SPECIALな冒険記   作:冴龍

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逆転への軌跡

「ぬぉ!」

 

 プテラの刃の様な翼の脅威に晒されているカツラを守るべく、ミュウツーは手にした巨大な念のスプーンでかせきポケモンの攻撃を弾く。

 回り込んでくる二匹のハクリューに対しても、咄嗟にスプーンを伸ばして打ち払う。だが、休む間もなくギャラドスとカイリューが、ミュウツーとカツラ目掛けて”はかいこうせん”を放ってきた。

 

「”バリアー”だ!」

 

 迫る二つの破壊的な光線から、ミュウツーは己だけでなく近くにいるカツラも守る為に分厚い念の壁を張って防ぐ。周りの岩や地面が抉れるほどの威力を受けても壁は微動だにせず、攻撃が止むと同時に彼らは反撃に移る。

 

「カツラさん…」

 

 少し離れた岩陰で、イエローはギャロップと共にカツラとワタルとの戦いを見守っていた。

 一見すると圧倒的な能力を誇るドラゴン軍団を相手に、カツラとミュウツーは一歩も退かずに渡り合っている様に見えるが、実際は一瞬たりとも気が抜けない綱渡り状態だ。

 最初こそはミュウツーの見た事も経験した事の無い超念力で、圧倒まではいかなくても有効なダメージを与えることは出来た。

 

 しかし、ワタルも黙って指をくわえている訳が無く、対抗するべく力だけでなく数の利も活かして翻弄してくる様になった。纏めて一掃しようと念の力で生み出した竜巻を作り出しても、ドラゴン軍団は持ち前の高い能力で強引に正面から破ってしまう。

 絶え間ない攻撃はミュウツーだけでなく、すぐ近くにいたカツラも容赦無く襲うが、それでも彼らは傷付くのを厭わずに戦い続ける。

 

「カツラさん! 危ないです!」

 

 ミュウツーに的確な指示を与える為とはいえ、ミュウツーとカツラの距離はイエローから見ても近過ぎる。少しでも距離を取って欲しいのを伝えているが、聞こえていないのか少しもカツラは聞き入れてくれない。

 ワタルの力と手の内を知っておく為と言う名目で、自分が戦いに加わることは許されていない。今はギャロップによって突発的に飛び出すのを抑えられているが、もしいなかったら仲間が傷付いているのをイエローは黙って見てはいられなかった。

 

 カイリューのパンチをミュウツーは念のスプーンでガードして、素早くカウンターを仕掛けようとしたが、左右から挟み込む様に他のドラゴン達が迫った。

 正面にカイリュー、左右からはハクリューやギャラドス、それらを纏めて吹き飛ばすべくスプーンを構成しているエネルギーを渦に変換しようにもプテラが存在を主張している。一見すると多方面からミュウツーを囲い込もうとしている様に見えなくも無いが、カツラは気付いていた。

 

 ミュウツーを倒すよりも、トレーナーである自分を狙っているのだ。

 

 見ていたイエローもワタルの狙いを悟る。

 あれだけポケモンの傍にいるのだ。巻き込まれるのは当然として、狙われない訳が無い。

 このままではやられてしまうと言う考えがイエローの頭を過ぎった直後、何の前触れも無くカツラとミュウツーの真上に七つの影が現れた。

 

「え?」

「むっ!」

 

 イエローと戦っていたカツラは驚くが、ワタルと彼のドラゴン達も一瞬だけ動きが鈍る。

 それは今、この場には居ないはずの存在だったからだ。

 

「お前は!」

「やれ!!!」

 

 現れた直後にも関わらず影の一つが声を荒げると、残る六つの影は一斉に攻撃を仕掛けた。”はかいこうせん”に”10まんボルト”、”ホネこんぼう”や”きりさく”、”サイコキネシス”と”ナイトヘッド”が炸裂し、カツラ達に迫っていたポケモン達を退けて、彼らはその場に着地する。

 

