SPECIALな冒険記   作:冴龍

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成すべき事

「何だ!?」

 

 突然の轟音と揺れに、マチスは吠える様に怒鳴る。

 反射的に反応してしまったが、軍人としての経験が豊富な彼は、外で何かが爆発したのではないかとすぐに直感する。立ち上がったグリーンは、すぐさま窓を隠していたカーテンを退かして外を確認すると、夜に包まれたクチバシティの一角が炎に照らされているのが見えた。

 

 詳しくはわからないが、何かが起きていることは確かだ。

 急いでアキラは外に飛び出すが、距離があるはずなのに火の手が上がっている場所から人々の悲鳴が聞こえてくる。街がパニックになっているのは半年前の巨大サイドン騒動を彷彿させたが、クチバの街に起きている異変の原因が何なのか、燃え盛る炎に照らされているおかげでわかった。

 

「あれって…ポケモン?」

 

 街の空を埋め尽くしていると言っても言い過ぎで無い程のおびただしい数の影を見て、ブルーは半信半疑で呟く。

 

「ハクリューにプテラ、カイリューらしき姿まで…どれもワタルに関係がありそうなポケモンばかりだな」

 

 ブルーの疑問に、アキラは補足する形で付け加える。

 しかも爆発が起きている遠くの方では、空を飛んでいるドラゴン軍団以外の何かも暴れている様であった。どうやら四天王達は自分達の専門、或いは関わりのあるポケモン達を何らかの手段で大挙させてきたようだ。

 

「俺のクチバが!」

 

 クチバシティが攻撃されているのが許せないのか、ただでさえイライラ気味であったマチスは怒りを露わにする。そんな今にも荒れ狂う猛牛の様に走ろうとする彼を、キョウやレッドが急いで抑えに掛かる。

 

「落ち着けマチス!」

「そうだぞ!」

「うるせぇ! 自分の街を好き勝手にされて黙っていられるか!!」

 

 ジムリーダーの立場を利用して悪事を働いていたり、潜伏に利用するなどしてきたが、それでも彼なりにクチバシティには愛着があった。行方不明だった二年間ほったらかしにしていた事実を棚に上げてはいるが、抑え付ける二人を激怒したマチスは鍛え上げられたフィジカルにものを言わせて振り払う。

 

 このままでは本当に殴り込みに行きかねないと誰もが思った時、アキラがマチスの目の前に立ちはだかった。

 一見すると無謀ではあったが、どういう訳か彼の目の感覚はまだ維持できているので、アキラから見てマチスの動きは手に取る様に読めた。

 

 正面から止めようとしたら、間違いなく突進してくるジープに挑む人間みたいに跳ね飛ばされるのは目に見える。なのでどこをどの様にすれば自分はあまり被害を受けず、彼を止めることが出来るのかをよく観察する。自身の妙な冷静さにどこか驚きながら、アキラは真っ直ぐ走ってくるマチスを遠心力を利用して上手い具合に引き摺り倒すと、そのまま抑え込んだ。

 

「あれ? 何かアッサリ」

 

 仮に引き摺り倒すことに成功しても問題は取り押さえた後と考えていたのだが、意外にもマチスの抵抗は無い。正確にはもがいてはいるのだが、はち切れんばかりの筋肉が付いた肉体にしてはヤケに弱々しかった。

 

「何だ!? どうなっていやがる!」

「いや、普通に抑え付けているだけですが」

「そうじゃねぇ! どんだけ()鹿()()なんだ!」

「?」

 

 最初は本気で力を入れていたが、予想以上に抵抗が弱かったので今はそこそこ力を抜いている為、アキラはマチスの言っている意味がよくわからなかった。

 一体どういうことなのか、詳しく聞こうとしたがその前にナツメとキョウが横に立った。

 

「マチス、私達が向かうべきなのは今襲われている街では無くてスオウ島」

「冷静になれマチス」

「……ちっ」

 

 流石に頭が冷えたのか、マチスは大人しくなる。

 もう大丈夫だとアキラは判断して離れるが、彼は自分が持つ”運命のスプーン”を見つめる。

 

「…俺の持ってるスプーンが真下に曲がっているのって」

「今クチバシティを襲っている四天王配下のポケモン軍団と戦うって事ね」

 

