SPECIALな冒険記   作:冴龍

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待っている読者の方がいましたら、本当に長らくお待たせしました。

一年近くも更新していなかったので、一気に何話も更新して三章に突入するだろうと期待されている方もいると思われますが、残念ながら今回も数話分しか更新できません。
可能な限り早く更新したいですが、今後もこんな感じになると思います。それでも読んでくれる読者の方がいましたら嬉しいです。

後、最近ポケスペが盛り上がっているみたいで一ファンとして嬉しいです。


小さき見習い

 ジョウト地方の最西端の島に構えられているタンバジム。

 そのジム内に設けられている縁側で、アキラは道着を着たまま冷えた麦茶を飲みながら、少し大きめの本を手に体を休めていた。

 

 現在彼は、数カ月前の四天王との戦いを機に明らかになった課題を解消するべく、タンバジムジムリーダーであるシジマの元へ弟子入りをして鍛錬の日々を送っていた。

 格闘系のトレーナーに弟子入りをする。それだけを聞くと肉体に極端に負担を掛ける猛特訓を連想させ、彼も当初はスパルタ猛特訓になることを覚悟していた。

 

 しかし、実際そんなことは無かった。

 

 確かに気が緩んだりすると一喝されるが、鍛錬の内容は今のところ受身の練習を中心とした基礎的なものばかりだった。

 精神と肉体を極端に擦り減らす程の厳しいトレーニングを今のところ彼はしていなかった。弟子が良く逃げると言う話を聞いてはいたが、シジマ自身が厳格な人物であるだけなく、トレーナーもポケモンと変わらずその身を鍛えると言う方針を掲げているからかもしれない。

 

 ポケモンを一切使わない地道で武道的な鍛錬は、実戦的なポケモンバトルに関する修業を求めている人から見たら厳しい修行以前に目的や意味が理解出来ないのだろう。

 

 気になる事があるとしたら、三週間近く経った今でもアキラと彼のポケモン達のトレーニングメニューが弟子入りした頃と同じことだろう。

 強くなるには必要なことだと受け止めているのでアキラは気にしていないが、何かと刺激や娯楽を好んだり求める傾向がある手持ち達が退屈し始めることを懸念していた。だが、意外にもシジマのポケモン達の動きや技を覚えることに必死なのか、今のところその心配は無かった。

 意外にも順調に弟子としての日々を過ごしていたアキラだったが、今はちょっとあることに悩んでいた。

 

「…本当に良いのかな」

 

 気にし過ぎて本に載っている解説図が頭に入らないアキラは、その目を本では無くてエレブーに向けた。種としては、異例とも言える打たれ強さに裏付けられた鉄壁の守りを誇るでんげきポケモン。性格は臆病で目を離すとトラブルを引き寄せるおっちょこちょいなど、アキラのポケモンに対する先入観を壊す切っ掛けとなった一匹だ。

 休憩時間であるにも関わらず、彼は今もシジマの格闘ポケモン達がやっている型稽古を熱心に真似ていた。別に目を離すと、何かトラブルを呼び寄せてしまうかもしれないのが心配で見ている訳では無い。

 問題は、今エレブーの隣にいる存在だ。

 

 腰に力を入れてエレブーが拳を突き出すと、その隣にいた存在も一声上げながらそれを真似て同じく拳を突き出す。エレブーよりも小さい姿なのも相俟って一緒に鍛錬の様なことをしている姿は絵になる程微笑ましいが、その存在こそアキラの今の悩みであった。

 

「本当に俺……と言うより()()()()()()()()()して大丈夫なのかなあの子」

 

 エレブーの隣にいる小さな存在。それはいわはだポケモンであるヨーギラスだ。

 しかもただのヨーギラスでは無い。

 以前訪れたシロガネ山でエレブーが自らの長所を自覚する切っ掛けとなったあのヨーギラスだ。

 何故ヨーギラスが自分達と一緒に居るのかと言うと、理由は数日前に遡る。

 

 

 

 

 

 それはアキラが、弟子入りして初めて行われた泊まり込みの鍛錬を終えてクチバシティに戻って来た日だった。

 

 タマムシ大学の学生達が作ってくれた金属製のカプセル状の容器を抱えて空を飛んでいたカイリューは、見えて来た街明かりを目印にクチバシティの外れに着地する。

 抱えていたカプセルを下すと、中からアキラが疲れた様な表情で体を解しながら出てきた。

 

