SPECIALな冒険記   作:冴龍

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ラストアタック

 イエローと一緒にいたポケモン達が起こした奇跡に、初めは驚いていたワタルではあったが、冷静に考えればここは足場の無い空だ。

 今進化したバタフリーは空を飛べるが、それ以外のポケモン達は今勢いでこちらに向かってきているだけ、避けるなり返り討ちにすればそこで終わりだ。

 互いに残された時間は少ない、この戦いの勝敗で全てが決まる。

 

「邪魔はさせない! こいつを手に入れてポケモンの敵である人間どもを滅ぼす!」

「違う! 人間はポケモンの味方だ!」

 

 ワタルの叫びに、イエローも大きな声で反論する。

 最後の最後まで双方は歩み寄る事は無く、意見がぶつかり合うだけだった。

 それを合図に、進化したイエローのポケモン達はワタルが乗るカイリューに一斉に戦いを挑む。

 ドードリオは三つの頭でそれぞれ”ドリルくちばし”を仕掛けようとするが、触角から放たれた電撃で弾かれる。次にオムスターが”れいとうビーム”を放つが、”だいもんじ”の炎に押されて相殺されてしまう。

 

「っ! まだだ!」

 

 勢いを失って落ちていく彼らをイエローは上手くボールに戻すと、今度はピカチュウが”10まんボルト”を放つが、これもカイリューが放った”はかいこうせん”と激しくぶつかり合う。その隙にラッタとゴローニャの二匹は、ワタルのカイリューに”たいあたり”を決める。普段ならそこまで響かないが、特にゴローニャは進化したことで一時的に力が増しているのとカイリューは限界まで体を酷使しているなどの条件が重なり、重い一撃だった。

 意識が一瞬飛んでバランスを崩すが、すぐさまカイリューは立ち直ると太い尾を二匹にぶつけて叩き落す。

 

「ラッちゃん! ゴロすけ!」

 

 このまま落ちたら、煮え滾るマグマに満たされている火口に落ちてしまう。

 仮に火口へ真っ直ぐ落ちていくのを免れても、この高さから落ちたら無事では済まない。モンスターボールに戻そうにも間に合わないと感じた時、アキラを抱えたカイリューが素早く回り込み、巨体を活かして巧みに二匹を受け止めてくれた。

 

「ありがとう!」

 

 助けてくれたことにイエローは感謝する。これで目の前の戦いに専念できる。

 希望を胸に、再び挑んでくるイエロー達の姿にワタルの苛立ちは頂点に達する。

 同じ力がある以外は何一つ特別でないどころか、弱いクセに何度潰しても屈しようとしない。

 今度はポケモンだけでなくイエロー本人も狙おうとした時、レッドを掴んだプテラが立ちはだかった。

 

「退け!」

「退くもんか!!」

 

 短いやり取りの後、彼らは問答無用で互いに激しく激突するが、レッドに気を取られたワタルは背後にリザードンが回り込んでいたことに気付くのが遅れた。

 

「リザードン、”かえんほうしゃ”!」

「カメちゃん、やっちゃえ!!」

 

 リザードンは口から火炎を放ち、ブルーが投げたボールから飛び出したカメックスは腕を引いてカイリューに迫る。

 背後に二人と二匹、正面にはレッドにプテラ、その彼の後ろには受け止めたゴローニャとラッタをイエローの元に返すカイリューと抱えられたアキラの姿。彼らの組み合わせを見て、ワタルの脳裏に先程のクチバ湾での戦いが過ぎった。

 またしても自分は彼らの前に屈することになるのか。

 

「うおォォォォォ!!!」

 

 今度は、絶対に負けない。

 魂の底から引き出した様なワタルの雄叫びと共に、カイリューは先程サカキのポケモン達を蹴散らした周囲に衝撃波を解放する形で”げきりん”を放った。緑色の激しいエネルギーの衝撃波を受けて、近くにいた三人とそのポケモン達は吹き飛び、エネルギー波はイエローとアキラにも迫る。

