煩悩日和   作:タナボルタ

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今回は姉妹のどちらかが登場しますー。

しかし久しぶりの投稿だというのに短いです。もうちょっと頑張らねば……。


僕は幸運だ

 

「え、それじゃあ姉妹艦のみんなも鎮守府にいるんですか?」

「ああ。まあ、全員揃ってるってわけじゃないけど……白露、時雨、夕立の3人だな。後でみんなを呼んで、鎮守府の案内をしてもらおうか」

「わあ、楽しみですっ」

 

 横島達は執務室への帰り道で、五月雨の姉妹艦の話で盛り上がっていた。五月雨とよく似た容姿の末妹がいることや、姉妹で制服が違うことなど、多様な話に花を咲かせていく。

 五月雨はドジな自分に対して嫌な顔をせず、笑顔で話しに付き合ってくれる横島に好感を抱く。何よりも危ないところを助けてくれた男性だ。五月雨にとって、横島が自身の提督であることは喜ばしいことだった。……彼の本性を知ったとき、彼女はどのような表情をするだろうか。

 

 あと数メートルで執務室に着く。そんな時、執務室の扉の向こうから大淀の悲鳴にも近い叫び声が響く。

 

「――――そんなことがあったのっ!!?」

 

 その声を聞いた横島と五月雨は顔を見合わせ、駆け足で執務室の扉をくぐる。大淀は内線電話を片手に端末を操作しており、いつもは微笑みを浮かべている彼女だが、今現在はその顔に絶望を浮かばせている。

 

「どうした大淀っ!! 何があったっ!?」

「あ、提督……!! と、五月雨ちゃん……? あなたが建造されたの?」

「は、はい。よろしくお願いします……。それより、何があったんですか? 何か、尋常じゃない様子でしたけど……」

「あ、それは……」

 

 大淀は五月雨の問いに視線を逸らし、返答に窮する。ちらちらと横島を見る彼女の視線の意図に気付き、横島は五月雨をその場に待機させて大淀へと歩み寄った。

 

「それで、何があったんだ?」

「はい、実は工廠の妖精さんから電話がありまして……」

 

 横島と大淀の2人は五月雨に背を向け、ぼそぼそと内緒話を始めてしまう。その姿に五月雨は少々傷ついたが、大淀の態度から新人の自分には聞かせられないような内容だっただろうことは推測出来る。今の自分に出来ることはただ待つことのみと、五月雨は表情を引き締め、ピシッと背筋を伸ばす。とても真面目な良い子だ。

 

「……工廠の小型ドックが誤作動を起こして、勝手に艦娘を建造した?」

「はい。しかもその艦娘が戦艦でして、せっかくみんなが集めてくれた資材がこんな状態に……」

「マジか……うわぁ……マジか……」

 

 大淀の報告に、さすがの横島もショックが大きかったようだ。せっかく集めた鋼材や燃料がカッツカツになっているのを見るのは辛い。本当に辛い。茫然自失の彼の口から「みんなになんて言えばええんや……」という言葉が漏れる。

 大淀も肩をがっくりと落とし、大きな溜め息を吐く。

 

「まったく……。大量の資材を駄目にした挙句に設備の点検不備とは……明石、一度きっちりとお仕置きをした方がいいのかしら……?」

 

 大淀の眼鏡が光り、何やら怪しげな雰囲気が漂い始める。横島は突然怖くなった大淀に頬を引きつらせつつ、工廠のドックを思い浮かべる。

 

 ――――ん?

 

 おかしい。何やらとても嫌な予感がする。……というか予感ではない。これはもう確信に近い。横島は一度深呼吸をし、心を落ち着ける。そして、頭の中で冷静にパズルのピースをはめていく。

 

 ――――工廠、小型ドック、五月雨建造、五月雨こける、五月雨を受け止める、その際に何かの機械にぶつかる、五月雨の無事を確認し、その場を去る、ドックが誤作動を起こす……。

 

「………………」

 

 横島の全身から冷や汗が流れ出る。動揺からか、手の震えが治まらない。横島は目を瞑り、ゆっくりと天井へと顔を向ける。数秒後、そのままの状態でちらりと目を開けて大淀の様子を覗いてみれば、彼女は未だに明石に対する愚痴を言い続けていた。……どうやらバレる心配はなさそうである。となれば、横島が取るべき道は1つ。

 

「……何も、明石のせいってわけじゃないんじゃないか?」

 

 濡れ衣を着せられそうな明石のことをフォローしつつ、全力で誤魔化すことだ……!!