「来て早々にワタルと戦う事になる何て…まあ、()()()()()()()()()()()()!」

 

 左手を隣に立っているカイリューと同じ動きで握り締めながら、現れたアキラは好戦的な言葉を口にする。

 疲労の色は隠し切れていないのや、どうやってここに来たのかなどの不安や疑問が浮かぶが、クチバシティで戦っている筈のアキラとその手持ち達が、このスオウ島にやって来たのだ。

 

「ア、アキラ君。君は…」

「クチバシティの戦いはもう残党処理の様な感じになりましたので、エリカさん達に任せてきました。――()()()()()()()()()()()()()()()()()

「むう…すまん」

「あっ、失礼なことを口にしてすみません!! 興奮していると言うか、何だか考えていることがごちゃ混ぜになっているみたいで…」

 

 慌てて彼は口を手で塞いで、主に「クソハゲ」発言に関してカツラに謝る。アキラが口にしている意味がカツラにはよくわからなかったが、彼とカイリューの様子を目にした途端、何となくそれを理解した。

 

 まるで自分達に似ているのだ。

 

 それも呪いの様に肉体的に束縛されている自分達の繋がりとは全く異なっている。

 さっきの彼の暴言といい、一体彼らの身に何が起きているのか。

 

「貴様ァアアア!!!」

 

 しかし、アキラ達の身に起きていることを考察する時間は無かった。

 ワタルと共に彼のカイリューが怒りの声を上げて迫ってきたのだ。

 

 アキラと彼のカイリューは迎え撃とうとするが、ミュウツーが割り込んでスプーンでワタルのカイリューを防ぐ。

 邪魔、と一瞬思ったが横からプテラが翼を構えていでんしポケモンに斬り込もうとしていたので、彼らはそちらのかせきポケモンに回り込むと頭突きからの”たたきつける”で追い払う。

 

「ミュウツーと共闘する何て……夢にも思わなかったな」

 

 レッドがミュウツーをマスターボールに入れたことは知ってはいたが、まさかカツラが所持してこの戦いで力になっていたとは少しも予想していなかった。否、どこかでカツラが連れているのを示唆する描写はあった気はするので、単純に自分が忘れていただけだろう。

 

 共闘に関して同意する思考が流れてくるが、やはりカイリューは二年前の出来事とカツラが一緒にいることを考えるとあまり信用できないらしく、鋭い目線を彼らに向ける。ミュウツーもカイリューのことを憶えているのか、睨むまではいかなくても微妙に嫌そうな表情を浮かべている。

 

「リュット、嫌だろうけどミュウツーの力はわかっているだろ? 白黒をハッキリさせたいなら全部終わってからにして」

「うむ。ここは互いに協力し合って戦うべきだ」

 

 後半のアキラの台詞は聞き捨てならないが、今は喧嘩している時では無い。

 双方のトレーナー達は共闘するつもりであり、目の前には内輪揉めしながら戦える訳でも無い共通の敵がいる。そこまでの条件が揃えば、二匹は不本意そうではあっても刺す様な視線を向け合うことを止め、共同戦線を張ることを了承する。

 

 彼らが一緒に戦うのを備えていた頃、不意を突かれた事や一時的に退けられたことにワタルは完全に頭に来ていた。先のクチバ湾の戦いで打ち負かされただけでも恥ずべきことなのに、最も嫌っている奴にこれ以上良い様にやられるなど屈辱の中の屈辱だ。

 その彼が姿を見せたのだ。疲れていようが関係無い。今度こそ、この手で倒す。

 

「”はかいこうせん”!」

 

 五匹は同時に光線を放つが、カイリューの傍にいたミュウツーは念の力で一際分厚くしたバリアの様なもので彼らを囲んで防ぐ。そして解除すると同時にアキラを乗せたカイリューは”こうそくいどう”でワタルのカイリューに接近、顔面に左ストレートを叩き込んだ。

