波が静かに打ち寄せる砂浜の上で、二匹のポケモンが対峙していた。
一方はアキラが連れているひふきポケモンのブーバーだが、その背には普段持ち歩いている”ふといホネ”は無かった。
そしてひふきポケモンが相手しているのは、最近アキラが連れ歩く様になったバルキーだ。名目上はシジマから借りているポケモンだったが、今両者が繰り広げている戦いは野生のポケモン同士の戦いさながらであった。
一応何の考えも無しに両者が戦っている訳では無い。
そして肝心の戦況は、傷はあれど素手で挑んでいるブーバーはまだまだ余力を残しており、バルキーの方は目に見えて疲労しているなど一目瞭然であった。
だが諦めるつもりは無いのか、荒くなった息を可能な限り整えたバルキーは一気に勝負を決めようと駆け出す。
「バーット、正面から”いわくだき”が来るぞ。
バルキーが何をしてくるかをアキラはブーバーに伝える。
恐らく途中から変えてくる可能性はあるが、ブーバーならわざわざ伝えなくても見逃さず、対応した行動を取る筈だ。実際、彼が伝えてから動きが筒抜けであると読んだバルキーは途中で動きを変えて、”いわくだき”ではなく回し蹴りを仕掛ける。
トレーナーから伝えられた内容とは異なる攻撃ではあったが、ブーバーはアキラが考えていた通りしっかりと見ており、その攻撃を受け止めるのでは無くて流した。
仕掛けた攻撃が空回りで終わったが、バルキーは巧みにバランスを取りつつ、ブーバーから距離を取ろうと試みる。しかし、間髪入れずに反撃で放たれたひふきポケモンの拳がバルキーの頬にめり込み、けんかポケモンの体はフラ付く。
すかさずアキラは手に持ったモンスターボールをバルキーに向けて投擲すると、バルキーはそのままボールの中に収まるのだった。
戦いが終わったことを悟り、ブーバーとアキラはそれぞれ肩から力を抜いたりとする。
「バーット良く見極めてくれた。凄かったぞ」
バルキーが入ったモンスターボールを回収しながらアキラはブーバーを褒めるが、ひふきポケモンは当然と言わんばかりの態度を取る。
更に態度だけに留まらず、自分の頭を指で突いてアキラに何かを伝えようとする。
性格を考慮して意訳すれば、「もっと頭を使え」と言うところだろうから、まだまだ自分のやり方は改善の余地があるのだろう。
「見事だったぞアキラ」
アキラとは少し離れたところで戦いを見守っていたシジマも、彼らの先程の戦いぶりを称賛しながら歩み寄って来る。師がやって来たのを機にアキラは、手にしたバルキーが入ったモンスターボールを掲げる様に持ち上げる。
「改めて、このバルキーを手持ちに加えて良いでしょうか?」
「勿論だ。お前に付いて行くことを望み、こうしてバトルで打ち負かされたのなら、奴も本望だろう」
シジマからの許しを貰い、改めてアキラは一息つく。
当初バルキーは、初心に戻ることも兼ねてアキラが新しく手持ちに加えるポケモンと戦わせる目的で貸されていたが、バルキー自身アキラに興味を抱いたからなのか付いて行きたがる様になったのだ。ドーブルとの戦いを機に早い段階で課題は解決したとシジマが見たこともあり、アキラは疑似的に野生のポケモン戦を想定してバルキーと戦う事になった。
勿論、ドーブルと戦った時と同様に条件が課せられている。
その内容は「一切技を使わずに純粋な肉弾戦でバルキーを打ち負かす」と言うものだったが、慣れた手持ちなのと悩みの種であった指示伝達も改善傾向なのもあって、ドーブルの時よりも楽にこなすことが出来た。
「どうだ調子は?」
「久し振りに清々しい気分ですね。いざ悩みが解決されると、今まで悩んでいたのは何だったんだろうと改めて思います」
