SPECIALな冒険記   作:冴龍

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執念の終止符

「今だ!」

 

 レッドの掛け声を合図に”ころがる”カビゴンは方向を変えて、体のバランスを崩し掛けたブーバーに迫った。

 すぐに立ち直ったブーバーは、目付きを鋭くして”みきり”を使うことでギリギリではあったがカビゴンの巨体から逃れた。

 

「”メガトンキック”だゴン!」

 

 だが、カビゴンの攻撃はまだ続く。

 再びブーバーへと方向を変えると同時に転がるのを止めたカビゴンだが、転がっていた時の勢いを維持したまま跳び上がるとその巨体でドロップキックの体勢でブーバー目掛けて飛び込む。

 ”みきり”の効果が継続中だった為、ブーバーは難なく避けるが激しく体を動かす度に頭に響いており、徐々に動きが鈍っていた。

 アキラは精彩を欠いているのを察してモンスターボールに戻そうとしたが、その隙を逃さない程レッドは甘く無かった。

 

「”じしん”!!」

 

 ドロップキックは不発で終わったもの、続けてカビゴンは小さくジャンプしてから両足で力強く地面を踏み締めた。

 当然ブーバーは避けようと足に力を入れて跳び上がる。しかし、揺れには巻き込まれなかったがそこまで高くジャンプ出来なかったことで衝撃波から逃れ切れず、軽く体が後方に飛んでしまう。

 

「バーット、交代だ!」

 

 ブーバーの返事を待たずに、アキラはすぐに地面を転がったひふきポケモンを退かせる。

 有無を言わさず戻されたことにブーバーは腹を立てていたが、あのままでは致命的な隙を見せるのは時間の問題だ。ヤドキング同様、少しは体を休ませるべきだろう。

 

 それに多少の差異はあれど、戦いの流れはこちらの予想通りに進んでいる。

 ”じしん”などの技の影響で地面が割れたりデコボコしている中を立っているカビゴンを睨みながら、アキラは次のポケモンを準備する。

 

 レッドのカビゴンを相手に条件無しで正面から一進一退の攻防が成立していたのは、今までブーバーしかいなかった。その為、彼が戦えないといねむりポケモンを攻略するのは困難だ。

 だけど今のアキラの手持ちは、もうブーバーに頼り切らなくてもそのカビゴンを相手に正面から対抗出来るだけの力を手にしている筈だ。

 

「気を引き締めて掛かれよ。今の姿になって初めてのレッドとの戦いだ。絶対に勝つぞ」

 

 激励の言葉を掛けながら、アキラが投げたボールからドラゴンポケモンのカイリューが力強く踏み締めながら姿を現した。

 本当ならヤドキング、ブーバーの様にヨーギラスを教えているエレブーを出すべきだったかもしれないが、経験的に良い感じで戦えているのと何より切り札を外すことは出来なかった。

 

 加えてこの状況でカイリューを出せば、レッドが最後に出すポケモンもほぼ決まりだ。

 レッドはポケモンリーグでグリーンと対戦した時、相性が不利でも博士から貰ったポケモン同士で決着を付けさせるなどこだわりを持っている。

 その気持ちはアキラも理解が出来る。故にカイリューを出せば、必ずレッドは対抗出来るだけでなく付き合いが最も長くて信頼しているなど、アキラが連れているカイリューとの共通点が多いニョロボンを出す筈だ。

 

 だからこそ、消耗しているとはいえアキラはエスパータイプを併せ持つヤドキングを残しているのだ。

 勿論、カイリューもニョロボンに対して強いライバル意識を抱いているので、ライバル対決で負けるつもりは無い。だけど彼は、その先に有り得る可能性も考慮していた。

 

 尤もその考えが正しいことを証明するのと思惑通りに試合を進めるには、目の前にいるカビゴンを倒さなければ話は始まらない。

 

「突っ込むんだゴン!!!」

 