 パワーとスピードが合わさった重いパンチであったが、ワタルのカイリューも負けていなかった。すぐに立て直すと、アキラのカイリューを掴もうとするが、何気無い動作で避けられると流れる様に蹴り飛ばされた。

 

「カイリューが…蹴り!?」

 

 吹き飛びながらワタルが乗るカイリューは宙で体勢を立て直す。

 確かにカイリューには足があるが、それは重い体を地上でも持ち上げる為に発達している。やろうと思えば出来なくはないが、ここまで流れる様に蹴りをかますカイリューは初めてだ。

 左手を動かすアキラと同じ動きで左手を確かめているカイリューに荒々しく吠えながらギャラドスが牙を剥くが、エレブーとブーバーが顔に取り付いて代わりに相手をし始めた。

 

「こいプテラ! いくぞ!」

 

 ワタルはカイリューだけでなくプテラと一緒に攻めるが、ミュウツーは巧みにスプーンを操って突進してくる彼らの勢いを殺す。二匹の動きが鈍り、敵意がミュウツーに向けられた隙を突き、アキラのカイリューは距離を詰めると太くて強靭な尾で纏めて薙ぎ払う。

 

「くそ!」

 

 一方的にやられる自分自身に怒りを感じながら、ワタルとカイリューは上空へと飛び上がり、アキラもカイリューの背に掴まる形で後を追い掛ける。カツラとミュウツーも追い掛けようとするが、残った他のワタルのドラゴン達に邪魔される。

 しかし、それでもアキラが駆け付けてくれたおかげで、流れは大きく変わろうとしていた。さっきイエローには加わらない様に伝えているが、ここは一気に畳を掛けてワタルを追い詰めるチャンスかもしれない。

 

「イエロー君、ここは彼のポケモン達と共闘――」

「出来ます!」

 

 カツラが呼ぶ前にギャロップと共に飛び出していたイエローは、強い意志の籠った返事を返す。

 アキラのポケモン達は、皆揃って我がとても強い。なのでトレーナーが居なくても、力を発揮するのに問題は無い。自分達がやるとするならば、彼らの邪魔にならない様にサポートすることだ。

 

 その彼らのトレーナーであるアキラは、カイリューと共にワタルを追い掛けて、スオウ島の上空で激しく火花を散らしていた。

 すぐ傍にあるこの島唯一の山の火口から蒸気らしき煙が上がっているが、その下はどうなっているかは良く見なくてもわかる。

 

 ワタルのカイリューが放った複雑な軌道を描いて翻弄してくる”はかいこうせん”を、アキラを乗せたカイリューは臆さずに突っ込む。一度避けても光線が鋭く曲がってくるが、それを難なく体を捻って避けると間髪入れずに”たたきつける”を決める。

 

「凄い」

 

 回避が困難を極める軌道変化自在の”はかいこうせん”を気にすることなく、反撃に転じたアキラ達の動きにイエローは感嘆する。しかし、二体のハクリューがイエローを狙ってきたので、落ち着いて彼らの戦いを見ていられたのはそこまでだ。

 手持ちを出して応戦しようとしたが、ゲンガーとヤドキングが念の力で引っ張って引き離すと岩肌に叩き付ける。

 

「ありがとう!」

 

 礼を伝えるが、二匹は気にすることなく、そのままハクリュー二匹を相手取る。

 少し離れたところでは、ブーバーとエレブー、サンドパンの三匹が数の利を活かして、数倍も体格差があるギャラドスを他の邪魔にならない様に追い立てながら戦っていた。

 何とか彼らの邪魔にならない様に彼らとカツラの加勢をするべく、手持ちのポケモンを出そうとしたが、プテラの攻撃の余波を受けるカツラの姿が目に入った。

 

「うぐっ!」

「カツラさん!!」

 

 離れて見ていた時も思っていたが、カツラとミュウツーの距離が近過ぎる。

 慌ててミュウツーがカバーしてくれたので事なきを得たが、あれではワタルのポケモンが仕掛ける度に巻き添えになってしまう。

 

