SPECIALな冒険記   作:冴龍

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担当する者達

 カントー地方最大の港町であるクチバシティの少し外れにある一軒家。

 小さな窓から日差しが差し込む屋根裏部屋の中でアキラは悩んでいた。

 

「誰にしようか?」

 

 電気スタンドで照らされたノートに書かれている内容に目を通し、アキラは頭を更に働かせる。

 彼が今いる部屋は、唐突にこの世界に迷い込んでしまった彼の為に、保護者であるヒラタ博士が自宅で用意してくれた場所だ。最初は荷物置き場を片付けた様な部屋だったが、三年近く彼が過ごしていく内に内装は変わっていき、今ではこの世界でのアキラにとって帰る場所になっていた。

 

 畳まれた布団にアキラが買った本が並べられた本棚と足りない分を本棚代わりに積み上げたダンボール、ゲンガーを模った大きめの貯金箱、今彼が向き合っている鍵付きの引き出しが付いた小さな机。その小さな机の上で、アキラは日々手持ちの育成などについて記録を纏めているノートを広げていた。

 

 ノートには「ヨーギラス:担当エレブー」、「バルキー:担当ブーバー」と書かれていたが、ドーブルだけは空白だった。

 今彼は、誰にドーブルの指導を任せるべきか悩んでいるのだ。

 

 ヨーギラスについては、最初の頃は仮加入扱いではあったが、エレブーと上手くやっていることや最近の様子を見てももう手持ちに加わるのはほぼ確定だ。

 既にヨーギラス自身と母親であるバンギラスからも了承を取っており、近々エリカが用意してくれている保護区のポケモンを手持ちに加えるのに必要な書類に署名をするつもりだ。

 バルキーは、手持ちに加わった経緯も含めてブーバーとは気が合うらしいので決まりだ。

 シジマからは更なる課題――彼が連れている格闘ポケモンに勝てるまでに育てることを課せられているが、今の問題はドーブルだ。

 他は本人の希望や能力、イメージが合ったことですんなりと担当は決まったが、どうしてもドーブルはハッキリとしなかった。

 

「……困ったな」

 

 ”スケッチ”という技は、ポケモンが使える殆どの技をコピー出来る点は”ものまね”と同じだが、一度”スケッチ”したら忘れない限りずっと技を覚えることが出来るのは非常に大きい。流石に一気に大量の技を覚えていくことは出来ないが、それでも理論上はどんな技の組み合わせでも実現することが出来る万能ポケモン。

 これだけ聞くと、手持ち最強であるカイリューの穴を埋められる程の能力を秘めている様に思えるが、無視できない問題があった。

 

 それはポケモンの基本的な身体能力などの強さに大きく関係する能力値が極端に低いことだ。

 バルキーとの戦いでは苦戦したが、カイリューなどの手持ちと再確認も兼ねて戦わせたら、あまり通用することなく呆気なく打ち負かされた。どんなに強力な技をコピーすることが出来ても、能力が低いことが足枷になって高い威力を発揮出来ないのだ。

 手持ちに加わったばかりなこともあるが、ゲンガーよりも打たれ弱いこともわかってきた。

 

 念の力を始めとした間接的な攻撃ならある程度のダメージは見込めるが、カイリュー達の様に経験豊富でレベルが高い相手ではロクに通用しない。”せいちょう”などの自らの能力を引き上げる技を覚えていたが、時間を掛けて限界まで能力を上げても、その攻撃力と防御力は少々頼りない。

 

 幸いなことにドーブル自身も自らの欠点を自覚しているのか、可能な限り群れで過ごす為に身に付けたであろう”へんしん”で火力不足を補おうとしているが、この”へんしん”にも問題があった。

 種が異なるポケモンの群れに溶け込んでいただけあって、ドーブルのミルタンクへの”へんしん”は能力含めて本物と遜色が無い完成度だ。

 だが、強い攻撃を受けると呆気なく”へんしん”の維持が出来なくて不安定化してしまう弱点はメタモンと同じだった。

 

