煩悩日和   作:タナボルタ

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大変お待たせいたしましたー……。

今回はタ級さんとの決着回です。
はたして横島は戦闘で活躍することが出来るのか……?

あと今回も重要っぽい設定が出ているような気がします。

……文字数? ……ハハッ


一人ぼっち

 

「ふいー、ここまでくれば大丈夫か?」

 

 雷・文月を両脇に抱え、皐月を背負った天龍が路地裏に駆け込み、息を潜めながら辺りを窺う。およそ普通の人間には出せない速度で走ったからか、彼女達を追跡出来た者は一人もいないようだった。……いや、それは誤りか。

 

「……追いついた……っ!!」

「ふう……ふう……っ。流石は、天龍だね。三人も、抱え、てるのに、それだけ、速いなんて……」

 

 残りの二人――――不知火と響が彼女の後に付いていたからだ。彼女達も通常の人間と比べれば相当に速い部類なのだが、それでも天龍には及ばないらしい。二人とも額に大粒の汗を浮かべ、大きく肩を上下させながら喘ぐ。

 

「ああ、悪い悪い。大丈夫か?」

「ふう――――っ。……私達は大丈夫だけど、そろそろ三人を下ろしてあげたほうが良いんじゃないかな?」

「あん? ……げっ!?」

 

 響の言葉に天龍が雷達の様子を見てみれば、三人とも例外なくぐるぐると目を回して気を失っており、その身体をぐったりと脱力させていた。

 

「お、大人しいと思ったらこんな……!? だ、大丈夫だよなこれ!?」

「落ち着いてください。ただ目を回しているだけでしょうし、すぐに目を覚ましますよ」

「そうだね。この子達も艦娘なんだ。このくらいならどうってことないはずだよ」

「お、おう……。なんつーかスパルタだな……」

 

 二人の言葉に天龍は少々気後れしてしまう。二人の言うことも理解出来るが、もう少し労わってやっても良いのではないのだろうか。特に雷は響の姉妹艦であるのだし。

 

「……ふう。雷は私が預かるよ。そのままだったら天龍に胸骨を粉砕されかねないからね。文月は不知火が」

「ええ。この不知火にお任せください」

「……まあ、いいけどよ」

 

 しかし何だかんだ言っても響の雷を思いやる気持ちは本物だ。雑な抱え方をされている雷を背負いつつ、天龍にちくりとくるお小言を食らわせる。天龍も雑な扱い方をしたことを悪く思っており、甘んじてその言葉を受け入れる。

 

「……ん? と、メールか?」

 

 雷と文月を響達に預けてすぐ、ポケットに入れていた携帯端末――――いわゆるスマートフォンが振動し、メールが届いたことを知らせる。差出人を見れば、そこには横島の名前。「もしかしてバレてたか?」と、渇いた笑いが浮かんでくる。

 今すぐ帰るように、という内容のメールでないことを祈りながらメールを開く。もしそんな内容であれば、加賀から依頼された任務を全うすることが出来なくなる。……怖い未来しか想像出来ない。

 

「ふふ、怖い……。で、内容は――――」

 

 やや遠い目でメールを開き、内容を確認する。――――瞬間、天龍の心臓が早鐘を鳴らす。

 横島からのメール。その内容は、救援を求めるものだったのだ。 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 轟音が響く。轟音が響く。轟音が響く。

 それは火砲から轟く音。それは地面に砲弾が着弾した音。爆発音、炸裂音は断続的に響き、その場に居た者達の耳を(つんざ)く。

 

「だーーーっ!? 耳がキンキンしてきたーーーっ!?」

「ッテイウカヨク鼓膜破レナイネ!?」

 

 狂ったように主砲を乱射してくる戦艦タ級から必死に逃れつつ、横島は北方棲姫を小脇に抱えて涙混じりに弱音を吐く。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()。横島は何度か自らの霊能でタ級に攻撃を仕掛けたが、その全てがほぼ無意味に終わった。

 栄光の四肢(リムズ・オブ・グローリー)による打撃は通じず、霊波刀による斬撃は刀身が触れた瞬間に霧散した。サイキック・ソーサーによる霊的な爆発も意味を成さない。何せ至近距離の爆発による閃光も爆音も効果が無いのだ。あまりの徹底っぷりに思わず涙がちょちょぎれる。

 加えて、北方棲姫もあまり戦力としては役に立たないことが判明してしまった。最初は北方棲姫も謎の黒い飛行球体――実は艦載機である――で攻撃を仕掛けていたのだが、狙いが甘く、酷い時にはレ級や吹雪まで巻き込みそうになったところで横島が無理矢理抱きかかえ、攻撃を中止させた。今の北方棲姫は持ち前の暴力的なまでの霊力をまるで扱えていない。

 力の大きさでは間違いなくトップであっただけに戦力の低下は避けたかったのだが、こうなっては仕方がない。攻撃の要はレ級へと移ったのだった。

 

「えーいっ!!」

 

 横島に狙いを定めつつあるタ級の気を引くために、吹雪が手に持った連装砲でタ級の頭部を狙い撃つ。しかし現在の吹雪は艦娘の制服を着ていない状態であり、そのせいか十全な性能を発揮出来ず、タ級にダメージを与えるまでは至らない。

