この煩悩日和ですが、ついに10万UAを突破いたしました。
これも皆様の応援のお陰です。これからも、煩悩日和をよろしくお願いいたします。
さて、今回の話は煩悩日和を連載するに当たって、最も書きたかった話の一つです。
なので詰め込めるだけ詰め込んでいたら……かなり長くなってしまいました。
短めの文章とは何だったのか。反省はしているが後悔はしていない。へへっ。(満足気)
それではまたあとがきで。
「ど、どうなんだ……俺の身体……?」
「んー……」
難しい話が終わった後の会議室。
イスに座った天龍が、霞達からの説教でヘロヘロになった横島に頼み込み、怪我の経過を見てもらっている。
横島の手の中で輝きを放つ『診』の文字が刻まれた文珠。それは文字通りの効果を発揮し、横島に天龍の身体を診る力を授ける。
「……よし。経絡もちゃんと治ってるし、特に後遺症も見られない。――――完治、だな」
「――――ぃいよっしゃああぁーーーーーーっ!!!」
横島が微笑みと共にそう告げる。
天龍はその言葉を聞き、喜色満面で歓声を上げる。隣で龍田も拍手をして天龍の快復を祝福しており、事情を知っている古参の者も、事情を知らない新参の者も、それはそれで知らないなりに空気を読んで拍手を贈る。
イスから飛び上がった天龍は空中で三回転ほどして華麗に着地し、傍で快復を喜んでくれた吹雪達へと抱きつきに行く。
「ちょっと天龍ちゃ~ん? 一応病み上がりなんだから、あんまり無茶はしないでよ~?」
「あー? 大丈夫だって、俺はもう何ともない。完全復活パーフェクト天龍様だぜぃ!!」
龍田の注意に天龍はそう言って、吹雪の肩を抱きながらポーズを付ける。彼女の名誉の為に言っておくが、顎は何ともない。
天龍はウキウキ気分で横島に向き直り、バシバシと肩を叩く。
「ようやく俺も復活したし、これからの海域攻略は任せてくれよ! もうガンガン敵を倒してやっからよ!」
「ああ。だが
横島は指でバッテンを作り、笑顔で天龍にそう告げた。
場の空気が凍りつく。会議室の誰もが横島の真意を理解出来ずにいた。
「なじぇーーーーーー!!?」
「全部説明してやるから落ち着けって」
天龍は両目からブシーッと涙を噴射しつつ横島へと迫る。美神や横島がよく使うリアクションだ。「染まってきたなぁ……」などと感慨深く思いつつ、横島は天龍に出撃を禁止する理由を解説する。
「資材のこともあるが、それはお前も理解しているだろうから置いといて……。そうだな……。簡単に言えば、お前が自分の力をちゃんと扱いきれてないからだ」
「何だと……?」
横島の言葉に天龍は疑問符を浮かべる。自分の力が扱いきれていないとは、どういう意味だろうか。霊力のことを言っているのは天龍も理解している。だが、彼女はその力を使いこなせていると
「んー……よし、じゃあ天龍。まずは霊力を最大出力で放出してみろ」
「え? あ、ああ」
どういった意図があるのかは分からないが、天龍は横島の指示に従い、自らの内に存在する超常の力、霊力を解放する。
瞬間、不可視の暴風が天龍を中心に吹き荒れ、周囲の艦娘達の髪やスカートを翻させる。ほとんどが白かったが、中にはピンクや縞々、バックプリントや大人な黒など、実にバリエーション豊かな色彩が横島の目を楽しませる。何が、とは言うまでもない。
突然のハレンチな風に艦娘達は顔を赤らめ、慌ててスカートを押さえる。髪もボサボサになってしまい、セットしなおすのは大変だろう。そういった全てが横島の煩悩を昂らせる。
周りの被害を見て、天龍はすぐさま霊波を霧散させる。
「……アンタ、これが目的だったわけじゃないわよね……?」
「滅相モゴザイマセン……」