 ミルタンクの姿で”どろかけ”と”かいりき”を利用した泥の塊を投げる投擲攻撃をよく仕掛けていたのは、下手に強烈な攻撃を受けて”へんしん”が不安定化するのを避ける理由もあったらしい。

 バルキーと戦っていた時は普通に”たいあたり”とかの技を使っていたが、カイリュー達と違って格上と判断していなかっただけだ。

 

 ドーブルの姿で戦おうとすると、火力の低さと打たれ弱さに悩み。

 ミルタンクの姿で戦おうとすると、その姿の安定維持に悩む。

 

 総括すると、やれることは多いのだが、火力不足な上に打たれ弱さがモロに影響するのだ。

 だけど例え能力値が低くても、鍛え方と工夫次第では幾らでも補うことが出来るのはアキラ自身もわかっている。

 カイリューやブーバーみたいに、搦め手無しで正面から戦わせるのが無理なのは明らかなのだ。なのでこのまま技術力を高めつつあるサンドパンに担当させても良いのだが、アキラとしてはイマイチしっくりこなかった。

 やはりここは、エスパー系の技を好んで使っている傾向から見てヤドキングかゲンガーのどちらかが適任かもしれない。

 

 ”サイコキネシス”などのエスパータイプの技を利用して、岩を飛ばすなどの間接的な攻撃もドーブルは得意だ。

 今名前を浮かべたヤドキングにゲンガーの二匹も、そういう念の活用をすることはあるが、どちらかと言うと念の力を直接叩き込む方を好む。それだけでなく、彼らは高い知能を活かした高度な独自判断力と覚えている技を上手く応用した多彩な攻撃も強みだ。

 

 手持ちにしてから様子を見ていく中で、ドーブルが新加入の三匹の中で一番頭が良い事がわかってきたが、果たしてそれだけで決めて良いかも悩む点でもあった。

 他にも今までの手持ちとは()()()()()()()()点も、アキラの悩みに拍車を掛けている。

 

「……少し様子を見て来るか」

 

 鉛筆を置いて、アキラは屋根裏部屋から下の階へと降りていく。

 何も別にわざわざ手持ちから担当を付けさせたり、カイリュー達が持つ技術や長所を受け継がせることに拘らなくても良い。

 いざとなったら、明確な担当は決めずに他の面々の良い所だけを学ばせることで、新しい戦い方を作り上げていくことも十分に選択肢として考えられる。

 

 それに先輩の手持ちを担当に付けさせても、最終的に彼らの面倒を見るのはトレーナーである自分だ。そこは忘れてはいけないし、過度に手持ちに任せっ放しにしてはいけない。

 

「あらアキラ君、何かお菓子でも食べに降りて来たの?」

 

 リビングに入ると、ヒラタ博士の息子の家内が声を掛ける。

 事前に話し合われたとはいえ、突然この家に自分が居候することになったにも関わらず、暖かく受け入れてくれた人だ。何時もの様に感謝の気持ちを込めてアキラは彼女に会釈すると、ポケモン達の様子に目を向ける。

 

 リビングでは何匹かのアキラの手持ち達が各々自由に過ごしていたが、中でもゲンガーは彼の保護者であるヒラタ博士の孫と対戦アクションゲームをしており、その姿に思わず溜息を漏らす。

 

 少し前まではがむしゃらにボタンを押しまくっていたのだが、今ではどの色のボタン押せば望んだ行動になるのかをゲンガーは理解している。本当に頭は良いのだが、才能の無駄遣いと言うべきか、その恵まれた知能を変な方向に全力投球していくのには呆れてしまう。

 

 ブーバーを筆頭とした連れているポケモン達が、テレビ番組などの人間の娯楽を楽しむ姿をもう何年も見てきたが、変に頭が働くのも考え物だ。

 窓から見える外でヨーギラスの遊びに付き合っているエレブーと、彼らの様子を見ながら体操の様なことをやっているカイリューの方がよっぽどポケモンらしくて健全だ。

 加えてゲームを楽しんでいる彼らの横で、何故か割れる様に壊れたコントローラーが一機だけ箱に入っていることに気付き、アキラは頭を抱える。

 

