「ここが……スオウ島」
足元の感触を確かめながら、上陸したレッドは静かに呟く。
クチバシティを出てからどれだけの時間が経過しているのか、アキラは今どうなっているかは知らないが、レッド達一行は無事にスオウ島に到着していた。
地図には無い島なので、本当にここが目的地であるスオウ島であるかは定かではなかったが、それでも島全体が異様な空気に包まれているのを感じ取っていた。
「奇妙な形状な島とは知っていたが、こうして上陸すると普通の島とは変わらないな」
「それにしてもここ寒いわね。氷使いがいる所為かしら?」
島の地形を確認する様にグリーンは周囲を見渡すが、ブルーは肌寒く感じるのかどこからか上着を取り出して羽織った。
今のところ四天王は自分達が来たことには気付いていない様だが、問題はここからだ。
ここに来る前、アキラが抜ける穴をカツラが埋めるので彼と合流する話になっているが、肝心の彼はどこにもいなかった。既に来てはいるが別の場所に上陸しているのか、それともまだ来ていないだけなのか。連絡する手段が無いのでどうしようか迷っていた時、彼らは何かしらの気配を感じ取った。
「待ちたまえ! 私だ!」
今にもボールからポケモンを出そうとしたタイミングで、髭を蓄えた白衣を着た人物が慌てた様子で飛び出す。ロケット団三幹部とグリーンは警戒を解かなかったが、覚えのある姿であったのにレッドは表情を緩ませた。
「カツラさん」
「久し振りだなレッド。元気そうで何よりだ」
何人かが警戒しているのにもお構いなく、レッドはカツラに握手を求め、カツラもまた彼の求めに応じた。行方不明になっていた彼が、テレビ越しでは無くてこうして生きているのを再認識出来て、カツラは安心する。
これで四天王と戦う八人が揃った。
他の六人は組む相手が決まっているので、事前に示し合わせていた通りイエローは彼と行動を共にすることになる。
「久し振りだなイエロー君。アキラ君の代わりと言う形ではあるがよろしく頼む」
「こ、こちらこそ!」
握手を求めるカツラに、イエローは元気に返事を返しながら応じる。
カツラはアキラの代理であることを気にしていたが、寧ろ実力が明らかに足りない自分が彼と組んで良いのかという不安の方がイエローの中では大きかった。だけどそんなことは言っていられない。
今こうしている間にもクチバシティでは建物が壊され、人々は襲われ、それを阻止するべくアキラと彼のポケモン達が戦っているはずだ。
自分が必ずワタルを止めると言う決意を改めて思い出し、イエローは前を向く。
「これで全員揃ったわね」
「えぇ、でも洞窟の奥から強い闘志を感じるわ」
ナツメの言葉に、彼らは警戒を強める。
まだ気付いていないと考えていたが、実際は既に自分達が上陸しているのを察しているらしい。
ナツメとブルーが先頭に立ち、彼らは気を引き締めてスオウ島の洞窟に足を踏み入れる。
洞窟の中は鍾乳洞になっていたが、彼らは油断無く慎重に進む。
何時どのタイミングで、四天王が仕掛けてくるかはわからない。
八人全員が、周囲に注意を配りながら進んでいた時だった。
「フェフェフェ」
聞き覚えのある笑い声が鍾乳洞内を響いたと思いきや、突然洞窟内が揺れ始めた。
揺れの影響か、氷柱の様に先の尖った岩は根元からぽっきりと折れて、降り注ぐ様に彼らに落ちてきた。
「イカン!」
「うおやべぇ!」
下手をすれば串刺しにされかねないので、皆巻き込まれない様にそれぞれ走って避ける。
避けていくのに彼らは苦労するが、落ちてきた岩が突き刺さっていくことで、洞窟内に少しずつ壁の様なものが出来上がっていった。
「俺達を分断するつもりか」
「そのようだな」
揺れと落石が収まったのと同時に、グリーンとキョウは状況を把握する。
クチバ湾での戦いから、全員纏めて相手にするのは愚策だと考えたのだろう。
グリーンは幸いにもナツメがスプーンが示したペアであるキョウと一緒だが、他の面々はどうなっているのか。
「お前ら無事か!?」
「大丈夫よ!」
「何とか逸れずに済んだ!」
「こっちもです!」
