煩悩日和   作:タナボルタ

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今回、煩悩日和としてはどえらい長くなってしまいました。
そして煩悩日和なのにわりと重い話になってしまいました。


おかしい……こんなはずでは……。

ちなみに今回から艦これにGS美神要素が混ざってきます。
と言ってもあまり詳しく掘り下げはしませんが……。

それではまたあとがきで。


魂の輝き

 

「はぁい、ボーキサイトゲット~」

 

 何故か海面にプカプカと浮かんでいるボーキサイトを拾い、龍田が喜びの声を上げる。

 南西諸島防衛線の攻略が始まり、第一艦隊の皆は早くもボスマス直前にまで到達していた。今回の航路もA、C、Dという安全なルートであり、戦闘は最初と最後のボスとの二回だけ。あとは鋼材とボーキサイトを手に入れられるという、安全かつ楽なルートだ。

 最初の戦闘も完全勝利で終わったし、燃料も弾薬もまだまだ余裕はある。ただ、それだけに天龍には少々の不満があった。

 

「まーた戦闘は無しかよ。運が良いってのも考え物だよなー」

 

 天龍は戦うことが大好きな艦娘だ。だからこそ前回や今回のように戦闘が少ないルートを進むことに不満が募る。このような安全なルートを進むほうがいいということは自分でも分かっているつもりだが、それでもついつい愚痴を零してしまう。

 

『そう言うなって、天龍。みんなが怪我なく済んでるんだからいーじゃねーか』

「あー、そりゃ分かってるんだけどな……」

 

 横島の言葉に天龍は頭を掻く。どうにも戦いに飢えているようだ。

 天龍が横島の鎮守府に来てからというもの、彼女が満足するような戦闘は一つも無かった。唯一あったとすればそれは横島との一件だろうが、自分達の提督と戦うなど有ってはならないことであるし、そもそもそんなことを他の艦娘が許すはずもない。特に吹雪が。

 先日の1―3“製油所地帯沿岸”での戦闘も不満だらけだった。ボスとの戦い。相手は()()。それを考えると天龍は心が躍ったものだがしかし、現実は理想のようにはいかなかった。

 

 初めての戦艦との戦い。横島は“戦艦ル級”の姿を確認する前に、大淀に戦艦の情報を聞くことにした。ちらりと視線を大淀に向けると、彼女は艦これにおける戦艦の特徴を説明し始める。

 

『戦艦の特徴ですが、やはり圧倒的な火力と防御力がまず挙げられますね。昼間戦闘では戦場に一隻でも存在すれば夜戦に入るまでの時間が倍になりますし、夜戦での連続――』

「……あ、一発でル級の頭が吹き飛んだ」

『ぅええええ゛っ!!?』

 

 まさか説明の最中に戦艦が一発で沈むとは思わなかった。そのお陰で横島は戦艦ル級がどのような姿をしていたのか確認出来ていない。その後大淀から戦艦についての説明を受けはしたが、結局姿は分からないままである。

 話を戻すが、あの時は皆たまたま攻撃が良い所に当たったのだと思っていた。しかし、今考えればあの時から天龍は異常な攻撃力を発揮していたのだろう。()()()()()()()()()()()()()()

 

『……それにしても、天龍ちゃんって攻撃する時にピカピカ光って羨ましいなー。那珂ちゃんもああいう風に光って目立ちたい』

『……はぁ?』

 

 羨ましそうに天龍を見つめながらの那珂の言葉に、曙が疑問の声を上げる。ちなみにだが今回から端末が縦横二メートルの大きな液晶に繋がれ、横島の端末を覗き込まなくても戦闘の様子を見ることが出来るようになっている。この工作は明石がほんの数分でやってくれました。

 

『黒と赤がいかにも天龍っぽくていいよね』

『夕立も光りたいっぽい』

『は……え……?』

 

 時雨と夕立の言葉に、満潮が困惑する。周りを見れば、自分と同じように困惑する者と、那珂や時雨達のように天龍が何らかの光を放っていると認識している者とで分かれている。

 

『天龍さんが光ってるって……何の話をしてるのかしら? 響と暁は何のことか分かる?』

『おや……雷には天龍の光が見えていないのかい?』

『え、あんなに光ってるのに?』

 

