狩人の証   作:グレーテル

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お久しぶりです。
書くことへの熱が上手く出ない時期が続いてました。


第23話「一難去ってまた一難」

 (うーん……)

 

 アプトノスの引く竜車が止まり、アンジェが竜車から降りる。彼女の後に続くように、ガッシュはいまだに鼻提灯を膨らませているキッカを小脇に抱えて降りた。

 

 (いきなりの事過ぎて実感沸かねぇ……。嘘じゃなさそうだけどよ)

 

 すぐ目の前で父親らしき人物の熱い抱擁を受けているアンジェの後姿を見ながらガッシュは小さく唸っている。

 

 「アンジェ……あぁ、良かった。飛竜を討伐すると聞いて屋敷を飛び出してきたのだ。怪我はないか? もう大丈夫だぞ。腕の立つ医者を大勢連れてきた。痛む所があればすぐに言いなさい」

 「お、お父様……私なら平気です。少し痛むだけですか―――――」

 「何いぃぃ!? 体が痛むだとぉぉ!?」

 

 遠慮がちなアンジェの小さい声をアンジェの父親の絶叫に近い大声が遮る。アンジェの父親はすかさず背後に控えていた医者や従者の方へ必死の形相で振り返った。

 

 「娘を竜車へ乗せろ! 近くの別荘で緊急手術を行う!」

 「へ? あの、お父さ―――――」

 

 大した傷じゃない、とアンジェ自身が訂正しようとするよりも早く、彼女の父親の指示で動く従者達がアンジェをあっという間に囲んで彼らが乗ってきたであろう竜車へと運び込まれてしまった。ガラス窓の付いた豪奢な竜車ではすでに御者が手綱を握っており、いつでも出られる状態に持ち込まれている。アンジェの父親が竜車に乗り込もうと振り返った一瞬、ガッシュと目が合った。鬼気迫る様相の眼差しを一身に受け、ガッシュはびくりと体を強張らせる。

 

 「今は火急の事態ゆえ失礼するが、事が終わり次第詳しい事情を聞かせてもらう! もうしばらくこの村に留まっていたまえ!」

 「え? いや、ちょ―――――」

 「出せ!」

 「はっ!」

 

 アンジェの父親と、彼の周りに仕えている従者達の放つ気迫に押され、ガッシュが狼狽している間に竜車はすぐさま村を発ってしまった。

 

 「……やべぇ、まじやべぇ。なんつーか……やべぇ」

 

 徐々に去っていく竜車の後姿を眺めていると、両足が小刻みに震えてきた。同時に、小脇に抱えていたキッカの事を思い出して視線を落としてみる。彼は未だに鼻提灯を膨らませていた。

 

 「ぐぅ」

 「なんで起きねーんだこいつ……」

 

 

 

 

 

 「……って事があってさ。もう訳分んねーや」

 「おやおや、それはそれは……」

 

 アンジェがアンジェの父親に連れていかれ、手持ち無沙汰になったガッシュはこの村に何度も通っている小さなレストランに足を運んでいた。相変わらず人気のない店内をちらりと一瞥しながらガッシュは店主に事の次第を話している。キッカは隣の椅子の上で眠っている。

 

 「ご頭首はお嬢様の事を大層、それはそれは大層気にかけていますからね。私の方にも使いのアイルーが中々の頻度でやってきたものです」

 「そりゃそうだよなぁ。自分の娘がハンターなんかやってたらそりゃあ……ん? 今なんて?」

 「あぁ、そういえばまだ言ってませんでしたね。実は私、アンジェリカお嬢様のお父上に仕えてる身なんです。今もこうして村の人間の中に溶け込みながらお嬢様の動向を伺っていたのですよ。もちろん、あなたの事も。この村に来てからのあなたの行動はすべてあちらに伝えてました。いやぁ、今まで黙っていて申し訳ない気持ちでいっぱいです」

 「白々しく聞こえんのは気のせいか?」

 「まあまあ。何はともあれ件の竜も退治してくれましたし、こちらとしては大助かりですよ。さ、そろそろお腹も空いてくる頃でしょうし、今日は大サービスしちゃいますよ」

 

 店主は丸眼鏡を掛けた目で小さくウィンクすると厨房の奥へと入っていった。何かの下ごしらえをしているらしく、規則正しく叩く包丁のトントンという音が聞こえてくる。グラスに入ったぬるめの水を一口含んでガッシュはため息をつく。

 

 「んなこと言われてもなぁ……。さっきのアレのせいでそんなに腹減って……、……減ってきたわ。なんで分かったんだ?」

 「むにゃ……おさかな……」

 「まだ寝てんのかこいつ」

 

