煩悩日和   作:タナボルタ

15 / 58
今回は天龍ちゃんがメインの話ですー。
タイトルからどういう内容かは察せるとは思いますが、果たしてどのようなことになるのでしょうか。


もし俺が嫁ぐなら

 

 海域からの帰り道、天龍は鎮守府について、そして横島についての説明を受けていた。

 

「……ふーん、提督はそういう奴なのか。話に聞いてた通りなんだな」

「はい。でも、凄く良い人ですよ! 優しいし、指揮もバッチリですし!」

 

 横島について……特にスケベな部分について叢雲が熱く語ったりしたおかげで天龍の声には呆れが含まれている。

 それについて吹雪が横島の評価を上げておこうと持ち上げていくのだが、天龍が呆れていたのは横島ではなく、叢雲だった。

 

 ――あの叢雲が随分懐いてるみたいだな。吹雪もそうだし、他の奴らもか……。人柄は良さそうだな。

 

 天龍は内心で横島についての評価を上げる。スケベなところに関しても特に気にしてはいない。男とは皆スケベなものであるし、“艦これ”という女の子しかいないゲーム世界に横島のような健全(?)な男子高校生が入り込んでいるのだ。自分達も多少は我慢をしなければいけないだろう。……あくまでも、()()()、であるが。

 

「ま、イイんじゃねえの? 俺としては普段は人が良さそうな(ツラ)してるくせに裏では何を考えてるか分かんねー奴よりも、分かりやすくド直球にスケベな奴の方がまだ好感が持てるし」

「うーん……分かるような、分からないような……」

 

 天龍の言葉に叢雲は唸る。天龍の言うことも分からないでもないが、やはりスケベなのは容認出来ない。しかもスケベなのに自分達駆逐艦娘には目もくれないのだ。プライドの高い叢雲はそこがどうしても引っかかる。

 まあ、自分に対してセクハラしてきたらそれはそれで全力で対処するのだが。

 

「――っと、もうすぐ到着だな。さて、一体どんな顔してやがるのかな……?」

 

 天龍は男の容姿について頓着しない。彼女が男に求めるものは、金でも名声でも容姿でも優しさでもない。彼女が男に求めるものは、たった1つ。

 はたして横島は、それも持っているのか――。

 

 

 

 

 ノックを3回。すぐに中から入るように声が掛かる。那珂を先頭に、海域に出撃していた艦隊が帰還し、執務室へと報告にやって来たのだ。

 

「那珂ちゃんアイドル艦隊、ただいま帰還しましたー!」

「お疲れさん。よくやってくれたな、那珂ちゃんアイドル艦隊のみんな」

「……恥ずかしいから連呼しないでよ」

 

 叢雲が顔を赤く染め、横島と那珂に抗議する。他の4人も恥ずかしそうにしているが、横島達は知らんぷりだ。

 執務室にいた深雪や白露などはニヤニヤとした笑いを叢雲に向けているし、時雨や白雪は苦笑を浮かべて場を静観している。

 

「提督、何と軽巡洋艦娘をドロップしたんですよー!」

「お、マジで?」

 

 那珂はニコニコとした笑顔で横島に報告する。那珂にとって、ちゃんと自分をアイドル扱いしてくれる横島への好感度は高い。提督ではなく、自分のマネージャーになってほしいと考えるくらいだ。

 そんな理由もあり、那珂は意外と気軽に横島とスキンシップをとったりもする。スキンシップ、とは言っても体の接触はほぼ無いのだが。今回は特別で横島の肩に手をやり、空いた方の手を執務室の扉へと向かって広げる。

 

「天龍ちゃん、入ってきてもいいよー!!」

 

 那珂の声と同時、執務室の扉が開く。ゆっくりと入ってきたのは横島と同年代と思しき軽巡洋艦娘、天龍。

 天龍は右手の親指で自分を指差し、自らの名を告げる。

 

「俺の名は天龍――……」

「生まれる前から愛してました」

「――ッッッ!?」

 

 気付けば天龍は右手を横島の両手で優しく握られ、とてもダンディー(笑)な声と爽やか(笑)な笑顔で口説かれていた。

 天龍は驚きから眼を大きく見開き、他の艦娘達はそのあまりの早業と節操の無さにずっこけている。

 

「早速アンタはトチ狂ったことをーーー!!」

「ふふふ、何を言う叢雲。俺はいたって冷静だ」

 

