ハンター生活はこの村から始まった、という人も多いのではないでしょうか。
普段は見上げているムーファの毛のような白い雲が、今は肩のすぐ横を過ぎ去っている。ここはユクモ村へと向かう飛行船の上。時折日の光が照り返す白い雲の眩しさに悩まされる事があるものの、空の旅は順調だった。
「ユクモ村……名物は温泉、か。大きな湯船でもあるのか?」
「にゃ。どうやら石で出来てるみたいで、この温泉の為に訪れる観光客もいるらしいにゃ」
「石、か……」
これから自分たちが向かうユクモ村に思いを馳せる。ベルナ村でいうチーズやムーファ、飛行船や龍歴院のように、様々な名産品や独自の文化、風習がある。慣れない土地で四苦八苦する事も多くあるだろうが、それらの懸念と同量の期待もアランは持っていた。
「温泉と言えば、湯に浸かる治療法があったな。確か……」
「トウジ、っていうらしいにゃ」
「そう、それだ。リリィナは物知りだな」
それで病状が治るといわれても、いまいちぱっと来ない。飲んだり塗ったりする薬との違いは何か、どういった効能があるのか。まさに未知の領域と呼ぶに相応しく、アランは内心で笑む。早速ガッシュへの土産話が一つ出来そうだと。
「ユクモ村について、いろいろと調べておいたにゃ。これも旦那さんのオトモとしての、ワタシの務めなのにゃ」
「それは心強そうだ。頼りにしてるぞ、リリィナ」
「にゃ。任せてにゃ」
両手を腰に当ててしっかりと頷くリリィナへ労いの印に頭をなでようとして、伸ばした手が防がれる。相変わらず、褒められるのが苦手なようだ。ごく稀に撫でる事が出来るが、本当にごく稀で、ギリギリ両手で数えられる程度の物だった。
(あとは……)
傍らに置いてある木箱の蓋を開け、中身を一つ摘まんで取り出す。赤い液体の入った、掌ほどの大きさの瓶。片手剣に特殊な効果を付与するアイテム、刃薬。
(他に適任がいない、か。悪くないと思うんだが……)
泡狐竜タマミツネの狩猟と併せて命じられたアランの任務。それが龍歴院で新たに開発されたこのアイテムの試用だった。大まかな割合として、龍歴院に所属するハンターは大剣と太刀、双剣を扱う者がおおよそ半数以上を占めている。片手剣を使うハンターがいない訳ではないが、ギルドマネージャーによるとまだ日が浅いらしく、ハンターとしての基礎を覚えるので手一杯だという。
こうして他の村の救援に向かわせられるだけの質を持つ片手剣使いのハンターであり、試作品の刃薬が想定より効果が薄くてもアランならば問題なく狩猟する事ができる。尚且つ無事に生きて戻れるという事が試作品のデータを確実に持ち帰れる事に繋がるという龍歴院の主席研究員の進言が後押しし、アランに白羽の矢が立った。
(大剣……)
遠い昔の事、件の片手剣を発端に受けた心無い言葉と仕打ちが脳裏に過る。今更武器を変える事は出来ないし、そのつもりもない。受け入れてくれる仲間がいるのだから、いつまでも引き摺る必要はない。アランは自らに言い聞かせた。
「旦那さん? どうしたのにゃ」
「……いいや、何でもない」
「にゃう、気分が悪くなったらすぐに言ってにゃ。ワタシに任せてにゃ」
不安げな声、心配そうに顔を覗きこむリリィナの姿にアランは我に返った。思い詰めている内に顔に出ていたようだ。
「ニャンテンションプリーズ! 間もなくユクモ村に到着いたしますニャ。おきゃくサマ方、お荷物等を船内にお忘れのないよう気を付けてお降り下さいニャ!」
ユクモ村が近い事を、飛行船に同乗するガイドのアイルーが快活に告げる。これ以上深みに嵌って彼女に余計な心配をさせてはならない。アランは思考を切り替え、飛行船の寄港に備えた。
程無くして、飛行船はユクモ村の発着場に到着した。飛行船から降りたアランとリリィナが門を潜って石造りの階段を上がると、村の景色が露になった。