ひたり、と首筋に冷たい金属の感触。横島の首筋には、叢雲の槍の穂先がぴたりと宛がわれていた。
叢雲は横島の首から槍を外し、一体何の意図があってこのようなことをさせたのか理由を問う。どうでもいいことだが、叢雲は黒くて紐だった。
「確認だよ」
「確認……?」
「そ、確認。……天龍、次は出力を半分に抑えてみろ」
「お、おう……?」
言われた通り、天龍は出力を抑えて霊力を放出する。だが、それはとても半分とは言えない出力であり……。
「それじゃあ抑えすぎだ。もっと強く」
「こ、こうか……!?」
「それでもまだ抑えすぎ」
「これなら……!!」
「強過ぎだ。全開の八割近いぞ」
「あ、あれー……!?」
天龍は出力を調整するのに四苦八苦している。天龍から放出される霊波は風となって会議室を満たしていき、その度に艦娘達のスカートを翻らせる。横島の視線が気になった幾人かの艦娘が横島に抗議しようと視線を向けるが、いつの間にか吹雪が後ろから横島の目を両目で塞いでいる。「見ちゃダメですよ司令官」と吹雪が叫び、「ああ!? 僕何も見てないのに!!」と横島が残念そうに返す。当たり前だが説得力はない。
横島達がコントを披露している中、風によって翻るスカートを押さえながら、五十鈴は少々機嫌悪げに溜め息を吐く。
「まったくもう……。天龍から風は吹くわ、ピカピカ赤と黒に悪趣味に光るわ、どうなってるのよ……」
誰かに聞かせるでもないただの独り言。しかし、それを耳聡く耳に入れた者が隣にいる。姉妹艦の長良だ。
「ええ? ピカピカ光るって、何の話?」
「何の話……って、今も光ってるでしょ? 天龍の身体から赤と黒の光が――――って何アレッ!?」
長良は五十鈴の言っていることが分からなかったらしく、首を傾げている。しかし、五十鈴には長良の言っていることこそが分からない。何の話も何も、実際に光っているではないか、というのが五十鈴の主張だ。今も視界の端で存在を主張してくるこの赤と黒の光に辟易としながらも、光の発生源である天龍に目を向ければ、そこには驚きの光景が展開されていた。
「な、何あれ!? 輪ゴムが、天龍さんの前で弾かれてる……!?」
長良の驚きの声が響く。それは、確かに驚きの光景だった。横島が天龍目掛けて次々と輪ゴムを飛ばすのだが、その輪ゴムがまるで
まるで漫画のような光景――――。ここで、長良を始め新参の艦娘達の脳裏にある言葉が浮かんでくる。横島は、自分達の司令官は何と言っていた?
「はあ……はあ……はあ……!!」
「これで分かったろ、天龍?」
数分後、息も絶え絶えに天龍が床に膝をつき、龍田に身体を支えられる。傍らにはもう一人、吹雪が天龍の額に浮かんだ玉のような汗をハンカチで拭う。天龍は横島の指摘を受け、悔しそうに表情を歪めていた。
「いいか、天龍。お前は霊力の制御が下手なんだ。ゼロか一か、とまではいかないが、それでも咄嗟の場合にはほぼ全開に近い出力を出してしまっている。……さっきの輪ゴムもそうだ」
横島は懐から取り出した輪ゴムを弄びながら、天龍に言い聞かせる。
天龍は輪ゴムを霊波で弾く際、横島に弱い出力で弾くように言われていた。だが、飛んで来た輪ゴムを弾くために放出した霊波は、その全てがほぼ全力。そう、天龍は霊力の細かい操作がまるで出来ていないのだ。
「毎度毎度全力に近い出力を出すからそうやってすぐに霊力も体力を消耗する。また
「……」
それはただの予想だ。本当にそうなるかも分からない、単なる予想。だが、それは確かな未来として容易に確信できるものでもあった。天龍もそうだが、龍田や吹雪達周囲の艦娘も言い返すことは出来ない。それだけ可能性の高い予想であるからだ。