 暁達第六駆逐隊でも意見は割れている。皆の話を聞く限り、どうやら天龍の光が見えているのは暁・響・霞・睦月・皐月・時雨・夕立・初春・那珂の九人。戦闘に出ているメンバーでも吹雪と叢雲、そして天龍本人には見えており、他の艦娘には何も見えていないようだ。

 

『……一体、どういうことなのでしょうか……?』

 

 横島鎮守府に起こった謎の現象を前に、大淀も不安を抱かざるを得ない。もしや、何かまたバグや不具合でも発生してしまったのだろうか。こういったことは初めてであり、皆が恐怖を胸に抱く。

 

 しかし、その答えはあっさりと齎された。

 

『ありゃ霊力の光だな。見える子と見えない子がいるのは、単純にそういうのが見えるかどうかってだけだよ』

 

 何でもない事のように、横島が告げる。その余りにもあっさりとした言い方に皆が一時沈黙するが、いち早く正気を取り戻した大淀が皆を代表して横島に問う。

 

『……えっと、霊力……ですか?』

『ああ、霊力』

『霊力というのは一体……?』

『ん? あー、そうか。えっとだな、霊力ってのは――』

 

 横島は大淀や皆の様子から、自分が当たり前だと思っている霊力が一般的には全然当たり前の存在ではない事を思い出した。

 そうして始まる横島提督の霊力講座。と言っても霊能力者としての知識が足りない横島に詳しい説明が出来るわけでもなく、結局は霊力とは魂の力であり、それが見えるということは霊能力者としての素質があるということだけが分かった。

 

『それじゃあ、夕立達も天龍みたいにピカピカ光れるっぽい?』

『あー、訓練すれば出来るだろうけど……まあ、人それぞれだな』

 

 ――――それにしても、天龍のは霊力っつーよりも……。この間のヲ級といい、艦娘と深海棲艦の関係性は大体分かってきたな……。依頼内容の“何で魂が”ってのは全然分かんねーけど。

 

 天龍の放つ力の波動を思い起こしながら、横島は思考を巡らせる。先日のヲ級の生体発光(オーラ)、そして天龍の霊波の光によって大凡ではあるが艦娘と深海棲艦の関係を把握。

 それは、()()()()()()()()()()()()()()()()。横島は、この関係性を持った存在達を知っている。

 

『ま、それはともかく――――来たか』

 

 真剣味を帯びた横島の言葉に促され、皆はモニターに視線を寄せる。海を駆ける天龍達の前に現れた、六つの人影。ついに、ボスとの戦いだ。

 

「敵艦見ゆ!! 空母ヲ級が2、重巡リ級が2、軽巡ヘ級、駆逐ニ級だ!!」

『ヲ級とリ級が2体ずつ……!!』

 

 天龍の報告に大淀が驚きを表す。以前大淀から教えられた情報の通りならば、彼女達は大変な脅威である。

 

『あの時の子とは違うか……!! 全員!! 上から来るぞ、気を付けろぉっ!!』

 

 横島の声に、艦隊の皆は上空を見上げる。視線の先に存在したのは黒い飛翔体。

 ――空母ヲ級が放った、航空部隊だ。

 

『対空迎撃!!』

「了解!!」

 

 白雪と電、そして天龍が12.7mm機銃で敵航空部隊に弾幕を浴びせる。……だが、それによって落とせた数は少なく、大半は弾幕を回避し、攻撃をしかけてくる。

 

「ちっ! 全員、避けろぉ!!」

 

 敵艦による開幕爆撃が始まる。

 天龍は爆撃の中、霊力によって高まった瞬発力を活かして回避していく。今の天龍にはその程度のことは造作もない。射撃の腕が悪いせいで数を削ることは出来なかったが、それでも相手の攻撃をかわすことは容易い。この爆撃が止んで、こちらの攻撃が可能になればすぐにでも敵を倒せるだろう。

 

 ――――天龍はそれが当然であるかのように考えていた。

 

 天龍の考えには正しいところもある。確かに彼女の攻撃力があれば、当たれば敵艦を軽く沈めることは出来るだろう。彼女のスピードがあれば、避け続けることも不可能ではない。

 ……だが、それが出来るのは()()()()()

 

「く……っ、うぅ……!!」

「……っ!? おい、龍田!! そっちは――!?」

 

 龍田から苦悶の声が漏れる。それを()()()聞くことが出来た天龍がそちらに目をやれば、爆撃から必死に逃げている龍田の姿が目に入った。

 そして、天龍には見えている。龍田の直上に、敵の艦載機が迫っているのを――――!!