 とりあえずツッコミ担当の叢雲が横島に食って掛かるが、横島はそれを冷静に流す。しかし彼の言うことは完全に嘘だ。何故ならば彼の両目にはそれぞれ“煩”と“悩”の文字が書かれている。

 そんな状態でも……そんな状態だからだろうか。彼の眼は天龍のスタイルの良さに釘付けだ。

 大きく存在を主張するチチ、くびれた腰に少々大きめなシリ、ニーソックスによって僅かな段差ができ、その肉感をより顕著にしているフトモモ。

 横島の煩悩が高まる、溢れる。

 

「……俺達は初対面のはずだが……」

「愛は時空を越えるんです!! ぼかー、ぼかーもー!!」

 

 ついに辛抱堪らなくなったのか、横島は天龍に熱い接吻をしようと唇を突き出して迫る。

 周囲の艦娘――特に叢雲――は横島を止めようと動き出すが、それも遅い。

 

 ――その一連の動きを認識出来たのはたったの2人だけ。

 即ち、()()()()()の天龍と、()()()()()()()の横島だけだ。

 

「――……え?」

 

 その声は一体誰のものだったのか。目の前の光景に理解が追いつかない。

 いつの間にか天龍は横島の手から逃れており、その左手には刀が()()()()()()()()収まっている。

 いつの間にか横島は身を屈ませており、はらりと、数本の髪が床へと落ちていった。

 

 目の前の光景から察せられるのは、天龍が刀を振るい、それを横島が避けたということ。

 

 執務室に、沈黙が訪れる。

 

「……俺はさ、昔っから心に決めてることがあるんだよ」

 

 その静けさの中、天龍は横島に語りかける。彼女の口は歪な形へと姿を変えていき、やがては弧を描く。……笑っているのだ。

 

「俺も女だからな。いつかはどっかの誰かのとこに嫁いだりすんのかなーとか、そういうことを考えたりしたこともあるんだよ。……別に金持ちじゃなくてもいいし、偉いさんじゃなくてもいい。顔や頭も良くなくていいし、ま、最低限普通に扱ってくれりゃそれでいい」

 

 天龍は左手の刀を横島へと突きつける。彼女の眼は爛々と輝いている。それは興奮に、そして喜びに、だ。

 

「俺が唯一望むのは――相手の男が、()()()()()()()()……だ」

 

 横島のこめかみに一筋の汗が伝う。物凄く嫌な予感が背筋を駆け抜けていったからだ。

 

「さっきの一撃を避けられるとは思わなかった。さあ、1つ勝負といこうぜ? 俺に勝てたなら俺の事は好きにしていい。その代わり俺が勝ったら、提督には俺の言うことを聞いてもらうけどなぁ!!」

 

 一閃、言葉と共に天龍は刀を振り下ろす。それはやはり周りの皆には捉えられず、同じくそれを避ける横島の動きも認識出来なかった。

 

「やだ……この子、雪之丞(バトルジャンキー)と同じ匂いがする……。あ、もちろん汗臭いとかそういうことじゃないからな。天龍は凄くいい匂いするし」

 

 横島は余裕があるのかないのか、どうでもいいことを呟きながら天龍の攻撃を避け続ける。周りには艦娘達が大勢いる。ここでは天龍の攻撃に巻き込まれて、誰かが大怪我をするかもしれない。

 ここで横島が取るべき行動は1つ。

 

「戦略的撤退!!」

 

 横島は窓から身を投げ出し、外へと飛び出した。ちなみに執務室は鎮守府の最上階、3階に位置している。

 

「ちょ、ここは3階――!?」

 

 横島の飛び降りを見て正気に戻った叢雲は窓から横島の安否を確認するが、横島は普通にぴんぴんとしており、ズギュウウウウンという効果音を出しながら猛スピードで港の方へと走っていく。

 

「……え、えぇー……」

 

 叢雲を初めとして、皆は横島の人間離れした身体能力にドン引きだ。しかし、中にはそれを見てより一層笑みを深める者もいる。

 

「逃がすかぁ!!」

 

 当然天龍だ。天龍は横島と同様に窓から地上へと飛び降り、元気に横島を追いかけていく。いくら艦娘とはいえ、天龍は色々とおかしな身体能力を持っているようだ。

 

「あーもう、一体どうすりゃいいってのよ……」

 

 叢雲は頭をガシガシと掻き毟り、これからの行動に頭を悩ませる。

 初めに手を出したのは横島だが、それでも刀なんて凶器を使うのは大問題だ。これは流石に解体や近代化改修を申し付けられても擁護出来ない。

 