 カイリューの姿を見るやレッドはカビゴンに攻勢を伝える。

 彼自身アキラのカイリューと直接戦った経験は無いが、ワタルのカイリューを相手に互角以上に渡り合ったことを知っている。

 ならば全力で片付けようと動いたのだ。

 

「”はかいこうせん”で迎え撃つんだ!」

 

 飛び出したカイリューは、口内を光らせるとカビゴン目掛けて”はかいこうせん”を放つ。

 光線が命中すると同時にカビゴンは爆発に巻き込まれるが、それでも怯むこと無く”ころがる”で突っ込んできた。

 正面から受けるのを避けるべく、カイリューは横に跳ぶ形で躱したが、転がっていたカビゴンは鋭い急カーブを描いて再び迫って来た。

 

「空へ!」

 

 驚きながらも小さな翼を広げて、若干姿勢が崩れていたカイリューはアキラの言う通り空へ退避する。

 二度目の攻撃も不発で終わったことで、カビゴンも”ころがる”を止めて空を飛んでいるカイリューを見据える。

 

 ハクリューの頃は”こうそくいどう”で翻弄しながら、”つのドリル”で一撃必殺を狙うのがカビゴン攻略の基本戦術だった。

 レッドのカビゴン攻略を至難の業にしているのは、前のフスベシティで戦ったイブキの時に経験した”ねむる”による常時回復状態が原因だ。

 並みのポケモンの”ねむる”なら、回復を上回るダメージを容易に与えられるが、カビゴン並みの耐久力と有効なタイプ相性が乏しいと一苦労だ。

 

 まだレッドが使えるか判明していないが、イブキのキングドラの様に回復しながら攻撃出来る様になっていたら厄介極まりない。

 巨体故に俊敏に動くことは出来ないが、それでも何かあればすぐに動ける様にカイリューは上空を浮遊する。

 

「……”はらだいこ”だ」

「っ!」

 

 少し考える素振りを見せてから、レッドはカビゴンに指示を伝える。

 するとカビゴンは大きなお腹を太鼓の様にリズミカルに叩き始め、どことなく太鼓を叩いている様な音が奏でられた。

 だけどアキラは、その音に耳を傾けることなく慌てた様子で声を上げた。

 

「リュット! ”はかいこうせん”で倒すんだ!!」

 

 使われるのは初めてだが、”はらだいこ”は自らの体力を大きく削る代わりに攻撃力を最大にまで引き上げる技だ。

 ブーバーとの攻防で幾らか体力を失ったのに”ねむる”での回復よりも攻めを選んだのだ。何か狙いがあるに違いない。

 けれども”はらだいこ”の効果を考えれば、倒すチャンスでもある。カイリューもアキラの意図を察し、本気で仕留めるつもりで少し時間と力を掛けて空中から最大パワーの”はかいこうせん”を放つ。

 

「もう一度”ころがる”!」

 

 しかし、レッド達の動きの方が一歩速かった。

 ”はらだいこ”を終えるとすぐにカビゴンは体を丸める。すると先程までとは異なり、まるでアクセルを全開にしたタイヤの様な速さで急加速して、”はかいこうせん”を紙一重で避けたのだ。

 

「速い」

 

 ”はらだいこ”で体力がパワーに変換されたことが関係しているのか、さっきの段階でも巨体からは考えられない程のスピードだったのが更に速くなっていた。

 レッドの様子を見ると、偶然の産物ではなく狙ったものなのは明らかだ。

 

 あんな巨大な鉄球みたいなのが、車並みのスピードでぶつかってきたら一溜まりも無い。

 空を飛べないポケモンが相手だったら脅威どころではなかったところだが、幸いカイリューは空を飛べる。落ち着いて様子見に徹することが出来る。

 レッドの狙いは一体何なのか。そのことに集中して考え始めた時、突然レッドは声を張り上げた。

 