「カツラさん! もっと離れて戦いましょう!」

 

 駆け寄ったイエローは、ボロボロであるカツラに進言する。

 トレーナーが適切な指示を与える為にポケモンと近い距離で戦うことがあるのは知っているが、彼のは明らかに近過ぎる。それを言うなら今上空でカイリューの背に乗っているアキラも該当するのだが、今は頭から抜け落ちていた。

 

「出来ないのだよ…」

「え?」

「出来ないのだよイエロー君。私とミュウツーは離れて戦う事は出来ないのだ」

「な…何でですか?」

 

 一体何故なのかイエローはわからなかったが、プテラと戦うミュウツーに意識を向けながら、カツラは離れて戦う事が出来ない理由を語り始めた。

 

 ミュウツーはミュウの遺伝子を組み替えて生み出したポケモンだが、完全体にする為に人の細胞――カツラ自身の細胞を移植している。更にカツラも暴走したミュウツーの細胞が右腕に侵食する形で入り込み、両者は体内に互いの細胞を有している状態だ。

 そのおかげでお互い絆にも近いある種の繋がりが出来ているが、どちらかが離れてしまうと互いに負担が掛かってしまう問題点がある。

 故に、彼らは距離を取って戦う事は出来ないのだ。

 

「アキラ君がどうなのかはわからないが、私とミュウツーが戦える時間は後僅かだ」

 

 離れて戦うと互いに重い負担が掛かってしまうだけでなく、カツラの体内に入り込んでいるミュウツーの細胞は悪性腫瘍の様なものだ。ミュウツーが外に出て戦うと、呼応する様に活発化してカツラの体を蝕む為、戦える時間にも制限が存在している。

 アキラのポケモン達が加勢したおかげで遥かに良くなったこの状況で、自分達が動ける内に勝負を決めたい。上で戦っているアキラとカイリューの動向を確認して、彼は決意した。

 

「イエロー君…今の状況なら、ミュウツーの力で奴らを一網打尽かそれに近い形までに追い込めるはずだ」

「本当ですか!」

 

 希望が持てるカツラの言葉に、イエローは興奮する。

 カツラの作戦は、トレーナーであるワタルがいない今を狙って、彼のポケモン達を一箇所に集めてミュウツーの”サイコウェーブ”で仕留めると言うものだ。

 単純な作戦ではあるが、ミュウツーの圧倒的な能力によるゴリ押しとワタル無しでは適切な行動が取れない穴を突いたものだ。問題があるとすれば、ワタルのポケモン達はアキラのポケモン達と戦っていることでバラバラの距離だと言うことだが、この問題の解消をカツラはイエローに託す。

 

「君達は何とか彼らに私の作戦を伝えて、ワタルのポケモン達が一箇所に集まる様に誘導させてくれ!」

「わかりました!」

 

 カツラから作戦を託され、イエローは一緒に出ていたピカと彼のギャロップと共に走る。

 彼らがまず向かったのは、アキラの手持ちの中でも比較的温厚なサンドパンが戦っているギャラドスの方だった。三匹はギャラドスの巨体に手こずりながらも、数とエレブーが持つ有利なタイプ相性を活かして攻めていた。

 このまま戦っても勝てるのでは無いかと思えたが、彼らは疲れているからなのかイエローから見ても若干動きが鈍かった。

 

「皆お願い!」

 

 イエローは手持ちを全員繰り出すと、それぞれギャラドスに向けて技を放つ。

 威力は戦っている三匹よりも低かったが、それでもきょうぼうポケモンの注意を向けるには十分だった。ギャラドスの気が三匹から逸れた瞬間、ブーバーの”メガトンキック”とエレブーの”かみなりパンチ”がギャラドスの横顔を強く叩き、その巨体を崩した。

 

「えっ? 倒しちゃった?」

 