 何の感情も無く淡々とナツメは告げるが、アキラの中ではしっくりきた。

 昔だったら「無理」や「何かの間違いですよ」くらいの文句を言っていたかもしれないが、そんなことは言っていられない。

 彼らの手助けをする為にも、自分は今回戦うと決めたのだ。

 そしてこれからレッド達は、最終決戦の場であるスオウ島へと向かう。心配を掛けてしまうだろうけど、彼らの負担を減らす為にも、この場で起きている戦いは自分が引き受けるべきだ。

 

「イエローは…」

「今連絡があったけど、カツラさんが現場に急行してくれるって」

「…そうか」

 

 気になっていたイエローが組むべき相手だが、レッドから新情報を伝えられてアキラはひとまず安心する。ハクリューのことで少々トラブルはあったが、カツラは実力的にも人格的にも頼りになる人だ。これで懸念していたイエローが一人でワタルに挑む可能性は大きく減った。

 

 燃える炎に照らされているクチバシティに、アキラは目を向ける。

 これからあの惨劇を引き起こしている存在達と戦わなければならないと言うのに、自分でも違和感を感じるくらい不安な気持ちは湧かなかった。

 だけど、ハッキリと意識していることはあった。

 

 ここが自分の戦いの場。

 そして自分は力が及ぶ限りやれることを尽くすだけだ。

 

「アキラ……もし無理と感じたら迷わず逃げろよ」

「レッドの方も…無理はするなよ」

 

 互いに身の心配をするが、健闘と無事を祈って手を固く握り合うとレッドはグリーン達やロケット団三幹部と一緒にスオウ島に向かうべく、クチバ湾へと走って行った。

 それをアキラはクチバシティから起こっている爆発と火の手が照らす光を背景に見送り、彼らの姿が見えなくなったのを機に街を見据えた。

 

「あのアキラ君…」

「大丈夫ですよ」

 

 ポケモン大好きクラブ会長が心配そうに声を掛けるが、アキラは何一つ不安を抱いていない様に答える。あの渦中に首を突っ込んで本当に無事でいられるかの保証は全く無いが、恐怖も無い。

 

 腰に付けていたモンスターボールから、アキラは手持ちの六匹を出す。

 先程の戦いでハクリューがカイリューに進化したことで、遂に彼の手持ちは現段階では一応の完成を見た。昔だったら何匹かは不安気な顔を浮かべて落ち着きが無くなっていたかもしれないが、自分同様に経験を積んできたおかげか、全員彼が確認するまでも無く戦う意思を固めていた。

 

「これから戦いに行く訳だけど、マズイと感じたらすぐに逃げるぞ」

 

 気合を入れている割には水を差す様な消極的な発言ではあるが、引き際を見極めるのは大事だ。

 助けの手は恐らく無い。

 どれだけの数が街を襲っているかは不明だが、自分達では時間稼ぎや敵の注意を引き付けるので精一杯だろう。しかし、それでも彼らは互いに顔を見合わせると、不敵な笑みと共にやる気に溢れた顔をアキラに見せた。

 正に準備万端と言ったところで、彼らの答えに彼は満足だった。

 

「さて…行くとするか」

 

 以前ならあまり見せない好戦的な笑みをアキラは浮かべて、赤く照らされているクチバの街へと彼らは走り出した。

 

 

 

 

 

 未曽有の災害に見舞われているクチバシティを背に、レッド達はギャラドスを始めとした水ポケモンや空を飛べるポケモン達に乗っていた。

 

 目指す先は、四天王が拠点としているスオウ島だ。

 

 彼らを倒さない限り、この戦いに終止符を打つことは出来ないのだ。先程の戦いでは四天王達には逃げられたが、今度こそは、と皆力と決意を入れていた。

 

 そんな中、徐々に離れていくクチバの街並みを見つめながら、イエローはこの先に不安を感じていた。

 これから自分が戦わなければならない相手であるワタル。

 カツラと合流する話にはなっているが、最終的に彼を倒したり負かすなどの決め手になるのは自分だ。さっきは皆に認めて貰う意味でも決意を固めて見せたが、もう一度振り返るとそんな大役をこなせるかがやはり気になってきた。

 

「イエロー、不安になる気持ちはよくわかる」

 

 イエローの不安を感じ取ったレッドは、少しでも不安を和らげようと励ます。

 彼もまた、ヤマブキシティでの戦い、サカキとの戦い、いずれも運命のイタズラなのか絶対に負ける訳にいかない戦いを経験してきた。

 これからイエローが挑まなければならないワタルとの戦いも、この地方の行く末を考えると負けられない戦いになるだろう。たった一人の、それも旅立ったばかりの子どもにカントー地方の未来を託すなど重過ぎるが、それでもやらなければならない。