返事を聞く限りでは、誰も落石に巻き込まれてはいない様子だが、ちゃんと自分達の様に組んでいるペア同士で逸れていないのかまではわからなかった。
壁になっている岩を破壊して合流しようとしたが、彼らの周りに漂い始めた黒い霧がそれを許さなかった。
「何の為に分断したと思ってる。アタシらが戦いやすくする為だよ!」
ゴーストポケモンに怪しげなブレスレッドを身に付けた毒ポケモンを引き連れて、キクコがグリーンとキョウの前に姿を見せる。
どうやら他を気にしている場合では無くなったのと、自分達が戦うべき相手が出てきたことを悟り、二人は手持ちを繰り出して対峙する。
「…戦いが始まった」
「え!? 四天王がすぐそこに!?」
グリーンとキョウが戦い始めたのを感じ取ったナツメが異変を口にすると、ブルーは驚いて見落としが無い様にナツメと互いに背中を合わせて、周囲に気を配る。出来ることなら早くレッドか誰かと合流したいが、戦いが始まったとなると悠長にはしていられない。
この状況からどう脱しようと考えを巡らせていた時、彼女らの頭上から先程の岩とは違う何かが降ってきた。
「氷の粒?」
それが具体的に何なのかわからなかったが、パラパラと降ってきた氷の粒は瞬く間に二人の腕を繋げる様に氷の手錠に変化する。
「嘘!? なにこれ!?」
「くっ、外れない!」
ブルーとナツメは外そうとするが、当然ながら外れない。
しかも暖かい手で触れているにも関わらず、氷表面は溶けている兆候すら無かった。
「無駄よ。その氷は特別でね。ちょっとやそっとじゃ外れないわ」
二人が氷の手錠を外そうとするのに水を差すタイミングで、仕掛けた当人と思われるカンナが、二人を模した氷人形を片手にパルシェンとルージュラを引き連れて来た。
カンナが使う不思議な技についてはレッドと情報を共有はしていたが、まさかこうも簡単に初手からやられるとは予想していなかった。いきなり四天王に先手を打たれてしまっただけでなく、思う様に動けなくなってしまった今の状況は、経験豊富な彼女らでもこれから行われる戦いが厳しいものになるのを予感させるのに十分であった。
「シバ、今お前は正気か?」
目の前に立つ大男に対して、レッドは静かに問い掛けていた。
数回の手合わせと軽く会話を交わしただけではあるが、シバは純粋に自身が認めた好敵手と手に汗握る心が燃える戦いがしたいだけなのを彼は理解していた。
だが、そんな彼の気持ちを嘲笑うかの様にオツキミ山、クチバ湾での戦いのいずれでも、彼は操られて自らの意思に反することをやらされていた。こうして立ちはだかるのも、まだ操られているからだと考えての事だったが、シバは荒く鼻を鳴らす。
「正気? 確かに俺は苦痛と共に意識を失う時はあるが、そんな謎やワタルの目的などどうでも良い。俺はただ…心を熱くさせる戦いがしたいだけだ!!」
愛用のヌンチャクを構えて、シバは吠える。
四天王の一員になってから、確かに度々身に覚えの無い行動をしてしまう謎の症状に見舞われる様になった。それが原因で、ワタル達に不信感を抱いたのも一度や二度では無い。
だけど、それらの悩みや疑問はこれから始まるであろう手応えがあるだけでなく、心が燃える熱くて激しい戦いを考えれば些細なものでしかない。
「けっ、
レッドと一緒にいたマチスは、シバのバトル一辺倒な態度に舌打ちをする。
この手の輩は、ただでさえ面倒臭いのに妙に実力があったりするから厄介なのだ。
ところがマチスとは対照的に、レッドは心なしか嬉しそうだった。
「マチス、折角組んでいるところ悪いが、シバとはサシでやらせてくれないか?」
「はぁ? 何を言っているんだ! 二人で挑めばいいだろうが!」
レッドの提案にマチスは怒鳴る様に反論する。
彼の実力は知っているが、相手は四天王だ。
それにサシで挑んでは、ペアを組んだ意味が無い。
「シバは純粋にバトルがしたいんだ。汚い真似は絶対にしない。確かに呑気にやっている場合じゃないけど、それでも中断した戦いの続きをやらせてくれ!」