周囲を山に囲まれた、起伏のある地形に建てられた木造の家屋。辺りに点在する木々には紅く染まった葉がはらはらと落ち、良く見れば家屋のそこかしこに赤い布を用いた装飾が見られる。何より目を引くのが、村の至る所から立ち上る湯煙。天へと伸びる白い湯煙が、木々を彩る紅葉の赤をより一層際立たせていた。
上質な木材の伐採、加工技術を持つ林業と、美しい景色に囲まれた温泉を求める観光客に賑わうのどかな村。それがここ、ユクモ村なのだ。
「にゃ。この村の村長さんはこの先にいるみたいにゃ。……旦那さん?」
装着している者の持つ本来の毛並とは正反対の黒、顔面を覆うナルガネコヘルムから覗く両目がアランを見上げる。小さな手で村の奥にある石段を指し示した時、アランの様子が妙に不自然な事に気付いたリリィナが小首を傾げた。
「……いいや、何でもない。行こうリリィナ」
「わ、分かったにゃ」
石段の更に奥に見える大きな建物。この村の中でも特に大きな湯煙を立たせている建物、人々に集会浴場と呼ばれるそれへ視線を向けていたアランが、リリィナの言葉で我に返り歩を進める。発着場を降りてユクモ村へ入った時から、このユクモ村に対してアランはある印象を抱いていた。
(暑い……)
山に囲まれた場所に置かれた拠点、という意味ではベルナ村とユクモ村は似ている。しかし同じ山でもベルナ村よりもずっと低い所に村があり、山間の谷に密集させた家屋の建築形態は窮屈さを感じる。そして村のそこかしこから立ち上る湯煙の湿気と暑さは、年中通して涼しい気候のベルナ村で育ったアランの気力をじわじわと奪っていた。
この気候に慣れない事には始まらない。新たな村に足を踏み入れて僅か数分。早速一つ目の課題にぶつかったアランなのであった。
時折向けられる村人達の視線を背に、石段を上がったアランはリリィナの先導の下、すぐに目当ての人物の元へと辿り着けた。首元から足首まで覆う衣服はベルナ村にあるワンピース型の物とは違い、一枚の長い布を直接体に巻き付けたかのようで、それらが着崩れないように腰帯で巻き留めている。顔一面を真っ白にして瞼の上に太く短い眉を描き、瞳の大きさがいやに小さく見える濃い化粧。幾重にも結われ、大きな髪飾りを施した長い黒髪はさながら冠のようにも見えた。
長く尖った耳を持つ、竜人族の女性。彼女がこのユクモ村の村長で、アランの所属する龍歴院に救援要請を出した人物なのだ。
「ようこそユクモ村へ、歓迎いたしますわ。龍歴院のハンター様」
「初めまして、アランです。隣にいるのがオトモの―――――」
「リリィナですにゃ。村長さん、旦那さんが来たからにはもう大丈夫ですにゃ」
挨拶の後にこの村についてと、件のモンスターによって受けている影響を聞こうとした所でリリィナが話を脱線させた。慌ててリリィナを引っ込めようとするが、それよりも早く村長が反応していた。口元を手で遮り、上品に微笑んでいる。こちらに向ける視線には期待の色がはっきりと見えていた。
「うふふ……ええ、お話は聞いておりますわ。とてもお強いのだとか」
「出来る事をしている。ただ、それだけですから」
「にゃ。旦那さんはとーっても強いにゃ!」
「リリィナ」
これ以上話が逸れては堪ったものではないと、アランは語調を強めにリリィナを鎮めた。
場の状況を置き去りに言葉が独り歩きする事を、アランは由としない。中身の無い言葉でいたずらに安心を与えたり、不安を煽るような行為は危険だからだ。ギルドマネージャーの評価が過大である可能性も捨てきれず、だからこそ自分のハンターとしての能力は結果で伝えたいとアランは考えている。
言葉の持つ力は大きい。大丈夫、問題ない、それらは信頼と確実さの存在する関係だからこそ許されるのであって、そうでない者に言うのは無責任な虚勢でしかない。ましてやこの地に住まう者達とアラン個人との間には信頼関係などというものは全くない。もしあらぬ事を言い触らしてそれらの言葉が反故になったら、そのような状況に陥る事だけはなんとしても避けたい。