 

「出来る限りお前の手助けはしたい。けどアキラも言っていた様に、最後はイエローだからな」

「……はい」

 

 不安は拭えないが、憧れの人に直接声を掛けて貰えて、イエローは心の底から勇気が湧き上がるのを感じた。

 勝てる勝てない関係無く、同じ故郷の力をこんなことに使う彼を止めたい気持ちは本当だ。

 ここにはいないアキラやジムリーダー達も、今頃自分達が果たせることをやっている。

 自分もどれだけ重くてもやるべき事――使命を果たさなければならない。

 

「一番良いのは、俺達がワタル以外の四天王をさっさと叩きのめして、麦藁帽子の小僧に加勢することだがな」

「だが先の戦いで四天王は一度我らの前に敗走している。次に相対した時は一片の油断も無いだろう」

「正面から戦うのは厳しいわね」

 

 冷静にロケット団幹部である三人は、再び戦うであろう四天王達の動きを分析する。

 自らの実力に絶対の自信があるのか、四天王達はどうも慢心する傾向があったが、一度負けたとなると慢心はせずに最初から全力で挑んでくる可能性が高い。彼らの予想に、レッド達と一緒にギャラドスに乗っているブルーはどうしたらいいのか悩む。

 実力に関しては自信はあるものの、流石に正面から四天王に対抗できるつもりは無い。一応ルール違反ものの隠し玉――切り札を用意してはいるが、それでもどうなのか。

 

「そういえばマチス、アキラに抑え付けられていた時ヤケに大人しかったな」

「ああぁ!? あれは野郎の力が予想以上だったんだよ」

「――アキラってそんなに力あったっけ?」

 

 話を振られたマチスは怒鳴る様に返事を返すが、内容にレッドは首を傾げる。

 確かにアキラは細身なのに妙に体重が重い点はあるが、だからと言ってそこまで腕力があるとは思えないし、それだけ力があるのなら日常的に活用しているはずだ。良く知る彼の姿とは合わないが、訳が分からないのはマチスも同じだった。

 

 ロケット団幹部としても軍人としても体を鍛えてきたが、あそこまで動けなくされたのは久し振りの経験だ。新兵時代に教官に取り押さえられたことはあるが、あれは歴とした技からの技術によるものだ。

 

 だが、アキラの場合は引き摺り倒すのに多少の技術は使ってはいたが、倒してからの抑えは純粋な力だけだ。

 どこからあの細身の体から万力の様な力を発揮出来たのか気にはなるが、今重要なのは四天王を倒す事なので、先程の屈辱をマチスは一旦忘れることにするのだった。

 

 

 

 

 

 突然クチバシティを襲った破壊と混乱に、人々は逃げ惑っていた。

 空からは無数のドラゴンポケモンが建物や人々に光線を乱射し、地上ではゴーストやゲンガーの集団にワンリキーの軍勢が建造物を壊すだけでなく、崩れた瓦礫を投げ飛ばしたりと手当たり次第に破壊していく。

 

 正義感の強いトレーナーの何人かがこの危機に正面から挑んではいたが、街を襲うポケモン達の数の暴力に押されて劣勢だった。

 警察もクチバ湾での大事件があった直後だったので動きは迅速ではあったものの、こちらも数の多さと攻撃の激しさに押されっぱなしであった。

 

「今この状況をどうお伝えしたら良いのか、現在クチバシティは野生のポケモンと思われる集団による攻撃を受けています!」

 

 街や人々は大変な状況ではあったが、一部の報道関係者は危険であるにも関わらずこの状況を生中継をしていた。先の事件でロケット団が報道関係者を呼ぶことを求めていたので、その時の関係者がまだ街に残っていたのだ。

 視聴率目当てなのか純粋に情報を伝えたいのかは定かでは無いが、彼らは逃げながら目の前で起きている混乱を実況し続けていた。

 

「君達報道している場合じゃないだろ!」

 

 避難誘導をしていた警察の一人が、彼らに避難を促しつつも報道どころではないことを伝えるも、すぐに彼自身も自分の身を守るのに手一杯になってしまう。

 既にクチバの街は、どこに逃げれば良いのかわからない程の激戦地帯と化している。

 集まった警察官達も街の人達をどこに避難させるべきなのか迷っていたが、こうしている間も街の中心にそびえている高層建築物が轟音と土埃を上げながら崩れていく。

 

