煩悩日和   作:タナボルタ

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少しでも吹雪にまともなデートをさせてあげようという仏心が私にも存在した(挨拶)

大変お待たせいたしました。

実はもっと早く完成してたのですが、それはあまりにも吹雪が可哀想な内容だったので、色々と書き直してたらこんなに遅くなってしまいました。

そのため、今回もどえりゃあ長くなっております。文字数ぅ……!!

ちなみに今回もかなり重要な情報が出てきます。纏めきれるかな……?

それではまたあとがきで。


デートでの一幕

 

 とある街の、とある駅。その入り口前の細い柱に目を瞑って寄りかかる、一人の男がいた。

 その男はとある少女と待ち合わせをしており、待ち合わせの時間から三十分も早くここへと辿り着いた。

 そんな彼の名は“横島忠夫”。艦娘の少女、“吹雪”とのデートの約束を果たすためにこうして街へと繰り出したのである。

 

「……」

 

 まるで眠りのついているかのように静かだが、実際はそうではない。今、彼の手の中では文珠がその効力を発揮しており、この街――――否、()()()()の『解析』を行っているのだ。

 ……とは言っても彼に理解出来るのはあくまでも結果だけである。その他全ての情報を理解しようとすれば、脳みその容量がまるで足りず、実際に頭がパンクしかねない。これは横島が手っ取り早く答えだけを知りたがったためであり、もっと詳細な結果を得ようとしていれば、即座にお陀仏だったであろう。運が良いことである。

 

「……やっぱりか」

 

 誰にも聞こえぬような小さな声で、横島は呟く。目を開けてみれば、眼前には大勢の人の姿が見える。

 子供連れ、恋人とのデート、犬の散歩、仕事中と思しき者――――様々な者達が横島の前を通り過ぎ、またすれ違っていく。

 

 その全ての人達、動物、虫、植物……それら全てに、魂が宿っていた。

 生体発光(オーラ)も発しているし、肉体も決して偽物ではない。れっきとした、完全なる人間――――生物だ。

 そして、()()()()()ということは、この街――――世界にも言える。

 

「ふぅ……どーなってんだろうな」

 

 知らず、小さな溜め息が漏れる。確かにこの世界は本物だ。だが、決して()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だというのに、この世界は本物である。まるで、異なる世界を行き来しているかのようだ。

 横島はこの問題を説明出来るような物は一つしか知らない。

 

「んー……やっぱ宇宙のタマゴかな? べスパや土偶羅から聞いた話からして間違いないと思うけど……」

 

 晴れ渡った空を見上げ、考えを巡らせる。暫しそうしていた横島ではあったが、すぐにまた溜め息を吐き、頭を振って考えていたことを無理矢理追い出した。

 

「下手の考え休むに似たりって言うし、無理に真相を暴かなくてもいいか。むしろ俺が今考えなくちゃいけねーのは……」

「しれ……じゃなかった、せんぱーい!!」

 

 やや遠くから聞こえてくる、少女の声。そちらに目をやれば、随分とおめかしをしてきた吹雪の姿があった。

 

「……やっぱ、吹雪とのデートを考えねーとな」

 

 手を振りつつ駆け寄ってくる吹雪に、横島も手を振りつつ、柔らかな笑顔で彼女を迎える。待ち合わせの時間にはまだ少々早いが、こうして二人が揃ったのだ。これからは小難しいことを考える時間ではない。可愛い女の子とのデートを楽しむ時間なのだ。

 

「なんだ吹雪、随分と早かったじゃんか」

「いえ、そんな。先輩ほどじゃありませんよ」

 

 横島の言葉を吹雪は両手をぱたぱたと振って否定する。その様はいつも通りに見えるが、やはり違いは存在するものだ。横島には吹雪がいつもよりもずっと可愛く見えている。これもデートの効果なのであろう。そして、違うと言えばこれもそうだ。

 

「それにしても……何で先輩呼びなんだ?」

「だって、いつもの呼び方はわりと特殊ですし……それに、折角のデートですから普段とは違った呼び方をしたくて……」

 

 横島の疑問に、吹雪は両手の指をもじもじと絡ませながら、顔を赤くして答える。言われてみれば納得だ。確かにこんな街中で吹雪に自分を“司令官”などと呼ばせていれば、きっと彼女に「可哀想に……」というような視線が集中していただろう。だが、“先輩”という呼び方ならば二人の外見年齢もあって何ら不自然ではない。

 しかし、ここでまたも横島に疑問が浮かぶ。

 

「んー……それはいいんだけど、だったら名前呼びはダメなのか? 横島とか忠夫とか。もしくはよこっちみたいなあだ名とか」

「そ、そんな私がしれっ、じゃなくて先輩の名前を呼ぶだなんて恐れ多いですし、それにあだ名だなんて……可愛いとは思いますけど……!!」

 

 吹雪は両頬に手を当て、真っ赤になってしまった。なんとも初心な反応である。何故だろう、どこか周囲から視線が集まり、そしてそれが何とも形容のしがたい生ぬるいような温度をしているような気がする。

 

「あー……まあ、吹雪がそう呼びたいなら好きにしてくれていいぜ。それと、言うのが遅くなったけど……その服、似合ってるな。可愛いと思うぞ?」

「ふえぇっ!? あ、あああありがとうございますっ!! そ、そのっ、せせ先輩もすっごく格好いいですっ!!」

 

 横島からの賛辞に、吹雪は何故か敬礼で応えた。横島に可愛いと言われ、相当に頭に熱が発生したらしい。横島も横島で「格好いいって言われた……!! 女の子に格好いいって言われた……っ!!!」と感動の涙を流しているので、ある意味お似合いであろう。

 これによって周囲の視線はやはり「可哀想に……」というものが混ざりだしたのだが、それはご愛嬌。

 

 それでは、ここで二人の服装を見てみよう。

 まず吹雪だが、その名前から連想する“白”を基調とした装いだ。白のボタンパーカーにレーシーなタイトスカートを合わせ、普段とは違った大人っぽいコーディネートとなっている。

