煩悩日和   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしました……。
本当に大変お待たせいたしました……。

仕事が忙しかったんです……。諸事情により仕事の量そのままで人が半分になったりしたのです……。
しんどい(涙目)

あとカードショップに入り浸って書く時間が(ry

……えー、今回過去最高の文章量となっています。東方煩悩漢の方を含めても、最長です。
だから私は何をやって(ry

前書きの文字数少なめって消したほうがいいかなぁ……

今回の話も色々と反応が怖いのぜ……

あ、今回は横島君が終始シリアスです。そんなの横島じゃねえ! という方には申し訳ねえ……!!






心を重ねて

 

 

 

「ねえ、アンタ……どうして艦娘に近代化改修を施さないの?」

 

 

 

 ――――今にして思えば、私と司令官(アイツ)の関係が変わったのは、この質問が切っ掛けだったのかもしれないわね。

 

 艦娘が集合した会議室で、横島の到着を待つ時間の中、霞は目を閉じて()()()のことを思い返す。

 それ以前から横島が艦娘のことをどれだけ思いやっていたのかは知っていた。しかし、その思いがどれほどのものであったかというのは完全に理解出来てはいなかった。

 横島から話を聞き、随分と甘い奴だと霞は思う。そんな甘い考えで司令官をしているのか……そんな言葉が脳裏を過ぎる。

 しかし、それと同時にこうも思うのだ。――――こうして自分達艦娘を“一人の人間”として扱ってくれるのは、()()()()()()()()()()()、と。

 確かに横島は甘いところがある。艦娘が中破すればすぐに撤退させるし、大破などすればそれこそ大騒ぎだ。それで以前胃薬を飲んでいたところを見たことがある。むしろ吐血したところだって見た。

 艦娘を心配し、甘やかし、叱咤し、応援し、励まし――――霞は、そんな日々を嬉しく思っている自分に気付く。自分もいつの間にかあの男に毒されていたのか、と自嘲する霞だが、それも悪くはないと考える。その横島の甘さが艦娘達の心を(ほど)き、更なる力を発揮させる。そして育まれた信頼は、疼きにも似た胸の高鳴りへと変わっていった。

 まだまだ未熟ではあるが、それでもこれからも共に過ごしたくなる――――そんな“甘さ”も霞は受け入れていた。

 例えばこれから先、横島が立てた作戦が甘かったのなら自分が引き締めればいいし、迷っているのならば背中を押し、導けばいい。

 霞は一つ頷くと、横島に提案をする。

 

「ねえ、私も秘書艦にしなさいよ」

「んん? えっと、あー……おう、よろしくな!」

 

 横島は一瞬戸惑うも霞の言葉に頷く。霞の言葉は横島にとって有用なことが多く、頼りになる。秘書艦としてはもってこいだ。霞は自らの有能秘書具合に自信満々に頷く。

 ちなみにであるが、この時話の前後がまったく繋がっておらず、混乱した横島はただ霞の勢いに圧されるがままに頷いただけであるということは、霞には知られていない――――。

 

 

 

 

 

「悪い、みんな。待たせたな」

 

 霞が目を開き、ようやく会議室へとやって来た声の主――――横島を見る。

 いつもの気の抜けたような顔ではなく、あまり見せたこともないような真剣な表情だ。横島は会議室のホワイトボードの前に立つと、ゆっくりと艦娘達の顔を見回す。その中で一瞬とはいえ、横島が視線を固定した箇所があった。そこにいたのは曙、そして雷。曙は横島と目が合うとばつが悪そうにすぐに逸らし、雷は横島の視線に気付かぬまま、ずっと俯いたままであった。

 横島は目を伏せ、深く息を吐く。そうして精神を落ち着け、顔を上げて本題を切り出した。

 

「こうしてみんなに集まってもらったのは他でもない。2―2……バシー島沖で遭遇した敵についてだ」

 

 そうして始まる横島の説明。プロジェクターを使用し、曙達が戦った敵艦、軽巡ト級の映像も見せる。敵についての詳細を知らなかった者達は、ト級が見せる圧倒的な防御性能に驚きを隠せない。

 

「な……に、こいつ」

「堅いね……」

「い、イナズマ・ホームランが効いてない……!?」

「嘘でしょ……!? あのあらゆるモノを粉砕するイナズマ・ホームランが通じないなんて……!!?」

 

 ざわめきが会議室を埋め尽くす。現在、横島の鎮守府で打撃最強の名をほしいままにしているイナズマ・ホームランが効果を上げなかった場面では、特に大きなざわめきが起こった。電は恥ずかしそうに顔を俯かせている。

 

「……で、こいつ。この軽巡ト級は“elite(エリート)”ってやつなんだそうだ」

「“エリート”……?」

 

 その言葉に皆が首を傾げる。中には顔を顰め、こめかみを押さえる者もいる。それはまるで、頭痛に耐えているかのような姿だった。

 横島はそんな彼女達を視界に収めながらも、天龍から伝え聞いたeliteの特徴を語る。特筆すべきはその防御力であり、その源は()()()()()ということを。

 霊力――――。魂から抽出される、生きとし生けるもの全てに宿る力。それを操る者を霊能力者と呼び、彼等が振るうその力は、時に奇跡をも呼び起こす。

 そんな力を、敵は操るというのだ。

 

「そんな……!? か、勝てるわけないじゃんかそんなのっ!!?」

 

 悲鳴にも似た声で皐月が叫ぶ。その言葉を否定する者は誰もいない。否、否定する意思はあっても、霊力を操る者のデタラメさを()()()()()から、否定することが出来ないのだ。

 

「……」

 

 横島は皐月の言葉に目を瞑る。そう、この少年こそが霊力の使い手であり、艦娘達に霊力を持っている相手に勝てるはずがないという認識を負わせている元凶の一つでもあるのだ。

 何せ彼は艦娘を越えるほどの体力を持ち、一瞬でその場から消え去るほどの瞬発力を持ち、艤装を展開した艦娘を持ち上げることが出来るほどの力を持ち、放たれた機銃の弾丸を全て見切るほどの動体視力を持ち、何よりも現在の鎮守府最高戦力である天龍が「自分よりも上」と明言するほどの強さを持つ少年なのだ。

 更には先ほど名を挙げた天龍には劣るものの、それでも圧倒的な力を持つ加賀。霊力の修練に励み、メキメキと実力をつけ、言霊を習得しつつある扶桑。彼女達も霊力を操る存在であり、その頼もしくも恐ろしい実力から他の艦娘達の認識を歪ませている元凶でもあった。

 皆と自分の認識の違いを改めて思い知り、横島は誰にも気付かれないように小さく息を吐く。現在、自分達にも霊力が使えることをちゃんと理解している者は少ないのだ。吹雪・霞・天龍・龍田・扶桑・赤城・加賀・龍驤・那珂・大淀。そして先の会話で球磨・多摩・名取・雷・電がそれを教えられた。それでも全体の三分の一にも満たないのだ。