「タンバからクチバまでを往復できるのは助かるけど、ずっと同じ姿勢なのは疲れるな」

 

 超音速飛行から身を守る為とはいえ、ずっと目的地に着くまでカプセルの中で同じ姿勢を維持しなければならないので、慣れても消耗が激しい。だけど、これを我慢しなければシジマの元で学ぶとしたらタンバジムに住み込まないといけないので仕方ない。

 

「リュットお疲れ様。今日もありがとう」

 

 恐らく自分より疲れているであろうカイリューにアキラは礼を伝える。

 ドラゴンポケモンは素っ気無い反応を見せるが、彼は気にせず一緒に帰路につく。

 今はまだ問題になっていないが、昔カイリューはミニリュウからハクリューに進化してから暫く体調を崩していたのだ。今の姿に進化してからまだ間もないので、また体調を悪くする可能性はあるから油断は出来ない。

 

「? 何だ?」

 

 帰宅したらすぐに体調面で問題は無いか確認することを考えていた時だった。

 足元から奇妙な振動を感じ取って足を止めると、地面が盛り上がって一匹のディグダが彼らの前に顔を出した。

 

「ありゃ、間違えて出ちゃったのかな」

 

 クチバシティ、と言うより街から少し外れた場所に、ディグダ達が長い時間を掛けて作り上げた洞窟――通称ディグダの洞窟がある。

 基本的にカントー地方に棲んでいるディグダ達は、そこを中心にカントー各地の地下をイワークが進んだ空洞を利用したり自らの力で掘り進んでいくが、たまに間違えてこうして地上に顔を出すこともある。今回もそのディグダかと思ったが、続けて土が盛り上がり今度はダグトリオが顔を出した。

 

「……ダグトリオも?」

 

 もう陽は落ちているが、日光を好まない筈の二匹が揃って地上に現れるなんて珍しい。

 そう思っていたら、出てきた二匹は揃って観察する様にアキラ達の周りをグルグル回り始めた。

 疲れていることも重なり、彼らの行動にカイリューは苛立ちを見せるが、アキラは我慢する様に伝える。

 

「落ち着けリュット、何か悪巧みを考えている訳じゃなさそうだ」

 

 不可解ではあるが、彼らには何かしらの目的があるらしい。

 しばらくすると二匹は土の中へと消えたが、それ程時間が経たない内に地鳴りの様なものが地面から伝わって来た。

 

 こうなるともう嫌な予感しかしなかった。

 

 アキラとカイリューは互いに顔を見合わせると揃って走り始めたが、直後に足元の土が柔らかくなって足を取られてしまう。

 更に柔らかくなった土の下から何十匹ものディグダとダグトリオが顔を出す形でアキラ達を持ち上げると、彼らを大玉転がしの様に運び始めたのだ。

 

「ちょっ! 俺達をどこに連れて行くの!?」

 

 何が起こったのか理解できないまま、アキラとカイリューはディグダとダグトリオの集団に転がされていく。そうして転がされた彼らが運ばれた先は、ディグダ達の住処であるディグダの洞窟だった。

 

 穏やかではあったものの、されるがままに転がされていた彼らは投げ出される形で洞窟の入り口付近で降ろされる。

 突然好き勝手に運ばれたことにカイリューは息を荒くして怒りを露わにするが、彼の目の前にリーダー格と思われるダグトリオが近付いて来た。ダグトリオは無礼を詫びているのか三つある頭を何回も下げるが、立ち上がったカイリューは踏み潰してやると言わんばかりに足を持ち上げる。

 

「待て待てリュット! もう少し様子を見よう!」

 

 アキラは慌ててカイリューに飛び付き、腕が痛みを感じない程度の力加減で抑え付ける。確かにこちらの事情も考えずに勝手に運ばれてきたが、だからと言って敵意がある訳では無さそうだ。

 

 彼らの目的が読めなかったが、精一杯ドラゴンポケモンを抑えていた時、彼らは暗い洞窟の奥から地響きにも似た足音を耳にする。

 咄嗟にカイリューは警戒対象を変えて身構えるも、周囲を取り囲んでいるディグダとダグトリオ達は足音の主が通れる様に道を開く。敵意を含めて雰囲気的に万が一に備える必要も無いとアキラは判断するが、洞窟の奥からその姿を見せた存在に目を丸くした。

 