 また、うっすらと化粧もしているようで、それも大人っぽいイメージに拍車を掛けている。ただ、あくまでも“大人っぽい”という印象であり、どうしても背伸びをしているようにも見えてしまうのだが、それが逆に吹雪の可愛さを強調していた。狙いとは少々ずれていたが、それでも見た目の華やかさを損なわないのは、地味なイメージを持たれながらも吹雪が美少女であるという証拠といえよう。

 

 ちなみにだが、今回の服装についてアイディアを出したのは吹雪の憧れの人物である扶桑、そして吹雪の親友である睦月だ。

 横島とのデートが決まってニヨニヨとにやついていたのを二人が発見し、それを尋ねてみたところ最初は扶桑にちらちらと遠慮しているような視線を投げかけていたのだが、それでも話したいという欲求、あるいは罪悪感に負けたのか、正直に白状した。

 これには扶桑も最初は驚いたが、それでも扶桑は微笑みを浮かべ、吹雪を応援する。自分はまたの機会でいい。私のことを気にするよりも、自分のことを気にかけるべきだ。そう言って、睦月と共に吹雪の応援に回ったのだ。

 そんな二人に感動した吹雪は、次に扶桑が横島とデートをする際には協力することを約束する。何だか複雑な気分ではあるが、憧れの人物の役に立てる、ということで納得出来たらしい。

 

 では、次に横島の服装だ。

 ネイビーのシャツに黒のパンツと靴。暗く、そして重い印象を持たせるそれらに、清潔感と爽やかさを印象付けさせる白のTシャツを合わせている。

 こう言うと意外に思われるだろうが、横島はああ見えてモデル体型であると言える。手足はスラッと長く、また意外にも引き締まった筋肉の持ち主だ。

 黒のパンツと靴は横島の足の長さをより強調し、どこか色気をも含んだ様相となっている。普段付けっぱなしのバンダナを外しているのも要因の一つだろうか。

 

 さて、お気付きであろうが横島は元々この服ではなく、いつも通りのジージャンジーパンにバンダナでデートに赴こうとしていた。それを必死になって止めたのが誰であろう大淀と霞である。……実はこの二人にデートについて聞かれなければ吹雪とデートの約束をしたことにも気付かなかったのだが、それは置いておこう。

 これらの服は、大淀と霞の二人が選んだものだ。吹雪の初めてのデート……やはり横島にも素敵な格好をしてもらわなければ、吹雪が可哀想である。

 

 ここで一つの疑問が浮かび上がる。二人は、どうやってこれらの服を手に入れたのか、ということだ。何てことはない、答えは単純。横島と吹雪……艦娘達には、給料が支給されていたというだけのことだ。

 当然横島はそのことを知らなかった。それもこれも横島にとってこの世界はゲームの中であるはずなのでそれを知らなくても仕方がないのだが、何と艦娘達は普通に給料を受け取っていたのだ。

 知らぬは横島ばかりなり。これには大淀や霞も驚いたようで、キーやんやサっちゃんから説明がなされていないことに呆れていた。スパイごっこなぞをしているからこういうミスをしてしまうのだ。

 

 ともかく、給料が入っているというのなら話は早い。大淀と霞は横島のお金で彼の服を大量に購入した。横島がお金を持てば、いかがわしい本や卑猥な映像ディスクばかり購入されそうなので、この二人が横島のお金を管理することになったのである。当然横島から抗議があったのだが、横島があの二人に勝てるはずもなく。横島は泣く泣く二人にお金の管理を任せたのであった。

 余談だが、このお金は当然ながら現実の世界には持ち出せない仕様となっている。これについて、横島は更に涙を流して悔しがった。

 

 では話を戻そう。

 横島と吹雪は待ち合わせ場所の駅前に無事集合し、これからがデートの始まりである。駅前には大きめの公園があるのだが……今回は、そこには入らない。ここには、いくつかの石碑が存在し、横島や艦娘に関係のある物ではあるのだが……初めてのデートなのだ。いきなり()()()()()()()()()()()()のは違うだろう。特に、吹雪はそういうものを引き摺る性質である。であればこそ、今回はそういったものを抜きに、普通にデートを楽しもうと横島は考えたのだ。

 

「んじゃ、そろそろ行こうぜ。……腹減ってきたから、まずは昼飯かな?」

「もう、いきなりですね先輩は。でも、私もお腹空いちゃってますので、おあいこですね」

 

 えへへ、と恥ずかしそうに笑う吹雪。横島もそれにつられて笑みを浮かべ、親指で道を指し示す。

 

「そんじゃ、補給といきますか」

「はい、先輩っ」

 

 そうして二人はデートの一歩を踏み出す。二人の顔には笑顔が溢れ、それは周囲の人達から初々しい恋人同士のデートであると認識されていた。

 

「――――対象の移動を確認。これより追跡を開始する」

 

 横島達の後方にて、二人を尾行する一団の姿があった。

 

「……ねえ、やっぱりそっとしておいてあげましょうよ」

「んなこと言ったってよぉ、加賀の奴がやれって威圧してくんだからしょうがねーじゃん。……怖いし」

 

 そう、やはりと言うべきか他の艦娘達である。どこから漏れたのかは定かではないが、横島と吹雪が街にてデートをするのは皆に知れ渡っていたため、追跡班が編成されたのだ。もちろんデートの邪魔をすることが目的ではなく、横島が吹雪に対しハレンチな行為に及んだ場合などに対応するためだ。(例えばだがホテルに連れ込むなど)

 メンバーはリーダーに天龍。以下不知火、響、雷、皐月、文月であり、加賀は鎮守府にて指示を出す指揮官役だ。追跡メンバーは休日だった者で構成されており、加賀に目を付けられてしまったという、完全なとばっちりである。

 加賀としては前述の通り吹雪の身を守るために追跡をさせているのだが、傍から見れば嫉妬から来る行動に見えてしまうのが辛いところか。……まあ、嫉妬心もあるにはあるが。

 

 切っ掛けはどうあれ、こうして街に繰り出すということで皆もいつもの服装とは別の物を着用している。

 天龍はライダースデザインの黒のレザージャケットに黒のデニム、白黒のボーダーTシャツに黒のブーツ。格好良さと可愛さが同居したコーディネートであり、天龍の雰囲気とも合致している。ちなみにだが眼帯は医療用の物に変わっており、頭部の謎のユニットも今回は付けていない。