「下がれ下がれ!!」

 

 飛び交う光線や冷気のビームを避けながら、人々を守る為に駆け付けた警官が声を荒げる。まだ遠くと思っていたワンリキーとゴーストポケモンの軍団が、すぐそこまで来ていたのだ。

 この場に集まった警察官達は逃げ遅れた市民の避難誘導をしながら後退していくが、ポケモン達は街を壊すことは勿論、人を襲うことを躊躇しないどころか積極的に狙ってくる。

 

「あんたも下がれ! そこまでやる必要は無い!」

 

 彼らの横で戦っていたトレーナーも何匹か倒していたが、如何せん消耗が激しかった。

 街を襲っているポケモンの一体一体が特別強い訳では無いが、異様に数が多くて倒しても倒してもキリが無かった。警官に呼び掛けられたトレーナーも引き際と考えて下がろうとするが、判断が遅れたからなのか、一匹のワンリキーが彼の胸倉に掴み掛かった。

 

「マズイ!」

 

 トレーナーが連れていたポケモンが彼からワンリキーを引き剥がすが、他にいたワンリキーやシェルダー、ゴーストポケモン達が一斉に襲い掛かる。

 数が多過ぎてやられると思ったその時、巨大な何かが彼らと軍団の間に地響きを轟かせながら瓦礫を舞き上げて降り立った。

 

 その巨大な何かは、すぐさま”はかいこうせん”と思われる光線を薙ぎ払う様に放ち、目の前の通りにいた闘、氷、霊で構成されたポケモン軍団を一掃する。

 ピンチから助けて貰えたが、降り立ったのは街を襲っているドラゴンによく似たポケモンであり、その姿故に何人かは思わず身構えたが、ドラゴンの背から一人の少年――アキラが降りた。

 

「警察の方ですね。ここに向かう途中で見えたのですが、街の西側の避難がここよりも進んでいません」

「え? え?」

「後、建物内なら安全と思っているのか建物に逃げ込む人が多くいましたので、すぐに離れる様に伝えてください。下手をすれば生き埋めにされてしまいます」

「わ…わかった…だけど…」

 

 次から次へとアキラから伝えられる内容に警官が疑問を口にしようとした時、空から光線が降り注いでくる。

 見上げると、ハクリューを中心とした竜軍団が”はかいこうせん”を撃っていた。

 その中の何匹かが直接襲ってきたが、彼が新たに召喚したブーバーを中心とした五匹は降り注ぐ光線に怯まず果敢に挑む。

 

「”れいとうビーム”で撃ち落とせ!」

 

 空を飛んでいるハクリュー達に対してもカイリューが放った冷気の光線が直撃し、一塊の氷に閉じ込められたドラゴン達は落ちていく。ブーバー達も、丁度降りてきたハクリュー数匹とさっきカイリューが仕留め損ねたポケモン達を倒して、一時的にこの場を落ち着けることに成功する。

 

「ふぅ…」

 

 一息ついて振り返ると、避難誘導をしていた警官を含めた市民の何人かが、その手際の良さに唖然とした表情でアキラ達を見ていた。

 しばらくすると徐々に現実に戻り始めたのか、警官達はすぐに動き始める。

 

「聞いたなお前ら。西側の避難誘導に応援を送る様に連絡するんだ!」

「え? あの…」

「全区域にも建物内へ逃げ込むよりも街の外へ出る様に誘導するのを伝えるんだ! 生き埋めにされる可能性がある。急げ!!」

「あの~…」

 

 最初はお願い感覚と助けになればと思って伝えたのだが、何故だか彼らには命令を下したのと同じくらい物凄い強制力を発揮していた。無線を使ってでも他の仲間達にも伝える姿を見て、気まずく感じたアキラは五匹をボールに戻すと、カイリューの背に乗ってすぐにその場から飛び去った。

 だけど、すぐに彼の気まずい気持ちも街の惨状を再び目の当たりにしたことで、現実に引き戻された。

 

 さっきはたまたま目に入ったので降りたが、改めて空から見ると本当に街そのものが戦争に巻き込まれた様に火の手が見えたり黒煙が上がっている。

 この瞬間にも、どこかの十数階建ての建物が音を立てて崩れていく。

 

「賛同するポケモンが多いのか操られているのか、どっちなのか」

 