 二発、三発と命中する吹雪の砲撃。いくらダメージがないとはいえ、こうも連続で当てられると鬱陶しいのか、タ級は攻撃の矛先を吹雪へと変更する。

 

「アアァァァアアァッ!!!」

 

 そうして始まる吹雪への全力攻撃。だがそれは狙いを絞ったものではなく、あくまでも“吹雪がいる方向への砲撃”といったものであり、弾道の計算もされていないのか、明後日の方向へと飛んでいく砲弾もそれなりの数が存在する。横島達が未だ無傷でいられるのは、これが大きかった。

 

「――――チャンス!!」

「ゥエッ?」

 

 あまりにも大きな隙を晒すタ級に、横島は勝負を掛ける。

 北方棲姫を下ろし、四つん這いの体勢から、全力で攻撃を仕掛ける。狙うのは、タ級の足だ。

 始めに栄光の四肢で攻撃を仕掛けたとき、確かにタ級にダメージを与えることは出来なかった。しかし、それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のである。

 

 ――――だったら、これもいけるはず!!

 

 北方棲姫の目すら置き去りにする超速度。そこから繰り出されるのは、軸足を狙う一撃。

 

「横島スライディングキーーーーーーック!!」

 

 横島の攻撃にタ級は気付けない。狙い違わずその一撃はタ級の左足に直撃し、人間の攻撃とは思えない程の轟音を響かせた。舞い上がる砂埃が二人の身体を包み込む。

 手応えは充分にあった。自分の足から伝わる衝撃からも、それが分かる。……ここで、横島に疑問が浮かぶ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 もしタ級の軸足を狩れていたのなら、身体はその勢いのままに地を削りながら進むはずである。だというのに、自分は止まっている。そして何よりも、()()()()()()()()()()()――――!!

 

「ハアアアアァァァ……!!」

「……うそーん」

 

 砂埃が空けた視線の先、地に横たわる体勢から見上げると、体勢を崩すこともなく屹立するタ級の姿がありました。

 考えてもみてほしい。艦娘・深海棲艦問わず、艤装というものは人が扱うことが不可能な程の重量を誇る。数百キログラムというとんでもない重量を彼女達はその細い身体で支えているわけだ。

 超重量の艤装を支えるのに最も重要な部分。それは足腰だ。彼女達は艤装を背負い、不安定な海面を走り抜ける。それを可能にする足腰・体幹の強さ、そしてバランス感覚。それらの前に、一人間のスライディング程度が通用するわけがない。その安定感は、()()()()()()()()――――!!

 

「……」

「え、えーとえーと……!!?」

 

 タ級がゆっくりと足を上げる。当然、それは横島を踏み潰すためだ。吹雪や北方棲姫がそれを阻止しようと駆け寄るが、それは間に合わないだろう。砲撃を行うのも不可能だ。そんなことをしては横島が確実に巻き込まれる。それを一番分かっているのは他ならぬ横島だ。だからこそ彼は必死に頭を働かせ、助かる道を模索する。

 やがて横島がひねり出した答えは――――。

 

「――――ナイス、パンツの食い込み!!」

「オルァアアアアアッッッ!!!」

 

 サムズアップからのセクハラだ――――!!

 当然そんなものでどうにかなるわけがなく、タ級は猛烈な勢いで思い切り足を振り下ろす。(しかも股間狙いで)

 横島は「のひょー!?」という奇声を発しながらも両足から霊波を放出し、その反動で何とか回避に成功し、ごろんごろんと吹雪の元へと勢いよく転がっていく。

 

「だ、大丈夫ですか司令官!?」

「いっつつつ……。さ、サンキュー吹雪、助かった……」

 

 吹雪は転がる横島を何とか受け止め、尻餅をつきながらも横島の安否を確認する。地面を転がった横島は擦り傷こそ負っているが大事はなく、すぐに立ち上がってみせた。

 タ級は先程の踏み付けだけでは気がすまなかったのか、横島を睨み付けると、またも主砲を放とうとするのだが……そこに、人影が割って入る。

 

「ヨイ……ショット!!」

「……!!?」

 

 身体を旋回させ、遠心力によって充分に威力を高めた尻尾型艤装をタ級に叩き込むレ級。たまらずタ級はもんどりうって吹き飛び、公園の地面を削り取っていく。レ級はその隙を逃さず、主砲を立て続けに放ち、攻撃を加えていく。

 空気を震わせる爆音、立ち上る砂埃。レ級は油断なく横島と吹雪の元へと移動し、横島の頬を軽く抓る。それはいつの間にか合流し、横島の背中によじ登っていた北方棲姫も同様だ。

 

「ンモー提督ッタラ、攻撃ハ効カナイッテ言ッタノニ突ッ込ンデイクンダモノ。驚イチャッタ」

「オ兄チャンハ無茶シチャダメナノ」

()りい悪りい。体勢を崩すくらいなら、って思ったんだが……ちっと当てが外れてな」

 

 狙うなら上半身だったか? と反省をする横島であったが、本当に反省しているかどうかは微妙なところだ。

 

「それにしてもタ級の奴……せっかく心から褒めたのに……」

「あれが褒め言葉だったんですか!!?」

 

 何せこういう男である。“狙うなら上半身だったか?”も、きっと“チチを触るべきだったか?”という意味に違いない。とんだ煩悩少年だ。

 