 

「イエロー下がれ!」

 

 この場にいるだけでも苦しそうにしていたアキラが声を荒げると、カイリューはイエロー達を背中に回して、彼らを衝撃波から守るべく盾になった。

 最初は堪えるつもりだったが、踏ん張りが利かない空なのもあって結局彼らも衝撃波の影響で、先に落ちた三人の後を追う様に落ちていく。

 

「アキラさん!」

「余所見をしている場合じゃ無いぞ!」

 

 腕を振ってきたカイリューの攻撃を、イエローはギリギリで避ける。

 もう一度ボールに戻した仲間達を出したいが、もう周りには自分とワタル以外飛んでいない。もしボールに戻す機会を逃してしまえば、今度こそ危ない。

 可能な限り頭を回転させるが、イエローの脳裏にハナダシティのカスミの屋敷で一緒に特訓した三人の姿が浮かんだ。

 

「ピーすけ!」

 

 イエローの翼となっていたバタフリーは、呼び掛けに応じて翼から鱗粉の様なものをカイリューに向けて撒き散らし始めた。ワタルは口元を隠すが、風の流れに乗って周囲に広がる色鮮やかな粉を浴びてカイリューの表情は歪む。

 ”どくのこな”に”しびれごな”、”ねむりごな”など三種類の状態異常にする粉技を同時に放っているのか、攻撃技では無いはずなのに限界寸前のドラゴンポケモンの意識は揺らぐ。

 

「しっかりするんだカイリュー!! この程度お前なら問題は無い!!」

 

 忠誠を誓っている主人の鼓舞を受けたカイリューは、力を振り絞って粉を振り払うと同時に撒き散らしてくる元凶に突進するが、イエローの肩に乗っていたピカチュウが飛び上がる。

 

「”10まんボルト”だピカ!!!」

 

 放たれた強烈な電撃が一直線に飛んでいくが、カイリューは避ける。

 だが、本当の狙いは彼らでは無かった。

 放出された電気エネルギーが、バタフリーが撒き散らした粉に接触した途端、粉は粉塵爆発を起こして連鎖的に炸裂し始めたのだ。激しい爆発の嵐にカイリューとワタルは瞬く間に包まれ、イエローも辛うじてピカチュウを受け止めるが爆風でバタフリーと一緒に吹き飛ぶ。

 

 かなり手荒いと認識しているが、やれるだけのことを尽くすとイエローは覚悟を決めている。

 爆煙の中からカイリューが一瞬落ちていくのが見えたが、すぐに体勢を立て直すとイエロー達に襲い掛かった。

 

「この程度で俺達を倒せると思ったか!!」

 

 カイリューとワタル、既にどちらも満身創痍と言っても過言でない程にボロボロであったが、鬼気迫る気迫でイエロー達に迫る。

 振るわれたカイリューの尾を再びボールから飛び出したゴローニャが受け止めるが、他のポケモン達が攻撃を仕掛ける前に、カイリューは荒々しくメガトンポケモンを投げ返す。

 

「もうすぐだ! もうすぐ幻のポケモンがバッジのエネルギーを吸い尽くす!」

 

 ワタルから仕掛けられる攻撃の対処に精一杯だったが、彼の言葉からイエローは幻のポケモンの存在も思い出す。仮にワタルをここで止めることが出来ても、彼が求めている存在も如何にかしなければならないのだ。

 

「今度こそ…今度こそ人間どもからポケモンを解放できる!」

 

 それこそ彼らにとって長年の悲願、カイリューも持てる力の全てを駆使して主人と共に目指した野望を実現させるべく戦う。文字通り、命を削るのを躊躇わないワタル達の猛攻にイエロー達は押される。

 ポケモン達が進化したおかげで、彼らは先程よりはずっと渡り合えていたが、それでもワタル達の力には押されて防戦一方だ。

 一体どうすればこの状況を打開できるのか。

 