 

「龍田ぁっ!!!」

 

 何故逃げない? 何故そこにいる? 見えないのか? 気付いていないのか?

 様々な疑問が一瞬の内に脳裏を過ぎり、新たに疑問が生まれていく。

 龍田は練度が低い。龍田は天龍のようにデタラメな力を持っていない。龍田は戦闘経験に乏しい。龍田は、弱い。

 それは分かっていたことだ。理解していたことだ。提督である横島も言っていた。足手まといになると言っていたのだ。

 

 だというのに、()()()()()()()()()()()()()()()――――?

 

「……っ!!!」

 

 天龍は全力で駆ける。あの時自分は何と言った? 自分は、龍田を、守ると言った。

 敵艦載機が爆弾を投下する。そこでようやく龍田は直上の敵に気付いた。自らに落ちてくる爆弾を目に収める龍田の表情は、驚愕と恐怖によって歪められていた。

 それを見た天龍の中で、何かが弾けるような音がした。

 

「――――龍田あああぁぁっ!!!」

 

 爆発、爆光、爆音、衝撃、そして痛みが龍田を襲う。海上をその身体が滑っていき、何とか体勢を立て直そうとする。しかし、それは出来なかった。身体に、何か重いものが圧し掛かっている。

 

「一体何が……」

 

 爆発の光に焼かれた視界が回復し、自らに圧し掛かっている物の全容を視認する。瞬間、龍田に心臓が凍ってしまいそうになるほどの寒気が走った。

 彼女に圧し掛かっていた――覆いかぶさっていたのは、天龍だったのだ。

 

「て、天龍ちゃん!? 天龍ちゃんっ!!」

 

 必死の形相で天龍の身体を揺する龍田。艤装が損壊し、衣服が破れている天龍の状態はとても無事であるとは言いがたい。もしかしたら、彼女は既に撃破されており、このまま海のそこへと沈んでいってしまうのかも知れない。

 そんな最悪の想像が龍田の脳裏を過ぎり、天龍を揺する力がどんどんと強くなっていく。

 

()って!! いたっ! いだだだだだだだだっ!!?」

「っ!? 天龍ちゃん!!」

 

 龍田の力が強過ぎたのか、天龍が涙目になりながら龍田の手を払いのける。龍田が掴み、揺すっていたのは怪我をしていた部分。天龍が痛がるのも無理はなかった。

 

「無事だったの、天龍ちゃん!?」

「この姿が無事に見えるのか、お前には……中破、だな」

 

 一瞬、限界以上の力を出せた天龍は龍田を抱きかかえ、何とか爆撃から守ることが出来た。だがその代わりに爆撃を天龍が受け、艤装が半壊し中破状態となってしまった。特に酷いのは足だ。これでは自慢の瞬発力も活かせない。

 深海棲艦……恐らく重巡と駆逐であると思われる2隻が、天龍達を狙って行動を開始した。今の2人は格好の獲物。手負い、弱者から落とすのは常套の手法だ。砲撃が天龍達を襲う。

 

「天龍ちゃんっ!!」

「なっ!? おい、龍田!!?」

 

 龍田は天龍に肩を貸し、回避行動をしながらも攻撃から天龍を庇う。直撃は未だ無いが、それでも至近弾による衝撃が2人を襲い、徐々にその身に傷を増やしていく。

 

「龍田!! 俺は置いてお前は――」

「駄目!! 天龍ちゃんを置いてなんていけない!!」

 

 龍田は天龍を守りながら、必死に吹雪達の姿を探す。今の自分達だけではもう相手の攻撃を避けることすら難しい。せめて、天龍だけでも仲間の下へと届けたい。

 こうなったのは自分のせいだ。弱い自分がこうして出てきたから、天龍をこんな目に遭わせてしまったしまったのだ。

 だから、守る。先程自分は守られたのだ。今度は自分が守らねばならない。既にこの身は大破状態なれど、せめてそのくらいはしなければならない。天龍を守らねば――――。

 

「キャアアァっ!!?」

 