「だから、まずはちゃんとした霊力の制御を身につけてもらう。出撃が出来るように資材が溜まるまで時間も掛かるし、丁度いいと思ってさ、な?」
「……はぁ。分ーかったよ、俺が悪うございました。提督の言う通りにするよ」
天龍は軽く溜め息を吐き、降参とばかりに両手を上げる。その答えに龍田は笑顔を浮かべ、天龍を抱きかかえるようにして立ち上がらせる。さっきも言ったが、彼女は病み上がりなのだ。必要なことであったとはいえ、これ以上あまり無茶なことはさせられない。
「さて、それじゃあ後は大淀にこれからの遠征の計画を説明してもらうか。それが終わったら解散だ。俺が名前を呼ぶ艦娘は説明の後、執務室に来るように」
場の空気を変えるため、横島が手を叩いてからこれからの予定を述べる。皆は聞きたいこともあったが、それでも逆らうことはせずに大人しく席に着き、大淀から遠征の説明を受ける。皆集中して話を聞いていたが、それでも頭の隅には先程の不思議な光景が焼きついて離れない。
身体から何らかの風を放ち、不可視の力で輪ゴムを弾く天龍の姿。そして、その天龍を教え導くことが出来る横島の姿。
――――もしかしたら。もしかしたら、自分にもあのようなことが出来るようになるのでは? そんな期待に胸が膨らむ。
「んじゃ、名前呼ぶ人は執務室に来るように。まずは扶桑さん。それから加賀さんに赤城さんと龍驤、天龍に龍田。あとのみんなは解散していいぞ」
横島に名を呼ばれた六人と秘書艦である吹雪はそれぞれ目を合わせ、黙って横島の後をついていく。会議室には、先程の光景に関する話で賑わう艦娘達の姿があった。
「いいんですか? みんなの前であんなことしちゃって……」
「……やっぱりまずかったかな……?」
「う~ん、あんまり良くはないと思うなぁ」
あんなこと、というのは輪ゴムを天龍に霊波で弾かせたことである。皆の前であのようなことをした以上、霊力の扱い方を教えてもらおうと艦娘達はやってくるだろう。誰だって超常の力を扱えるようになれるのならば、そうなりたいはずだ。
しかし、横島は今のところ扶桑と天龍以外に霊力の扱い方を教える気はない。いや、より正しく言えば、
「俺もちゃんと教えられるかどうかはまだちょっと自信がねーんだよなぁ……。あんなこと言っといてなんだけど、上手く教えられなかったらごめんな?」
「いや、別にそれはいーけどよ」
「ええ。私もです」
二人の言葉が横島には嬉しい。天龍も扶桑も、負担を掛けてしまっているのに、それでも自分を気遣ってくれる横島に応えたいのだ。
「うしっ! そんじゃ、これから霊力の扱い方について色々と修行していくわけだけど……加賀さん達空母組は霊力の扱い方は分かってるんすよね?」
執務室に到着した横島達は、早速とばかりに行動を開始する。まずは基本の基本である“どうやって霊力を操るのか”という問題なのだが、それよりも先に横島は加賀達空母組に霊力の扱い方について確認を取る。
彼女達空母は自らの霊力を用い、矢や紙を艦載機へと変化させる。なので、霊力の扱い方は知っているはずなのだ。
「んー……。まあ、分かるっちゃ分かるんやけど……」
「私達も、矢を艦載機に変化させることしか出来ないと言うか……霊力という名称も初めて知りましたし」
「それ以外、何も分からないの。分かるのは赤城さんが言ったことだけね。他のことはさっぱりです」
加賀達の答えは否に近いものだった。基本を知らず、応用だけが出来ているような状態。横島は一昔前の自分を思い出し、苦笑を浮かべる。
「了解、まとめて面倒見るよ。……それじゃあまず、どんなのでもいいからリラックス出来る体勢になって、自分の中にある霊力を感じ取ってくれ」