「…バンギラス?」

 

 現れたのは、カイリューとほぼ同じ高さと体格、そして一目で鎧と呼べる程の屈強な体を持つポケモンのバンギラスだった。

 本来ならカントー地方では無くジョウト地方寄りのシロガネ山にいるはずの存在が、このディグダの洞窟から姿を見せたのだ。驚くのは無理ない。全く予想していなかったポケモンの登場に目を瞠ったが、バンギラスとディグダ、ダグトリオの組み合わせから、ある可能性がアキラの頭に浮かんだ。

 そしてまさかと思った正にその時だった。

 

 現れたよろいポケモンの足元から見覚えのある存在が顔を出す。

 バンギラスが進化する前の姿であるヨーギラスだ。

 

「ヨーギラスって…もしかしてここにいるのってあの時の……」

 

 わざわざ口に出して確認しなくてもほぼ確定だ。

 今から半年以上前に、アキラがシロガネ山付近を訪れた際に偶然出会った密猟者に狙われていた親子だ。さっきまで不機嫌だったカイリューも目の前に現れた二匹が何者か理解したのか、珍しく驚いた様な表情を浮かべる。

 

 ヨーギラスはアキラの姿を目にした途端、嬉しそうに声を上げると隠れていた親の足元から可愛らしい足取りで彼の元に駆け寄る。

 

 アキラの方も腰に付けていたモンスターボールからのアピールに応じると、ボールから出て来たエレブーとサンドパンがヨーギラスを優しく迎える。まだ別れてそれ程経っていないが、生息地が明らかでも移動が常の野生のポケモンでは、何時再会出来るのかわからないものだ。

 そう考えると彼らが喜ぶのはわからなくも無かった。

 

「嬉しいのはわかるけど……何で?」

 

 アキラの疑問も尤もだ。

 ここはディグダとダグトリオが棲んでいる洞窟なのもあるが、本来バンギラス達はこんな都会の近くには来ることは無い。わざわざシロガネ山から、恐らく地下を経由してこのディグダの洞窟にやって来た理由がアキラにはわからなかった。

 

 すると、喜んでいたヨーギラスは突然神妙な顔付きに変わり、何故かエレブーに縋り始めた。

 ヨーギラスの一変にアキラは首を傾げるが、エレブーとサンドパンの反応は違っていた。

 信じられないと言わんばかりの目で互いに顔を向き合わせると、すぐに体を屈めたりしてヨーギラスと同じ目線で語り始めた。

 

「どうしたの一体?」

 

 手持ちの慌て具合が気になったアキラは尋ねるが、エレブーとサンドパンは困った様な表情を見せる。どうやらヨーギラスが、彼らに何か厄介な頼み事をしていることだけは理解出来た。他にも知って欲しいことがあるのか二匹は身振り手振りで説明し始めるが、慌てている影響なのか何時になくオーバーリアクションだった為、あまり良く理解出来なかった。

 取り敢えず彼は時間を掛けてでも内容を理解しようと頭を働かせるが、唐突にエレブーに縋っていたヨーギラスがアキラの足元にやって来た。

 

「ど、どうした?」

 

 今度はアキラが戸惑う番だった。

 彼の動揺にはお構いなしに、ヨーギラスは精一杯背伸びして短い両腕を真っ直ぐ伸ばす。

 まるで何かを欲しているみたいだ。

 それが一体何なのか――と考えを巡らせる前に母親であるバンギラスが腰に付けているボールを指で示した瞬間、瞬く間に理解が進んだ。

 

「俺に付いて行きたいのか?」

 

 頭に浮かんだ可能性をそのまま口にしてしまったが、ヨーギラスは幼いが故のキラキラ輝く純粋な眼差しでしばらく見つめる。

 そのまま頷く――かと思いきやいわはだポケモンは意味がわかっていないのか首を傾げた。

 

「あれ? 違うの?」

 

 予想していなかった反応にアキラはエレブーとサンドパンに目を向けるが、二匹もどう答えたら良いのか悩む。

 どうやら自分の解釈と彼らの意図が色々噛み合っていないらしい。

 

「困ったな…」

 

 自分に付いて行きたいだけなら、二匹も頷くといった形で答えてくれるのだが、それが無いとなると何か複雑な事情が絡んでいるのだろう。

 わざわざシロガネ山から下山して、自分の元へバンギラスとヨーギラスは訪ねてきたのだ。

 きっと何か自分に大切な用事があるのだろう。そうなると碌に彼らの目的や意図がわからないまま、今この場ですぐに判断を下すのは適切では無い。

 