 当初の予定とは異なってしまうものの結果的に良いのでは無いかとイエローは思ったが、それは間違いだった。倒れていたギャラドスが、この世のものとは思えない恐ろしい声で咆哮しながら起き上がったのだ。一目見て目に眸が宿っていなかったので、正気では無いのは明らかだった。

 

「み、皆逃げよう!!」

 

 この状態のギャラドスに、イエローは心当たりがあった。

 

 クチバ湾の戦いで経験した”あばれる”だ。

 

 イエローの予想通り、ギャラドスは理性を失ったのかデタラメに暴れ始め、イエロー達だけでなく戦っていた三匹も堪らないと言わんばかりに離れ始めた。あの状態になると、元に戻るまで止めようが無い。

 しかし狂った青い龍は、ただその場を暴れ回るだけかと思いきや、距離を取り始めたイエロー達を追い掛け始めた。

 

「えっ!? 追い掛けてくるの!?」

 

 イエローは驚きを隠せなかったが、それなら予定とは異なっているが作戦通りに事を進めるのを決めた。

 手持ちとアキラのポケモン達と一緒に走るイエローは、そのまま二匹のハクリューを相手取っているゲンガーとヤドキングへと走る。

 ハクリュー達は連携して攻めていたが、その点なら二匹も負けていなかった。互いに背中を合わせると、力を合わせて互いの念の力でミュウツーの”サイコウェーブ”を疑似的に再現して二匹を弾き飛ばす。

 

「ゲンガー! ヤドキング! 僕達に付いて来て!」

 

 追撃しようとする二匹の横を通り過ぎながら、イエローは大きな声で伝える。

 彼らは何を言っているのかと思ったが、狂ったギャラドスが迫っているのに気付くと大急ぎでイエロー達の後を追う様に逃げ出した。当然偶然とはいえやって来たチャンスをハクリュー達が逃すはずが無く、ギャラドスに巻き込まれない様に注意しながら追跡を始める。

 

「決して挑まないで! 僕を信じて付いて来て!!」

 

 敵味方全員付いて来ているのを確認して、イエローは自分を信じる様に伝える。

 ゲンガーとブーバーは怪訝そうではあったが、何か策があるのだろうとイエローを信じることにした。ハクリュー達が”はかいこうせん”を放ってくるが、不思議な事にさっきまでの変則的な軌道を描くことなく直線的なものだったので、彼らは容易に避ける。

 途中でイエローのラッタが躓いてしまうが、咄嗟にヤドキングが念で浮かせてエレブーが背中に背負うなど、助け合いも万全だった。

 

「イエロー君……良くやってくれた」

 

 右腕のざわめきから、カツラは自らの限界が近いのを悟っていたが、イエローが作戦通りに三匹のドラゴンを誘導してくれたことに感謝する。

 

 ここまで誘導してくれた()の為にも、必ず成功させる。

 

「カツラさん!!」

 

 ワタルのドラゴン三匹を引き寄せたイエロー達が、自分達目掛けて走って来る。

 それを見たミュウツーは、鍔競り合っていたスプーンでプテラを迫る三匹に向けて投げ飛ばす。

 そして四匹がほぼ一箇所に固まった瞬間、カツラは叫んだ。

 

「”サイコウェーブ”!!」

 

 それを合図に、ミュウツーの手元から手にしていた念のスプーンは消え、代わり強大なパワーを秘めた念の渦へと変化した。

 全身全霊を込めた最大パワーの”サイコウェーブ”を受けて、四匹のドラゴンポケモン達は激しく掻き回される。もしこの場にワタルがいたら対処手段を伝えていただろうが、今彼はアキラの相手をしている。ハクリューやプテラは勿論、巨大で理性が飛んでいる今のギャラドスでさえも、ミュウツーが起こした念の竜巻に抗えない。

 しばらく渦巻き続けるが、最後に竜巻ごと地面に叩き付ける様に仕向けると、ワタルのドラゴン達は力無く転がった。

 

「やった!!」

 

