SPECIALな冒険記   作:冴龍

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取引と悩み

 雲一つ無い広々とした青空。

 その空の上で、風船の様に大きく膨らんだプリンという名のポケモンがフワフワと漂っていた。

 一見すると風に流されている様に見えるが、膨らんだプリンに乗っているトレーナーらしき人物は、巧みに風の流れを読みながら眼下に広がる大都会の真上にやって来た。

 

 プリンに乗っている人物は、上空から少し大袈裟なゴーグルの様なものを目に掛けて街を見下ろしていたが、やがてある場所に目が止まった。

 

「みぃ~っけ」

 

 得意気にそう呟くと、プリンは少しずつ街中へと降下し始めるのだった。

 

 

 

 

 

「お前ら改めて言うけど、ジュースとかと違って頻繁には来れないからな」

 

 財布の中身を確認した上でアキラは、後ろにいる九匹の手持ちに伝える。

 しかし、彼の隣に立っているカイリュー以外は応えたものの、半分近くは別の事に意識が傾いているのか真面目に受け取っていなかった。

 

 手持ちの相変わらずの様子にアキラは若干肩を落とすが、今いる場所は大勢の人々が出入りするなど賑わっているので、邪魔にならない様に彼らを先導する形で建物の出入り口からタマムシシティの街中へと移動する。

 

 後ろを振り返れば、ブーバーは赤く光る蛍光灯の様な玩具を楽しそうに扱い、ゲンガーも同じく購入した青く光る玩具を腰にぶら下げながらパンフレットを広げている。

 エレブーは特大サイズのキャラメルポップコーンを満足気に抱えてヨーギラスと一緒に分け合いながら頬張っており、そんな彼らを見守る様に最後尾をサンドパンとヤドキング達が歩いていたが、ジュースをストローを通じて飲んでいたりと意識は若干目の前とは別の方に飛んでいる様子だった。

 

 今日アキラ達がタマムシシティに来ているのは、手持ち全員を連れて映画を見る為だ。

 映画鑑賞自体は、この世界に来てから見ている人気シリーズの新作なのもあって息抜きとしてアキラは予定していた。けどすっかり人間の娯楽も楽しんでいる彼のポケモン達も見たいと強請ってきたので、この前のレッドに初勝利の祝いとご褒美も兼ねて結果的に全員で見ることになった。

 

 この世界ではポケモンと一緒に映画を見たいと言う人がある程度いるので、ポケモン専用の席を確保することはさほど難しく無い。

 しかし、やはり九匹分――それもポケモンのサイズ毎に席の料金が変わる事もあって、映画を見に行くだけでもかなりの出費となった。

 加えて劇場で販売されている商品や飲食物の購入も重なり、アキラの財布の中身はかなり用意していたのにも関わらず、結構薄くなっていた。

 

「……対戦してくれるトレーナーでも探そうかな」

 

 今回かなりお金を使ったので若干アレではあるが、少しは稼がないと今後に支障が出る。

 ただでさえ、今回の映画の様に娯楽やきのみジュースなどの嗜好品を以前より手持ちが楽しむ様になっているのだから、お金は幾らあっても足りない。

 

 それに最近はレッドや師であるシジマ以外のトレーナーとあまり戦っていないので、今自分達の実力的にどのくらいの位置にいるのか考えられる判断材料が欲しかった。

 どこかにエリートトレーナーとかの強そうなトレーナーはいないものか。

 

「でもポケモンを九匹も連れているトレーナーからのバトルの申し出を引き受ける人っているかしら?」

「そうだよな。俺は気にしなくても相手からしたら”マナーがなっていないトレーナー”って思われても仕方ない……?」

 

 説得力のある言葉にアキラは納得するが、そこで彼は誰かが自分に声を掛けていることに気付く。

 手持ち共々、完全に気を抜いていたこともあったが、横を向くと見覚えのある黒いノースリーブワンピースの少女――ブルーがさり気なく並ぶ様に歩いていた。

 

「え? ブルー? 何でここに?」

「あら、アタシがタマムシシティに居たらいけない?」

 

 少し戸惑うアキラに対して、ブルーは悪戯っぽく笑みを浮かべる。

 その直後だった。彼女に対してカイリューとブーバーを中心としたアキラのポケモン達の何匹かが警戒心を露わにした。

 ポケモンリーグでの印象が悪かったこともあるが、レッドがよく彼女にカモにされたりしているという話を聞いていることもあって、彼らは次は自分達が狙いかとばかりに警戒する。