前よりアキラは「導く」と言う名目で、戦っている手持ちの動きを完全に思いのままに動かそうとする様なことはしなくなった。
頭の中で浮かんでいる最適解とも言える動きや対処が出来ないのが少々歯痒い気はしたが、それでも戦っている手持ちが困惑するよりはマシだった。
能力差で有利な点もあったが、使い慣れた武器や技も一切使わないハンデ持ちでもブーバーを上手く、それも可能な限り彼がやりたいことを実現させる形で導くことが出来た。トレーナーである自分はまだまだではあるが、手持ちのポケモン達は確実に以前よりも強くなっている。
それも独学で鍛錬や練習を重ねていた頃以上に早くだ。
晴れ晴れとした様子でアキラは語っていたが、腰に付けていたボールの何個かは揺れ、ブーバーは回収した”ふといホネ”で彼の頭を軽くだが何回も小突く。
その悩みが解決されるまでの間、彼の細か過ぎるアドバイスや指示に振り回されたことを根に持っているらしい。
「ごめんごめん。今度から気を付けるよ」
謝りながらアキラは小突いて来るホネから逃れようとするが、逃げようとすればする程ブーバーは更に小突く。それどころか距離を置こうとしても執拗にやってくるので、自然とアキラは”ふといホネ”を振りかざすひふきポケモンに追い掛け回され始めた。
「わかったわかった悪かった。これからはちゃんとやるから」
口では止める様に言っているが、あまり嫌がっている様には見えない。
ある種のじゃれ合いと見たシジマは、腕を振り上げたカイリューやゲンガーも加わって追い掛け回す彼らを黙って見守りながら腕を組んだまま考えを巡らせる。
そして彼らが鬼ごっこを止めたタイミングを見計らい、アキラにあることを告げた。
「アキラ、準備が出来次第俺と手合わせをするぞ」
「!」
突然の提案ではあったが、疲れている筈のアキラだけでなくブーバーとカイリューも反応して気を引き締める。
ゲンガーだけ面倒そうな顔を浮かべると言う失礼極まりないことをやらかしていたので、アキラはシジマから目を離さずに慣れた手付きで手際良くゲンガーをボールに戻した。
「…またバルキー同士でですか?」
「いや、お互いが連れている手持ちだ」
「え?」
「本気のお前達を…この俺に見せろ」
静かではあるがシジマの力強い言葉に、アキラは自然と気持ちの高揚を感じた。
遂にこの時が来た。
弟子入りをしてからは、シジマの方針もあって体作りや基本を学ぶことが中心だったので、手合わせをする機会は全く無かった。
実は表にはあまり出さなかったが、弟子入り前の最後の確認として、一人のトレーナーとしてジム戦を挑んでからにすれば良かったと心の片隅で思っていたくらいだ。
「使用ポケモンは一匹のみだが、俺も本気でお前に挑む。」
「はい!」
タンバジムに戻って行くシジマの後にアキラ達も付いて行く。
タイプ相性を考えれば、ゲンガーやヤドキングなどのかくとうタイプに有利なポケモンを出すのが定石だ。だがシジマは一対一のタイマンと伝えている。それならシジマは切り札に相当するポケモンを繰り出すだろうから、手持ちの中で一番付き合いが長くて信頼している彼の出番だ。
バルキーと戦ったばかりにも関わらず気合が入っているブーバーには悪いが、彼らの率いるトレーナーとしての特権を利用させて貰う。
一時間も経たない内に、軽い休息と準備を整えたアキラはタンバジムの道場内にあるバトルフィールドで、師であるシジマと互いに距離を取って向き合っていた。
徐々に改善傾向であるとはいえアキラは今の自分がトレーナー戦――実力者を相手にどこまで戦えるか経験していない。タイマン勝負とはいえ、本気で挑んでくるであろうシジマを打ち負かすのか食い下がれるのか確かめたかった。