 不知火はグレーのジップアップパーカーにホットパンツ、黒のレギンスにスニーカーと、やや地味な色合いのコーディネートとなっている。しかし、それがまた不知火によく似合っているのだ。不知火自身はあまり服装にこだわりなどはなく、動きやすさ優先で選んでいるらしい。ちなみに彼女は吹雪の服を見て「うーん、パーカーとパーカーでパーカーがダブってしまった」というコメントを残している。

 

 響はダークブルーのデニムジャケットにチェックのワンピーススカート、黒のタイツにムートンブーツ。頭にはニット帽を被っている。クールな雰囲気の響に、少々意外とも言える可愛らしい取り合わせ。だが、彼女が持つミステリアスとも言える美貌――と言うにはまだまだ幼いが――を強調している。

 雷はブルーのオーバーオールにボーダーの長袖Tシャツ、スニーカー、そしてキャップを被っている。雷の活発さがより強調され、天真爛漫な魅力を放っており、やや肌寒い気温にも負けずに元気いっぱいという風情だ。ちなみにだがTシャツは天龍とおそろいだったりする。

 

 さて、ここまでの四人は街に繰り出すに当たってそれぞれがおしゃれをしてきているのだが、残りの二人である皐月と文月は違った。彼女達はいつもと同じ制服姿なのである。

 これは皐月達が給料を貰っていないというわけではない。彼女達は外見の年齢も精神の年齢も幼く、給料の管理は大淀が行っている。元々皐月達が自由に使うには多過ぎる額であり、大淀がまともな金銭感覚をつけさせるために多めのお小遣い程度の額を渡しているのだ。つまり彼女がお金を渡すのを出し渋ったわけでもない。

 ただ単純に、お金の使い方の問題なのだ。皐月も文月もまだファッションには目覚めていないらしく、彼女達はもっぱら漫画やゲームにおもちゃ、お菓子などにお金をつぎ込んでいく。ちゃんと貯金もしているのだが……目標は高額ゲーム機だったりパソコンだったりする。

 

「あーあ、折角おしゃれしてきたのに、やってることは尾行なんだもん。嫌になっちゃう」

「まあまあ、そう言わず。今回の事はいずれ訪れる司令とのデートの参考にすればいいのよ。……む、あのお店は入ってみたいわね」

 

 横島達の後を追う天龍一行。自分達がやっていることに嫌気が差している雷に、不知火はせめてもの慰めとしてデートの下見をしているのだとポジティブな考えを披露する。実際、そうしなければ彼女もやってられないのだろう。不知火の目は普段よりも更に鋭くなっている。そして宣言通りお店のリサーチもしていた。

 

「……お? 提督達が喫茶店に入ったみたいだ。どうする、俺らも入ったほうがいいか?」

『……バレる可能性が高いから、それは止めてちょうだい。近くにお食事所があるのなら、そこへ入って。向かいの通りだとなお良し』

「あいよ、了解……っつーわけだ。ほらお前ら、あそこのハンバーガー食いに行くぞ」

「はーい」

 

 天龍達は加賀の指示通り、喫茶店の向かいにあったハンバーガー店へと入る。恐らくは世界で一番有名だろう、赤と黄色の看板が目印のそのお店。味も量も値段もそこそこであり、天龍達はそれなりに満足した。お代は全て天龍持ち。こういう時にそういうことをさらっとしてのけるのが天龍の良い所だ。自分はともかく、他の皆には街を楽しんでほしい、という気持ちの表れでもある。

 そんな天龍の視線の先、いわゆるカップルシートというものに座って食事を取る横島達の姿をガラス越しに見ながら、天龍は小さく「いいなー、俺もイチャつきてーなー」と呟くのであった。

 

 

 

「こ、こここれが、カップルシート……ですか……!!」

「何をそんな緊張してんだよ、お前は」

 

 二人用のソファー型の席に座る横島と吹雪。対面ではなく、隣同士に座るのがカップルシートの特徴だ。吹雪は隣に座る横島に対し極度の緊張を見せ、横島はそんな吹雪に対して何をそんなにしゃちほこばるのかが分からない。この二人は鎮守府の食堂でも隣に座ることが多い。それを考えれば、横島には吹雪が今のようにガチガチに固まる理由が理解出来ないのだ。

 では、何故吹雪がこれほどまでに緊張しているのか。確かに二人は鎮守府で多くの時間を共有しているだろう。食堂などで隣り合う席に座ることもあるだろう。しかし、それはあくまで“上司と部下”としてだ。

 今回のように“街にデートに繰り出し”、“喫茶店でカップルシートに座り”、“周囲から恋人同士と見られている”環境ではないのだ。つまりは前提が違う。今の二人は職場の上司と部下ではない。一人の少年と、一人の少女としてこの場に存在しているのだ。

 

「ほら、何食うんだ? 個人的にはこのオススメされてるオムライスかナポリタンが安牌だと思うんだが」

「あ、そ、そうですね……。やっぱりこの二つは定番ですよね。えっと、それじゃあ私はナポリタンで」

「おう、んじゃ俺はオムライスにしよっかなっと。すんませーん!」

 

 まだ多少緊張を孕みながらも、何とかメニューを決める吹雪。横島は吹雪の様子に苦笑を浮かべながらもウェイトレスを呼び、注文をする。

 この時注文を取りに来たウェイトレスは中々に美人だったのだが、なんと横島、このウェイトレスに鼻の下を伸ばす程度でスルー。ナンパなどはせず、普通に注文を伝えるだけという異常行動に出る。これにはウェイトレスの姿を見たときから「またナンパするんだろうなー」と諦めの境地にいた吹雪も思わず二度見してしまう。

 

 ――――え? えぇっ!!? 司令官が……司令官が、美人に対してナンパしない!!? い、いいいいい一体何がどうなって!!? どうしちゃったんですか司令官!! ……はっ!? まさか、偽者!!?

 

 何かとんでもない誤解が生まれそうである。しかし、ここで吹雪に雷の如き閃きが走る。

 

 ――――待って。待って待って待って。もしかして……もしかしてだけど―――――私と、デート中……だから?

