SPECIALな冒険記   作:冴龍

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示された決戦の地

 逃げ延びたワタル達の不穏な計画が進み始めた頃。辛うじて四天王との激戦を制したアキラ達は、休むことも兼ねて今後の作戦を立てるべく、クチバシティにあるポケモン大好きクラブに集まっていた。

 

 本当はマチスが管理しているクチバジムが規模的には良かったのだが、二年近くも放置しているので中に入るのが面倒などの理由で、ある程度の広さがあって何人かに縁のあるポケモン大好きクラブが選ばれた。隅では、クラブの集会所をカントー地方の命運を賭けた作戦会議の場にされた会長が縮こまっていたが、そんな彼を気にしている暇は無かった。

 

 今この集会所には、テレビ電話越しではあるがエリカを始めとした正義のジムリーダーズにロケット団三幹部、ポケモン図鑑所持者であるレッド達が一堂に会している。

 

 この地方では間違いなく上から数えた方がずっと早いトレーナーである彼らが、共通の目的で集まっているこの場に自分が混ざっていることに、何時ものことながらアキラは場違いに感じていた。しかし、椅子に座ってテーブル越しで向き合っている彼らの空気は、お世辞にも良いとは言えずとても悪かった。

 

「アキラさん……空気がピリピリしていて怖いです」

「儂もちょっと心配じゃ」

「――まあ悪いと言えば悪いね」

 

 何故かアキラはこの空気の悪さがあまり気にならなかったが、イエローと会長の懸念は尤もだ。

 四天王打倒と言う目的は共通ではあるが、本来ならマチスやナツメ、キョウの三人はロケット団に加担していた敵だ。特に一触即発まではいかなくても、テレビ電話越しであるにも関わらず正義のジムリーダーズと悪のジムリーダーズの空気は非常に悪い。レッド達三人もさっき共闘したこともあるが、それでも微妙に警戒しているからなのか、悪い事には変わりない。

 

 唯一救いがあるとすれば、この空気にマチスはイライラ気味ではあるものの、ナツメとキョウの二人は涼しい顔で受け流していることくらいだ。

 

 休息と今後の作戦会議のつもりで集まったと言うのに、互いに対立していては意味が無い。

 誰かこの状況を打開してくれる者はいないかとアキラはさり気なく見渡すが、緊張と警戒しているからなのか皆口は固く結ばれている。時間はそんなに無いのだ。少し気は引けるが、彼は「自分は貧乏くじを引くのには慣れている」と言い聞かせながら口を開いた。

 

「色々言いたい事などは有ると思いますが、今は対立している場合ではありません」

 

 それは勇気を出したと言うよりは、仕方なく声を上げたと言う感じが強かったが、皆一斉にアキラに注目する。

 中でもマチスは、今にも目からビームを出してきそうな凄んだ目付きではあったが、何故か大して怖く感じられなかった彼は、淡々とマチスを自分が連れているブーバーが喋っているのだと脳内変換する。一気に注目されたアキラではあったが、不思議な事に緊張感があまり感じられなくて、かなり平常心でいられた。

 

 それから少し間を置いて周りの様子を確認すると、彼は立ち上がった。

 レッドか誰かがこの流れに乗ってくれるかと思ったが、結局皆自分に視線を向けるだけなのだ。自分が司会・進行の役を担うのに相応しくないことは自覚しているが、こうでもしないと話は進みそうに無かった。

 

 用意して貰ったホワイトボードに、アキラは黙々と四天王の名前やそれぞれが連れている手持ちポケモン、専門タイプなどの情報を書いていく。

 最初は漠然と見ている者が多かったが、どんどん書かれていく四天王に関する情報にジムリーダー達は目を瞠る。

 

「現段階で得られている情報を纏めますとこうなりますが、何か他に情報を持っている人はいませんか?」

 

 すっかり進行役になったアキラは、大体を書き終えると向けられている幾つかの鋭い視線を気にすること無く尋ねた。先の戦いで得られたのも含めて、今自分が知っていておかしくない限りのことは全て書いたつもりだ。出来れば自分以外からも何らかの有益な情報を得たいものだと意見を募ったら、グリーンが手を挙げた。

 

