気を抜けば負けるどころか怪我をするかもしれない可能性を理解したことで、ジム戦でのアキラの緊張と不安感は一気に増した。
しかし、対策を考える前にすぐさま第二戦が始まることとなった。
二戦目の相手は、いわタイプではなくじめんタイプのカラカラを連れてリングに上がる。
この時挑戦者側はポケモンを入れ替えることが出来るのだが、第一試合に起きた出来事のインパクトが強過ぎて、アキラはすっかり忘れていた。その為、リングに出たままでいるサンドで二戦目を挑むことになった。
試合はカラカラが持っている骨が脅威になると考えて、試合開始と同時に彼とサンドは相手との距離を取ることを心掛けた。”すなかけ”で目潰しや牽制をしつつ、隙を見せたら”ひっかく”を仕掛けて少しずつ体力を削るという地味ではあるが堅実な作戦を実行する。
そもそもサンドが使える技はこの二つだけなので、これしか勝つ道は無かったのだ。その影響で試合は十五分もの長期戦にまで及んだが、粘り強く戦い続けた甲斐もあって先にカラカラは力尽き、二戦目でようやく自力での初勝利をアキラ達は得られた。
ところが、初勝利の余韻に浸る間もなく瞬く間に三戦目の始まりが告げられる。
三戦目のジムトレーナーが繰り出してきたのは、カラカラと同じくじめんタイプで顔の下が気になるポケモン――ディグダであったが、これがかなり手強かった。
幾ら仕掛けてもモグラ叩きの様に穴に引っ込むことで、サンドの攻撃は尽く躱されるからだ。アキラとしても何とか手を打ちたかったが、徹底的に相手の攻撃を躱し続ける戦い方に翻弄されて完全にお手上げだった。
「サンド、一旦攻撃をやめて動きを見極め…」
「今だ! ”あなをほる”!!」
悪い予感を感じたアキラの指示は間に合わず、サンドは足元から勢いよく飛び出してきたディグダの”あなをほる”を受けてしまう。宙に打ち上げられたサンドは、そのまま勢いよくリングに叩き付けられる。
やられてしまったことを彼は覚悟したが、サンドはフラつきながらも立ち上がってくれたおかげで、辛うじて負け判定にはならずに済んだ。
「戻ってサンド!」
これ以上の継戦は無理だと判断したアキラは、急いでサンドをボールに戻して次のポケモンを考え始める。サンドがやられてしまうことは考えてはいたが、いざとなると困ったものである。
サンドが無理となると、残っているのはミニリュウとゴースの二匹だけだ。
レベルと実力を考えればミニリュウの方を出すべきだが、ちゃんと戦ってくれるかわからない。それ以前に、出た途端にバトルに関係無く暴れるのでは無いのかという不安な面、覚えている技などの事情もあって最後の切り札的要素が強い。
ゴースも似たり寄ったりではあるが、ミニリュウに比べればあまり破壊的では無いので、万が一の
どうするべきか悩むが、ここで彼は博物館の職員やヒラタ博士が自分にゴースを譲るかを考えている話を思い出す。
さっきヒラタ博士に電話した時、ゴースの扱いについて触れられたが「自分の手持ちのポケモンとして扱っても良い」と言われている。今思えば、こうなるのを博士は見越していたのだろう。
大分手を焼かされているので丁重にお断りしようと考えていたが、幾分か扱い方がわかってきたから、この際引き受けてしまおう。
都合は良過ぎるが、ジム戦が終わったらヒラタ博士にゴースを引き取るのを了承したことを伝えようと決めて、彼はゴースで反撃に移ることを決めた。
「いけっ! ゴース!!」
頼むから何事も無い様にと願いながら、彼は二番手としてゴースを繰り出した。
ボールから飛び出したゴースだが、事情を察していたのか何かを伝える前にいきなり”ナイトヘッド”をディグダ目掛けて放つ。不意を突かれたディグダは、攻撃を受けて怯むんだ隙に”したでなめる”で体を舐め挙げられて、あっという間に戦闘不能に陥って勝敗は決した。