だけどレッドは自分一人で挑むと言うよりも、以前中断してしまった戦いの続きをやりたいと折れなかった。若い子どもにありがちな根拠の無い無謀な自信と言えば話は簡単だが、悔しい事に寧ろそれがあったからこそ、レッドは自分との勝負や困難を度々跳ね除けてきたのをマチスは知っていた。
「――勝手にしろ。だけどヤバくなったら手を貸すからな」
ここまで決意が固いと何を言っても無駄だ。
勝手に戦って勝手に負けちまえと思ったが、本当にそうなったら困るのでピンチになったら助けると言う条件でマチスは妥協する。不器用ながらも自分の我儘を受け入れてくれた彼にレッドは感謝すると、これ以上シバを待たせるのは悪いのでボールからイーブイを召喚した。
先のクチバ湾での戦いでは、あまりの大乱戦故にカスミの屋敷でやって来た特訓は活かせなかったが、今度こそしっかりと戦えるはずだ。
「さぁ行くぞブイ! アキラ達との特訓の成果を見せるぞ!!」
そう意気込み、レッドは懐から取り出した三つの石を手にイーブイと共にシバに戦いを挑むのだった。
「レッドさん…」
辛うじてカツラと逸れなかったイエローではあったが、彼ら三人が戦い始めたのを直に感じ取っていた。戦う音に紛れて聞こえてくる声から察するに、今この場にはワタル以外の三人の四天王がいる。となれば残った自分達が相手にするのは自然とワタルになるのだが、そのワタルは未だに姿を見せようとしない。
四天王達は先のクチバ湾での敗北が堪えているのか、戦力を分断して最初から全力だ。ならば戦っている誰かの手助けをするべきではと思うが、カツラは止める。
「彼らなら大丈夫だ。私達は私達がやるべきことを果たそう」
「――はい」
ワタル以外の四天王達の相手はレッド達に任せて、イエローとカツラは更に奥へと歩む始める。
こうしている間にも皆、全力を尽くして戦っているのだ。
自分もトキワの森の力を持つ者として、同じ力を持つとされるワタルを必ず止めて見せる。
「むぅ、進めば進む程に暗く…」
暗くなっていくのにカツラが困り始めた直後、彼らがいた鍾乳洞は再び大きく揺れ始めた。
しかも揺れの規模は先程よりもずっと大きく、氷柱の様な岩どころか洞窟そのものが崩れ始めているのか大小様々な岩が落ちてくる。
「うわわ!」
「イエロー君!」
カツラは何とか戸惑うイエローを離れない様に身を寄せさせて落石から守り、辛うじて二人揃って生き埋めになることは免れた。
しかし、崩れたことでポッカリと空いた鍾乳洞の天井からは、星々が輝く夜空と共に月明かりに照らされた六つの影が立っていた。
「二人か…だが、もう容赦はしないぞ」
怒気を含ませた声でワタルは、ほぼ無傷である二人を見下ろす。
切り札であるカイリューのみならず、ギャラドスにプテラ、そして二体のハクリューが、彼の背後に控えていた。どうやらクチバ湾での戦いで敗走したのが余程屈辱的だったのか、彼もまた一切手加減をせず最初から全力を出すつもりらしい。
「カツラさん…」
「イエロー君、君は少し下がって奴の戦いをよく観察するんだ」
「えっ!?」
「ブルー君からも言われているだろう。ワタルを倒す可能性があるとしたら君が一番高い。先に私が挑んで様子を見る」
「しかし!!」
反論するイエローを、カツラはギャロップを出して半分強引に隠す。
一切の慢心も無く、最初から本気であるワタルが相手では、二人で挑んでも厳しいと言わざるを得ない。しかし、逆を言えば一切の温存をしていないことも意味している。
ならば可能な限り、ワタルとポケモン達を追い詰めてその力や戦術を引き出させて、イエローに隙を突かせるか後を託す。それが自分の役目だと、カツラは玉砕も辞さない覚悟を決めていた。
「どうした来ないのか? 来ないのならこっちから――」
痺れを切らしてワタルが仕掛けようとした直後、カツラは動いた。
すぐさま老いぼれを始末しようと彼のポケモン達は動こうとしたが、カツラが手にしていた紫色のボールが開くと、閃光と共に巨大な竜巻が発生した。その激しさにカイリューとギャラドスは何とか耐えるが、体の軽いプテラと二体のハクリューは成す術も無く巻き込まれて、それぞれ地面や岩壁に叩き付けられた。
「行くぞ、兄弟!!」
