SPECIALな冒険記   作:冴龍

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門下生

 カントー地方を隔てている霊峰がそびえている山岳地帯を西に越えた先にあるジョウト地方。

 その中でも最西端に位置する荒波に囲まれた島々の一つで、波が絶えず打ち寄せてくる砂浜を走る集団がいた。

 

 集団の大半はポケモン達だったが、彼らを先導する形で先頭を走っているのは人間の男性だ。若干たるみ気味なお腹の持ち主ではあったが、その体は全体的に良く鍛えられており、走りにくい砂の上を誰よりも力強く駆けていた。

 

「よし! 一旦休憩にするぞ!」

 

 やがて岩で出来た階段の前で止まると、先頭に立っていた男はポケモン達に大声で伝える。

 彼の名はシジマ。この島に置かれている、ポケモン協会公認ジムであるタンバジムでジムリーダーを務めている男だ。

 

 一緒に走っていた彼の格闘ポケモン達も滝の様に体から汗を流し、息を荒くしていたが目に力があった。ついこの前までだったら、ここで気を緩めるのが何匹かいたが今は違う。

 良い傾向だと考えていた時、遥か上空からギリギリ視認できる小さな何かが、飛行機雲の様な軌跡を描きながら飛んでいるのがシジマの目に入った。

 

「来たか」

 

 そう呟くと、息を整えながらシジマは気を引き締め直したポケモン達を引き連れて、自身がリーダーを務めているジムへと向かう。

 長い階段を上がっていくと、サワムラーとエビワラーの像が両脇に設置された門が見えて来る。

 その門の周りには、このタンバの島々ではあまり見掛けないポケモン達が屯っていたが、シジマは気にしなかった。

 

「彼は中か?」

 

 屯っていた六匹の中の一匹が代表してシジマの問い掛けに頷くが、門の先にあるタンバジムも兼ねたシジマの邸宅の正面玄関が開いた。

 中からは彼ら六匹のトレーナーである少年が、普段着ている青いジャケットと帽子を脱ぎ、白い道着に身を包んでいた。腰の帯を確認するなどまだ着慣れていない様子だったが、シジマがいる事に気付くと真っ先に駆け寄って頭を下げた。

 

()()()()()、おはようございます」

「おはようアキラ。今日は早かったな」

「リュットが気合入っていたみたいでして」

 

 門のすぐ脇に置いてある若干小さいながらも頑丈そうなカプセルらしきものと、その傍に立っているカイリューに視線を向けながらアキラは理由を簡潔に答える。

 格好も含めてほぼ準備は整っていると見て良かった為、シジマはすぐさま動く。

 

「よし。着替えは済んでいるようだが、準備運動はまだみたいだな。問題が無いか見てやるから稽古場に来い」

「わかりました。手持ちに今日やることを伝えたらすぐに向かいます」

 

 やる気満々なのを感じさせる元気の良い返事を返し、アキラは門に屯っていた手持ちの六匹を集める。シジマの方は汗を洗い流すべく一旦自宅内に戻るが、玄関を閉める前に見えた六匹と意思疎通を取っている彼の姿にどこか嬉しそうだった。

 

 

 

 

 

『どうか、シジマさんのご指導いただけませんか』

 

 アキラを先頭に訪れた彼らは、出迎えたシジマにそう願い出た。

 頭を下げることに慣れていないのか、ぎこちない様子で頭を下げるポケモンが何匹かいたが、雰囲気と眼差しは冷やかしでも何でも無く真剣だった。

 

 アキラがシジマの門下生として、正式にこのタンバジムで学び始めたのは今から三日前だ。

 だが、それよりも前からシジマは、彼がこの付近ではまず見掛けないカイリューを連れてこの島に度々姿を見せているのに気付いていた。

 彼らは頻繁に訪れてはすぐにその場から去るか、鍛錬をしている自分達の様子を遠目でつぶさに観察していた。

 

 そして数日前、彼は手持ちのポケモン六匹を引き連れてこのタンバジムにやって来た。

 最初はジムに挑戦するつもりかと考えて直接出迎えたが、少しだけ会話を交わしてすぐにアキラは手持ちと一緒に頭を下げて師事を仰ぎたいとの旨を願い出た。

 

 事前調査であることは当たっていたが、まさか弟子入りする為の下見だとは流石のシジマも予想していなかった。

 