 確かに横島は今まで皆の前で「皆にも霊力はある」と言ってきた。だが、その霊力を認識出来る者は限られており、操る術も理解出来ていない。このような状態で、横島の言葉を完全に信用することは出来なかったのだ。

 吹雪や霞達、霊力について知っている者達も、横島同様に自分達と他の皆との認識の違いに苦い表情を浮かべる。思えば、横島から聞かされていることを誰かに伝えたことはなかった。天龍や扶桑達を除き、自分達にも扱うことが出来なかったからである。その点では、吹雪達も他の艦娘の皆と同じであると言えるだろう。霊力の存在は知っていても、それを自分が使えるとは思っていなかったからだ。

 

「……なあ、みんな。霊力を扱う軽巡ト級には、砲撃も、機銃も効果が無かったのは見てたよな?」

「……?」

 

 横島は皆を見回しながら、映像を巻き戻し、ト級が砲撃を受けているシーンを再生する。横島の言う通り、映像の中のト級は砲弾も、銃弾も、その全てを弾き返している。その装甲には傷が付かず、太陽の光を反射して輝いている。……そして、映像はとある部分で一時停止し――――。

 

「じゃあ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……あ」

 

 映るのは電が大きく振りぬいた錨がト級を強かに打ちすえ、装甲に僅かながらも亀裂を入れたシーン。確かにこの一撃は強烈だ。しかし、何故この攻撃だけが明確なダメージを与えることが出来たのか。その答えに行き着いた者から、吐息にも近い驚きの声が上がる。

 

「――――そう。電は、無意識の内に霊力を操っていたんだ」

「……え、ええぇっ!!?」

 

 自らを真っ直ぐに見据え、そう断言した横島に電は驚きの叫びを上げることしか出来ない。また、周囲の者もその衝撃の事実に驚きを隠せないようで、電を見たり、話を聞こうと躍起になっている者もいる。

 そんな中、曙は信じられないものを見るように電を見つめていた。彼女も自分と同じように霊力を持っていない者だと思っていた。しかし、それは間違っていたのだ。曙の胸中に、鈍い痛みが走る。自分勝手なことではあるが、曙は裏切られたような気持ちになったのだ。

 それは間違っているということは自分でもよく理解している。しかし、それを分かっていても曙の心は千々に乱れてしまうのだ。

 

「……そんで、何度も言うようだが――――」

 

 曙の耳に横島の声が聞こえてくる。ざわめきの中、不思議と横島の声は曙にも届いていた。そして、その言葉を聞いたのだ。

 

「――――みんなも、霊力を持っている」

 

 まるで波紋が広がるように、ざわめきは徐々に収まっていき、やがてシンとした沈黙が会議室を支配した。誰もが言葉を発せない。誰かが言葉を発する前に、横島は畳み掛けるように言葉を重ねていく。

 

「確かに、天龍や加賀さんは分かりやすいくらいに滅茶苦茶な強さを持ってる。対して自分達は二人のような強さを発揮出来ない。俺も天龍達ばっか近くに置いて、他の子達をあまり近づけなくしてた。……言い訳になるけどさ、これには理由があったんだ」

 

 横島は天龍達に時間を割いていた理由を語る。天龍達に基礎を教え、やがては皆の霊力の扱い方を教える教師役をやってもらうつもりであったこと。自分だけでは全ての艦娘に修行をつけられるわけではない。

 

「けど、だからといってみんなにちゃんと説明せずにいたのは、みんなを蔑ろにしたのと同じだよな。……悪かった、ごめん」

「し、司令官……!?」

 

 吹雪の、そして他の艦娘達の驚く声が聞こえる。横島は皆に対し、深く頭を下げていた。今この場において、横島はまず皆に謝罪をしようと考えていたのだ。真摯に頭を下げ続ける横島に、誰も口を開くことが出来ない。やがて横島はゆっくりと顔を上げ、皆を真っ直ぐに視界に収める。動揺はしているようだが、非難するかのような顔をしている者はいなかったので、それが横島にはありがたかった。

 

「……ちょっと時間取っちゃったな。話を戻すけど、みんなも霊力を持っているっていうのは事実だ」

「……あ、の……でも、私はその、霊力が見えも感じもしませんが……」

 

 ここでいち早く動揺が抜けたのか、普段あまり口を開かない弥生が挙手をして疑問を呈する。他の皆も弥生のお陰で動揺から抜け出し、彼女の言葉に頷く者も多い。艦娘の中には天龍や加賀達が発する霊力光を見ることが出来ない者も多く存在する。

 

「ああ。最初はゆっくり時間を掛けて訓練して、みんなに霊力を知ってもらおうと思ってた。でも、“elite”なんて奴が出てきて、みんなが危険な目に遭うのなら……って考えて。……俺は、ようやく決心がついた」

 

 横島は懐からある物を取り出す。それは長方形の、少女の姿が描かれたカード。

 

「それって……艦娘カード?」

 

 叢雲が一番に反応する。横島が取り出した艦娘カードは、自分のカードだったが故だ。取り出された()()の使い道など、一つしかない。

 

「そっか、近代化改修ね……!」

 

 納得したように叢雲は手をパンと打つ。確かに近代化改修をすれば艦娘の火力、雷装などの基礎能力が上がり、より攻撃能力がアップする。これならばあのト級にダメージを与えることも可能かもしれない。そして、この話の流れならば、と皆は霊力の習得方法に察しがつく。

 

「……あれ? でもそれなら何で今まで近代化改修しなかったの? 艦娘カードって結構ダブってたはずだけど……?」

 

 しかし、これには白露を始めとして、多くの艦娘が疑問を持つこととなる。どうして今まで横島は頑なに近代化改修を行わなかったのか。その理由が分からない。

 

「この艦娘カードは、既に鎮守府に存在している艦娘が建造なりドロップなりすると現れる……それで合ってるな?」

「ん……? 合ってるけど……?」

 

 念を押すような横島の確認に、多くの艦娘は頭に疑問符を浮かべる。だが、何人かの察しの良い艦娘は、横島の言葉の意味に気付き、目を見開いている。まさかとは思うが、彼ならばありうるだろう、という考えだ。

 

「そう……。つまりこのカードは、みんなの()()()()()()()姿()でもあるわけだ」

「え――――」

 

 息が詰まる。横島のその言葉を切っ掛けに、またも場の空気が変わった。横島は皆に見えやすいようにやや高めにカードを掲げ、皆を見渡す。まず横島が見据えたのは白雪だ。

 

「例えば任務報酬で白雪にここに来てもらう前に白雪の建造に成功していたら、ここにいる白雪はカードとして存在することになっていたかもしれない」

「う……」

「例えば響が建造される前に響をドロップしていたら、ここにいる響はカードになっていたかもしれない」

「む……」

「例えば天龍をドロップする前に天龍を建造していたら、ここにいる天龍はカードになっていたかもしれない」

「あー……」

「その艦娘達は、ここにいるみんなと同じ姿でも……違う艦娘達なのかもしれない」

 