「奴らの本拠地に関する情報だが、武者修行のついでに調査したところ、普通の地図には無いスオウ島と呼ばれる場所だということがわかった」

『うむ。その島に関しては私の方も独自に調査を進めて、詳細な島の形や位置はわかっている』

「だろうな」

「えぇ」

「…ふん」

 

 グリーンからもたらされた情報に、カツラもテレビ電話越しではあるが補足を加える。

 今まで不明だった四天王が拠点としている場所。

 グリーンやカツラ以外にもロケット団側の三人は知っていたらしいが、知らなかった面々からするとかなりありがたい。これで敵が本拠地を移動させたりしない限り、今すぐにでも乗り込んでいける。

 

「他に何か」

 

 スオウ島の名称もホワイトボードに書き加えて他の情報を促すと、次にレッドが手を挙げた。

 

「これはちょっと情報と言えるかわからないけど、あいつらも一枚岩じゃないかもしれない」

『一枚岩じゃない?』

 

 カスミの疑問にレッドは彼女だけでなく、皆に説明する。

 レッド曰く、シバは四天王に身を置いているが、そこまで四天王の目的であるポケモンの理想郷建国には興味が無さそうなのやどうも意思に反して操られる時があるらしく、さっきの戦いでも操られていた時と同じ様子だったと言う。

 

「おいおい、確かにあのガチムチの様子はおかしかったけど、そんなことがあるのか?」

「いや、私も戦いながら他を見ていたが、あれは自分の意思で動いているとは考えにくい」

 

 マチス辺りは疑問を零すが、ナツメは理解があるのか肯定的だ。

 今思えば、キクコはゴーストポケモン以外のポケモンには、シバが腕に付けているのとよく似たものを付けていた。第二章で何があったのかや物語の流れをアキラは知らないが、彼の中であの老婆が全てまではいかなくても、ワタルをそそのかした黒幕的な存在である可能性は更に高まった。

 

「後は、カンナが使う氷人形には注意するべきだ。あれは……かなり厄介だ」

 

 手首を抑えながら、レッドは受けた時の出来事を思い出しながら語る。

 ただのポケモンの技でも痛いのに、カンナが使って来ると言う氷人形は、動きを封じたり凍らせる以外にも彼の様子を見る限りでは、どうやら手足の痺れなどの後遺症を残すものらしい。もし戦うとしたら、一番警戒するべき人物であり技であるのは確実だろう。

 

「今二人が話してくれたこと以外でも、何か情報は無いでしょうか?」

 

 これらだけでも十分な情報ではあったが、もっと欲しい。

 レッドが話してくれた内容も書き加えながら尋ねると、今度はブルーが手を挙げた。

 今思えば、さっき合流するまで彼女は自分達とは、ほぼ別行動だった。何か自分達も知らない情報を持っているかとアキラは期待したが、予想もしていなかった言葉が出た。

 

「多分……これは結構重要だと思うわ」

「重要?」

「えぇ」

 

 アキラの問い掛けに、普段の小悪魔的な表情を消した真剣な顔でブルーは前置きをする。

 

「ワタルと戦うとしたらイエローが一番…いえ、イエローが持つ力が無いともう一度勝つことは難しいと思うわ」

「……え? 嘘?」

 

 ブルーの発言に、アキラは思わず信じられない様な反応を見せ、話に挙げられたイエロー本人も無言ではあったが驚きを露わにしていた。

 彼は第二章はイエローの物語なのだから、主人公である彼女が四天王、或いはボスであるワタルと決着を付けると言う感じで考えていたが、どうやらハッキリとした理由がありそうだ。

 

「何でイエローの力が無いと難しいんだ? さっきは苦戦こそはしたけど、イエローが前面に出なくても勝てたけど…」

「それはワタルがトキワの森の力を使っていないからだと思うわ」

 

 アキラの疑問に、ブルーは単純明快に答える。

 話を聞けば、ワタルはイエローが持っているのと同じトキワの森の力の持ち主であり、対抗するには同じトキワの森の力を持つ者とそこの出身者のコンビが一番なのだと言う。

 本当にその不思議な力を持つ者でなければ勝つのは難しいのかと、ジムリーダーを中心に半信半疑の空気が広がるが、トキワの森の力についてある程度知っていたアキラは少し納得していた。

