トキワの森。
そこは物語の主人公であるレッドが、後の仲間達に最初に出会うことになる場所だ。
そして彼の次に主人公となるイエローの様に、森の力を授かった特殊な能力を持った人間が生まれるなど物語の根幹に関わる重要な位置を占めている森でもある。
カントー地方を舞台にした物語の殆どは、ここから始まったと言っても過言では無い。
同時に重要であるが故に、数々の地方を揺るがす事件や戦いの場になったり、生態系をメチャクチャにされるなど決して無視できない被害も被ってきた。
そのトキワの森の奥地へアキラと研究者であるヒラタ博士の二人は、それぞれが求めるものに関わる手掛かりを探すべく足を踏み入れていたのだが――
「博士! 何時まで俺達は走らなくてはいけないんですか!?」
「それはわしも聞きたい!」
昼間でもあまり陽が届かない鬱蒼と茂った森の中、アキラは保護者であるヒラタ博士と一緒に逃げる様に走っていた。
それも二人だけでなく、博士の手持ちであるスリーパーを含めたこの森に棲んでいる野生のポケモン達も一緒であった。
彼らは今、地響きを轟かせながら追い掛けてくるニドキングの集団から逃げ回っているのだ。
何故こうなってしまったのか理由を簡潔に纏めてしまえば、一昨日アキラがスピアーの群れに襲われた時と切っ掛けはほぼ同じだ。
森の中を進んでいる途中で、偶然にもアキラはあの有名なポケモンであるピカチュウに遭遇。
手持ちに加えたいと考えていたポケモンだったこともあり、すぐさま彼はミニリュウを戦わせようとしたが、思惑通りに事は進んでくれなかった。寧ろ腹を立てたミニリュウが彼に仕掛けた攻撃が余所に飛び、他のポケモン達を刺激してしまう結果になってしまった。
そして刺激されたポケモン達も連鎖的に互いに戦い始めて大乱戦となり、最終的にニドキングの集団までも引き寄せてしまうという悪夢の連鎖。
身の危険を野生の本能で感じ取ったのか、戦っていたポケモン達は自然と戦うことを止め、それぞれ現れたニドキングの集団から逃走を開始して今に至った。
途中で何匹かのポケモンもこの逃走劇に巻き込んでしまったが、ピカチュウにサンドのみならず、スピアー等の軒並み気性の荒い野生ポケモンさえも一緒に逃げているのを見る限りでは、追い掛けてくるニドキング達が如何に恐ろしい存在であるかは明白であった。
あの巨体なら全力で走れば振り切れるだろうとアキラは考えていたのだが、その考えは今では脆くも崩れ去っている。
「何であんなに体は大きいのに足が速いんだよ!」
全速力で走りながら、巨体からはあまり想像できないスピードで木々を薙ぎ倒しながら走って来るニドキングの群れに、アキラは思わず文句を吐き捨てる。
このまま逃げ続けても何も変わらないのは明らかだ。
かと言って、ニドキング達が発する肌身で感じられる程の殺気が異常過ぎて立ち向かう気にもなれなかった。この調子では、先にこちらの体力が底を尽いて追い付かれてニドキング達に袋叩きにされるか、逃げるポケモンを追い掛ける時に踏み潰されていくかのどちらかの目に遭うことは確実だ。
ところがこの危機的状況は、意外な急展開を迎えた。
追い掛けてくるニドキングの群れ目掛けて、茂みの中から何匹かのゴローニャが飛び出してパンチや体当たりを仕掛けたのだ。
突然の出来事にアキラはゴローニャ達が助けに来てくれたのかと思ったが、彼らの目付きがニドキング達と同じだったのに気付く。
どうやら追い掛けていたニドキングの同類の様で、あちらはこちらを助けたつもりはこれっぽっちも無い様子だった。
しかし、ニドキング達に攻撃を仕掛けてくれたおかげで、ニドキング達の矛先はゴローニャ達に変わり、両者は荒々しく吠えながら激しく激突した。
「よく分からないがチャンスじゃ!!」
「はいぃ!」
両陣営がこの森では規格外の戦いを始めた隙を突いて、アキラとヒラタ博士、一緒に逃げていた他の野生ポケモン達は後ろを除いたあらゆる方向から森の中へと散っていく様に逃げる。
離れるにつれて戦いによって生じる振動や衝撃、轟音は小さくなっていくが、時折、鈍い音や獣の断末魔の様な声が嫌でも聞こえた。
