SPECIALな冒険記   作:冴龍

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大変長らくお待たせしてすみません。

更新を再開します・・・と言える程、残念ながらまだ書き上がってはいません。
思う様に進まなかったので、何時も以上に投稿回数は少ないです。

今後は十話以上とは考えず、数話でもキリが良いと判断出来たら、すぐに投稿しようと思います。


課題だらけの壁

「アキラ、その腕どうした?」

 

 タマムシ病院を訪れていたレッドは、友人であるアキラの姿に驚きを露わにしていた。

 

 レッドとアキラが、仲間達と共にカントー四天王と激闘を繰り広げて一か月。

 街の半分以上が廃墟と化したクチバシティの復興は着々と進み、二人も()()()では戦いで負った傷の殆どは既に癒えていた。ところが病院内で会ったアキラは、最後に会った時は何事も無かった腕にギプスの様な物を付けていたのだ。

 

「何かトラブルでもあったのか?」

「いや…これはちょっと…」

 

 レッドが尋ねてきた内容にどう答えたら良いのかアキラは迷うが、病院に往来している人達に目を向ける。ここで話すのは良くないと判断したのか、彼と一緒に別の場所へ移動しながら訳を話し始めた。

 

「この前リュットを――」

「リュット?」

 

 リュットとは、アキラが連れている相棒にしてエースであるポケモン、カイリューに付けているニックネームだ。

 一か月前の戦いの最中、遂に最終形態へと進化を遂げたドラゴンポケモン。

 以前から不安視していた進化後の体調不良も無くて、順風満帆に事が進んでいるのにトレーナーである彼も含めて上機嫌だった筈だ。

 

 この様子だと、また何時もの様に手持ち絡みのトラブルで怪我をしたのかと彼は軽く考える。

 しかし、アキラの口から告げられた内容は、レッドの予想を大きく超えていた。

 

「引き摺って腕を痛めた」

「――はぁ?」

 

 あまりにぶっ飛んだ内容に一瞬だけ思考が止まってしまったことも相俟って、レッドは全く理解できなかった。

 『引き摺って腕を痛めた』と言っているが、聞き間違いでなければ『カイリューを引き摺って腕を痛めた』とアキラは言っているのだ。何があったのかは知らないが、カイリューを引き摺って腕を痛めたなどツッコミどころが満載過ぎる。

 

「えっと……引き摺ったって…カイリューをだよな? ――何があったの?」

「その…リュットを止めようとした時に…気付いたらあいつの尻尾を掴んで引き摺っていた…」

「いや気付いたらって何だよ。てか、あんな大きいカイリューを引き摺れるものか?」

 

 カイリューは身長が二メートル近くもあるだけでなく、その体重は二百キロに近い。とてもじゃないが、人がそう簡単に引き摺り回せる重さでは無い。

 そもそも大型のポケモンらしく、屈強な肉体から発揮される力はかなりのものだ。普通どころか軍人として鍛えられたマチスの様な屈強な人間でも、抵抗されてしまうと体格と力の差が大き過ぎて逆に振り回されてしまう。

 

 実際アキラ自身、カイリューがハクリューだった頃は、それらが要因で相棒が機嫌を損ねた時に宥めるのに苦労して振り回されていたはずだ。なのに今は、話だけを聞くと何故だか逆転しているらしい。

 

「俺だって信じられないよ。確かに最近妙なくらい…腕に力が漲る様になったけど、まさか駄々こねるリュットを引き摺れる程とは思わないよ」

 

 信じられないのは当の本人であるアキラも同じだったが、現にこうして現実と化している。

 あの時は無我夢中で止めようとしていたのだが、痛みを感じる形で気付くまで何メートルも駄々をこねるカイリューの尾を掴んで引き摺っていた。恐らく痛みを感じることが無かったら、もっと引き摺っていたかもしれない。

 

 にわかに信じ難い話ではあったが、アキラが語る内容にレッドは以前、彼に呆気なく取り押さえられた際にマチスが言っていたことを思い出した。

 

 その時は四天王との戦いが大詰めを迎えていたのや彼が口にする内容がちょっと信じられなくて真に受けてはいなかったが、この様子ではどうやらアキラが馬鹿力を発揮するのは本当らしい。

 友人にしてライバルである彼の体に、一体何が起こっているのか。

 ちょっと真剣にレッドは考え始めるが、彼の思考を中断させる形でアキラはある事に気付く。

 