横島は自分のイスに座り、そう指示する。皆はリラックス出来る体勢、というのに数秒悩んだが、それぞれが思うままに動く。
天龍は床に胡坐を掻き、座禅の真似事を。扶桑はソファーに座り、赤城は床に正座をし、加賀は扶桑の対面にあるロングソファーにごろんと寝転がる。
リラックス出来る体勢ということなので何も間違ってはいないのだが、加賀の普段の様子からは想像もつかない姿である。扶桑はそんな加賀を見て、「い、意外と自由な人なのね」という感想を抱いた。
ちなみに吹雪は横島にお茶を出し、龍田は天龍の傍で彼女の様子を眺めている。この二人は修行に参加しないようだ。
龍驤は横島の視界の隅で女の子ぶりっ子した可愛らしいポーズを取っているのだが、これは横島どころか吹雪を含めた全員がスルーしている。言うことを聞かない子にはボケ殺しの刑だ。
「扶桑さん、どうです? 何か分かりますか?」
「……そう、ですね……。何か、ぼんやりとした、温かい光……みたいな物があるような気がします……」
横島の問いに答える扶桑だが、その答えは驚嘆に値するものだった。今まで霊力を感じ取ったことのない者が、自らの内にある霊力を感知したのだから。
どうやら扶桑にはかなりの才能があるらしいことが分かった。ゆっくりと進めていこうと思ったのだが、他の者も自らの霊力の感知は出来ているようであるし、ここは先に進めて行くことにする。
「んじゃ次に行こう。今度は、今感知した霊力をゆっくりと全身に広げていくんだ。風呂に入った時みたいに、熱をじんわりと浸透させていくようなイメージで」
早くも次のステージに進んだ修行。今度は霊力を全身に広げるのだが……ここで、どうにも上手く行かない者が出る。
「天龍、いくら何でも速過ぎるぞ。加賀さんも、もっとゆっくりじゃないとダメっす」
「ん……っ」
「あー……。ゆっくり、ゆっくり……!!」
天龍と、加賀だ。
この二人、霊力の量と出力はずば抜けているのだが、反面制御の方が苦手であり、先程から霊力を一瞬で全身に満たしている。もちろんそれが悪いと言うことではない。むしろ立派なスキルと言えるのだが、制御してのことではないのが何とも悩ましい。
それから数分、天龍と加賀、そして扶桑以外の者はゆったりとした速度で霊力を満たすことが出来るようになっていた。扶桑は仕方がないにしても、やはり天龍と加賀のコントロールの雑さには疑問が浮かぶ。
「ちっくしょー、全然ゆっくりにならねえ……」
「胡坐は止めて、もっとリラックス出来る体勢にしたらぁ?」
苛立たしげに頭を掻く天龍に、龍田は思いついた事をそのまま進言してみる。龍田は天龍の横にしゃがみ込んでいるのだが、正直な話胡坐はまるでリラックス出来る体勢とは思えない。そもそもがじっとしているのが苦手な天龍だ。このように座ってじっとしているなぞ、逆にリラックス出来ないのではないかと龍田は思う。
「あー……。リラックス……リラックスねぇ……っ!?」
加賀みたいに寝転がるのが一番か、と天龍が加賀の方を見やるのだが、そこで天龍は一つ画期的なアイディアを思いつく。口角が吊り上がり、目がまるで猫のように細められる。悪戯を思いついた時の顔だ。
「なあ、提督。リラックス出来るならどんな体勢でも良いんだよな?」
「ん? ああ、リラックス出来るならな」
「よーし、そんじゃあ……」
天龍はすっくと立ち上がり、おもむろに横島へと歩み寄る。横島が若干の警戒と疑問を浮かべるが、天龍はそれを意に介さず、するりと、横島の膝の上に収まって見せた。
「お、おお……っ!!?」
「て、天龍さんっ!?」