 立て続けに2人の前後に砲撃が着弾する。その衝撃に龍田はついにバランスを崩し、天龍を巻き込んで転倒してしまう。そして、敵はそんな隙を見逃さない。重巡リ級は嫌らしく口元を歪め、主砲の照準がピタリと2人に合わせられる。

 轟音が響き、猛烈な速度で砲弾が迫る。――避けられない。天龍と龍田は瞬時にそれを悟った。

 

「天龍ちゃん、提督、ごめんね……私が提督の言うことを聞いていれば……」

 

 それは、龍田の呟き。

 

(わり)い。龍田、提督……。俺が馬鹿だった」

 

 それは、天龍の呟き。

 共に死を前にした2人の呟きは同時に零れ、しかし誰の耳に入ることなく消えていく。迫る砲弾は風切り音を鳴らしながら目前へと迫ってきていた。

 これが油断と慢心の結果である。重巡リ級の砲撃は2人に直撃し、その身を砕き、海の底へと沈めてしまうだろう。天龍も龍田も、死を目前に加速する意識の中、それを疑わなかった。

 

 

 ――――しかし、そうは問屋が卸さない。

 

 

「――っ!?」

 

 2人の前に割って入る、1つの影。それは小さな身体に不釣合いな厳つい艤装を身に纏う少女。

 足を肩幅よりもやや広めに開き、膝を軽く曲げて重心を低く。両手で持った錨の握り手の部分を、顔の前に出した位置に。

 タイミングを合わせ、足を踏み出し、腰を入れて錨を全力で振りぬき、砲弾を真芯で捉える!!

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(1カメ・正面から電を映している)

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(2カメ・側面から電を映している。スカートが大きく翻っているのが良く分かる)

 

 

 

 

「イナズマ!!!」(3カメ・背後から電を映している。スカートが翻っていることにより、彼女の白いパンツが画面に映ってしまった)

 

 

 

 

 

「ホオオォームランッ!!! ――――なのです!!!」

 

 “カッキイイイィィーーーーーーン!!”というとても心地よい快音を響かせ、重巡リ級が撃った砲弾は電に打ち返され、打球は何と駆逐ニ級へと突き刺さり、撃沈させる。見事なライナーに重巡リ級も心を奪われたのか、大口を開けて完璧に動きを止めている。

 

「――何を呆けているのかしら……?」

「――っ!!?」

 

 背後から耳元に囁かれる様に聞こえる涼やかな少女の声に、ようやくリ級は恐怖と共に正気を取り戻す。だが、それは余りにも遅過ぎた。

 顔面に砲撃。顔面に砲撃。顔面に砲撃。砲撃も6回を越えると、リ級は海の底へと沈んでいった。

 

「……」

 

 天龍も龍田も、一言も発することが出来ない。それも当然だろう。一体誰が砲弾を打ち返して敵艦を沈めると思うだろうか。しかもそれを為したのが、あの大人しい電であるなどと……一体誰が思うだろうか。

 

「大丈夫ですか、お2人とも……」

「えっ!? あ、白雪……?」

 

 気遣うような声が天龍達に掛けられる。それは白雪のもの。白雪は2人に手を貸し、ゆっくりと立ち上がらせる。そこに今度は吹雪も駆けつけてきた。

 

「みんな!! 天龍さん達の状態は!?」

「天龍さんは中破状態。龍田さんは……大破状態」

 

 吹雪の問いに答えたのは白雪。皆は2人を守るように展開しており、天龍達を気にしながらも意識は未だ敵艦達に向いている。――それは、天龍達には出来なかったことだ。

 

「まっっったく!! いい気になってるからそんなことになるのよ!! 慢心もいいところだわ!!」

「……」

 

 自分達を詰る叢雲の言葉に、天龍達は何も言い返せない。事実、その通りだからだ。

 

「そこまでだよ、叢雲ちゃん。今はこの状況を乗り切ることを考えないと」

「……分かってるわよ。それで、どうすんの?」

 

 吹雪の言葉に叢雲は不承不承に頷く。自分も同じ経験があるだけに、これ以上強く言うのも気まずいものがあるのだろう。

 

『みんな、聞こえるか?』

「司令官!!」

 

 敵艦を見据え、膠着状態に陥っていた吹雪達に、横島の通信が届く。

 

『天龍、龍田……良かった、何とか無事みたいだな……』

「……!!」

 