「今だ! いくんだゴン!!!」

「え? 行くって…はぁ?」

 

 レッドがカビゴンに伝えた内容が理解出来なくてアキラは戸惑うが、高速で転がっていたカビゴンの巨体が突如として何の前触れも無く跳ね上がり、空中に留まっているカイリューに迫ったのだ。

 

「っ!? ”つのドリル”!!!」

 

 咄嗟にアキラは、カイリューに接近戦最大の武器での迎撃を伝える。

 今のは鋭敏化した目でも見抜けなかった。本当に何も前触れも無く――否、良く見たらカビゴンが跳ね上がった地面は”かいりき”や”じしん”の影響で割れていたりとデコボコになっていた。

 僅かな凹みや段差を利用して、カイリューがいる空中へと跳び上がったのだ。

 

 機転を利かせて相手の想像の範疇外を突いたり、自身の思い付きや賭けを何の事前準備も無くぶっつけ本番で実現させるのはレッドの得意分野だ。

 そしてそれは、事前に得られた情報や自身が知っている知識と経験を元にすることで、ある程度の対策や攻略法を考えた上で戦うアキラにとって歯車を狂わせる最大の要因でもあった。

 

 戦いでは、不確定要素や未知数の技が出るなどの想定外の事態や事前情報が役に立たないことは当然ある。

 それくらいアキラもわかっているが、レッドの思い付きや賭けは本当に予想を超えるだけでなく、突拍子もないのだから咄嗟に対応することは難しいのだ。

 

 カイリューも言われるまでも無く迎え撃とうとしたが、”はかいこうせん”を力を籠めて放った反動で動きが鈍っていたこともあり、極限までに攻撃力が高まった巨大な高速質量弾と化したカビゴンの前では螺旋回転を始めたばかりのエネルギーの刃は呆気なく破られてしまった。

 

 今まで聞いたことが無い鈍い音が響き渡るだけでなく、カイリューはくぐもった呻き声を漏らし、まるでトラックに跳ねられた人の様に弾き飛ばされて、そのまま落下した。

 ほぼ同時にカビゴンは空中で体勢を立て直すと、大きな揺れを起こしながらレッドの傍に着地する。

 

「リュット……!」

 

 まだ土埃が舞っていたが、それを翼の一振りで吹き飛ばして、墜落したカイリューは荒々しく吠えながら力強く立ち上がった。

 ”ころがる”はいわタイプの技なので、ひこうタイプも併せ持つカイリューにとっては相性が悪い技だ。

 それをカビゴンが発揮出来るであろう最大火力で受けてしまったが、息を荒げているもののまだまだ戦える様だった。

 

「流石アキラの相棒。あれを受けても倒れないのか」

 

 耐える可能性が有るとしたら彼のエレブーだけかと思っていたが、やはりカイリューも一筋縄ではいかないことをレッドは改めて認識する。

 危うくやられそうになったことにアキラは冷や汗を掻いたが、気持ちを静めて冷静に状況を把握しようとする。

 

 カビゴンの消耗具合を考えれば、後は遠距離技で攻めていけば十分だ。仮に”ねむる”で回復を試みたら、その隙に”つのドリル”で仕留める。

 ”ねごと”や”いびき”などの寝ている間に使える覚えている可能性は高いが、この前のイブキとの戦いである程度学んでいる。

 

「リュット、”れいとうビーム”」

 

 牽制や凍らせることでの動きの妨害を念頭に置いた青白い冷気の光線をカイリューは放つが、構えていたカビゴンは正面から突っ込んできた。

 体力回復よりもこのまま勢いに任せて突き破るつもりなのだろう。体が凍り付いてもすぐに砕くなど、現段階で発揮出来るパワーを最大限に活かした”すてみタックル”での強行突破だ。

 カビゴンの巨体が凄い勢いで迫る姿は、インパクト抜群だったが今のアキラ達にとっては何の問題も無かった。

 