足に感じるシリとフトモモの温かく柔らかい感触――――。その感触を逃すまいと、天龍の腹を後ろから抱き締める。建前としてはバランスを崩して倒れないように、と言ったところか。何となく龍田の目が剣呑な輝きを宿しているが、今の横島にそれに気付く余裕などありはしない。
「ちょっとだけ試させてくれよ。嫌ってわけじゃねーだろ?」
「もちろんっ!!」
「しれーかん……?」
煩悩に緩みきった顔で返答する横島に、吹雪が冷たい視線を寄越す。この二人のこういうやり取りは以前のことを思い出すので止めてほしいのだ。しかし、今の天龍の様子を見るとそう強く言うことも出来ない。完全にリラックス出来ているからだ。
――――あー。何か、さっきよりも強く感じるな……。
天龍は完全に弛緩しきった状態で思考する。
横島に身を任せ、背後に彼の温もりを感じ、それに包まれている今の自分を俯瞰する。
胸の中に宿る、確かな温もり。それは霊力とはまた別の物だ。はたしてそれが何なのかを天龍はよく理解していないが、それでもその温もりは決して無くしたいとは思わない物。何となく、予想がつかないでもないのだが、それは今考えることでもないだろう。
天龍は新たに宿った温もりを全身に広げていく。それは今までのように急速なものではなく、熱が浸透していくかのようにゆったりとしたものだった。
「おお……!!」
その様子は横島にも、そして他の皆にも認識出来た。天龍の身体から、今までの物とは違う柔らかで力強い霊波光がゆっくりと執務室を満たしていったからだ。この劇的な変化には驚きしか浮かばない。
「天龍さん……一体何があったのかしら」
赤城は思わずといった風に言葉を零す。あれほどの変化を見せ付けられれば、当然と言える。同じく霊力の制御に難がある加賀も同じ事をすれば、彼女のように制御が上手くいくのではないか……などと考え、ちらりと加賀を見てみれば。
「これは……是非私にも同じ事をしてもらわないと」
「加賀さんっ!!?」
加賀は赤城と同じ事を考えていた。だが、赤城はそれに驚いたわけではない。加賀の目が輝き、鼻息がふんすふんすと荒く、キラキラ状態になっていたからだ。「二番目云々はどうしたの!?」とツッコミたいところではあったが、赤城はそれを何とか飲み込む。今その話題を蒸し返しても、益になることなど何もないからだ。もしかしたら、もう気にしていないのかも知れないが。
とにかく、これで天龍はコツを掴んだのか、横島の膝の上から降りてからもゆったりとした速度で霊力を全身に広げることが出来るようになっていた。それは他の者からすればまだまだ早いと言えるような速度であったのだが、それでも今までとは段違いである。
横島は嬉しそうに何度も頷く。別にこれからも修行に託けて天龍を膝の上に!! などと考えていたわけではない。ただ単純に天龍の成長が嬉しいのだ。決して合法的にセクハラが出来る!! と喜んでいたわけではないのである。
「……ん?」
と、ここで横島が執務室に向かってくる誰かの足音に気付く。それは迷いなく進んでくる、軽やかなもの。横島はやはり、と苦笑を浮かべる。
「しっつれいしまーっす!!」
元気良く扉を開けて執務室に入ってきたのは、横島が例外的に霊力の使い方を教えてもいいかと考えていた艦娘、那珂だ。
那珂の目指すもの、それを考えれば何が目的でここに来たのかは明々白々だ。
「やっぱり来たか、那珂ちゃん。目的は“言霊”か?」
「さっすが提督っ! 言霊を使えるようになれば、那珂ちゃんの歌をもっと多くの人に伝えられるようになると思うんですっ!!」
予想通りの言葉に横島は苦笑が更に深まる。確かに歌と言霊は相性が良い。那珂の言う通り、言霊を使えるようになれば、アイドルとして飛躍的な進歩を遂げると言っても過言ではないだろう。