「……また壊してしまった様で申し訳ございません」

「良いわよ別に」

 

 アキラは申し訳無さそうに頭を下げるが、孫の母親である彼女は気にする事は無いと答える。

 当然のことだが、ゲーム機のコントローラーは人間が操作すること前提で作られており、ポケモンが扱う事は想定していない。

 ゲームが遊べるのはゲンガーとブーバーの二匹だけなので壊さない様に言い聞かせているが、それでも彼らは熱くなり過ぎてコントローラーに余計な力を入れて壊してしまうことが度々ある。

 

 その為、アキラは道中のトレーナーと戦った際に手に入れた賞金でコントローラーの予備を何個か用意している。お陰でこの家は孫の友達の溜まり場になっているようだが、アキラとしてはコントローラーは安くは無いので丁寧に扱って欲しかった。

 

 そんなアキラの願望を余所に、ゲンガーと孫との対戦は更にヒートアップする。

 ハメ技や道連れなどの友達との対戦で多用すれば、喧嘩が起きても不思議では無いセコイ戦法を堂々と駆使して、ゲンガーは一発逆転を狙う。

 対するヒラタ博士の孫は、巧みにそれらの技から逃れては反撃するなど年に似合わない落ち着いた操作と正統派な戦いぶりで追い詰めていく。

 そんな彼らをブーバーとバルキーは横に座って観戦しているが、この様子だとゲンガーがブーバーと交代するのは時間の問題だろう。

 

 相変わらず今日も手持ち達は人間の娯楽を謳歌しているが、アキラはあの特徴的な巻貝の様なのを被ったヤドキングを見掛けない事に気付いた。

 良く探すと外に出ている訳では無いが、ヤドキングだけリビングの隅で何かをやっていた。

 

「何をやっているのヤドット?」

 

 声を掛けるが、ヤドキングは黙々と積み木を並べていく。

 集中しているのを察したアキラは黙って見守っていると、それらを立てる様に並べていき、全部並べるとドミノ倒しを始めた。

 何とも子どもみたいな遊びを楽しんでいるが、以前何かのバラエティーで大規模なドミノ倒しをやっているのがテレビに流れていたから興味を持ったのだろう。

 全て倒れるのを確認してからヤドキングはまた積み木を並べ始めるが、アキラが見ていることに気付くとある一枚の積み木を彼に見せた。

 

 その積み木には「あ」と大きく書かれていた。

 

 最初は何の意味なのかわからなかったが、ヤドキングは積み木が入っていた型箱を念の力で引き寄せると、積み木を一枚ずつ嵌めていく。

 すると、一列だけだが「あいうえお」の順に積み木が並べられたのだ。

 

「…意味、わかっているの?」

 

 ヤドキングは少し迷う素振りを見せるが、少し自信無さげではあったものの頷く。

 ちゃんと意味を理解しているかはともかく、何の迷いも無く並べることが出来たのだ。恐らくヤドキングは、この順番通りに並べるのが正しいことを明確に認識している。

 

「ここまで出来るのか……本当に頭が良いな」

 

 進化したことで、本格的に知性に目覚めたヤドキングは日々賢くなりつつある。

 ポケモンは種や個体によって差はあるが、大体は人の言葉を理解することはできる。

 

 だけど、会話が出来ても読み書きが出来るとは限らないのと同じ様に、言葉が理解出来ても文字などの形でも意味を理解できるかは別だ。

 時たまに、予め内容が用意されたカードを使って受け答えをするポケモンをバラエティーで見掛けるが、やっているポケモン自身も本当に理解しているかは少し怪しい。

 それからヤドキングが何を伝えようとするのでアキラは頭を働かせ始めたが、丁度そのタイミングにヒラタ博士の息子の家内が声を掛けて来た。

 