 

「相変わらずね。……と言いたいけど、何だか何時もと比べて緊張感が欠けるね」

 

 彼女の言う事は尤もだ。

 カイリューだけなら、目付きも相俟ってかなり警戒していることがわかるが、ブーバーとゲンガーは何故か手にしている玩具の光る棒を構えているのだ。バルキーも構えてはいるが、それはブーバーに釣られているだけである。

 

 エレブーに至っては、戦うよりもまだ山の様に残っているポップコーンの方が大事なのか、一緒に食べているヨーギラスと共にポップコーンを守る体勢だ。

 良識があって常識的な判断が出来るヤドキングとドーブル、サンドパンも、そんな彼らに呆れているのか構えすらせずに脱力気味だ。

 

「お前ら…本気なのかフザけているのかどっちなのかハッキリさせろ」

「そういうアナタも見当外れなことを言っているわね」

 

 アキラとしては真面目に伝えているのだろうけど、ブルーなどの第三者視点から見たら彼の言葉もどこかズレている。

 ポケモンはトレーナーに似るという話を聞くが、変なところでズレている点はソックリだ。

 

「…見てわかる通り、リュット達が露骨に警戒しているから、用事があるなら早めに済ませて欲しい」

「そうね。――一言で言えば、取引をしに来たのよ」

「取引?」

 

 ブルーの言葉に特に好戦的なカイリューとブーバー、ゲンガーの三匹は体に力を入れる。ドラゴンポケモンに至っては、街中で人々の視線を集めているにも関わらず唸り声を漏らしていた。

 取引となると互いに利益になるものを与え合ったりするものだが、彼らはブルーが上手いこと誤魔化してくるのでは無いかと警戒しているのだ。

 彼女が明確な敵では無いことは、カイリュー達はわかっている。だけど、自分達に不利益をもたらすのなら容赦はしない。

 しかし、それだけの敵意と威圧感をぶつけられていても、ブルーはまるで気にすることなく話を進める。

 

「別に悪いことは企んではいないわ。ちゃんとアナタ達が納得出来るものも用意しているから」

「納得出来るもの?」

「廃盤が決まった旧わざマシンを何種類か。特に”ものまね”のわざマシンを何個か持っているわ。アナタ達は”ものまね”のわざマシンを探しているでしょ?」

 

 ブルーが持ち掛けた話に、適当に流すつもりだったアキラは一転して興味を示す。

 数カ月前にカントー地方のポケモン協会が、個人や組織を問わずに乱雑に作られて来た既存のわざマシンの種類を明確にするのと管理を容易にする目的で再編成を行った影響で、今までのわざマシンが一新されることになった。

 中でも”れいとうビーム”と”10まんボルト”などの消えることが決まった有用なわざマシンの価値が高騰するだけでなく、賞品として取り扱っている大会への参加者の申し込みが殺到しているなど大きな影響を与えていた。

 

 アキラもこの影響を受けた一人であり、空いている時間に今の自分達には欠かせない技になっている”ものまね”のわざマシンを探していた。

 どこで自分がわざマシンを集めていることを知ったのかは知らないが、しっかりとこちらの悪感情を抑え込めるだけの利を準備している辺り、抜け目が無いとアキラは内心で感心する。

 

 そしてブルー自身も、アキラと彼が連れているポケモンが自分に良い印象を抱いていないことから警戒心を持っていることは知っている。

 パッと見は簡単に騙せそうな雰囲気だが、レッドと違って変に誤魔化そうとすれば、すぐにでも交渉決裂なのだ。彼らみたいなタイプには、最初から正直に話した方が上手くいく。

 

「……そっちが見返りに用意した物はわかったけど、取引ならブルーが俺に求めていることは何かな?」

「情報よ。ハッキリ言うなら、伝説の鳥ポケモン、フリーザーとサンダー、ファイヤーについて知っていること全部教えて欲しいわ」

「…成程ね」

 

 普通のトレーナーなら喉から手が出る程欲するポケモンである伝説の鳥ポケモン。

 ヤマブキシティでロケット団を壊滅に追いやった後に得られた資料では、ロケット団はミュウツー計画と並行して三匹の捕獲と戦力化を進めていたが、ミュウツーの方が頓挫してしまったことで一気に切り札としての側面が強まったのをエリカから聞いたことがある。