 

 さっきの戦いで回復道具を持っている素振りは無かったのに、何故ワタルのポケモン達が回復できたのか疑問に思っていたが、確かに辻褄が合う。ポケモンの傷を癒したり心を読み取るくらいなら、別にイエローが相手にする必要は無いが、トキワの森の力の全容をアキラ達や持ち主であるイエロー自身も知らない。

 もしワタルが誰も知らないトキワの森の力が持つ能力を使って本気を出してきたら、同じ力を持つイエローがいないと対抗するのが難しいことは理解できる。

 だが問題があるとすれば――

 

「仮にその話が本当だとしても、麦藁帽子の小僧が……あの生意気なドラゴン野郎と戦うってことか?」

 

 どう考えても無理だろ、と荒っぽいながらもマチスの意見はわからなくもない。

 実力は今ここにいる面々、集まりの場にされた会長を除けば一番非力で、手持ちも本人の方針で未進化ポケモンばかりだ。確かに四天王最強であるワタルと戦うには不安要素だらけではあるが、アキラには他に気になる事があった。

 

「あのマチス…小僧って言ってもイエローは――」

「アキラストップ!!」

 

 「女の子です」と言おうとしたが、ブルーから大きな声でストップを掛けられた。

 何故?と思ったが、ブルーが念入りに黙る仕草を見せるので、取り敢えず言われるがままに黙る事にした。

 そんな中、イエローは自分が持っている力が強大な力の持ち主であるワタルに対して、そこまで重要な鍵を握っているとは夢にも思っていなかったのか、真剣な表情で考え込んでいた。

 

「イエロー、貴方にとって過酷な運命を強いているのはわかっているわ。でも、この戦いでは貴方の力が必要なの」

 

 改めてブルーは、プレッシャーを与えてしまうのを承知の上で重く告げる。

 皆の注目と彼女の言葉を受けて、イエローは静かに今までの旅と戦いを振り返った。

 

 自分には、レッドを助けられるだけの力がある。

 

 旅立つ切っ掛けとなったブルーから告げられたその言葉と彼に抱いている憧れ、そして力になりたいと言う想いを糧に、イエローはここまで来た。

 だけど、旅に出てから直面した幾多の危機を自力で乗り切ったことはあまり無い。

 自分一人でワタルに挑むとは限らないが、もし一対一で彼と対峙するとなったら勝てる自信は無かった。

 

「……確かに…この中では僕が一番弱いです」

 

 ハッキリと周りだけでなく、自らも感じている事実をイエローは告げる。

 キョウとナツメは静かな眼差しを向けるだけだったが、マチスは露骨に苛立ちを見せている。弱いことはわかっているのだから、どうするんだ?と言わんばかりの威圧感ある目付きだったが、イエローは怯まなかった。

 

「ですが、だからと言って諦めるつもりはありません。信じられない、頼りにならないと思う人はいるかもしれません。だけど――」

 

 ブルーが話していたことが本当で、自分が大切にしているこの力をワタルが悪用しているのだとしたら、尚更見過ごす訳にはいかない。

 今はあんな振る舞いだが、トキワの森の力を持っているのなら、ポケモンや誰かを思い遣る気持ちがあるはずだ。もう説得しても止まらないとしても、何故こんな事を始めたのかの理由も含めて、ワタルには聞きたい事が山程ある。そして何より――

 

「これ以上…彼が誰かを傷付けるのを…僕は止めたい」

 

 先程ワタルに最後の一撃をピカチュウにお願いした時に抱いた決意を胸に秘めて、イエローはハッキリと自分がワタルを相手にするのを口にする。

 さっきまでの弱々しい姿とは違うイエローの姿に、テレビ越しで見ている四人のジムリーダー達は勿論、この場にいる悪のジムリーダー達も程度はあれど感心する。周りの反応を見て、アキラはこれでイエローがワタルと戦うのは決まりだろうと考えるが、まだ問題はある。

 

「イエローがワタルと戦うのは確定として、一人で立ち向かわせるのは酷だろうね」

 