 次いで響、天龍と視線を合わせていき、もしかしたらの可能性の話をしていく。ここにきて、横島の言わんとすることが皆にも理解出来た。横島は――――艦娘カードすらも、()()()()()()()()()()()()()

 横島の言っていることは単なる可能性であるし、この場の艦娘達が存在しなくなるということは無いのかもしれない。だが、その可能性が存在している時点で、横島には言いようのない感情が押し寄せてくるのだ。

 

「今ここにいる中の“誰か”が沈んだ時、この中の対応するカードがその誰かとして艦娘になる……。その子は、俺の知っている“誰か”じゃないのかもしれない……。俺は、それが怖い。怖いんだよ」

 

 それは、横島の中にある()()()()()()とよく似た感情であった。何度も言うが、それはあくまで可能性に過ぎない。しかし、それを確かめるには、横島はまたも失わなければならない。それは彼にとって、絶対にありえない選択肢である。

 横島は今回ト級と遭遇したことで、改めて皆を沈めたくないと強く思った。皆を沈めない――――ならば、それを為すにはどうすればいい?

 皆を沈めない――――それを思い、尚も()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――――横島は決意したのだ。

 

「……この、カードの状態である()()()()には、肉体も、多分だけど魂も宿ってない。この子達に肉体と魂が与えられるのは、対応する誰かが沈んだ時……。でも、この子達も艦娘なら、そこにはきっと、思いが宿っているはずなんだ」

「……思い、ですか?」

 

 吹雪が問う。カードに……艦娘達に宿る、思い。自分達以外の者が語る、それを。

 

「誰かを守りたい。誰かを助け、救いたい――――それが、艦娘のみんなに共通した思いだと思う。霊力とは魂の力。それを引き出すのは感情……思いの力だ。近代化改修ってのは、思いを重ね合わせることで魂を強化する方法なんじゃないかと俺は考えてる」

「思いを……重ね合わせる……」

 

 それは聞く者が聞けば、一笑に付されるような内容だろう。だが、それでもその場にいた艦娘達の心に、その言葉は確かに響いた。聞いたこともないような話であるが、何故か、それが正しいことであると確信しているようにするりと受け止められる。そんな不思議な力が、その言葉にはあった。

 

「……龍田、名取」

「はぁい」

「は、はいっ」

 

 横島が名を告げる。

 

「球磨、多摩」

「クマー」

「にゃっ」

 

 それは、ト級との戦いに敗れたメンバーだ。

 

「電……そして、曙」

「は、はいっ……なのですっ」

「……はい」

 

 名を呼ばれた者達は立ち上がり、周囲の、そして横島からの視線を受ける。横島は彼女達を見つめ、艦娘カードを掲げる。

 

「今からお前達に、近代化改修を施す。……()()()()は、お前達の力になってくれるんだ。ただのカードと思わずに、この子達の力を、全てを受け取る。――――その意味を、よく考えて欲しい」

「――――はいっ!」

 

 六人の力強い返事に、横島は軽く笑みを浮かべる。

 横島は明石を呼び、彼女に量産を依頼していた端末を以って、二人がかりで近代化改修に乗り出した。カードを選び、艦娘達に改修を施す。特別な作業などすることもなく、それはただ静かに始まり、そして終わる。

 艦娘達は不思議な気分を味わっていた。近代化改修が施される度、彼女達の身体は霊力の光に包まれる。その、内側から満たされるかのような暖かな光。それは、どこか懐かしいような感覚を呼び起こすものだった。

 

「……これは」

 

 皆の近代化改修が終わる。横島の目から見ても、その変化は劇的だった。

 身体の中から溢れるような生体発光(オーラ)の力強さは、今までの比ではない。予想以上の結果に、思わず感嘆の吐息が漏れる。

 

「みんな、目を閉じてリラックスしてくれ」

 

 横島は六人にそう指示し、霊力の扱い方を指導する。

 

「意識を身体の内側に集中して、光や熱……そういったものを感じ取るんだ」

「……っ」

 

 横島の言葉に六人は深く意識を沈める。身体の内側――――その中心点、そこに確かに存在する、今までは感じられなかった“何か”の存在を確かに掴む。

 

「それを、全身に広げろ」

「――――!!」

 

 ――――そして、六人は霊力を発動する。その身から放たれる確かな霊波。それは強さは天龍達と比ぶべくもないが、安定性は別格だ。未知なる感覚に驚き、すぐにその霊力を霧散させてしまうも、横島の言葉に従ってすぐさま再放出を成功させる。コントロールという点では、天龍達を大きく上回っているようだ。

 

「何か……凄く、温かいにゃ……」

「そうねぇ……それに、力が溢れ出てくるみたいだし、これならすぐにでもリベンジを果たせそうかなぁ?」

「油断大敵クマ……と言いたいクマが、これは確かにそう言わせるだけの高揚感があるクマね。球磨もイケそうクマ」

 

 未知の力に溺れて……というわけではないのだろうが、珍しく慎重派の球磨も好戦的な意見を返す。横島が他の二人も見れば、名取も電も、随分と気合を入れているようで、少々鼻息が荒くなっている。こちらの二人も龍田達同様に戦いたいようだ。

 横島は最後の一人に視線を向ける。彼女は身体から溢れる霊力を見つめ、何かを深く考え込んでいるようだった。

 

「曙、お前はどうだ?」

「……えっ? えっと……」

「お前はどうする? お前は、どうしたい?」

「私は……」

 

 曙は俯き、両の掌を見つめる。何を思っているのか、何を考えているのかは横島には分からない。やがて曙は両の手を強く握り締め、横島を真っ直ぐに見据え、口を開く。

 

「……私は。私も、戦いたい」

 

 視線が絡み合う二人。曙は口を強く結び、その様は意志を曲げる気はないという決意の表れの様にも見える。

 

「本気なんだな?」

「本気よ。そうしないと……そうしないと、私はもう、これから先……前に、進めそうもないんだもの……!!」

 

 ともすれば、曙は折れそうな心を必死に繋ぎとめているのだろう。涙が零れそうな目で前を睨み、弱気が漏れそうになる口を強く結び、震えそうになる手を白くなるまで握り締めて。そうして、無理矢理にでも前へと進もうとしている。

 曙の様子を見た横島は、その危うさを見抜く。本当ならば止めるべきなのだろう。だが、横島は不思議とその選択肢を頭の中から放り出していた。

 横島は自分を真っ直ぐに見る曙の決意に絆されたと言っても良い。しかし、それでもだ。明確な根拠を示せと言われれば「無理!」と即答してしまうだろうが、それでも横島には曙達に出来るという確信を抱いていた。それがどういった考えからの結論かは分からない。それでも、横島は彼女達の思いに応えたいと思う。

 

「……本当ならバカなことを言うなって止めるべきなんだろうけど。でも、何でだろうな。俺はお前らの背中を押したいと思っちまってる。……怪我をすんなとは言わない。無茶すんなとも今回は言わん。――――でも、必ずみんなで帰って来い。それが約束出来るなら……行って来いよ」