 カツラの一網打尽作戦が成功して、イエローは歓喜の声を上げる。

 これで残るはワタルと彼のカイリューだけだが、立役者であるカツラとミュウツーの両者は苦しそうに片膝を突く。

 

「カツラさん!」

 

 急いでイエローは駆け寄るが、一緒に戦っていたアキラのポケモン達も疲労が限界なのか、まだ上空でアキラとカイリューが戦っているのに座り込むものが続出し始めた。

 ミュウツーも戦い続けたのと強力な技を使うのにかなり体力を消耗してしまったが、カツラの容体を気にしてか、役目を終えたと言わんばかりに自らボールの中に戻っていった。

 

「よくやってくれた…兄弟…」

「カツラさん…」

 

 息が荒く、今にも気を失ってしまうのではないかと思えるまでにカツラは弱っている。

 だけどそれでも彼は、ミュウツーが戻ったボールを手に出来るだけの意識を保っていた。

 

「私は大丈夫だ。それよりも…」

 

 さっきよりも高く飛んでいるので良く見えないが、二人が見上げた先でアキラ達はまだ戦っていた。またしても攻撃を受けてしまったワタルを乗せたカイリューは、空中でバランスを取ろうとするが、間を置かずにアキラを乗せたカイリューは追撃に”つのドリル”を振るう。

 ”つのドリル”は本来突き刺すものだが、彼らは螺旋状に渦巻くエネルギーを刃の様に振り回していく。一撃必殺技は、どれだけダメージや攻撃を受ければ一撃で倒れてしまうかの基準が曖昧だ。なのでワタルとカイリューは回避に徹する。

 

「そこだ!!」

 

 ワタルのカイリューは振った頭が逸れた一瞬の隙を突き、”かいりき”を発揮したパンチを放つ。

 相手の体勢とパンチの速さ、タイミングを考えれば回避は不可能。ある程度和らげられても直撃は避けられない。そう確信していたが、アキラのカイリューは放たれた拳が当たる寸前に体を回す様に巧みに受け流しながら拳を支柱に体を捻らせる。

 

「何だと!?」

 

 ワタルは驚愕するが、そのままアキラのカイリューは激しく一回転すると、再び太くて強靭な尾を叩き付ける。

 先程とは異なって、無防備なのと回転の勢いが上乗せされた強烈な破壊力に留まる事が出来ないまま、ワタルを乗せたカイリューは一直線に落ちて激しく岩肌に激突した。

 

「うぐ…こ、こいつ…」

 

 相手は戦いの連続で疲労しているので、万全状態には程遠い筈なのに圧倒されている事実にワタルは悪態をつく。さっきから攻撃は仕掛けても避けられる。そして一方的に反撃を受けるの繰り返しで、まるで意味が分からなかった。

 

 彼が立ち上がるのに手間取っている間に、イエロー達の近くの岩肌が爆発した様に土埃が舞い上がり、中から空から降りてきたアキラを背に乗せたカイリューが出てくる。

 乗せているトレーナーもそうだが、カイリュー自身も水を浴びた様に汗を流し、今にも倒れそうな程息を荒くしていた。

 

「抑えろリュット。挑発するのは抑えろ」

 

 目を閉じて、肩が上下する程までに激しく呼吸をしているアキラは、片手で頭を抑えながらカイリューに告げていた。ワタルらに対して挑発したい衝動がカイリューの中では湧き上がっていたが、彼は何とか自らの意識で抑え付けているのだ。

 正直言ってここまで彼らを圧倒出来るとは思っていなかったが、戦い続けるにつれてある気掛かりがアキラの中では浮かんできていた。

 

 それは先程までカイリューを通じて感じていた右腕の痛みなどを始めとした痛覚、更には気怠く感じていた疲労感が急に消えてしまったことだ。

 呼吸が荒いのと大量に汗を掻いているのも、今こうして余裕が出来たから意識して気付けたが、普通なら無意識に気付けるはずなのに意識しなければ自分の状態がわからないなど異常だ。