「レッド、前から人、右に寄った方が良いよ」

「え? あっ、サンキュー」

 

 アキラからの指摘を受けて、レッドは彼の言う通りに前から歩いて来た大柄な人を右に避ける。

 しかし、彼が誰かとぶつかりそうになる機会は減らず、その度にアキラは彼にどう避けていくのかを指摘していく。どうやら会話や考えることに夢中になり過ぎているのか、レッドは目の前の確認が疎かになっている様であった。

 

「――アキラ、お前ナツメみたいに未来予知が使える様になったのか?」

「そんな凄い超能力は使えないよ。前も言ったけど動きが読めるんだ、本当に」

 

 あまりに的確過ぎたのか、周りが落ち着いてきたのを頃合いに聞いてきたレッドの疑問をアキラはきっぱり否定する。

 実はアキラの体に起こっている変化は、何も馬鹿力を発揮出来るだけでは無い。

 四天王との戦いを経験して以降、それまで突発的に生じていた相手の動きが読める感覚が、意識しているしていない関係無くほぼ常時に発揮出来る様になっていた。

 

 視界内にいる相手が、どう動くのかを簡単に読める観察眼。

 それらの動きを瞬間的に把握することのみならず、付いて行くことが出来る動体視力。

 そして寸前に読んでいたのと異なる動きをしたとしても、即座に対応できる反応速度。

 これらの要素によって、レッドの言う様にアキラは無意識でも未来予知をしているのかと思えるまでに高い精度で相手の動きを予測することが出来ていた。

 

「相手の動きが読めるって、便利だな」

「確かに便利と言えば…便利だけど」

 

 ”便利”の一言で済ませるレッドに、現在進行形で便利どころでは無いのを実感しているアキラはどう反応したらいいのか困る。

 ただ、突発的に生じた時と比べると常時発揮出来ている今の感覚の方が、若干ではあるが予測の正確さなどで劣っている部分やしっかりと予測出来ないこともあるなど欠点が無い訳では無い。それでも相手の動きが、未来予知とほぼ大差無いレベルで読むことが出来るのが強力であることには変わりない。

 

「まぁ、あまり動きを伴わないエスパー系やそれに近い…特殊技とかを読むのは、他よりは上手く行かないけどね」

「それでも凄いと思うぜ。お前はどんどん強くなるから、俺もうかうかしていられないな」

 

 レッドの評に、アキラは苦笑する。

 確かに目と同等ではないが、鋭敏化した聴覚を始めとした他の感覚機能も集中して併用する事で、予測の精度を更に高めることも可能だ。何より、今の感覚を発揮出来た戦い全てにおいて、劣勢だった状況を一気に引っ繰り返したり逆に圧倒し返して来た。

 それらの経験を考えれば、長年の目標であったレッドを負かすことも現実味を帯びる。

 

 だが、アキラの体に起こっている変化は、何も良いこと尽くめで問題が無い訳では無い。

 当初は使いこなすことが出来れば更なる高みへと登り詰められると奮起していたが、今回腕を痛めたこと以外にも突き詰めれば突き詰める程色々と面倒なことが徐々にわかって来た。何気無く使いこなしている様に見える目の感覚もポケモンバトルに活用しようとすると、正直言って何故今まで上手くいったのかが不思議なくらい今は安定しない。

 

 一応、理由は単純ではあるがわかってはいる。

 

 一つ目は、平時の頭では、わかる情報が多過ぎて余計な欲を掻いてしまう。

 二つ目は、体感的に周りの動きが緩やかに感じられる感覚だけが、どれだけ意識しても中々発揮することも感じることも出来ないのだ。

 

「――上手く行かないものだな」

「何が?」

「今目に見える感覚をちゃんとポケモン達に伝えることだよ」

 

 一つ目に関しては自らの意識の問題もあるが、アキラのトレーナーとしての技術が能力に追い付いていないことも関係していた。

 過去に発揮出来た戦いの殆どが必死だったり無我夢中だったことも相俟って、手持ちに伝えた指示の内容は良く考えていない断片的なものであったり、大雑把に伝えても気にしなかった。

 だけどそれでは、この感覚を十全に扱えているとは言えない。

 

 今のアキラの目は、純粋に相手の動きを片っ端から読めるだけでは無い。極端な話、明確に相手の急所と考えられる肉体的に弱い部分さえも把握して、意図的に狙う事すら可能だ。