 

 その実力は伝説と称されるだけあって折り紙付きだ。普通のトレーナーなら彼らに関する情報を持っていたら、他者に知られたくないから独占したりするものだ。

 

「欲しいものはわかったけど、何で俺がそういうことを知っているって思ったの?」

「レッドから”アキラなら色んな事を知っている”って聞いたからよ」

 

 こうしてブルーが接触してきたのにレッドの薦めがある程度関係していることを知り、アキラはこめかみを押さえた。

 何故彼女が自分がわざマシンを探していることを知っているのか気になってはいたが、恐らくレッド経由で彼女は知ったのだろう。

 しかし、自分達が良い感情を抱いていないことを承知の上で、ブルーは取引材料を準備をしてわざわざ接触してきたのだ。つまりそれだけ本気だと捉えられる。

 断ることは出来るが、入手するまでに掛かる総合的な時間や手間を考えると、彼女が用意したであろうわざマシンは正直言って欲しい。

 

 どうしようか悩みながらブルーが伝説の鳥ポケモンについて何故知りたがっているのかを考えていた時、彼はあることを思い出した。

 

「そういえば、ブルーは鳥ポケモンが怖いんじゃなかった?」

 

 過去のトラウマで、ブルーはポッポみたいなちょっとした鳥ポケモンでも怖がってしまう筈だ。

 伝説の鳥ポケモンとなれば、アキラが連れているカイリューよりも巨大で、それこそ過去に彼女を攫った鳥ポケモンみたいに人一人簡単に連れ去る様に持ち上げることが出来るくらいだ。

 そのことを指摘した途端、ブルーは一転して真剣な眼差しで真っ直ぐアキラと向き直った。

 

「勿論今でも怖いわ。でも――」

 

 一息間を入れて、ブルーは続ける。

 

「何時かは乗り越えないといけないわ。今でも…アタシの心の中に巣食っているあの忌まわしい過去の記憶を。じゃないと前に進めないわ」

 

 打算的な思惑は一切無い、ありのままに考えていること全てをブルーは正直にアキラに話す。

 今まで会った数少ない中――それも四天王との決戦に備えた作戦会議の時よりも真剣な彼女の姿に、アキラの中で疑念の気持ちは消えた。

 それは警戒していた彼のポケモン達も同じだったのか、彼らは最終的な判断を自分達のトレーナーであるアキラに委ねるかの様な視線を向ける。

 

「――わかった良いよ。俺が知っている限りの範囲内だけど教えるよ」

 

 この時点でアキラは、この先起こる戦いでブルーがどんな活躍や立ち回りをするかをある程度思い出していた。

 今この場で、自分が力を貸さなくても彼女は自力で伝説の鳥ポケモンの捕獲をトラウマを乗り越える形でやり遂げるだろう。

 だけど今の話と彼女の姿を見て、そんな気持ちは警戒心と共に完全に消えていた。名目上は取引だが、少しばかり自分が損してでも彼女が楽出来る様に可能な限りの力を貸そう。

 

「あっ、情報交換する場所はカフェかレストランでお願いね。勿論対価も弾むわ」

 

 が、交渉が成立した途端、ちゃっかりブルーが注文を付け加えてきたのにアキラは微妙な表情を浮かべる。

 確かに今、少しくらい自分が損をしても構わないから力を貸そうとは思ったが、こういう形での損は全く考慮していなかった。

 

 

 

 

 

「意外ね。アナタのことだからアタシの言う事は無視して、安くて手っ取り早いジャンクフードとかのお店に行くんじゃないかって思っていたわ。誰にここの事を聞いたの? エリカ?」

 

 店内を見渡しながら、ブルーはテーブルの向かい側に座っているアキラに今いる店を知った情報源を聞く。

 店の中は人が多い筈なのに広々としているだけでなく、吊るされているなどの形で観葉植物がたくさん置かれていて緑に溢れているなど、正直言って彼が自力で考えて選んだとは思えなかった。

 

「お前が色々注文を付けるから、消去法で人がたくさん来ているのを見掛けるここが浮かんだだけだ。それと誰にも聞いていない」

「頻繁にタマムシシティに来ているだけあって良いお店知っているじゃない。今回だけしか来ないなんて勿体無いわよ」

 