 イエローは戦う決意をしたが、幾ら決意が固くても実力差を覆すことは容易では無い。

 ワタルに止めを刺す役目を任せるとしても、誰かの助力前提でも良いからそこまで追い詰める必要がある。

 

「誰かと組んで、手助けして貰う必要があるわね」

「なら、これが必要ね」

 

 ブルーの提案にどこからかナツメはスプーンを取り出すと、それを自らが持つ念の力でレッドを除いた面々に行き渡らせた。

 

「これって?」

「”運命のスプーン”よ。これでイエローと組むべき相手や他にも組むべき者同士の組み合わせを決める」

 

 ナツメの説明にアキラは納得するが、渡されたスプーンはどこか既視感があった。

 確かこれは――

 

「これって……お前のスプーンだったのか」

 

 懐からレッドは、今アキラ達に行き渡ったスプーンとは別に所持している先が曲がっているスプーンを取り出す。そういえばこのクチバシティに来る時、彼はあのスプーンがここに曲がったのを見て行くことを決意していた。

 サカキがレッドにスプーンを渡した時に告げた「再び決戦の地へと導く」と言う言葉を信じるのなら、あの時スプーンが曲がったのは、さっきの戦いを予期していたからなのだろう。

 そのことを考えれば、このスプーンによるペア決めは信用できる。人数的にも、今この場には今八人いる。

 つまり分かれて戦うとしても、最適なペアが四組出来ると言う訳だ。

 

「戦う気持ちを念じなさい」

 

 ナツメに言われた通り、アキラ達は戦意を抱きながらスプーンに念じ始めたが、念じながらアキラの中にはある疑問が浮かんでいた。今この場には四人組を作るのに丁度良い人数である八人いるが、本来なら自分はいないはずだ。

 ならば本当の八人目は誰なのか。

 

 そんなことを考えていたら、彼らが手にしていたスプーンは一斉に曲がる。

 レッドはマチス、グリーンはキョウ、ブルーはナツメと組むべきなのを曲がったスプーンは示していた。偶然かどうかは知らないが、それぞれ二年前のヤマブキシティでの決戦で戦った者同士の組み合わせであることに、彼らは気付いていたが特に気にしていなかった。

 しかし、残る二人にちょっとした問題が生じていた。

 

「あの…僕とアキラさんのスプーンは曲がらないのですが」

「う~ん…」

 

 他の三組はスプーンが組むべき相手を示したが、アキラとイエローのスプーンだけは曲がっていなかったのだ。普通に考えれば曲がっていない者同士ではあるものの、二人は組むべきだと思われるが、ナツメは意外なことを告げる。

 

「”運命のスプーン”は戦う意思が無い、或いは組むべき相手がいない場合は反応しないわ」

「そうなると…俺とイエローは組むべきでは無いってことか?」

「え!? それじゃどうしたら」

 

 アキラは納得気味ではあるが、イエローは目に見えて動揺する。

 スプーンの組み合わせを無視して彼と組むのが道理だと思ったが、今の話を聞くと彼と組むには致命的に悪い何かがあるのだろうか。不安気な顔のイエローを見て、アキラは念の為ナツメに尋ねる。

 

「もしスプーンの組み合わせを無視して組んだらどうなります?」

「組むべき運命でも無いにも関わらず組んだ場合? フフ、どうなるのかしらね」

 

 ナツメも良く知らない様子だが、最後の意味有り気な発言が少々恐ろしい。どうしたらいいのかイエローは困るが、理由に関してアキラはある程度は納得出来ていた。

 しかし、ここにはいない本当にイエローと組むべき相手はどこにいるのだろうか。

 可能性が高いとしたら、テレビ電話越しで見える四人のジムリーダーの誰かなのでは無いかと彼は目星を付ける。

 

「――あのすみません。四人の中でスオウ島へ行くことを考えている人はいますか?」

『勿論考えているけど』

『距離的に私が一番近いから、私がすぐに迎えるだろう』

 

 四人とも行くつもりではあるが、今の発言からイエローと組むべきなのはカツラの可能性がアキラの中に浮かんだ。

 単純に彼のいるグレン島がスオウ島に近いと言う理由だが、他にも何かある筈だ。それにスプーンが示す結果を見て、本当に自分が彼らと一緒に行くべきなのか少し疑問に感じていた。