竜巻が収まると、カツラの傍には巨大なスプーンを手に構えた、見たことが無いポケモンが立っていた。
「そ、そのポケモンは一体…」
初めて見るポケモンの姿にイエローは驚くが、逆にワタルは不敵な笑みを浮かべた。
「聞いたことがある。いでんしポケモンミュウツーか!」
人間が小賢しい知恵を使って人工的に生み出したポケモン、ワタルから見れば人間の業によって生み出された存在だ。その出生故に人間を憎んでいても良い筈だが、自分達と対峙しているミュウツーには微塵もそんな雰囲気は無かった。
すっかり人間に飼い慣らされて従順になったのだと、ワタルは見当を付ける。
「その力、見せて貰おうか!」
「来るぞミュウツー!」
カツラと共に戦いに備える最強のポケモンとして創造されたいでんしポケモンに対して、ワタルのドラゴン軍団は一斉に襲い掛かった。
レッド達が四天王と本格的に激突していたのとほぼ同じ頃、クチバシティで繰り広げられていた戦いは大きく変わろうとしていた。
衝動的にカイリューと共に雄叫びを上げていたアキラではあったが、自分達が出した結果には気付いていた。
押し寄せてきた四天王の軍勢に対して放った、数を減らす以上に戦意を大きく削る特大の一撃。クチバ湾での戦いで見せた力を、カイリューはここでも発揮してくれたのだ。
しかし、強大な力を発揮した代償なのか、カイリューの右腕は骨の芯まで強く痛んでしまった。その感覚はアキラ自身にも伝わっており、疑似的な痛みに右腕が麻痺している様な錯覚を彼は強く感じていた。
今カイリューとは一心同体と言える状態なので、カイリューが感じていることが大体自分に伝わるので当然なのかもしれないが、本来の感覚と自分の体は見た目も含めて何の異常も無いのだから少しおかしい気はした。
まだ気を抜くな
まだ整理が出来なくて若干混乱気味であるアキラの頭の中に、痛みを堪えるカイリューの思考が浮かび上がる。
確かにその通りだ。
たった今放ったカイリューが身に纏っていたオーラ全てを込めて放った一撃は凄まじかったが、それでも大挙して押し寄せてきた四天王軍団の先頭集団にいた十数匹を蹴散らしたに過ぎない。
今は怖気ているのや何故か攻撃を受けた訳でも巻き込まれた訳でも無いシェルダー達とワンリキー達が、力が抜けた様に倒れているものの、それでも霊軍団と竜軍団は健在だ。度重なるダメージに溜まる疲労、そして名も無い勢いで放った大技の反動で右腕はあまり動かせないのはわかるが、それでもアキラとカイリューは構える。
ここまでやったからには、最後まで徹底的に戦い抜くつもりだ。
そう決意を固めた直後、アキラの周囲に緑色の粉が降り注ぎ始めた。
「これは……!」
それが何なのか正確に理解する前に、アキラの直感が伝わったカイリューは急いで彼を抱えてその場から離脱する。
離れて間もなくに、彼らの攻撃によって足を止めていた四天王軍団の一部が、瞬く間に体から力が抜けた様に眠り始めるのを彼らは目の当たりにする。
粉が振り撒かれた元に目をやると、エリカが連れているラフレシアの大きな花弁から粉が撒かれており、彼らはエリカのすぐ近くに降り立った。
「――
「あら、そこまで怒る程だったでしょうか?」
「え? 怒って……あっ」
下がった先にいたエリカの言葉にアキラは戸惑うが、すぐにその意味に気付く。
どうもカイリューと感覚と思考を共有してから、時たま乱暴な言葉が口から出てしまう。
原因はまだ明確にはなってはいないが、ある程度はわかっている。
自分がカイリューが考えている事を理解出来ている様に、彼の思考やぼやきが自分を通じて口に出ているのだ。にわかに信じ難いが、錯覚でも何でもなくカイリューとは一体化しているとも言える程に共有しているのだから、この仮説はあながち間違いでは無いと思われる。
それにカイリュー自身も、さっきの自分みたいにどっちが本来の自分の体なのか時たまに混乱する時があるらしいので、この辺はおあいこだ。
「すみません。どうも気分が高揚としているみたいで」
「ふふ、構いませんよ」
エリカは気にしていないようだが、微笑む彼女の姿を見てアキラの中では申し訳ない感情と彼女の態度が気に入らないもう一つの感情が渦巻く。