 横島の言葉が天龍と、そして龍田に突き刺さる。そうだ。横島は最初から自分達の身を案じていたのだ。それを自分達は踏みにじった。油断と慢心。それに溺れていた自分達を心の底から心配する横島の言葉が、今の自分達には痛い。

 

「提督……すまん。俺は、自惚れてた……!!」

 

 悔しさに、情けなさに、不甲斐なさに、自分への怒りと悲しみに満ちた声が天龍から溢れる。

 龍田を守ると言った。だが、実際にはどうだ? 守られたのは自分の方だ。自分の余りの醜態に天龍は涙が出そうになる。

 

『天龍……』

 

 打ちひしがれる天龍の姿に、横島は何も言えなくなる。2人の慢心を知りながら出撃の許可を出したのは自分だ。必要なことだと、そう思ったから。

 

『……天龍、龍田。動けそうか?』

「……速度を、出さねーなら」

「私も、何とか……」

 

 2人の答えを聞き、横島は数秒考えを巡らせる。横島の周囲の皆も何も口には出さず、固唾を呑んで見守っている。

 しかし、そんな時間がいつまでも続くはずはなく、ついに敵艦が動き始めた。

 

「司令官!! 敵が動き始めたわよ!!」

『……吹雪、叢雲、電!! 相手を牽制して時間を稼いでくれ!! 白雪は天龍と龍田と一緒に相手の攻撃範囲から一時離脱!!』

「了解!!」

 

 横島の指示を受け、皆が行動を開始する。残る敵艦は空母ヲ級が二隻、軽巡ヘ級が一隻。駆逐艦三隻でまともに相手をするには厳しい布陣だ。しかし、やるしかない。やってやれないことはない。むしろ、倒す。それくらいの気合が丁度良いだろう。

 

「ついてらっしゃい!! 吹雪!! 電!!」

「うん!!」

「はい、なのです!!」

 

 叢雲を戦闘に、3人が駆ける。

 

「天龍さん、少しだけ我慢してくださいね」

 

 白雪は天龍の負傷した足に布を巻きつけ、きつく固定する。随分と慣れた手つきに天龍は感心する。心なしか、痛みも引いてきた。

 

「悪いな、白雪。面倒かけちまって」

「いえ、気になさらないで下さい。私は戦闘が苦手ですので、せめてこれくらいは……」

 

 天龍は足を動かし、具合を確かめる。今までのような動きは出来そうもないが、それでも先程よりは随分とマシだ。

 

「……よし、これなら」

 

 天龍は刀を握りなおし、キッと吹雪達が戦っている場所に目を向ける。ヲ級からの攻撃をよくかわしているが、それでもどんどんと手傷を負っている。このままでは、危ないかもしれない。

 

 今も自分を情けなく思っている。不甲斐なく思っている。気を抜けば自己嫌悪で今にも倒れてしまいそうだ。それでも、今ここで戦いに赴かなければ、自分がここにいる価値は無い。

 悩むのは後だ。省みるのは後だ。沈むのは後だ。心を切り替えて、心を決めて、吹雪達を助けに行く。

 

「天龍ちゃん……」

 

 再び戦場へと戻る天龍を、龍田が心配そうに見送る。今の自分では役に立たない。身体もそうだが、何より()()()()()()()()()。こんな状態で助けに向かっても、敵艦の助けになってしまう。それはただの自殺である。しかも、味方を巻き込んだ。

 

「龍田さん……」

 

 白雪の脳裏に、かつての自分の姿が過ぎる。横島に良い所を見せようと無茶をして、結果自分と妹を危機に陥らせた。

 今回のこともあの時に似ている。自分が艦隊に選ばれた理由。自分がここにいる理由。白雪はそれが分かった様な気がした。

 

「……龍田さん。私も、今回のことと似たようなことをしてしまったことがあるんです」

「え……白雪ちゃんが?」

「はい。私は、司令官に良い所を見せようとして、それで無茶なことをして……」

 

 そうして語られたのはあの時のこと。それを聞いた龍田に、疑問が浮かぶ。

 

「怖く、なかったの? 失敗をして、姉妹艦に迷惑を掛けちゃって、それでもまた戦うなんて……」

「……怖かったですよ。怖かったですけど、戦わずにいて、叢雲ちゃんを失う方がもっと怖かったです」

「あ……」

「それに……」

 