「!」

 

 他の事を気にしていられないギリギリの状況であるにも関わらず、イエローは唐突にある事に気が付いた。無意識の内に自分が持つトキワの森の力を使っていたのか知らないが、肩に乗っているピカチュウの思考が頭の中に流れてきたのだ。

 この戦いと自分が旅に出る切っ掛けとなったオツキミ山で起きた戦い、その時起きたジムバッジが集まった時に発生するエネルギーの強大さ、そしてその対抗策。

 

 集まってしまったエネルギー自体はどうしようも無い。

 ならばそれ以上のエネルギーをぶつけて吹き飛ばす。

 そうすればワタルの野望を止められる。

 

 単純明快な方法ではあるが、これ以上無い有効な策だとイエローは考えた。

 しかし、問題はここまで膨れ上がったエネルギーを吹き飛ばせるだけの莫大なエネルギーをどこから得るかだ。

 

「どうすれば…」

 

 思わず呟いてしまうが、それ以上イエローは弱音を吐かなかった。

 歪んだ野望の為とはいえ、ワタルは命懸けで挑んできているのだ。ならば自分達も彼らを止めたいのならば、命を賭けて戦う。決意を新たにイエローとポケモン達はワタルとカイリューに挑んでいくが、折れた右腕をギプスしていた糸が解れているのには気付いていなかった。

 

 

 

 

 

「皆大丈夫か!」

 

 肩を掴んでいるプテラから離して貰うと、レッドは手足の痺れを感じながらも落下した他の仲間達の元へ駆け寄る。

 

 ワタルのカイリューが放った”げきりん”によって、イエローを除いた四人は火口周辺に落とされていたが、幸い全員無事であった。

 ひこうタイプを持っていないブルーは、乗っていたカメックスの肩にあるキャノン砲から水流を放った勢いを利用して無事に着地し、リザードンやカイリューも空中で体勢を立て直した後、安定した形で地表に降りていた。

 問題があるとしたら、ただでさえ体調が良くないのに無理をしたのが祟ってアキラの顔色が更に悪くなっていることだが、恐らく大丈夫だろう。

 

「もう一度イエローのところに向かうべきね」

「あぁ」

 

 ブルーの意見に、グリーンは同意する。

 弱っているとはいえ、自分達を一蹴した様に相手は四天王最強の存在だ。

 急いで戻って、もう一度イエローの加勢をして加勢しなければ危うい。

 リザードンとカイリューは翼を広げて今にも飛び上がりそうだったが、ある物がレッドの目に入った。

 

「待ってくれ皆!」

 

 しかしリザードンは止まったものの、カイリューだけは彼が声を上げたことに気付かなかったのか、アキラを抱えたままあっという間に再び飛んで行ってしまった。

 レッドは頭を抱えるが、悩んでいる暇は無いとすぐに切り替えて、わざわざ呼び止める切っ掛けとなった物を掴んで引っ張ってくる。

 それは細長い糸の様なものだったが、その糸が何なのかレッド以外はわからなかった。

 

「あのエネルギー……見覚えがある」

 

 大きさと量は違うが、レッドから見てみるとアレはオツキミ山で四天王が繰り出した三位一体の攻撃に酷似していた。あの時は、突然だったのや追い詰められていたので対抗策が見出せなかったが、今ならわかる。

 

「何とかして、あれ以上のエネルギーをぶつけることが出来れば、奴らの野望を止めることが出来ると思う」

 

 彼が何を言っているのかブルーにはわからなかったが、聡明なグリーンはすぐに理解した。

 今上空で戦っているイエローとワタルの頭上には、光に包まれた見たことが無いポケモンが集められたエネルギーを吸収している。恐らくあのポケモンこそが、四天王達が自分達の野望を叶える為に準備した切り札的な存在で、上手く操ったり力を発揮させるにはエネルギーが必要なのだろう。

 