「アキラ君、レッド君から電話が来ているわ」

「え? レッドからですか? 今行きます」

 

 マサラタウンに住んでいる友人から連絡が来たと知り、アキラは立ち上がる。

 ヤドキングはまだ何か伝えたそうであったが、時間に余裕はあるから後で良いだろう。

 一言謝ってから、アキラはテレビ電話が出来る部屋へ向かうべくリビングから出ていく。

 彼を見届けた後、ヤドキングはドミノ倒しで遊ぶのを止めて積み木を片付ける様に正しく並べ始めようとするが、自分に近付いて来る姿に気付く。

 

 ゲンガーだ。

 

 機嫌が悪そうなのを見る限りでは、前に聞いたアキラ曰く「セコイ戦法」を破られて渋々ブーバーに交代したのだろう。

 操作キャラが大ダメージを受けて吹き飛ぶ度に声を荒げるブーバーを見ると、また熱くなり過ぎてコントローラーを握り潰すことになるのは目に見えるがもう止めようが無い。

 暇になったシャドーポケモンに対してヤドキングは余所に行け、と言わんばかり手を振り、ゲンガーは舌打ちをして離れる。

 

 こんな風にゲンガーとは、同じトレーナーの元に属しているにも関わらず、普段は互いに些細な事も含めて色んなことで張り合ったりいがみ合う関係は今も続いている。

 だがアキラに連れられたゲンガーと初めて会った時、人間の道具を難なく扱うその賢さに驚き、当時一緒にいた群れの仲間達と感心したことをヤドキングは憶えている。

 

 もっとも、そんな好意的な印象は釣りに飽きたゲンガーが仲間にちょっかいを出し始めたのを機にすぐに消えたが。

 

 反撃出来ない仲間達にちょっかいを出すこともそうだが、その優れた能力を下らないことに浪費する姿に当時ヤドンだった彼は心底腹が立った。

 後々知った人間のことわざで言う「渡りに船」と言わんばかりに、偶然近くに落ちて来たモンスターボールに仕返しついでに性根を叩き直してやると意気込んで勢いで入ったものだ。

 そんな経緯や言葉も通じないこともあって、アキラは自分がゲンガーの仕返し絡みも兼ねて入ったと考えているが、それは半分当たりで半分外れだ。

 

 ヤドキング自身、元々人間に付いて行くことにヤドンの頃から興味を抱き、故郷に人間がやってくる度に仲間達と共にその機会を窺っていた。

 しかし、自分達の種は総じて生まれ付き鈍感で動きが遅く、例え自分達が付いて行くことを望んでも「扱いにくい」などの理由で連れて行くトレーナーは殆どいなかった。

 そんな日々が続いていた時に、アキラが今の手持ちを率いて自分達の住処にやって来て今に至るのだから、世界は何が起こるかわからないものだ。

 

 だけど、今更アキラもヤドキング自身も、何がどういう過程で一緒にいることになったのかに関してはもうどうでも良くなっている。

 それにある種の使命感に燃えていたことやたまたま近くにモンスターボールが落ちた以外にも、手持ちをちゃんと統率し切れていない不甲斐無い当時の彼への細やかな仕返しの意図も無くは無いのだから。

 

 アキラのポケモンとして加わってからは、彼の元で自分に出来ることで己を高めながらゲンガーの行動に目を光らせている。

 その優れた能力を下らないことに浪費することを止めさせようともしているが、何度言ってもゲンガーは余計なお世話だと言わんばかりに聞く耳を持たない。

 そんなこんなでアキラが頭を悩ませる諍いがヤドン時代から進化した今でも続いているが、最近になってお互いある一つの結論に達した。

 

 それは互いに自分なりの方法で己を磨き、そして結果を出すことで自分のやり方や考えの正しさを証明するという単純明快な方法だ。

 