「……ソレハトモカク、オ荷物ガ三人ッテイウノハ流石ニ辛イネ。ホッポは実戦経験ガ不足シテルシ、吹雪ハ艤装ガ中途半端ダカラ戦力トシテ数エ辛イシ、提督ハ人間ダシ……人間ダヨネ?」

「一応人間だっつの。……いや一応じゃなくて普通に人間だかんな。……あー、戦力に関してはもう少し待っててくれ。実はこの公園に入る前に応援を呼んでおいたんだ。早けりゃあと数分もしない内に来ると思う」

「……驚イタ。案外抜ケ目ナインダネ、提督」

 

 視線の先、砂埃の中に佇むタ級を警戒しながら横島とレ級は会話を交わす。吹雪も北方棲姫も口を挟むことは出来ない。自分達が足手まといであることに変わりはないからだ。

 ……とはいえ、今回のこの戦艦タ級は明らかに強さのレベルが違っている。攻撃力、防御力、身に纏う霊波の強大さ。その全てが今までの深海棲艦とは一線を画すものだ。……その強さは、ある一人の艦娘を彷彿とさせる。

 

「この強さ……これじゃあ、まるで……!」

 

 吹雪の口から言葉が漏れる。我知らず呟いた言葉は横島にも聞こえており、横島もそれを肯定するかのように頷いてみせる。――――そう。横島は気付いていた。

 

「……っ!!」

 

 砂埃を切り裂くかのように、閃光が迸る。それを発するのは当然タ級だ。タ級はその身から()()()()()()()()()()()()()()、今までとは段違いの威圧を以って横島達と対峙する。

 

「ウワ……ッ!?」

 

 その凶悪な暴威に、北方棲姫は思わず身動ぎする。それも当然だ。これ程の力の持ち主とは敵対したことがない。

 

「コノ強力ナ霊波……!! 大キサダケナラ“姫”級ニ近イカモ……!!」

「そ、そんな……!!?」

 

 それは、吹雪にとって絶望を突きつけるに等しい情報であった。姫級とは深海棲艦における最上級の存在。その力は災害にも匹敵し、まず通常の艦娘では太刀打ちすることが出来ない存在なのだ。対抗が可能なのは多くの戦闘を経験し、改造を施された一部の艦娘達。そして、その先に存在するといわれる、“改二”という特殊な段階。

 ()()()()()()()、この改二に至った者は存在していないはずである。……目の前のタ級は、それほどまでに隔絶した強さを持っていたということなのだ。

 ちらりと横島は皆の様子を観察する。レ級は戦う意思を失っていないが、余裕は無さそうであり、その身を冷や汗が濡らしている。

 正真正銘の姫級であり、最高戦力であるはずの北方棲姫はタ級の霊波に呑まれてしまったのか、顔色が悪く、強く横島の背中にしがみつくようにして身を隠してしまった。

 吹雪は……吹雪もまだ戦意は残っているが、身体は恐怖に震え、歯がカチカチと音を立てている。

 

 ――――状況は最悪と言える。だが、横島は今の状況でも絶望はしていなかった。緊張はある、恐怖も当然ある。だが、それでも――――彼には、希望が近付いてきているのが分かったから。

 

「……みんな、あともうちょっとだけ時間を稼いでくれ」

「え……?」

 

 横島の言葉に、皆の注目が集まる。

 

「もうすぐで……()()()()()()()()()()()()

「……!! まさか――――」

 

 それを聞いた瞬間、吹雪の心に希望が生まれた。横島が言う最高戦力――――()()がいれば、タ級を倒せると。

 

「……ヨク分カラナイケド、ソノ“最高戦力”ハソンナニ強イノ?」

 

 レ級の疑問も最もだ。眼前の敵は力の大きさだけなら姫級にも匹敵し得る程の化け物。それを個人で相手取れる艦娘が存在するとは考え難い。しかし、横島は自信を持って断言する。

 

「ああ。あいつならあのタ級にも勝てる。……レ級やほっぽちゃんが手伝ってくれたらより確実だな」

 

 その言葉に二人の深海棲艦は目を見開く。霊力を自在に扱い、タ級の強大な霊波を感じ取れる横島がそう断じるのだ。これは本当に希望が出てきたと、レ級は改めて気合を入れる。

 

「……ソレジャ、何トシテモ持チ堪エナイトネ。相手モソロソロ動キダシソウダシ……援護、ヨロシクネッ!!」

「シィィィイイイアアアアアアアアアッ!!」

 

 裂帛の気合と共に駆け出すレ級。それに呼応するかのようにタ級も吼え、ここに戦闘は再開される。極至近距離での砲撃戦。一歩間違えば、容易く命など消し飛ぶだろう。

 

「行くぞ吹雪、ほっぽちゃん!! ――――なるべく安全なところから応援しつつ、チクチクと嫌がらせのように攻撃を仕掛ける!!」

「……何だかとっても情けない気持ちでいっぱいです……!!」

「今ノ私達ジャソノクライシカ出来ナイカラ仕方ナイケド……嫌ニナッチャウネ」

 

 横島の男らしくもちょっぴり情けない命令に心が沈んでしまう吹雪だが、北方棲姫の言う通り、自分達が足手纏いでしかないことは理解している。だからこそ情けなさで心がいっぱいになってしまうのだが……それでも、横島は行動を開始する。

 

「サイキック・ソーサー!!」

 