 ワタル達が集めたエネルギーを吹き飛ばすことで、これ以上のエネルギー吸収を阻止する。

 それが今、自分達に残された四天王の野望を阻止するのに最も有効な手段だ。

 

「つまり、この糸を伝って俺達のポケモンが放つエネルギーをイエローに送るってことか」

「そうだ。複数のタイプのエネルギーが合わさったエネルギーを使えばワタル達に対抗出来るはずだ」

 

 連れているポケモンが秘めている各タイプのエネルギーを一匹のポケモンに託す。

 そんなことをしなくても自分達が再び最終決戦場へと戻って、各タイプのエネルギーが合わさった攻撃をする手もあるが、あの様子では最終決戦場へと戻っても手遅れになってしまう可能性が高い。その為、必然的にイエローにこの重大な役目を託すことになる。

 

 イエローが送ったエネルギーをちゃんと活かせるかの懸念は無かった訳では無かったが、それでも彼らはイエローを信じた。

 旅に出てから一度も屈することなく、今日まで戦い抜いて来たのだ。

 今回も必ず成し遂げてくれるはずだ。

 レッドがフシギバナを出すと、既に出ていたリザードンとカメックスも糸の前に構える。

 

 これで全てが決まる。

 

「フッシー!」

「リザードン!」

「カメちゃん!」

 

 名前を呼ばれると同時に三匹は、一斉に各々が覚えている各タイプのエネルギーを放つ。

 フシギバナが有する草のエネルギー、リザードンが備える炎のエネルギー、カメックスが持つ水のエネルギー、それら三タイプのエネルギーは糸を這う様に螺旋状に伝っていく。

 

「あれ…は…」

 

 三色の色鮮やかなエネルギーが昇っていくのを息絶え絶えのアキラは目にするが、それが一体何なのか理解する前に、最終決戦場へと真っ直ぐ飛んでいるカイリューを追い越す。

 そして三タイプのエネルギーは、瞬く間に糸の元であるイエローの元へ届けられた。

 

「これって…」

 

 普通なら送られてきたエネルギーを受けたら無事では済まないが、彼らが送って来たエネルギーは強大でありながらも優しくイエロー達を包み込む。

 送られてきたエネルギーの影響を受けているのか、ピカチュウは何時も以上に頬から火花と電流を散らし始める。

 

「ピカ!」

 

 ピカチュウの様子を見て、イエローは決心する。

 

 ワタルを止める為にも皆を守る為にも、これで全てを終わらせる。

 

「させるかァァァァァ!!!」

 

 イエローが何をしようとしているのか悟ったのか、ワタルのカイリューはイエロー達目掛けて”はかいこうせん”を放つ。

 彼らは知る由も無かったが、それはただの”はかいこうせん”では無く、バッジエネルギーの影響を受けた普段以上に強力な”はかいこうせん”だった。レッド達から託されたエネルギーを得たピカチュウは、迫る光線も含めて纏めて吹き飛ばすつもりではあったが、速過ぎるだけでなく自らの力の解放に手間取ってしまう。

 

「止めろリュットォォォーーー!!!」

 

 声帯が破れるのでは無いかと思ってしまう程の大きな声を、カイリューに抱えられる形で最終決戦場へと急行しているアキラは、弱っているにも関わらず上げた。

 このままではイエローがやられてしまう。

 それだけは何としてでも阻止しなくてはならない。

 

 そして止めることが出来るのは、今この場では自分が連れているカイリューしかいない。

 カイリューがすぐに応えて何とかしてくれるのかはわからないが、アキラにはもう自分を抱えてくれている相棒に縋るしか無かった。

 

 だけど彼の頼みをカイリューは、すぐに聞き入れた。

 忠誠と言う言葉が嫌いで、普段はアキラから掛けられている期待や信頼に応えることはあまり真剣には考えていないが、叫んだ理由も含めて今この時は信じてくれている彼の頼みに全力で応えようと動く。先程と違って今のアキラとは繋がってはいないが、彼の考えていること、そして意思がカイリューに伝わった。