何が起きているかはアキラでも容易に想像できたが、とにかく彼らは走って逃げるしかなかった。
それから数十分後。
アキラとヒラタ博士の二人は、疲労困憊に陥った状態で森の中を歩いていた。
ロケット団の放したポケモンと遭遇した場合の危険性は頭の片隅に置いてはいたが、まさかあそこまでとはアキラは予想していなかった。こんなことになるなら、一昨日にあったミニリュウとの命懸けの追いかけっこの方がまだマシなぐらいだと彼は認識を改める。
「つ…疲れた~……」
力尽きた訳ではないが、この世界に来た時と同じ半袖半ズボンの格好で森の中を無我夢中で走っていたからなのか、腕や足に負ってしまった枝で引っ掻いた無数の傷が痛む。
今度から森に入る時の服装は長袖長ズボンにしようと考えながら、座り込んだアキラは、木々の隙間から見える青空を呆然と見上げて溜息を吐いた。
さっきみたいな危機に慣れたり乗り越えていかなければ、ポケモンの世界ではこの先やっていけないだろう。だけど旅をしている訳ではないのに、森に入って早々にこんな展開では先が思いやられる。
息が整ってきたお陰で、気持ちが落ち着いてきた彼は何気なく辺りを見渡していた時、目の前の木の根元で自分みたいに座り込んでいるポケモンがいることに気付いた。
小柄な体格ではあるが静かにじっくりと観察していく内に、腹部を除いた全身が鎧の様に硬くて滑らかな皮膚に覆われた様なポケモン――サンドと言う名前だったのをアキラは思い出した。
様子を窺ってみると、サンドも疲れているのか自分同様にのんびりとしており、頭を掻いたりする動きが見ていて可愛らしかった。
最初は興味本位で眺めているだけだったが、徐々に彼の中で直感に近い出来心にも似たある気持ちが湧き上がってきた。
サンド、進化形は確かサンドパンという名前だ。
頭の中で確認する様に目の前にいるポケモンの情報を整理し、アキラはサンドを手持ちに加えた場合の今と可能性、進化後の能力値についてぼんやり考え始めた。
元の世界ではゲームや対戦を有利に進める為に、ポケモンの攻略本を愛読していたお陰で、漫画とは別にある程度はポケモンの能力値についての情報は知っている。
しかし、サンド系統にはあまり興味を抱いていなかったこともあって、中々思い出せなかった。
憶えていることと言えば、進化したサンドパンの能力値は六角形のレーダーチャートで表すと防御が高く、じめんタイプ故に”じしん”や”あなをほる”、外見からわかる様にに”きりさく”と言った爪を使った技を覚える位だ。
印象的には先ほど遭遇した同タイプのニドキングやゴローニャと比べると、どうしてもパワーとインパクトが不足していることは否めない。そもそもゲームを基準に考えたら、明らかに二匹と比べて能力値は低く、覚える技もそれ程多くないなど強力とは言い難い。
まだ捕まえてもいないのにサンドについて悩むアキラだったが、そのまま観察を続ける。
自分の存在に気付いていないのか無視しているかは定かではないが、さっきと変わらずにサンドはのんびりと寛いでいて雰囲気は至って穏やかだ。
このポケモンならば、自分の様な初心者トレーナーでも大丈夫かもしれない。
そんな期待感を抱いたアキラは、腰に付けたモンスターボールの一つを手に取って決意した。
トキワの森に足を踏み入れるまで手持ちに迎えたいと考えていたポケモンは、ミニリュウの様に将来強力になるポケモンばかりだったが、よく考えれば高望みし過ぎだ。
最初に手にしたミニリュウは例外だとしても、それ以外は今の自分の身の丈に合ったポケモンにするべきだろう。
寛いでいるサンドに気付かれない様に、ゆっくり慎重に構えてチャンスを見計らう。
本来ならミニリュウを出してバトルさせるべきだが、先程あった事を考えるとどうしても躊躇ってしまう。下手に加減せずに瀕死にされることは避けたい。
高まる胸の鼓動を堪え、ダメ覚悟でアキラはモンスターボールを投げた。
投げられたボールは見当違いの方には飛んでいかず、見事狙い通りにサンドの頭に当たる。