気を抜くと、またそっちの感情の持ち主に主導権を取られそうだったが、何とか堪える。
「あの…何故俺も巻き込むかもしれないのに”ねむりごな”を撒いたのですか?」
先程のエリカの行動を思い出しながら、アキラは尋ねる。
かもじゃなくて狙っていただろ、と相棒であるドラゴンポケモンが抱く怒りの思考が頭の中に流れてくるが無視する。
「――既に貴方達は十分過ぎる程に戦ってくれました。ですが普通に止めさせようと思っても止まらないと考えました」
アキラの質問に、エリカは率直に答える。彼女の答えにアキラは納得し、カイリューも強引な手段を選んだことに怒ってはいるが、一定の理解は示していた。
自分達は彼女達が応援に駆け付けるまで、四天王の軍勢をほぼ一人と六匹で相手にし続けたことで、かなり消耗をしている。それだけでも十分なので後は任せる様に伝えたのに、それさえも無視して飛び込んだのだ。言葉で止めても無理なら、強引に止めようとするのもわからなくも無い。
だけど――
「お気持ちはありがたいですけど、今回ばかりは出来ない相談です」
「………」
「さっきは逃げようとしたのに形勢が良くなったからと思うかもしれませんが、皆が戦っているのです。この戦いは…最後まで最前線に立ちます」
ハッキリと口にするアキラに、エリカは考えを巡らせる。
昔だったら、それこそ会ったばかりの彼なら後で復帰するのを前提に悪いと思いながらも休んでいただろう。だけど、今回彼はそれを選ばなかった。
疲労と気分の高揚で思考がごちゃごちゃになっている主旨の事は言っていたが、今のはちゃんと考えた上での言葉だろう。ならば止めても無理なのをエリカは悟るが、彼の姿にここにはいないもう一人の友人の姿を思い浮かべた。
「変なところがレッドに似てきましたわね」
「…影響は受けていないと思いますよ」
エリカは面白そうに話しているが、アキラは少々不服だった。
彼女は自分がこうして無茶をしているのはレッドの影響と考えているが、その事に関しては彼の影響は受けてはいないはずだ。
それにまだ戦うのは、さっき浮かんだ自分達が戦いたいから戦うと言う個人的なものに、この世界に来てからずっと抱いていた彼らの力になると言う明確なものだ。前者の理由はともかく、二年と言う短い様で長い時間を掛けて、ようやく後者を実現できるだけの力が得られたのだ。
強大な力を得たら、それを振るう機会に気を付けなけばならないと自制しているが、今の自分とカイリューは考えられる限りで最高の力を発揮することが出来るコンディションなのだ。今使わず、何時この力を振るう
アキラは貰った”かいふくのくすり”をカイリューに噴き掛けて、体中に目立っている傷跡を治すなどしてダメージを回復させる。
流石に疲労と右腕の骨の芯にまで響いている様なダメージや痛みを回復し切るのは、最高級の回復薬でも無理だったがそれでも十分だ。後ろからは、さっき置いてきぼりにしてしまった手持ちの五匹がようやく追い付いた。
走らせてはしまったが、カイリューが散々暴れ回っている間にある程度休めているので、再び戦線復帰するには十分だろう。
試しに左手を動かしてカイリューとの繋がりがまだ維持できているのか、他の五匹にも継戦の意思があるかをアキラは確認するが、どちらも問題は無かった。
「よし。行くとし――」
戦っているトレーナー達の加勢に向かおうとしたその時、彼はポケットの中で何かが動く違和感を感じた。
その原因を取り出してみると、ナツメから渡された”運命のスプーン”の先端が、何故か粘土の様にグニグニと回っていた。スプーンの異常な動きにアキラは目を疑うが、やがてスプーンはその先端をある方角を示して止まった。
その止まった先の方角が見覚えがあった為、彼は驚きのあまり目を見開いた。
「どうしたのですか?」
「ナツメから貰った”運命のスプーン”が…レッド達が向かった先を示して…」
スプーンの先端が示した先は、さきレッド達が向かった先であるスオウ島があるとされる方角とほぼ同じだったのだ。
