SPECIALな冒険記   作:冴龍

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這い上がる者達

「!?」

「これは!」

「………」

 

 背後からの奇襲を全く警戒していなかったのか、突如飛び出した存在にカンナとキクコは動揺を露わにする。

 飛び出した謎の存在は、ピンク色をしたベトベトンに似た不定形で、瞬く間に三人の体を首より上を残して包み込む様に抑え付けた。

 

「これは…」

「何だこれ?」

「吹き飛ばすんじゃなかったのか」

 

 グリーン以外の三人は驚きを隠せないでいたが、狙い通りなのかマチス達三人はご機嫌だ。当然三人は抜け出そうと抵抗するが、彼らを包み込んでいるのはスライムの様な不定形ではあるが、拘束は強固だった。

 主人を助けようと四天王のポケモン達も動くが、その前に素早くゲンガーとブーバーは回り込んで指先やホネを三人に突き付けて彼らを牽制する。

 

「咄嗟に人質強調とか、あくどいなお前」

「効果的なのはわかるけど…」

 

 理解は出来るが、手持ちの行動にアキラは目元を手で覆う。確かに一目でわかるので効果抜群だが、やり方が悪党だ。ロケット団であるマチスにさえ、あくどいと言われるのはショックだ。

 だが手持ちのやらかした行動よりも気になる事があった。

 

「よくやってくれたわね」

 

 四天王を拘束したポケモンについて尋ねようとしたタイミングで、ナツメが労いともとれる言葉を口にする。一体誰に対しての言葉なのかと気になったが、上手い事氷の塊に偽装していた甲羅らしき影から一人の少女が皆に姿を見せた。

 

「久し振り。元気にしていた?」

「ブルー? ブルーじゃないか!!」

「え!? 本当に彼女? どうなっているの?」

 

 黒いワンピースを着た少女にレッドは驚き、アキラも目を見開く。

 今の今まで姿を見せる様子が全く見られなかったので、合流するとしたら何時になるのかとアキラは頭の片隅で気にしていたが、まさかここでブルーと会うとは思っていなかった。

 

「何でここに…てか、何でナツメ達と協力しているんだ?」

「レッドがいるって噂を聞いてやって来たら、このお姉さまとお仲間さんに会っちゃってね」

 

 彼女曰く、レッドが見つかったと言う噂を聞いてクチバシティにやって来たところ偶然ロケット団の三人と会ってしまい、今回の作戦に協力したらしい。

 

 その話を信じたアキラ達は納得するが、実際ブルーがここに来れたのは、イエローの麦藁帽子に取り付けた盗聴器と発信機を頼りにしていたということは知らなかった。それに協力したとは言っているが、彼女が来ることを予知していたナツメ達に脅されての半分強制であったのだが、結果は大成功なのでその事に関しては黙っている。

 

 何がともあれ、今三人を取り押さえているブルーのメタモンのおかげで、倒すまでは行かなくても四天王を封じることには成功した。

 カンナにキクコ、シバ、そして――

 

「あれ? そういえば一人……ワタルはどこだ?」

 

 人数を数えている時にようやくアキラは、この戦いの発端となったドラゴン使いがいないことに気付いた。三人の四天王との戦いが激し過ぎて、考える暇が無かったので完全に忘れていたが、先に戦っていたワタルは一体どこに消えたのか。

 彼の言葉を切っ掛けに、レッド達はカンナの技によって小島程に広がった氷の上を見渡す。

 

 確かワタルは、手持ちの大半をアキラ達四人にやられていた。だが、まだ切り札と言える存在が残っているのと彼のあの性格を考えると、仲間達に任せて自分だけ逃げ出すということはまず考えられない。

 どこかに身を隠して機会を窺っていると考えるべきだが、回復道具を使うとしてもすぐに戦線復帰出来るとは思え――

 

「!?」

 