 何とも乱暴で原始的な決め方だが、何事も目に見える形での結果を見せ付けることが、自分のやり方が正しい事を証明すると同時に相手を黙らせる一番の方法だ。

 ポケモンバトルで相手を打ち負かすなどの実力もそうだが、知識や機転などの頭脳面など、その証明の仕方は多岐に渡る。

 

 勿論ヤドキングは負ける気は無い。だが進化したことで反応が遅れる長年の悩みを解消するだけでなく、力と頭脳を更に高めたにも関わらず、未だにゲンガーとはあらゆる分野で互角だ。

 幻滅したとしても、戦う力だけでなくあの時感心したゲンガーの賢さは紛れもなく本物ということなのだろう。死んでも口にするつもりは無いけど。

 

 余所に行ったゲンガーを見届けると、ヤドキングはもう一度頭を働かせながら積み木を型箱の中に順番通りに並べようとしたが、唐突にサンドパンがドーブルを伴ってやって来た。

 アキラはドーブルを誰に任せるか悩んでいるが、今は暫定的にサンドパンが担当をしている。

 既にアキラはドーブルに仲間達の紹介をしているが、細かな事情や説明はこの誠実なねずみポケモンが務めていた。

 

 やって来たえかきポケモンに、ヤドキングは今自分が何をやっているかを見せる。

 それなりに人間社会に触れて来たヤドキング達なら、人間が話している言葉や内容は理解出来るが、それでも積み木を並べた際に出来る文字の意味を理解することは困難だ。

 ついこの前まで野生の世界で暮らしていたドーブルなら、尚更理解するには難しいだろう。

 不意にドーブルは「か」と書かれた積み木を拾い、それをしばらく眺める。

 ヤドキングは手に取った積み木について教えようとするが、その前にドーブルは型箱の嵌めるべき場所にその積み木を置くのだった。

 

 

 

 

 

『そうか、新しい仲間が加わったのか』

「あぁ、リュット達が何時でも万全とは限らないからね」

 

 その頃、アキラはテレビ電話を通して、久し振りにレッドとの会話を楽しんでいた。

 レッドが住んでいるマサラタウンは、クチバシティからではそれなりに遠いので、そう簡単に移動することは難しい。

 カイリューに進化したおかげでその問題は解消しているが、やっぱり時間が掛かるので些細な会話はこうしてテレビ電話を介しているのだ。

 最近はアキラがシジマの元へ弟子入りしたことやレッドは治療とジムリーダーになる為の勉強に取り掛かったことで、機会が無かっただけに話は積りに積もっていた。

 

『弟子入りしてから調子はどうだ?』

「好調だよ。スランプも脱して前よりも日に日に強くなっていくのを感じる」

 

 何人もの弟子を鍛えてきただけあって、シジマの鍛錬内容と指導はかなり身になっている。

 それにただ単に体を鍛えていくばかりでなく、自分のトレーナーとしての問題点もしっかりと見抜いている。今までの様に独学でやっていたら、そういう問題点に自力で気付くことは出来ないか出来ても遅れていただろうから、自分も手持ちも実に有意義な日々を過ごしている。

 

『へぇ~、オーキド博士から聞いたけど、シジマってジムリーダーは昔グリーンが教わっていた人なんだろ?』

「まあ、そうだけど」

『やっぱりグリーンの師匠だけあって、色々厳しい?』

「厳しいと言えば厳しいけど、そこまでじゃないよ」

 

 確かに細かなトレーニング内容が決められているし、気が抜けたりすると一喝される。

 シジマの指導方針の基本は”トレーナー自身もその身を鍛える”なのだから、気が抜けると怪我に直結することもあるのだろう。

 

『でも何か意外だな』

「俺が誰かに弟子入りをすること?」

『いやいや、お前って俺と違ってとことん追求しようとするから、誰かから学ぼうとするってことは簡単に想像出来るよ。ただ――』

「ただ?」

『グリーンの師匠だった人に弟子入りすることが』

「――あぁ、成程ね」

 