 横島は霊気で作った小さな盾を投げると、その軌道を遠隔で操作する。吹雪達は攻撃が通じないのに何故そのような行動を取ったのか不思議がっているが、横島は攻撃のためにサイキック・ソーサーを繰り出したのではない。

 ソーサーの位置取りは常にレ級には絶対に見えず、タ級の視界の隅にチラチラと映りこむ場所。現在、タ級の視界ギリギリのところでソーサーがブーンブーンと飛び回っているのが見える状態だ。

 

「グゥウ……ッ!!」

 

 その効果は意外とすぐに表れた。時折タ級がレ級から目を離し、ソーサーを気にするようになったのだ。当然そんなことをすればレ級の攻撃を避けることも出来ずに食らってしまうことになる。意識のかく乱――――横島の策は一応の成功を見せている。

 

「はーーーはっはっ!! これぞ“夏場の鬱陶しいコバエ作戦”!! 本来なら知能の低い下級魔族や妖怪に使う手だが、あのタ級にゃ丁度いいだろ!!」

「さ、作戦名はともかく通用してます……!! 流石は司令官ですね!!」

「夏ノコバエッテ本当ニ鬱陶シイヨネ」

 

 高い知能を持つ者には通用しないような作戦であるが、交戦中のタ級は本能で動いている相手であり、その単純な思考様式のせいで横島の嫌らしい手に引っかかってしまったのだ。馬鹿馬鹿しい作戦に思えるが、チラチラと視界の隅に映りこむ鬱陶しいコバエ……いくら追い払ってもしつこく近付いてくる奴等を前に、冷静な思考を保てるだろうか? いや、保てまい!!(断言)

 

 “夏場の鬱陶しいコバエ作戦”――――その恐ろしさは、全人類が理解出来るだろう。(効果には個人差があります)

 

「それにしてもあの二人……」

 

 横島は今も戦い続けるレ級の邪魔にならないように常に移動しながら感嘆の吐息を漏らす。その真剣な眼差しが映す物とは。

 ――――ぶるんぶるんと揺れる、タ級の豊満なチチ。引き締まりながらも柔らかそうな、肉厚なシリ、すらっとしつつも肉感たっぷりなフトモモ。

 ――――小さくはあるが、それでもぷるぷると揺れ、しっかりと存在を主張するレ級のチチ。パーカーから時折覗く、ほっそりとしているがつんと張ったシリ。華奢な印象を窺わせるが、内側に流れる汗が劣情を誘うフトモモ。

 

 ――――横島は一つ頷き、懐からフリップとビデオカメラを取り出す。

 フリップに『悶絶!! 色白美少女達のキャットファイト!!』と書き、それをカメラでしばらく撮ったあと、二人の戦いの撮影を開始した。心なしか横島の目が血走っている。

 

「……って、何やってるんですか司令官っ!?」

 

 しかし、そんなことをしていれば当然吹雪が止めに入る。ビデオカメラを取り上げられた横島はショックを受けたように叫ぶ。

 

「ああっ!? 僕の貴重な資料映像が!?」

「一体何の資料にするつもりなんですか!?」

「何の資料って……吹雪こそ何を言ってるんだ? 深海棲艦同士が戦ってるんだぞ? しかも強力な固体であるらしいレ級とタ級だ。資料としての価値は充分じゃないか」

「うぅ……っ!? い、いえ、でも……」

「なあ、吹雪……。お前はこの映像を、俺がどうすると思ったんだ……? 教えてくれよ吹雪……」

「あう……そ、それはぁ……っ」

 

 吹雪は逃げようと身を捩じらせるが、横島に肩を抱かれ、それも叶わない。耳元で囁かれ、ぞくぞくとした()()()が背筋を上ってくるようだ。目には涙が浮かび、鼓動も吐息も高まってくる。

 いつしか肩を抱いていた横島の手は吹雪の指と絡まり、吹雪は横島へと身を預けるようにして立つのがやっとの状態となっていた。

 それにしてもここに来ての横島の煩悩の暴れっぷり。ついに文珠の効果が切れたのだろうか。何とも嫌なタイミングである。

 このままいけば吹雪は羞恥と興奮からナニか決定的な言葉を口走ってしまいそうであるが、やはりそうは問屋が卸さなかった。

 

「チョットー!? 援護スルナラ真面目ニ援護シテヨー!!」

「はっ!? わ、私は一体!?」

「アアッ!? アトモウチョットデ何カガ始マリソウダッタノニ!?」

 

 ついにレ級から泣きが入る。まあ人が真面目に戦っている横で訳の分からないピンク空間を繰り広げられてしまってはそうもなるだろう。北方棲姫は邪魔が入ったことで残念そうに声を上げる。随分と大人しかったのは更なる展開を見たかったからなのだろう。

 余裕があるのかないのか、何ともおかしな集団である。

 

「……ッ!!」

 

 さて、レ級の意識が横島に移ったせいか、あるいはソーサーが制御を失いどこかに飛んで行ったためか、はたまたその両方か。タ級はついにその敵意を視界に入り込んだ横島へと向ける。

 

「ハアアアァァァァッ!!」

「――――シマッタッ!?」

 

 タ級から意識を離してしまったレ級はその隙を突かれ、脇を抜かれてしまう。目指すは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「司令官!?」

「イツノマニ!?」

 