 その直後、今彼らが立っている氷の足場に大きな亀裂が無数に入った。

 危険を察知したアキラ達がその場から離れようとした時、カンナの力でより頑丈になった分厚い氷の一部が爆発する様に砕け散った。大小様々な氷の塊が飛び散る中、爆発の中心から巨大な何かが空へと飛び出したが、目にしたアキラはその存在に関して良く知っていた。

 

「カイリュー…」

 

 氷を砕いて姿を見せたのは、特徴的な体格と小さな翼を持ったドラゴン、最強のポケモンの一角であるカイリューだ。

 カイリューが姿を見せたとなると考えられる理由は一つだけだが、現れたのはカイリューだけではなかった。氷が吹き飛んで剥き出しになった海面から、巨大な泡に包まれた倒した筈のギャラドスとハクリュー、そして彼らを率いるワタルがゆっくり浮き上がりながら姿を見せたのだ。

 

「あいつ、ずっと海中に身を潜めていたのか!」

 

 謎だったワタルの行方が明らかになって、レッドは声を荒げる。

 姿をくらましてからずっと氷の下の海の中に隠れていたことも驚きだが、緒戦で戦闘不能に追い込んだはずのドラゴンポケモン達が、この短時間で復活したこともにわかに信じられなかった。だが、振り出しに戻ったとはいえ、姿を見せたからにはここで倒すまでだ。

 

 アキラ達とロケット団、それぞれ連れているポケモン達は戦闘態勢に入るが、そんな彼らの警戒を嘲笑うかの様にカイリューと泡の中にいるギャラドス達は、ツノの先端や口内を光らせると軌道変化自在の”はかいこうせん”を雨の様に乱射してきた。

 

「なによこれ!? デタラメじゃない!」

 

 ワタルのポケモン達の強大さに、ブルーは悲鳴にも似た叫びを上げる。

 ただの”はかいこうせん”の集中砲火でも厄介なのに、威力を保ちながら蛇の様に不規則且つ自由に軌道を変えられるなど、ブルーの言う通り”デタラメ”過ぎる。

 しかもさっきアキラ達に危うく負け寸前まで追い詰められたことを根に持っているのか、レッド達どころかロケット団三幹部さえも逃げ惑う程に激しい攻撃だった。

 

 それでも何匹かは隙を見てワタル達がいる巨大な泡を攻撃するが、どれだけ攻撃しても泡が割れる様子は無かった。飛び技ではダメだと判断したのか、グリーンのストライク、アキラの方は彼らの独断ではあったがエレブーに投げ飛ばして貰ったハクリューが同時に攻撃を仕掛ける。

 片方は鎌を振るい、もう片方はツノに発生させたドリルで貫こうとするが、彼らの攻撃は泡とは思えない強靭な弾力の前に阻まれた。

 

「無駄だ。その程度のパワーでギャラドスの”バブルこうせん”が生み出したこの泡を破ることなど愚かな行為だ」

 

 嘲笑するワタルが言う事を無視して、二匹は中々割れない泡に対して鎌とドリルを強引に押し込んで破ろうとする。しかし、破る兆しが見えること無く泡の中にいたハクリュー達の”はかいこうせん”を受けて、二匹は氷の上に叩き付けられた。

 

「ストライク!」

「リュット!」

 

 二人の呼び掛けにハクリューはすぐに起き上がるが、ストライクは完全にノックアウトされたのか立ち上がる気配は無かった。

 

「泡が破れないって、一体どういう原理と技術だ!!」

 

 ただの泡では無いと薄々わかってはいたが、斬撃と刺突系の攻撃を受けても割れないのでは攻撃を当てる手立てがない。

 容赦なくワタルのポケモン達は再び光線の雨を降らせてきたが、ハクリューは”こうそくいどう”で離脱、ストライクはグリーンがボールに戻すことで難を逃れる。

 

 あまりにも一方的で理不尽過ぎるが、カンナの技で大きく広がった氷の足場が砕けていき、所々から海面が覗き始めている。ワタルは見ての通り空を自由に飛べるのだから、足場を失って不安定な海の上で戦う事になるなど考えたくない。

 