「使用ポケモンは一匹のみ! どちらかが戦闘不能になるまで続ける真剣勝負だ!」
「はい!」
「本気で掛かって来い! アキラ!!!」
心の中で「望むところです」と返した瞬間、アキラとシジマは互いに手に持ったモンスターボールを投げた。
「カイリキー!」
「リュット!」
ボールが開くと、中からアキラの相棒にして手持ち最強であるカイリューが、その巨体からもたらされる地響きと共に姿を現す。
対するシジマが繰り出したのは、屈強な肉体に四本の腕を持つカイリキーだった。
「カイリキーが相手か」
過去に戦ってきたトレーナーの何人かが連れていたが、戦う度に彼とカイリューの脳裏にはシバのカイリキーが過ぎってしまう。
シバが連れているカイリキーと同等、或いはそれ以上のかいりきポケモンを今まで彼らは見たことが無い。けど圧倒的な力の持ち主であることは変わりないので、アキラ達はリベンジを想定した上でシバの主力である格闘ポケモン達の研究と対策を考えてきた。
不安点はカイリューは今の姿に進化してから本気で戦った格闘ポケモンはいないのと、今までの積み重ねが果たして師であるシジマにも通用するのかだ。
「リュット、”れいとうビーム”!」
先手必勝とばかりに、カイリューは口から青白い冷凍光線を放つ。
格闘ポケモンは総じて接近戦や肉弾戦に秀でている。中でもカイリキーは四本の腕を駆使することで、二秒間に千発ものパンチを繰り出すことが出来ると言われている。
幾ら能力的にカイリューが勝っているとしても、相手の有利な土俵で戦うのは危険だ。
それを考えて遠距離から攻撃を仕掛けたのだが、カイリキーは体の軸をズラす最小の動作で機敏に避けた。
「”みきり”…」
すぐにアキラは、カイリキーがアッサリ避けれたのは”みきり”によるものだと判断する。
こうなってしまえば効果が弱まるまで、カイリキーを攻撃するのは無意味になる。
そして避けると同時にカイリキーは力強くスタートダッシュを掛け、一気にカイリューの懐に飛び込む。
「”ばくれつパンチ”!!」
「両腕でガードだ!!」
攻撃を避けて急接近したカイリキーは、四本ある腕の一つの拳にエネルギーを籠め、カイリューを殴り付ける。
アキラとしては本当に防ぐのではなくて上手く流すか後ろに下がって避けたかったが、カイリューの姿勢とタイミング、仕掛けるカイリキーの動作などの様々な要因で正確に伝えるのが困難だった。すぐさま両腕を交差させて、カイリューはカイリキーの鉄拳を無防備な状態で直接受けることを防ぐ。
しかし、殴り付けると同時に籠められたエネルギーが小規模ながら激しく爆発して、あまりの威力にしっかり備えた筈のガードを崩され掛けるだけでなく思わず後退する。
想定以上の攻撃を受けてバランスが崩れるカイリューに、アキラは張り上げる様な声を上げる。
「今すぐ”こうそくいどう”で下がれ!!!」
”ばくれつパンチ”がもたらした衝撃でカイリューの意識は”こんらん”していたが、何時も以上に力強いアキラの声に目の焦点が定まる。すぐさまドラゴンポケモンは、追撃の為に伸ばされた無数の腕から逃れる様にその巨体からは想像出来ない瞬発力を発揮する。
そして後ろに下がる形で距離を取ると、口から”りゅうのいかり”を放ってカイリキーを攻撃する。ところが今度のカイリキーは先程の”れいとうビーム”とは異なり、”みきり”を使わずに飛んで来た青緑色をしたドラゴンの炎を躱して、またしても距離を詰めてきた。
「もう一度”こうそくいどう”で距離を取るんだ! 近付くな!」
カイリューがあまり好まない語気が強い命令口調だが、戦っているカイリュー自身も彼が必死になってそう伝えている理由を理解している。
