煩悩日和   作:タナボルタ

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以前次の戦闘は沖ノ島と言ったな……あれは嘘だ。

今回は戦闘会です。誰が活躍するのでしょうか……?


お姉ちゃんの本気

 

 眼前に広がる、遥か彼方の水平線。

 現在、那珂を旗艦とする艦隊が南西諸島沖を航海中。その目的は単純に新人達の実力を測るためだ。

 艦隊の構成は旗艦(センター)に那珂、次いで吹雪、初春、響。フォロー役に叢雲と電が就いている。

 吹雪が新人扱いを受けていることに疑問があるかもしれないが、これは吹雪がまだ戦場に立ったことが無い事が関係している。

 吹雪は今まで横島に仕事を教えたりなんだりで戦いに赴く暇がなかった。今では霞が来て横島の監督役二号に就任したことにより吹雪の負担も軽減されたのだが、それで問題が解決するわけでもない。

 

 その問題とは、ただただ仕事が多過ぎたのだ。

 

 横島鎮守府は最近まで明石・大淀・間宮がいなかった。それはつまり、アイテム屋、工廠、食堂を正確に運営することが出来ず、任務に関する詳細な知識を持っていないことを意味する。

 それでも吹雪には秘書艦に選ばれた際にそういった知識を多少ながら()()()()()()()ので、騙し騙し管理することは出来た。

 だが、艦娘の数が増えてからはそうもいかない。

 吹雪は人数が増えたのでこれで多少は楽になると思ったのだが、現実はそうそう甘くはなかった。(ゲームだけど)

 

 みんなアイテム屋の経営なんて出来ない。

 みんな工廠の管理なんて出来ない。

 一部を除いてみんな料理を作れない。

 みんな任務に関する様々な知識を持っていない。更には書類仕事すら出来ない。

 

 ――絶望である。

 結果、吹雪は横島と共に皆に仕事を教えながら、教える以上の仕事を片付けねばならなかった。

 当時の吹雪にとって、白雪が作ってくれるおやつと気を使ってくれる横島、電達との会話が何よりの癒しだったのである。

 

 そして現在、ついに待望の明石・大淀・間宮が来てくれたことにより、吹雪は大量の仕事から開放された。思わず涙を流すほどに喜んでしまったのは仕方のないことだろう。その姿を見て、皆吹雪に頼り過ぎていたことを痛感し、感謝の気持ちを述べる。

 ちなみに横島の仕事量は吹雪と同等かそれ以上であり、主に工廠関係という特にデリケートな部分を扱っていたことを記しておく。

 

 そうして今、吹雪は晴れやかな気持ちで海を進み、風を切って疾走する。

 

「……体が軽い。こんな気持ちでお仕事をするなんて初めて! ――もう何も怖くない……!!」

「気持ちは分かるけど、初陣で早速死亡フラグを立てるの止めてくれない!?」

 

 初陣だからこそではあるのだろうが、フォロー役としては戦々恐々である。

 叢雲と電がフォロー役に選ばれたのは、姉妹艦が初陣だからという理由だ。執務室で端末の映像を眺めるよりも、同じ戦場にいた方が逆に気が落ち着く。これは二人に共通する価値観だ。

 実際近くにいれば何かあった時にも迅速に対応出来る。危急の際には体を張ってでも姉妹を守るだろう。……まあ、それは杞憂に終わるのだが。

 

「……っ! 敵影確認。数は3。……軽巡ホ級が1、駆逐イ級が2」

 

 静かにただ前を見据えていた響が敵を発見し、報告。それを聞いた皆は表情を引き締め、武器を握る手に力を込める。

 

『陣形は複縦陣。こっちの方が数は多いけど、半分以上が初陣なんだ。無理しないで、落ち着いていけよ』

「了解!!」

『叢雲、電。フォローよろしく』

「分かってるわよ」

「頑張るのです」

 

 横島の言葉に那珂達初陣組は緊張気味に、叢雲と電のフォロー役は自信満々に頷いた。

 

「いっくよー!!」

 

 那珂が機先を制し砲撃を開始する。放たれた砲弾はホ級に命中し、その体力のほとんどを減らすことに成功する。駆逐艦娘を越えるその威力に、端末で戦況を確認していた横島と大淀が感嘆の息を漏らす。ついでに大淀のスカートの穴に横島の手が伸ばされたが、即座に白雪に止められた。しかも抱きかかえる形で。

 