「あらあら、荒いわね」

「フェフェ、随分と苛立っているようじゃな」

 

 攻撃の余波によって、メタモンの拘束が解けてしまったのか、キクコを始めとした三人は少し離れたところでこの戦いを傍観していた。解放された三人は、今下手に加勢すると巻き込まれると判断しているのか、仕掛ける素振りすら見せていない。

 余裕であるが故の態度なのはわかるが、本当に今のワタルは攻略しようが無かった。

 

「どうした!? さっき俺を追い詰めたのはマグレだったのか!?」

 

 ワタルは煽って来るが、アキラ達には煽りに乗る余裕すらない。

 飛んでくる無数の光線の回避に精一杯な上に、こちらの攻撃が泡に防がれるのでは如何にもならないからだ。

 

「舐めやがって!」

 

 ワタルの態度と言動で苛立ちが限界に達したのか、マチスのエレブーがワタルがいる巨大な泡目掛けてジャンプする。

 

「よせマチス!」

 

 キョウが止めるがもう遅い。

 マチスのエレブーはフルパワーの”かみなり”を落とすが、泡を破るどころか中にいたワタルとポケモン達には感電すらしなかった。

 お返しと言わんばかりに、エレブーに既に放たれていたのも含めた複数の”はかいこうせん”が軌道を変えて集中するが、唐突に現れたフーディンに腕を掴まれて一緒に”テレポート”したおかげで辛うじて逃れる。

 

「少しは冷静になりなさい」

「んなことを言われてもよ!」

 

 ナツメはマチスを咎めるが、逃げっ放しなのは性では無いのだろう。

 だけど、あの泡を破ることが出来なければ本当にやられてしまう。

 誰もがそう思い始めた時、青白い光線がワタル達を包んでいる泡の一部を凍らせた。

 

「これは!」

 

 急いでワタルは光線が放たれた元に目を向けると、レッドとイエローが連れているニョロボンとオムナイトが技を放つ構えを取っていた。

 二匹の”れいとうビーム”によるものだと彼は気付いたが、一部が凍り付いた影響なのか、彼らを包み込んでいる巨大な泡はその重みで徐々に落ち始める。

 

「皆さんチャンスです!」

 

 イエローの言う通り、チャンス到来だ。

 ワタル達を包んでいる泡は異常なまでの弾力を有するが、元を辿れば液体が膨らんだものだ。そして凍り付いたとなれば、その弾力性は失われている筈だ。

 この機会を逃す程、この場で戦っている彼らは甘くは無い。

 

 泡の外にいたカイリューがレッドとイエローを狙って”はかいこうせん”を放つが、アキラのエレブーが回り込んで”リフレクター”と”ひかりのかべ”の二重壁で彼らを守り切る。そしてレッドのプテラの”はかいこうせん”、グリーンのポリゴンの”サイケこうせん”、ブルーのカメックスの”ハイドロポンプ”が、泡が凍り付いた箇所を砕き、遂にワタル達を守っていた巨大な泡は弾けた。

 

「やったわ!」

 

 ワタル達を守っていた盾を遂に打ち破ったこと、そしてようやくこの一方的且つデタラメな猛攻が収まることにブルーは喜ぶ。ところが、浮遊していた泡を消されたワタルとポケモン達は慌てることなく氷の上に着地する。

 

「よく破ったなと言いたいが、やはりお前達はここで始末するべきだな」

 

 そう宣言すると、今まで静観していた三人も手持ちのポケモンを引き連れて、今度は四天王全員で一斉に攻めてきた。

 カンナの広範囲に及ぶ吹雪と冷気の嵐、キクコの巧みな技術と狡猾な手段、肉弾戦ではほぼ敵無しのシバに、あらゆる面でドラゴンのパワーでゴリ押すワタル。

 状況は良くなったどころか、寧ろ悪化してしまったと見ても仕方なかった。

 

「応戦するんだ!」

「ここが踏ん張りどころだ!」

 

 レッドとアキラが声を上げると、二人が連れているポケモンだけでなく他のポケモン達も、四天王のポケモン達を迎え撃つべく攻め込んだ。

 