ボールが当たった瞬間、サンドは驚きとも取れる派手な挙動を見せて、開かれたボールの中に吸い込まれていく。
お互いにこの瞬間が永遠とも思える様な緩やかな時間の流れを感じたが、サンドを吸い込んだモンスターボールは草の上に落ちる。
しばらくの間ボールは左右に揺れるが、やがて揺れは収まり動かなくなった。
このことが意味することは、アキラはサンドの捕獲に成功したと言う事だ。
バトルも無しなのに一発成功。自分と同じく疲れていたのか。
木の枝を支えに立ち上がると、アキラはサンドを収めたボールを拾いながら、容易に捕まえられた要因を考察する。
中を見てみると、ボールの中でサンドが不思議そうな目でアキラを見つめていた。
それはミニリュウの様な常に睨み付ける目でも、ゴースみたいな何かを企んでいる目でも無い。見ているだけでも眩しいと錯覚してしまう程に、キラキラと輝いている純粋な目だった。
そんな目に見惚れていたら、近くに座っていたヒラタ博士がこちらに歩み寄った。
「アキラ君、何をしているのかね?」
「そこにいたサンドを捕まえました。ミニリュウ以外にも手持ちが欲しかったので」
「あれ? 何も聞こえなかったのじゃが」
「バトル無しの一発でした」
ボールが当たった音を考えると聞こえていると思っていたが、他に気が回らないくらいヒラタ博士は疲れていたのか、アキラがサンドを捕まえたことに全く気付いていない様子だった。
「そうか。良かったの…」
「――あの、何か不味かったのでしょうか?」
もう少し関心を見せるかと思っていたが、どうもヒラタ博士の反応が悪い。
勝手にポケモンを捕まえるべきでは無かったのかと思い始めるが、博士は訳を話し始めた。
「実は…君にはミニリュウ以外のポケモンがいないから、ゴースを譲ろうかと思っていたのじゃ」
「えっ?」
思いがけない博士の言葉に、アキラは驚く。
理由を尋ねるとゴースはボールから出せばイタズラばかりするので、ここ最近は博物館の人間は誰も面倒を見ようともしなかった。ならば野生に還すのが一番良いのだが、逃がせばまた何かしらの問題を起こしそうなので逃がそうにも逃がす訳にいかない。
そう悩んでいた丁度そんなタイミングに、アキラがやって来た。
初めは本当に世話だけのつもりで託したが、思いの外振り回されながらも案外ゴースの手綱を握れていた様子を見て、ヒラタ博士は職員達と相談をした上で彼にゴースを譲ることを決めたのだと言う。
一見すると厄介払いではあるが、ゴースはイタズラばかりしても言うことを全く聞かない訳では無い。寧ろ、ミニリュウよりは手懐けやすい。
その過程で自然とポケモンとの接し方や信頼を得るコツも学んでいけるだろうと考えてのことだったが、伝える前にアキラが新しいポケモンを迎えてしまったので、改めて譲るべきかどうか迷ったのだ。
自分が知らないところで、そんな話が進められているとは思っていなかったアキラは、無意識の内にゴースが入っているボールを取り出した。
面倒なことは今の所寸前で止められているが、何時まで続くかはわからない。
正直に言うと、肉体的に痛い目に遭わない以外はミニリュウ同様油断ならないポケモンだ。
「アキラ君が嫌なら、無理に手持ちに加えんでも良いのじゃが」
「――すぐには決められませんので、もう少しだけ考えさせて下さい」
額を流れる汗を拭い、アキラはそう答えると同時に凝った体を解す。
ミニリュウに比べれば恐怖感に近い気持ちが無いだけマシではあるし、愛着は湧いてはいる。しかし、手を焼くと言う問題点は無視できない為、手持ちに加えるかとなるともう少しだけ考える必要がある。
だけどその前に、自分達にはやることがある。
「調査の続き、どうしますか?」
「――危険じゃからほとぼりが冷めるまで引き上げじゃ」
トキワの森の探索を続けるかどうか尋ねるが、ヒラタ博士は首を横に振って探索継続をやめることを伝える。
今回は運が良かったが、次も必ず逃れられる保証は無い。悔しいが、今の自分達がこの森を自由に動き回るには力不足だ。提案した博士自身も強引に自分自身を納得させている雰囲気だが、命には代えられない。