 

 吹雪の両頬が熱を放ち、一瞬で赤く染まる。両頬を押さえ、心の中でまさか、そんな、と言いながらもそれを否定出来ない……否、否定したくない気持ちでいっぱいになる。

 思えば、服装に無頓着だった横島が今日という日にちゃんとおしゃれをしてきてくれた。待ち合わせ場所でナンパもせず、じっと自分を待ち続けてくれていた。綺麗な女性とすれ違っても、目で追うくらいでナンパに走りもせず、ずっと隣に居てくれた。

 

 ――――し、司令官……!!

 

 吹雪の中で、横島への想いが高まっていく。少しばかり残念な匂いのする思考の推移だが、それも仕方がないだろう。それだけ、横島の行動にインパクトがあったということだ。

 

 では、当人の横島だが。彼はデートに出掛ける前、大淀と霞に「吹雪に集中するように」「吹雪だけを見るように」と口酸っぱく言われていた。待ってる間にナンパをしたらダメかな? と疑問を呈したところ、お二人から本気のビンタを貰う。そこからは正座をさせられ長時間の説教だ。どんな手段を使ってでも吹雪一人だけに集中しなさいと念を押されることに。

 そうして一応は反省をした横島はデート中吹雪に集中するために、文珠を使用することにした。それも一つや二つではない……四個だ。ただでさえ強力な文珠を四個も使ったのだ。今こうしてナンパもせずに吹雪をエスコートしているのも、当然と言えるだろう。

 ……その割りに美人を目で追ったり鼻の下を伸ばしたりしているが、やはり横島の煩悩を全て押さえつけるのは無理なのだろう。相変わらずとんでもない煩悩少年である。

 

「お待たせいたしました。ごゆっくりどうぞ」

「お、来た来た。いっただっきまーすっと」

「い、いただきます」

 

 そうこうしている内に注文した料理が届き、二人は食事を開始する。なるほど、オススメされていただけあって、その味は中々のものであった。

 

「美味しいですね、先輩っ」

「おー、この店は当たりだったな……そっちのナポリタンも美味そーだな」

「え? えっと……ひ、一口、いかがですか……?」

 

 そう言うと、吹雪は自分のフォークに一口分のパスタを巻き付け、そっと横島に差し出した。

 

「……あ、“あーん”……です、先輩……っ!!」

「……っ!?」

 

 この吹雪の行動に、今まで余裕があった横島にも動揺が走る。顔を真っ赤に染め上げ、緊張や羞恥から身体に震えが走りつつも、不安げに、そしてどこか期待するかのように上目遣いで見つめてくる吹雪。彼女の瞳は濡れ、そして揺れている。

 横島の視線は暫しの間吹雪の表情と差し出されたフォークを行ったり来たりしていたが、やがて覚悟を決めるとゆっくりとフォークをかぶりつき、パスタを咀嚼する。その瞬間にも吹雪の顔は更に赤く染まり、頭からは湯気が出そうな勢いだった。

 

「あー……うん。あんがと。……こっちも、けっこう美味いな」

「……はい、お粗末さまです……」

 

 羞恥が限界にまで達したのか、遂に吹雪は俯いてしまう……のだが、微妙に覗く彼女の表情は笑顔であり、その笑みは少々はしたないと言える程度にはにやついていた。それに気付いた横島は何だか先程までの気恥ずかしい気分が鳴りを潜め、微笑ましい気持ちを抱く。

 何かを思いついたような顔をし、横島は自分のオムライスをスプーンで崩し、一口分を掬うと、それをそのまま吹雪へと差し出した。

 

「ほれ、吹雪。お返しの“あーん”だ」

「ふえぇっ!!?」

 

 ボンッ、と。吹雪の頭部から何か爆発音のような音が響く。どうやらまだまだ限界には遠かったらしく、吹雪の顔は先程よりも更に赤い。恐らく人が見せる最高の赤面がこれだと言い切れそうなほどの赤みである。

 吹雪も横島と同様に彼の顔とスプーンで視線が移りゆくが、ぎゅっと目を瞑ると、吹雪はスプーンを咥え込み、そのままオムライスを咀嚼する。

 やがて食べ終えると吹雪はゆっくりと目を開き、うっすらと涙を滲ませながら上目遣いに横島の顔を見つめる。それは普段の彼女らしからぬほどの色香を含んでいたのだが、ここで問題が一つ。

 

「……あの、吹雪? そろそろスプーンを離してほしいんだが……」

「っ!? す、すすすすみません司令か――じゃない、先輩っ!! わわわ私ったら何てはしたないことを――――!?」

 

 何とも初心なことである。この後、どこか周囲からの生温かい視線に晒されながらも二人は食事を終え、足早に店を後にした。ちなみにだが支払いはもちろん横島持ちである。吹雪は最初遠慮していたが、「早く店を出たい」という横島の言葉に同意し、お金を出してもらった。

 これも男の甲斐性の内、とは横島の弁。とても現実で貧乏をしている少年の言葉とは思えない。あるいは、現実では貧乏だからこそこちらの世界ではお金を使いたいのかも知れない。

 横島の本心はともかく、吹雪には好意を持って受け止められた。何だかんだ言っても、二人のデートは上手くいっているようである。

 

 さて、食事を終えた横島達は腹ごなしを兼ねて街を見て回る。誰もが認めるような都会という程でもないのだが、人通りは多く、中々の賑わいを見せている。

 ここで二人はウインドウショッピングと洒落込み、横島が何か吹雪に贈ろうと考えたのだが、それは吹雪に固辞されてしまう。これから先、横島は多くの艦娘とデートに赴くことになるだろう。横島は誰か一人を特別扱いなどはしないはず。全ての艦娘に平等に贈り物をしては、それこそお金がいくらあっても足りないことになる。

 横島の気持ちは素直に嬉しいが、やはり境界線は引いておいたほうがいい……とのことだ。横島は暫し迷ったが、結局は吹雪の言葉に納得を示す。自分とデートをしたがる艦娘がそんなにいるのか? という疑問には吹雪が「たくさんいますよ! 天龍さんとか加賀さんとか扶桑さんとか! 他にもいっぱいです!」と何故か誇らしげに答えてくれた。

 

 ではここでその天龍達の様子を見てみよう。天龍と不知火、そして響は何か深刻な顔をして何事かを話し合っている。その様子を不審に思った雷は耳を欹て、彼女達の会話を盗み聞きしてみることにした。

