大変お待たせしました。待ってないかもしれないけどお待たせしました。
月の明かりが窓から差し込む頃。蝋燭の火が灯された部屋で、少女は鋼の槍を黙々と研磨していた。穂先へ向かってゆっくりと砥石を滑らせていく彼女の心中は穏やかではなく、今行っている手入れすらも気を紛らわせる為に行っているような気さえする程である。
彼女、アンジェの頭の中にあるのはベルナ村からやって来たハンターと、そのオトモアイルーについてだった。
彼らを見ていると、誰かと共にいると、あの時の光景を思い出す。脳裏に焼き付いて離れる事はない、取り返しのつかない出来事。彼らを傷つけてしまわないか、不安でならない。とても怖い。
「…………」
気が付けば、槍を研ぐ手も止まっていた。手は震えていて、これでは砥ごうにも砥げない。アンジェは諦めて槍を畳み、壁へと立てかけた。椅子に腰かけ、窓から夜の空を眺める。件の竜はまだ森丘にいる。彼らとはまた狩猟に出なければならない。
「……彼らは、私が守る」
震える手をぐっと握り、内から沸き起こる不安を抑え込もうとする。共に立ち向かう仲間などいてはならない。望んではならない。
だから、アンジェは思い続ける。自分は独りでいなければならないのだと。
「あの時と、同じにはさせない。絶対に」
そうすれば、もう誰も傷付ける事などないのだから。
「森丘にライゼクスが現れたとの報せがあった。ハンター殿、狩猟を頼みたい」
森丘でのランポスの討伐を終えてから数日。重々しく告げられたココット村の村長の言葉に、アンジェは顔を強張らせ、ガッシュは不敵に口角を上げていた。
電竜ライゼクス。ガッシュがこの村へ訪れた目的の、この村を脅かしているモンスターである。
「…………」
「来たか。思ってた通りだぜ」
頭の中ではすでにライゼクスを狩猟するイメージを構築していた。飛竜種なら何頭か狩った事がある。陸の女王の名を持つリオレイアやポッケ村へ行った時に討伐したフルフル、それらとは骨格が異なるが迅竜ナルガクルガも征している。
持ち込む弾の数や弾を調合する為の素材、モンスターの動きを封じる罠や閃光玉に堅固な甲殻を破壊する為のタル爆弾。相手が相手なだけに、道具をケチるような真似は出来ない。むしろすべて使い切るくらいの勢いで挑まねばならない相手になるだろう。
「今すぐ出発……は、出来ないよな。あー、アイテムとかいろいろ買っていかねぇ? 出来たらそっちでも弾とか持っててくれると─────」
「……私が、一人で倒します」
「は? いや、いきなりなに言って─────」
「それでは」
「お、おいって!? ちょ、待てって!」
雑貨屋で品物を物色しながら、ガッシュは雑談なり作戦を立てたりするつもりでいた。ところがアンジェは思い詰めた顔のまま踵を返して、ガッシュの制止も碌に聞かずに自宅のある方向へと歩を進めてしまっている。あっという間に背中は小さくなっていた。
「うにゃ。フラれちゃったにゃ」
「はぁーあ? どうすりゃいいんだ、ったくよぉ……」
こてっと首を傾げるキッカとがしがしと頭を掻いてぼやくガッシュ。今から追いかけるのも無駄に疲れそうで乗り気になれない。
「仕方ねぇ、俺らだけで行こうぜ」
結局アンジェを交えた買い物は諦めて、ガッシュはキッカと買い物に向かおうとした時の事だった。
「ハンター殿」
「んぁ? あぁ、村長さん?」
「……お主らに頼みがある。どうか、聞いてはくれぬか」
ガッシュ達が振り返った先にいた小さな人影。そこには神妙な面持ちでガッシュ達を見上げるココット村の村長の姿があった。
「おぉっ? 半額!」