「――――はいっ!!」

 

 六人が大きな声で応える。横島は他の皆にこの場で待機するように指示を出す。艤装を展開し、出撃の準備に取り掛かる六人を応援する皆の温かな声。今この場において、皆の思いは一つである。

 

「さあ、出撃だ!!」

「了解っ!!」

 

 今、霊力を纏った六人の艦娘が出撃する。全ては前へ進むために。勝利を掴むために。

 

「――――雷」

「……うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

『よし、ここまでは順調だな』

 

 通信から聞こえる横島の言葉通り、出撃した龍田率いる第一艦隊は見事敵“水雷戦隊”を撃破してみせた。それも無傷で、である。

 ちなみにだが、現在横島は執務室ではなく会議室で戦闘の指揮をしている。皆にも龍田達の戦いが見れるよう、端末の映像をプロジェクターで投影しているのだ。

 

「んん~、やっぱり何だか身体が軽いなぁ。これなら雪辱を果たせそうだねぇ」

 

 龍田は嬉しそうに息を吐きつつ、伸びをして身体を解す。龍田の言う通り、皆の動きは今までよりも更に洗練されていた。まるで、今までの自分達には多くの枷が付けられていたのかと錯覚してしまいそうになるほどの爽快感と開放感。戦闘が苦手な名取も敵の砲撃をかわし、逆に反撃をして相手を沈めてみせた。近代化改修の結果は上々といえる。

 

「でも、いきなりト級の姿が見えた時はビックリしたのです」

「クマー。ここ、他にもト級が出るみたいクマね」

「いい準備運動の相手になってくれたにゃ。これなら負けにゃい」

 

 皆が気合たっぷりに先ほどの戦闘の感想を述べている。いつもよりもっと、ずっと慎重に。現在の自分達が扱える霊力を測るための戦い。その甲斐あって限界を知ることが出来た。……戦った深海棲艦達には色々と同情する。

 意気軒昂な艦娘。しかし、その中で一人だけ浮かない顔をしている艦娘がいた。そう、曙だ。

 確かに今までよりも火力は出ているし、身体の調子も良い。内側から滲み出る力は確かな安心を与えてくれる。……しかし、そんな状態でも曙の心の中には不安が強く根付いていた。

 先の戦闘で味わった無力感、絶望、恐怖。そういったものは早々拭えるものではない。次に相対した時、はたして自分はト級と()()()()()()()()()()……。

 

「大丈夫クマ。危なくなった時は私達が助けるクマ」

「え……?」

 

 不安に曙の身体が震えそうになった時、背中に優しく手を添えられ、柔らかな声音で球磨はそう言った。

 

「曙はもう少し他人に頼った方がいいクマ。曙の周りには頼りになるお姉さんがこんなにいるクマよ?」

 

 にかっと笑いながらの球磨の言葉に、曙はしばし呆気に取られる。球磨の言葉通りに周りを見れば、そこには力強い笑顔を見せてくれる龍田達の姿がある。必ず勝てる保証などあるわけでもないのに自信満々なその姿は滑稽でもあるが、それ以上に、今の曙には何よりも頼もしく見えた。

 知らず、曙の顔に笑みが宿る。今はまだ小さなその笑みも、この戦いを終えればきっと大きなものとなるだろう。

 

『さて、羅針盤(ルーレット)の時間だぞー』

 

 横島の言葉に、羅針盤妖精が「えいえいえーいっ!」と勢い良く回す。羅針盤が指し示した場所は前回と同じく、運送船団が居る地点。どうやら羅針盤という名の運試し要素も空気を読んでくれたらしい。これで別の場所だったら横島が即座に撤退させていたところである。もちろん出来るかどうかは別だが。

 ……もしかしたら、横島の後ろでただひたすらに「お願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いしますお願いします」と祈りを捧げ続けている扶桑のお陰かもしれない。ぶつぶつと小さな声で囁き、前髪で目が隠れているのが恐怖を誘う。横島は背中をじっとりと濡らす冷や汗と供に、そんな扶桑に気付かないふりをしている。何故だろう、扶桑の目がビカーっと光っているような気がする。

 

「……さぁ、みんな。油断せずに行こうねぇー」

 

 龍田の号令に従い、皆は一歩を踏み出す。今度こそ――――その誓いを胸に。

 

 そうして、無人の海を進むこと数分。遂に、その時がやってきた。

 

「……て、敵艦隊を発見しました。戦艦ル級、駆逐ニ級、輸送ワ級……そして、軽巡ト級!!」

 

 名取が敵艦隊を捕捉……瞬間、艦娘の雰囲気が激変する。それは研ぎ澄まされた刃物のように。そして、張り詰めた弓のように。燃え滾る激情の中、ただただ凍てつく氷のように――――。

 艦娘達の接近に気が付いたのか、ル級を始めとした敵艦が迎撃態勢を取る。一触即発の空気の中、軽巡ト級がようやく気付いたのか、ゆっくりと龍田達の方に身体を向ける。装甲に入った、小さな亀裂――――あの時のト級だ。

 

『戦闘開始だぁっ!!』

「了解っ!!」

 

 横島の命令に艦娘は吼えるように返す。狙うはまず周りの深海棲艦。油断はしない。今の彼女達にそんな余裕はない。一撃一撃に力と決意、思いを込めて、全力で戦うのみだ。

 戦艦ル級の砲撃により、直撃はしなくても小破してしまう。近代化改修で魂が強化され火力が上がったとしても、耐久の面では変わりはない。それでも怯まずに戦いを続ける。

 痛い、怖い、逃げ出したい――――。頭に過ぎるそれらの言葉。しかし、それでも戦いを続ける。自分達は戦うことを選んだのだ。そんな自分達を、あの司令官は送り出してくれたのだ。

 いつも怪我をするなと言ってくれた司令官が、いつも無茶をするなと言ってくれた司令官が、いつも心配だと言って出撃に文句を言う司令官が。――――“行って来い”と、言ってくれたのだ。

 艦娘達は、そんな横島に応えたい。そして、自分達の為に()()()()()()()()()()()()()()に報いたい。だから、戦うのだ。

 

「ル級、撃沈!! これで残りは……!!」

 

 龍田がル級を沈め、最後の敵を睨む。波に揺られて自分達を眺めるその姿は、やはり不気味なものがあった。ト級は周囲を見回し、再び龍田達を見やる。自分の周りに存在した他の深海棲艦がいなくなったことに気付き、ト級は全身に霊力を行き渡らせる。

 

「……!!」

 

 あの時は感じなかった、ト級の霊波。それも近代化改修を施された今ならばはっきりと感じ取れる。敵、軽巡ト級の発する霊波の強さは――――今の自分達より、ずっと上だということを。

 

「だからって、勝てないわけじゃないのよねぇ!!」

 

 龍田はそれでも果敢にト級に突っ込む。彼女の顔に浮かぶのは絶望ではなく、笑みである。以前はどのくらいの差があるかも分からなかった。だが、今ならばその差がはっきりと分かる。彼女にとって、それは勝機の一つである。