 

「このスプーンは持ち主がどこに行くべきかも示してくれますか?」

「あら、何でそんなことを聞くのかしら?」

「レッドの例を思い出して、ちょっと気になりまして」

 

 自分がイエローと組むべきでは無いのは、自分自身にも理由があるかもしれない。

 本当に自分はこの戦いに加わるべきなのか、そして戦うとしたら彼らと一緒なのか、それとも考えが及ばない別の何かなのか、それをハッキリさせたかった。

 

 アキラの申し出にナツメは不思議そうだったが、一理あると判断したのか再び八人全員の”運命のスプーン”に念を送る。

 すると、今度は全員のスプーンの先が曲がった。

 

「この方角は…スオウ島か」

 

 手にしているスプーンが曲がった先を見て、グリーンはそれがスオウ島がある先なのに気付く。

 最初は半信半疑だった彼だが、大雑把とはいえここまで決まった方角に曲がると、ナツメの超能力を信じざるを得ない。

 

「僕も曲がりました」

 

 さっきは無反応だったイエローのスプーンもレッド達と同じ方角を示していた。

 つまり、イエローもまたレッド達と一緒にスオウ島へ向かうべきなのを意味している。

 そして言い出しっぺであるアキラのスプーンは――

 

「……真下?」

 

 七人は同じ方角なのにアキラのスプーンだけは、何故か真下に曲がっていた。

 

「意外ね。貴方の事だから一緒に戦うと思っていたけど、戦う場所は同じじゃないって事ね」

「ちょっとお姉さま。本当にこのスプーンは信用できるのかしら?」

 

 七人は同じなのに対して彼だけ違う向き、しかもアキラはさっきの戦いでは勝利に大きく貢献したのだ。それなのに彼は、部外者まではいかなくても一緒に行くべきでは無い様な結果にブルーは納得できなかった。

 

「待てブルー、確かに俺も同じ気持ちだけど、少なくとも俺はこのスプーンの向きに従って間違ったことは無かった。それだけは信用できる」

 

 文句を言うブルーをレッドは制する。

 残念なのは確かだが、アキラの戦うべき場所が自分達とは違うのは本当のことだろう。

 だけど、それでもレッドはこのスプーンが示した結果よりも、アキラがこの結果が当然であると受け入れた様子であるのが、どうしても納得できなかった。

 

 初めて会った時からそうだ。

 どれだけ親しく過ごしても、彼は近くて遠い、とまではいかなくても何か肝心なところまでは踏み込ませてくれない。だからと言って、彼が自分達を信じているのや友人だと思っているのが、偽りのものであると感じたことも考えたことも一度も無い。

 しかし、今回レッドは何時も以上に強く心に引っ掛かるのを感じた。

 

「なあアキラ、何でお前は――」

 

 ブルーとは違って、不服どころか納得した様子なのは何故なのか尋ねようとした直後だった。

 轟音が響き渡ると同時に、彼らがいる建物が軽く揺れた。

 

 

 

 

 

 ―――――

 

 

 

 

 

「う~む…」

「あの動きだとあんな感じになるから、こういう時の対処と改善点は――」

 

 隣で悩み顔を浮かべて座っているコガネ警察署の署長を余所に、アキラは筆記用具を片手に目の前で繰り広げられているバトルについて色々書き留めていた。

 

 現在アキラと彼の手持ちの六匹は、署長と一緒にコガネ警察署内にある屋内施設に設けられた観客席から、講習参加者同士によるダブルバトルを見守っていた。

 この形式でのバトルを行っているのは、最近正式なポケモンバトルの形式に加えられたということもあるが、一番の理由は対ロケット団戦を想定しているからだ。ロケット団とのバトルは、下っ端だろうと幹部格だろうと素直に一対一でバトルする訳が無い。大体が数と数のぶつかり合いだ。

 その為、ポケモントレーナーとしてのルールやモラルが適用されることが無いのは当然として、一般的なバトルの戦術が通じないこともザラにある。

 