下手に接近戦どころか、カイリキーの手が届く範囲内にいると一気にやられかねない。
再びカイリューは、カイリキーに距離を詰められる前に手が届かない範囲内に高速で移動する。
”みきり”は主に相手の攻撃を避けるのに使われるが、その効果から相手の動きを読んで自らの攻撃に活かすことが出来ることをバルキーを借りている間にアキラは検証している。特に変化や予兆も無く発動される為、鋭敏化した目であっても見抜きにくいエネルギーが関係する特殊攻撃と同じくらい厄介な技だ。
「リュット、”でんじは”!」
カイリキーから距離を取ったタイミングで、カイリューは頭の触角から”でんじは”を放つ。
素早く仕掛けたこともあったのか、避けることが出来ずに電撃を受けたカイリキーは体を痙攣させながら体を強張らせる。
「一気に決めるんだ! ”はかいこうせん”!!!」
カイリキーの動きを見極め、”みきり”以外では回避する手段無しと判断した上でアキラはカイリューに大技の使用を伝える。
体内の溢れるエネルギーに力を籠めて、ドラゴンポケモンはその口から”はかいこうせん”の強大なエネルギーを解き放った。
「フィールドを砕くんだカイリキー!!!」
正に当たるか否かのタイミングで、シジマが力強く吠える。
トレーナーの覇気の籠った指示に応える様にカイリキーは自らを鼓舞する様に雄叫びを上げながら、”かいりき”でフィールドの一部を砕き、剥がしたフィールドを盾に”はかいこうせん”を防ぐ。
直撃させることが出来なくて、アキラとカイリューは悔しそうに顔を歪ませる。
けれども”はかいこうせん”が命中したことによる爆発の衝撃でカイリキーは吹き飛んだのを見て、すぐに行動に移った。
「追撃に”10まんボルト”!」
「避けるんだ!!!」
間を置かずにカイリューは空中から強烈な電撃を放つが、ほぼ同時にシジマも指示を出す。
”まひ”状態なら、単純に痺れて動きが鈍る影響でその後の戦闘にも支障が出るものだ。ところが、倒れ込んでいたにも関わらずカイリキーは素早く躱したことで、アキラの目論見は崩れた。
”まひ”状態になっている筈なのだが、カイリキーは多少影響を受けてはいるがそれでも巧みな動きを維持しているのだ。
どういうことなのかアキラは目を凝らすが、どうやら”でんじは”の効果が無い訳では無いらしいが、呼吸の仕方や体への力の入れ方にヒントがあるらしい。
一体どんな技術なのか気になったが、再びシジマが声を上げた。
「”いわなだれ”で撃ち落とせ!」
カイリキーは先程の”はかいこうせん”と自らの手で砕いた固いフィールドの欠片と岩を利用して、大量に抱え込んだそれらを”いわなだれ”としてドラゴンポケモンに放り投げる。
「”たたきつける”で打ち払うんだ!」
カイリューは体を捻って、巨大な尾で飛んでくる岩を払い除ける。
何時もなら更に飛び上がったりして避けるが、今戦っているタンバジムのバトルフィールドは屋内だ。自由自在に飛び回れる程のスペースがある訳では無い。
だが何時の間にジャンプしていたのか、”いわなだれ”に対処した直後のカイリューにカイリキーが距離を詰めていた。
本当に”まひ”状態なのか疑わしくなる無駄を省いた動きにアキラは顔をしかめる。
普段ならあそこで反撃を受けるところだが、彼の目はしっかりとカイリキーの動きを捉えており、流れる様に直感的に口を開いた。
「顔面に”メガトンパンチ”!」
振り返ると同時に、カイリューは進化してから身に付いた剛腕でカイリキーの顔面に強烈な拳を叩き込む。
会心の一撃だ。