 迫り来る絶対の死。それを前に横島は腰が引け、口元は引きつり、目には涙が浮かんでいる。心の中は恐怖でいっぱいだ。

 吹雪の叫び声が聞こえてくる。レ級と北方棲姫が懸命に駆け寄る。しかし、それも間に合いそうにない。――――だが、それでも、横島の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「アアアアァァァァッ!!」

 

 タ級が繰り出したのは砲撃ではなく拳。何故それを選んだのか定かではないが、自らの手で、確実に命を摘み取らんとしたのかもしれない。

 

「司令かーーーーーーん!!」

 

 吹雪は届かないと理解しつつも手を伸ばさずにはいられない。意味がないと知りつつも横島の名を叫ぶ。

 ――――やがて響くは金属同士がぶつかったかのような轟音。それを耳にし、吹雪はぺたりと力なく座り込んでしまう。

 両手を口元に持っていく。今にも涙が溢れ出しそうだ。だって、今眼前に広がる光景は――――。

 

 

 

「――――(わり)い。遅くなっちまったな、提督」

「いやいや、んなこたねーよ――――良いタイミングだったぜ、天龍。タ級をこっちに誘導した甲斐があったってもんだ」

 

 横島を庇い、タ級の拳を右手でがっしりと受け止めた、天龍の姿があった――――!!

 

「オ、アァ、ア゛……ッ!!」

「……よぉ、タ級。テメェ、何してくれてんだ?」

 

 タ級の拳が万力のような力で締め上げられる。天龍の身体からゆらゆらと立ち上る、黒と赤の霊気。それは徐々に勢いを増していき、遂には嵐の如き暴威となってタ級の全身を責め立てる。

 

(ひと)提督(オトコ)に――――何してくれてんだテメエエエエェェェーーーーーー!!!」

「――――――ッッッ!!?」

 

 天龍の左の拳がタ級の頬に突き刺さる。タ級は耐えることも踏ん張ることも出来ず、その威力のままに数十メートルもの距離を吹き飛ばされる。

 

「エェッ!?」

「ウソォッ!?」

 

 その威力はレ級と北方棲姫が驚愕するほどだ。そして、当然それだけで終わるはずがない。天龍はタ級が体勢を立て直す前に既に駆け出している。艤装を展開した天龍のスピードはそれまでの比ではなく、タ級や北方棲姫と同様に常識の埒外の存在であることを如実に現していた。

 

「天龍さん……」

「無事ですか、吹雪」

「あ、不知火ちゃん……? それに響ちゃんも」

「良かった、間に合ったようだね」

 

 天龍の救援に呆然としていた吹雪に、天龍と共に駆けつけた不知火と響が駆け寄る。簡単ではあるが吹雪の身体のチェックをし、怪我もなく無事であることにホッと息を漏らす。

 横島の方には雷と皐月・文月が向かっており、横島はその三人に泣き付かれて参っていた。

 

「……吹雪、あそこの戦艦レ級と幼い深海棲艦は……」

「あ、ち、違うの! あの二人は敵じゃなくて、私達の味方なの!!」

「深海棲艦が……?」

 

 普段よりも鋭くなった眼光をレ級達に向ける不知火だが、吹雪に彼女達は味方であると告げられ、困惑した表情を浮かべる。見ればレ級達は二人して両手を上げて敵意はないことをアピールしており、「私達ハ君達ノ敵ジャナイヨ」「私達ハオ姉チャン達ノ味方ナノ」と訴えている。……酷く棒読みに思えたり胡散臭くなってしまっているのは気のせいだと思いたい。

 

「……まあ、いいでしょう。あの時のヲ級のような固体であるというのなら、その話も頷けます」

「そうだね。とにかく、今はそれを詳しく聞いている場合でもない」

 

 不知火と響は全てを信用したわけではないが、今この場においては敵ではないという言葉を真実であると認めた。警戒するに越したことはないが、驚くほどに敵意を感じないのもまた事実。むしろ、今気にすべきことは別にある。

 皆がそれに目を向ける。横島鎮守府最強の戦力――――天龍へと。

 

「オオオオオオォォァァァアアアアッ!!」

 

 タ級は天龍に殴り飛ばされ、地面を削りながらも何とか体勢を立て直すことが出来た。しかし、自分を殴った怨敵に目を向ければ、そいつは既に自分の間合いに程近い場所にまで迫ってきている。……タ級は一瞬で判断を下す。タ級は後方へと飛びのき、砲撃を開始した。

 

「――――ハッ」

 

 轟音を発し、風を切り、命を奪うために迫り来る致死の砲弾。天龍はそれを鼻で笑い――――拳で以って、思い切り殴りつけた。

 

「んなっ!?」

 

 この行動には横島も驚きの声を上げる。天龍のスピードならば十分に避けることが出来たはずだ。なのに、それをしなかった。導かれる結論は一つ――――そんなもので、今の天龍は殺せないということだ。

 爆煙を突き破り、無傷の天龍がその姿を現す。強大な霊波が、鉄壁の鎧と化して天龍を守ったのだ。

 

「ク……ッ、ゥアアアアアアア!!」

 

 傷一つない天龍の姿に動揺したのか、タ級は連続して砲撃を放つ。だが、天龍はそれらを避けることはせず、全ての砲弾に拳を叩き付けた。

 

「アレハ……」

 