 寧ろチャンスだった。

 

 このままカビゴンの突進攻撃が決まるのかと思われた時、ぶつかる寸前にカイリューは構えると体をズラして避けた。

 更にそれだけで終わらず、腕を掴んだり足元を引っ掛けたりするなど勢いに任せてカビゴンを転ばす様に投げ飛ばしたのだ。

 

 見よう見真似なのとまだ十分ではないが、技としては一部のシジマの格闘ポケモンが使える”あてみなげ”に近い投げ技だった。

 ”ころがる”状態では触れること自体難しかったので使えなかったが、ただのタックルだった為、上手く使えたのだ。

 自らの体重と勢いが合わさっていたのか、投げ飛ばされたカビゴンは数回体を弾ませて転がっていき、止まった頃には気絶していた。

 

「言っただろレッド。今の俺達は格闘系のトレーナーに弟子入りしているって」

 

 自信満々に告げるアキラとうつ伏せに倒れているカビゴンの姿に思わずレッドは苦笑を浮かべる。

 シジマの元で学んでいなかったら、”あてみなげ”の様な技を使う発想や技術をアキラは身に付けることは出来なかった。

 今みたいに完全では無いどころか、本来ならカイリューは覚えることは出来ないが、”もどき”であっても十分だ。

 

 レッドは三匹中二匹が倒れているのに対して、アキラの方は一回でも攻撃を受けたら倒れそうなのもいるが三匹共健在。

 

 今度こそ勝てる。

 

 過去に似た展開は幾つかあったが、いずれも逆転されて来た。しかし、今回は今までで一番状況はこちらが有利だ。

 そしてカビゴンを倒した今、レッドが出してくる残り一匹は何度も考えている様に絶対にニョロボンだ。

 

 出て来るであろう最大のライバルとの戦いに、カイリューは可能な限り息を整えて、シジマの元で学んだファイティングポーズの構えを取る。

 カビゴンが仕掛ける最大威力での”ころがる”を受けてしまったのは痛かったが、まだまだ戦える。

 

 彼らがレッドが次に出すであろうポケモンと戦う準備を整える中、レッドの方も早く次を出すべくカビゴンをボールに戻した。

 

「ありがとうゴン。後はニョロに任せろ」

 

 ブーバーを退け、カイリューにも大ダメージを与えたカビゴンに感謝を伝えると、レッドは最後となる三匹目――彼にとって最初のポケモンであり最も信頼する手持ちが入ったモンスターボールを手にした。

 

 ここまで追い詰められたのは、レッドにとって久し振りだった。

 今まで数多くのトレーナーと戦ったが、その中でアキラと一番多く戦ってきた。

 手に汗握るギリギリの攻防も何回も繰り返してきたが、自分はその全てに勝ってきた。

 

「頼むぞニョロ。今回も…勝つぞ」

 

 今回も勝つ。

 闘志を燃やし、レッドはニョロボンをカイリューの前に送り出した。

 

 飛び出してすぐにニョロボンは、目の前にいるカイリューに対して戦闘態勢に入る。

 カイリューの方も、目からビームを出せる技を覚えていたら、放っていそうなまでの威圧感溢れる凶悪な目付きでライバルを見据えていた。

 興奮している様子ではあったが、互いに飛び出すことなく忍耐強く機会を窺い続ける。

 

「…”みずでっぽう”だ!」

 

 まず仕掛けたのはニョロボンだった。

 早撃ちガンマンの様な素早い動きでかなりの勢いの水流を放つ。

 相性の関係では効果は薄いが、カイリューは体をズラして避ける。僅かなダメージでも受けるのが嫌なこともあるが、過去に体を濡らされて”れいとうパンチ”や”れいとうビーム”などの氷技を受けた際に通常よりも早く体が凍り付いた苦い経験もあったりする。

 