 

「ほら、確かに物が物なだけにそういう疑いが出るのも分かるけど、明石はそういう怠慢はしない子だよ」

「提督……?」

 

 訝しげに顔を覗いてくる大淀から全力で視線……どころか顔ごと逸らし、横島は尚も語り続ける。

 

「確かに明石はみんなが装備出来ない兵装を作ろうとするくらいには困った奴だけど、それでも明石は一流の腕と、プライドを持った技術者だからな。みんなの命に係わる物で手を抜いたりするような子じゃない。それは断言出来る……そしてそれは、大淀も理解しているはずだ」

「提督……」

 

 心臓の音がうるさい。横島は少々テンパり気味となっており、自分が何を言っているか上手く把握出来ていない。何とかそれっぽいことは言えているだろうか? 彼は大淀の視線が怖くて顔を戻せない。

 横島は大淀から顔を背け、その視線は窓の外を向いていた。何とも情けないことだ。――――しかし、背後にいる大淀からは違う物が見えていた。

 

 目を細め、真剣な表情で空を見上げる横島の姿は、大淀に何かこういい感じの印象を抱かせ、彼の言葉は大淀をして騙されるほどのそれっぽさがあった。今や大淀は手を胸の前で組み、感じ入るかのような瞳で横島を見つめている。何かそんな雰囲気が流れていたらしい。ちなみに横島は大淀の視線が強まったことに気付いてはいるのだが、怒られるのではないかと戦々恐々としている。……資材がまた台無しになった影響か、この時の2人はどこかポンコツであった。

 

「……俺は工廠に行って、事態を確認してくるよ」

「提督がですか?」

「ああ。明石に事情を説明して原因を調べてもらわないといけないしな」

 

 横島は俯きつつも大淀から離れ、出口へと向かう。無論大淀から逃げるためだ。

 

「分かりました。では、館内放送で明石を工廠に向かわせますね」

「おう、よろしく」

 

 横島はそのまま扉に手を掛けると、何も言わずに執務室を後にした。大淀も端末を持ち、やや早足で執務室から出て行った。取り残されるのは、話からも展開からも置いてけぼりにされた五月雨のみ……。

 

「……あの、鎮守府の案内……」

 

 自分以外誰もいなくなった執務室の中、五月雨の寂しそうな声が静かに木霊する――――。

 

 

 

 

 

 

「つーわけですんまっせんしたーっ!!!」

 

 横島は工廠で明石と妖精さん達に深々と頭を下げる。恐らくだが、原因は自分にある。これで相手が男だったら知らぬ顔で相手のせいにしてあざ笑ってやるのだが、明石は外見年齢が同じくらいの美少女であり、妖精さん達はいつも自分に尽くしてくれている。これで謝らないという選択肢は彼の中で存在しなくなった。

 

「もう、頭を上げてくださいよ提督」

 

 開幕からの横島の謝罪に明石は苦笑を以って答える。彼女は既に妖精さんから大体の事情を聞いていたのだ。むしろ工廠内にビー玉が放置されていたというのだから、非は自分達にこそある、というのが妖精さん達の意見だ。お互いに充分に語り合った結果、横島と妖精さん達はひしっと抱き合っている。……抱き合っているというか、妖精さん達が横島にしがみついていると言うか、細かいことはいいだろう。重要なのはより信頼が深まったということだ。

 

「話も纏まったようですし……どうしましょうか?」

「んー……」

 

 明石が横島達から視線を外し、溜め息とともに言葉を零す。彼女が見つめる先は当然小型ドック。それが示す残り時間は約4時間。普段なら待ってもいいのだが、今回は高速建造材で手早く済ますことにする。少々不安はあるが、問題はないだろう。その後は明石達にドックの点検をしてもらうことになる。

 

「つーわけで、妖精さんGO!!」

 

 横島の号令に妖精さんはピシっと敬礼し、高速建造材を使って艦娘を一気に建造する。やがて炎が治まると、ドックが独特の重音を響かせ、ゆっくりと開く。

 

「扶――――」

建造(うまれ)る前から愛してました」

「――――っ!!?」

「お約束ですねー」

 

 明石のお気楽な声が響く。ドックから現れたのは、扶桑型超弩級戦艦1番艦“扶桑”だ。長く美しい黒髪、巫女装束を改造した制服、はちきれんばかりのチチ! シリ!! フトモモ!!!