色々と不満が残る形ではあるが、二人は再び森の中を歩き始めるのだった。
「こっ、今度こそ抜けたぞ~~……多分」
息絶え絶え、見てる方も疲れそうな状態でアキラは真っ暗なトキワの森から這う様に出てきた。
あれから特に何事も無かったのだが、何時襲われるかわからず周囲に神経を張り過ぎて、肉体的にも精神的にも二人は疲れ切っていた。
普通ならこれだけ怖い目に遭ったら、とてもじゃないがやってられない。だけど少しでも求める手掛かりを探したいのなら、多少の危険は覚悟しなければならない。
しばらく倒れ伏していたアキラだったが、背負っている研究機材を下して仰向けに寝転がりながら空を見上げた。既に空は陽が落ちたことで黒く染まり、代わりに無数の星々が鮮やかな輝きを放っている。
「――綺麗だな」
森に入る前は、陽はまだ真上近くにあったのだが、森の中を彷徨っている間に沈んでいた様だ。
それなりに目を凝らしてアキラは星々を見つめるが、当たり前なことだが皆定位置で強弱様々に輝いているだけだ。元の世界に戻れるならどんな形でも良いからと念じるが、現実は信じられないことは起こっても、そう簡単に望みは叶えてくれないらしい。
何の目的で自分はこの世界に連れて来られたのか、それとも目的はあったけど諸事情でこの世界に置き去りにされたのか、確かめる術は今は無い。
出来ることなら、自分がこうして生きている事や何とか無事なのを元の世界の人達に伝えたいが、その手段すら無い。
夜風が吹き、汗で濡れている肌に程よい涼しさを感じながら、彼は腰に付けたモンスターボールに入っているポケモン達と目を合わせる。あまりボールから出さなかったのが影響しているのか、アキラは疲れ切っているのに対してミニリュウ達は元気だ。エネルギーが有り余っていることが、ボール越しでもよく分かる。
「さてと、そろそろ森から離れてニビ科学博物館に戻るぞ」
「わかりました」
不完全燃焼で終わったトキワの森の調査は、またの機会にしようと頭を切り替える。
疲れも汗も幾分か取れたため、ボールを腰に取り付け直して立ち上がったアキラはヒラタ博士に続いた。
そうして帰り道を歩いていたら、彼らは少し離れた草むらから、激しい音と光りが絶え間なく発せられていることに気付いた。
「なんじゃあれは?」
「ちょっと様子を見てきます」
音や光り方を見ると電撃が発せられているらしく、でんきタイプでもこの辺りにいるのか気になったアキラは、道を外れてちょっとした丘を上がって行く。丘の上から見下ろした先では、音と光りを発している元と思われるピカチュウが少年と対峙していた。
少年は優しげに声を掛けてピカチュウに歩み寄ろうとするが、その度に発せられる電撃で阻まれている。先を越されたか、と思うも対峙しているにはちょっと変わっている。
目を凝らして少年の方をよく見てみると、ピカチュウと対峙していたのは彼にとって見覚えのある人物だった。
「レッド? こんなところで何をしているんだ?」
丘から下りながらアキラは、ピカチュウと向き合っているレッドに話し掛けると彼もこちらに気付いたのか振り返った。
「あれ? もしかしてアキラじゃねえか! 無事だったのか!?」
顔の所々が汚れてたりはしているものの、レッドは彼らしい明るい表情で迎えてくれた。
トキワの森で逸れた彼が、会った時よりも元気な姿でいることにレッドは驚くと同時に自分の事の様に喜ぶ。グリーンと会ったのを機に仕方なく探すことを止めてしまったが、今日まで頭の片隅では彼の安否をレッドは気にし続けていた。
偶然ではあったが、意図的に逸れることを選択肢に入れていたことを知らない様子に、アキラは忘れていた罪悪感を感じるが何とか表情には出さずに済む。
「無事だよ。まさか逸れることになるのは予想外だったけど――あそこで不機嫌そうな顔のピカチュウはレッドの?」
話を変える意味で、彼は声を掛けた理由である体中から微弱な電気を発して威嚇しているピカチュウを一瞥して尋ねた。