 反撃として”10まんボルト”をカイリューは放出するが、ニョロボンは突撃しながら右手から放つ”れいとうビーム”で相殺していく。

 得意の接近戦に持ち込むつもりなのは目に見えて明らかだった。

 

「近付けさせるな!」

 

 万が一に備えて何時でも後ろに下がれる準備をしつつ、カイリューはニョロボンの接近を阻止するべく”りゅうのいかり”を放つ。

 フスベシティの長老に教わった技術のお陰で、最近の”りゅうのいかり”は徐々に高速化するだけでなく火炎放射と光線が合体した様な感じで放たれる様になっていた。

 

「”かげぶんしん”!」

 

 しかし、最後に見た時よりも遥かに速く放たれたことに彼らは動揺せず、迫るドラゴンの炎をニョロボンは無数の分身を作り出すことで逃れる。

 避けられたのにアキラは思わず舌打ちをするが、何回も戦っているお陰で”かげぶんしん”をした際の本物と偽物の見分け方はわかっている。

 

「下がりながら攻撃を続けるんだ」

 

 翼を羽ばたかせて、体を浮かせたカイリューは下がりながら再び”りゅうのいかり”でニョロボンを攻撃する。

 

「こっちも飛ぶんだ!!」

 

 もう”かげぶんしん”が通用しないと判断したのか、ニョロボンは両手を後ろに向けると水流を放ち、その勢いを推進力に飛んでくる炎を飛び上がる形で避けた。

 

「何でニョロボンが飛べるんだよ」

 

 確かに技の反動を利用して飛び上がったり移動を補助をする技術はある。代表的なのは、背中の大砲から放つ水流で空を飛べるブルーのカメックスだ。だけど、以前戦った時はこんな技術をレッドは少しも見せなかった。

 かくとうタイプのエキスパートであるシジマの元で修業しているとはいえ、接近戦に持ち込まれると不利なことを経験上知っている為、カイリューは更に距離を取ろうとする。

 するとニョロボンは、両手から”みずでっぽう”を放つのを止めて空中でカイリューに対して背を向けた。

 

「”ハイドロポンプ”!」

「はぁ!?」

 

 何とニョロボンは体の渦巻き模様の中心から、”みずでっぽう”の比にならない凄まじい勢いの水流を放ち、カイリュー目掛けて一直線に飛んだのだ。

 確かにニョロボンは”ハイドロポンプ”を使う事は出来るが、レッドのニョロボンは”ハイドロポンプ”を覚える前に進化した筈だ。なのに何故使えるのか。

 

 理解が出来なくて驚くアキラを余所に、一気に接近してくるニョロボンを撃ち落とそうとカイリューは触角から再び”10まんボルト”を放電する。しかし、命中する直前にニョロボンは”ハイドロポンプ”を中断すると同時にバク転する様に体を丸めて避ける。

 その勢いで体を後ろ向きに回転させながら、あっという間にニョロボンはカイリューの頭上を飛び越えた。

 

「リュットすぐに体を翻すんだ!」

「”れいとうビーム”!」

 

 丸くしていた体を広げると、間髪入れずにニョロボンは掌から”れいとうビーム”を放つ。無防備な背中に最も苦手なタイプの直撃を受けて、カイリューは一気にピンチに追い込まれた。

 ドラゴンタイプだけでなくひこうタイプも追加されたことで、カイリューは氷技に対して致命的なまでに弱くなっている。

 更にこれだけで終わらせるつもりは無いのか。ニョロボンは先程の様に手から”みずでっぽう”を噴出して、空中で軌道を変えて迫って来た。

 

 ここでアキラはようやく気付いた。どうやって覚えたのかわからない”ハイドロポンプ”と翼などの空を飛ぶ能力が無ければ自由の効きにくい空中でのこの動き。

 ニョロボンは空中戦が出来る様に鍛えている。

 何故空中戦が出来る様に鍛えたのかは知らないが、相手がダメ押しを仕掛けようとした今がチャンスと考えたアキラは自らの目の感覚を信じて、ニョロボンの動きを読む。

 正面から真っ直ぐ――

 