「ごめん。俺に何か大切な用事があるからわざわざここまで来たと思うけど、考える時間も含めてもう一日だけこの洞窟内で待ってくれないかな?」

 

 ヒラタ博士の自宅にまで同行させることも一瞬考えたが、知っている人はいるとしてもバンギラスはまだ広く知られていないポケモンだ。下手に洞窟の外に連れ出して周りの注目を集める訳にはいかない。

 アキラの要望にヨーギラスは話がわかっていないのか母親に確認を取るが、彼が伝えた内容をバンギラスは理解したのかすぐに頷いてくれた。

 

 これで良しと思ったが、その直後、ヨーギラスの意思を確実に確かめられるであろう方法が彼の頭に浮かんだ。一番最適な方法だとアキラ自身もわかってはいたが、気が進まないのか少しだけ迷ってから彼はバンギラス達に尋ねた。

 

「あの…提案と言うべきか、お願いがあるのですが……」

 

 

 

 

 

「おおおぉぉぉ! スゲェ、初めて見るポケモンだ!」

「レッド、感激する気持ちはわかるけどあんまり彼らを刺激する様なことはしないで」

 

 初めて見るバンギラスの姿にレッドは興奮するが、アキラはやんわりと注意する。

 

 翌日、彼は大急ぎでレッドとイエローを連れてディグダの洞窟に戻って来た。

 本当はイエローだけを連れてくるつもりだったが、トキワシティを訪れた際にレッドも一緒に居たのとイエロー自身の要望もあって彼も付いて来てくれたのだ。

 昨日の段階で彼らに自分以外の人間を連れて来ると伝えてはいるが、目の前にいるバンギラス含めて周りにいるディグダとダグトリオは部外者である二人に少し警戒していた。

 

「悪い悪い。少し下がって静かにしているよ」

 

 彼らの様子を見て、レッドは少し離れたところにいるサンドパンやエレブー以外のアキラの手持ち達がいる場所まで下がる。

 場が落ち着いたのを見計らい、彼は()()麦藁帽子を被っているイエローに声を掛ける。

 

「イエロー、早速で悪いけどヨーギラスの気持ちを読み取ってくれないかな?」

「は、はい! わかりました」

 

 ここにやって来た目的でもあるヨーギラスの気持ちを読み取るというアキラの頼みを、イエローは緊張しているのか少し過剰に声を上げながら引き受ける。

 イエローが持つポケモンの気持ちを読むことが出来る力は、頻度は少なくても頼りにし過ぎると自力で手持ちとの意思疎通の努力を怠ってしまう可能性があるので極力頼るつもりは無かった。だけど今回、変にバンギラス達の意思を間違える訳にはいかなかったので、彼は素直に助けを求めることにした。

 

 初めて会うイエローをヨーギラスは警戒していたが、母親とエレブー、ダクトリオ達が見守っているのとサンドパンに手を引かれたこともあって、イエローが手をかざせる位置まで近付く。

 そしてイエローは、掌を光らせて自らが持つトキワの森の力でヨーギラスの気持ちを読み取り始める。仄かな光が洞窟内を照らすが、その間にイエローは彼らが何の目的でアキラの元を訪ねて来たのか理解した。

 

「うんうん。そういうことなのですね」

「わかったのか?」

「はい。この子はエレット――アキラさんが連れているエレブーに弟子入りしたいそうです」

「――はい?」

 

 イエローから教えて貰った内容に、アキラは思わず固まってしまう。

 

 ヨーギラスがエレブーに弟子入りを希望している。

 

 一瞬だけ、ヨーギラスの姿がついこの前シジマに弟子入りを希望した時の自分と重なり、しばらくアキラの頭は働かなかった。

 

 ポケモンが別種族のポケモンに弟子入りを希望する。

 

 そんな話は今まで聞いたことが無かったが、その理由も読み取っていたイエローがヨーギラスに代わって理由を説明してくれた。

 

 彼らが棲んでいるシロガネ山の環境は、アキラが知っている通り屈強なポケモン達が生息しており、一言で言えば生存競争が激しい。故に多くのポケモン達は、種が違っていても過酷な環境を生き抜いていく為に徒党を組むなど協力関係を結んでいる。