ココット村の雑貨屋。そこでガッシュは商品棚の真ん中に半額と書かれた書置きに真っ先に食い付いた。
「よっしゃあラッキー! ちょうど弾がたらふく欲しかったところ……んぁ?」
先程アンジェに同行を断られた事などすっかり忘れ、回復薬が入った瓶やトラップツールが雑多に置かれた棚を見渡す。店主の女性がどんよりとした様子で椅子に腰かけていたのに気付いたのは、半額になった通常弾の価格に目を輝かせていた時だった。
「なんか、元気ねーな」
「あ、ハンターさん……」
半額の文字を見て上機嫌になっていたのも束の間、ガッシュは力無く見上げる女性の方に関心が向いてしまった。放っておいて買い物に集中したいが、一度気になってしまうと無視するのは中々に難しい。とりあえずガッシュは店主の話に耳を傾ける事にした。
「森丘に縄張りを作ったなんとかってモンスターのお陰でね、売り物を仕入れてくる事が出来なくなっちゃって……。そんなこんなでここ最近は全然売り上げが無くて困ってるのよ」
「うっへぇ、なんてこった」
「旦那も新しい薪を切りに行く事も出来なくなって、なるべく火を使わないようにしなきゃならなくて。鶏も怖がって卵を産んでくれないし、もう大変なの」
「……マジかよ。俺らよくこっちに着けたな。下手すりゃ飛行船も落とされてたんじゃねぇの?」
思い返せば飛行船の中ではやる事が無く、移動中の殆どをベッドで眠りこけていた記憶ばかり。しいて言えば船旅の途中で寝相の悪いキッカが寝てる最中に顔に圧し掛かって来た事もあったが、それ位かとんでもなく退屈だった事くらいしか記憶に残っていない。
何とも呑気な空の旅で、そうしている間もここで暮らしている人々はライゼクスの存在に悩まされていたのだろう。
「この際だからここに並んでる物は全部半額! ハンターさん、あのおっかないモンスターを何とかしてちょうだい!」
「任せとけって。すぐにあったかい飯が食えるようにしてみせっからよ」
朝起きて働いて、温かい料理で空腹を満たして、夜になったらベッドで横になって疲れた体を休ませる。そんないつも通りの生活を送りたいだけなのだ。
龍歴院から発つ前は乗り気ではなかったが、改めてこの村の実情を見てみると考えも変わってくる。それにアンジェの事も気掛かりだった。放っておけないというよりは、避けられたままでいると後々面倒な事になりそうで困るからだ。実際、今のままでも十分面倒臭いとガッシュは思っている。
「あ。そんじゃあさ、これからの狩りの為にいっその事ここにあんの全部タダって事に─────」
「それはダメ」
「だよな」
実に充実した買い物を済ませたガッシュとキッカは村の外へと向かう出口で待っている竜車へと向かっていた。既に準備を済ませていたアンジェはガッシュ達の姿を一瞥して、彼が抱えていた物を見て僅かに目を見開かせる。
「よう。待たせたな」
「…………」
「ん? ああ、これか。大タル爆弾だよ。他にも……ほら、罠だって持ってきたぜ。シビレ罠に落とし穴。動けなくなった所をこいつでドカンだ。大型モンスター相手ならこれくらいはやらないとな」
木の板を鉄の枠で囲ってある煙筒型の大きな入れ物。大タルだった。それも只のタルではない。中には可燃性の爆薬がぎっしりと詰め込まれた大タル爆弾である。
モンスターを狩猟する際、特に今回のような危険度が高く設定されているモンスターに効果的なダメージを与えられる心強い味方となるその爆弾を、アンジェはまじまじと見つめていた。