「正面、”メガトンパンチ”!」

 

 それだけわかれば十分とばかりにアキラは大きな声を上げた。

 彼の声に歯を食い縛り、全身に張った氷を砕きながらカイリューは右拳を握り締め、可能な限りの力を腕に籠めた渾身の”メガトンパンチ”を弾丸の様に突き出す。

 カウンター気味で放った全身全霊を込めた一撃。しかし、()()()()()()()()ニョロボンは紙一重――本当に当たりそうで当たらない僅かな差で体を捻って避けた。

 

「”こころのめ”…」

 

 見覚えのある動きに、アキラは思わず技名を呟く。師であるシジマのニョロボンやサワムラーが、たまに見せる動きと殆ど同じだったからだ。

 未来が見えているかの如く攻撃を回避したり対応出来る点は”みきり”と同じだが、”こころのめ”は回避だけでなく攻撃にも活かすことが可能だ。

 しかも渾身の一撃を仕掛けたこのタイミングに使われては、次の対応策がアキラの頭に浮かんでいてもカイリューへ伝える時間も彼が反応出来る時間も無いに等しい。

 そして避けた勢いのまま、ニョロボンは反応し切れていないカイリューに拳を突き出す。

 

「”れいとうパンチ”!!」

 

 強烈な冷気の籠ったパンチが、クロスカウンターに近い構図でカイリューの頬にめり込む形で叩き込まれる。

 だが、ドラゴンポケモンは”れいとうパンチ”を顔面に受けても尚意識を保ち、抗おうとする。

 しかしニョロボンは、”れいとうパンチ”を放った腕を振り切ると、殴り付けたことでブレーキが掛かった体を素早く翻す。そして空中でバランスを崩して仰向けになったカイリューの腹部に、”れいとうパンチ”を応用した冷気の手刀を続けて打ち込んだ。

 

 ドラゴンタイプが最も苦手とするこおりタイプの技による連続攻撃。

 既にカイリューが弱っていることも相俟って、このライバル対決の勝利をニョロボンが確信したその時だった。

 打ち込んだ手刀を振り切る寸前に、ニョロボンの腕をカイリューが掴んだのだ。

 

「何だって!?」

 

 これには見守っていたレッドと戦っていたニョロボンは目を見開いて驚くが、致命的なことを見落としていたのに気付いていなかった。

 

 今まで彼らは何十回もアキラとその手持ち達と戦ってきた。その為、彼らがどういう風に仕掛けて来るのかを無自覚に予測している面があった。

 ニョロボンも目の前のドラゴンポケモンとは何十回も戦ってきたが、それはハクリューの姿をしていた頃であって、カイリューに進化した今の姿と戦うのは初めてだ。

 その為、ハクリューには無かった腕の存在をレッドとニョロボンは無意識に見落としていた。

 

 そして掴んだカイリューの方も度重なるダメージで意識が無くなりそうな状態だったが、それでも掴んだ腕を引っ張るとニョロボンを羽交い締めにする形で拘束するとまるで道連れにするかの様に落ちて行った。

 

「ニョロ早く抜け出すんだ!!」

 

 レッドの焦る声を耳にしながら、押さえ込まれたニョロボンは抜け出そうとするが、ハクリューの時とは異なる拘束方法と力の強さは如何することも出来なかった。

 進化したことでパワーが上がっていることもあったが、何よりカイリューの抑え方がシジマの格闘ポケモンがたまにやる寝技などの抑え込みのやり方に近かったことも要因にあった。

 

 このままではカイリューの下敷きになる形で落ちてしまう。そうなれば、ドラゴンポケモンの全体重と落下の衝撃で大きなダメージを受ける。

 それだけは防がなければならない。

 力任せで抜け出すのが無理と判断したニョロボンは、腕を中心にこおりタイプのエネルギーを籠め始める。それはかつて、ポケモンリーグでカイリューがハクリューに進化した直後に仕掛けてきた拘束から逃れたのと同じものだった。