 見た目は完全に年上の美人なお姉さんであり、横島の好みのど真ん中だ。それゆえか横島のナンパ(?)も過去最速を記録している。あえて言うなら薄幸そうな雰囲気ではなくもっと気が強そうだったら最高だったのだが、それでも扶桑は素晴らしく美しい女性であった。

 

「あ、あのっ、貴方は一体……?」

「ああっ、僕としたことが自己紹介を忘れるなんてっ! すみませんお姉さん。貴女の美しさに僕の心が制御を失ってしまったのですっ」

 

 横島はいつの間にか扶桑の両手を握っており、至近距離から扶桑の目を見つめている。扶桑は突然のことに混乱気味だが、何故か横島の言葉に顔を赤くしている。

 

「僕は横島忠夫。この鎮守府の司令官です。……貴女のお名前を、聞かせていただけますか?」

 

 明石は自分から遮っておいて何を言っているのかと思わないでもないが、どうやら扶桑の方はそう思っていないようで、横島の熱い視線から目を逸らしつつ、たどたどしくはあるが簡単な自己紹介を終えた。その際の仕草が横島の琴線に触れたらしく、彼の煩悩がギュンギュンと唸りを上げる。

 

「ああ、初めて来てくれた戦艦が扶桑さんだなんて……!! 僕は嬉しい……っ!! 僕は今、これほど自分の幸運を実感したことはない……っ!!」

「……っ」

「どうでもいいですけど、いつまでその話し方なんです?」

 

 横島の芝居がかった口説き文句(?)は今日も絶好調だ。明石はそんな横島に呆れてツッコミを入れるのだが、当の本人はテンションが上がり過ぎて全く聞いていない。それどころか、先の横島の言葉を聞いて()()()()()()()()()扶桑に気付いていないだろう。

 

「そんな……私が来て、幸運だなんて……」

「……? 扶桑さん……?」

 

 目を閉じ、顔を伏せる扶桑の様子に横島はようやく気付く。何か失礼なことを言ってしまったのだろうか? 横島が自問するよりも早く、工廠の入り口から騒がしい声が3人の耳朶を打った。

 

「し、司令官さんが扶桑さんを襲ってるのですっ!!?」

「駄目よ司令官!! 無理矢理なんて、レディーにすることじゃないわ!!」

「そうよ司令官!! 襲うなら私がいるじゃない!! きっとどんな司令官だって受け止めて見せるわ!!」

「あれは襲っているわけじゃないと思うけど……まあ、雷の言うことには賛成だね。どうだい司令官? 私なら、抵抗はしないよ? それとも少しは抵抗した方が燃えるのかな?」

 

 場が一気に姦しくなる。第六駆逐隊が休憩時間中に工廠に探検に来たのだ。暁達は顔を赤くしながら横島を取り囲んで扶桑から引き離す。はたして雷は自分が言っていることが理解出来ているのだろうか? 響は言わずもがなだ。

 

「ああっ!? 僕まだ何もやってないのに!?」

「何かしてたらダメなのですっ!! しようとしてもダメなのですっ!!」

 

 電は横島の腕を引っ張り、工廠から引き摺り出そうとする。当然艤装を装備していない彼女の力では横島を引き摺ることなど無理なのだが、そこは横島が空気を読んでされるがままになる。横島も小さな子供がいる状態で扶桑にどうこうしようとは思わないようだ。

 

「明石、悪いけど大淀に連絡してみんなを会議室に集めてくれ。その時に現状の説明と扶桑の紹介をするから」

「了解です。じゃあ、設備の点検はその後ですね。他に、何か伝えておくことはありますか?」

「んー、いや、今はないかな。そんじゃよろしくー」

 

 横島は前後左右を電達に囲まれて工廠を後にした。「叢雲と霞に言いつけるわよ!」とか「もっとレディーは大切に扱わなくちゃ!」などなど、まだまだ横島を叱り足りない様子。明石はそんな彼女達を微笑ましく見送り、扶桑へと向き直る。

 

「えーっと、とりあえず私は大淀に連絡しますので、扶桑さんは少し待っていてください。すぐに戻りますので」

「はい……」

 

 扶桑は相変わらず顔を伏せ、小さな声で応答する。明石はそんな扶桑を訝しく思ったが、そもそも彼女は横島に言い寄られていたのだ。色々と驚きすぎて反応が悪いのだろう。

 明石はそう当たりをつけてその場から立ち去る。扶桑は明石を静かに見送り、周囲にいた妖精さん達にぺこりと挨拶をして邪魔にならない場所に移動する。

 

 妖精さん達の慌しくドックに集まって話し合いを始め、明石は設備の点検をすると言っており、更には提督である横島が()()()()()と言っていた。扶桑は大凡ではあるが、何らかの悪いことが起きたのだと察した。それがどんなことであれ、彼女から漏れるのは重々しい溜め息だ。きっと、()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はあ。――――不幸だわ」

 

 その呟きは誰の耳にも入らず。ただただ、自らの気持ちを重くするだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

第二十四話

「僕は幸運だ」

~了~

 




というわけで建造されたのは扶桑さんでした。
山城もいいのですが、個人的には扶桑の方が好きなので……。

次回は五月雨が建造される間に来た艦娘達の出番と扶桑の話ですね。
といってもメインは扶桑さんなので他の艦娘は……。




次回――――扶桑、堕ちる。デュエルスタンバイ!!

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