 戦いは総勢十二人のトレーナーが率いる五十匹以上のポケモン達が、同時に激突すると言う類を見ない程の大乱戦へと発展する。誰が放ったのかもわからない程に飛び交う技の応酬とその中を駆け抜けていくトレーナーとポケモン達。体格差やタイプなど関係無いとばかりの接近戦が、そこかしこで繰り広げられるなど混沌とした状況であった。

 連れているポケモンの数ではアキラ達が有利ではあったが、あまりに敵味方が入り乱れる戦いなのと、休む間も無く戦い続けているので消耗も激しかった。

 

「リュット…いやバーット…は大丈夫…サンットは…」

 

 レッド達は上手く対応していたが、あまりの混戦と戦うポケモンの数の多さに、目の感覚が鋭敏になり過ぎていたアキラは、どの戦いを優先するか迷っていた。

 そんな彼の目の前に、突然ワタルが乗ったカイリューが立ち塞がった。そういえばこの戦いが始まってから、自分は妙なくらい彼に狙われる様な気がしなくもない。

 

「随分と俺を嫌っていますね」

「貴様みたいな奴が神聖なドラゴンを連れているのが我慢ならないからな!」

 

 他のポケモントレーナーに比べると、ポケモン達の自由行動を許しているが故に手持ちとの関係がだらしないと言われることはあるが、ワタルは特に気に入らないらしい。アキラにも気に入らない関係は存在しているが、ポケモンとどういう関係を築こうがその人の勝手だ。

 そう反論してやりたかったが、躊躇無くカイリューは拳を握って襲い掛かる。

 対象が一匹になれば戸惑う事は無いので、動きを読んでいたアキラは後ろに跳んで避ける。しかし、パワーの大きさを見誤って、氷を殴り付けた際の衝撃と揺れで彼は転がってしまう。

 

「アキラさん!」

 

 ドードーに乗ったイエローが助けに向かおうとするが、他の戦いの余波で砕けた氷に阻まれる。

 アキラのピンチに、カイリューの背後から”ふといホネ”を振り上げたブーバーと拳に電流を走らせたエレブーが仕掛けようとするが、カイリューは尾の一振りで二匹を纏めて叩き飛ばす。

 間を置かず、それぞれ異なる方向から突っ込んできたゲンガーとヤドキングに対しても体を一回転させると、翼から起こした突風で打ち払う。

 

 やはり強い。

 この強さが変な野望を実現する為に磨かれてきたのだと考えると残念ではあるが、ここで折れる訳にはいかない。

 帽子を被り直しながらアキラは立ち上がると、彼の傍に戻って来たハクリューはサンドパンの頼みを受けて、ねずみポケモンを尾に乗せると勢いよく投げ飛ばした。当然カイリューは殴り落とそうとするが、自由の利きにくい宙であるにも関わらず、直前に体を捻らせてサンドパンは上手く避けると鋭い爪を振り上げる。

 

「”はかいこうせん”」

 

 しかし、爪を振り下ろす直前に強烈な光がサンドパンを直撃し、光線に押される形で飛んで来たねずみポケモンと共に”はかいこうせん”は、アキラとハクリューに当たって爆発する。正面から受けて吹き飛んだサンドパンは気絶してしまうが、ハクリューは尾の先端を氷に突き立てて爆風から持ち堪えさせる。

 ワタルは自分達が嫌いな様だが、ハクリューから見てもワタルは大嫌いな人間だった。

 

 見下した態度も癪に障るが、ポケモンの理想郷を築くことが使命と偉そうに語っているくせに、自分みたいな歯向かう存在はポケモンであろうと排除しようとする矛盾と傲慢さ。従っているドラゴン達は、彼はポケモン達の代弁者として動いているのだからやることは間違ってはいない、彼に忠誠を誓うことは当然だと考えている様だが、今の世界が気に入らないから自分達にとって都合の良い世界を作りたいだけだ。