 

 カイリューは一度回復しているので自分より遥かに状態は良いが、自分自身も含めて疲労は抜け切っていないし右腕も不調なので、ワタルとの戦いでは一度も攻撃にも防御にも利用していない。

 もし、今感じられない人体の痛覚を始めとした体の危険信号が再び反応し始めたら、そしてこの状態で一度でも攻撃を受けたら一体どうなるのか、全く予想が出来ない。

 

 その為、アキラは自分とカイリューがこのまま戦い続けることに懸念を抱いていたが、イエローは彼がワタルに対して有利に戦いを進めているのに驚いていた。

 お互いが連れているポケモンは同じカイリュー、双方のレベル、そして導くトレーナーの力量が全てを分けるが、それらの力量でアキラはワタルに勝っているのだろうか。もしこのまま続くなら、レッド達はどうなっているかわからないが、自分達はワタルに――

 

「もう…止めましょう」

 

 静かに、呟いているのでは無いかと思えるくらいに小さな声でイエローはワタルに呼び掛けた。

 既にワタルが率いるポケモンは、カイリュー以外全員倒れている。

 状況はこちらが有利と言っても良く、これ以上戦う必要も傷付く意味も無い。

 しかし、今のワタルが素直に聞き入れるはずも無かった。

 

「止める? それはつまり俺に降参しろと言うのか」

「これ以上……貴方に街や人々を傷付けさせたくないのです」

 

 今度はハッキリとイエローは伝える。同じトキワの森の力を持つ者であるのなら、これ以上戦えばポケモン達が傷付いてしまうのがわかるはずだ。

 もう引き下がれないのかもしれない。

 だけど、だからと言って放っておけば放っておくほど、彼の罪は重くなるだけでなく多くの人やポケモン達が傷付いてしまう。

 しかし、イエローの願いとは裏腹に、ワタルとカイリューは目に見えて怒りを増す。

 

 この期に及んでまだ自分達に止めろと説教をすると言うのか。

 それだけでも腹立たしいのに、その横には極度に疲労はしているが、終始圧倒している為か幾分か余裕そうに見えるアキラとカイリュー。

 こんな奴らに自分達が追い詰められている。

 

「俺が負ける? こんな奴らに……」

 

 身勝手な人間を消して、自分やポケモン達の理想郷を築くと言う長年の野望を目の前に立っている者達に阻止されるなど絶対に許されない。

 

「認めるものか…絶対に!」

 

 ボロボロになったマントを引き千切り、ワタルとカイリューは立ち上がる。

 彼らが放ち始めた怒りと得体の知れない威圧感に、イエローだけでなくアキラ達も警戒しているのか一歩下がる。

 

「舐めるなァアアアアア!!!」

 

 魂が籠った激しい怒りの雄叫びをワタルが上げると、呼応する様にカイリューも周囲の空気が震える程までに荒々しく吠えた。

 その直後、ドラゴンポケモンの体から濃い緑色のオーラが迸った。




アキラ、体の異変に懸念を抱き始めるも加勢して早々にイエロー達とミュウツーのおかげで追い詰めるのに成功する。しかし、ワタルのカイリューは謎の力を発揮し始める。

原作では複数相手に互角に渡り合いながらも、一匹も倒すことが出来なかったミュウツーですが、上手くやれば一匹や二匹倒せたと思います。
ですが、後に伝説のポケモンを相手にしても戦えるトレーナーが連れているポケモンが存在しているのを見ると、ワタルが連れているポケモンのレベルが高くて仕留め切れなかった可能性もありますけど。

ポケスペは描写次第ですが、大体は他の作品以上に伝説のポケモンの力は桁違い扱いなので、それらの存在を相手に真っ向から戦える一般ポケモンは一体どれだけの力があるのか、そしてそこに至るまでにどんな過程があったのか。こういう所を考えるのも中々面白いです。

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