 那珂の砲撃の威力を知った敵艦はすぐさま狙いを那珂に絞る。その即断即決ぶりは評価に値するが、それでもそれは愚策である。

 

「――ッ!!?」

 

 那珂に向けて砲撃をしようと大口を開けて砲口を晒すイ級に、横合いから砲撃が放たれた。

 

「馬鹿め。敵は那珂1人ではないと言うに」

 

 初春は呆れたように、嘲るように言いながら砲撃を続ける。背部艤装のマニピュレーターに接続された12.7cm連装砲が幾度も火を噴き、イ級は堪らず後退する。

 初春の反対側では響が同様に砲撃をしており、もう1体のイ級を撃沈寸前まで追い詰めている。

 

「こんなものかい? なら、沈むといいよ」

 

 どこまでも冷静に、冷徹に響は敵を追い込む。そして……。

 

「どっかーんっ!!」

 

 那珂の元気のいい掛け声と共に全艦娘から魚雷が発射される。それらは狙い違わず全てが敵艦に命中し、炸裂。青い海に赤い炎が噴き荒れ、相対した深海棲艦を轟沈せしめることに成功した。

 敵艦、撃破。その事実に皆は緊張を解き、大きく息を吐く。しかし那珂は別で、大きな声で「那珂ちゃん、強い!!」と誰かに向けてピースサインを向けている。

 

「やったね、みんな!! すっごく格好良かったよ!!」

 

 吹雪は興奮気味に皆に話しかける。この時の誰が凄かった、あの時の誰が格好良かった、などと身振り手振りを交えての絶賛に、皆は照れた様にはにかみながらも胸を張る。初陣を最高の形で突破したのだ。これで自信もついただろう。

 

「……」

 

 叢雲は感心したように何度も頷きつつ、今回のMVPに視線を送る。彼女の視線の先、そこに存在したのは()()だ。

 

『……さすが、叢雲のお姉ちゃんってことはあるよな』

「まーね。けど、それでこそよ。やっぱりライバルはこうでなくちゃ」

 

 どうやら横島と叢雲の意見は一致しているらしい。今回のMVPは、()()()()()と。

 今の戦闘において、吹雪は目立った戦果を挙げなかった。精々が牽制のために弾幕を張ったりなど、そのくらいだ。しかし、その精度が驚異的だったのだ。

 個々の働きを称賛出来るということはつまり、皆の行動を完全に把握していたということ。楽な戦いだったとはいえ、戦闘の中でだ。

 吹雪は連装砲を構えながら常に相手の視界に入るように動き、敵の意識を分散させる。そうして相手の進行方向に砲撃しつつ進路を誘導、味方が攻撃しやすい位置へと追い込めたらそこに縫い付ける。しかも味方の射線を確保しながら、3体同時にそれをやってのけたのだ。

 那珂の攻撃力に怯み、一斉に那珂1人だけに意識を割いてしまった敵艦達ではあるが、それを考慮してもおよそ初陣とは思えない仕事ぶりに叢雲は舌を巻く。自分の初陣とは段違いだ。

 叢雲はフォロー役という立場から全体を見ることが出来たが、吹雪は戦場に立ちながらそれを成した。その違いに叢雲は少々悔しさを見せるが、それでも彼女は不敵に笑ってみせる。1番になるのは自分だ、と。

 

『私のこと呼んだ?』

「呼んでない呼んでない」

 

 何故か唐突に端末からの通信に割り込んできた白露にツッコミつつ、叢雲は皆に先に進むように言う。皆無傷であるし、まだまだ疲労も見えない。先に進んで力をつけよう。

 

 

 

『海域攻略お疲れさーん。今回はちゃんとボスマスに行けたしS勝利だしで文句なしだな』

「司令官もお疲れ様です」

「おっつかれさまでーす!!」

 

 軽巡ヘ級が完全に沈んでいったのを確認してから、横島は皆に労いの言葉を掛けた。それに真っ先に答えたのは吹雪と那珂だ。同じく初陣である響と初春が息を乱している中、彼女達は平気そうにしている。いや、吹雪は額に汗が浮かんでいたり、肩がやや上下しているところを見ると疲労はしているようだが、それもすぐに回復していく。

 那珂にいたっては完全にいつも通り。まるで疲労した様子を見せることなく、今も元気に歌って踊りだしそうなほどに溌剌としている。さすが艦隊のアイドルを自称するだけのことはあり、スタミナの量は並ではない。

 

「ふう……ふう……凄いね、あの2人は」

「うむ……わらわ、達など、こんなに、疲労、しておると、いうのに……」

 