 レ級の口から、掠れたような声が零れる。

 砲弾を砕く度、天龍はタ級へと確実に近付いていく。そして、その距離は遂に零へと差し迫った。

 

「アアアアアアアアッッッ!!?」

 

 それは恐怖の叫びだろうか。今までのものとは違う、金切り声のような、逼迫した叫び声。タ級は自滅の可能性も思考から排除し、間合いに入り込んだ天龍へと砲口を向ける――――だが。

 

「――――ォオラァッ!!!」

 

 砲撃とタイミングを合わせ、()()()()()()()()()()()()()()。結果――――タ級の艤装は暴発し、二人は互いに吹き飛ばされる。

 

「――――()()()()()()()……!!」

 

 レ級の脳裏を過ぎる、過去の映像。それはかつて自らの相棒だった、()()()()()()()姿()――――。

 

「こいつで……!!」

 

 天龍は吹き飛ばされつつも瞬時に体勢を立て直し、主砲をタ級へと向ける。霊力が凝縮されているのか、艤装からはバチバチと霊的な放電がされている。

 

「くたばりやがれえええぇぇぇーーーーーー!!」

 

 天龍の主砲が火を噴いた。黒と赤の霊光を纏った砲弾が、紫電を伴って風を切り、突き進む。タ級の体勢はまだ崩れたままであり、避けることもままならない。タ級は何とか腕を交差し、迫り来る死に対して抵抗を試みる。

 

「――――――!!?」

 

 着弾、爆発。それはタ級の叫びをも呑み込み、轟音を響かせ、結界内を揺るがした。咄嗟の防御など何の意味があろうか。この威力の前では、そんなものは無きに等しい。

 

「おお、やったか……!?」

 

 横島は雷達を引きつれ、大きく息を切らす天龍の元へと走る。タ級は爆煙によって姿は見えないが、確実なる手応えはあった。

 いつしか吹雪と不知火達、レ級達も天龍の元へと集い、未だ煙を上げる着弾点を見やる。モウモウと上がる煙の中、既にタ級は息絶えていると思われたのだが……。

 

「――――ア……ァ、ア……、――――――ッ」

「野郎、まだ……!!」

 

 煙の中……タ級は、まだ立っていた。艤装も失い、傷だらけで、もはやただ立っていることも出来ないだろうその身体で。タ級は、それでも立っていたのだ。

 

「――――イト……ド……デス、カ……」

 

 それは、とてもか細い声。本来なら聞こえるはずもない程度の声量であるのだが、それは不思議と皆の耳に届いていた。

 

「――――()()()()()……」

「……え?」

 

 それは予想だにしない言葉だった。

 

「テイトク……ドコ、デス……カ……。テイ、トク……ワタシ、ハ……アナタヲ――――」

 

 一歩、また一歩と、タ級は前へと進み、歩き出す。もはやその目には何も映っておらず、先程までの戦闘すら彼女の認識に存在していいるのかも疑わしい。

 ただ、吹雪達はタ級を呆然と見続けるしか出来なかった。突然現れた深海棲艦。自我も無く、ただ暴れるだけだと思っていた暴力の具現。だが、その認識は正しかったのだろうか?

 目の前の深海棲艦は……タ級は、先程までの恐ろしいまでの威圧も無く、風が吹けば消えてしまうかのような、儚い存在へと変わってしまった。それは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……」

 

 天龍すらもどうしていいのか分からずに動けない中、レ級は口をぐっと引き結び、主砲を構える。艦娘を艦娘が、そして深海棲艦を深海棲艦が沈めるにはいくつかの条件が必要となってくる。今のタ級はそれらを満たしている。吹雪達にトドメを刺させるのは忍びない。だからこそ、レ級がそれを果たそうというのだ。

 ――――しかし。

 

「……レ級」

「提督……?」

 

 横島がレ級の肩に手を置き、攻撃を止めさせる。レ級は戸惑うが、横島からは有無を言わさぬ、どこか絶対的な空気を纏っていた。

 

「あ、おい提督!?」

「司令官っ!?」

 

 天龍や吹雪の静止の声も聞かず、横島はタ級へと歩を進める。まるで危険などないかのように、ただまっすぐに。当然皆は横島を止めるために動こうとするのだが、それを横島は目で押し止めた。その目に宿る()()――――止めた方が良い。横島を危険に晒させない。そんなことは分かっている。分かっているのに……止められなかった。

 

「……タ級」

「――――ッ」

 

 遂に横島はタ級のすぐ傍へと到達した。今にもくず折れそうなタ級に、優しく声を掛ける。

 ――――変化は劇的だった。

 

「アアアアァァァァ――――ッ!!!」

 

 身体を跳ね上げ、右手を引き絞り、魂からの咆哮を上げ、その一撃を繰り出す。人とは思えぬ、鋭利な爪。目が見えているのかは定かではないが、狙いは横島の顔の中心であった。瞬間、横島の背後で悲鳴が上がった。

 横島はそれを首を傾け、回避し――頬が裂け、血が噴き出る――完全に、タ級の懐へと潜り込んだ。横島は両手を広げ――――。

 

 

 

「――――――ァ」

 

 

 

 優しく、抱き締めた。

 

「――――ここにいるぞ」

「――――」

「――――お前の提督は、ここにいる」

「――――ア、ァ……」

 

 自らの胸に、タ級の頭を抱え込む。柔らかく髪を撫で、それが真実であると、自らの鼓動を聞かせ、抱き締める。

 