 

 ドラゴンポケモンは、一直線に飛行しながら無理矢理引き出したのも含めて、体内に溢れる全ての力を瞬く間に口内に集約させる。それは二年前、彼がミュウツーに対して最後に放った時と同じ感覚であったが、それに気付かないままカイリューは全身全霊を込めた”はかいこうせん”に()()()()()()を放った。

 

 しかし、ロクに反動を考慮せずに解放したその力は、消耗しているだけでなく踏ん張りの利かない上空で放つにはあまりにも威力が高過ぎた。

 アキラのカイリューは持ち堪えられなくて、折角あと少しで最終決戦場へ戻れるところだったのに、逆走する様に後方へ吹き飛んでしまう。

 だが軌道が一切ブレること無く真っ直ぐに放たれた黄緑色をした光の束は、イエロー達に迫る”はかいこうせん”を呑み込む様に掻き消す程の巨大な光の柱となって、彼らを守る。

 

「バカな…」

 

 アキラ達が最後に放った技にワタルとカイリューは唖然とするが、彼らが体を張って作った時間は、イエロー達には値千金以上に価値があった。

 イエローとワタル、両者を遮っていた黄緑色の光が目の前から消え去ると同時に、肩から全ての準備が整ったピカチュウが跳び上がる。

 そしてイエローは、心の奥底から力を籠めて叫んだ。

 

「”100まんボルト”ォォォーーー!!!」

 

 アキラが稼いでくれた時間、三人が送ってくれたエネルギー全てを使い、ピカチュウは”10まんボルト”を遥かに超える眩いとしか形容し切れない電撃を放った。それはワタルとカイリューを呑み込むだけに留まらず、バッジのエネルギーを吸いに来た幻のポケモンにも直撃する。

 

 ピカチュウが放った常識外れの”10まんボルト”に良く似ていながらも全く別次元の威力を有する技に、ワタルとカイリューは体が光の中へと消えていくのに抗うも抗い切れない。

 

「……ここまで…か…」

 

 脳裏に野望を抱く切っ掛けから今にまで至るまでの流れが走馬灯の様に駆け巡り、彼は自らの敗北を悟り、カイリューと共に眩い光の中へと消えていった。

 

 

 

 

 

 放たれた膨大な電撃の様なエネルギーが上空に集まっていたエネルギーにぶつかった瞬間、双方のエネルギーは拡散する様に弾け飛んだ。

 その弾け飛んだエネルギーはスオウ島全体のみならず、遠く離れたカントー本土にも光として降り注いでいき、レッド達三人は一連の光景を見届けていた。

 

「……綺麗な光だな」

「あぁ」

「何だか良い気持ちになれるわ」

 

 スオウ島にある山の頂上付近にいた三人は、太陽の様に周囲を照らしながらも雨の様に降り注いで来るエネルギーを穏やかな表情で眺めていた。

 さっきまであれだけ荒々しいエネルギーだったのに、今では浴びる者には穏やかな気持ちになるのを感じさせる安らぎを与えてくれる。しかし、彼らが落ち着いて降り注ぐ光とエネルギーを見ていられたのはそこまでだった。

 

 放たれる光に紛れて一際濃い影が何やら見えたと思った瞬間、その影は弾丸の様なスピードで山が揺れる程の勢いで頂上に落ちてきたのだ。

 レッド達は急いで落下現場へと向かうが、舞い上がった小石と砂埃が晴れると、そこにはアキラを抱えたカイリューが仰向けに力無く倒れていた。

 

「アキラ! カイリュー!」

 

 ブルーは思わず口元を手で抑えるが、レッドとグリーンはカイリューが落下した時の衝撃で出来た小さなクレーターに飛び降りると、中心に倒れている彼らに駆け寄る。

 