 

「……提督と一緒に飯を食うなら何が一番だと思う?」

「ふむ……オシャレなランチには憧れますが、やはり司令も食べ盛り。がっつりとしたものが良いのでは?」

「そうだね……パッと思いつくなら牛丼や焼肉といったところかな? そういったものを二人で食べるのはデキてる証拠と言うし」

「ほほう……その心は?」

「聞いたことがありますね。肉を食べて精力を付けたり、ニンニクなどで口臭が気になったりしますしね。そういうことをあまり気にしないで済むから……だったかと。そういったところを明け透けに出来るのはいいことだと思いますし」

「なるほど。そう聞くとやっぱ肉か」

「うん。お肉を食べて精を付け、その後ホテルで精を出す。完璧じゃないか」

「何言ってるの響!!?」

「おや、盗み聞きとは感心しないね雷。それよりも、今の言葉の意味が分かったのかい? ……なるほど、中々の耳年増だね」

「響に言われたくないんだけど!?」

 

 何とも怪しげな会話になってしまったものである。

 周りの人に聞かれることはなかったが、それでも複数の美少女達が一塊になり話しているのだ。その姿はそれなりに目立つ。そして、そうなると良からぬ連中も引き寄せてしまうわけで。

 

「ねーねー、そこのお姉さん達。何こしょこしょと話してんのー?」

「……あぁ?」

 

 声を掛けられた天龍がそちらの方を向けば、軽薄な笑みを浮かべた数人の男達が近付いてきていた。髪を染め、ピアスを付け、刺青を入れた男達。それらが悪いというわけではないが、どうにも男達の放つ雰囲気が自分達は善良な市民ではないと全力で告げてしまっている。

 

「おっ? 何だよ、近くで見ると思ってたよりも上玉じゃん」

「久々の当たりだなぁ」

「……何なのさ、キミ達は」

「不知火達に何か?」

 

 男達の品定めをするような目、言葉に天龍達の機嫌も下降する。普段から笑みを絶やさない皐月も眉間に皺を寄せている程だ。

 

「あー? ガキの癖に口の利き方がなってねーなぁ? ……まあいいけどよ。お姉さんさぁ、そうやって女ばっかで遊んでないで、俺達と遊ぼーぜ? 何ならそっちのガキらも面倒見てやっからさぁ」

「ひ……っ」

 

 天龍達の周りを囲み、ニヤニヤとした笑みを貼り付けた男が天龍の肩に手を回す。男達の雰囲気に当てられたのか、文月は恐怖の息を漏らし、雷へと抱きついた。雷は文月を庇いながらキッと男達を睨みつける。もっとも、それは男達にとっては何の意味もなく、単に優越感を煽るだけの結果となってしまったが。

 

「……」

「なーなー、良いじゃんか。黙ってねーでさぁ、今なら優しくしてやんよ? 俺らで()()()()()()()()気持ち良くしてやっからさぁ」

 

 周囲は何をするでもなく、見てみぬ振り。男達の風貌や雰囲気もあり、手を出すことは出来ない。天龍はそっと息を吐き、肩に回された男の手を取る。

 

「おっ? 何だよ、お姉さん結構積極的――――」

 

 瞬間、男達は呼吸が止まる。

 訳も分からず身体が震え、ガチガチと歯が打ち鳴らされる。全身から冷や汗が噴き出して止まらない。

 ――――それもそうだろう。何せ、男達は天龍の()()()()()をぶつけられているのだ。

 

「……別にさぁ、俺だけならここまでする気はなかったんだけどよ」

「……天龍さん?」

 

 肩に回された手をどかし、軽い調子で話しかける天龍に雷は違和感を覚える。今まで感じたことがないほどに、天龍の放つ雰囲気が重いのだ。

 

「軽ーく話に乗ってやってよ、それからあしらうことも出来たんだが……そういうわけにもいかなくなった」

 

 一歩、前へと進み、震え上がる男の懐へと入る。

 

「お前……()()()()になんつった……?」

 

 極上の怒りを孕んだ視線で、自らの目を射抜かれる。

 

()()()()をどうするって……? もういっぺん言ってみろよ、ああ……!?」

「……!!!」

 

 天龍の身体から、知らずに強烈な霊波が放たれる。それは男達だけに向けられたもの。無意識とはいえ、それだけの指向性を有していた。そして、そんなものに襲われた男達は耐え切れるはずもなく。

 

「……あれ?」

 

 ばったりと、その場に泡を吹いて倒れてしまった。中には失禁している者もおり、それだけ天龍に与えられた恐怖の強さが分かるというもの。

 流石にこれだけの目がある中で、人が倒れるというのは不味い。周囲も最初は静まり返っていたのだが、次第にざわめきが起こり、遂には警察にまで電話をする者が現れる。

 

「――――ふっ。逃げるぞお前ら!!」

 

 天龍は雷と文月を両脇に抱えて皐月を背負い、猛烈な勢いで走って逃げた。突然のことではあるが不知火も響も咄嗟に反応し、見事逃げおおせる。街はちょっとした混乱に包まれたが、それもすぐに落ち着くことになる。それは、特に大事にもならず、少しだけ変化があった日常の一幕に過ぎなかったのだ。

 

 とはいえ、この混乱は横島達にも伝わることになる。ざわめきが起こったからではなく、切っ掛けは天龍が無意識に放った霊波だ。

 

「――――ん?」

「どうかしました、先輩?」

「んー……いや、何でもない」

「そうですか……?」

 

 天龍の霊波に首を傾げた横島であったが、それを気にすることなく放っておくことにした。誰かが自分達の後をつけるなど想定済みだ。

 

 ――――今の霊波は天龍か。やけに攻撃的だったけど、ナンパでもされたんかな? それにこれは……響、皐月、文月、不知火と……雷か? 猛スピードで遠ざかってっけど、何かあったのかな?