 ヨーギラスの母親であるバンギラスも、今回集まっているディグダとダグトリオの集団とは協力関係だが、単純な利害の一致には留まらない強固な関係を築いている。何故ならば群れを率いるリーダーであるダグトリオは、バンギラスがまだヨーギラスだった頃から親代わりになっていただけでなく、強くなる術を教えた師でもあるという。

 

「つまり、ヨーギラスは母親の例に倣って、エレットの元で強くなる術を学びたいってことなのか?」

「そうみたいです」

「成程ね」

 

 ヨーギラスの気持ちや考えを代弁しているイエローの言葉に、アキラは納得する。

 

 バンギラスがダグトリオ達と仲が良かった理由。

 野生ポケモンの意外な一面。

 

 新発見とも言えるそれらを知ることが出来たのに少しだけ興奮していたが、同時にエレブーとサンドパンが困るのも無理が無いこともわかった。

 

 エレブーに弟子入りを希望する辺り、余程シロガネ山での奮闘がヨーギラスの中で強く印象付けられているらしい。だが、アキラのポケモン達は、互いに覚えている技を教え合ったりすることはしても、指導者の様に教えた経験はあまり無い。

 中でもエレブーは種に似合わない穏やかな性格の持ち主だが、おっちょこちょいで未だに単独行動をさせると何かしらのトラブルを引き起こすトラブル吸引体質だ。

 とてもではないが不安要素の方が大きい。

 

「ヨーギラス、気持ちは有り難いけど――」

 

 しかし、そこから先の言葉がアキラには浮かばなかった。

 どう伝えれば傷付けずに断れるかを彼は必死で考えるが、直感的にダメなことを理解したのか、何が何でもエレブーが良いらしいヨーギラスは駄々をこね始めた。弟子入りをして自分を鍛えようとする心意気は良いが、この辺りはまだ幼い子どもだ。

 一旦ヨーギラスの相手はエレブーとサンドパンに任せて、アキラは話を聞いていたレッドとイエローの二人に相談する。

 

「どうしようかな……」

「望んでいるんだから手持ちに迎えてやればいいじゃん」

「レッド、ヨーギラスが望んでいるのは俺に付いて行くことじゃなくてエレットの元で学びたいことなんだ。()()()()()になる事じゃない」

 

 見落としそうになるが、これが一番の問題点だ。

 エレブーはヨーギラスの周りにいるポケモンとは違い、野生では無くアキラというトレーナーが連れているポケモンだ。常に行動を共にする形で付いて行くつもりなら、名目上であってもアキラのポケモンになることが必要だ。

 

 ヨーギラスがアキラの問い掛けに首を傾げたのは、エレブーに付いて行くことがアキラのポケモンになることを意味しているのを理解していなかったからだ。

 ポケモンの方から望んでトレーナーに付いて行くことを望む例は存在しているが、少なくともトレーナーのポケモンに弟子入りを希望する野生のポケモンなんて前代未聞だ。

 

 今の自分の様に、住み込みでは無くて通い詰めて学ぶと言う方法も無くは無い。しかし、今はアキラ自身も含めて手持ちポケモンも全員学んでいる身だ。

 

 希望を聞く限りでは、ヨーギラスはバンギラスにまで成長、或いはエレブーから必要なことをある程度学んだら元のシロガネ山に戻るつもりなのだろう。

 余裕がある時ならただどうするか悩むだけで良いが、今はエレブーも自分も余裕が無いので申し訳ないがそこまで手を広げる事は出来ない。

 やるとしてもシジマの元での修業を終える時まで待って貰った方が良い。

 

「その事については彼らが説明してくれているみたいですよ」

「――え?」

 

 イエローが示した先に目を向けると、座り込んだバンギラス親子とエレブーの前でサンドパンとヤドキングの二匹が、洞窟の壁を削る形で絵を描きながら何やら説明をしていた。一応自分達を率いるリーダーでありトレーナーでもあるアキラが事情を理解したと判断したのか、彼らは次の段階に進んでいたのだ。

 

 ポケモンの言葉は全くわからないが、壁に描かれた絵や二匹の身振り手振りに座っている三匹の反応を見ていると、今回のことに関して何かしらの説明をしているのだろう。

 