 ただでさえ彼らは、自分達以上に限界まで戦っていたのだ。最後に一瞬だけ見えた光の柱を彷彿させる黄緑色の光も、恐らく彼らが何らかの力を発揮したものだろう。

 レッドよりも先にグリーンは彼らの状態を確認するが、両者とも意識は無かった。

 最悪の考えが頭を過ぎり、続けて彼は彼らが息をしているのかや脈も確かめようとした時、呻く様な声が聞こえるのを耳にした。

 

「アキラ?」

「ぅ…う~ん…」

 

 若干苦しそうにしながらもアキラは目を開くと、そのまま下敷きになっているカイリューの腹の上で起き上がった。さっきまで腕を動かすどころか、首を回す事さえも一苦労だったのを見ていたレッドは、彼の動きに慌てる。

 

「アキラ、無理して体を起こすな。腹の上に乗っているカイリューには悪いかもしれないけど」

「確かにまだ体は重い上に苦しいけど、何だか少しずつ気分が良くなってきた」

「え?」

 

 ぼんやりと遠い目ながらも心地良さそうに告げるアキラに、三人は呆気に取られる。

 事実、上空から降り注ぐ光を浴びている内に、彼は体の調子が良くなっていくのを感じていた。それは自らが下敷きになってでも守ってくれたカイリューも同じなのか、ドラゴンも意識を取り戻すと、アキラが滑り落ちるにも構わず体を起こす。

 滑り落ちてしまったアキラだが、体を地面に打ち付けた際に全身にかなり響いたのか、さっきまでとは一転して悶絶してレッドとグリーンの呆れを買っていた。

 

「あら?」

 

 ブルーも安心しながらも呆れた様子で見ていたが、何かに気付いたのか足元に目を向けながら一歩下がる。

 そこには、さっきまでは無かった一輪の小さな花が咲いていたのだ。

 

 しかも花は彼女の足元だけでなく、気が付けば荒れた岩肌であるにも関わらず、小さな植物がそこかしこに育ち始めていた。どうやら今上空から降り注いでくるエネルギーは、自然界に存在するあらゆる物に何らかのプラスとなる影響力を持っており、アキラや草木はその恩恵を得ているのだろう。

 

「”100まんボルト”か……まさか新しい技を編み出すなんて、全く予想していなかった」

 

 ようやく痛みが引いて、フラつきながらもカイリューと一緒に立ち上がったアキラは、今も最終決戦場から放たれている光の元へ目を向ける。

 名称的にも単純に”10まんボルト”を10倍にした威力のイメージがあるが、意識が飛ぶ前にイエローが叫んだ初めて聞く技名にアキラは興味津々だった。

 ゲームなどに出てくる技の殆どは覚えているつもりではあるが、この土壇場にイエローが編み出したオリジナル技なのだろうか。

 

「いや、今までに無い技なのは確かだが再現性は無い。新しい技とは言いにくい」

「そんな固いことを言うなグリーン。ロマンが無いだろ」

 

 真面目に新技認定基準らしきことを語るグリーンに、レッドは軽く指摘する。

 どうやら新しい技と認められるには必要な要素があるらしいが、そんなこと関係無く普通の技を超えた技の存在にアキラは惹かれていた。さっきカイリューが放った技も、見慣れた”はかいこうせん”みたいなものであったが、色は”げきりん”を彷彿させるなど、両方の特徴を兼ね揃えている様にも見えなくも無かった。

 

 名前を付けるとしたらどちらにするべきか、それとも正式に認められなくても良いから個人的な範囲内で良いから別の名称を付けちゃっても良いのか、ロマンある想像に頭を膨らませる。

 そんな男子三人のやり取りに、ブルーは呆れたように息を吐く。

 

「ちょっと貴方達、イエローが放った技に関して考えるのは後回しにして、迎えに行った方が良いんじゃない?」

「え? あっ、そうだな」

 

 上を見上げているブルーにレッドも同意してプテラに掴まると、まだ上空にいるであろうイエローを迎えに行く。その様子を見て、アキラは一旦”100まんボルト”に関する事は頭の片隅に置き、安心した様に息を吐く。