 少し言葉を濁した感じの曖昧な内容だが、アキラはレッドが何を言いたいのか察する。

 確かに彼とグリーンは、正直に言うと仲が良い訳でも悪いと言う訳でも無い。

 

 特に手持ちポケモンに関しては、グリーンはしっかり躾けをして管理しているのに対して、アキラは普段から放任気味で自由に過ごさせているなど正反対に近い。

 昔とは違って考えがあることは既にお互い理解はしているが、そういうポケモンに関する方針や考えの違いなどで譲れないものがあるからなのか微妙な関係だ。

 にも関わらず、グリーンがポケモントレーナーとして師事した人物に弟子入りをしたのは意外なのだろう。

 

「たまたま俺が教わりたいと思った人がシジマ先生だっただけだよ」

『教わりたいことって?』

「端的に言えばポケモンだけでなく、トレーナー自身も鍛える方法を知っているからだよ」

『成程な』

 

 アキラがどういうトレーナーなのかを知っているレッドは納得するが、アキラはあまり意識していなかったグリーンとは兄弟弟子関係になることについて考え始める。

 別にどっちが優れた弟子であるかを主張したりするつもりは無いが、お互い友好的とは言い難い関係だ。他の人経由で知っている可能性は高いが、シジマに弟子入りすることはアキラの口からグリーンには伝えていない。

 ただ、シジマがどういう人物なのかを軽く聞いただけで、それ以外は事前確認のみだ。

 

『まあ、師匠が何であれ、その様子だと俺も気が抜けないな。でも、次のバトルも勝たせて貰うから』

「俺が師事しているのは格闘ポケモンのエキスパートだぞ。流石に次からは困った時のカビゴン頼みが通用すると思わない方が良いよ」

 

 レッドのカビゴンは、彼の手持ちで最も力を有しているだけでなく、アキラにとってケンタロスに並ぶ苦手なポケモンだ。

 手持ちの総合火力ではアキラの手持ちはレッドのポケモン達を凌いではいるが、このカビゴンだけは非常に相手がしにくいのだ。同じくらい高い能力と巨体を有するポケモンにはフシギバナとギャラドスがいるが、この二匹はタイプ相性を容易に突けるのでまだマシだ。

 

 弱点の突きにくさに圧倒的なパワーとタフさを併せ持つ動く要塞の対処には手こずっており、条件無しで正面から対抗出来るのはブーバーだけだ。

 レッドもアキラがカビゴンを苦手としている事に気付いているのか、彼が自分とのバトルでカビゴンを出してくる確率は、これまでの記録ではほぼ100%。

 それだけに対策は必須なのだが、他の手持ちも油断が出来ないことやレッドのトレーナーとしての技量が優れていることもあって、中々思う様にカビゴンをスムーズに倒すことが出来なかった。

 

 だけど今は違う。

 

 まだ力不足ではあるが、新しくかくとうタイプであるバルキーが加わり、他の手持ちも格闘技を覚えつつあるのだ。ノーマルタイプへの苦手意識が解消されるを通り越して、逆に鴨に出来る日も近い。

 そして一撃技などでしか対抗手段が無かったハクリューは、カイリューへと進化したことで更なるパワーアップを遂げた。フシギバナやギャラドスと同じくらい対処出来る様になれば、大きく勝利へと繋がる。

 

『ふふふ、アキラが強くなっている様に俺だって強くなっているんだ。次回に備えて丁度良い秘策も思い付いたし』

「…秘策ね。また試したら意外とダメだった作戦なら大歓迎だけど」

『いやいや、今回のには自信があるから。頼んでも教えないからな』

「どんな内容かによるけどね」

『あっ、でも今度会った時教えたいことはあるな』

「教えたいこと? 何それ」

『それも次会った時のお楽しみだよ。でも出来るだけ早い方が良いかな』

 