 ブルーとしては植物が多い点から、くさタイプのジムリーダーであるエリカが関係しているのではないかと思ったが実際は違っていた。

 店を選ぶセンスが良かった訳でも無く、単純に何回もこの街を訪れている内に自然と多くの人で賑わっている人気の店を覚えただけだった様だ。

 

 一方のアキラは、懐が薄くなっていることもあって、ブルーから注文を付けられようと最初はこんなところに来るつもりは無かった。

 けど、彼女が”ものまね”以外のわざマシンだけでなく、廃盤も含めた一部の入手困難なわざマシンも何種類か持っているなど無視し切れない面もあった。

 

 それらを手に入れるのに掛かる時間と労力を考えれば、少しは要求通りするのと情報提供をするだけで済むのなら、ずっと安上がりで手間も掛からない。

 少し機嫌を損ねている様子のアキラを余所に、ブルーは早速何かを注文しようとする。

 

「アキラは何を食べる?」

「俺はいらない」

 

 さっき映画を見ている時に少し食べたのでお腹が空いていないこともあるが、彼の感覚的にメニューがどれも軒並み高いのだ。

 タイミング良くすぐに店員が来たので、ブルーはレッドに奢って貰っている時と同じノリで彼女を装ってアキラを軽く茶化そうとしたが、察知したのか()()()()()()()()()()()()()で彼から睨まれたので大人しく引き下がった。

 

「そんなに時間を掛けるつもりはないから、さっさと教えるぞ」

「せっかちね。少しはゆっくりしたら?」

「どうせメニューが来るまで時間が掛かるだろ」

「はいはい、わかったわ」

 

 ブルーは注文したフレンチトーストが来る前までのんびりしていたい様だが、アキラとしては食事が来たら話にならないと考えているのである程度話を進めたかった。

 ブルーも彼の言い分と様子を見て、適当ではあったが言う通りにすることにした。

 

「何回も言うけど、幾つかは確実とは言い切れないからな」

「勿論よ。逆に全部当たっていたら不思議なくらいよ」

 

 真面目なのか何時通りなのかわからなかったが、取り敢えず話を聞く体勢になったのを見てアキラは話し始める。

 

「まず一番見つけやすいのは、フリーザーだな。これは今でも目撃情報がふたご島やその近辺で確認されているのと俺も見に行ったから間違いない」

 

 三鳥の中でも、れいとうポケモンは一番目撃情報が多い。と言うより、一回だけアキラはメタモンの再現では無い本物のフリーザーがどんなものか遠目で見に行ったことがある。

 意外と暴走族達のメタモンの合体変身が、かなりの完成度で再現出来ていることを知って驚いた記憶がある。

 

「残る二匹、ファイヤーとサンダーはどこにいるかの詳細はわからないけど、次に見つけやすいと個人的に思うのはサンダーだと思っている。電気が大好物だから、もしかしたら今はいなくても無人発電所を休憩場所にしているかもしれない」

 

 でんげきポケモンに関しては、たまにカントー地方のどこかで雷鳴を轟かせたりしているという記事を目にする。仮にカントー中を飛び回っているとしても、休憩場所には電気が豊富な場所を好む筈だ。

 そしてその場所は元々棲み付いていた場所でもあるけど、最近汚染物質が全て消えたことで多くの電気系ポケモンにとって居心地が良くなった無人発電所が可能性として高い。

 

「そしてファイヤーについてだけど、こいつが三匹の中で一番知らない。ちょっと前までシロガネ山に近いセキエイ付近にいたらしいけど、最近はカントー地方から離れた小さな島に居座っているって話をどっかで聞いたくらいしかわからない」

 

 最後のファイヤーに関しては、アキラもハッキリしていなかった。他の二匹と違って行方知れずだが、ゲームを参考にすれば多少は目星が付く。しかし、もう何年も経っていることもあって、今ブルーに教えたこと以外は思い出せなかった。

 だけど何であれ、これが彼が知っている伝説の三鳥の居場所についての全てだ。

 

「アタシが集めた情報と幾つか被っていたのもあったけど、まさか三匹の情報を同時に得られるなんて思っていなかったわ。レッドが太鼓判を押しているだけあって良く知っているわね」

「話した俺が言うのもあれだけど、嘘を言っているとか何も疑問を抱かないの?」

「嘘を言っている雰囲気は全くしないわ。寧ろ、それだけ知っているなら何で捕まえに行かないの?」

「鳥ポケモンを扱ったことが無いのと手持ちにした後が面倒だから…かな」

 