 まるで面談みたいな印象を受けたが、しばらくすると説明を終えたヤドキングが戻って来てイエローに頭を差し出した。

 先程の説明の内容を三人に理解して貰いたいだろうと考えて、イエローは了解を取った上でおうじゃポケモンの記憶を読み取ると、彼らが話していた内容が明らかになった。

 

 アキラが考えていたのと同じ様に、彼らも今は片手間に教えている暇も余裕も無く。

 それでもエレブーに付いて行きたいのなら、一時的のつもりでも形式的に人が連れているポケモンになる必要があることを伝えていた。

 彼らとしては現状を考慮すると、エレブーの元で学ぶと言うヨーギラスの希望を最大限に叶えられる条件だったが、ここで母親であるバンギラスがあることを申し出てくれた。

 

 それは数カ月の間、ヨーギラスをアキラの元で過ごさせて、彼に付いて行くか行かないかを決めさせるということだ。過酷な野生環境で過ごしてきたからなのか、流石に鍛えるだけ鍛えて貰っておきながら、相手に何の利益ももたらさずに元の住処に戻るのは虫が良過ぎると感じたのだろう。

 何も親離れの様なことをそこまで早くやらなくても良いのでは、と二匹は思ったが、ヨーギラスも母親の話には納得しているらしい。

 

「つまり、数カ月の間に正式に俺達の仲間として付いて行くか行かないかを決めるってことか」

「そういうことです」

 

 一通り聞き終えて、アキラは頭を悩ませる。

 正直言ってアキラは、手持ちは今の六匹で満足している。しかし、一時的だとしてもヨーギラスが加わるとなれば、七匹目以降のポケモンを加えた場合の扱いや今後を考えなければならない。

 難しそうな表情を浮かべてアキラは考え始めるが、そんな彼の姿にレッドは疑問を呈する。

 

「そんなに悩むことか? 七匹目以降はマサキのボックスを利用させて貰えば良いじゃん」

「マサキさんには悪いけど、俺の手持ちはボックスシステムを嫌がっているんだよ」

「何で?」

「一言で言うと”退屈”らしい」

 

 手持ちポケモンは六匹以上連れ歩くべきではないのは、トレーナーの世界では暗黙の了解だ。

 暗黙の了解と聞くと悪い様に聞こえるが、六匹以上のポケモンを手持ちとして連れても公平に面倒を見切れないなどのちゃんとした理由はある。その為、一般的なトレーナーは六匹以上のポケモンを手にしたら、数の調節をする為にマサキが開発したボックスシステムにポケモンを預ける。

 ところがアキラの手持ちは、このボックスシステムをあまり好ましく思っていない。

 

 と言うのも、彼のポケモン達は娯楽を楽しんだりとモンスターボールの外に出て過ごす生活慣れ過ぎて、ボックスで待機しているのが退屈なのだ。

 何とも変わった理由を伝えられて、レッドは苦笑するしか無かった。

 

「正にお前の手持ちならではの問題だな。それなら普段から六匹以上連れ歩いても良いんじゃない?」

「普段なら別に良いけど、公式戦とかの六匹しか手持ちを持つことが出来ない時が困るんだよ」

「あっ」

 

 さり気なくかなり重要なことを告げられて、レッドは間抜けな声を漏らす。

 確かに彼の言う通り、連れて行こうと思えば何匹でも連れることは出来る。

 なのでアキラは、暗黙の了解や面倒を見切れない関係無く、普段から六匹以上連れ歩いても構わないと思っている。他のポケモントレーナーに嫌われかねない考えだが、アキラとしては手持ちのコンディション維持や彼らの信頼の方が大切なので気にしていない。

 問題は何かしらの理由で手持ちが六匹までしか認められない場合、七匹目以降の手持ちをどこに待機させるべきなのかという事だ。

 

 その辺でモンスターボールを手に持たせた状態で待機させる訳にはいかないのだ。

 これさえ解決すれば、後は如何にでもなるが、中々良い考えが浮かばずにいた。

 そんなこんなで一緒になって解決策を考える二人に、イエローは遠慮した様子で提案をする。

 

「マサキさんのボックスシステムを利用されるのに気が進まないのでしたら、ご自宅でお留守番させるのはどうでしょうか?」

「家に留守番?」

「はい。僕はポケモントレーナーの世界に関する知識は皆さんより疎いですけど、昔の人は連れて行けないポケモンをご自宅でお留守番させていたと聞いています」

 