最悪の場合、自分の不誠実な態度や行動が原因となって龍歴院とユクモ村の関係が悪化するかもしれないのだ。その影響が少なからずベルナ村にも出ると考えれば尚の事、横柄な振る舞いや今回の任務を失敗するような事態は許されない。アランは慎重になっていた。
「旦那、さん?」
「後で話す。今は静かにしているんだ。いいな?」
「にゃう……分かったにゃ」
事実を言っているだけなのにどうして咎められたのか、その理由が分からずリリィナは首をかしげていた。全幅の信頼を寄せる主人の言う事だから間違いはないのだろうが、そのすべてを理解している様子はなかった。
「いいえ、評判通りの腕前でないと困るわ。村にいるハンターだけじゃ無理だと思ったから呼んだのだから。そうでしょう? 村長」
背後から掛けられた声に振り返ると、視線の先には同業者が腕を組んで佇んでいた。防御力はアランの着るガルルガ装備と比較すると圧倒的に貧弱で、身体全体を保護する為の物が胸や肩、腕や脚を保護するのみでその隙間からちらちらと肌を見せている。強固な甲殻や金属製のプレートは無く、かわりに布や毛を主に使っている。まるで防御力は必要最低限にしか持たせていないとでもいうかの如き軽装は、丸々と露出した一面肌色の腹部を覆うメッシュ状の生地が最もその印象に拍車をかけていた。
漆黒の毛であしらわれたその防具には、アランも見覚えがある。見覚えがある、どころの話ではない。隣にいるオトモのリリィナが同じモンスターの素材で作られた防具を着ていて、数日ほど前に防具の元になったモンスターを狩猟しているのだから。
ナルガ装備、それが
「あなたに何かあったら。そう思えば、せめてこれくらいはさせて下さいな」
「私一人でも平気。余所者の力なんていらないわ」
「君が、この村のハンターか?」
村の中という事もあってか頭用の防具は着けていないらしく、目鼻立ちの整った素顔が外気にさらされている。肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪を高い位置で一つにまとめたナルガ装備の少女が、紅色の瞳に宿す敵意を隠そうともせずにアランを睨みつけていた。
「……だったら、何?」
「泡狐竜タマミツネ狩猟の救援要請を受けて龍歴院から来た。俺はアラン、アラン・ベルーガ。協力して事に当たろう」
右腕の盾と、ガルルガアームを外す。握手の意を込めてアランが差し出した手は、腕を組んだままの少女に握られる事はなかった。アランの手を一瞥した後に、少女は再びアランを睨みつける。
「……………………」
「……いいや、何でもない」
アランは差し出した手を戻し、ガルルガアームと盾を装着し直す。ここまで拒否反応を見せると、誰が予想しただろうか。アランは焦る。このままではとてもじゃないが任務を遂行させることは出来ない。
「……サヤカ。サヤカ・ミカヅキ」
ぽそりと呟いた少女、サヤカの声に二、三度手を動かしてガルルガアームの装着具合を確かめていたアランが彼女の顔を見る。険しい目つきには今までと同量の敵意が込めているが、確かに聞こえた。彼女の名前が。
「私だけ名乗ってないのが不公平なだけ。役立たずの雑魚だったら……ただじゃおかないから」
踵を返してサヤカが去って行く。その姿が村人の陰に隠れるまで、アランは彼女の華奢な背を見続けていた。
「彼女が、この村のハンター……」
「にゃうぅ……! なんなのにゃ、あの態度! あれが旦那さんに向かって言う事かにゃ! 許せないにゃあーっ!」
怒り心頭といった具合に両手を握り、地団太を踏むリリィナ。ギルドマネージャーからの指令とはいえ、ユクモ村の危機に駆け付けたアランを拒絶するサヤカの物言いがリリィナの琴線に触れたのだろう。アランは片膝を着き、リリィナの頭に手を置いてなだめる。
「いいかリリィナ。俺は彼女に何を言われても、腹を立てたりはしない。向こうにも事情があるかもしれないからな」
「だからって旦那さんにあんな事言っていい理由にはならないにゃ! 悪口にゃ!」
「それでも、今は我慢するんだ。いいな」