 幾ら能力が高いポケモンでも、アキラは鳥系のポケモンを扱ったことが無い。なのでどうやって戦えば良いのか一から勉強し直さなければならない。

 そして伝説となれば、自分の手持ちを見ればわかる様に問題児とまではいかなくても相応のプライドや我の強さがあるものだ。

 

「普通なら喉から手が出る程、欲しがる人がいるのに」

「捕まえたとしても、すぐに言う事を聞いて貰えるって思う方が間違いだよ。ブルーも狙っているなら恐怖症改善も含めて、ちゃんと戦力化するには時間が掛かると思った方が良いよ」

「最初からそのつもりよ」

「…余計なお世話かもしれないけど、幾らトラウマを乗り越える為とは言ってもいきなり伝説のポケモンを狙うのは荒療治過ぎないか?」

 

 元の世界にいた時の記憶からブルーが伝説の鳥ポケモンを欲する理由を、アキラはある程度思い出しているが敢えて聞く。

 彼女の言う通り、希少なだけでなく桁違いに強い伝説のポケモンに関わるのだから、何も疑問を抱かずにホイホイと情報を提供をする方がおかしいからだ。

 その事についてアキラが聞いた直後、ブルーはさっき彼が協力しようと思う気になったのと同じくらい神妙な態度に変わる。

 

「…アキラはアタシが昔大きな鳥ポケモンに連れ去られたことは知っているでしょ」

「まあ、ポケモンリーグで暴露……もとい語っていたね」

 

 三年近く前のポケモンリーグ。アキラがレッドに敗退した後、多少違う展開もあったがブルーはレッドと同様にベスト4まで勝ち上がり、変装(?)したオーキド博士に敗れた。

 その際ブルーは、自らの過去と秘めていた望みをオーキド博士だけでなく会場にいた大勢の前で明らかにしていた。

 

「あそこで暴露したのは、アタシの親が見ている可能性も考えたからよ。何も考えずに自分の触れられたくない過去をあの大舞台で晒す訳無いでしょ」

 

 あの様子でそこまで考えていたのだろうか、とアキラは疑問に思ったが、確かにポケモンリーグの様な大きな大会ならメディアで取り扱われることも考えると、人探しとして効果は抜群だろう。

 

「でも…どれだけ両親を探そうと意識しても()()()()を誘拐したアイツの姿がどうしても頭を過ぎってしまうの」

「誘拐?」

 

 アキラは思わず聞き返してしまったが、ブルーは毅然とした顔でハッキリと口を開く。

 

「あそこでは暴露していないけど、アタシはただ連れ去られた訳じゃないわ。明確な目的、それも悪意を持った人間に誘拐されたの」

「そ…そうなのか」

 

 鬼気迫るまではいかなかったが、それでもブルーの勢いにアキラは気押される。

 彼女の言う悪意を持った人間、世間ではベテランのこおりタイプの使い手にしてチョウジジム・ジムリーダーであるヤナギなのを彼は知っている。

 奴の実力を間近で見てきたのなら、対抗するには伝説の力を借りる必要があると思うのは自然だろう。伝説でさえ、束にならないと相手にすることは難しいのだから。

 

「つまり、その誘拐した奴を捕まえるなりしないと落ち着いて両親を探すのに専念出来ないってこと?」

「えぇ、そうよ。責任があるからとかじゃなくて、アタシなりに過去にケジメを付けたいの」

「…だから伝説の鳥ポケモンが欲しいのか。どれだけ強いのかは知らないが、正面から対抗するには伝説のポケモンの力が必要だと判断するくらいに」

 

 知らない様に装いながら、アキラも色々考える。

 確かヤナギも、伝説の鳥ポケモンを引き連れていた筈だ。今のアキラはカイリューがいるお陰で直接空中戦や攻撃手段が増えたが、乏しかった時期は鳥ポケモン使いのトレーナーと戦うのは少し嫌だった。

 鳥ポケモンを始めとした空を飛べるポケモンは対処し辛いからだ。ブルーに至っては、恐怖症の影響で自分よりも対抗手段が少ない。例え先に関する記憶が無くても、話の流れから何となく予想出来る。

 

「でも……だからと言ってアタシが生きているってことを今すぐに家族に伝えたいって気持ちが無い訳でも無いわ」

「家族……」

 