 前者なら今後の人間とポケモンとの関わり方について考える必要があるが、後者だとしたら四天王の目的はただ自分達の行いを正当化する為だけに掲げていると言える。

 キクコが何らかの操る技術を有していることはある程度推測出来ているので、もしかしたらその技術を利用して、無理矢理ポケモン達を従わせているのかもしれない。とにかく自分の役目は、この街の人達の避難が円滑に進む様に支援しながら、可能な限り四天王が送り込んできたポケモン軍団を退けることだ。

 しかし、そうは言っていられない時も彼にはあった。

 

「やっぱり来るか」

 

 攻撃が激しいところに進めば進む程、見つかりやすく尚且つ攻撃に晒されやすい。

 飛んでいるこちらに気付いた複数のハクリュー、プテラが近付いてくるのを見掛けたカイリューは低空飛行に切り替えて、振り払うべく建物の合間を縫う様に飛んでいく。普通に飛んだらどこかで曲がり切れなくて、追い掛けてくるドラゴン達の様に壁や建物に体を叩き付けてしまうが、カイリューはアキラの指示のみならず二足歩行となった体を最大限に活かして荒々しくも飛行する。

 その試みによって追い掛けて来るドラゴン達を振り切ることには成功したが、今度は背中に乗っているアキラに問題が生じていた。

 

 カイリューの背に乗って飛んでいると、風圧が強くて目を開けていられないのだ。

 何回かポケモンの背に乗って飛んだことはあるが、どれも速さを必要としないゆっくりとしたものだった。本格的な空中戦になるとスピードが何より大事なのだが、ゴーグルか何かで目を守らないとまともに開けていられない。

 このままではいけないので、アキラは何か目を保護するだけでなく視界も確保できるものが欲しかった。そう考えていた時、不意に見えたあるものに彼の目が向き、カイリューにそこへ降りるように伝えると、瓦礫が散乱していたそこに彼は降りるとすぐにそれを拾い上げた。

 

「ヘルメットか」

 

 恐らくバイク用のヘルメットなのだろう。

 バイザー部分は透明、今被ってる青い帽子を外して被ってみるが、少し大きい以外は被れそうだ。ただ帽子と一緒に被る事が出来ない事が唯一の問題だが、それは些細な事だ。

 

「君……大丈夫か?」

 

 拾ったヘルメットを片手に、今被っている帽子をどうするのかに悩んでいたら、誰かがアキラに声を掛けてきた。振り返ると瓦礫が散らばっている中を老若男女、様々な人達と一緒に行動をしているトレーナーらしき青年が立っていた。

 家族かと思ったが、どうやら逃げ遅れた人達が互いに協力し合ってここまで来た様だ。

 

「大丈夫ですが、そちらの方は?」

「こっちは今のところ大丈夫だが…」

 

 今は青年が連れているポケモン達が守っているみたいだが、疲労している様子を見るといずれ限界が来て守り切れなくなるだろう。

 

「そのドラゴンは君のポケモンか?」

「えぇ」

「俺は良いから、彼らだけでも運ぶことは出来ないかな」

 

 彼は一緒に行動している人達だけでも逃がしたいと思っている様だが、幾ら力のあるカイリューでも人数が多過ぎて上手く運べないだろう。せめて幼い子や老人だけでも運ばせようか迷った時、アキラは瓦礫に埋もれ掛けていたあるものに目を付けた。

 思い付くや否や急いでアキラは駆け寄ると、邪魔な瓦礫を()()()に退かして隠れていたマンホールを発掘する。

 

「リュット、マンホールをこじ開けてくれ」

 

 本来なら専用の工具か何かが必要だが、今は緊急事態だ。

 カイリューは少し壊す形ではあるがマンホールを殴り付けると、それをアキラは引き剥がす様に持ち上げる。

 

「マンホール。そうか」

 

 理解した青年は、すぐにアキラと一緒に中を確認する。

 詳しい構造はわからないが、敵が蔓延っている地上を進むよりは地下ルートの方が少しは安全だろう。少し臭うが背に腹は代えられないのか、一番良いと考えたのか、逃げ遅れた人達はアキラと青年が周囲を警戒している間に一人ずつマンホールへと入っていく。

 

「君も――」

 

 殿を務めていた二人以外の人達がマンホールに入ったのを見届けて、青年はアキラにも入るのを促そうとした時だった。

 一際大きな爆発と共に、彼らの頭上から四天王の軍勢が放った攻撃によって破壊された高層建築物の上部が降り掛かる様に崩れてきていた。

 