 なので、彼らが複数のポケモンが入り乱れる戦いをどう捌くのか気になっていたアキラは、こうして今回の講習最後の予定に組み込んでいた。

 

「合体技かオリジナル技でも出ないかなと思ったけど…やっぱり難しいか」

 

 そしてアキラの予想ならぬ懸念は、全てまではいかなくても結構当たっていた。

 始める前に確認したが、こうして警察組織に属している以上、既にロケット団などの相手をする時に数と数の戦いを経験している者は何人かはいた。だがシングルバトルの時点で苦労する者は多かったのだから、動くポケモンの数が倍になるダブルバトルになると、もう動きはちぐはぐだ。

 

 二匹同時に技の指示を出そうとしたが、一匹には伝えられても続く二匹目には伝え切る前に攻撃を受けて中断されるパターン。

 トレーナーの指示が片方のポケモンに偏ってしまって、もう片方のポケモンは戦っている方の邪魔にならない様に何もせず一歩下がってしまうパターン。

 ピンチの状況下で技の指示をするべきか、もう一匹のポケモンに助けて貰った方が良いのかトレーナーが迷ってしまうパターン。

 

 今日学んだ方法を試したり、活かそうとする者は少なく無かったが、やはり行動や状況判断が遅くて上手くいかない。

 何が原因にあるのかを観察し続けていたが、原因にはトレーナーがシングルバトルと同じ感覚でやってしまっているからだとアキラは見ていた。それは単純に一匹に指示が集中してしまうと言う意味ではなく、各ポケモンの行動全てを思い通りに動かそうとしている事だ。

 

 トレーナーがバトルの流れを把握して、対策や攻撃のタイミングをしっかり考えて、ポケモンはトレーナーに言われた通りの行動を実行する。

 ポケモンバトルに関する本でも、基本として書かれていることが多い戦法だ。

 

 確かにポケモントレーナーは、手持ちポケモンを勝利に導く役目を持つ指揮官的な存在なので、ある程度はこちら側が考えた通りに手持ちが動いてくれないと困ると言えば困るので間違ってはいない。しかし、シングルバトルの時点で一匹のポケモンを上手く導けないのでは、二匹に増えたダブルバトルで同じ様にやっても上手くいく筈が無かった。

 

「思う様に動けないものですな」

「こういうのは、日頃から訓練していないと混乱しますからね」

 

 確かに訓練を重ねれば多くは改善されるだろうけど、それでもダブルバトルにおいてトレーナーに要求される能力はシングルバトル以上だ。注意しなければならないポケモンの数は相手だけでも倍の二匹、これだけでもトレーナー側の負担はシングルバトル以上である。

 

 アキラも複数のポケモンを同時に戦わせることに慣れているとはいえ、それぞれの状況に応じて流れる様に適切な指示を伝えていくことは困難を極める。

 最近とある改善方法を考案したものの、まだ試行錯誤中なので本当に効果があるのかはまだ未知数だ。

 

「お前ら、露骨に不満そうな目で見るな」

 

 一緒に眺めている手持ちの一部から不穏な空気が漂い始めたのを感じ取って、アキラは先手を打って忠告する。その一部は、指示待ちで固まっているポケモンが多いことに不満気だが、そもそも一般的なトレーナーの視点から見たら、アキラ達のやり方は常識外れだ。

 

「確かに自己判断で動けと思いたくなる場面はあるだろうけど、誰もがお前らみたいに動ける訳じゃないんだぞ」

 

 指示には無い手持ちの勝手な動きや自己判断を、咎めるどころか許しているトレーナーなど居たとしてもそう多くは無い。

 それに彼らの戦い方は出来る下地があったとはいえ、皆軒並み知恵が働くと言う他にはあまり見られない特徴があるからこそ、実現できている面もある。自分達はそうやった方が上手くいくだけなのであって、必ずしも誰もが同じやり方をすれば上手くいくとは限らない。固い信頼関係を築けていたり、訓練次第では出来る人はいるかもしれないが、それでも万人向けと呼べる戦い方ではまず無い。

 

 そして彼らが不満を抱いている今目の前でダブルバトルを繰り広げているポケモン達は、トレーナーを信じているが故に、どうしたら良いのか迷っている様にアキラには見えていた。