 気になる謎を幾つかチラつかせながら、笑みを浮かべたレッドの顔が画面から消えると彼らの通話は終わりを告げた。画面が暗くなったパソコンから目を離して、アキラはさっきまでレッドが口にしていた「秘策」が何なのか考える。

 彼の考える秘策は役に立たないものもあるが、幾つかは本当に見事な作戦だったりするのだから油断出来ない。

 

 地面に植え付ける様に”やどりぎのたね”をばら撒くことで、ツルを足に絡み付かせることで動きを阻害したり体力吸収による集中妨害。

 放電と同時に”フラッシュ”を放ってまともに避けられない様にする目眩まし。

 ”すてみタックル”を仕掛けると同時に、体を硬化させて防御力を高める”かたくなる”での反動軽減と破壊力の増大。

 ”かまいたち”を放つ溜めの段階なのに、渦巻く風を身に纏った状態で接近戦や”つばさでうつ”での攻撃。

 ニョロボンがブーバーが持つ”ふといホネ”に対抗して、即興で氷の棒みたいな武器を形成したこともある。速攻で砕いたので、あまり脅威では無かったが。

 

 ただ、さっきのテレビ電話では意気込んでいたものの本人としては事前に作戦を決めたり、計画通りに動くのはどうも苦手らしい。なので結局は事前に考えた作戦よりも、その場の流れや勢いで思い付いたものの方が上手く行くらしいが、ぶっつけ本番を成功させる発想力と機転は侮れない。

 

 戦いや経験を重ねていくごとに力が増す点もそうだが、警戒しなければならない要素や未知数の攻撃に技の応用が増えていくのも、レッドとの連敗記録を更新し続ける最大の原因だ。

 それ以外にも追い詰めた途端、レッドとポケモンの意思疎通や指示を伝えるスピードが段違いに早くなることも無視出来ない。

 

「こっちも改めて策を練らないとな。今度こそ……レッドに勝つ」

 

 まだまだポケモントレーナーとしての純粋な技量で負けていることは認めるが、今では彼より大きく勝っている点もあるのだ。実際、タイプ相性や連れている手持ちの能力などの幾つかの点では、レッドには勝っていると言っても良い。

 瞼越しに目をマッサージしながら、次こそはマグレでも何でも無くレッドに勝つ自分達の姿のイメージを頭の中に浮かべて、アキラは改めて決意する。

 

 もう一度リビングにいる手持ちの様子を見てこようとテレビ電話が繋がっている部屋から出るが、直後に彼は何かにぶつかった。

 不意だった為、アキラは体のバランスを崩してふら付くものの何とか持ち堪える。

 それから目線を少し下にズラすと、ぶつかったと思われるサンドパンが彼の足元に仰向けに転がっていた。

 

「どうしたサンット?」

 

 すぐにサンドパンは体を転がす形で起き上がらせると、慌てるまではいかないまでもアキラに来て欲しいのか手招きをする。

 首を傾げながらも彼はサンドパンに招かれるままにリビングへ向かうが、ねずみポケモンはリビングには入らず覗く様な仕草を見せる。

 

 不思議に思いながら彼の動きに倣ってリビングを覗いて見ると、サンドパンが指差した先でヤドキングとドーブルが一緒になって何かをやっているのが見えた。

 目を凝らしてみると、彼らはさっきまでヤドキングが遊んでいたひらがなが書かれた積み木を一緒に並べていたのだ。

 

「いきなりあんなことをやってわかるのかな?」

 

 単純に積み木を型箱に戻すのを繰り返している訳でも無く、ヤドキングが一つ一つ何やら教えながらドーブルと一緒に並べ直している。

 何をやっているか詳細は不明だが、さっきまでヤドキングがやっていたドミノ倒しの様な遊びでは無いのはわかる。

 

「――まっ、サンットとしても、()()はヤドットに任せるべきだと思う?」

 