「――ゴース、調子に乗ると危ないぞ」
次の試合を始める準備の間に、アキラはゴースに軽率な行動は控える様に注意をする。油断は禁物だが完封勝利を収めて気分が良いのか、苦言を呈してもゴースは何時もの様にケタケタと笑うだけだった。
「はぁ……頼むから気を付けてよ」
その様子に彼は疲れたように肩を落とすが、諦めずにもう一度向き合い再度注意する。試合前にある程度は勝手な行動をしても構わないつもりだったが、いざやられると結構ヒヤヒヤする。
そんな不安を抱えたまま、アキラは四戦目のゴローンを連れたジムトレーナーと対峙することになり、もう一度彼はボールの中のポケモン達の様子を確認する。
サンドは消耗している為、万全でも勝つ見込みが薄いゴローンに勝つのは無理だ。
結局、消去法で選ぶとゴースに任せるしか選択肢は無かった。
「こっちから指示を出すまで何もしない様に」
そう伝えてようやくゴースは頷いてくれたので、アキラは続けてゴースに任せるが、約束は早々に破られることとなった。
試合開始のゴングが鳴り響くと同時に、ゴースは”あやしいひかり”をゴローンに浴びせたのだ。先程の様に不意打ちを警戒していたゴローンは、アキラ達の動向をよく見ていたためモロに光を浴びたことで奇妙な行動が目立つ”こんらん”状態に陥る。
「ゴロリ正気に戻れ! 早く!」
ゴローンのトレーナーは自身を殴り始めた相棒に必死で呼び掛けるが、それでも”こんらん”状態は解消されない。その隙にゴースは”ナイトヘッド”を連続で無防備なゴローンに叩き込み、反撃の機会を与えずにそのままゴローンを屈服させて完勝を収める。
「――指示無しでも結構やれるもんなんだな」
ある程度の実力と頭が無ければ、普通のポケモンはトレーナーの指示無しで自分なりの戦い方を組み立てて勝つことは難しい。ゴースの行動は、自らの強さと賢さの証明なのはわかる。だけど勝ったからと言って、ゲラゲラ笑うのは少し自重して欲しかった。
ある程度自己判断で動きつつもこちらの指示に従って欲しいのだが、また何かを伝えても無視されそうだ。
そんな時、別のところで一際大きな歓声が上がった。
何の前触れも無く上がった割れんばかりの歓声が気になったアキラは、歓声の元に目を向ける。どうやらレッドが五人目のトレーナーを倒したみたいだ。
自分が接触したことでどこか変わってしまうのではないかとアキラは危惧していたが、何事も無くレッドが勝ち上がってくれたことでその心配は杞憂で終わった。
少し気が楽になった彼は、深呼吸をして気持ちを切り替える。
悩んだり彼らとの付き合い方の解決法を探すことを今は忘れて、目の前のことに集中するのを決めると、まだまだ緊張感は残ってはいるが最後の五人目と向き合った。
最後にやって来たジムトレーナーが連れていたのは、カラカラの進化系であるガラガラだった。外見だけでなく放たれている威圧感が、さっきまでゴースが仕掛けた不意打ちの数々が効くとは思えない雰囲気を醸し出している。
「ゴース、あいつに不意打ちは効きそうも無いから、いきなり仕掛けるなよ」
一応釘を刺しておくが、どこまで聞いてくれるかは正直アキラはわからなかった。
試合開始のゴングが鳴ると同時に、やっぱりゴースは早々に不意打ちのつもりで”あやしいひかり”をガラガラに仕掛けた。しかし、咄嗟に目を閉じられて光りの直視を防がれる。
「”ホネブーメラン”!!!」
「上に避けるんだ!」
反撃として、ガラガラは手に持っていた骨をゴース目掛けて投擲する。ゴースもアキラが命じた指示に素直に従い、体を浮かび上がらせて回転しながら飛んでくる骨を避ける。
「ゴース、骨がガラガラの手元に戻るまで骨にも気を配るんだ」