 球磨と多摩は龍田のフォローに回り、残りはト級の動きを阻害する。

 

「まずは……!!」

 

 挨拶代わりの一発。龍田はト級に向けて砲撃を行う。相変わらず避けるそぶりすら見せないト級。龍田達の攻撃など、避けるほどでもない……そう考えているのだろうか。ならば、それは間違いである。

 

「……っ?」

 

 着弾した場所。そこに大きな衝撃が走る。目まぐるしく姿を変える景色――――気付けばト級は海面を転がっていた。それに気付き、即座に受身を取って体勢を立て直す。しかし、それでもト級は何故自分が海面を転がったのかが理解出来ないでいた。

 身体に走った衝撃。装甲を砕き、肉体を穿った雷のような刺激……今尚身体を蝕むそれを、痛みという。ト級は、それを理解出来ないでいる。

 

「……これなら」

 

 自分の砲撃に吹き飛ぶト級を見て、龍田は思わず笑みを深める。相手の損傷はまだまだ軽微。それでも傷付けられないわけではなく、ダメージを与えることに成功した。

 そこに横島からの指示が飛び、ト級に向かって左右から追撃が入る。球磨・多摩・名取・電の四人による十字砲火だ。タイミングをずらして行われたそれにト級は身を捩るも、何発かは着弾し、爆炎に飲み込まれてしまう。しかし、ト級はその炎の中からあっさりと飛び出してきた。

 

「アアアアァァァアアァァア゛ア゛ッ!!」

 

 それは怒りに染まったかのような咆哮。否、ト級は確かに怒り狂っているのだ。

 身体を蝕む未知の刺激……痛み。身体中に損傷が見られるト級は、先ほどの攻撃で中破していた。全身を駆け巡る不快な感覚にト級は怒りを抱き、それを押し付けてきた龍田達艦娘に対して激昂したのである。怒りは判断を鈍らせ、視野を狭める。力を制御せず、感情のままに振るうのは愚策だが、それで逆に有利に立てることもある。

 

「ど、どうなってるにゃ!?」

「カッチカチクマー!!」

 

 霊力とは魂の力。それを引き出すのは感情だ。怒りの感情に呼応し、ト級の霊力によって更に防御力が上がる。ようやく通用するようになった攻撃も、今のト級の頑強さの前には意味を成さない。そのまま反撃を受け、球磨と多摩は中破してしまう。

 

「くそ……っ!!」

 

 曙は思わず毒づいてしまう。遂に……遂に自分も戦闘で役に立てる時が来たのだ。天龍のように、加賀のように、扶桑のように。霊力を操り、深海棲艦を倒して皆を守ることが出来るようになったというのに。自分は、こんなところで躓いてしまうのか? 自分の限界は、こんなところなのか?

 歯がギシギシと音を立て、涙が溢れそうになる。あれほど情けない真似をした。情けない姿を見せた。そんな情けない自分を、信じて送り出してくれた者達がいる。それに応えられないのか?

 

 心を奮い立たせるも、徐々に戦意が失われていく。諦めが曙の心に影を落とそうとした、その時。

 

 ――――なーにシケた顔してんのよ。

 

「――――え?」

 

 曙は、()()()()()から声を聞いた気がした。

 

 

 

 

「どーすんのさ、提督!? このままじゃまたみんながやられちゃうよー!?」

 

 手を振り乱すように、川内は横島に食って掛かる。横島は取り乱す川内を落ち着かせるために彼女の頭に手を乗せる。

 

「大丈夫だ。……あの子達を信じてやってくれ」

「……そりゃ、そりゃ信じてるけど……!?」

 

 尚も言い募ろうとする川内の目を、横島は真っ直ぐに見据える。

 

「……もうすぐ、()()()

 

 

 

 

 

 曙は自らの内側から響いた声に動きを止める。動きを止めるのは致命的だが、今は龍田達が気を引いてくれている。多少ならば問題はないと言えるだろう。

 

「……何よ、幻聴まで聞こえてきたの……?」

 

 そこまで自分が追い込まれていたのかと先程とは別の意味で涙が出そうになるが、その涙も引っ込むことになる。

 

 ――――アイツをぶっ倒すんでしょ?

 

「……」

 

 ――――アイツをぶっ倒して、前に進むんでしょ?

 

 自分の心を突き刺すように、その声は真っ直ぐに響く。それは曙が望むこと。曙が渇望すること。今のままでは、成し得ないこと――――。

 

『確かに今のままじゃあのト級にダメージは通らない。あの防御力を貫くには、もっとパワーが必要だろーな。――――だったら、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 冷静な横島の声が端末越しに聞こえた。それと同時、戦闘空間に闇が広がっていく。戦場の皆も、会議室の皆も、瞬時に横島の意図に気が付いた。

 その空間は一部の艦娘の力を最大にまで高める効果がある。暗闇が支配する世界――――それは、“夜”。

 

『さぁ、お待ちかねの時間だぜ!!』

 

 ――――我、夜戦に突入す!

 

『夜せ――――』

『夜戦の時間だーーーーーーっ!!!』

『おぎゃあああああああ!!? み、耳がっ!? 耳がーーーーーー!!?』

『うわあああああ!? 川内が耳元で叫んだせいで提督の耳から血が噴き出したーーーーーー!?』

『え、衛生兵!? 衛生兵ーーーーーー!!』

 

 夜戦が始まり、歓喜のあまり川内が叫ぶ。その咆哮は横島の鼓膜を容易くぶち抜いてしまいました。しかし、通信から響く声は小さく絞られている。流石は高性能な端末である。

 

 ――――さあ、舞台は整ったわ!! ()()とアンタの思い、アイツに叩きつけてやんなさいっ!!

 

「……っ!!」

 

 その声に弾かれるように、曙は力強く走り出した。その声に報いるために。その声に応えるために。

 

『みんなっ! 曙のフォローに回れ!!』

 

 横島は曙の顔を見て、彼女に全てを託すことを決めた。現在曙達には見えないが、今も横島は耳から血を噴き出しており、その周囲は阿鼻叫喚の様相を呈している。

 

「言われなくとも、ねっ!!」

 

 龍田は横島の命令が出されると同時に動き出していた。機銃を放ち、ト級の気を引く囮役となる。球磨、多摩も横島の命令に従い、龍田と同様に動く。中破している分慎重に、ではあるが。

 曙は自分の主砲を握る手に力を込める。そこに霊力を……思いを込めるために。

 

「……ッ!!?」

「えっ!? ちょ、待ちなさい!!」

 

 囮役の龍田を追いかけていたト級が急に動きを止め、背後を振り返り一直線に波間を進む。ト級の視線の先……そこにいるのは曙だ。ト級の本能を刺激する()()。それに従い、曙を仕留めようとしているのだ。腕と脚を使い、まるで四足獣のように猛進する。