まさか自分が行くべき場所が、クチバシティからスオウ島に変わったのだろうか。
これが何を意味しているのかわからないが、このタイミングでナツメが持つ特殊アイテムが行き先を変えたのには嫌な予感しか感じない。
自惚れているつもりは無いが、彼らの加勢に行かなければ何かマズイのかもしれない。しかし、目の前の戦いもこちら側が優勢になってはいるが、まだ続いていることには変わりない。この街での戦いを一刻も早く終わらせて、自分だけでなく他のジムリーダー三人と一緒に向かった方が戦力的にも――
「行ったらどうです?」
「ですが…」
「大丈夫です。先程までの貴方達のおかげで、後は私達だけでも十分に何とかできます」
確かに四天王軍団は今や氷軍団と闘軍団が突如ダウンしたことで、実質暴れているのは霊軍団と竜軍団だけだ。その二集団もアキラとカイリューが、大暴れしたこともあって戦力と勢いが失われている。
そこをカスミはスターミーを中心とした水ポケモン達と有志のトレーナー達が攻め、タケシも相棒のイワークにツブテ兄弟、最近加わった半年前の騒動を引き起こしたサイドンを引き連れて押している。ムッシュタカブリッジ連合も、リーダーであるタカを始め半分近くが戦線を離脱していたが、地上戦は勿論のことメタモンで再現されたフリーザーが数の減った竜軍団に対して絶大な力を発揮している。
確かにもう大丈夫に見えなくも無いが、この場をレッド達に任されたと言うのに見届けずに去るのはどうも納得できなかった。
「もう後処理の様なものです。最後まで、
「!」
エリカのその言葉を受けて、アキラは迷いを振り切った。
「――後は…お願いします」
彼は頭を下げて謝意を伝えながら、エリカ達にこの場を託すことにする。
このタイミングで”運命のスプーン”がレッド達がいるスオウ島へ向いたのが、本当にマズイことなのかはわからない。だけどカスミの屋敷を飛び出した時のレッドの言葉を信じるなら、今はこのスプーンが示す先に今すぐ向かうべきだ。
「バーット、このスプーンが示す先に”テレポート”出来るか?」
ヘルメットを外して何時もの青い帽子を被り直したアキラは、ブーバーにスプーンを手渡す。
スオウ島がどこにあるのかは具体的に知らないが、スプーンに何らかの念の力が働いているのなら逆探知する形で行けるはずだ。
ブーバーはしばらく渡されたスプーンを見つめていたが、ヤドキングとゲンガーの二匹にも意見を募る。
三匹は互いに意見を交わし合うが、纏まったのかブーバーはアキラに頷く。
どうやら行けるみたいだ。
そう確信したアキラは、目の前に集結した手持ちの六匹を見渡す。
「行くのは俺の我儘なのや勝手な都合だが……それでも付いて来てくれるかな?」
そう尋ねると、彼らは互いに顔を向き合わせるが、すぐにやる気十分な顔付きに変わる。
カイリューも問題無いどころかさっさと行くのを促しているのが、アキラの脳内に伝わる。
皆の意思は確認した。後は向かうだけだ。
何となくアキラは円陣を組む様に手を前に出すと、彼らも応じてその手に重ねていく。
すると念の力が使える三匹が前準備をしているからなのか、彼らの周囲から広がる様に風が巻き起こり、徐々に強まっていく。
「さぁ……レッド達の後を追うぞ!」
アキラの掛け声を合図にゲンガーとヤドキングが放つ念の補助を受けながら、ブーバーはスプーンが持つ念の力が示す先へ向けて”テレポート”を発揮する。
その瞬間、彼らの姿は風と共にクチバシティから消えた。
アキラ、後をジムリーダー達に託して運命のスプーンが示した先へと向かう。
当初の予定では本当にアキラはクチバシティでの居残り防衛で終わる予定でしたが、完全に負かした四天王、特にワタルがあのまま原作通りに負ける可能性は低いのではないかと考える様になったので、結果的に加勢に向かう方向で書くことになりました。
カイリューのジェット飛行での現場急行も考えましたけど、時間的な意味とアキラが耐えられそうにないので何時もの様に今回もブーバーを頼ることにしました。いや本当にブーバーが”テレポート”を扱える設定にした時は、ここまで多用するとは全く思っていませんでした。