「ん? あぁ、今日ニビシティの商店街でイタズラしているのを捕まえたんだけど、この通り全然懐いてくれねえんだ」
レッドの話を聞き、改めてアキラはピカチュウの様子を窺う。
体から発する電気は勿論、不機嫌な時の特有のピリピリした空気が周辺に漂っている。似た様に彼もミニリュウと何とか仲良くしようと頑張ってはいるが、結果は乏しくあまり改善されていない。
だけど警告も無しに突然襲ってくるミニリュウと比べれば、レッドのピカチュウはちゃんと警告しているだけマシだ。
「知り合いかアキラ君」
戻って来ないアキラが心配になったのか、ヒラタ博士が丘の上に姿を現す。
「知り合いです。機材は必ず持ち帰りますので、先に博物館に戻っていても大丈夫です」
まだまだレッドと話したい彼は、博士に先に戻る様に伝える。
了承したのか博士はそのまま彼の視界から消えるが、ほぼ同時にレッドはピカチュウをボールに戻した。
「アキラ、さっきのおじさんは?」
「諸事情でお世話になっている人」
「ふ~ん」
研究内容が少々アレなところもあるのであまり詳しいことは話したくないが、レッドの興味無さげな雰囲気にアキラは少しだけ安堵する。
質問攻めを受けたら上手く誤魔化せる気がしないからだ。
そう考えていたら、話題を変えるように彼が話を振って来た。
「そうだアキラ。何とかして懐かないポケモンと仲良くする方法は無いか?」
「それは逆にこっちが聞きたいよ。こっちも色々と厄介なの抱えているから」
「厄介なの? ミニリュウか?」
「え? 何でレッドが知っているの?」
「ミニリュウが入っているボールを拾った時、あんまり大人しくしなかった覚えがあるからそうかな? って思ったんだけどそうなんだ」
自分から教えた訳ではないのに、手にしただけでそこまで察していたことにアキラは驚く。
それからレッドは、アキラの腰に付けられているボールを覗く様に体を屈ませる。
半分は空だが、ミニリュウ以外に二匹のポケモンが彼の元にいるのが見えた。
「アキラのポケモン達を図鑑に記録したいんだけど良いかな」
「良いよ良いよ」
アキラから許可を貰い、レッドは彼の手持ちをポケモン図鑑に記録し始める。
同時に初めて見るポケモン達の名前も一緒に確認していく。
「サンドにゴース…ここに来る途中見掛けなかったのばかりだな」
「やっぱりそう?」
我が強過ぎて十分に御し切れない問題はあるが、序盤でドラゴンタイプにゴーストタイプが手持ちにいるのは、やっぱり出来過ぎなのだろう。アキラはレッドから図鑑を見せて貰い、今手持ちにいる三匹のレベルに能力、覚えている技を確認した。
サンドはレベルも覚えている技も、ゲームで例えればこの時点では妥当だ。
ゴースはまだ正式な手持ちでは無いことや覚えている技はゴーストタイプのみではあるが、レベルはゲームに例えると序盤にしては高過ぎる方だ。
特にミニリュウに関しては彼も悩んだ。レベルはゴースより高く、技は”たたきつける”に”れいとうビーム”などの強力なのを始め、他にも色々と覚えている。
嬉しく思えるどころか、予想以上の強さだ。
「これは苦労しそうだな」
「そうか? 結構強いから悪くは無いと思うぜ」
「そういうことじゃなくて、三匹の中で言うことを聞いてくれそうのはサンドだけだから、何かの時に二匹のストッパーになってほしかったんだけど、これじゃな」
念の為、もう一度ミニリュウのレベルを確認する。
やっぱりゴースよりも上で、この三匹の中でサンドが一番レベルが低い。これではアキラに何かあって、サンドがミニリュウ達を止めようとしても返り討ちにされるのが目に見える。サンドかゴースのレベルが近かった方が助かるのだが、物事はそう都合よくは行かないものだ。
悩みの種が増えて、彼は頭を抱えて溜息を吐く。
「レッド、何とか暴れるポケモンと仲良くなる方法知らない?」
「それさっき俺がお前に聞いたのと同じなんだけど」
レッドもアキラと一緒に考える。
しかし、どれだけ頭を働かせても二人とも手持ちポケモンとの関係を改善する方法が見出せず、お互い顔を見合わせて溜息を吐いた。