 弟子を持った経験が無いからでは無い。寧ろシジマは今まで何人もの弟子を持ち、指導した経験はある。なのにアキラの弟子入り希望に興味を抱いたのは、ここ十何年かは弟子を取っても厳しい指導に耐え切れなくて逃げ出す者ばかりだからだ。

 

 最後まで残っていた者もいなくはないが、最後まで自分の元で学んだ弟子はここ数年で一人しかいない。中には今の彼の様に申し出ておきながら、結局逃げ出した者もいる。

 故に、シジマは自分の指導方針を理解した上での弟子入り希望なのかを尋ねた。

 

『――お前は俺がどんな指導をするのか知っているのか?』

『知って、っ……存じております。寧ろ手持ちのポケモン達の強さに付いて行く為にも、シジマさんの”ポケモンと一緒にトレーナーもその身を鍛える”以外、方法が無いと考えています』

 

 慣れない話し方なのか言い直しながらの返答ではあったが、アキラの答えた内容にシジマは目を瞠った。

 

 ポケモンだけでなく、トレーナー自身もその身を鍛える。

 

 ポケモンバトルは戦うポケモンのみが傷付き、彼らを従えるトレーナーは傷付くことが殆ど無い戦いだ。だからこそ、トレーナーもその身を鍛えることでポケモン達が置かれている状況や気持ちを理解して心を通わせる。それがシジマが抱いているポケモントレーナーとしても、指導者としての確固たる方針だ。

 

 しかし、今までシジマの元に弟子入りをした者の殆どは、皆最初は連れているポケモンを強くするかそれに関する修行と思い込んでいる者ばかりだ。

 そしてこのシジマの方針を理解するかしないかが、残って修行に励む弟子と逃げ出していく弟子の大きな違いでもあった。

 その為、最初からトレーナーである自分自身を比喩でも無く、ポケモン修行のメインに据えて鍛えることを求める者が今の時流にいるとは思っていなかったのだ。

 

 最後にアキラは自分が逃げ出さない証明のつもりなのか、霊峰に隔てられた先にあるカントー地方のジムリーダーが書いた紹介状も差し出した。これで逃げ出せば紹介状を書いたジムリーダーの顔に泥を塗ることになるが、この様子ならそのようなことは無いだろう。

 

 アキラが自らの指導方針も含めたあらゆる点を理解した上で本気なのを理解したシジマは、次に彼が連れているポケモン達にも一通り目を通した。

 育成難易度が最高クラスであるカイリューを伴っているだけでも十分ではあったが、どれも彼の年を考えると非常に高いレベルだった。一見するともう誰かに師事する必要が無い様にも思えるが、シジマは彼が何かしらの壁にぶつかり、それを乗り越えるには自分の元で学ぶのが一番だから来たのだと察した。

 

『良いだろう。お前の弟子入りを認めよう』

『!』

 

 一言ではあったが、アキラの弟子入り希望をシジマは快諾した。

 その後は、指導に関するより具体的且つ詳細な説明や互いの自己紹介、今後についての相談などで一日を終えた。

 

 シジマとしては、弟子として迎え入れるのなら本当は住み込みが望ましかったが、紹介状にも書かれている様に彼自身の諸事情もあってそれは無理であった。

 だけど、手持ちにカイリューがいるおかげで移動が比較的に速いので、カントー地方から通い詰めることは可能だ。後で話を聞くと、下見に来た何日かは鍛錬の観察だけでなく、通い詰めるとしたら移動時間はどれくらいなのかを確かめる為でもあったらしい。

 

 今まで見込みが有る無し関係無く多くの弟子を取って鍛えてきたが、既にある程度トレーナーとして腕を磨いている者を鍛えるのは、シジマにとって久し振りだった。

 しばらくはポケモントレーナーとしての修業と言うよりは、武道を習う者の様な指導内容になる予定になる。その事をシジマは改めて伝えているが、それでもアキラは戸惑うどころか望んでいたと言わんばかりに嬉々として応じた。

 久し振りに鍛え甲斐のある若者が来たものだと、シジマは上機嫌だった。

 

 

 

 

 

「それでは、今日も彼らをお願いします」

 

 アキラの言葉に並んでいるシジマの格闘ポケモン達は頷くと、アキラのポケモン達は彼らの集団に混ざる形で一緒に鍛錬場へと向かって行った。

 

 手持ちのポケモン達にはシジマのポケモン達と一緒に特訓させたり、自分が事前に用意した特訓メニューを好きにこなさせる様にしている。まだ弟子入りして間もないこともあるが、シジマの指導方針は「トレーナー自身もその身を鍛える」だ。