 何とかしてアキラは、自分の目から見える勝利に繋がるであろう道筋を手持ちに伝えようと努力をしてきた。

 ところが理解出来る情報量が多過ぎて、中々上手く頭の中に浮かび上がる理想的な流れに、彼らを導くことが出来ていなかった。

 

「上手く行かないって、どんな感じでポケモン達に伝えているんだ?」

 

 レッドの疑問に、アキラはちょっと前に試した時の記憶を思い出しながら話す。

 

「この前野生のポケモンと戦った際にサンットに伝えたのを例にすると、正面からの突進を回転する様に左に攻撃を流して、正面を向くと同時に首筋へ”きりさく”」

「いやいや待て待て、そこまで長くて具体的に伝えられたら、幾らお前のポケモン達が頭良くても戦うので精一杯なポケモンは対応出来ないぞ」

「だよね」

 

 これでもかなり短くした方だが、自分から見える感覚をそのまま指示やアドバイスの為に言語化するとこうなってしまうのだ。

 事実、レッドの言う通りアキラからこの指示を受けたサンドパンは、内容の理解が出来なくて戸惑うだけでなく動きが空回りしてしまった。頭の良いゲンガーやヤドキングでさえも、この細かい指示やアドバイスには咄嗟に対応出来ないだけでなく難色を示している。この時点で、このやり方は不適切であると言わざるを得ない。

 

 こんな難解な指示になってしまう元を辿れば、効率的に相手の急所や弱点を突くというアキラなりの意図がある。

 変に高望みをしなければ、別に感覚的で簡潔な指示でもあまり見通せていなかった昔のやり方でも構わない。

 

 しかし、あまりに簡潔過ぎても結局は手持ちの混乱を招いてしまう。

 そして昔のやり方も、程度はあれど目の感覚が常時発揮される影響で意識しない方が無理なので、当時のやり方で伝えることは無理だ。

 

 仮に手持ちが理解出来たとしても、ポケモンバトルは僅か数秒の間でも目まぐるしく状況が変わるのだ。実際、目に入る情報を可能な限り素早く把握しても、伝えている最中に相手の動きが大幅に変わってしまって意味が無くなってしまうことが頻繁に起こっている。

 

 相手の動きや急所を瞬間的に把握するのは、戦っているのが自分自身ならこれ以上無い最大の武器だ。ところがそれを味方と言った別の戦っている誰かに言葉で伝えるとなると、急に難易度が跳ね上がって面倒極まりない事になる。

 

 二つ目に関しては、正直あまり気にしてはいない。

 確かに体感時間が長く感じられるのは、余裕を持って目に入って来た情報を処理出来るので戦う時は便利ではあるが、日常生活でも発揮されると不便だ。ただ、一つ目の問題を考えると、多少の不便さと引き換えに何時でもその感覚を発揮出来る様になった方が良かったのでは無いかと今では思ってしまう。

 

 今まで目から感じられる感覚を上手く戦いで扱えていたのは、極限まで高まった集中力のおかげで余計な欲や思考を省けたこと。更には直感的でありながら、余裕を持って考えることが出来ていたのが大きいと言える。

 

 だが、どれだけ改善したとしても、今自分が発揮出来る感覚全てをポケモンバトルで何一つ余すことなく活かすことは無理だ。真の意味で全ての感覚をポケモンバトルに活用するには、今のところカイリューだけでしか経験していない互いのあらゆる感覚を共有していると言っても過言では無い一心同体とも言える感覚が必須だろう。

 

 どうしてそう感じられるかの原理は勿論、理屈も未だに不明の共有感。

 互いに考えていることが理解出来るだけでも十分過ぎるのに、気を抜かなければ体力が続く限りほぼ負ける気がしないあの高揚感は病み付きになる。

 

 折角求めていた力を手に出来たと言うのに、思う様に使いこなせない。

 理想と現実のギャップに悩むアキラに、レッドは複雑そうな表情を浮かべる。

 

「アキラ、お前絶対に何かおかしくなっているぞ」

「うん。最近薄々そう思えてきた」

 

 レッドの懸念にアキラも同意する。

 今回は腕に負荷を掛け過ぎて負傷したが、どこまで持ち上げられるかは全く分かっていない。特に意識しなくてもカイリュー同様に以前なら無理だった重いものが、今では普通に持ち上げられてしまうのだ。無自覚に今まで通りに過ごしていたら、多分意図せずにとんでもない力を発揮してまた体を痛めて怪我をしてしまう。