 

「エネルギーも弾け飛んだし、これで一件落着ね」

「そうだな。イエローも、まだ小さい女の子なのに良くやってくれたよ。本当に」

 

 感慨深そうにアキラは呟く。

 周りに助けられたとはいえ、ポケモンバトルを本格的に初めてまだ数カ月であるのに、イエローはワタルという強敵を打ち負かしたのだ。

 トキワの森の力という特殊な才能を有していることを考えても、その成長ぶりは凄まじい。

 仮に同じ才能を他の者が持っていたとしても、イエローであったからこそ成し遂げられたと言っても良いだろう。

 

「――そういえばアキラ、気になる事があるんだけど」

「気になる事って?」

「貴方は何でイエローが女の子なのを知っているの?」

 

 敵を含めた他者に侮られない様に、と女の子であるのを隠して男の子として振る舞う様にブルーはイエローに指導している。実際その指導が功を奏したのか、イエローが女の子であるのは勘の鋭いグリーンを含めた一部しか知られていない。

 こう言ってはあれだが、アキラはそんなに鋭いとは思えないのだ。

 一体どうやって彼女が女の子であるのを見抜いたのか、ブルーは気になっていた。

 だが彼女の疑問に、アキラは疲れた様な反応を見せる。

 

「別に良いじゃんそんなの。どこか男っぽく無かったし」

「それだけ?」

「他にもあるけど、男っぽく無いだけでも十分だよ。それよりレッドにイエローが女の子なのを教える?」

 

 まさか漫画を通じて知ったなど言う訳にはいかないので上手く誤魔化すが、アキラ的にはこっちの方が気になっていた。グリーンは面倒だから黙っているが、このままだとレッドはジョウト地方での戦いが終わる直前までイエローが女の子、それもかつて自分が助けた子であることに気付かないままだ。

 しかしブルーは、アキラが尋ねた内容について首を横に振る。

 

「いやいやしないわ。だって――」

「だって?」

「黙っていた方が面白いもの!」

 

 上機嫌にブルーは笑い始めるが、そんな彼女にアキラは呆れた様な眼差しを向けるのだった。グリーンも笑っている彼女に「うるさい女だ」と呟く。

 面白いからという理由だけで真実を隠される、何かとレッドが彼女に振り回される理由が良くわかった気がする。

 

「おーーい! 皆ーーっ!!」

 

 自分が仲間外れにされているとは露も知らずに、レッドは頂上にいる三人に呼び掛けながら、緊張の糸が途切れて眠っているイエローを腕に抱えて戻って来た。

 

 彼らの様子にブルーは更に上機嫌で出迎えるが、女の子だと知っていたら絶対にしないであろう抱え方をしていた彼にアキラとグリーンは視線を交わすと、互いにレッドの鈍さに肩を竦めるのだった。




ワタルとの最終決戦、各々が持てる力の全てを出し切った結果、イエローとピカチュウが繰り出した大技によって終止符が打たれる。

初期設定ではエネルギーを送るのにカイリューも加わる予定でしたが、三位一体にもう一匹増えたら上手くいくのかどうか変な方に考え始めた結果、後に繋がるのを考えて今回の様な流れになりました。

ワタルは二章では傲慢でプライドが高い青年な印象が強いですが、今回の戦いの中で得た結果と経験を敗北も含めて受け止めたことで、三章と九章で描かれた多少は落ち着きのある成熟した人間へと成長したのではないかと思います。

第一章の頃とは違って、初めてアキラ達は自らの意思で地方の命運を賭けた大規模戦闘に参戦しましたが、気付いたら四天王が最初から本気を出したことで、原作よりも傷を負っている扱いにしているレッド達以上にボロボロになっているのに見直している時に気付きました。
昔よりは強くなっているはずなのと流血までには至っていないのですけど、作者である自分ですら、彼の今後が心配になります。

次回で第二章完結です。

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