 龍田・球磨・多摩を振り切り、鬼気迫るような勢いで海を駆けるト級。自分を突き動かすその感情を、彼女は理解していない。否、理解出来ないのだ。

 ()()()()()()()()()()、一度も恐怖を味わったことが無い故に――――。

 

「ア゛ア゛アアアアァァッ!!!」

 

 その叫びにはどのような感情が込められているのかはト級自身も分からない。だが叫ばなければ、胸の内側からせり上がってくる焦燥を誤魔化せはしなかった。しかし、それも。

 

「……今ですっ」

「――――ゥアッ!!?」

 

 腕に走る強烈なまでの痛み。走る勢いのまま身体が海に叩き付けられ、その衝撃によって呼吸が出来なくなる。ト級の腕には砲撃を受けた痕が存在した。今まで隙を窺っていた名取による狙撃である。

 そして、隙を窺っていたのは名取だけではない。

 

「イナズマ――――」

 

 海面に打ち付けられる踏み込みの足。その反動をロス無く全身に伝わせ、振り下ろす錨の威力に変える。海面スレスレにまで振り下ろされた錨は軌道を変え、今度は天へと上る昇り竜となる!!

 その軌跡はまさにV。これこそはイナズマ・ホームランの派生系――――。

 

「――――(ダウン)(アッパー)・ホームランッ!! なのですっ!!」

「ゴ……ッ!!?」

 

 倒れた状態で顔面に錨を食らい、その威力によりト級の身体は浮き上がるように立ち上がっていた。あまりの痛みに思考がまるで働かず、その意識は混濁の海を漂い、ト級は無防備な姿を晒してしまう。既に電はその場を離れている……遂に、終わりの時が来たのだ。

 

『今だ、曙ぉっ!!』

 ――――曙っ!!

 

 横島の声と内からの声に導かれるように腕を上げ、主砲の照準を合わせる。

 

『――――ぶちかませぇっ!!』

 ――――ぶちかましなさいっ!!

 

「う……ああああぁぁぁっ!!!」

 

 外と内と。二つの声が重なり、曙は引き金を絞る。撃ち出された砲弾は空気を裂いて突き進む。長時間全力で注がれ続けた霊力により砲弾は淡く発光し、微弱な紫電をも纏う姿は夜戦空間も相まって流星を思わせる。

 流星は狙い違わずト級に着弾。意識が無い故に霊力を纏っていなかったため、その装甲を容易く突き破り、ト級の身体に大穴を開けていた。

 

「――――ア……、――ァ、……、………………」

 

 ト級は何も出来ぬまま背中から倒れこみ、そのまま海中へと沈んでいった。やがてぶくぶくと音を立てる気泡が無くなり、海面に波紋も出来なくなった頃、ようやく曙はその言葉を搾り出した。

 

「……勝……った?」

 

 その一言により、海上と会議室が即座に沸騰した。

 

「やったクマーーーーーー!!」

「よくやったにゃーーーーーー!!」

「うわあっ!?」

 

 曙は背後から抱きついてきた……もとい、飛びついてきた球磨と多摩の二人に押し潰され、思い切り海水を被ってしまう。出撃中は水を被るのはよくあることではあるが、こんな風に押し潰されるのは初めての経験である。

 

「ちょ、重い! おーもーいー!!

『はっはっは、何かこういう曙は新鮮だな……それにしてもさっきから端末の調子がおかしいな。音声がまるで聞こえん。というか自分の声も聞こえない……あれ、どうなってんだコレ?』

『休んでください……!! 今は休んでいてください司令官……!!』

『テメェコラ待ちやがれ川内ーーーーーー!!』

『ひええええぇぇっ!? ちょっ、助けて神通!! 那珂ちゃーーーーーーん!!?』

 

 何やらとんでもない通信が流れてきているような気がするが、とりあえず今はスルーをしよう。曙は耳に入ってくる通信を極力無視し、頬擦りしてきたり頭を撫でてくる球磨・多摩に龍田、名取に翻弄される。これで電にまではっちゃけられたら普段から切れやすい堪忍袋の緒も千切れてしまっただろう。現在電は皆の輪には入らず、喜び騒いでいる球磨達の様子を微笑みながら眺めている。

 

「……勝ったのよね」

 

 曙は未だに実感が湧いていないのか、また呟くようにそれを言葉にしてみる。球磨が「そうクマよー!」などと背中をバシバシと叩いてくるのが鬱陶しいが、曙とて球磨の気持ちは理解出来る。

 

「……勝ったわよ」

 

 曙は誰にも聞こえぬように、自分の内側から聞こえてきた声に対して勝ったと報告をする。しかし、それに返ってくる声はない。あの声はもう聞こえなくなってしまった。

 本当に幻聴だったのだろうか? 曙はその疑問は否と結論付ける。あの声の主は確かに存在したのだ。そして今も、確かに存在し続ける。それはきっと、自分の心と共に、いつまでも。

 

「さぁ、ドロップの確認も終わったし帰りましょうか。みんなも待ってるわよぉー?」

 

 龍田の言葉に皆が頷く。今回ドロップしたのはいずれも艦娘カードだった。いつもは特に何の感慨も抱かないが、これからは違う。彼女達がいるからこそ、自分達は今回勝つことが出来たのだ。曙は龍田から二枚の艦娘カードを預かり、大切に持ち帰る。その身をどうこうすることは出来ず、近代化改修に使うことしか出来ない。だからこそ、彼女達に敬意を払わなければならないのだ。

 

 龍田の号令に従い、帰途に着く。曙は胸にじんわりと沁みこんで来る感慨に頬を緩め、馬鹿騒ぎをしている球磨達に溜め息を吐きながらもそれを楽しく思う。出撃前はあれだけ沈んでいたというのに、少しだけ心が軽くなった。

 

 

 

 

 

 

「みんなー!! お帰りなさーーーい!!」

 

 鎮守府の港には多くの艦娘が帰りを待ってくれていた。龍田達が陸に上がると、すぐさまもみくちゃにされてしまう。身体をバシバシと叩かれたり、胴上げをされたり、目の前でボロボロに泣かれて通訳不能の祝いの言葉(?)を掛けられたり……何だか、以前見たスポーツ番組の特集を思い出す曙。

 曙の視線は誰かを探すかのように辺りを見回すが、どうやらお目当ての艦娘はここにはいない。軽くなった心がまた重くなるのを感じたが、それを顔に出してしまうと折角の雰囲気が壊れてしまう。

 曙達六人は大淀から一先ずドックに行き、疲れを流すように言われる。その際に球磨が横島の所在を聞いたのだが、「……医務室です」と視線を逸らされながらの言葉に同情を抱く。そういえば通信で耳から大量出血をしたらしいことが聞こえた。川内を始めとする何人かがいないのは、このせいもあるのだろう。

 龍田は苦笑を浮かべ、皆を促してドックへと向かう。ちゃんとした祝勝会は後日開催するらしく、楽しみにしておくように、との言葉が嬉しい。去り際に大淀から入渠が終われば食堂に来るように言われる。そのまま食事を済ませろということなのだろう。