そのまま殴り飛ばしてしまおうとカイリューは更に腕を伸ばすが、すぐに何かがおかしいことに気付く。顔面に拳がめり込んでいるにも関わらず、あっという間にカイリキーは四本の腕でドラゴンポケモンを抑え付けてきたのだ。
カイリューは一瞬だけ戸惑うが、アキラだけは自らの判断ミスを悟る。
しかし、既にカイリキーは反撃に移っていて手遅れだった。
「”あてみなげ”!!」
上半身を捩じらせて、カイリキーはカイリューを攻撃を放ってきた時の勢いを利用して、カイリューの巨体を勢い良く背中から地面に叩き付けた。
接近戦が不利なのと格闘ポケモンなら使うであろう”カウンター”の様な技をアキラは警戒していたが、まさかこのタイミングで仕掛けてくるとは思っていなかった。
しかも何の足場も無い空中でこれだけの力を発揮できるのだから、もし地上で同じ技を受けたらタイプ相性など関係無しに大ダメージだ。
「リュットもう一度飛び上がるんだ!」
「逃がすな! ”けたぐり”!!」
急いで伝えるが、カイリューが立ち上がると同時に着地したカイリキーは”けたぐり”でドラゴンポケモンの足を蹴り付ける。
"あてみなげ”同様にひこうタイプを併せ持つカイリューにかくとうタイプの技の効果は薄いが、空中に逃れる前に蹴り付けられた足に走った痛みで巨体を支えられずバランスを崩す。
「”クロスチョップ”!」
「”つのドリル”を振るんだ!」
追撃を仕掛けようとするカイリキーに、咄嗟にアキラは回避から迎撃に方針を変更させる。
すぐにカイリューはツノに螺旋回転する形で瞬く間にエネルギーを集めると、激しく回転するエネルギーの刃を頭ごと振り回す。
流石にカイリキーもこの危険な攻撃に対して追撃を中断して、避ける様に体を後退させる。
だが、アキラはすぐにその動きの意味を目を通じて理解する。
「!? リュットすぐに下がるんだ!」
慌てて伝えるが、彼の声が届く前にカイリキーは”つのドリル”を流す様に躱したタイミングに合わせて体を組ませると、再び”あてみなげ”でカイリューを軽々と投げ飛ばす。
またしても投げ飛ばされたドラゴンポケモンは、何回も体を地面に跳ねらせるとアキラのすぐ傍まで転げる。
「リュット大丈夫か!?」
近くまで投げ飛ばされたカイリューにアキラは急いで駆け寄る。
近距離での肉弾戦は勿論、こちらの攻撃の勢いを反撃に利用していくのは、如何にも格闘使いらしい戦い方だ。昔戦ったシバのカイリキーよりも圧倒的な力の差は感じないが、手数や使える技のバリエーションが多くて別の意味で手強い。
カイリキーの動きをアキラはある程度見抜けていたが、やはり伝える時間が短いのとタイミングなどの問題で完全にカバーすることは難しい。
だけど、良かれと思って詳しく伝えれば戦っているカイリューを混乱させるだけだ。
次からはもう少し回避に専念することに比重を置くべきかと考えるが、ゆっくりと立ち上がったカイリューは一瞬だけアキラに目線を向ける。
さっきからやられてばかりであるにも関わらず、まるで目論見が上手く行ったかのような目付きだったので、彼はカイリューが自分が思い付いていない策があると見た。
「何か策があるのか?」
一応小声で尋ねるが、カイリューは振り返るどころか何も反応も見せずカイリキーの動向を窺うのに専念する。
それをアキラは、その無言を肯定と受け取った。
「…わかった。チャンスと見たら俺が伝えることは無視しても構わない」
アキラがそう認めた直後、カイリューは頭の触角から”10まんボルト”の電撃を放出する。
接近戦が不利なのは、カイリュー自身も理解している。しかし、”みきり”で攻撃とその軌道を見抜いていたカイリキーは、”まひ”状態なのも関係無く難なく避ける。