 助ける為に勝手に動いて良いのか、それとも指示があるまで動くべきでは無いのか、中には自由に動いて良いと言われたものの、どこまで自由に動いて良いのか戸惑うのもいる。

 慣れない状況と経験の無さが、トレーナーだけでなくポケモン達の判断も鈍らせている。

 

「ロケット団対策も…課題は山積みか…」

「確かに課題は山積みですが、すぐに何とかなるものでもありません。初めにお伝えしました様に、地道に日々訓練や教育に力を入れたり、定期的にジムリーダーなどの実力者を講師として招いての講習会みたいなのを行って貰うのが現状改善の近道です」

 

 手っ取り早く強くなりたいならトレーナー自身が勉強することもそうだが、今回依頼された自分が言うのもあれではあるが、ちゃんとした指導者の元で指導を受けるのが一番良い手段だ。

 誰かからの指導で形やレールを授けて貰うと聞くと、教えられた方法や道以外のやり方が出来なくなるマイナスのイメージはある。だが、”形稽古”という言葉が存在している様に、まず最初に基礎的な部分から学んで新しい可能性へと繋がる下地を作らなければ何も始まらない。

 

 レッドの様に他者と切磋琢磨していたとはいえ、ほぼ独学で強くなった例は確かにある。だけど彼の場合は、無自覚に基礎を固めたり相手の戦い方を学び取ったりとトレーナーとしての能力が桁違いに優れているだけなので、普通の人は真似するべきでは無い。

 

 そしてアキラ自身も、ゲームでの知識やこの世界ではどういう戦い方があるのかを知っているなどの下地があったが、それだけでは不完全なので自分よりも優れたトレーナーの助言や指導を受けてきている。工夫を凝らしたり効率化させることで過程を短縮したりスムーズにする手段もあるが、どの方法で強くなろうとしても結局積み重ねることには変わりない。

 

「後出来る事でしたら……警察と言う組織に属しているからには、数の利点を活かす訓練も良いですけど、トレーナーが自分の強味、自分が有利に戦える土俵を見出すのも良いと思います」

「ふむ。自分の強味を前面に出すか……」

 

 心当たりがあるのか、署長は納得する。

 戦いは、如何に相手の強味を封じるのも大事だが、自らの強味を最大限に引き出すのも重要だ。

 今回の講習に参加した警察官達の中には、勝ちパターンに似た得意な流れを持った人が何人かいるが、彼らはそれが自らの強味であるのをあまり意識していない。終わったら意識出来る様に指摘したり助言する予定だが、自覚してくれればただ漠然と攻撃するよりも効率良いことを認識したり自らの力に自信を得られる。

 それ以外にも、更に発展させることやどんな状況であってもその勝てる流れに持ち込もうと言う意識と工夫が生まれるはずだ。

 

「参考と言う意味で尋ねるけど、アキラ君にもあるのかな?」

「何がです?」

「自分の強味……自分の土俵と言える様な」

「――土俵とまで言えるかはわかりませんが、あると言えば…ありますね」

 

 署長が尋ねてきた内容に、アキラは少し迷いながらも不敵な笑みを浮かべる相棒の姿を一瞥してから答える。自分も昔は今目の前で戦っている彼ら同様に、自分達の強味や有利に戦える土俵は何なのか具体的にイメージ出来なくて右往左往していたが、今ならある程度は理解出来ている。

 

「複数のポケモンが入り乱れる乱戦やルール無用の野良バトルでしたら、自分達は得意ですね」




アキラ達、四天王本拠地であるスオウ島へ行く準備と覚悟を決めるが、何故かアキラだけは一人違う戦いの先を示される。

アキラがイエローと組まない流れになるのは、恐らく多くの人の予想に反していると思いますが、運命のスプーンでのペア決めでは彼女と組まないのは最初から決めていました。
レッド達とは一人戦う場所が違うアキラがどうなるのかについては、詳しくはネタバレになるので言えませんが、彼の戦いはここでは終わりません。
彼が存在しているのと、一度四天王達を負かしたことで流れが変わっていますしね。

読んでいて何か作中でどことなく違和感を感じる人がいましたら、その感覚は恐らく正しいと思います。

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