 

 皆で入る浴槽。疲れが身体から染み出し、ついついだらしのない表情を浮かべてしまう。そのような状態でも、曙は心の中で“彼女”を思う。仲直りをしたいものだが……自分はあまりに酷いことを言ってしまった。許してくれるだろうかという不安が胸中に渦巻く。先程港で待っている中に彼女が居なかったのが、更に曙の不安を煽っている。

 

「……きっと大丈夫なのです」

「え……?」

 

 不意に、隣から声を掛けられた。見れば、そこには電が優しく微笑みかけてくれている。それだけではなく、他の者も一様に曙を見つめていた。どうやら皆には筒抜けだったようである。

 

「すぐに仲直り出来るクマよ」

「機会を待てばいいにゃ」

「アンタらは気楽でいいわよね……って、あっ!?」

 

 のほほんとした顔を向けてくる二人に対し、曙はつい辛辣な言葉を返してしまう。そして自分の口の悪さに気付き、自己嫌悪に陥る。球磨達はそんな曙を見て朗らかに笑う。曙からすれば笑い事ではなく、そのせいで雷とケンカをしてしまったのだ。

 

「まぁ、曙ちゃんの口の悪さは今に始まったことじゃないからねぇ~」

「うぐぅっ!?」

「た、龍田さん、言い過ぎですよっ」

 

 意地悪な言葉を掛ける龍田に胸を押さえる曙。名取も窘めはするが否定はしてくれず、やはり自分はそういう風に見られているのだと言うことに軽く泣きそうになる。

 電はもう周りを完全に無視し、曙へと声を掛ける。

 

「雷ちゃんはちゃんと曙ちゃんのことを理解してくれているのです。だから、きっと大丈夫なのです」

「……? それって、どういう……?」

 

 曙の問いに電はただ微笑みを返すだけ。その後、からかってくる軽巡三人にお湯を思い切りぶっかけたりしながら入渠の時間を消費していった。

 入渠が終われば今度は食事だ。食堂に向かう道すがら、六人は盛大にお腹の虫を鳴らしてしまい、赤面してしまう。考えてみれば食事を取らず二回連続で出撃したのだ。しかも、どちらも激戦である。これで空腹にならないわけがなかった。

 

「あはは……お腹が空いたのです」

「肉にゃ……肉を食うにゃ……」

「晩御飯は魚だったはずクマ」

「がーんだにゃ……出腹を挫かれたにゃ……」

「出腹って……」

 

 夕餉の内容で盛り上がりを見せる一同。特に多摩はお腹が空き過ぎたのか、普段の魚好きをかなぐり捨ててがっつりと肉を食べたい様子。彼女達は今回の功労者。もしかしたら、リクエストすればその内容が通るかもしれない。

 

「お、お疲れさーん」

「て、提督!? 医務室にいるはずじゃ……!?」

「治した」

「ええ……」

 

 曙達が食堂に入り、真っ先に声を掛けてきたのは横島だった。医務室で治療中であるはずの横島の姿があることに龍田は驚くが、その彼の言葉に困惑してしまう。治ったではなく治したとは……そのような高度な医療知識があったのだろうか。

 

「本当なら夕飯は魚だったんだけどな、みんな頑張ってくれたし今回はちょっと特別なメニューになった。まあ、魚もあるからどちらか好きな方を選んでくれ」

「肉かにゃ?」

「ん? ああ、肉も使われてるけど」

「じゃあそっちにするにゃ」

 

 多摩は迷わず特別らしいメニューを選ぶ。その後龍田・球磨・名取は魚を選び、電と曙は特別メニューを選ぶ。何となく魚の気分ではなかったらしい。

 配膳は他の艦娘がやってくれた。特別メニューの内容は肉と野菜が入ったシチューにパンとサラダ。肉は大振りでたっぷりと入っている。味も絶品らしく、多摩は一心不乱に口に入れていく。

 

「美味しいにゃ……!! こんなに大きいのに柔らかく、噛まなくても解れていくのがたまらにゃい……!! 肉の油、野菜のエキスと一緒になったシチューは濃厚でありながらもくどくなく、すっきりとした喉越しをしているにゃ……!!」

「いきなりどうしたクマ……?」

 

 いきなり始まった多摩の食レポに球磨は困惑する。「味の宝石箱にゃー!!」と定番の台詞を交えつつ未だに続くそれに、周囲のギャラリーも感心した様子で頷いている。意外なところで多摩の才能が明らかになった瞬間であった。

 特別メニューは特別の名に恥じぬ出来栄えのようであり、弥が上にも期待が高まる。

 

「おう、お待たせー」

 

 電に料理を持ってきてくれたのは横島だった。鎮守府のトップがするようなことではないが、皆も、そして横島も当たり前のようにそれを受け入れてしまっている。電は横島にさせてしまったので慌てているようだが、周囲の反応に曙は頭が痛くなる思いであった。

 

「……提督、私の分はまだなの?」

「いや、もう来てるぜ。……ほら」

「え……あ――――」

 

 いい加減空腹も耐えがたいものになり、曙が自分の分はどうなっているのかを横島に尋ねる。横島は軽く笑みを浮かべて答えたあと、すっと横に移動した。それによって明らかになる背後にいた人物。曙の料理を持ってきたのは雷であった。

 

「い、雷……」

「……はい、曙の分」

「あ……ありがと……」

 

 互いに視線を合わせず、最低限の言葉のやり取りを交わす二人。横島は苦笑を浮かべて見守っているが、その後二人は動こうとしない。おせっかいになるが、横島はこれも二人のためであると世話を焼くことにする。

 

「ほれ、曙。早く食わねーと折角の料理が冷めちまうぞ」

「あ、そ、そうね。……それじゃ、いただきます……。――――美味しい」

 

 遠慮がちに、そしてチラチラと雷に視線をやりながら曙は食事を開始する。一口シチューを口にすれば、曙は自然とその味を賞賛していた。

 空腹も相まって、食事の手が止まらない。シチューだけでなく、パンもサラダも小さな身体に収めていく。気付けば、曙はあっという間に全てを食べ終えていた。

 

「随分と一生懸命食べてたな」

「う、うっさいわね。美味しかったんだから仕方ないでしょっ」

 

 くつくつと笑いながらの横島に曙は恥らいつつもそう返す。横島は悪い悪いと両手を上げて降参し――――雷へと声を掛ける。

 

()()()()()……美味かったってよ、雷」

「……間宮さんに手伝ってもらったけどね」

「え……!?」

 

 横島の言葉に曙は驚く。先程食べた料理。それは間宮の作ったものではなく、雷が作ったものだった。日頃食している間宮の料理……それに匹敵するものがある料理を、雷が作ったのだ。

 

「……私、戦闘が苦手だから」

 