「そんなにビビんなって。蹴ったくらいじゃ何ともねぇよ。んなデリケートに出来てたら移動してる間に竜車が石でも踏んで揺れたらアウトだろ。俺らごと燃えちまうじゃんか」
抱えていた爆弾を地面へと下ろす。ガッシュは呆れたような顔でドスンと重い音を立てた爆弾を軽く小突き、何ともないとアンジェに言い聞かせるように手をぶらぶらと振っている。
「……これが、爆弾」
「は? なんか言ったか?」
「ハンターさん、そろそろ時間だぜ。乗ってくれ」
アンジェの小さな呟きを聞き逃したガッシュが耳を傾けようとした時。アンジェの方へ体を傾けたガッシュの耳が拾ったのは、竜車に繋がれたアプトノスの手綱を握る男の声だった。
「だとさ。仲良くやってこうじゃんか。仲良く、な」
「一緒に頑張ろうにゃハンターさん。サポートならボクに任せてにゃ。しゅっ、しゅっしゅっ!」
竜車へ乗る前にアンジェに釘を刺すような物言いをするガッシュと、同じくアンジェへ向けて今の気合の入り様を見せるように軽快なステップからのシャドーボクシングを見せるキッカ。
ガッシュ、キッカ、アンジェ。三者三様の思いを胸に、彼らを乗せた竜車は進む。場所は森丘、ターゲットは電竜ライゼクス。
「むむむ……見えたにゃ。旦那さん、ハンターさん。ついて来てにゃ!」
数時間にも満たない程の間を竜車に揺られたのち、ガッシュ達は無事に森丘のベースキャンプに到着した。ギルドが用意した支給品をポーチに詰め、四足歩行で駆けていくキッカの後を追ってエリア1へと足を進めていく。
「あ……あのっ」
「ん?」
「あの、あれは……」
背後から聴こえるアンジェの声に、ガッシュは脚を止めて首だけを振り向かせる。控えめに訴える彼女の視線の先には、ベースキャンプに置き去りにされている大タル爆弾の姿があった。
「ああ、それはまだ使わねぇ。まずは小手調べ……威力偵察ってやつだな」
「使わない……?」
「罠と一緒に仕掛けて待ち伏せに使うのもアリだけどな。今回はあいつの動きもよく分かってない部分が多いし、俺らがしっかり連携して狩りが出来る訳でもねぇからよ」
大型モンスターの強固な甲殻にダメージを与えられる貴重なアイテムである大タル爆弾。モンスターを狩猟する為の最初の一手として使えそうだが、彼は置いていくという。それにはガッシュなりに理由があった。
その一つ一つを説明して、アンジェを納得させていく。モンスターの動きを観察する為、そして、共に狩猟する仲間になれるように関係を築いていく為に必要な事だった。
「だからそいつは置いていく。まだ信用できねぇし、信用されてないからな」
「っ、それは……」
「まぁ、なんだ。時間はたっぷりあるんだからよ。焦らずいこうぜ。俺もギスギスしたまんまってのは嫌だからな」
ガッシュは未だに納得が出来ていない。自分たちが避けられている事、一人で倒すといっていた、彼女の頑なな態度にも。
あいつならもっと上手くやれるんだろうと、ガッシュは考えてしまう。穏やかで落ち着いていて、大人しそうに見えて熱い一面を持つ、親友とも相棒とも呼べる存在の事を。今頃は件のモンスターを狩猟して、村が抱えている問題も解決しているのだろう。
だからこそ、こんな所で手をこまねいている場合ではないのだ。この少女とも打ち解けて、この森丘に君臨する飛竜を制し、困窮する村人達の生活も元に戻し、そしてベルナ村へと戻るのだ。
「んじゃ、そろそろ俺らも行こうぜ。キッカ、案内し……あぁ?」
改めて自分がやるべき事を再認識したガッシュは再びエリア1へと向かう道へ向き直る。大型モンスターの存在を探知できるキッカに案内を頼もうと辺りを見渡し、その姿を探してはどこにもいない事にガッシュは気が付いた。