「――――ア、アアアアァぁぁぁ……」

 

 ぼろぼろと、タ級の双眸から涙が溢れ出る。その温もりは、その鼓動は――――かつて、タ級の手から零れ落ちたものだったから。

 

「テイ、トク……ていとく――――提督ぅ……!!」

 

 もはや動かないと思っていた身体が動く。目の前の()()を、もう二度と離さぬように、もう二度と離れぬように、強く、強く抱き締める。それはとても小さな力だったが――――横島には、何よりも強く感じ取れた。

 

「……提、督――――」

 

 タ級の全身から、力が急激に抜けていく。それが最後の力であったというかのように、タ級はゆっくりと、静かにその目を閉じていく。

 何も映さなくなったその瞳。しかし、彼女にはその光景が見えていた。かつて守りきれなかった提督……そして仲間達。失ってしまった大切な者達が、自分を迎えに来てくれた。タ級は――――かつて艦娘だった彼女は、それを申し訳なく思う。

 

 ――――()()()()()()()()()()()()()()の……傍にいたいと、思ってしまったから。

 

「……タ級?」

 

 沈んでいく意識に、()()の声が沁みこんで来る。それも、もう聞こえなくなってしまったけれど。それでも、タ級は幸せな気持ちに包まれた。

 もし、生まれ変わることが出来るなら――――この、()()の下に。

 

「……司令官、その……タ級は……」

「ん、ああ……眠ったよ。よっぽど、疲れてたんだろうな」

 

 横島はタ級を優しく横たわらせる。もはや意識も無く、呼吸も無く。その魂は輪廻の輪へと還っていった。

 その生は、幸せとは程遠かったのかも知れない。苦痛と、後悔と、悪意に満ちていたのかもしれない。それでも――――ああ、それでも。

 

 

 タ級が最期に浮かべた表情は、笑顔だったのだ――――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これからどうするんだ?」

 

 戦闘が終わり、しばらくして。横島はタ級を抱き上げたレ級に今後のことを尋ねる。レ級は穏やかに覚めない眠りに就いているタ級の顔を眺め、やや複雑そうな笑みを浮かべ、目を瞑る。

 

「私達ハ()()()に戻ッテ今回ノ報告ダネ。マサカココマデ大変ナコトニナルトハ思ッテナカッタシ、()()()ニハ文句ヲ言ッテヤラナイト」

「……そうか」

 

 色々と気になる部分はあったが、それは聞かないことにした。彼女達は自分達の味方であると言った。ならばこれから先、今日のように出会うこともあるだろう。ならば、その時に聞いてやればいい。

 

「タ級ハ……ウン。ヤッパリ海ニ還シテアゲナイトネ……。ソウシタラ、マタ会ウコトガ出来ルカモダシ」

「そっか……そうだな」

 

 横島はタ級の表情を見て、笑みを浮かべる。自分がしたことが正しかったのかは分からないが、それでもこうして笑顔で逝くことが出来たのなら、それは間違ってはいないのではないかと信じる。また会う時……それがどのような形でかは分からないが、今回のような戦いの中ではなく、出来ればもっと穏やかな時の中であることを願って。

 

「ソレジャ、私達ハコレデ」

「おう、元気でな」

 

 横島とレ級は穏やかに笑い合う。深海棲艦にも分かり合える者達がいる。それが分かっただけでも大収穫だ。

 隣でレ級と横島のやり取りを見ていた北方棲姫は吹雪へと駆け寄ると、小さな身体を飛び上がらせ、吹雪に抱きついた。

 

「今度会ウ時ハ、吹雪オ姉チャンガビックリスルクライ強クナッテルカラネ!」

「あ……うん! その時は、私だって負けないくらい強くなってるから!」

 

 吹雪と北方棲姫も、横島達のように笑い合う。そして、今よりももっと、ずっと強くなることを誓う。自分達は単なる足手纏いだった。それは事実であるし、覆しようが無い。しかし、それで終わるほど自分達は諦めが悪くない。次は、きっと――――。

 

「ソッチノ艦娘ノ人達モ、マタネー」

 

 レ級は横島達から距離を取って事態を静観していた天龍達に声を掛け、塞がっている手の代わりに尻尾型艤装を振って挨拶をする。始めはその威容に驚いた天龍達であったが、レ級自身の和やかなムードに絆されたのか、最終的には苦笑を浮かべつつも手を振り替えした。

 

「……マタネ」

「……? ――――ッ?」

 

 レ級は小さく、誰にも聞こえぬように天龍へともう一度声を掛ける。天龍は自分を見るレ級の目が気になったのだが、何かを問い掛ける前に、軽い頭痛が走ったことでそれを中断した。

 レ級を見ていると、()()()()()()()()()()()()()()のだが……ともかく、天龍は頭を振り、その違和感を放り出した。

 

「もしまた今回みたいなことに遭遇したら、その時も頼っていいか?」

 

 滅多に無いのであろうが、今回のような事件はきっとこれからも起こるのだろう。その時、横島達が近くにいるのかは定かではない。しかし、もしその時に鉢合わせたら。その時はまた今回のように、手を取り合うのだろう。

 

「エエ、モチロン。ソノ時ハ、()()()()()()()()()()()()()!」

 