 

 食事から時間も経ち、とりあえず来た道を戻ってきている横島達。その途中、人だかりが出来ていたので何があったのかを聞いてみると、どうやら強引なナンパ男達が女の子達を口説いてる途中で、急に泡を吹いて倒れたらしい。

 吹雪は話を聞いて驚いたようだが、横島は先程の天龍の霊波も相まって真相に辿り着いた。男達が何か天龍を怒らせる様な事をして、彼女が放った霊波に当てられたのだろう、と。

 横島は男達を心配する吹雪の手を引いて現場から離れ、駅前を目指すことにする。これから何をするでも、とりあえず移動手段はあった方が良い。

 手を引かれるままの吹雪はまたも顔を真っ赤にしており、恥ずかしげに俯いていた。今時珍しいほどに初心な少女である。

 

「……? これは……」

 

 駅前には大きな公園が存在する。それは海に面したものであり、中には港を一望出来るボードウォークがある。そんな公園から発せられる、()()()()()()()()()。見れば、それは公園を丸々覆うほどの巨大な結界であることが分かった。

 

「……」

「……あの、先輩。これって、一体……?」

 

 どうやら吹雪も気付いたらしく、困惑した様子で横島へと視線を向ける。だが、今の横島に答えるほどの余裕はなかった。

 公園の中から感じる波動。その巨大さは今までにないほどだ。それこそ、()()()()()()()()()の、圧倒的なまでの力。まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()の。

 そして、その性質は――――艦娘に酷似していながらも、それを反転させたかのような。横島は瞬時に理解する。

 

「――――深海棲艦」

「え……」

「多分間違いない。公園の中に、深海棲艦がいる」

 

 自分達の敵。深海棲艦が陸に上がり、公園に結界を張っている。それは吹雪に大きな衝撃を齎し、焦燥感を煽る。

 

「ど、どうにかしないと……!? とにかく公園に入って、深海棲艦をやっつけなきゃ……!!」

「待て待て吹雪、落ち着け!!」

「でも、司令官……!!」

 

 相当に焦っているのか、先輩呼びからいつもの司令官呼びへと戻る。吹雪は彼我の力量差を認識出来ていないらしく、横島は敵の実力を嫌というほど思い知らされた。

 吹雪は横島の静止に納得していない。横島は吹雪に相手がどれだけの力を持っているのかを説明し、吹雪が折れてくれるのを祈った。 ……だが、吹雪は折れない。

 

「……確かに、相手は私なんかよりもずっと強いのかもしれません。でも、ここで私が行かなくちゃ、深海棲艦に街を襲われるかもしれません。そんなこと、私は我慢出来ないんです。私が行ったところで何も変わらないかもしれない。何の意味もないのかもしれない……それは、私だって分かってるつもりです」

「吹雪……」

 

 吹雪は未だ弱い己の力を恥じる。横島から聞かされた敵の実力とは、それこそ天と地の差だろう。だが、それは吹雪の足を止める理由にはならない。

 

「それでも……それでも、私は行かなくちゃならないんです。私は艦娘だから……ううん、そんなのは関係ない。私は……ただ、誰かが悲しむところを見たくないんです……!! だから、だから……!!」

 

 横島は吹雪の肩に手を置き、言葉を止める。片手で目を多い、深い……深い息を吐く。吹雪はそれに怯むも、唇を強く引き結び、横島の言葉を待つ。

 

「……そこまで言うなら、俺は止めない」

「司令官……!!」

「ただし! ……俺も一緒だ」

 

 え、と吹雪は驚きを露にする。その間に横島は吹雪の横を通り過ぎ、公園へと向かう。慌てて追いすがる吹雪に自分一人だけで向かうと言われるが、横島はそれを却下する。

 

「何でですかっ!? もし司令官に何かあったら、みんなが――――」

「それはこっちの台詞だっつーの。お前に何かあったらみんなが悲しむし、何より俺が悲しい」

「……!!」

「そういう風に危険に立ち向かえるのは立派だと思うし、格好いいと思うけどさ、もう少し自分のことを考えてもいいんじゃねーか?」

「それは……」

 

 それを言われては吹雪は何も言えなくなる。自分を勘定に入れないのは、吹雪の悪癖と言えるだろう。横島は吹雪の頭をくしゃりと撫で、彼女の感じる罪悪感や負い目などを軽くしようと試みる。

 

 公園に入り、ゆっくりと歩を進める横島達。一時は落ち込んでいた吹雪も「自分が司令官を守ればいいんだ!」と気合を入れなおし、何とか気力を充実させる。鼻息も荒くなり、気は持ち直せたようだ。

 公園内を進むこと数分、横島は結界の効力を理解する。この広い公園内に、自分達以外誰もいないのだ。この結界は人避けのもの……そして、まだ他にも何かがありそうだ。

 

「……!! あれは……」

 

 恐らく、公園の中心付近。海に面した道の最中。海を眺める二つの人影が存在した。それは横島達の存在に気付くと、とても驚いたように目を見開く。

 

「アレー? オカシイナ、人ガ入レナイヨウニ結界ヲ張ッタハズナンダケド……?」

「人間サント……艦娘サン……? 初メテ生デ見タ……!!」

 

 黒いパーカーを着た少女型の深海棲艦と、皐月や文月達よりもまだ幼く見える、白い長髪の深海棲艦。横島も初めて直接見る深海棲艦に緊張が走る。――――特に、幼女と言っても過言ではない深海棲艦。こいつが問題だ。隣の少女型深海棲艦が霞むほどの、異常なまでの力を持っている。

 

「……?」

 

 だが、警戒すると同時におかしなことにも気付く。目の前の二人から、驚くほどに敵意が感じられない。それどころか興味や好奇心、気のせいか友好的であるとさえ感じるほどだ。よく見れば肌の色も一般的な人型の深海棲艦とは違って温かみがあるし、普通に言葉を発している。

 

「ネーネー、私ハ“北方棲姫”ッテ言ウンダケド、人間サント艦娘サンハ何テオ名前ナノ?」

「北方……棲姫……!?」

 

 やや興奮気味に近付いてくる幼い深海棲艦――――北方棲姫の名を聞いた吹雪は、身体に震えを走らせる。その様子から相手が深海棲艦の中でも特に強力な存在であるということが分かった。

 横島は吹雪を自分の背で隠しつつ、少々軽薄な笑みを浮かべ、自分を見上げてくる北方棲姫と目線を合わせるためにしゃがみ込み、挨拶をする。

 