 途端に、さっきまでの気迫が嘘の様に消え、一転してブルーは疲れ切ったかの様な表情を露わにする。

 

 こうして自分が生きていることを家族に伝えたい。

 でも家族を探す前に忌々しい過去や負の連鎖に終止符を打つ。

 トラウマや過去の暗い出来事から目を背けて、両親を探すことに力を入れることが出来た筈にも関わらず、ブルーは逃げるどころか真っ向から挑もうとしている。

 ある種の使命感にも似た気持ちがあるのだろうけど、そうしないとスッキリしないのだろう。

 

 アキラ自身、自分がこの世界に来る切っ掛けになった紫色の霧に関する様々な謎や問題を解消出来なければスッキリしないのと同じ様に。

 

 ブルーはぼんやりとした寂しそうな目で店の外を眺めていたが、アキラもまた目線を少し下に向けて物思いにふけ始めた。

 アキラが知るこの世界では、本来なら紫色の霧絡みでの大きな戦いなどの事件は無かった。

 そして知れば知る程、自分がこの世界に来る原因となった紫色の霧は危険だ。何が起きるのか先が全く読めないこともあって放置することも出来ない。

 

 アキラが最も恐れているのは、この世界に比べて対抗手段が少ない元の世界でも紫色の霧絡みで、同じ様な戦いや事件が起こってしまう事とそれ絡みでレッド達の身に危険が及ぶ事だ。

 

 故にあらゆる面での利を考えると、戦う以外にも取れる手段が豊富なこの世界に留まり、紫色の霧が何なのかや謎を解明していき、必要と迫られれば戦い続けるのが今のアキラの方針だ。でも、ブルーの言う様に自分がこうして生きていることを伝えたい気持ちが無い訳では無い。

 そもそも一時的でも本格的のどちらを問わずに元の世界に戻る事が出来るのかもさっぱりではあるが。

 

 仮に元の世界に戻れば、この世界で起きている問題を丸投げ

 逆にこの世界に留まれば、元の世界で起きているかもしれない問題丸投げ

 どちらを選んでもスッキリしない。折衷案があるのなら正直教えて欲しいくらいだ。

 

「……ブルーは過去の因縁にケジメを付けて、両親を見つけたら…どうするつもりなんだ?」

「――どういうこと?」

「つまり……何て言えば良いんだろう。両親と再会してからも、カントー地方にロケット団や四天王とかの脅威がまた来たら戦う気はある?」

「家族に危険が及ぶなら断固戦うわ」

「そう……いやごめん。聞き方が悪かった」

「?」

 

 即答ではあったが、質問の仕方が悪かったからなのか、まだアキラが本当に聞きたいことでは無かった。

 

「その…もしカントー地方じゃない別の地方に引っ越したとしても、カントー地方にいるレッド達の身に危険が迫っているのを知ったら、ブルーはどうする?」

 

 この質問にはブルーは首を傾げる。何故そんなことを知りたいのか。

 意図がわからなくて不思議に思ったが、深刻そうながらも答えに期待している様なアキラの様子や彼の仕草などから、彼女は長年の経験と目の前の少年の身辺に関する情報を高速で頭の中で処理する。

 

「そういえばレッドに聞いたけど、アキラって確か記憶喪失だったわね。生まれ故郷や家族が別地方だったことでも思い出したの?」

 

 思ってもいなかったことを聞かれたからなのか、アキラは微妙に表情を強張らせる。

 それを見たブルーは、図星だと直感的に悟ったが変に触れることは悪手と判断した。

 

 彼が自分に警戒心を抱いていることもあるが、彼女自身も隠していることはそう簡単に明かしたくないのと他人に好き勝手憶測を立てられたりするのはあまり好まない。

 だけどこのままでは話が進まないので、敢えて突っ込んだことを口にすることにした。

 

「遠回しに言わずハッキリ言ったら? アナタが聞きたいのは『遠い別の地方にいる家族の元に帰っても、レッド達に危機が迫ったら、アタシはまた戦う気があるのか?』って意見を聞きたいんでしょ?」

 

 演技なのか本気なのかは定かではないが、アキラが曖昧にしていた尋ねたかった内容をほぼ直球で聞いて来るブルーに彼は唖然とするが、正にその通りなので頷くしか無かった。

 色々異なっているが、ある意味近い立場の彼女なら、今口にした状況でどういう選択や行動をするのかアキラは知りたかった。

 