 グリーンの言う通り、”大層ご立派な”な大義名分だ。

 

 奴の様な輩に負けるつもりは無い。

 今度はこちらの”はかいこうせん”を見せてやると意気込むが、直前にハクリューは何かが足りないのに気が付いた。

 

 さっきまで傍にいたアキラがいないのだ。

 

 探してみると自分達がさっきまでいた場所は砕けて、氷の破片が浮かぶ海面が顔を見せていたが、水泡が絶えず浮かんでいた。

 彼はカナヅチだ。海に落ちてしまった可能性がある。

 そう悟ったハクリューは、急いで刺す様に冷たい海の中に飛び込んだ。

 

 潜った水中を見渡すと、案の定アキラは海の中に沈んでいた。

 本人は何とか浮き上がろうと必死にもがいてはいたが、努力に反して彼の体は浮き上がるどころかどんどん沈んでいく。何故こうも泳げないのか甚だ疑問だが、強敵が相手の時に彼のアドバイスが有るのと無いのとでは勝率が大きく違うので、ハクリューは早く彼を回収しに向かう。

 

 その時、”はかいこうせん”が水中にいる自分目掛けて放たれているのか、無数の光の柱が立っては消えていく。泳ぎながらハクリューは体をうねらせて避けていくが、避け切れず一発だけ当たってしまう。

 度重なるダメージを蓄積していた体に、その一発はあまりに重く。体から力が抜けたハクリューは、意識を朦朧とさせながら沈む様に漂い始めてしまう。

 

 ハクリューの状態に気付いたのか、アキラは沈みながらも意地でも同じく沈んでくるハクリューの元へ向かおうとする。

 ゴーグルなどの補助道具が無ければ、水中での視界はハッキリしないが、それでも彼はぼんやりと認識することが出来るハクリューの体の一部を何とか掴むと手繰り寄せる様に抱えた。

 何か回復させるアイテムが無いかポケットの中を漁ってみるも、残念なことに何も入っていなかった。こうなるとヤドキングか誰かの助けが欲しいが、あの状況を考えると難しいだろう。

 

「くそ」

 

 アキラは自分自身に悪態をつくが、口から出たのは言葉では無くて空気の泡だった。

 如何にもならないとはいえ、今日ほど自分がカナヅチなのを恨んだことは無い。

 

 足をバタつかせても全く浮き上がる気配は無い。

 徐々に増す息苦しさに意識の奥底から、またしても”死”の概念が浮かび上がる。

 この世界に来てから危機的状況を何回も経験してその度に死の予感を感じたが、今回は一段と現実味を帯びている。何故なら、この世界に来てから頭の片隅で危惧していたカナヅチの所為で溺れ死んでしまうことが、現実のものになりつつあるからだ。

 

 だけど、死を意識しながらもアキラは諦めるつもりは無かった。

 何とも情けなくアホらしい死因になってしまうのを避けたい気持ちもあるが、まだやらなければならないことがあるからだ。この二年間、元の世界では考えられない数だけ酷い目に遭ってきたけれど、その度に乗り越えてきたのだ。

 

 本当の意味で諦める時は、自らが死ぬその瞬間。

 

 そうなるまで足掻けるだけ足掻こうと割り切れば、不思議と息苦しさと迫る死は怖くない。

 

 相棒のドラゴンの体を抱えて、アキラは思い付く限りの方法を試して浮き上がろうとする。

 ここで全てを終えるつもりは無いのだ。

 必ず這い上がって見せる。

 

 努力空しく息が限界近くになった時、グッタリとしていたハクリューは、抱えていた彼も一緒に引き上げる様に体を海面に向けて伸ばし始めた。

 彼もまた、このまま終わるつもりは微塵も無かった。

 必ず戻ってあのマント――ワタルに一矢報いる。

 

 立ち止まるのでもどこまでも沈んでいくのではなく、必ずや上へと這い上がる。

 

 それは今この状況だけを指しているのか、それとも遥か先を見据えた上なのかは定かでは無い。

 けれども互いが強くそう意識した時、片や体の奥底から何かが湧き上がり、片や体の奥底の何かが外れた。

 