「あー、とりあえず追いかけないと。吹雪、皆と協力して天龍を――吹雪?」

 

 声を掛けられた吹雪は微動だにしない。ただ俯いて、何の反応も示さないのだ。訝しんだ叢雲が吹雪に近寄ると、吹雪の体が小刻みに震え始めた。

 

「吹雪……」

 

 吹雪が恐怖に震えるのもおかしくはない。あんなことがあったのだ。こうなるのは当然のこと――そう思っていたのだが。

 

「ふぶ――……っ!!?」

 

 突如吹雪から、ドス黒いオーラが溢れ始めた――。

 

 

 

 

「オラァ!! 待てや提督ゥッ!!」

「ぅわった、マジかアイツ!? 砲撃までしてきやがった!!」

 

 天龍は遂に艤装を展開し、背中の艤装に接続してある“14cm単装砲”をぶっ放した。しかし刀とは違って射撃精度は低く、横島に当たる事はない。

 

「どうした提督、俺が欲しいのなら戦って勝ってみせろぉ!!」

「のわああああああっ!!?」

 

 次に天龍が繰り出してきたのは“7.7mm機銃”による銃撃。これは天龍の刀に装備されており、刀身の上半分がスライドして銃身が顔を出す構造だ。

 その見た目、ギミックから天龍お気に入りの逸品である。

 その刀から吐き出された無数の銃弾は横島の足元に着弾し、横島にダンスを躍らせる。……ちなみに本当にタップダンスに見える。

 

「こんの……!!」

 

 ここまで来て、ようやく横島にも怒りが沸いてきた。右足を軸に半回転、そして左足を強く踏み出し、一気に天龍へと加速する。

 

「――へっ!!」

 

 嬉しそうな声を上げ、天龍は機銃で弾幕を張る。――しかし。

 

「――な、んだとぉっ!?」

 

 横島は、()()()()()()()()()()()天龍との距離を詰める。超速度で振るわれる両手には力強い翡翠の輝き――栄光の手(ハンズオブグローリー)が。

 

「いい加減に……っ!!」

 

 横島は右手で天龍の刀を掴み、左手を振り上げる。その左手は姿を変え、光り輝く剣の形をしていた――霊波刀。

 

「……せんかーーーーーーいっ!!!」

 

 横島が全力で振り下ろした霊波刀は天龍の頭頂部に命中、そして――

 

 

 

 

 ――スッッッパアアアアアアンッ!!! という乾いた音を響かせた。

 

()っっっ~~~~~~~~……!!?」

 

 天龍は頭を抱えて蹲る。右目には涙が溜まり、ぷるぷると自然に体が震えている。何とか眼を開いて横島を見上げてみれば、霊波刀は更に形を変え、何とハリセンとなっていた。

 

「は、ハリセン……?」

「まーったく、ちっとおいたが過ぎるぞこの野郎……」

 

 深い息を吐き、横島は栄光の手を消す。しゃがみ込んで天龍の眼を覗き込み、ヤクザか何かと間違われそうな形相で思い切り睨みつける。

 

「おうおうおう嬢ちゃん、えらいはしゃいでくれたのう、おお?」

「……っ」

「おかげで執務室はメチャクチャ、他の子らも危ない目に合わせよってからに……!!」

「……悪かったよ」

 

 横島の態度はチンピラだが、言っていることは至極当然のことだ。今回の天龍の行動は目に余る。

 

「ホンマに悪い思とんのか、ああーん? せやったらその体で今回のことを償ってもらおうか……?」

 

 女の子に対してネチネチと責めるのはあまり好きではないが――昔はよくやっていたが――これも天龍に反省を促すためのポーズである。いや本当に。

 こうまで言えば天龍も心から反省し、行動を改めるだろう。そう考えて天龍の顔を見ていたのだが……天龍は視線を彷徨わせたあと、ゆっくりと頷いた。

 

「……?」

「……いや、だから分かったって」

「……何が?」

「今体で償えっつったろーが」

「……」

 

 横島の動きが止まる。……ついでに思考と血の巡りと心臓も止まる。

 

「俺に勝ったら好きにしていいっつったしな。俺が欲しいなら勝って見せろとも言ったし。まさか本当に負けるとは思わなかったけど……」

 

 横島の体から徐々に煩悩が溢れ出す。ゆっくりゆっくりと、だが確実に強くなっていく。

 

「だからまあ、何だ……。提督さえ良ければだけど……()()()()

 

 横島の頭の中で、何かがプチンと切れるような音がした。

 

「ぐおおおおおおーーーーーー!! 天龍ーーーーーー!!」

「――ってコラ、いくら何でも外はやめろぉ!!」

 

 暴走してがばあと天龍に覆いかぶさる横島に、外では嫌だと叫ぶ天龍。しかし抵抗は言葉だけなのか、横島の暴走を止めるつもりは更々ないらしい。

 このまま天龍は横島へとその身を捧げ、この小説は18禁へとなってしまうのか?