「俺は鎮守府で提督をやってる横島忠夫って言うんだ。後ろのお姉ちゃんは俺の秘書艦の吹雪。よろしくな、北方棲姫」

「ウン、ヨロシクー!」

「し、司令官……!!?」

 

 あっさりと自分達の素性を明かす横島に、吹雪は信じられないものを見る目で横島を見てしまう。一体どこに敵に最重要項目を知らせる者がいるというのだろう。これは流石の吹雪にも予想外が過ぎた。

 

「アー……ソンナニ怖ガラナイデホシイナ……私達ハ、()()()()()()()()()()()()()

「ええ……!!?」

 

 これもまたまさかの発言である。深海棲艦であるのに、自分達は敵ではないという。到底信じられるものではない。当たり前だ。深海棲艦は世界中に侵攻し、あらゆる国々を焼いた者達だ。自分達も多くの同胞を失っているし、何よりも自分達は鎮守府ごと異形の深海棲艦に――――。

 

 

 

 ――――記憶にノイズが走る。

 

 

 

「あ、あれ……?」

 

 吹雪は一瞬の頭痛にこめかみを押さえる。何か……何か、とても重要なことを考えていたような気がするが、今はもう思い出せない。

 何気なく横島に視線をやれば、北方棲姫の脇を抱えて持ち上げ、高い高いをしてあげていた。北方棲姫も大喜びである。

 

「何してるんですか司令官!?」

「ん? いや、ほっぽちゃんが遊んでほしそうにしてたから……」

「ほっぽちゃん!? ……いや、それはともかく、何でそんな平然としてられるんです!? 相手は深海棲艦でも最上級の存在なんですよ!?」

「あーやっぱり? でもまあ、この二人に関しては大丈夫だと思うぞ? そっちの子が言ってた『敵じゃない』っていうのも嘘じゃないみたいだしな」

「司令官……?」

 

 確信を持った横島の言葉に吹雪は困惑するしかない。横島はこの二人と話をしている最中、『看破』の文珠を発動していた。その結果、この二人は悪意を持っているわけでも、嘘を吐いているわけではなく、むしろ()()()()()()()()()()()()()()()ことが分かったのだ。

 鎮守府の司令官としては失格だろうが、横島はこの自分の考えを曲げるつもりはない。この二人は信用出来る――――そう信じることにしたのだ。

 

「ところでエッチなパーカーの着方してる君は何て名前なの?」

「エ、エッチ……!? ……私ハ“戦艦レ級”ッテ言ウンダケド……女ノ子ニソンナ言イ方ハナインジャナイノ、提督」

「ははは、わりーわりー」

 

 横島の言葉に少女型の深海棲艦――――レ級は咄嗟に胸を両腕で隠す。彼女のパーカーの着こなしは確かにはしたない。何せジッパーを全部上げずに途中で止めており、前はほぼ全開。そしてパーカーの下にシャツも何も着ておらず、黒い下着(あるいは水着)を晒している。

 更に言えばスカートもはいていないのだが、これはパーカーの裾が長いので問題はない。

 

「それにしても、何でこの公園に結界張って人避けしてんだ? 悪巧みしてるってんじゃないんだろ?」

「アー、ウン。ソレナンダケド……」

 

 未だに困惑の中を彷徨う吹雪を置いてけぼりに、横島はレ級に問いを投げかける。レ級は頭を掻いてどこか難しそうに答えようとするのだが……。

 

「――――!!」

「……!!」

 

 一斉に、横島とレ級、そして北方棲姫が海へと視線を向ける。北方棲姫ほどではないが、それでも尋常ならざる力を持った存在が近づいてくるのを察知したのだ。

 

「し、司令官……」

 

 吹雪も遅れながらも気付いたらしい。横島は吹雪の肩を抱き、キッと海を睨みつける。レ級と北方棲姫も、身体に霊気を漲らせ、戦闘態勢へと移行する。

 

「私達ガココニ結界ヲ張ッタノハ、仕事ノタメナノ。コンナ風ニ、()()()()()()()()()()退()()()()()

「ソレガ()()()()()()()()()()()()()()ナンダ」

「キーやん達から……!?」

 

 その詳細を聞く前に、横島達の眼前で巨大な水柱が立つ。やがて水柱の中から光球が発生し、水を弾き飛ばして公園内へと着地する。光が収まり、その姿を現したのはレ級と北方棲姫とは違う、従来通りの白い肌の深海棲艦。

 白い長髪、上だけのセーラー服に白いマント、左肩の肩当、スカートは着用しておらず、面積の小さなパンツを露出している。

 その美貌に表情はなく、目からも何の感情も読み取れない。全身から発するのは圧倒的なまでの敵意と、()()()()()()である。

 

「戦艦……タ級……!?」

 

 吹雪の驚愕の声に、タ級と呼ばれた深海棲艦がゆっくりと横島達に視線を向ける。

 

「――――テ……コ、デ――――カ……」

 

 黄金の霊波が蠢動し、タ級の身体へと集束されていく。両腰の辺りから艤装が現れ、一斉に砲身を横島達へと向けた。

 

「ア――――アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!」

 

 放たれる砲撃。横島は咄嗟に吹雪を抱え、一瞬で飛びのき、砲撃を回避する。レ級と北方棲姫も言わずもがなだ。しかしタ級の砲撃は一度で止まず、次々に砲弾を撃ち出してくる。

 

「あんにゃろ、このままじゃ公園どころか街にまで……!!」

「ソコハ大丈夫! コノ結界ノ中ハ普通ノ空間ト違ッテ物ガ壊レタリモシナイシ、外ニ影響ヲ及ボスコトガ出来ナイノ! 艦娘ト戦ウ時ノ空間ト一緒ダカラ!」

「あの空間にそんな意味があったのか……! とはいえ、このままにしとくのも精神衛生上良くない……だったら――――!!」

「し、司令官何を――――!?」

「チョ、チョット提ト――――!?」

 

 横島はレ級に強引に預け、一つの霊能を発動する。――――瞬間、横島の姿が三人の視界から消える。

 

「エ……ッ!?」

 

 響く大きな激突音。音のした方に目を向ければ、そこには大きく仰け反ったタ級と、その背後に回り込んだ横島の姿があった。

 そしてタ級が体勢を整える前にもう一撃。今度はレ級達の下まで戻ってくる。片手で地面に爪を立ててブレーキをかけるその姿は、四つん這いという体勢もあってか、まるで獣のようだ。

 

 横島が発動した霊能。それは霊波で編まれた鎧を両の手足に纏い、身体能力を劇的に向上させるもの。

 栄光の手(ハンズ・オブ・グローリー)の発展系――――栄光の四肢(リムズ・オブ・グローリー)!!