 眉を顰めるガッシュ。店主の話が引っかかるが、しかし体は正直だった。具体的に言えば空腹である。空腹になるにつれて、ガッシュの関心も厨房の方へと向かっていった。

 

 「あー……めっちゃいい匂い」

 

 厨房の方から漂ってくる匂いに意識が向き、次第に夢中になっていくガッシュ。揚げ物を作っているのだろうか。チリチリ、ピチピチと弾けるような音が聞こえてくる。どんなものが出てくるのだろうか。厨房の向こうで出来上がっていく何かに思いを馳せていると自然と顔も綻んでくる。先ほど店主が気になる事を言っていた気がしたが、そんなものは目の前に置かれた料理を目にした今ではもうどうでもよくなっていた。

 

 「ささ、出来立ての熱いうちにどうぞ」

 「おぉー、旨そう。それじゃあ早速っ!」

 「いただきますにゃ!」

 「起きてたのかお前……」

 

 ナイフとフォークを手に取り、切込みを入れるべく狙いを定めるのは皿に乗せられた掌ほどの大きさの揚げ物。ざくりと心地の良い音を立てて衣が裂け、その隙間からさらさらと肉汁が流れてくる。続けてナイフを入れ、一口大に切り分けて断面を見てみる。ガッシュはこの料理が自身の予想していたものとは違っているのに気が付き、眉を顰めた。

 

 「肉だ」

 「ええ、肉です。メンチカツですからね」

 

 店主曰く、ミンチにしたアプトノスの肉を揚げたものらしい。肉だけという訳ではなく、よく見れば細かく刻んだ玉ねぎも混ざっていた。早速一口頬張る。サクサクとした衣の歯触りと、噛むことで出てくる肉汁が口の中を旨味で満たしていく。ミンチにされたアプトノス肉もひとたび噛めばあっという間に解れていくほど柔らかい。時折噛み潰す玉ねぎのシャキッとした触感とほのかに感じる甘みがガッシュの頬を緩ませる。付け合わせのパンも美味く、これをメンチカツに挟んでみたら面白そうだとガッシュはなんの気なしに考えていた。

 

 「うん、うまい」

 「それは何より。あぁ、ソースとレモンを忘れずに。それがあるともっと美味しいですからね」

 

 言われるがままガッシュはメンチカツにソースをゆっくりと垂らす。黄金色に揚がった衣に濃い色のソースが染み込んでいき、その上からさらにレモンを少し絞る。そうして切り分けたメンチカツに思い切りかぶりつく。初めに感じるのは先程とは一味違う衣の触感。香ばしく仕上がった衣のサクサクとした歯触りとソースの染み込んだしっとりとした柔らかな衣の味わい。噛む度にソースを吸った衣とミンチにしたアプトノス肉の肉汁が合わさり、より濃厚な味へと変化していく。そしてあらかじめ絞っていたレモン汁のすっきりとした酸味がメンチカツの濃厚さを程よく中和してくれる。

 ガッシュは感動した。肉を使い、油で揚げ、それでいてもたれていくような重さがない。パンと一緒に食べてもいいしそのままでもいい。ベルナ村ではブルファンゴのステーキばかりかっ食らっていたが、こんな肉料理がこの世にあったとは。あれはあれで好きなのは揺るがないが、これもこれで好きになりそうだ。否、恐らくもう虜になっているだろう。現にメンチカツの乗っていた皿は既に空になっていた。

 

 「はー、もうなくなっちまった。でも旨いもん食えて幸せだぁ……」

 「ふふ、それは何より。おかわりはいかがです?」

 「おうよ。クエスト終わりで報酬も貰ったしな。今日は腹いっぱい食いたい気分だぜ」

 

 狩りを終えた達成感と満腹による充足感に包まれ、ガッシュは日が沈んで空が暗くなるまで上機嫌のまま一日を過ごしていた。

 

 

 

 

 

 次の日の朝。ガッシュは寝泊まりしている宿の戸を叩く音で目が覚めた。

 

 「んぁ、なんだぁ……?」

 

 微睡む目をこすりながら戸に手を伸ばす。こんな朝早くから来客なんて珍しい。そんな呑気な考えを頭の片隅に浮かべながら。

 

 「あー、どちらさんっす……か」

 

 開いた戸の隙間から差し込んでくる日の光の痛みも忘れ、ガッシュは目の前の光景に口をぽかんと開いて呆然としていた。戸に手を置いて固まっているガッシュを囲むように黒服の男たちが待ち構えていたのだ。あの時アンジェを竜車に乗っけていった、アンジェの父親が従えていた従者達だった。

 