「早く!」

 

 青年はアキラにマンホールへ逃げるのを促すが、間に合わないと判断した彼はカイリュー以外の他の手持ち全てを繰り出した。

 

 出てきたヤドキングとゲンガーは、念の力でまだ原型を留めている残骸の落ちる速度を緩める。その光景に青年が唖然としている間に、カイリューは”はかいこうせん”、ブーバーも”ものまね”で同じ技を放って緩やかに落ちてくる落下物を見事に粉砕した。サンドパンは大きな瓦礫や残骸を飛び技で正確に撃ち砕いていき、エレブーは飛び散る瓦礫から体を張ってアキラと青年を守る。

 

「す、凄い…」

「いえ、ちょっとやり過ぎたかも」

 

 彼らの力を目の当たりにした青年は驚いていたが、アキラの目は厳しかった。

 今の攻撃が一際派手だったからなのか、周りで暴れていた四天王配下のポケモン達が一斉に注目し始めたからだ。これではマンホールに逃げても、敵は自分達を追い掛けて来てしまうのが目に見えている。

 

「――やってやるか」

 

 僅かな時間ではあったが、アキラは手持ち達と一緒に、この場に留まって戦う覚悟を決める。

 どの道逃げても追い掛けられて戦う事になるのだから、ここで引き付けてしまった方が良い。

 

「――無理は…するなよ」

「逃げるのには慣れていますから、大丈夫です」

 

 退く意思が無いと見た青年は、最後に彼の身を案じながらマンホールの下へと入ると、カイリューは砕いたマンホールを被せて塞ぐ。

 まだアキラ達の姿は煙と粉塵である程度隠されているが、気が付けば周囲の至る所から四天王の軍勢が騒ぐ様に喚きながら自分達を取り囲む様に集結しつつあった。

 

「第一印象が肝心だ。――見せ付けてやれ」

 

 それを合図に、カイリューの翼の一振りによって周囲の粉塵と火災の煙を吹き飛ばされ、瓦礫が散乱している中で彼らは姿を現した。

 

 集まってきた四天王の軍勢に対して、威圧する様に大きな声で吠えるカイリュー。

 手にした”ふといホネ”を肩に掛けて、鋭い目付きで敵を見定めるブーバー。

 露払いの様な仕草をした後、長くて鋭い爪を構えるサンドパン。

 嬉々とした表情で、握り拳を静かに鳴らすゲンガー。

 冷静な眼差しで、淡々と周囲を見渡すヤドキング。

 緊張はしていたが、体中に力を漲らせてファイティング・ポーズを取るエレブー。

 そして彼らを統率するアキラは、自分達が姿を見せたことでこの場にいる敵全てまではいかなくても、多くが自分達に注目しているのを改めて感じ取った。

 

「さて、やる気満々なところに水を差すが、状況は非常に悪い。来る前にも言ったけど、無理だと感じたらすぐに逃げるぞ」

 

 戦う前の高揚感で興奮しているであろう手持ちと自分自身に言い聞かせる様に、アキラはもう一度伝える。ここに来るまでの間に戦ってきたのを見る限りでは、四天王の軍勢は個々の実力は野生と大差は無いと言えるだろう。

 

 なので自分を含めた普通のトレーナーでも対抗することは出来るが、攻めてくる数が異常だ。正直言って、今から四天王の軍勢を相手取ること自体無謀な数だが、これだけ注目を集めては普通に逃げるのは難しい。

 

 そして残念なことに、手持ちの六匹全てを指揮することは今のアキラは出来ない。無責任と思うかもしれないが、戦いは彼らの自主性に任せる。

 普段なら睨みの一つや二つ向けられるが、彼らもそれをわかっているのか不満どころか今にも嬉々として殴り込みに行きそうな雰囲気だ。

 だけど無策で挑むつもりは微塵も無い。

 

「敵はドラゴン、ゴースト、かくとう、こおり…みずの方が正しいかな。とにかく偏りが見られる集団だ」

 

 敵が仕掛けずに出方を窺っている時間を利用して、アキラは手持ちに情報を伝えていく。

 この辺りはタイプ相性なども含めて度々指導しているので、彼らもわかっている。

 彼らの実力を疑うつもりは微塵も無い。懸念要素があるとするならば、これだけ大規模な戦い且つ数の暴力を相手に戦うことは、全員初めての経験だと言うことだ。

 