 

 今回も同じ技術で――そう思った直後だった。

 ニョロボンを抑え付けていたカイリューが、突然全身に流す形で”10まんボルト”の強烈な電撃を放ったのだ。

 相性の悪いでんきタイプの技を密着する形で受けてニョロボンは苦しむが、でんきタイプでは無いにも関わらず全身から放電する今の行為はカイリュー自身もダメージを受ける諸刃の剣だ。

 しかし、朦朧とした意識の中でカイリューは、意地でもニョロボンとは相打ちに持ち込む覚悟を決めていた。

 

 今までカイリューは、アキラと共にレッドとその手持ちと何十回と戦ってきた。

 彼自身、ハクリューの頃からニョロボンに勝ったことは何回かあったが、本当の意味で価値が認められるルール上での勝利――つまりトレーナーであるアキラの勝利は一度も無かった。

 

 次こそはと思って挑んでは負け、力を付けるだけでなく研究と作戦を考えて改めて挑んでも後一歩で勝利を逃してしまう。

 二年近くに渡って、レッドとの戦いはこの繰り返しだった。

 そしてレッドの手持ちは、今抑え付けているライバルの一匹だけ。

 

 負け続けてきた過去に終止符を打つ。

 

 薄れていく意識の中でも強い執念と意地を抱きながら、ニョロボンを抑え付けている両腕と全身から放っている電撃を緩めることなく、カイリューとニョロボンの両者は地面に落ちた。

 

「リュット…」

「ニョロ…」

 

 カビゴンの”ころがる”を受けた時よりも両者が落ちた衝撃と揺れは弱かったが、舞い上がった土と埃が収まると、そこには力尽きたカイリューが倒れていた。

 

 現在の姿に進化してから、殆ど負けないまでに力を付けたドラゴンポケモンが力無く倒れている姿にアキラは悔しそうに表情を歪ませたが、目に映るもう一つの光景に彼は目を疑った。

 倒れているカイリューの体の下から、ニョロボンが這い蹲る様に出て来たのだ。

 

 結局、ニョロボンはカイリューと地面に挟まれる様に潰されてしまった。

 しかも電撃を浴びながらの落下の衝撃とドラゴンポケモンに下敷きにされたダメージは、予想以上に大きかった。

 

 早く抜け出さなくてはならない。

 

 カイリューとは、ハクリューだった頃に負けてしまったことは何回かあるが、それでも次に出て来る仲間に後を託し、そして勝ってきた。

 だけど、まだアキラは手持ちを二匹残しているのだ。レッドの相棒としてもニョロボン自身にとっても、ここで倒れる訳にはいかない。

 その一心でニョロボンはカイリューの体を退かしていくが、思っていた以上に体に力が入らない。

 

 しかし、ニョロボンの意思に反して、視界は徐々にボヤけていく。

 この時点で下敷きになっていた体の半分は抜け出せたが、何故か片足だけどれだけ力を入れても抜け出せなかった。

 

 殆ど視界があやふやになっていた為、ニョロボンは気付いていなかったが、足が抜け出せなくなっていた原因はカイリューがニョロボンの片足を掴んでいたからだ。

 既にカイリューは公式ルールに限らず野生の世界でも戦闘不能状態だが、最後まで抱いていたドラゴンの執念は意識を失っても尚、道連れにしてやろうとライバルの足をまるで石像の様に固く掴んでいた。

 

 ニョロボンは何回も抜けない片足に力を入れるが、繰り返している内に余計に体力を消耗してしまい、やがて仰向けに倒れ込んでしまう。

 意思に反して倒れてしまったのを切っ掛けに緊張の糸が途切れてしまったのか、おたまポケモンの意識は急速に気が遠くなっていく。

 それでもニョロボンは闘志を燃やし続けていたが、本人も気付かないくらい静かに、意識を手放すのだった。

 