「おいおい、那珂。いきなりやってきてそりゃねーだろ。提督は今俺達の指導で忙しいんだからよ」
「そうです。それに、いきなり言霊というものに頼ろうとするのもどうかと思いますよ。地道な努力をせず、そういった反則に頼るのは道理に悖るものです」
「まずは落ち着いて今来た道を戻りなさい」
案の定那珂には非難が集まる。天龍や赤城の言葉はまだいいが、加賀は遠まわしに帰れと言っている。那珂は「そんなんじゃないもん!」と両手を広げてプンスカと怒っているが、いまいち説得力に欠けるのは仕方がない所か。
横島は暫く言い争う那珂達を見ているが、皆の注目を集めるために手を叩き、話を中断させる。
「はいはい、そこまで。那珂ちゃんに言霊を教えるかどうかは俺が決めるから」
「いや、でもだな……」
「まーまーまーまー」
横島の言葉に渋る天龍だが、彼に宥められると何も言えなくなる。彼の言うことも一理あるからだ。決定権があるのは霊力を使いこなせる横島だけ。それは、確かに当たり前のことであるからだ。
「さて、俺が那珂ちゃんに言霊を教えるかどうかだが……まずは、一曲歌ってもらおうか」
「はあ?」
懐からマイクを取り出し、那珂に差し出す横島を見て、天龍は疑問の声を上げる。何故歌わせるのか? 歌に込められた気持ちを量るとかそういうことだろうか?
天龍の疑問は皆も同じだったのか、いぶかしむような目で横島を見る赤城達。扶桑は言霊を教えてもらうことになっているので、より関心が強い。
皆の視線が集まる中、那珂は横島からマイクを受け取る。
「いいか、那珂ちゃん。歌に自分の気持ちを込めてくれ。
「――――はいっ!!」
横島の言葉に那珂が力強く頷く。すると、執務室の天井からミラーボールが現れ、床からスピーカーがせり上がり、突如としてポップでキュートな音楽が鳴り始める。
「何じゃこりゃあっ!?」
「聞いてください――――“恋の2―4―11”っ!」
「お前も当たり前に受け入れてんじゃねえ!!」
「お、落ち着いてください天龍さんっ!」
突然の事態に天龍は混乱するが、那珂ちゃんが歌う所は全てがコンサート会場になる。それは最早常識であった。ただし横島鎮守府のみの常識であるが……。
――――那珂は心を込めて歌う。いつも通り、心を込めて。そしてそれは、素晴らしいと言える歌だった。技術もさることながら、そこに込められた想いは、決して粗悪なものではなく。
始めは馬鹿馬鹿しいといった表情を浮かべていた天龍達であったが、次第に那珂の歌に惹かれていき、最後には真剣に歌に聞き入っていた。那珂には
静寂が場を支配する。曲の終わりとともにミラーボールやスピーカーは静かに引っ込んでいった。何とも不可思議な光景である。
「……なるほどな」
「……」
歌を聴き終わり、横島は反芻するように目を閉じて余韻に浸っている。天龍達も予想を超えて自分達の胸を打った那珂の歌に、驚きを隠せないでいる。
「……那珂ちゃん」
「はっ、はい!!」
「何も言わず、これを聴いてみてくれ」
「え……?」
横島は懐から
流れ出てくる音楽はややゆったりとしたもの。まるで男女の情愛に訴えかけてくるかのような曲調は、彼女達の脳裏に一つの答えを浮かばせる。
「これは……演歌?」
「まさか……これが本当の歌の心だー、とか、そういう……?」
「とにかく、静かに聴いてみましょう」
ベタといえば余りにベタな選出に拍子抜けしたのか、赤城達はひそひそと言葉を交わす。しかし、那珂は真剣な表情でその曲を聴いている。聞き漏らしがあって堪るものかと、微細な音全てを拾うかのような集中を見せる。
――――そして、その歌が流れた。