 響と初春は呼吸を整えながら言葉を交わす。2人は緊張と恐怖と興奮と高揚から、戦闘が終わると同時に一気に疲労が襲い掛かってきた。まだまだ戦闘に慣れていない証拠であり、これから数をこなすことによってそれらをコントロールする術を身につけていくのだ。

 

 今回の敵艦の編成は軽巡ヘ級、軽巡ホ級、駆逐ロ級、駆逐イ級、駆逐イ級の5体。先の戦闘よりも数が多く、何より軽巡が2体というのが厄介だった。

 先ほど頼りになった那珂の砲撃の威力。それと同等の威力を持つ砲撃が、倍の数で自分達に飛んでくるのだ。

 今回はフォロー役の叢雲と電が最前線に躍り出てくれたから何とか傷も少なく勝利出来た。この2人がいなかったら自分達は勝てたかどうか分からない。それほどの戦いだった。

 響は目を閉じて思い出す。自らを守るために戦ってくれた、(いもうと)の雄姿を。軽巡ヘ級の腹(?)にドロップキックをかまし、その威力によって下がった顔面へ、ずっしりと重たい錨をフルスイングして思い切り殴り飛ばした、雄々しき背中を――。

 

 ……振り向いて「大丈夫なのです?」と問い掛けてきた電の頬に、深海棲艦の青い血液がべっとりと付着していたような気がするが、それはきっと気のせいだろう。返り血を浴びて朗らかに笑いかけてくる電なんて存在していないのだ。

 

「どうかしたのです、響ちゃん?」

「何でもないよ。うん、何でもないんだ。何でもない」

 

 首を傾げる電の頬に、青い血液は付着していなかった。やはり見間違いだったのだ。青く染まったハンカチをポケットにしまうシーンなんて見てはいないしね。

 

『おっしゃ、んじゃドロップがあるかを確認して、一息ついたら帰還してくれ。補給と入渠の準備は済ませておくから』

「はい、司令官」

 

 通信が切れ、一瞬沈黙が場を支配する。叢雲は腕と背筋を伸ばして体をほぐし、ドロップの有無を確認する。

 

「……ん?」

 

 すると、海の一画が光を放ち、そこから人影が現れた。黒く短めの髪、頭部の謎の発光ユニット、釣り目がちだが大きく愛嬌も感じさせる右目、そして左目に付けられた眼帯。

 身に纏うのは黒いカーディガンに黒いスカート、黒いニーソックスに黒いブーツ。指貫グローブをはめた手には独特な形状をした刀が握られており、()()はそれを肩に担いでいる。

 

「ふう、やっとこっちに来れたぜ……」

 

 現れた少女は首をゴキゴキと鳴らし、あくびを1つ。

 

「貴女は……」

 

 その声に反応し、少女は胸を張り、空いている右手で己を指差し、こう言った。

 

「おう、こうして()()()()()()のは初めてだよな。――俺の名は“天龍”。ふふ……怖いか?」

 

 ニヤリと笑い、ふてぶてしいまでの自信を滲ませた少女、天龍が横島鎮守府に加わった。

 

 天龍が加わることで横島鎮守府に如何なる騒動が巻き起こるのかは、まだ誰も知らない。

 唯一予想出来るのは……彼女の胸囲的な戦闘力により、横島が暴走するだろうということだけだ――――。

 

 

 

 

第十三話

『お姉ちゃんの本気』

~了~




艦娘の外見年齢ですが、煩悩日和では以下のようになります。

駆逐艦:小学生~中学生(一部例外あり)
軽巡洋艦:中学生~高校生
重巡洋艦:高校生~大学生
戦艦:大学生
空母:大学生(一部例外あり)
潜水艦:小学生~中学生(一部例外あり)

大体こんな感じで設定していきます。

例えば天龍は高校生(16歳~18歳)、那珂ちゃんは中学生(15歳くらい?)といった感じですね。
那珂ちゃんはもうちょっと上でもいいかもしれませんが、個人的に川内型は川内だけが高校生っぽいと感じたので那珂ちゃんは中学生くらいの外見とします。
神通も中学生くらいの外見です。ほとんど変わりありませんが川内だけが高校生くらいの外見なのです。(謎のこだわり)

ちなみによく年増扱いをされる足柄さんは21歳~22歳くらいとなります。
妹の羽黒は20歳~21歳くらい。教育実習生だからこんなもんでしょう。(?)

それではまた次回。

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