宙を飛んでいる骨を見て、アキラはゴースに注意するのを伝える。
”ホネブーメラン”の詳細について彼はあまり覚えていないが、連続攻撃技だったのは薄らではあるが覚えている。本来――ゲームなら特性”ふゆう”によって、ゴースにはじめんタイプの技は効かないはずなのだが、実体がある骨での攻撃がじめんタイプと言う理由で絶対に当たらないという保証は無い。
しかし、ゴースは骨がリングの外に飛び出したのを見届けると、すぐにガラガラに向き直って突っ込んだ。
「ちょっと待てゴース! ダメだよ突っ込んじゃ!!」
慌てて止めるが、ゴースはアキラの言うことを聞かずにそのまま大きな舌を出して”したでなめる”を仕掛ける。
ところが動きをガラガラに見切られ、伸ばし切った長い舌を掴まれる。
「戻ってくる骨に投げ飛ばせ!」
ガラガラは頷くと、弧を描いて戻ってきた自身の骨目掛けて勢いよくゴースを投げ飛ばした――のだがあまり重さらしい重さが無かったため、ゴースは投げ飛ばされたとは思えない距離で空中で止まった。巡って来たチャンスに、ガス状ポケモンは笑みを浮かべて目を怪しげに光らせる。
ところが――
「ゴース後ろ後ろ!」
フォローのためにアキラは声を上げるが既に遅く、弧を描いて戻ってきた骨はゴースの後頭部に直撃する。
どくタイプには相性最悪のじめんタイプの技を受けてしまったからか、目が星になったゴースはフラフラしながら高度を落とし始める。勝敗は既に決しているが、審判はゴースがまだ戦えると判断しているからなのか、戻った骨を握り締めたガラガラは追い打ちを掛けようと骨を振り上げた。
「戻れゴース!!」
紙一重の差で、アキラはフラフラのゴースをボールに戻す。予想していたとはいえ、ゴースにじめんタイプの技が当たるのは個人的には新鮮な気分だがそうは言っていられない。
ゴースが戦えない以上、次のポケモンを出さないとならない。
サンドが無理なのを考慮して、消去法で選ぶと残っているのはミニリュウだけだ。
元々切り札として温存していたのだから、追い詰められた今こそ逆転を賭けてミニリュウに任せる場面だが、ここに来て多くの不安要素が頭に浮かんできてどうも気が進まなかった。
一番心配なのは、ゴースと違ってミニリュウは”れいとうビーム”を始めとした高い威力の技を多く有していることだ。
普通なら威力の高い技は心強い存在だが、扱いを誤ると周りへの被害は大きい。下手をすれば、周りの被害にお構いなくそういった技を乱発するかもしれないのだ。
勝ち負け以前に最低限のルールを守って欲しいが、言うことを殆ど聞かない上に尋常じゃなく気性が荒いミニリュウが加減をするとは、現段階ではとても考えられない。見過ごせる範囲を超えたら、レッドが教えてくれた通り止めるつもりではある。
けど、拭え切れない恐怖心を抑えて負傷覚悟で体を張ったとしても、どこまで止められるかはわからない。
「ミニリュウ、相手は好き勝手暴れて勝てそうな奴じゃない。闇雲に突っ込まずに出方を窺って、チャンスと思ったらこっちから指示を出す。わかった?」
ボール越しからアキラはミニリュウに概要を伝えるが、中のドラゴンは背を向けたままで彼の言うことに何の反応も示さなかった。
本当はもっと伝えたいことがたくさんあるが、相変わらず無視の態度に彼はこれ以上何を言っても聞かなそうなのを察する。
「後、”れいとうビーム”が相手には良く効くぞ」
最後にアドバイスを伝えて、アキラはミニリュウが入ったボールを投げる。
ボールの中では無反応であったが、出てきた途端に何時もの様にこちらに怒りをぶつけてくることを考慮してすぐに身構える。
しかしこの後、彼は予想外の展開を目にすることになった。
宙を舞うボールが開き、ミニリュウがリング上に現れる。