それは、聴くだけで胸を締め付けるような痛みを齎し、もうどうにもならない物を求め、訴え続けるかのような渇望を滾らせ。それでいて人の憐情を刺激し、哀切の涙を流させるような響きを孕み。そして、何物にも変えがたい歓喜と至福を体現したかのような、それは、まさしく心からの、魂からの
「……」
那珂の双眸から涙が溢れ出る。それは彼女一人ではなく、その場にいた艦娘達全員だ。ここまで、ここまで人の心を揺さぶる歌を聴いたことなど一度もない。先程の那珂の歌も素晴らしかったが、この歌と比べるとそれも霞んでしまう。
「……この歌の歌手は“ジェームス伝次郎”っていってな。世界初の
「え? 幽、霊……?」
幽霊演歌歌手といっても、別に歌っている姿を見た事がないとか、どこかのグループに入っているのに姿を見たことがないだとか、そういうことではない。
「元々は人気のロック歌手だったんだが、自動車事故で若くして死んじまってな。それでも歌手としての思いが捨て切れず、成仏する前にどうしてももう一度歌いたい。もう一度みんなに歌を届けたい。それで、うちの事務所に依頼しに来たんだ。数ヶ月の特訓の果て、ジェームス伝次郎はやり遂げた。……まあ、演歌歌手に転向するっていうオチがついちゃったけど……」
「……」
知らされる真実に言葉も出ない。実体のない幽霊が生きている者に声を届ける。それが、どれほど途方もないものなのか、想像がつかないのだ。
横島から長く存在し続けた幽霊ならば力もついているし、姿を見せることも、物に干渉することも出来るようになると補足がされる。だが、ジェームス伝次郎はそうではない。本当に、ただ歌いたい一心でそれを実現させたのだ。ならば、その歌に込められた想いは、一体どれほどのものなのか――――。
那珂は自らの厚顔さに慙死の思いに駆られる。確かに軽い気持ちではなかった。真剣な思いだと言えた。だが、自分にこれほどまでに歌に対する思いがあったのか、と問われれば、否と言う外はない。流石の那珂も、今は心が挫けそうになっていた。
「那珂ちゃん。俺は、これが言霊の究極の一つだと思うんだ。言霊とは言葉に霊力を付加する技。そして、霊力とは魂の力。……これが、那珂ちゃんの目指す高みだ」
「……!!」
その言葉に顔を上げる。横島の真摯な視線。どこか、確かな自信を湛えた瞳が那珂を貫く。その視線が意味するもの。確信が、那珂の心に震えを齎す。
――――信じているのだ。那珂が、あの高みへと至ることを。
「こうして頂点を知ったんだ。だったらあとはそこを目指して頑張って、とっとと追い抜いていけばいい。那珂ちゃんならそれが出来る!」
拳を握って熱く語る横島の姿に、心の震えはより強く、激しいものとなる。それはやがて熱を発し、胸を……その身、全てを包み込む。
「……どうして、そこまで買ってくれてるんですか……?」
「んー? どうしてって、そりゃ――――」
横島は、那珂に向かって快活に笑い。
「俺は那珂ちゃんのファンだからな! 欲目もあるかも知れんが、それでも“出来る”と思うんだよ!」
「――――」
「それにイケメン演歌歌手なんかよりやっぱり美少女アイドルの方がいいし、こうしてコツコツと好感度を高めていって成長したら――――」
――――それが、ある意味
横島は未だ照れ臭そうにぶつぶつと何事か呟いているが、それが照れ隠しなのは一目瞭然だ。そんな横島を見る那珂の胸は締め付けられ、先程よりももっと確かな熱が広がってゆく。それは、アイドルとしては駄目なのだろうが――――。
「……まあ、確かにな。那珂の歌も凄かったし……」
「え……?」
天龍がぼそりと呟く。ばつが悪そうに顔を背けていたが、真摯な思いは伝わってきた。