 白雪は()()()()を思い出す。今思えばあの言葉は自分をリラックスさせる為に言ったのだろうが、それでも自分はその言葉を本気にしてしまった。しかもその言葉の通りにしたら上手くいったのだから不思議なものだ。

 

「……それに?」

 

 龍田は急に言葉を切った白雪に戸惑い、小首を傾げている。こういった仕草が似合う龍田が、白雪は羨ましい。

 

「それに……司令官に、魔法の言葉を教えてもらったんです」

「魔法の、言葉……?」

「はい」

 

 それは聞くだけで勇気が出る言葉。勇気が出て、戦えるようになる言葉。

 

「――“それはそれ、これはこれ”」

「……え?」

「まず心に大きな棚を作り、そこに罪悪感や責任感といった感情を一旦置いておく。そしてありとあらゆる悪いことの全てを敵のせいにして、心に湧き上がって来る理不尽な怒りを相手にぶつけてやるんだ――って」

「……えぇー」

 

 何故か爽やかな笑顔を浮かべながら、白雪は最低な言葉を述べる。これには龍田もドン引きだ。

 

「提督、純粋な駆逐艦の子に何を教えて――」

「私はこの言葉のお陰で戦えるようになりました」

「染まっちゃってる……!!?」

 

 いや、話の流れからそうなることは分かっていた。分かっていたが本当にそうなるとは思っていなかった。しかも白雪は何だかとっても綺麗な思い出話を聞かせているかのような綺麗な瞳で当時の心境を語っている。

 その姿は、龍田には眩しく見える。横島の言葉の意味も、それを今教えてくれた白雪の考えも、何となく理解出来た。そして理解出来たと同時に、白雪と話していて心が軽くなったことも理解した。何だかその言葉は、自分に合っているかのように思える。

 

「もしかしたら、本当に魔法の言葉なのかもね~……」

 

 龍田は誰にも聞こえないように呟く。今の彼女の瞳は澄んでおり、先程までのような今にも折れてしまいそうな雰囲気は無くなっている。

 

「白雪ちゃん」

「はい、何でしょうか?」

 

 話に夢中になっていた白雪に声を掛ける。白雪はそんな自分に頬を赤らめながらも、即座に反応を返した。

 

「私は大丈夫だから……天龍ちゃんを助けに行って」

「え、でも……!」

「お願い。白雪ちゃん」

 

 龍田は真っ直ぐに白雪を見つめる。その瞳に迷いはない。強く、澄んだ瞳。

 白雪は迷う。迷うが……龍田の意思を、尊重することにした。

 

「危なくなったら逃げてくださいね! 絶対ですからね!」

「は~い。分かってる」

 

 何度か振り返りながら、それでも白雪は戦場へと戻る。龍田は白雪を見送ると、徐に14cm単装砲を構える。

 

「それはそれ……これはこれ……」

 

 龍田は自分の集中力が極度に高まっていくのを感じる。戦場を走る味方、そして敵、その全ての動きを感知出来るように。

 

「理不尽な怒りを……相手にぶつける……死にたい(ふね)は、どこかしら」

 

 何かが、見えた。

 

 

 

 

「オラアッ!!」

 

 天龍の刀での一撃が軽巡ヘ級へと叩き込まれる。ヘ級はその一撃に耐え切れず、青い血を流しながら水底へと沈む。天龍は即座に離脱。止まっていては空母ヲ級の格好の的だ。

 

「よい、しょおっ!!」

「これなら……!!」

 

 叢雲、そして吹雪が一体のヲ級へと攻撃を集中させる。そのヲ級は身を捩じらせるが効果はなく、砲撃によって吹き飛ばされる。これによってこのヲ級は大破。ようやく片方の戦力を削ぐことが出来た。

 残る戦力は小破した空母ヲ級一体のみ。このままいけば勝てる。誰もがそう思った。

 

 ――その瞬間こそが、最大の危機を招く。

 

 既にヲ級は攻撃準備を完了している。掲げられた杖。あれを振り下ろされた時、ヲ級の頭部から艦載機が発艦し、吹雪達を襲うだろう。白雪を除き、皆は中破状態。攻撃を食らえば、ひとたまりも無い。

 

「――ヲ」

 

 勝利を確信したヲ級は最後の命令を下す。これが勝利の一撃となるのだ。

 

「ヲヲ゛ッ!!?」

 

 ――――突如、ヲ級の頭が何かに弾かれたかのように強烈な衝撃が襲った。その感触は砲撃。そう、ヲ級は砲撃されたのだ。

 吹き飛ばされるままに視線を周囲に彷徨わせる。自分の周りにいた者で砲撃準備を終わらせていた者はいなかった。ならば、一体誰が、どこから――!?