 

 

 

 

「ふん、ようやく俺の視界から消えたか」

 

 トレーナーを助けようと海に飛び込んだハクリューを”はかいこうせん”で狙い撃ちにしてから、一向に彼らが浮かぶ気配を見せないことにワタルは満足気だった。

 

 主従関係を築いている訳でもポケモンがトレーナーに忠誠心を誓っている訳でも無く、各々自由に好き勝手動く関係を受け入れている彼のポケモン達。神聖と信じているドラゴンポケモンの端くれさえも、その関係を何の疑問も無く受け入れているのだから、視界にすら入れたくなかった。

 

「てめぇ!!」

 

 ワタルはスッキリしていたが、友人であるレッドはアキラを海に叩き落した元凶に激怒する。彼はイエローと共に、まだ戦えるアキラのポケモン達と並ぶとワタルと彼が率いるポケモン達を睨み付ける。

 

「レッド、お前は奴とは違って惜しい男だが、我らの理想郷の為に消えて貰おう」

「お前に惜しまれても少しも嬉しくない!!」

 

 ハッキリ断言して、全ての力を賭して戦うことを決意して挑もうとした時、レッドの動きが止まった。

 

「レッドさん?」

 

 イエローとピカチュウ、付き合いの長いニョロボンだけが彼の異変に気付いて立ち止まる。

 さっきまで手足の痺れだけだったのに、体が石の様に固まって動けないのだ。

 

「くそ、動け…動いてくれ!」

 

 体に鞭を打たせてでもレッドは動こうとするが、まさかここまで痺れが悪化するとは思っていなかった。彼が体の異変に手間取っている間にも、ニョロボンとピカチュウを除いたポケモン達はワタルが乗っているカイリューに戦いを挑むが、その強大な力に圧倒されて良い様に蹂躙される結果で終わった。

 

「ここまでだな」

 

 レッドとイエローを見下ろしながらワタルはそう告げると、ボールの中に入れていたプテラを召喚するだけでなくギャラドスと二匹のハクリューを呼び戻す。

 

 危険だと皆が直感した直後、五匹のドラゴン達は一斉に”はかいこうせん”を放ち、彼らが立っていた氷の一角は丸ごと吹き飛んだ。

 イエローも爆発に巻き込まれたが、ピカチュウが”みがわり”で作り出したサーフボードに助けられて海に落ちずに済んだ。

 しかし、体が硬直してしまって動けないレッドは、咄嗟に助けようとしたニョロボンの手が届かずそのまま海に落ちてしまった。

 

「レッドさん!!」

 

 イエロー達は急いで海に沈んだ彼を助けようと向かうが、それを見逃すワタルでは無かった。

 狙えばほぼ確実に当たる軌道変化自在の”はかいこうせん”を放とうと狙い定めた直後、彼らの前で一際大きな水柱が立ち上がった。水飛沫が飛び散る中で荒れる波の上で必死にバランスを保とうとしながら、イエローは水柱から飛び出したその姿を目にした。

 

「え?」

 

 ワタルが今乗っているのと同じ姿をしたポケモンが、今海に落ちたレッドを抱え、先に沈んでいたアキラを背中に乗せていたのだ。

 一瞬戸惑ってしまったが、その姿の名とカスミの屋敷でアキラが良く口にしていた話をイエローは思い出した。

 

 

 ハクリュー最終進化形態――カイリュー




アキラ達が総力戦を挑む中、遂にハクリューが最後の進化を遂げる。

ようやくここまで辿り着けて、個人的にはホッとしています。
やっと現代の彼らに繋がる下地が揃いました。

作中内時間で、ミニリュウからカイリューに進化するまでに二年くらい時間が掛かっていますが、ドラゴンタイプのポケモンは手懐けるだけでなく最終形態にまで育て切るには普通に育成していたら年単位で時間が掛かりそうなイメージがあるので、これでも早い方だと個人的には思います。

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