珍しいポケモンの登場に観客は騒めくが、すぐにそれは別の意味での騒めきに変わった。
出てきたミニリュウは、何時もの殺気立った雰囲気はどこにいったのかと思うほど、長い胴をリングの上で伸び伸びと寝転がしている所謂だらけた状態で出てきたのだ。
これまで散々傍若無人に暴れてきたミニリュウが、初めて見せる態度にアキラは困惑する。
疲れている可能性も考えたが、表情を窺ってみると如何にも「面倒臭い」と言わんばかりの雰囲気が漂っていた。
「――やる気が無いの?」
半信半疑で尋ねると、ミニリュウは初めてこちらからの問い掛けに対して首を縦に振って返事を返し、彼が言うことを肯定した。予想斜め上過ぎる答えが返って来て、アキラは困った。
何時もの様に派手に暴れるのなら効果があるのかを除けば対処のしようはあるが、こうもやる気の無い態度は予想外で、どうすればいいのか全くわからない。
「ミニリュウ頼む! ダラケていたらやられるぞ!」
何とかやる気を出させようと戦意が高揚しそうなことを彼は試みるが、言うことを聞いてくれないのだから何を言っても無視されて、ミニリュウは呑気に頭を掻く様にリングに擦り付ける始末であった。
ガラガラはミニリュウを睨むが、ミニリュウはどこ吹く風で全く気にしない。
しばらくすると、見ていた観客からブーイングや野次が飛び始めて、相手トレーナーのイライラも限界に達した。
「まあいい、出たからには全力で戦うまでだ。ガラガラ”ホネこんぼう”!!」
トレーナーの怒りの籠った指示に、ガラガラも自然と腕に力が入れる。
助走をつけて跳び上がり、骨を持った腕を振り上げた。
「ミニリュウ避けるんだ!」
ガラガラの攻撃力はそれなりにあるため、一撃でも受ければ大きなダメージに繋がりかねない。だけど危機が迫っているのにも関わらず、ミニリュウは未だに寝転がったままだった。このまま一撃を受けそうな気がしたが、怠そうに横に寝転がってミニリュウは”ホネこんぼう”を避ける。
「もう一度”ホネこんぼう”!」
追撃の指示が飛んで再び骨を振り上げられるが、何時の間にかミニリュウの尾が足に巻き付けられていてガラガラは引き摺り倒された。そして寝転がったまま、ミニリュウは足に巻き付けた尾を解こうと暴れるガラガラをボロ雑巾の様にリングに叩き付け始めた。
その振る舞いは、完全に相手を舐めていた。
下手に実力がある所為でこうなるかもしれないのは予測してはいたが、実際にやられると対戦相手にあまりに失礼だ。早くこの性格を治さないと面倒なことになるのがハッキリと見えたアキラは、ミニリュウを更生させる決意を改めて固めるが、今この場でこの舐めた態度で挑む姿勢を叱るべきか迷う。
叩き続けている内に飽きてきたのか、最後にミニリュウは力が抜けたガラガラを高々と宙に放り投げると、相手トレーナー目掛けて”たたきつける”で叩き飛ばした。
かなりの勢いで吹き飛ぶガラガラをトレーナーは受け止めるが、そのままリングのロープに倒れ込んでしまう。
「コラッ! ダメだろそれは!」
誰がどう見てもとんでもないことをやらかしたのには、流石に彼は迷いを断ち切り注意する。
この世界に来て間もなくで知らないことだらけではあるが、今ミニリュウがやった行為は常識的に考えてルール違反ものだ。第一戦目の様な偶然ならともかく、明らかにミニリュウは意図的にトレーナーにぶつかるようにガラガラを叩き飛ばしたのだから、審判から注意かペナルティーを受けてもおかしくない。
ところが意外にも審判からは何も言われず、試合は続行だった。
「このままやられるなガラガラ! ”ロケットずつき”だ!!!」
「”ロケットずつき”?」
はて? そんな技あったっけ? とアキラは首を傾げる。