 その為、しばらくアキラは自分自身の体を鍛える方がメインになる。

 彼らの特訓を付きっ切りで見ることは出来ないので、仕上がり具合や調子を見るとしたら休憩時間などの合間や休日の時だ。

 

 ポケモン達を見ればわかるが、シジマはかくとうタイプのエキスパートだ。

 アキラの手持ちにかくとうタイプは一匹もいないが、単純に経験を積んでレベルを上げることや格闘系特有の心構え以外にも学べるものは十分に有る。

 

 特にブーバーとエレブーは体格が人型なので、ポケモンの技だけでなく格闘ポケモン達が使う体捌きを覚えられるかもしれない。人型では無いカイリュー達も、一応は両手が使える二足歩行系のポケモンなので、何か格闘技の一つや二つを”ものまね”を活用することで扱える様になる可能性も無くは無い。

 

 故に放任まではいかなくても、彼らの自主性に任せることになる。

 だけど自ら好きに工夫したり気が向いたら鍛錬に勤しむことが多いアキラの手持ちにとっては何時ものことでもあるので、トレーナーである彼を含めて大して気にしていなかった。と言うよりも、何匹かはアキラが事前に考えた練習メニューよりも本格的な格闘技術に興味を抱いているらしく、全てを覚えるまで飽きることは無いだろう。

 

「よし。今日も気合を入れてやるぞ」

 

 そしてアキラ自身の鍛錬は、シジマとのマンツーマン指導だ。

 渋々ながら教えてくれたグリーンの話から厳しくなる覚悟をしていたのだが、よく漫画で見るスポ根的な過剰なトレーニングでは無かった。本当に学び始めたばかりなのもあるが、今は柔道の基本動作である受身の練習やある程度筋力を付けるトレーニングを行っている。

 

 何故柔道をやっているのかと言うと、指導が始まる前にシジマから何の武道を軸に学ぶのか尋ねられたからだ。

 シジマ自身、柔道や合気道、剣道などの武道の段位や様々な体術の心得もある格闘家だ。色々考えた結果、相手の動きを利用するだけでなく、受け身を身に付けることで肉体へのダメージを減らすことが出来るのではないかと考えたアキラは柔道を軸に選んだ。

 

 手持ちのポケモン達を鍛えることも大切だが、一番の目的は今後激しくなるであろう戦いに付いていける様に自分自身を鍛えることだ。

 ポケモントレーナーらしくないと思う者はいるかもしれないが、これが今までの経験や周りを参考に考えた末に最適と考えた。

 ちなみにシジマの話では、柔道の受身とアキラが考えている吹き飛ばされた際の受身は厳密には違うらしいが、どの道基礎を身に付けないとダメなので気にしていない。

 

 そして肝心の修業スケジュールだが、シジマの元で住み込みで行うのではなくて今住んでいるクチバシティから週に四~五日くらい通って教わる形だ。こちらの事情に余裕がある時や指導内容によっては泊まり込みでやるかもしれないが、今のところは問題は無い。弟子入りしたのに通い詰めるのは奇妙なものだが、こんな事が可能になったのはカイリューの力や協力してくれた人達のおかげでもある。

 

 今彼が住んでいるクチバシティからタンバシティまでは非常に距離が離れており、普通の移動手段では下手をすると何日も掛かってしまう。

 そんな解決するのが難しい距離と時間の問題を、進化したことで自由に空を飛べる様になったカイリューが解決してくれた。

 

 瞬発力が重視される関係で素早さの能力値が低く表示されてしまうが、理論上カイリューは地球を十六時間で一周することが可能な飛行速度を発揮することが出来る。だけど大幅に時間を短縮出来たとしても、今度は風圧やらその他諸々にトレーナーである彼の体が耐えられないなどの問題が立ち塞がる。

 その問題を解消してくれたのが、話を聞いていたカツラやタマムシ大学の工学系に所属している一部の学生達だった。

 

「あの人達に声を掛けてくれたヒラタ博士やエリカさんには、本当に感謝し切れないな」

 

 前者はかつての罪滅ぼし、後者は人がポケモンに騎乗する際に身に付ける安全防具開発の一環としてだ。大規模プロジェクトでは無くて自発的なものであったが、それでも彼らは今回利用したカイリューが抱えられる大きさでの頑丈なカプセルを作ってくれた。

 