また間合いを詰められそうになり、カイリューは翼を広げて体を浮かせようとするが、足に力を入れた途端に先程”けたぐり”を受けた箇所に痛みが走ったのか
「もう一度”つのドリル”だ!」
「”クロスチョップ”!!!」
カイリューが見せた隙をシジマはすかさず突くが、その前にアキラは防御の為の攻撃を伝える。
再びカイリューは”つのドリル”を
逃れようとドラゴンポケモンは暴れるが、体を揺らせることは出来てもカイリキーの腕力はそう簡単に振り解ける程甘くは無かった。
体が揺れている不安定な状態でも、カイリキーは四本ある腕の内、残った下側の両腕を交差させてカイリューの腹部に”クロスチョップ”の手刀を浴びせる。強靭なドラゴンの体皮の中でも弱い箇所に繰り出された強烈な一撃。それを受けて、カイリューの体は崩れそうになるが持ち堪える。
手を緩める気は無いカイリキーは、抑え付けている内に更なる攻撃を仕掛けようとする。
その時、急に体が傾き、あっという間にカイリキーの視点は目まぐるしく変わる。
気が付いたら何時の間にかカイリューがカイリキーの下側の腕を掴んでいて、強引に背負い投げの様な形に持っていかれていたのだ。
「その技は!」
それを見た瞬間、シジマは驚きを露わにする。
カイリューの動きから、シジマよりも先に理解したアキラは、カイリュー自身もわかっているであろうその技の名を口にする。
「”あてみなげ”だ!!!」
アキラのポケモン達の十八番。”ものまね”の力で一時的に使える様になった”あてみなげ”をカイリューはカイリキーに仕掛ける。
先程のカイリューの狙いはこれだ。
確かに”けたぐり”を受けてカイリューは足を痛めたが、多少痛みが引いた今なら力を入れても問題は無い。攻撃を受けたカイリュー自身と目が鋭敏化していたアキラはわかっていたが、戦っているカイリキーだけでなくシジマが見抜けないのも無理は無い。
まさか自らの攻撃を利用されるとは思っていなかったカイリキーは、自らがカイリューに仕掛けていた様に背中から強く叩き付けられる。
「反動を利用して距離を取るんだ! ”りゅうのいかり”!」
すぐさま追撃の指示を伝えると、ドラゴンポケモンは下半身から力を抜き、翼の力だけで軽く宙を浮くと同時に青緑色の炎を浴びせる。
自身の技を使われたことに対する動揺、呼吸が乱れて”まひ”状態特有の体の痺れが重なり、仰向けに倒れたままのカイリキーは成す術も無く焼かれる。
そしてアキラに伝えられた通り、技の反動で宙に浮き上がる形でカイリキーとの距離を取ったドラゴンポケモンは、間髪入れずに全力の”はかいこうせん”を追い打ちに放った。
「”みきり”だカイリキー!」
回避に特化した技をシジマは伝えるが、カイリキーは”まひ”状態だけでなく”りゅうのいかり”の直撃による大ダメージで動こうにも動けなかった。
放たれた特大の光線は、そのまま動きが鈍っているカイリキーに衝突する様に命中する。
「っ!」
直後に彼らが戦っていた道場を揺らす程の激しい爆発と衝撃が広がり、アキラは咄嗟に腕を盾にして飛んで来た砂埃から顔を守る。
やがて砂埃が落ち着き、煙が晴れてきたタイミングで顔を守っていた腕を下ろすと、爆発の中心で”はかいこうせん”の直撃を受けたカイリキーが大の字状態で倒れていた。
決着が付いたことを悟り、翼を広げて飛んでいたカイリューは降りるが、緊張の糸が途切れたからなのか肩で息をする程までに消耗していた。
「やったなリュット。大金星だぞ」
駆け寄ったアキラは、息が上がっているカイリューの背中を擦ってあげながら褒めちぎる。