 

「……ッ!!」

 

 見つけた。それは自分の攻撃が届く範囲ではなく、砲撃してきた相手は大破している。艤装も壊れ、まともに撃つことも難しいだろう。しかし、その艦娘はそれをしてのけた。小憎たらしく蔑んだかの様な目で、ヲ級に対して舌を出しているその艦娘は龍田。

 ヲ級が自分の勝利を確信した時を狙い、狙撃したのだ。

 

 ――――慢心による最大の危機は、誰にも訪れる。それは、当然深海棲艦にもだ。

 

「……ヲヲヲッ!!」

 

 ヲ級は何とか体勢を立て直すと、すぐさま杖を振り下ろす。未だ自分は負けていない。勝つために、艦載機を発艦させる。だが……。

 

「………………ヲ?」

 

 艦載機はいつまで経っても発艦しない。ヲ級の思考が止まる。彼女は理解出来ていないのだ。先程の龍田の狙撃により、自らが中破状態になったことを。

 

『――今だみんな!!』

 

 戦場に横島の声が響く。それと同時、戦場が暗く、闇に染まっていく。駆逐艦と、そして軽巡洋艦が最大の力を発揮できる舞台。

 そして、空母を完全に無力と化してしまう処刑場。

 

 

 

 ――――我、夜戦に突入す!

 

 

 

 先陣を切るのは吹雪。狙いをヲ級から()()()()()、魚雷と砲撃を同時に行う。

 

「行っけえええぇぇ!!」

 

 吹雪から放たれる攻撃は彼女がわざと狙いを外していたこともあり、ヲ級は辛くも避けることが出来た。しかし、次はそうはいかない。吹雪の攻撃を避けたことにより、ヲ級は完全な死地へと誘われたのだ。

 

「――ヲ!!?」

 

 ヲ級の身体に軽い衝撃が走る。そう、彼女が逃げた先、そこには大破状態に陥っていたもう1人のヲ級が存在していたのだ。

 

「さすが吹雪、ってところかしらね」

「本当。みんなのお姉ちゃんだけはあるよね」

 

 ヲ級達の正面には叢雲が、左側には白雪が攻撃準備を整えて立っていた。駆逐艦での、十字砲火である。

 

「海の底に、消えろおおぉっ!!」

 

 叢雲の咆哮を合図に砲撃が重ねられる。逃げ場は無い。訪れるのは確実な死である。

 ……それでも、彼女はそれに必死に抗った。

 

「――――ッ!!!」

 

 着弾、爆発。大きな爆炎が夜戦空間を照らす。本来ならば彼女達の命を根こそぎ奪うであろうその攻撃も、今回は1人分の命を散らすのみに終わった。

 立ち上る爆炎の中、動く1人分の影が見える。

 

「そんな!? あの攻撃に耐えたの!?」

「――違うのです!! 片方が、もう片方を盾にしたのです!!」

 

 中破状態だったヲ級が逃げられないと悟り、大破に追い込まれていたもう1人のヲ級を盾にしたのだ。

 死にたくない。沈みたくない。誰だってそう思う。艦娘も、深海棲艦も、誰もがそれを心に刻んでいる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()と――――。

 

「ヲ……ヲ、ヲ……」

 

 ……しかし、彼女の命は風前の灯だ。死にたくないと仲間を盾にしたが、それでもその攻撃を完全に防ぎきれるわけがない。

 ヲ級は既に撃沈寸前。しかし、その眼には未だ闘志は消えていない。殺意は消えていない。その暗い瞳に艦娘達は恐怖を抱く。それでも。

 

『――天龍!!』

 

 横島の声に応える様に、天龍は刀を掲げ、今ある力の全てを込める。

 横島が自分の名を呼んでくれた。横島は下手を打った自分をそれでも信じ、こうして名前を呼んでくれる。それだけで、天龍は胸の中が熱く、炎が燃え盛るように力が湧いて来る。