「にゃ、ぅ……悔しいにゃ。でも、旦那さんの言う事だから……我慢する、にゃ」
俯き、手を震わせているリリィナの姿にアランは罪悪感を感じずにはいられない。忍耐という名の苦行を強いている。このまま黙らせ続けていたらストレスを溜めて身体を壊してしまう可能性もある。アランは左のガルルガアームを外した。
「何か、訳があるようですね」
「ええ。あの子の事はハンターになる前から知っていますわ。……何の為に、ハンターになったのかも」
ナルガネコヘルムを脱がし、その奥にあるアメショ柄の毛をゆっくりと撫でる。いつものような抵抗を見せないリリィナをそのまま撫で続け、アランは村長の方へ顔だけを向けた。彼女の顔にあるのは会ったばかりの時に見せた優美な笑みではなく、沈痛な面持ちだった。
「この村のハンターとして、あの子は良く頑張ってくれていますわ。それでも、泡狐竜タマミツネ……あの子の事は、彼女だけでは厳しいと思いましたの。これ以上、あの子に無理をさせる訳には……」
彼女の装備を見れば、その実力もおおよそは推し量れる。それでも別所から人を寄越す事態になるのは、それだけ件の竜がこの辺り一帯に住まうモンスターの中でも特に強い力を持つ個体だという事を意味している。
「どうか……どうか、お力添えをお願いしますわ。ハンター様」
「我々には龍歴院から言い渡された任務があります。泡狐竜を狩猟するまではたとえ出て行けと言われても残りますよ。……彼女の事も放ってはおけない。そう、感じますから」
そして、それらの事情と併せてアランが呼ばれたのは、彼女、サヤカの身を案ずる村長の判断でもあるという。リリィナがアランを悪く言われて憤ったように、彼女、サヤカにも村長にそう思われるだけの何かがある筈だとアランは踏んでいた。近寄り難い雰囲気を持つ彼女の奥に秘める、人を惹き付ける何かを。
「リリィナ。ベルナ村と同じように、この村でもお前が胸を張って自慢できるハンターに俺はなってみせる。必ず、必ずだ」
「旦那さん……」
撫でるのをやめた手でナルガネコヘルムを着せ、ガルルガアームをはめ直す。ユクモ村の抱える問題を解決するにはタマミツネを狩猟する必要があり、その為にはサヤカの力が不可欠で、今のままではガッシュと狩る時のような連携は望み薄だ。まずはアランがハンターとしての自身の能力を示して彼女を認めさせなければならない。
「その為に、まずは……」
「まずは?」
アランが立ち上がり、リリィナが見上げる。一つ一つ、着実に実績を重ねて村人達の信頼を獲得し、その上で改めてリリィナに思う存分自慢話をさせてあげよう。
無責任な虚勢ではなく、ありのままの事実として。
「宿を探そう」
「……そうだったにゃ。お家がないと旦那さんの為にコーヒーを淹れてあげる事も出来ないにゃ……」
一応、所持金は多めに持って来ている。他にも装備の整備をする為の加工屋や、アイテムを揃える雑貨屋を探す必要があり、何がいるかと考えればその分だけ問題は山積みになっていた。
直後、宿は既に用意してある旨の村長の言葉に彼らが救われたのは言うまでもない。
「お母さん、身体の具合はどう?」
「……そう、良かった。大分良くなってきてるけど、まだ心配だから」
「今日ね、龍歴院って所からハンターが来たの。渓流に現れたタマミツネを狩猟する為に、って。私一人でも平気なのに、村長やコノハが聞かなくて」
「アラン……何とか、って名前。どうせ、今まで来たろくでなしと同じよ。今に尻尾を巻いて逃げ出すに決まってるわ」
「ハンターになり始めた時からずっと何とかなってたんだから、私なら大丈夫」
「農場に行ってくるね。きっと、ハンゾーが修行に夢中になってると思うから」
そんなこんなで新キャラ登場です。女の子ですよ、女の子。
ただ、お世辞にも友好的とは言い難いですね。幸先の悪いスタートになってしまいました。どうしましょう、これ……。
次回は戦闘シーンの予定です。彼女は一体どんな武器を使うのでしょうね。