「……勝った?」

 

 ニョロボンが動かなくなったことで、周囲が静かになった状況にアキラは半信半疑で呟く。

 今までアキラは、フルバトルや今回のシングルバトル形式など様々な公式ルールでレッドに何十回と挑み、そして負けてきた。

 なので、自分が勝利するとしたら物語の様にギリギリの攻防の末、互いに大技をぶつけ合った後、最後に立っていた方が勝者的なシチュエーションを今まで想像してきた。

 その為、両者相打ちによる静かな状況を全く想像していなく、思っていたより勝ったと言う実感が湧かなかった。

 

 それどころか本当に勝ったのか疑うだけでなく、互いの残りの手持ちの数は間違えていないかなど、あらゆる考えが彼の頭を過ぎっていく。

 そんな混乱をしている時だった。

 突然レッドの体が崩れたのだ。

 

「レッド!?」

 

 思わずアキラは、考えることを止めて飛び出す様に彼に駆け寄る。

 彼は両手足が地面を付いた姿勢で、倒れてはいなかったが立ち上がろうにも立ち上がれない様子だった。

 

「ご…ごめんアキラ。ちょっと緊張の糸が切れただけで大丈夫だから」

 

 何でもない様にレッドは取り繕うが、素人目で見てもわかるまでにレッドの両手は痙攣しているかの様に震えていた。

 最近彼を悩ませている手足の痺れだ。これは誰がどう見ても、大丈夫では無い。

 未だに混乱してことも相俟って、アキラはどうすれば良いのか戸惑うが、そんな彼にレッドを顔を上げた。

 

「アキラ、もし今回のお前の勝ちが俺の不調の所為だと思っているならそれは間違いだ。今は痺れているけど、戦っている間は何ともなかった。これはハッキリ言える」

 

 最近悩まされている不調の所為で本領を発揮出来なかったから勝てた。

 彼に――アキラにそう思わせてはいけない。

 

「今回俺達は全力を出した。それでも負けたのは間違いなく…アキラ、お前やカイリュー達の実力や気持ちが上回っていたからだ。だから…胸を張って良いんだ」

 

 確かに初めてアキラに負けてレッドは悔しいが、いずれ負ける時が来ることはわかっていた。自分に勝つべく、アキラがどれだけ時間を費やしてきたのか、全てとは言わなくてもレッドは知っている。

 だからこそ、折角の彼の勝利を素直に喜べないものにしてはいけない。

 自分達は持てる限りの力を尽くしたが、彼らはそれ以上の力を発揮して勝った。

 これは紛れも無い事実なのだから。

 

 そこまでレッドは断言をすると、レッドの体調が悪いのと勝ったことに混乱していたアキラの雰囲気が変わった。

 静かなのは変わらないが、まるで何か悟ったかの様に落ち着いた表情になっていた。

 

「そうか…ようやく俺は……勝ったのか…レッドに」

「何だよ。俺に勝つのを目標にしていた割には随分と静かだな? 実はあんまり嬉しく無かったのか?」

「いや、嬉しいよ。イメージしていた決着の仕方と違っていたから、少し現実を受け入れるのに時間が掛かっているだけだ」

 

 レッドに勝つ時が来たら、喜びの感情が爆発するだろうとアキラは思っていたが、意外にもそんなに大はしゃぎすることは無かった。

 だけど、体の奥底から湧き上がって全身に伝わる電気が走る衝撃とも感動のどちらとも言える滾る様な静かな興奮は、暫く収まりそうには無かった。




アキラ、遂に念願だったレッドに初勝利。

三対三のシングル形式なので、かつてのポケモンリーグの様に総力戦ではありませんが、それでも勝ちは勝ちです。

最後に思う様に予定通りに更新などが出来なくて申し訳ございません。

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