 

「ハアアアアア……!!」

「……あれ?」

 

 しかし、強烈な攻撃を受けたはずのタ級は完全に無傷であり、意に介した様子もない。まるで蚊に刺されたとでも言うような……否、それほどにも感じていないような有様である。

 

「……無駄ダヨ。オ兄チャンノ攻撃ハ、タ級ニハ通ジナイノ」

 

 北方棲姫が横島の前へと出つつ、そう言った。

 

「深海棲艦ハ、人間デハ倒セナイノ。ドンナ兵器ヲ使ッテモ、ドンナニ力ガ強クテモ、――――ドンナ霊能力ヲ持ッテイテモ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……!!」

 

 レ級が語る深海棲艦の特性。それが本当ならば。

 

「ダカラコソ深海棲艦ハ――――()()()()()()()()()()()()()

「――――なん……だと……!?」

 

 世界を滅ぼしたという深海棲艦。この世界の存在。キーやん達からの依頼。宇宙のタマゴ。……あらゆる情報が横島の中で紐付けられ、一つの答えへと辿り着く。

 

「そうか……この世界は……!!」

 

 

 

 

 

 そう、この世界は――――既に、()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

「――――イ、ト……コ――――ス……」

 

 タ級がまたも砲身を横島達へ向ける。

 

「し、司令官……!! 司令官には、手は出させない……!!」

 

 吹雪は恐怖を感じつつも、艤装を展開し、横島の前へと出る。艤装のせいで服が破れてしまったが、そんなことを気にしている余裕はない。

 レ級の言うことが真実ならば、あのタ級を倒せるのは横島ではなく吹雪と二人の深海棲艦だ。彼女達の仕事は街を襲う深海棲艦の撃退だという。ならば、その力を当てにしてもいいだろう。

 

 横島は震えつつも決意を胸にタ級に立ちはだかる吹雪に頬を緩め、肩を抱く。

 

「え、し、司令官……?」

「大丈夫だ吹雪。……お前は、俺が守るさ」

 

 その言葉に吹雪が胸をときめかせたのも束の間、横島は吹雪を横抱きに抱え上げ――――。

 

 

 

「自由への逃走!!!」

「え、ええええぇぇぇっ!!?」

 

 

 ドギュウウウゥゥゥンッ!! という効果音と共に一目散に逃げ出した。吹雪が艤装を展開しているのにどうやって横抱きにしているのかとか、艤装が重くないのかとか、そんなことは横島に突っ込むだけ無駄である。

 

「マーマー落チ着イテ提督。一緒ニ戦オウヨ」

「おあーーーーーー!? 何か、何か黒くてぶっとい何かがーーーーーー!?」

 

 脇目も振らず逃げ出した横島だが、いきなりレ級から生えた尻尾型の艤装に襟首を咥えられ、引き戻された。びょいーんと伸びてばちーんと戻るその様はゴムを思わせる。

 

「何でや!? ワイの攻撃が効かへんのやったらワイが居る意味ないやんけー!!」

「ソウハ言ッテモコノ結界がアルウチハ逃ゲ出セナイヨ? 艦娘ノ戦闘デモソウデショ?」

「いやーーーーーー!? そんなところまで忠実にーーーーーー!!?」

 

 さっきまでの姿はなんだったのか。横島は両目から涙を滝のように噴射し、思い切り泣き喚く。しまいには北方棲姫に頭をよしよしと撫でられ、慰められる始末だ。

 

「大丈夫。提督ニモ出来ルコトハアルワ」

「それは一体……!?」

「私達ノ肉壁トカ囮トカ……ネ♪」

「そんなこったろーと思ったよドチクショーーーーーーッ!!」

 

 哀れなり横島。世界は変わっても、求められる役割はそんなに変わることはなかった。

 

「チクショー! チクショー!! この件が済んだら、R‐18の方に移動しなきゃいけないようなセクハラかましてやっからなー!!?」

「ソンナ……!? ソンナノ……望ムトコロヨ!!」

「望むの!?」

「ソンナ……ホッポ、困ル……デモ、オ姉チャンニ秘密ニシテオケバ大丈夫カナ……?」

「ほっぽちゃんじゃねーーーーーー!!」

「司令官!! 何でレ級さんがOKで私や叢雲ちゃんがダメなんですか!!!」

「今はそれどころじゃねーだろーが吹雪ーーーーーー!!?」

 

 敵を前に、くだらないことで大騒ぎの横島達。隙だらけだとか、そんな言葉では言い表せられないほどに隙だらけだ。これにはタ級もほくそ笑んで……。

 

「ア……ア……?」

 

 ……タ級は横島達の様子に、逆に手が出せない。何の感情も見せず、ひたすら幽鬼的であったタ級も、この時ばかりは人間臭く、また妙に可愛らしかった――――。

 

 

 

 

第三十二話

『デートでの一幕』

~了~




横島君が戦闘で活躍? しませんよ?(無慈悲)
YOKOSHIMA作者としては迷いましたが、やっぱり艦娘が活躍しなくちゃね。

それはそうと……吹雪はね……先輩呼びが凄く似合うと思うんですよ……(恍惚)

大淀と霞が服を選んでる時はきっとこんな感じ↓

大淀「スマートに見せるなら、やっぱり黒が……」
霞「それだけだと陰気になるから、明るい色を……」
大淀「あっ、これ! これとかどう!?」
霞「いいじゃないいいじゃない! ほら司令官、これ! これ着てみてよ!!」
横島「……これでいいのか?」
大淀「キャー!」
霞「キャー!」
横島「何でお前らがそんなに楽しそうなんだ……」

みたいな。
とりあえず季節としては春先をイメージしてますが……今後はどうなるかなぁ。

次回はタ級さんとの決着回です。
それではまた次回。




それにしても睦月……本編に登場しないなぁ。

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