何時でも動ける様に体に力を入れる。

 このまま続く様なら、力づくでその口を黙らせるまでだ。

 

「一緒にいる君にも聞きたい。君の力は何の為にあるの? 誰かを傷付ける為にあるの?」

 

 イエローの純粋な問い掛けに、突然聞かれたハクリューと聞かれた訳でも無いのにワタルさえも口を塞ぐ。さっきまで頭に浮かんでいた説教、或いは子どもの戯言で片付けるのは簡単だが、無防備であるにも関わらず彼らの放つ刺々しい空気に負けずイエローは続けた。

 

「僕にとって、ポケモンは”友達”」

 

 かつてこの場にいる憧れの人物から教わった大切なことを思い出しながら、イエローは自分にとってのポケモンへの想いと関係を語る。

 イエローの言葉に、アキラ達も連れているポケモン達を見る。

 レッドは改めて彼らは掛け替えの無い”仲間”と言う意識を思い出し、グリーンもかつてオーキド博士が語っていたポケモンとの付き合い方は、トレーナーによって十人十色と言う話を思い出す。そしてアキラも、ハクリュー達とはどういう関係なのかを考える。

 

 自分と彼らは友達と言うよりは仲間の概念の方が近いが、普通のトレーナーに比べると関係はドライな要素が色濃い。それでもちゃんとした信頼関係は出来ているが、この関係を言葉でどう適切に表現するべきか、当て嵌まる関係が今のアキラには浮かばなかった。

 

「貴方にとって……ポケモンは何なのですか?」

 

 一通り語った上で改めて、イエローは静かに問い掛ける。

 ワタルの表情を窺うと、怒りとも戸惑いとも言えない複雑そうな顔だ。彼からすれば無視しても良いことだし、さっきまでの傍若無人な態度と振る舞いを考えると結局は戦う事になる可能性の方がずっと高い。

 だけど、それでもイエローはまだ平和的な解決を諦めていなかった。

 

「……それを聞いてどうするつもりだ」

 

 気に障れば、何が起きても不思議では無い低い声でワタルは理由を尋ねる。

 返答次第では再び戦いになることを直感した三人は全神経を尖らせるが、イエローは真剣だ。さっきまで話を聞こうとしなかった彼が聞こうとしているのだ。

 例え説得が上手くいかないとしてもやる価値はある。

 決意を胸に、イエローが言葉を紡ごうとした時だった。

 

「フェフェフェ」

「!?」

 

 不気味な笑い声を耳にした瞬間、それが何なのかを理解する前に彼らは反射的に動いた。

 どこから飛んで来たのか定かでは無い攻撃をアキラとグリーンは回避し、レッドも少し反応が遅れたイエローを庇う様に避ける。

 

「念の為に来てみれば、随分と追い詰められているじゃないかワタル」

「キクコか」

 

 突如周辺を漂い始めた怪しげな黒い霧と共に杖を突きながら現れた老婆に、グリーンは忌々しそうに舌を打つ。

 ワタルと同じ四天王であるゴースト使いのキクコが、この戦いの場に来たのだ。恐らく仲間の危機を察知して駆け付けてきたのだろう。何とも絶妙なまでに嫌なタイミングに来たものだとアキラは思ったが、やって来たのは老婆だけでは無かった。

 

「嘘…」

「なん…だと…」

 

 キクコが出てきた黒い霧の中から続けて出てきた姿にアキラは勿論、最も冷静なグリーンさえも唖然としてしまう。氷使いのカンナ、そして格闘使いのシバなどの他の四天王達も今この場にやって来たのだ。

 

「まさかレッドが生きていたとはね」

「………」

「フェフェフェ、全員で来た甲斐があったよ。一番邪魔な小僧共をこの機に一掃できる」

 

 この場に四天王が集結するまさかの展開に、四人に緊張が走る。

 追い詰めたとはいえ、ワタル一人でも四人掛かりでやっとなのだ。なのにほぼ同等の実力を持つトレーナーが三人も来られたら、結果は火を見るよりも明らかだ。

 

 自分が存在しない本来の物語でも、イエローはこの危機を乗り切れたのか、それとも自分が来たことで決戦が早まってしまったのか。アキラの脳裏に様々な可能性が過ぎるが、どちらにしてもワタルの危機を察して来たとしたら、想定している中でも最悪の展開だ。

 

「キクコ…」

「なんじゃ、あのままやられた方が良かったのか?」

「貴方がそこまでやられる何て初めて見るわ」

 

 一番突かれたくないことを二人に指摘されて、ワタルは顔を歪ませる。

 四天王の将を名乗りながら、敗れる寸前にまで追い詰められた上に説教に等しいことを言われた事まで、彼は嫌でも思い出された。

 

 集まった四天王に対して四人は最大限に警戒するが、アキラはある事が気になっていた。

 カンナとキクコはそれぞれ感情を表に出しているのに、何故かシバは不気味なまでに口を固く閉ざして無表情だからだ。アキラとしてはこんな形でシバと再会するのは望んでいなかったが、こうなってしまったからには戦うしかないと腹を括る。

 

「海の上に氷…確かに良い考えだけど無骨だし狭いわね」

 

 今自分達が立っている氷の足場を見渡しながら、カンナはモンスターボールを手に告げる。

 アキラがまさかと思った直後、雪混じりの強烈な冷気の暴風が吹き荒れた。それによって彼らが立っていた氷の足場は、武骨で凹凸の目立った表面が滑らかになるだけでなく、クチバ湾全体を凍らせたのではないかと思えるまでにあっという間に広がった。

 しかし、巻き込まれた四人とポケモン達は抗い切れず、氷の上をバラバラに吹き飛ばされる。

 

「いててて、腰が…」

 

 腰を固い氷に打ち付けたアキラは、老人みたいな文句を言っていたら唐突に彼の周りは影に隠れた様に暗くなった。

 目線だけでも可能な限り見上げる形で上に向けると、何時の間にか腕を引いたエビワラーが彼の目の前にいた。




アキラ達、辛うじてワタルを追い詰めるも四天王が全員集合する最悪の展開に。

本編では結局意見がぶつかり合ったままでしたが、イエローは可能な限りワタルに呼び掛けたりとしていたので、出来る事なら平和的に解決したかったと思います。

一足早く勢揃いした四天王との全面対決。果たして彼らは勝てるか?(他人事)

ワタルのギャラドスが使用した”あばれる”は、本来なら第二世代以降しか覚えられないのですが、技自体は既にこの時点で存在していますので登場させました。
他にも先取りで第二世代の技を何個か出す予定です。

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