「単独で戦うのは危険が大きい。だからこそ、さっきのナツメみたいにペアを組ませる」

 

 これが数の暴力と戦う上で最も重要だ。

 単独で戦い続けると言うのは、ピンチに追いやられても一切の助けを借りることが出来ないのを意味している。色々問題を抱えているとはいえ、彼らは全員程度はあれどしっかりとした仲間意識がある。

 ピンチになったら助けに向かうにしても、距離が離れていては如何にもならない。故に常に背中を合わせられる距離にいる必要がある。

 

「スットとヤドットは、地上にいるかくとうタイプ軍団とゴーストタイプ軍団の対処を頼む。奴らにはお前らのエスパータイプの技が有効だ。思う存分暴れてくれ」

 

 そう伝えると二匹はお互いに睨み合うが、それ以上のことはしなかった。

 この頭脳コンビは何かと喧嘩ばかりしているが、この前のクチバでの砂浜の戦いの様にやる時はしっかりやってくれるだろう。

 

「エレットとバーットもこおりタイプ軍団を中心に叩いてくれ。電気技が効かない奴はいないと思うけど、炎技の効きが悪いのは多くいるから注意してくれ。必要とあれば他の軍団と戦っても構わない」

 

 アキラの言葉に、ブーバーとエレブーは頷く。

 何かとペアに見られることが多いものの実際はあまり組むことは無い二匹だが、上手い具合に連携出来るはずだ。

 

「そしてリュットとサンットは俺と一緒に頼む」

 

 残ったカイリューとサンドパンに、アキラは自分自身に手を当てながら告げる。

 そして二匹にどう動くのかを伝えようとした直後、空を飛んでいた竜軍団が光線を放ってきた。皆それぞれ素早く瓦礫の影に隠れたが、エレブーだけは前に飛び出して迫る攻撃をその身に引き受けた。

 

 確かに彼が連れているエレブー最大の長所は、いわタイプ顔負けの打たれ強さだ。

 自らの打たれ強さに自信を持ってくれたのは良い事ではあるが、少し無謀過ぎる。

 竜軍団の攻撃に耐え続けるでんげきポケモンに業を煮やしたのか、更に霊軍団や氷軍団もエレブーに攻撃を加えて激しさが増す。

 

 これはマズイと感じた直後、最近聞いていなかった正気を疑う奇声を上げながら、光線が飛び交う粉塵の中からエレブーが飛び出した。

 ”がまん”を解放したエレブーは吠えながら四天王軍団の中心に着地すると、周りにいたワンリキーやシェルダー、ゴーストにゲンガーを片っ端から振り回す豪腕で叩きのめしていく。仕掛けられる攻撃を跳ね除けて、飛んでいるハクリューとプテラの集団にさえ無謀にも殴り込むべく跳び上がるが、問題無く圧倒する。

 

「まさかエレットの方から突っ込んでいくとは」

 

 猪突猛進は他のメンバーで慣れているが、先陣を切ったのがエレブーなのはちょっと予想外だ。

 ブーバーは呆れた反応を見せるが、ペアを組んでいるので縦横無尽に動いて暴れ回るエレブーの後を追う様に駆け出す。悠長に眺めている暇は無いと思ったが、他からも投げ付けられた瓦礫や光線の嵐が彼らに襲い掛かって来る。

 

「リュット!」

 

 呼び掛けに応じて、カイリューはアキラとサンドパンを抱えてロケットの様に飛び立つが、後を追う様に竜軍団が追跡を始める。残されたヤドキングとゲンガーの二匹は、後ろから次々と飛んでくる攻撃を避けながら、逃げる様に全力で瓦礫や廃車が散乱している道を走っていく。

 これが無謀な戦いではあることは全員自覚していたが、それでも彼の手持ちは力を尽くそうと挑み、アキラもレッド達にこの場を任された責任感にも()()気持ちを胸に抱いていた。

 

 彼らにとって一大決戦となる戦いが、始まりを告げた。




アキラ、レッド達と別れた後、クチバシティに大挙してきた四天王軍団を相手に手持ち全員を引き連れて決戦に挑む。

レッド達とは別れてしまいましたが、手持ちが完成したおかげで、アキラ達をどう描くかの幅が大きく広がったのを強く感じます。
空を飛ぶことが出来るというのは、単純ながらもかなり大きいです。

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