「そうね。家族を心配させたくないこともあるけど、アタシはレッド達なら大丈夫かなって思うわ。ヘマをすることはあっても実力はあるから」

「…そうか」

「でも、友達や仲間の危機を黙って見ているのは嫌だし、絶対に大丈夫って保証は無いから、何か力になることはしたいとは思うわ」

「それは――」

「あっ、力になるっていうのは、必ずしも一緒に肩を並べて正面から戦ったりすることとは限らないわ。それ以外にも手助けをする方法はあるでしょ」

 

 そう言われてアキラは少し考えるが、思い当たる考えを以前浮かべていたことを思い出した。

 

 警察などのレッド達――図鑑所有者達の力になってくれる存在に力を付けさせる様にする。

 

 今の自分は何であれ本気になったイブキや師であるシジマなどのジムリーダー、リーグチャンピオンであるレッドを相手に勝てるのだ。

 元々手持ちポケモンの実力があったこともあるが、停滞することなく常に強くなり続けている点を見れば、自分のポケモントレーナーとしてのポケモンを鍛えていく技術はそれなりにあることも意味している。

 

 飛び抜けた個の力だけで戦うのではなく、多くの人達が力を付けて協力して戦う。

 誰かに教える機会が来るのかは定かではないが、後者の方が様々な面で利点が多い。

 

 自らの経験や培ってきた育成技術を色んな人達に教えていく。

 何だか傲慢だとかちゃんと教えられるのかなどの悩みがあって一旦忘れていたが、本当にレッド達の力になりたいなら、そういう不安や悩みは捨てるべきだろう。

 

「確かに…あるね」

「でしょ? 何で男って馬鹿正直に正面から戦うことばかり考えてしまうのかしらね。それに伝説のポケモンに関する話を聞いていたのに、途中からアナタの悩み相談になっちゃうし」

「えっと……ごめん」

「そういう訳だから、フレンチトーストを食べた後デザートを注文して良い?」

 

 タイミングを見計らっていたのか定かではないが、ほぼ話が終わる絶妙なタイミングに店員はブルーが注文したフレンチトーストを持ってきた。

 それと同時に、この店に訪れる前と同様にちゃっかり追加注文をしても良いかブルーは尋ねて来たが、さっきとは違ってアキラは特に気にならなかった。

 

 手持ち同様、自分の力や行いが何かしらの役に立ったのなら、相応の対価を欲するのは当然の流れだ。

 それに何より――

 

「あぁ、良いよ。ちょっとスッキリしたんだから」

 

 まだまだ片付いていない悩みはあるが、それでも少しだけ気持ちが晴れたのだから。

 

 

 

 

 

「もしもし? 彼に接触して色々聞いてきたわよ」

 

 とある小さな一軒家でブルーは携帯電話の様な機器を耳に当てて喋っていた。

 元から彼女は伝説の鳥ポケモンに関する情報を欲していたのでアキラとの接触を考えていたが、一番の理由は今電話している相手がアキラに関する情報を欲しがっていたからだ。

 

『ああ、ありがとう。助かったよ――姉さん』

「ジョウト地方に頻繁に行っている話も聞けたわ。タンバジムのジムリーダーに弟子入りしたのが理由みたいだけど」

 

 フレンチトーストが運ばれた後、ブルーはアキラとは伝説の鳥ポケモンだけでなく互いの近況やポケモンの育成論など様々なことについて話したりした。その中で彼はタンバジムでポケモン達と並行して自らも鍛えていることを話していた。

 

『…やっぱりジョウト地方に来ていたのか』

「でも、最近はレッドや弟子入り先のジムリーダー以外のトレーナーとは殆ど戦っていないみたいよ。とにかく修行ばっかり、そういえばレッドにやっと勝ったとか言っていたわね」

『そう。他にはどんなことを聞くことが出来た?』

「そうね。他には――」

 

 それからブルーは、座っている椅子に背を預けながらアキラとの会話で得られた様々な情報を電話の相手に教えるのだった。




アキラ、ブルーの意見に少しだけ抱えていた悩みを紛らわす。

まだまだ気になる事や問題は山積みですが、色んな意見や経験を積んでいき、徐々にアキラはたまに描く現代の時間軸の自分に近付きつつあります。
次回、アキラにとっては嫌ではあるけど同時にあるチャンスが巡ってきます。

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