 満面の笑みを浮かべた、レ級の言葉。その言葉は、横島にも馴染み深いもので――――。

 

「レ級、お前まさか……?」

「ソレジャ、バイバーイ!!」

 

 答えを聞く前に、レ級は海へと歩き出した。北方棲姫もそれに倣い、レ級へと追いつくためにやや小走りで追いかける。北方棲姫は最後に振り返ると、大きく手を振った。

 

「ソレジャーネ、オ兄チャンニオ姉チャン達! 出来レバ、次ハ()()()()()()()()()ー!」

 

 海を走り、水平線へと消えていくレ級達。それを見送る艦娘達は、それぞれが何かを言う前に横島の元へと集った。

 

「……行っちまったな」

 

 溜め息混じりに呟く天龍。それはその場の皆の心境を表していた。

 

「……まさか、あんな風に友好的な深海棲艦が存在するとは思わなかったね。何か、見分ける方法があればいいんだけど」

「そうですね。不知火も友人になれそうな者を殺したくはないですし」

「言い方が物騒すぎるぅ……」

 

 不知火の言葉に文月が力なく突っ込む。今日一日で様々なことがありすぎたせいで頭が混乱しているのだ。

 そのまま暫し皆で海を眺めていると、結界が解除され、穴だらけになっていた公園内が元の姿を取り戻す。じきに人も入ってくることだろう。

 

「あ、ねーねー司令官。その、ほっぺたの傷は大丈夫なの?」

「ん? ああ、これか」

 

 皐月の指摘に横島は頬に触れる。その傷は深く、大量の血を流して彼の衣服を汚している。横島はニヒルに笑い、指で血を“ピッ”と拭い。

 

「――――めっちゃ痛いぃ……!!」

 

 両目からぼたぼたと涙を流して痛がった。

 

「し、司令かーん!?」

「待っててね司令官! いますぐ治療するわ!!」

 

 そこからはもうてんやわんやである。横島は顔を包帯で覆いつくされ、血塗れとなった服と相まって一人だけハロウィンの仮装をしているかのような姿になってしまった。

 吹雪達も艤装を展開して戦闘をしたせいで服がボロボロになってしまったが、横島が『修繕』の文珠を使用したことで何とかなった。頬の傷も文珠で治せば良かったのだが、服を直すための分でストックが無くなってしまったのだ。余計なことに文珠を使いすぎた結果である。

 

「ん……ん~~~っ!! 今日はもう疲れたし、鎮守府に帰ろうか?」

「さんせーい」

 

 横島は伸びをして身体のコリを解し、皆に問い掛ける。皆も否やはなく、横島の言葉に一も二も無く賛成する。

 皆で連れ立って鎮守府へと帰る道すがら、横島は吹雪に小さな声で謝罪をした。

 

「ごめんな、吹雪。せっかくのデートだってのにこんなことになっちまって」

「いえ、そんな! 今回の事は司令官は悪くありませんよ。最初の方はちゃんとデート出来ましたし、それだけでも私は満足です」

「……そう言ってくれるとありがたいけど」

 

 吹雪は今回のデートが無茶苦茶になってしまってが、それでも満足だった。横島とご飯を食べさせあったり、手を繋いだり、お姫様抱っこをされたり。したい、されたいと考えていたことは一応達成出来ていたからだ。それでも横島は申し訳無さそうな表情を浮かべている。ならば、と吹雪は横島へと耳打ちする。

 

「それじゃあ今度、何かで埋め合わせしてください。……期待してますからね、先輩♪」

「……っ」

 

 照れ臭そうに、しかし楽しそうに先輩と呼んでくる吹雪を見た横島は、顔を赤くする。同じように顔を赤くする吹雪を見て、横島は声にならない声を上げるが……。

 

「……ま、いいか」

 

 そう呟き、横島は空へと息を吐いた。

 

 赤く染まり、やがて暗く変わりゆく街の空。そこに輝く一つの星。その星も、夜になれば孤独ではなくなる。

 一人ぼっちの世界は、終わりを告げた――――。

 

 

 

 

第三十三話

『一人ぼっち』

~了~

 

 

 

 

 

 

 

 

 鎮守府に帰還した横島は大淀と霞、そして加賀に怒られた。それはもうめっちゃ怒られた。吐きそうになるくらい怒られた。今は扶桑・由良・時雨・磯波・弥生に慰められている。

 扶桑達は泣きじゃくる横島に母性をくすぐられたらしい。

 

響「ゾクゾクゾクッ」興奮

叢雲「ゾクゾクゾクッ」興奮

不知火「ゾクゾクゾクッ」興奮

 

満潮「うわぁ……」ドン引き

 

 

 




お疲れ様でしたー。

レ級はね……はい。私はとあるコラ画像に騙されたクチですので、それを設定に反映させてやりました。実際似てると思うんですがどうでしょう?

実際の力関係はこんな感じ↓

姫級>>>(越えられない壁)>>>天龍≧タ級>>>レ級

北方棲姫はまだ生まれたてで実戦経験もほとんどないという感じでした。成熟したらそれこそ激強です。

艦娘が上の越えられない壁を越えるには改二になる必要があります。言ってしまえばドラゴンボールの超サイヤ人みたいな感じでしょうか。つまり後々……。

次回は鎮守府の日常にするか、深海側の話か、キーやん達の話にするか……全部盛り……? いやいやまさかそんな。

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