立ち上がったガラガラは、今にもタックルをしてきそうな姿勢で構えると体中に力をみなぎらせ始めた。尋常じゃない様子に寝転がっていたミニリュウもようやく怠そうに体を持ち上げると、首を捻らせて見慣れた敵意剥き出しの目付きで睨む。
ミニリュウが何時もの様子に戻ったのとほぼ同時に、アキラは”ロケットずつき”がどういう技なのかを思い出す。マイナーな技ではあるが、ソーラービームの様に一ターン溜めてから二ターン目で攻撃してくる技だ。溜め技故に威力はかなりのものだが、やる気を出したミニリュウは敢えて正面から挑む気満々であった。
「ミニリュウ、大技が来るぞ! 本当は避けた方が良いけど…正面から挑むつもりなら”れいとうビーム”で迎え撃つんだ!」
また無視されるかもしれないが黙ってやられる訳にはいかないので、伝えられるだけのことをアキラはミニリュウに伝える。起き上がったミニリュウはしばらく睨んでいたが、慌てた口調で指示を出す彼を一瞥すると口の部分に光を集め始めた。今回ばかりは言うことを聞いてくれたか、とホッとしたがすぐにアキラは違和感を感じた。
集めているエネルギーの色が異なるのもあるが、何よりも口に収束している光の量が”れいとうビーム”よりも明らかに多いのだ。
「いけ! ガラガラ!!」
力を溜めに溜め込んだガラガラは、ミニリュウのエネルギー収束が終わる前に決着をつけるべくロケットの名が付くのに相応しいスピードで、頭を突き出してミニリュウに突っ込んだ。
しまった! と彼が危機感を抱いた瞬間、アキラの目にはガラガラを含めた全ての動きが何故かスローモーションの如く緩やかに見える様になった。
けれどガラガラの動きに比べると、ミニリュウの動きの方がもっと遅く見えた。
一連の流れと動きを何となくだが把握したアキラは、間に合わないのを覚悟する。
だがガラガラの頭がミニリュウにぶつかる寸前、溜めに溜め込まれたエネルギーが一気に解き放たれた。膨大な量のエネルギーが凝縮された光の奔流に呑み込まれたほねずきポケモンは、少しも踏ん張ることは出来ずに、リングの外に吹き飛ばされる。
放たれたエネルギーはそのまま一直線に線を引き、勢いが弱らないまま爆音を轟かせて会場内の壁を大きく抉る。
「なっ、なん…だと…」
一戦目とは違う意味で、相手トレーナーと観客達は唖然とする。
場外まで吹き飛ばされたガラガラは観客席で無造作に転がるが、言うまでも無く戦闘不能。
とんでもない光景に胃が痛くなるのを感じながら、アキラは腰が抜けた様に座り込んだ。
確かに、ミニリュウが使える技の中に”はかいこうせん”はあった。
今見た通り、放つまでの隙が多くてゲーム通りの設定なら反動で動けなくなるハイリスクハイリターン技だ。覚えている技の中では”れいとうビーム”の方が相性も効率も良いのだが、そこまでして言うことを聞きたくないという意思表示なのだろう。
審判に勝利を宣言されるが、アキラはタケシへの挑戦権を得られたのが実感できなかった。
気付いたらスローモーションに見える違和感は何時の間にか消えてはいたが、気分の悪さと頭痛は消えなくて、彼はしばらく動けなかった。
「うぅ~、気持ち悪い……」
青ざめた表情を浮かべたアキラは、ジムの外で新鮮な空気を吸っていた。
ジムトレーナーとの連戦とは異なり、タケシとの戦いには少しだけ猶予があることもあり、アキラはリラックス目的で一旦ジムの外に出ていた。しかし、先程の吐気と頭痛の所為で、体調はイマイチ優れていなかった。
ミニリュウと初めて会った時も同じ動きが緩慢に見えたり頭痛を感じることはあったが、また体験するとは思っていなかったのだ。
堪える様に口元を抑えつつ、ぼんやりとアキラは原因を考える。
体は多少の傷がある以外は何とも無いし、そもそも頭を打った覚えは無い。