 実は、今回手持ちに迎えたドーブルの性別は♀だ。

 今まで♂ばかりが手持ちに集まっている中で初めての♀であることもあって、この点でもアキラは悩んでいたのだ。

 なので、仮に担当をするとなると比較的温厚で良識のあるサンドパンかヤドキングのどちらかを考えていたが、あの様子を見るとほぼ決まりの様なものだろう。

 さっきまで彼女と行動を共にしていたサンドパンも認める様に頷いたのだから。

 

 ブーバーを見守っているバルキー、エレブーと遊んでいるヨーギラス、そしてヤドキングから教わっているドーブル。

 

 やっと手持ちに関する悩みが落ち着いた――と思っていたが、唐突に別の考えが浮かんで来た。

 

 今回アキラは、最初から既に連れている手持ちの傾向と新しく加わった手持ちの希望を考慮しながら逆算する様に教わる相手を決めている。

 けどひょっとしたら、自分達の元で馴染んでいく内に今まで気付かなかった別の強みを見出して、方針転換をしたくなると言うことがあるかもしれない。

 

 それに戦い方や技術などの教え方や内容も手持ちごとに異なるだろうし、良くも悪くも定められたルールやマナーを守るものもいれば、程々に破っても気にしないものもいるのだ。

 一定期間の間だけ、担当以外にも新しく加わった三匹に最低限の戦い方の基礎やトレーナーのポケモンとして過ごすのに大切なこと、または守って欲しいルールを纏めて教える。

 

 簡単に言えば新人教育の必要性だ。

 

 トレーナーであるアキラが教えることは当然だが、師であるシジマとの鍛錬中などの自分が見ていない時でも代わりに教えてくれる存在が必要だ。そう考えると手持ちの中では比較的誠実で良識が有り、自分の考えを汲み取ってくれるだけでなく、地道な努力と試行錯誤を重ねて強くなったサンドパンしか適任はいない。

 だが、これはアキラの勝手な判断と構想なので、サンドパンがこの「新人教育担当」に本当に向いているかは未知数だ。

 そもそもポケモントレーナーは満遍なく面倒を見ないといけないのだから、全部サンドパンに押し付けるつもりは無い。

 

「なあサンット。ドーブルはヤドキングに任せることになりそうだけど、もう一仕事して貰えないかな?」

 

 一緒にいたサンドパンは、アキラから今彼が考えていたそのもう一仕事に関する具体的な構想などを伝えられる。

 トレーナーが教えるだけでなく、先輩である彼らを通じて新しく加わったばかりの手持ちに戦い方の基礎、トレーナーの元で過ごしていくのに必要な知識を教えていくことに関することだ。

 別にポケモンがやる様なことでも無いが、サンドパンとしては断る理由は無いこともあるのか、アキラの構想にすぐに了承の意を見せた。

 

「えっと…良いのか? そんな良く考えずアッサリと引き受けちゃって…」

 

 頼んでおきながら急に心配になったが、サンドパンは珍しく胸を張って応える。

 この時アキラ達は気付いていなかったが、また一つ、彼らの中で新しい考えと取り組みが形を成した瞬間だった。




アキラ、新加入三匹(予定も含む)の担当を全員決めると同時に新しく新人教育を思い付く。

新しく加わる三匹が、それぞれ教わる手持ちがようやく決まりました。
並行して期間限定でサンドパンも基礎訓練などの新人教育を行うことも決まりましたが、彼の役目は具体的に言うと「スターウォーズ」に登場するジェダイ・マスター・ヨーダに似ています。
ヨーダが特定の弟子に師事する前段階の幼いジェダイ候補生達にジェダイに必要な能力について手解きするのと同じ様に、サンドパンも彼らに基本的なことを教える感じです。
勿論、アキラも彼らを率いるトレーナーとして手持ち全体を指導したり把握していきますが、今回のサンドパンや担当を受け持った手持ちが別の形で彼の負担を減らしたり補うという感じです。

他にもヤドキングがゲンガーとは微妙な関係である理由といった書く機会が無かった流れが文章と言う形になって感慨深いです。
後、今の手持ち達の日常風景も久し振りに書けて満足です。

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