能力が高いと人間であれポケモンであれ我儘に、或いは我が強くなる。ただ単に反抗しているだけかもしれないが、指揮官であるトレーナーが頼りないのだから、自力で動いた方が良いと考えているのかもしれない。
仕方ない面もあるが、出来ればそんな苦労や疲れることはしたくないのが本音だ。
「――結局、お互いに気長にやっていくしか無いのか」
「気長って言われてもな。明日はジム戦なんだよ」
「ジム戦?」
レッドに言われて、アキラは頭を動かす。
彼の言葉を切っ掛けに、曖昧だった記憶の一部がしっかりと浮かび上がってきた。
まだレッドに懐いていないピカチュウに、タケシとのジム戦は明日。この二つだけで、彼は今自分がいるこの世界の時間軸を把握する。
だからヒラタ博士は、自分にジムへの挑戦を勧めたのか。
近い内に起きるであろう他の出来事を思い出していたら、彼は何気ないことだがあることが気になった。
「レッド、タケシはいわタイプのポケモンが専門なんだよ。そのピカチュウ”アイアンテール”でも覚えているの?」
「アイアン…何それ? ポケモンの技か?」
「――いや何でもない。元々レッドはいわタイプに有利なみずタイプとくさタイプを持っているんだから、別にそう急いで手懐けることは無いよ」
まだ”アイアンテール”どころか、はがねタイプの存在自体が未確認な時代だったことをアキラは思い出す。何故ポケモンは年々新種が確認されるのかと言う昔からの疑問が湧き上がるが、一旦それは忘れて改めてレッドの手持ちの様子を窺う。
彼の手持ちはピカチュウ以外は疲れ切っているが、タケシ戦には十分過ぎるほど相性の良いニョロゾにフシギダネがいる。
相性的に不利なピカチュウを今の内に手懐ける必要性はあまり無い筈だ。それに関して尋ねると、レッドの表情は不機嫌なのに変わった。
「タケシと戦う時じゃなくてもいいから、こいつでバトルに勝ってグリーンの奴をアッと言わせてやるんだ!」
「…なるほど」
ピカチュウと仲良くなってジム戦に挑むことが、彼にとって永遠の
詳しいことは覚えていないのや後々の落ち着いた印象の方が強いが、この頃のグリーンは確か結構嫌な奴だった気がするのを彼は思い出す。それからアキラは、ちょっと気になっていたこともレッドに尋ねた。
「なぁレッド、ジム戦があるならポケモン達を回復させないとまずくない? 見たところ結構疲れているみたいだけど」
「あぁ、明日の朝一番に回復させる予定だから大丈夫」
「早めに回復させた方がポケモン達のためだと思うんだけど」
「大丈夫だよ。こいつらなら一日くらい。それに今ポケモンセンターに行ったらグリーンの奴に出くわしそうだから嫌だ」
どうやら手持ちが疲れているにも関わらず、レッドがポケモンセンターに向かわなかったのは、彼の楽観視と意地が理由にあるらしい。疲労回復と言う一点を除けば、彼の判断に間違いらしい間違いは見当たらない。
ただ先の事を知っているからなのか自分の事を棚に上げても、アキラから見れば彼の考えはどうしても楽観視している様にしか思えなかった。
「レッド、その楽観視する癖、直した方がいいと思うよ」
「何で?」
「……何となく」
自分も気を付けている筈なのに、この世界を過ごしていくことを楽観視している気がするので偉そうなことは言えないが、この先レッドは色々と酷い目に遭う。今思えばこれから先、彼がトラブルに巻き込まれる原因の多くは、その好奇心や油断、慢心などが原因だった気がしなくもない。
それらのことを思うと、資格が無いとしても忠告せざるを得なかった。
だけど、当の本人はあんまり気にしていないというかわかっていないらしく、忠告は無駄で終わりそうなのをアキラは予感するのだった。
アキラ、新しくサンドを手持ちに加えてレッドとも再会する。
サンドに関しては、今後彼の手持ちの良心としての場面が多くなると思います。
次回はようやくジム戦です。今のアキラでは色んな意味で一筋縄ではいきませんが、やっぱりポケモンと言えばジム戦ですね。
途中でうやむやになったりはしたけどサファイアやプラチナ、ブラックのバッジ集めの過程は見ていてワクワクする。