今の手持ちの状態から考えると恐らく精神的なものだろう。
「ミニリュウ、何で今回は戦う気は無いの?」
胃が痛くなる不吉な未来を予想しながら、ようやく落ち着いてきた彼は横でだらけた姿で草の上を寝転がっているミニリュウに体を屈めて尋ねる。
さっきのバトルで、ミニリュウが最初からやる気を出さなかった理由がわからない。
だけど案の定、ドラゴンポケモンからは何の返答も反応も返ってこなかった。
昨日までは目の色を変えて戦ったのに、今日になってやる気が出ないなど理由が分からない。
「そんなに俺がダメなのか? ミニリュウ」
少し悲しげな声で呼び掛けても、ミニリュウは無反応を貫く。
もし彼の推測が正しければタケシ戦はこの舐めた態度の所為で、最悪一撃で勝負が決してしまうかもしれない。それはそれでミニリュウの素行を治すきっかけになるかもしれないが、ここまで来たら負けたくないのが心情だ。
サンドとゴースは、先の五戦のダメージがあって万全では無い。というかこの中でタケシ相手に一番勝率が高いのはミニリュウだけだ。
色々と気力を引き出す為の試みを行うが、ミニリュウはやる気の無い表情から不貞腐れた様な表情に変えただけでまともに話を聞こうとしない。また気落ちしそうになったが、一旦彼は思考をポジティブな方向に変える。
ポケモンは逃げようと思えば、モンスターボールを壊してトレーナーの元から逃げることが出来る筈だ。前々から疑問に思っていたことだが、もし自分と一緒にいるのが嫌なら、ミニリュウはボールを壊して自分の元から離れることだって出来るだろう。
にも関わらずここ数日の経験を踏まえると、ミニリュウはボールから出てくると襲い掛かることはあっても、ボールを狙うどころか壊そうとしない。
出す様に意思表明をすることはあっても、ゴースの様に自力で勝手に飛び出そうともしないのだから、意外にも逃げることは考えていないのかもしれない。
様々な理由を考えるが、試合開始の時間が迫っているのにアキラは気付く。
だらけるミニリュウをボールに戻してジムの中に戻ろうと彼は入口に向かうが、途中で何だか疲れた様子のレッドと彼は鉢合わせした。
「…何かお前も苦労しているな」
「苦労しているって、レッドは相性が良いのもあるけど全試合一撃で終わらせているじゃん。それもノーダメージで」
「それはこいつらが一発でも受けたら、一撃でやられちまうからだよ。回復させなかった所為でニョロゾもフシギダネも限界だ」
レッドが手に持っているボールの中を見せると、中ではニョロゾにフシギダネが疲労が溜まっているのかグッタリとしている。アキラもバトルが終わる度にチラッと見ていたが、こんな状態でよくここまで戦えたものだと素直に感服する。
一方、グッタリとしている二匹とは対照的にピカチュウは一度もボールに出ていないこともあって元気そうだが、すこぶる不機嫌な表情だった。
「次はそのピカチュウで挑むのか?」
「お前もミニリュウで戦うんだろ?」
「――お互い手懐けていない手持ちで、ジムリーダーを相手に戦うってことか…」
アキラの言うことに、レッドも同意して溜息をつく。
だけど彼はこのまま何事も無く忠実通りに進めば、ピカチュウとの仲は一歩前進することになるのだ。そう考えると、何時になったら自分にもミニリュウやゴースとちゃんとした信頼関係を築くことが出来るのか。自分もこのジム戦がきっかけになればと思いながら、アキラはレッドと共に決戦の場へと赴くのだった。
アキラ、何だかんだ手持ちのおかげで勝ち上がるも、色々と不安のままタケシに挑む。
ある程度ご都合主義の筈なのに、何故か都合の良い流れにならない(初心者なのに勝ち上がっている意味では都合は良いですけど)
アキラが悩む展開が続いていますが、ジム戦の後はある程度解消される予定。