「いねぇ!? あいつ勝手に行きやがったなぁ!!」
「到着にゃ! 旦那さん、ハンターさん、ここにモンスターが……にゃ?」
巨大な岩が丁度エリアの中央に鎮座している、森丘のエリア4。ベースキャンプからここまで一気に走ってきたキッカはようやく立ち止まり、ここにモンスターの気配がある事を確信する。そして、その事をガッシュ達にも伝えようとして、彼らが後ろにいない事に気付いた。右を見ても左を見てもいないのである。
「いないにゃ……どこに行っちゃったにゃ。うぅ、旦那さん。ハンターさん……」
ひとりぼっちの状況に心細くなり涙ぐむキッカだったが、すぐに背後から足音が聞こえた。フルフルの皮を使った防具に身を包んだガッシュと雌火竜の素材で作られた防具を纏うアンジェである。
「いた! キッカ!」
「にゃ、旦那さん? 旦那さんーっ!」
一面に広がる草原の中にぽつりと佇むキッカを見つけたガッシュはすぐさま近寄り、キッカもガッシュへと駆け寄っていく。そうして思いっ切り抱きつこうとジャンプしたキッカの顔を、ガッシュは両手で鷲掴みにしていた。
「むにゃ?」
両手と両足が宙ぶらりんになったまま、キッカは何が起こっているのか分からないとばかりに目を丸くしている。それとは対照にフルフルキャップの奥から覗くガッシュの目は怒りに満ち満ちていた。
「ぜぇ、ぜぇ……この、やっと追い付いたぞこの野郎。まぁーた勝手に行きやがっててめぇこらぁ!!」
「にゃむにゃむにゃむにゃむぅ~!」
顔を掴んで持ち上げたまま、ガッシュはパン生地をこねるようにキッカの顔を揉みくちゃにしていく。
「だいぶ前に俺らがアランとイャンクック狩りに行った時もやったなぁ!? 俺が弾調合しててアランが武器砥いでる時に勝手に行きやがったなぁ!? なぁーんでまたやらかしてんだろうなぁホントによぉ!」
「むにゃにゃにゃあ~!? ほへんひゃはいにゃあぁ~!?」
頬をつまんで引っ張り、餅のように伸ばす。ガッシュがそろそろ下ろしてやろうかと考えていた時、彼の後をついて来ていたアンジェが足元を通り抜けた大きな影に気付き、空を見上げた。
「っ……二人共、あれを!」
「あぁ? ……あ」
「にゃむにゃむにゃ……にゃ?」
アンジェの声に従い周りへと意識を向けると、すぐに空から何かが羽ばたいている音が聞こえてきた。野鳥や伝書鳩のような小さなものではない。巨体を飛翔させるための巨大な翼が、大量の空気を押しのける重厚な音。やがて両足を地に着け、翼を小さく畳んで周囲を見渡し、アンジェたちの存在に気が付いた。
「めっちゃこっち見てるなあれ」
「にゃ。ばっちり見つかってるにゃ」
「マジかぁ……予定にないぜこんなの」
「あれを、あれを倒せば……!」
刺々しい甲殻、湾曲した刃のような鶏冠、裏側が透けて見えるほど薄いトンボの翅のような筋のある翼膜の翼を持つ飛竜。舞い降りた飛竜はその攻撃的な見た目に違わぬ獰猛さを持つようで、同じエリアにいるガッシュ達をすぐさま自らのテリトリーを荒らす外敵と見なしたようだ。
「仕方ねぇ。やってやるぜ!」
「にゃ。ボクも頑張るにゃ!」
各々がそれぞれの思いを胸に背の武器を抜き放ち、森丘の生態系の頂点に立つ存在は己の存在を誇示するように咆哮する。今回のクエストのターゲットである電竜ライゼクスとの初遭遇は、思いがけないトラブルとともに訪れたのだった。
「ピキイイイイィィィィヒュルルルル!!!!」
「うわ鳴き声きめぇ!」
次回の更新もなるべく早めにできたらと思っています。
もうしばらくお待ちください。