 

『――お前が決めろぉっ!!』

 

 天龍の身体から霊波が噴き上がる。

 それは黒く輝き、赤い放電を伴った彼女の魂の輝きだ。

 

「――了解!!!」

 

 強く強く、一歩を踏み出す。それは、まるで音を置き去りにするような速度で。ただ真っ直ぐに、ただ力強くヲ級へと肉薄する。

 

「天龍さん!!」

「天龍!!」

「お願いします……!!」

「天龍さぁんっ!!」

 

 吹雪の、叢雲の、白雪の、電の声が聞こえる。こんな自分を信じてくれる、皆の声が。

 天龍の霊波が刀身に集中。それは輝く巨大な刃となり、その刃はまるでそこにあるだけで闇を斬り裂くかのように、刀身の周囲だけが夜戦空間ではなく通常の空間の色を取り戻している。

 

『天龍!!』

「天龍ちゃん!!」

 

 声が聞こえる。自分が最も信頼する、横島と龍田の声が。

 

『やっちまええぇ!!』

「やっちゃええぇ!!」

 

 それが切っ掛けとなったのか、天龍の力は最高潮へと達した。振り下ろすのは光輝と化した巨大な剣。それは光を放ち、闇を切り裂きながらヲ級の身体を飲み込んだ。

 

「おおおおぉおおぉぉらぁぁあああぁぁあああぁっっっ!!!」

 

 天龍が渾身の力を込め、刀身の霊波を解放する。瞬間、光が爆ぜ、夜戦空間の一切の闇を消し飛ばした。

 その光に身体を消し飛ばされながら、ヲ級はどこか心地よい気持ちで意識を消失させていく。その光は、いつかどこかで見たような、懐かしく感じるものだったからだ。

 暗い水底ではなく、明るい太陽の下で。そんな光景を幻視させる、強烈ながらも優しい光。

 

 

 

 ――――はたしてそれは、本当に幻視だったのだろうか。

 

 

 

 

「……提督」

『おう』

 

 夜戦空間が消え、通常の空間へと戻る。

 周囲に敵影は無し。――――勝利、したのだ。

 

「……勝ったぜ」

『……おう、お疲れさん』

 

 天龍を労わるように、横島は優しい声で応える。何故か、天龍は泣きそうになった。

 天龍は潤んだ眼を乱暴に擦ると、勢い良く振り返り、艦隊の皆に見えるように、思い切り拳を振り上げた。

 

「――――勝ったぞおおおぉぉっ!!!」

 

 勝ち鬨を挙げる天龍に、皆が殺到する。大小様々な怪我を負いながらも、それでも笑顔を浮かべて。

 もしかしたら、一歩間違えれば自分はこの光景を見ることは出来なかったのかもしれない。そう考えると知らず震えが来てしまう。

 

 それでも。例え挫けそうでも。それでも、天龍は前へと進もうと思った。

 横島が、龍田が――――皆が自分に向けてくれる信頼に、応えていきたいから。

 

 

 

 

第十七話

『魂の輝き』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

横島「……」

大淀「何とかなりましたね……」

横島「……」

大淀「私にも責任の一端はありますからね。実は気が気でなかったんですよ」

横島「……」

大淀「……あの、提督? さっきからどうし――」

横島「……ごぶぅっ!!?」

大淀「キャアアァァッ!? 提督が吐血したー!!?」

横島「良かごふぅっ!! 天龍と龍田が無事でぐぶっ!! ごふっ、がはぁっ!!」

大淀「し、喋っては駄目ですうううぅぅ!!」

 

~横島、胃に大穴が空くの巻き~




お疲れ様でした。

天龍ちゃんの強さは霊力が関係していました。

天龍ちゃんの霊力の光は黒と赤。黒い光に赤いスパークが走っています。中二チックですね。


それにしても中盤のイナズマホームランが話の内容的に邪魔になっちゃったなぁ。
書きたかった部分なので後悔はしていませんが、反省はしています。

しかし、1―4でこの長さだと、2―4とかはどうなってしまうんだ。
オラわっくわくしてきたぞ。(震え声)


最後に一言。




天龍ちゃんは後にパワーアップイベントが控えています。

それではまた次回。

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