 有り合わせの材料でカプセルは作られているが、中に入る事でアキラはカイリューが全力に近いスピードで飛んだとしてもあまり問題無い。

 純粋な弾丸飛行の観点から見ると、彼らが作ったカプセルはかなり優れていた。

 

 何の問題も無く利用出来ているので、今学生達の間ではカプセルに頼らなくても大丈夫な飛行スーツの開発が目標になっていると聞く。もし出来上がったら、テストパイロットとして名乗りを上げようと真剣に考える程、アキラは彼らに感謝していた。

 

 他にも住み込みじゃない理由には、保護者であるヒラタ博士の呼び掛けに応じるのに時間が掛かるということもある。

 半年前の事件を切っ掛けに調査が色々と本格化しつつあるので、アキラにはヒラタ博士がフィールドワークをする際に同行して研究の補助や周辺の安全確保などの役目がある。協力者は確かに増えてはいるが、それでもいざと言う時に真っ向から対抗出来るトレーナーとしての実力や研究への理解度などでは大きく勝っている為、まだまだ助力が必要だ。

 

 誰かの元で指導を受けるのは良いが、やはり必要とあればすぐに駆け付けられるのが望ましい。

 色々と中途半端な感じはしなくも無いが、同じ時間を費やすでも指導者の元で行うのは独学でやっていた時以上に効率的であった。一言では言い切れないが、目標が今まで以上に明確化しているのや自主練よりも鍛錬の質が大きく違う。

 

 よくよく思い出せば、昔やっていたサッカーもコーチがいなかったら、ただテレビで見られる一流プレイヤーの動きを見様見真似でやるだけだっただろう。その動きにどんな意図や意味があるのかを考えることも、具体的な足捌きやコントロールの仕方も何の教えも無くこなすのは無理だっただろう。

 

 この世界で学んで来たポケモンの扱いやバトルの腕も、レッドと言うわかりやすい目標にして競争相手がいたことや的確な助言をくれる存在がいたからこそ磨かれた。

 なので、本当の意味で自力で強くなった訳では無い。

 皆何かしらの形で誰かの影響や教えを受けて成長しているのだ。

 

「あいつらも、どうなるのか楽しみだ」

 

 そしてそれは自分だけでなく、カイリューを始めとした手持ち達も同じだ。

 彼らもこの先、シジマのポケモンから色々教わったり、影響を受けることだろう。

 彼らに与えた自主練習の主な内容は、基本的にはシジマのポケモン達と同じ内容の基礎練習を行うのと”ものまね”を使って新しい技を覚える練習だ。手持ちは一応、()()()では完成した為、これ以上成長するとしたら新しい技をたくさん覚えて戦いの幅を広げることが有効だ。

 

 どこまで覚えられるのかはわからないが、最近”ものまね”を活用した技覚えは単純に慣れや数をこなすことが重要では無いことがわかってきていた。

 今はまだ試行錯誤中ではあるが、”ものまね”を利用した鍛錬や技教えを更に改良出来る日は近いだろう。

 

 もし格闘ポケモンが使える技や技術を覚えることが出来れば、手持ちのポケモン達は接近戦で更に強くなることが出来る。

 それは同時に、彼らにとって悩みにして課題の一つである対ノーマルタイプとの戦いも楽にしてくれるだろう。上手く行けば、何かと腕の立つトレーナーが連れていることが多いケンタロスに苦戦したり、ラッキーの打たれ強さに苦労するのも減ってくれる…かもしれない。

 

「おっと、先生を待たせるのはまずい」

 

 まだまだ本格的な指導が始まった訳では無いが、基礎トレーニングも気を抜いてはいけない。

 単純に体を鍛えてポケモン達と一緒に戦っても問題無い様にする為にも、アキラはタンバジム内の稽古場へと急いで向かうのだった。




アキラ、シジマの元へ弟子入りをして修業を開始する。

今まで独学に近い形で鍛錬を重ねてきたアキラ達ですが、ここから色々と学んでいきます。
特にアキラ自身ポケモンバトルに関係有る無い関係無く、体を鍛えないとマズイです。

ちなみにシジマの元に弟子入りをするのは、初期から決まっていました。
なのでアキラのトレーナーとしての方針やシバとの出会いも含めて、色んな場面でさり気なく体育会系と言うべきか、何か格闘系に関わったり影響を受けるであろう要素を描いてきた・・・つもりです。

短いですが、今回の更新はここまでです。
次の更新頻度はなるべく多く、そして早く出来る様にしたいです。

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