 雷は戦闘が苦手である。

 暁は普段の様子から頼りなく見えてしまうが、ああ見えて戦闘指揮が得意であり、響も冷静に戦況を把握して戦果を挙げる。そして電は普段から大活躍だ。

 対して自分は戦闘では活躍出来ない。戦場に出るといつも中破か大破をしてしまい、それがなくても今度は敵艦を倒すことが出来ない。訓練も真面目にこなしているのに、どうしてか一向に改善されない。彼女は戦いに関しては才能が無かったらしい。

 このままではいけないと雷は考える。そうして得た結論が遠征や鎮守府での様々な手伝いであった。横島や吹雪、霞、大淀、明石、そして間宮に教えを乞い、様々な知識を得て鎮守府の運営に力を注ぐ。

 始めはあまり多くのものに手を出し過ぎることに横島も渋ったのだが、雷はその心配を跳ね返すほどの成果を挙げてくれている。どうやらそういったことには天才的な才能があったらしく、雷は驚異的なスピードで技術を物にしていった。

 中でも、特に覚えが良かったのが料理だ。間宮にはまだ劣るが、それでも現在の雷の料理の腕前はまさに玄人跣であると言える。

 

 雷は日々の訓練をこなし、遠征で資材を集め、横島達鎮守府の中枢の補佐を務めている。誰よりも、他の誰かの為に動いているのが雷だ。彼女は戦いから逃げたのではない。ただ、()()()()()()()()()なのだ。

 

「この鎮守府で誰が頑張ってるかって聞かれたら、真っ先に思い浮かぶのは雷だな。それはみんなもそう思ってるだろうし……お前もそうだろ、曙?」

「……うん」

 

 そう、曙も本当は理解していた。彼女が日々努力をしていたこと。戦いから逃げたのではないことを。

 食べ終えた後の食器を見る。彼女が作った料理は、本当に美味しかった。いくら才能があろうとも、一朝一夕であれほどの味を出すのは不可能だろう。間宮に手伝ってもらったと言うが、それでもそれは誇るべき努力の証である。

 

「雷……」

「うん……」

 

 曙と雷の視線が、ようやく交わる。

 

「あの、本当に美味しかった。本当に、凄く」

「……うん」

「本当に……美味し、くて……本当に、本当に……酷いこと言って、ごめん、なさい゛……っ!!」

「私も……叩こうとして、ごめんね……っ」

 

 二人は互いに涙を浮かべ、頭を下げた。ごめん、ごめんと謝り合いながら、いつしか二人は強くお互いを抱き締める。

 仲直りが出来たことに、周りの皆もほっと息を吐き、笑みを零す。中にはもらい泣きをして何を言っているのか分からない者もいる。

 

「……良かったわね、あの二人が仲直り出来て」

「ああ。本当にな」

 

 曙達を微笑ましく見守っていた横島の隣の席に、霞が着く。柔らかな笑みを浮かべた彼女は、笑い合う曙達を見て目を瞑り、小さく息を吐く。曙の親友として、一安心といったところか。

 

「何か良く分かんないけど、これで解決ってことかしら。ま、アンタも今回は頑張ったんじゃない?」

 

 パンを食べながら、叢雲が横島にそう微笑みかける。横島の気配りが無ければ、二人はきっと気まずいままであったろうから、叢雲は横島を評価しているようだ。今回は横島の無遠慮さが役に立った好例だと言える。

 

「頑張ったかどうかは分かんねーけど、それでも動いた甲斐はあったよな。――――良いモンも見れたし、な」

「……そうね」

 

 視線の先、涙でぐちゃぐちゃになった互いの顔を見て、曙と雷は笑い合っている。二人に世話を焼くのは電と満潮。ハンカチで彼女達の涙を拭ってやると、今度はその二人が雷と曙に抱きつかれた。

 最早ケンカをした当初の空気は完全に払拭されている。いつの間にか横島の傍にいた龍田達他の出撃メンバーと共に、曙達の楽しそうな様子を見て、こちらも笑い合う。

 

「あの、雷……?」

「どうしたの、曙?」

「まだ、食べたりなくて……おかわり、いいかしら……?」

「もちろん! もーっと食べてくれてもいいのよ!!」

 

 曙は大淀に渡した艦娘カードに思いを馳せる。誰もが形を変え、方法を変えて戦っている。それは自分達も、そしてカードとなっている彼女達も例外ではない。

 彼女達と心を重ね、彼女達と共にこれからも戦っていく。

 後に、曙は南西諸島海域のバシー島沖……2―2のボスマスにおいて、空母ヲ級二体、重巡リ級一体、合わせて三体のeliteと戦うも、練度不足のせいでボロボロにやられてしまう。だがそこに卑屈さは無く、必ず倒すという気概が見て取れるようであった。

 

 挫折を乗り越えた彼女は、これからの日々を戦っていく。自らの隣に立つ友と、自らの内にある友と共に――――。

 

 

 

 

第三十話

『心を重ねて』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

龍田「……ところで、提督の見た“良いモン”って何かなぁ?」

 

横島「ああ、近代化改修の時にみんな身体が光ってたろ? その時にうっすらと裸が――――はっ!!?」

 

霞「折角格好良かったのにアンタって奴はーーーーーー!!!」右ストレート

 

横島「おごおぅっ!?」

 

名取「提督さんのエロガッパーーーーーー!!」フライパンアタック

 

横島「ぎゃひんっ!!?」

 

叢雲「私のトキメキを返しなさいよーーーーーー!!!」釣鐘固めで急上昇

 

横島「おああああああああっ!!?」

 

初雪「あ、あの技は!?」

 

吹雪「知ってるの、初雪ちゃん!?」

 

初雪「空中で釣鐘固めで相手を捕らえ、そのまま回転して上昇、その後急降下して地面に叩きつける大技……!! その際の空気との摩擦によって、相手の胸には“叢”の文字の形の傷が出来るという……!!」

 

吹雪「む、叢の形の傷……っていくら何でも無理がありすぎるよ初雪ちゃん!!」

 

初雪「そう、その技の名は――――!!」

 

吹雪「無視は止めてよ!!」

 

叢雲「ムラクモ・ストレッチーーーーーー!!!」

 

横島「うっぎゃああああああっ!!?」

 

球磨「……どうしたクマ、そんなとこにしゃがみ込んで」

 

龍田「……何でもない。何でもないのぉ……」お顔が真っ赤っ赤

 

多摩「ギャップがたまらんにゃ」

 

 

 

 

 

 

その頃の川内さん

 

川内「びえええええええっ!! ごべんなざーーーーーーいっ!!!」逆さ吊り

 

 

 




お疲れ様でした。いや本当に。

何というか三分割~四分割くらいしても良かったんじゃないかとか今更になって思うわけですが、正直早く問題を解決したかったので……。

いやあ、横島君は終始シリアスでしたね……。

しかし、何というか図らずも霞が重要な立ち位置になってしまいました。
これで叢雲、霞、曙が目立ったわけですが……満潮のネタがまるで思いつかない……。
もう自分でもビックリするくらい何も思いつかない……一体どうすれば……。

それはそうと名取ってラブひなのしのぶに似てません?(唐突)

また以前のような投稿間隔に戻したいものです。

それではまた次回。

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