 

 

 

 

「――司令官、天龍さん、何をヤっているんですか……?」

 

 そんなことはなかった。(笑)

 

 まるで地獄から響いているかのようなその声に、横島も一瞬で正気に戻る。同時に全身を貫く言葉では言い表すことが不可能なまでの濃密なナニか。

 それの影響か、横島も天龍も身動きどころか声1つ出すことが出来ず、ただガタガタと震えるのみ。

 

「……2人とも、いつまでそうやってくっついてるんですか?」

「はい、すんまっせん吹雪さんっ!!」

 

 2人は瞬時に離れ、彼女――吹雪の前に正座をする。そこからは説教の嵐だ。

 決して怒鳴り散らすのではなく、静かに、ただ淡々と2人の行動を叱っていく。それが何よりも怖い。そして、とても心が痛くなる。

 吹雪は眼に涙を溜めているのだ。彼女は怒りとか悲しみを通り越し、無感情となっている。

 それでも吹雪の眼には涙が浮かぶのは、彼女の生来の優しさから来るものなのだろうか。

 

 ……とにかく、2人は今回の行動を深く反省した。後で皆に謝りに行くように吹雪と約束をする。

 

 で、それはそれとして。

 

「2人にはお仕置きをします」

「……はい」

「……内容は何でございましょうか?」

 

 2人とも妙にへりくだっている。未だに吹雪の怖いオーラが消えていないからだ。

 

「お尻ぺんぺんです」

「……はい」

「……かしこまりました」

 

 吹雪は2人が納得したことに頷き、()()()()()()()

 

「……ゑ?」

「……ヱ?」

 

 艦娘は艤装を展開した時のみ、超常の力を発揮する。……つまりはそういうことだ。

 

「はい司令官、こっちに来てくださいねー」

「……はい」

「パンツ下ろしますよー」

「……はい。……はいっ!!?」

 

 思わず吹雪の顔を見る横島。直後、見なけりゃ良かったと後悔が過ぎる。

 吹雪の眼は完全にハイライトが無くなっており、まるで亀裂を思わせるようなエガオを浮かべ、ニッコリとワラっていたのだから――。

 

 

 

「あ、ああ……!! いやあああああああああああああああ!!!??」

「はいはーい、抵抗しないで下さいねー」

「だ、駄目えええぇぇ!!? そういうのは大人になってからやおーーーーーー!!?」

「大丈夫、その手の業界ではご褒美ですからねー」

 

 横島は必死に抵抗するが、謎の力が作用しているのかまるで効果はない。天龍はその光景を見ながら、自分の臀部に手を振れ、「2つに割れたりすんのかな……」などと現実逃避をしていた。

 

 その後、この顛末を知った皆から同情され、酒を酌み交わし、一切の遺恨無く仲間として受け入れられた天龍の姿が見られたそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

第十四話

『もし俺が嫁ぐなら』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

天龍「あれから吹雪とか駆逐達が提督に引っ付いて何も出来ん……」

吹雪「またナニかする気デスか……?」

天龍「ひぃっ!? ごめんなさいもうしませんっ!!?」

吹雪「分かればいいんです」

天龍「ふふ……怖い……」

 

横島「……あれ? 今考えたら俺、ナンパがちゃんと成功(?)したのって始めてじゃねーか? 天龍も結構その気っぽいし、遂に俺も大人の階段を上る時が来たのか……!?」

吹雪「司令官……?」

横島「ひぃっ!? ごめんなさい何でもないですっ!!?」

吹雪「分かればいいんです」

横島「布団を被って寝てしまおう!! 寝れば怖くない!! こんな現実からは逃避するに限るのだ!!」

 

 

 

 

吹雪「……もうちょっと私の事も見てくれればいいのに……」

 




お疲れ様でした。

煩悩日和での天龍ちゃんはこんなキャラです。
ちなみに天龍お気に入りの刀は天龍が自作したという設定で。

相方の龍田さんはいつ頃の出番になるかな……?

それではまた次回。




さーて、当初考えていた結末と全然違うものになっちゃったぞー。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。