「そう、ですね。“心を込める”。……それを実感できたのは那珂ちゃんの歌が初めてでした」
「……とても上手だったわ。羨ましいくらいに」
「上手く言えませんが……本当に、凄かったわ。早く山城にも聞かせてあげたいくらいに」
「みんな……」
それは那珂の歌が、歌に込められた思いが皆に伝わった証拠。那珂が歌うのは自分の為だけではない。自分と、そして聴く者全てに向けられた思い。
それは、今はまだジェームス伝次郎より未熟な思いだったとしても――――歌に乗せて、思いは届く。
「……提督」
「そうやって好感度を高めた艦娘達を寝室に連れ込み、行く行くは艦隊ハーレムで夜戦(意味深)を――――ん? どうした?」
皆が好きだと、大好きだと歌に込め、いつか、目の前のおバカなことを言っている横島に、芽生えた想いを伝えられる日が来るだろうか。
「那珂ちゃん、世界一のアイドルになりますねっ!!」
「おうっ!! 応援すんぜ、那珂ちゃん!!」
二人は背後に炎を背負い、窓の外を見つめ、空を指差す。
「見えるか那珂ちゃん。あれがアイドルの星だ。お前はアレを目指すのだ!!」
「はいっ!! 那珂ちゃん、星になりますっ!!」
「何か嫌な予感がするのでその台詞は撤回してくださーい!?」
死亡フラグのような台詞を吐く那珂を吹雪が慌てて止める。本当に星になられたら堪ったものではない。
「那珂よ! 那珂よ! ぬばたまの夜に燦爛と燃えて!!」
「がおーーーーーーっ!!」
何が面白いのか、横島と那珂は楽しそうに雄叫びを上げ続ける。
「何か妙なテンションになってんな、あいつら」
「青春ですね……はあ、私も提督とあんな風に……」
「んあ? 何か言ったか?」
「いえ、別に」
先程までの真剣な雰囲気は既に消え去った。そこに流れる緩い空気は気分を随分と弛緩させる。
「……ジェームス伝次郎……。提督、このCDはお借りしても?」
「ん? 別にいいけど……加賀さんって演歌好きなの?」
「ええ。……とても、好きになりました」
「……あの野郎今度強制成仏させてやろうか」
「ま、まーまー司令官、落ち着いて……」
黒い嫉妬を滲ませる横島に、皆の温かい視線が集まる。「そんな目で見んといてー!!」と床を転げまわる姿は、言っては何だがとても彼らしい姿である。
「……」
那珂は横島を見て、胸に手を当てる。この胸を満たす想いを、いつか伝えられるだろうか。
――――世界で一番、あなたが好き、と。
第二十六話
『それは、魂からの』
~了~
天龍「ところで、どうやってCDなんか持ち込んだんだ?」
横島「ああ、キーやんに聞いたら「CDをパソコンに取り込めば持ち込めますよ」とか言ってさ」
吹雪「ふえー、流石は神様ですね。凄い技術です」
横島「……で、他のみんなは来ないみたいだな」
那珂「大淀さんと霞ちゃんが上手く引き止めてたよ? 順番とかー、ちゃんと話し合ってからー、とか」
横島「流石過ぎる……」
龍驤「誰でもええから、はよウチにつっこんでぇ……」
天龍(エロい)
龍田(エロい)
赤城(エロい)
加賀(エロい)
扶桑(エロい)
那珂(エロい)
吹雪(エロい)
横島「悪い悪い、少し放置し過ぎてたな」(子ども扱い)
お疲れ様でした。
やっぱりGSと艦これをクロスするならジェームス伝次郎は出さないと……
セイレーンもいるけど……彼女は敵だからね。仕方ないね。
と、いうわけで。実は那珂ちゃんもヒロイン候補なのでした。
歌に関するアレコレはちょっと私の語彙力が足りてないのであんな感じになってしまいましたが、何かこう、いい感じになってたらいいなと思います。(流石の語彙力)
もうそろそろヲ級ちゃんとか川内型一番艦とかの出番も用意してあげないと……。
それではまた次回。