 「ガッシュ・バートン様。ご頭首の命によりお迎えに参りました」

 「え……」

 

 眉一つ動かさず淡々と告げる黒服の男と、そんな彼とは対照的にガッシュの顔は次から次へと冷や汗が浮かび上がっていく。

 

 「いや、ちょ……待っ―――――」

 「アンジェリカお嬢様もお待ちしております。さあ、こちらへ」

 「こちらへってどういう……わ、ちょ、待てって待てって! うっそマジ勘弁だから! キッカ助け寝てんのかよお前えええぇぇぇ!!」

 

 じりじりと後ずさりながらガッシュは戸を閉めようと腕を引く。が、戸が閉じるよりも早く黒服たちが宿の中へ雪崩れ込み、ガッシュを囲んで担ぎ上げ、竜車の中へと連れ込んでいく。座椅子に座らされる直前。彼は自身のオトモの安否が気になり振り返るが、彼は未だに夢の中。黒服の男に抱きかかえられながら心地よさそうに鼻提灯を膨らませていた。

 

 「うおおおおぉぉぉ!? 誰か……誰か助けてくれええええぇぇぇぇ!!」

 

 先程まで寝泊まりに使っていた宿が遥か向こうへ遠ざかっていく。ガッシュが泣いても叫んでも誰も彼を助けるものは現れなかった。

 

 

 

 

 

 「いやぁ助かりました。ハンター様のおかげで当分の間はこの村も安泰でしょう。うちの村にも若いハンターがいますが、流石にあのリオレウスを相手にするのは難しく、今回こうしてお力添えを頂けたのは何より幸いで……」

 「…………」

 

 それはこの世のどこかにある、小さな小さな村での出来事だった。村の名物にと建てられた風車の回るのどかな雰囲気の感じられる村で、白髪と小皺が目立つようになってきた年齢の男性が止まらぬ冷や汗を拭いながら、荷台に乗せられた“ある物”を眺めている女に平身低頭していた。

 金属とモンスターの甲殻で作られたドレス。そう形容するのがしっくりくる防具を身に纏い、腰には極めて細い刀身をした剣を携えている。どちらも同じモンスターの素材から作られているようで、共に紫色を基調とした甲殻や鱗が各所にあしらわれていた。村にいる者でなくとも、女の成りを一目見ればわかるだろう。彼女がハンターだと。

 何より、彼女と相対している男性その人が彼女を呼んだのだ。ハンターとして、村の近くに現れたモンスターの狩猟を依頼するために。我が子を死地へ追いやらぬためにと、決して多くはない財の殆どをはたいて依頼したのだ。そしてそれは一切の滞りを見せることなく終わり、更には討伐よりも難易度が高いとされる捕獲という形で終わらせていた。

 モンスターの図鑑や村の外からくる商人が売りつけてくる素材の端っこ程度でしか知らない火竜リオレウスが目の前で規則正しい寝息を立てている。いびき一つをとっても村の家畜のアプトノス等とは比べ物にならず、男性はその圧倒的なまでの火竜の巨体とそれを捕獲せしめた女の平静としている様子が異様に感じてならない。火竜も女も、どちらも等しく恐ろしかった。

 

 「あの、ハンター様……?」

 「……失礼。少々考え事を。用は済んだ事だし私はこれで失礼するよ」

 

 女は男性から渡された報酬金を受け取ると、村を出るべく火竜の乗せられた台車に背を向ける。その途中、村長が言っていた件の狩人が捕獲された火竜を呆然と見上げていた。

 装備はレザーシリーズに武器はハンターナイフ。一目見ればすぐに分かる駆け出し具合だった。村付きのハンターがあれでは空の王者の名を持つリオレウスを相手にするのは無謀すぎる。他の誰かに声がかかるのも無理のない話だ。女は一瞬横目にその姿を捉え、すぐに視線を戻して村の出口で停まっている竜車へと向かう。恭しく礼をする御者のアイルーに女は次の目的地を静かに告げた。

 

 「ココット村へ」

 「はいですニャ。うにゃっ」

 

 アイルーが手綱を握り、竜車に繋がれたアプトノスがのしのしと重たい足を持ち上げて竜車を引いて進んでいく。目的は行く先の村にある飛行船の発着場。本当の目的地はココット村から飛行船で向かうベルナ村であった。ここからココット村、そしてその先のベルナ村まではかなり長い道のりになる。今から竜車を急がせたところで大して時間は変わらない。故に竜車の進みには慌ただしさはなく、女も呑気に遠くの景色を眺めており、アイルーも急かされないと分かってからは鼻歌交じりに手綱を動かしている。一行の旅路はいたって悠長であった。

 


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