 その所為で当初考えていたトレーニング計画は頓挫してしまい、今は下手に体を痛めない様に様子見の状態だ。

 

 体がこんな調子になったのは四天王との戦い以降なのだが、レッドの言う通り絶対に何かがおかしくなっている。上手く活用すれば得られる恩恵は大きいが、必ずしも良いこと尽くめという訳では無い。

 そう考えるとようやく得られた目の感覚も、手放しで喜べる様な代物では無いのかもしれない。

 

「取り敢えず体の調子には気を付けるよ。大怪我して動けなくなるのは嫌だし……レッドも体には気を付けてよ。今日来たのは手足の治療の為だろ?」

「まあ…そうだけど」

 

 アキラの問い掛けに、レッドは答えを返しながら右手首を確かめる様に動かす。

 エリカの紹介で今もこうしてレッドは通院を続けていたが、手足の痺れが出てくるのが遅くなるだけで全く完治する気配は無かった。普通の方法で治るかが全く不明なこともあって、早い段階でアキラは後々彼も行うであろう治療法に関する情報を提供してはいた。

 

「シロガネ山に傷を癒すのに絶大な効能を持つ温泉の話を前にしたけど、結局どうなっているの?」

「温泉で治療って…本当に治るのか?」

 

 半信半疑と言った様子で、レッドはアキラに聞き返す。

 シロガネ山はどういう訳か並みのトレーナーでは歯が立たない屈強なポケモン達が生息している危険地帯である為、許可が無い場合は基本的に立ち入り禁止だ。

 

 レッドならポケモンリーグ優勝者、オーキド博士公認のポケモン図鑑所有者などの肩書きがあるのですぐに許可が下りる筈だが、どうやら彼は湯治で治るのか疑問らしい。

 

「物は試しって奴だよ」

「物は試しって……まあ、お前が持ってきた話だから有力な情報なんだろうけど。グリーンやナナミさんが色々調べているらしいから、今は結果待ちってところ」

 

 詳細な情報の精査は二人がやっていると聞き、アキラは納得する。

 幾ら自分の情報が先取りした形で知った効果的で正しい情報だとしても出所不明であることには変わりない。確かな記録を含めて、今はシロガネ山の湯治が本当なのか裏取りをしていると言うことなのだろう。

 

「早く体を治すべきだぞ。ポケモントレーナーは体が資本なんだから」

「どういう意味?」

「健康的に動き回れるのが一番大事ってこと」

 

 アキラの答えにレッドは納得するが、同時にその言葉が当の本人にも言えることに気付いた。

 

「それアキラにも当て嵌まるじゃん。お前には何かと助けられてばかりだから、困ったことがあるなら何時でも相談に乗るよ。例えば今とか」

「ぅ…うん…ありがとう」

 

 レッドの申し出と気持ちは有り難かったが、今回の体の異変に関しては彼の力を借りても如何にかなりそうなものではない。この世界に来る前からも、何かと壁にぶつかったり困難な目に遭って伸び悩んだりする経験はアキラにもある。

 だけど、今回は短い人生の中でも一番の壁だ。

 

 それも自力で乗り越えるには、物凄く時間が掛かりそうなとんでもなく大きな壁だ。

 何とかしたいのは山々ではあるが、どうすれば問題を解決出来るのかが全く浮かばなかった。

 或いは、浮かんだとしてもそこまで効果が望めるとは思えなかった。

 

「――困ったな…」

 

 この先自分がどうやって今ぶつかっている問題や壁を乗り越えるのか、その展望が見えず、隣にいるレッドには聞こえないくらいの小声でアキラは弱音を口にするのだった。




アキラ、いざ飛躍の時、かと思いきや予想していなかった形で躓く。

彼が今までみたいに感覚を上手く扱えていないのは、やれることが多過ぎるのや気付いていなかった問題点も自覚する様になり、デメリットが未知数なのと技術不足も相俟って困っていると言った感じです。

そして今回は描いていませんが、引き連れているポケモン達にも程度は有れど、新たな課題や問題も生じています。
今回のオリジナル章は、1.5章の様に主人公絡みのオリジナル設定も多少描きますが、メインは彼らが壁を乗り越えて飛躍していく章の予定です。
更なる捏造設定や解釈、展開を描くのも予定していますので、ご注意下さい。

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