カイリューとしては、同じカイリキーに勝てたとしても、かつて負かされたシバのカイリキーにリベンジを果たしたいだろう。けどアキラは、今回の勝利は将来シバと再戦する時のリベンジへの大きな一歩と見ていた。
疲れているドラゴンポケモンを労っていたら、倒れていたカイリキーをボールに戻したシジマが近付いて来る。
「”あてみなげ”を利用したのか」
「はい。ですが、リュットの判断に救われた様なものです」
本当は空中へ退避するか距離を取って戦おうと考えていたが、カイリューの考えに賭けて敢えて正面から挑んだ。
何をするつもりかと思ったが、”ものまね”で”あてみなげ”をコピーして、それを逆に仕掛けたのだからアキラも少し驚いていた。
アキラの返答を聞き、シジマは先程まで行っていた彼らとのバトルの内容を振り返る。
これが今の彼らの全力。
ジム戦を行う時の様に、相手の実力を引き出して見極めるつもりは無く、文字通りシジマは全力で挑んだ。
弟子入りを申し出た時点でも既に十分過ぎる程だと見ていたが、予想以上だ。
ドーブルを手持ちに加えてから調子を取り戻していること、そして基礎的なトレーニングを積み重ねているとはいえ、今の時点でもこれなのだ。
まだまだ教えていないことや鍛えなければならないことは多いが、それら全てをトレーナーと連れているポケモン達が学び取ったらどうなるのか。
「今のお前達の実力はわかった。だが、今のバトルはカイリューの判断が無かったら、まだ続いていた可能性はある」
「はい。もしリュットが”あてみなげ”を”ものまね”していなかったら、まだ厳しい戦いが続いていたと思います」
「ポケモンがトレーナーの意図を超えた動きをしてくれるのは確かに大きな武器だが、何時までも頼っていてはお前自身のトレーナーとしての技術は磨かれんぞ」
アキラに必要な知識が備わっているのと場数を踏んできたことは、先程のバトルの戦い方や流れからもわかる。
同時にトレーナーとして洗練されている点もあれば粗が目立つ点もあり、その粗を戦っているポケモン達が彼らなりに修正や埋める形で動いていることもだ。
勿論シジマは、彼が自らの未熟な部分を自覚した上で手持ちに全幅の信頼を寄せている結果なのは理解している。
「アキラ、俺の教えの基本は何なのか憶えているか?」
「…”トレーナーが身をもって力と技を研ぎ澄ますことでポケモンと心を通わす”です。先生」
「お前のトレーナーとしての心構え、方針は?」
「”手持ちと一緒にトレーナーも変わっていく”です」
自信を持って答えるアキラに、シジマは満足感を覚えた。
微妙な違いは有れど、彼もまたポケモンと共に身と心を鍛えていくことがポケモントレーナーとして最も重要な要素と捉えている。
シジマ自身、ポケモントレーナーに必要と考えている資質を彼は備えているのだ。今ここで自分を負かしたとしてもおかしくは無い。
「……次回からまだ頻度は少ないが、ポケモンを使ったバトルを初めとした指導も行う。何かを削るんじゃなくて、追加する形だから以前よりも忙しくなるぞ」
「! はっ…はい!」
遂にトレーナー自身の鍛錬だけでなく、ポケモンバトルなどに関する指導も始めて貰えると知り、咄嗟に返事をしつつアキラは更に意気込む。
そんな彼の姿に、シジマはトレーナーとして必要な技術を更に身に付ければ、どれ程になるか期待するのだった。
アキラ、師のシジマと初めて本気のポケモンバトルを行い、勝利を収める。
アキラが連れている手持ちの今の実力は、新加入を除けば戦闘経験と元々の能力の高さのお陰で並みのジムリーダーと互角かそれ以上の扱いです。
後は持ち前の高い能力をもっと活かすことが出来る技術や技をトレーナー共々学んでいけば、かなり強くなっていく筈。