 イエローが語った内容に、アキラの脳裏に光が差し込む。

 目を離したら不安な手持ちが何匹かいることもあって、無意識に選択肢から外していた考えだが、ボックスシステムを利用せず手持ちを調節する手段としては最適かもしれない。

 

「――それが一番良さそうだな」

 

 普段の時は七匹以上連れて、知り合い以外のどこかのポケモントレーナーに勝負を挑みに行く時は、七匹目以降はこの世界の住まいであるヒラタ博士の自宅で待機させる。

 それが今のところ一番上手く行くだろうと、アキラは結論付けた。

 保護者であるヒラタ博士などには要相談ではあるが、少なくとも最大の懸念である七匹目以降のポケモンはどこで待機させるかの問題は何とかなりそうだ。

 もし付いて行くつもりになれなかったら、ヨーギラスは住処であるシロガネ山に戻ってしまうが、可能な限りのことはやっていこうとアキラは気を引き締めた。

 

 

 

 

 

 そういう経緯もあって、アキラの手持ちにヨーギラスが加わったのだが、今は仮加入扱いだ。エレブーの元で学ぶのと付いて行くかを決めるのは、ヨーギラスの選択次第だ。

 

 もしヨーギラスがアキラに付いて行くことに魅力を感じなかったら、住処であるシロガネ山に帰る――ということなのだが、もう付いて来る気満々であった。

 と言うのも、シロガネ山に比べて平穏且つ様々な世界が広がっている外の世界は、幼いヨーギラスには刺激的で楽しいことだらけだったのだ。

 一応楽しいことだけでなく、戦いとか痛い目に遭う可能性についても一応言及してはいるが、まだ子どもであるいわはだポケモンは全く気にしていない。

 

 心配な面は幾つかあるが、少なくとも師と仰ぐエレブーだけでなく、他の手持ちとの交流や関係も良好だ。

 アキラの手持ちはカイリューを筆頭に気難しい面々が多いが、昔ならいざ知らず、今は皆幼い子どもを無下にする様なことはしない。寧ろ元気の良い弟分がやって来たことに、気を良くしている姿を度々見掛ける。

 

「サンット、俺もしっかりやるけど、エレットの手助けを頼むよ」

 

 エレブー達を眺めながら呟くアキラの頼みに、様子を見に来たサンドパンは頷く。

 七匹の中でも一番幼いのだ。名目上は師匠であるエレブーはおっちょこちょいで危なっかしいところがある他に、ゲンガーが先輩面をして良からぬ知恵を吹き込む可能性もある。実際、変なことを教えている時があるのか、ヤドキングが飛び蹴りやらぶん殴ってでもゲンガーの口を塞ごうとする場面があるなど少し心配でもあった。

 自分の手持ちになることがほぼ決定事項になってきているとはいえ、しっかり育てなければバンギラスに会う顔が無い。

 

「ヨーギラスの指導内容も…考えないとな」

 

 加えて一応エレブーがヨーギラスの面倒を見る事にはなっているが、当然だが最終的な責任者は彼らを率いるトレーナーであるアキラだ。エレブーはエレブーで師らしく振る舞おうとしているが、空回りする時が頻繁にあるので少しヒヤヒヤものだ。

 

「まぁ…今は良いか」

 

 そんな不安要素などを含めた色々なことを目まぐるしい勢いで彼は考えていたが、鍛錬を止めて一緒に休み始めた二匹の姿を見て、そういった考えをあっという間に頭の片隅に追いやった。

 不安要素や改善されるのは先だろうが、上に立つ立場、自らの経験を伝えて指導する立場を経て、エレブー自身も何かを学ぶことにアキラは期待するのだった。




アキラのエレブーにヨーギラスが弟子入りを志願する形で仮加入する。

もう色々バレバレですので、この流れは予想通りと感じる読者は多いと思います。
細かい描写などは不明ですが、大まかな物語の流れはもう決めているので、書こうとした展開や要素を予想されても変わったりすることは無いです。
後、野生のポケモン同士が生き抜くために協力し合うのは、「ポケモン ザ コミック」に収録されているレッドとゴールドのシロガネ山修行話が元ネタです。

ヨーギラスが加わったことやアキラ自身の方針の関係上、今後手持ちを六匹以上連れ歩く機会が増えると思います。
可能な限り六匹になる様に調節したりすると思いますが、基本的に作中で描いた様に連れているポケモン達の気持ち優先ということです。

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